身の程知らずの独り言

音楽的にも文学的にもダメダメな♀が、身の程もわきまえず、好き勝手な戯言(主に、中島みゆきさん)を記しております。

中島みゆき"歌跡"の旅へ《黒部3・くろよん「地上の星」》

2016-10-25 01:39:00 | 中島みゆきさん(その他)
長い前置きだけで、本題が遅くなって、スミマセン。m(__)m

いよいよ、本題です。


少し見にくいのですが、「黒部ルート見学のしおり」から工程表です。

中島みゆき"歌跡"の旅へ《黒部2・アルペンルート》で、見学会当日の朝の黒部ダム駅到着までを書きました。

その朝からの旅程を、簡単に振り返ります。

大町温泉郷から、路線バスで扇沢駅まで27分。

扇沢駅から黒部ダム駅まで、関電トンネルトロリーバスで16分。

この関電トンネルト(全長5.4キロ)のほぼ中間地点に、約80メートルの大破砕帯があり、ブルーライトで照らされてます。

《黒部2》では、この大破砕帯のことを難工事箇所としか書かなかったので、少し補足を。

破砕帯とは、
"岩盤の中で岩が細かく砕け、その隙間に地下水を大量に含んだ軟弱な地層"
のことです。

なので、掘っても掘っても天井から崩れてきます。

また、4℃の冷たい地下水が、毎秒660リットルも滝のように降ってくるので、進めません。

犠牲者も大量に出ます。

それでも、10本の水抜き用のトンネルを掘り、薬剤とコンクリートで固める最新鋭の技術を駆使し、堀り進めました。

普通なら10日で抜ける80メートルの距離に、7ヶ月も苦しめられて。

この苦闘を描いたのが「黒部の太陽」です。

下の写真は、その大破砕帯との苦闘をモチーフにした、お菓子です。

売店で、目に飛び込んできました。

インパクトのあるパッケージに惹かれ、荷物になるにもかかわらず、会社への土産に購入しました。

このお土産2個をリュックに無理矢理詰め込んで、見学会集合場所、黒部ダム駅駅長室前へ向かいます。

駅長室前には、"しおり"に書いてあった動きやすい服装に、リュックを背負った30名の老若男女が集っていました。

一人で参加しているのは、私以外では、一人か二人くらいでした。

ほとんどが、二人連れでしたね。

10:20、集合時間前から参加者の確認がはじまります。

そして、4、5人ずつ間隔をあけて、関係者出入口の中に呼び入れられていきます。

見学会スタッフさん曰く、
「一度に入れないので、順番に入っていただきます。
全員揃うまで出発しませんから、安心してください。
早く入っても、寒いだけてますから(笑)」

私の番がきて扉の中に入ると、そこは通路というかトンネルのような所で、臨時の受付が作られていました。

確かに、ヒンヤリしています。

まず、身分証明書の確認。

そして、手荷物及び危険物の検査が行われます。

金属探知機の用なもので、検査されました。

そして、紙製のヘアキャップのようなものとヘルメットを渡されます。

見学会は、工事用施設内を通行するので、ヘルメット着用が必須。

ヘアキャップをして、ヘルメットを被るように指示されました。

はじめてのヘルメット。

ヘルメットって、重いんですね。(^^;

その臨時の受付をすませて進むと、そこはトロリーバスのトンネルに繋がっているようでした。

全員の受付がすむと、ガイドさんからの説明と注意。

意外だったのが、写真は全てOK。

禁止区域はないとのことでした。 

太っ腹♪

ただし、動画は禁止ということでした。

動画については、機密保持というよりは、安全上の問題だそうです。

足場が悪いため、歩きながらの動画撮影で事故が起きるのを防ぐためだそうです。

基本的に止まって撮る写真は、規制なしとのことでした。

トロリーバスの通行を確認して、トンネル内を進みます。

枝分かれしてるトンネルに入っていくと、そこが黒部トンネルのようでした。

そこには、観光バスくらいの大きさのバスが停まっていました。

黒部トンネル内専用バスです。

座席は二人掛けで、座り心地も良かったです。

私は、幸運なことに一人で座席を占領できました。

しかし、バスの座り心地はよくても、普通の観光のようにノンビリするわけにはいきません。

バスの中でも、ヘルメット着用は続いています。

そして、動き出したバスの中で最初に案内されたのが、もしもの時のガスマスクの取扱い方。

長いトンネルで一番怖いのは、煙りなので、もしもの為に、本格的なガスマスクが用意されていました。

使われたことはないそうですが。

そんな、緊張感を少々はらみながら、薄暗いトンネルの中をバスは走ります。

ヘッドラインに浮かぶ壁面は、ほとんどが岩盤を固めただけのようです。

また、道路は濡れているようでした。

実は、バスに乗ってはじめて、このルートの詳細な下調べをしてないことに思い至ったんです。

つまり、みゆきさんが歌われた場所が、ルートのどの位置かちゃんと調べずに来てしまったのです。(--;)

勿論、この見学会のホームページや関電のホームページ、黒部の観光案内ページなどは、チェックしましたが、みゆきさんのことは載っていませんでした。

"行けばわかるだろう"、と何の根拠もなく来てしまったのです。

ツアーのはじめに、詳細な地図を配ってくるとか、解説があるはずだって、勝手に思っていたんです。

それが、地図はないし、説明もガスマスクだし、、、(・・;)

ここにきて、内心焦ってきました。

紅白から14年、もうみゆきさんの話題は出ないんじゃないか?と。

だいたい、このツアーの目的は、黒部ルートや黒部川第四発電所(くろよん)見学を通して、電源開発の軌跡と電気事業への理解を深めることです。

観光ではありませんと、しおりにハッキリ書いてあります。

そのしおりにも、みゆきさんのことは全く書かれていません。

書籍情報として、
「黒部の太陽」、
「黒部の太陽 ミフネと裕次郎」、
「高熱隧道」
は、紹介されていたのですが、、、(--;)

ヘッドライトに浮かぶ壁面を眺めながら、
"もしかしたらもう通りすぎたんじゃないか"と焦る自分と、
"いや、まだ大丈夫、絶対教えてくれるはず"といいきかす自分がいて、ハラハラドキドキしてました。

いっそ、ガイドさんに、訊こうかとも思うのですが、小心者の私にはそれもできず、悶々としておりました。

そんな中、進むにつれて、猛烈な冷気。

ウィンドブレーカーでは、防げない冷気。

ウールのカーディガンを着るも、寒むい。

ウルトラライトダウンの登場です。
 
はじめて、持ってきて良かったと思った防寒具たち。

そんな寒さの中、バスが停車。

さては、ここか!と喜んだのも、一瞬。

黒部ルートの中で、外が見れる珍しい箇所を見学するための停車でした。

土砂を捨てた横穴のようです。

ブレブレの写真でスミマセン。m(__)m

雰囲気だけ感じて下さい。 

バスから降りると、四方八方から冷気がまとわりついてきます。

寒いはずです、あちらこちらに小さい氷柱ができていました。


そのトンネルの先に光が見えてきました。

鉄格子の仕切りがあって、その向こう側が外界になっているようでした。

最後尾からトロトロ歩いていた私が着いた時には、鉄格子が開かれ外に出れるようになっていました。

洞窟の出口、秘密基地の脱出口みたいです。(笑)

トンネル内には、側溝があり、その最終地点がこの脱出口になっていました。

湧き出る地下水でしょうか?

写真ではわかりにくいですが、物凄くキレイな水が印象的でした。

外に出ると、回りは山また山。

真冬に訪れた、みゆきさんがここに立ち寄ったとは思いませんが、こんな山深い、洞窟のような所で歌われたんだと思うと感慨深いものがありました。

そんな感慨深さの一方、わき上がる不安感。

不安感いっぱいになった私は、ガイドさんの解説をこっそり抜け出し、後方に控えていたバスの運転手さんに、
「紅白で使われた場所は、まだ通ってないんですか?」
と、小声で聞いてみました。
(みゆきさんが、と言えない小心者です(--;)

すると、
「紅白?
ああ、中島みゆきさんが歌った所?
まだ、先ですよ。
次に乗る、インクラインの先です。
ここより、もっと狭い所ですよ」
と、親切に教えてくれました。

通り過ぎてなかった!これで、一安心です。

ガイドさん、説明を真面目に聞いてなくてごめんなさい。m(__)m

なので、ガイドさんの説明の聞きかじりと、後で確認したことを書きます。
(以後、見学会後に調べたことを織り混ぜながら書いていきます。
なので、必ずしも当日の解説通りじゃない部分もあると思います)

この場所は、タル沢横坑といい、トンネル工事で出た土砂を捨てていた場所です。

先に、秘密基地の脱出口と書いた所は、正式にはタル沢横坑口というのだそうです。

ここから見る景色は、「裏剱(うらつるぎ)」と呼ばれ、険しい登山道をたどる人しか目にすることができない景色なんだそうです。

黒部ルートならではの眺めで、こんなに天気がいい日は最近では珍しいとガイドさんも嬉しそうに解説してました。

見学も終わり、寒さの中バスに戻って再出発です。

これまでは、通り過ぎたらどうしようと焦っていましたが、ここからは、早く着かないかと焦っていました。(笑)

ほどなく、黒部トンネル内専用バスの終点到着。

途中下車も入れて、約40分の地底探検バスの旅でした。

ここからは、さっきバスの運転手さんが言っていた、インクラインに乗り換えです。

銀色に光る箱形の乗り物が、地下式ケーブルカー インクラインです。


基本、資材運搬用のケーブルで、銀色に光る客車は取り外し式になっているそうです。

456メートルの高低差、斜度34度、815メートルの距離を20分で降下します。

降下中は、外はほとんど見えません。

車内モニターで黒部発電所の説明などを見ます。

しかし、その内容は全く覚えていません、ガイドさんごめんなさい。m(__)m

モニター下の操作パネルの中に、
「中島みゆき紅白、、、」
の文字と有働由美子アナと思われるファーストカットが、、、。

それが、気になって、気になって、、、(・・;)

やっぱり、見せてくれるんだ!という喜びと、スルーされたらどうしようというハラハラ。

ホントに、ハラハラドキドキの旅です。(--;)

そんな中、徐行するケーブルカー。

扉の一部を開放し、ケーブルカーのスレ違いポイントの撮影会です。

撮影会が終了して、再びケーブルカーが動き出した時、ガイドさんの口からみゆきさんの名前が!

ガイドさんの話では、みゆきさんご一行様は、私と同じ黒部ダムルートを通って"くろよん"に至ったとのことでした。

みゆきさんは、前日の30日から現地入りされたそうです。

帰宅後調べたところ、ヤマハスタッフやNHK スタッフ、総勢約100名も同ルートで現地入りしたようです。

みゆきさんが歌われたのは、インクラインを降りた先、上部専用鉄道(トロッコ)の資材置き場だと、教えてくれました。

そしてその場所は、その後
「みゆき広場」と呼ばれているとのことでした。

また、本番終了後、寒さと疲労で仙人谷の宿舎まで帰れなくなったみゆきさんは、"くろよん"の応接室で年を越されたそうです。

その部屋のことを
「みゆき部屋」、
その時食べた食事を
「みゆき御膳」
と呼んでいる、とユーモラスに話すガイドさん。(笑)

紅白の後、数年はみゆきさんが使った食器が、「みゆき御膳」として飾られていたらしいです。
(「黒部ダム」のWikipediaに「みゆき御膳」の写真が載ってます。)

そして、いよいよ、その紅白の勇姿がモニターに映し出されます。

有働アナの曲紹介からはじまります。

リアルタイムで録画したのが、ビデオテープだったため、曲紹介から観るのは久しぶりです。

それだけで、緊張してきました。

田口トモロヲさんのナレーションと黒部ダム建設の映像が流れます。

プロジェクトXのオープニングですね。

その映像を受けて、再び有働アナの曲紹介。

「黒部川第四発電所。
地下200メートル。
今の気温が氷点下2度。
その場所では、今、この時間も電力の安定供給のために働いている人たちがいます。
そして、その場所にこの方がいらっしゃいます。
中島みゆきさん、『地上の星』」

"くろよん"の時計が11時を指し、印象的なあのイントロが流れます。

そして、ワインレッドの女神、中島みゆきが降臨します。

少し大袈裟に書きすぎましたが、インクラインで映像を観ていた時の私には、そんな風に見えたんです。

みゆきさん登場からは、何度も見慣れた映像なのに、特別神々しく見えました。

14年も経っているけど、歌われた同じ空間で観ることができた感動もありました。

でもそれ以上に、どんな過酷な場所で歌われたのかを肌で感じることができたからだと思います。

2002年、リアルタイムで観ていた時には、ピンとこなかった有働アナの曲紹介が、身に凍みます。

そして、みゆきさんの歌声が、心に沁みます。

他の方も、映像に見入っているようでした。

9月だから黒部ダムまでは、既存の交通機関を使用できました。

普通に歩けました。

しかし、雪に閉ざされた真冬にやって来るのは、大変だったと思います。

みゆきさん自身、NHK の番組で
「ドンドン、ドンドン、バスがね、雪ん中、雪ん中、もぐって行っちゃうんですよ。(笑)
私は、いったい、どうなるんだろう、挙げ句の果て、アラララララ、、、(・・;)」
と、語っておられました。

北海道出身で、雪ん中は経験あるかもしれませんが、地底探検は初めてでしょうからね。

アラララララ、、、(・・;)に、なりますよね。

「プロジェクトXに、お礼を申し上げる意味で、プロジェクトXに登場した場所のどこかっていうわけにはいきませんか?」
それが、みゆきさんの希望でした。

そこで、富士山、青函トンネル、黒部ダムの3ヵ所が候補にあがったそうです。

その中から選ばれたのが、一番中継に不向きだと言われた黒部。

最初は、黒部ダムで歌う案もあったそうです。

しかし、流石にそれは無茶。

だから、この"くろよん"のトンネルに落ち着いたそうですが、それでも、有働アナが曲紹介で言った
「氷点下2度」なんです。

暖房なんて、できる場所じゃないです。

下界では残暑が残るこの時期でさえ、震えるような冷気がまとわりついてきます。

そんな場所で、リハーサルを重ね、体が冷えきったために、みゆきさんもミュージシャンも息が白くならなかったとか。

息に関しては風があったから白くならなかった、と書いてるものもありましたが、風があると余計冷えるような気がします。(--;)

皮肉なことに、そのために、収録じゃないかとか、セットじゃないかと疑われたこともあったような、、、。

ちなみに、リハーサルは完璧だったそうです。

本番だけ、"やらかして"、これまた皮肉なことに、そのおかげで生中継だということは証明できたんですよね。

よくその状態で、声が出たものです。

いくら、北海道出身で寒さに慣れてるとはいえ、氷点下2度の中で歌うのは次元が違います。

この環境で歌うことは、物凄く大きな賭けだったと思います。

みゆきさんは勿論、ミュージシャンも。

ミュージシャンも、手がかじかんで大変だったでしょう。

そんな、状況で歌いきって、精も根も尽き果てて、宿舎への移動もできなかったんだと思うと胸に迫るものがありました。

感慨深く聴いていても、曲には終わりがあります。

"やらかした"とはいえ、見事に歌い上げ、深々と美しいお辞儀。

アップに、はにかんだような笑顔を浮かべるみゆきさん。

氷点下2度で肩の出たドレス。

はにかんだようなに見えた笑顔は、寒さに引き吊っていたのかもしれません。(^^;

映像の終了に合わすように、インクラインも停車します。

絶妙なタイミングでした。

思わず心の中で、ガイドさんに拍手してました。

インクラインを降りて数歩、上部専用鉄道(トロッコ)の「黒四発電所前駅」です。

"あの時計"のあった所です。

そして、黒部川ダム第四発電所、通称"くろよん"の出入口です。

関電の社員さんが、出迎えてくれました。

その"くろよん"の入口は、何の変哲もないキレイなビルの出入口のようでした。
 
地下200メートル、50年以上経ってる発電所の出入口。

部厚い扉が何重にもなってる厳めしいイメージを抱いていたのに、あまりにも普通にキレイなのに、驚くとともに、少し拍子抜け。(・。・;

どうしても、秘密基地のイメージが抜けなくて、、、f(^_^;

入口で、少し説明を受けた後、案内されたのが会議室(?)のような部屋。

流石に、発電所内はダウンを脱いでも大丈夫なくらい暖房がきいていました。

O字型の大きなテーブルに、参加グループの代表者のネームプレートと写真の「黒部の氷筍水」が置かれていました。

「黒部の氷筍水」は、富山県からの記念品と紹介されたような気がします。
(記憶力が、、、(--;)

しかし、この「氷筍水」、製造は富山市の会社なのですが、採水地は長野県大町市(地中洞窟内湧水)と表記されています。

そして、販売者は、関電不動産開発株式会社。

ボトルのイラストを見ると、湧水箇所は関電トンネルの"あの大破砕帯"の辺りみたいです。

美味しかったですよ♪(^^)

O字型のテーブルの空洞部分は、黒部川渓谷の見事なジオラマになっています。

このジオラマ、動いて"くろよん"内部がわかるようになってました。

なかなか、見事なものでしたよ。

前方スクリーン(大型モニターだったかな?)で、より詳しい黒部ダムや"くろよん"の歴史、仕組み等のレクチャーがはじまります。
(詳しく覚えてないので、後付け満載です)

戦後の経済復興期、関西圏の電力不足は深刻であり、「電気をよこせ闘争」が起こる。

その関西圏の電力不足解消と安定供給のために、発足間もない関西電力は、水量豊富な黒部に、新たなダムと水力発電所を建設する決断する。

だから、"くろよん"は、北陸の地にあるにもかかわらず、「関西電力黒部川第四発電所」なんです。

水量豊富な黒部川流域は、大正時代から発電所建設が行われていた。

1940年稼働の黒部川第三発電所までは、日本電力が建設。

第三発電所まで稼働していたので、第四なんですね。

関西電力発足後は、黒部川水系の発電所は日本電力から関西電力に引き継がれる。

1956年、関西電力は、黒部ダムと黒部川第四発電所建設を計画、始動。

1960年ダムが完成。

1961年黒部川第四発電所1、2号発電機運転開始、1962年3号発電機運転開始。

1963年、"くろよん"竣工。

現在は、4号発電機も運転。

"くろよん"は、国立公園内の景観対策や雪崩対策などで、地下に造られたようです。

50年も前に、こんな地下200メートルの場所に、よくも発電所を造ったもんだなぁ~と、ただただ感心。

また、個人的に凄く驚いたのが、"くろよん"から高電圧化されて、送電されている先が、高槻市の北大阪変電所だと、聞かされたこと。

高槻市は、私が生まれ育った所で、北大阪変電所の場所も知っていたので、驚きました。

北大阪変電所で、降圧されて京阪神地区に送電されていくそうです。

何か、"くろよん"がみゆきさんとは別の意味で、身近に感じられました。

レクチャー終了後は、発電所内の見学です。

下の写真は、発電機です。

奥が川上です。

奥から1、2、3、4号機と並んでいて、ランプが点灯している、1、2、4号機が、稼働中でした。

この下に、巨大な水車があり、超高速で回転し電気を生み出しています。

階下に移動し、その高速回転しているシャフトまで、見学させてくれました。

轟音と高速回転!物凄い迫力でした。

その後、遠隔操作されているので、無人の制御室を見学。


そして、会議室に戻って昼食です。

会議室の隣が、応接室になっており、そこが、あの"みゆき部屋"です。

今から開放するので、昼食後の見学は自由、とガイドさんからのお達し。

それを聞いて、急いでお弁当を平らげ、みゆき部屋へ。

そこには、みゆきさんをはじめ、"くろよん"を訪れた多くの著名人のサインや「黒部の太陽」の台本などが展示されていました。

その中でも、一番目につくのが、やはり、みゆきさんです。

入口を入ってすぐの所に、コーナーがありました。

この写真を載せてもいいものか、悩みました。

いくら、撮影自由でも肖像権もあるし、、、(--;)

でも、こんなダラダラと長いブログに、お付き合いいただいている方へのせめてものお礼と思い、載せることにしました。

なので、どっかから、怒られたら消します。(^^;

このコーナーのスタッフとの集合写真を見ていると、背後からガイドさんが、
「中島みゆきさんが、どこにいるかわかりますか?」
と、声をかけてこられました。

瀬尾師匠は、ど真ん中で寝そべってるので、すぐにわかるのですが、みゆきさんはドレスの上に作業着を羽織っているので、スタッフに紛れてしまってわかりにくいのです。

それでも、中央に写っているのですぐにわかりました。

ただ、みゆきさんを指差すことを躊躇っていると、探せなかったと思ったガイドさんが、
「ほら、ここ。
一人だけヘルメット被ってないでしょう」
と、教えてくれました。

この写真撮影が、本番前か、後かわかりませんが、ヘルメット被っては写らないでしょうね。

そうやって、ガイドさんと話しているうちに、部屋は満員状態に。

ゆっくり写真を撮ることが、不可能になりました。

ここで、私は"くろよん"の出立時間を10分多めに勘違いしてしまったのです。

まだ、時間があるからトイレに行って、もう一度撮影に戻ろうと。

その後で、あの時計や入口、できれば「みゆき広場」も撮りにいこうと。

みゆき部屋に戻ると、人はほとんどいなくて、撮影しほうだい♪と喜んだのもつかの間、
「もうすぐトロッコの発車時間です。
早く、出て下さい」
と、ガイドさんの声が、、、(--;)

ここではじめて、出発時間を勘違いしていたことに気がついて、大慌てで駅へ。

なので、あの時計も会議室のジオラマも"くろよん"の入口も写す暇はありませんでした。

そんな中、何とか写したのが、下の写真です。

あまりにも、お顔がバッチリ写ってしまったので、補整しました。

このトロッコの先に、「みゆき広場」があります。

事前に指定されていたトロッコに、急いで乗車。

狭い車内は、すし詰め状態です。

狭い上に、天井も低く、気を付けないと出入りの度に、頭を打ちます。

そんな狭いトロッコですが、説明のために関電の方が一人ずつ同乗してくれました。

走りはじめて、少し行くと
「ここが、みゆき広場。
中島みゆきさんが、歌われた場所です」
と教えてくれました。

みゆき広場には、その時に撮った写真をパネルにして飾ってあるとのことでしたが、暗くてよくわかりませんでした。

「ここだけ、地質が違ったみたいです。
他は、音が反響するのに、ここだけ、音を吸収したので、ここで歌うことになったんです」
と、解説してくれました。

そのことについては、みゆきさんも先のNHK の番組で、
「地質の違う所があったんですよ、トンネルの中で。
そこは、音吸ってくれるんですね。
これなら、いけるんじゃないなと」
と語っておられました。

当日は、中継ケーブルを20キロ地下を伝い、扇沢に停めた中継車から、衛星を使って生中継した、とあります。

私が、ここまで到達するのに、扇沢から、トロリーバス16分、黒部トンネル内専用バス約20分(途中下車除いたらそのくらい)、インクライン20分、トロッコ数分、と乗り物を乗り継いでも約1時間かかりました。

その道のりに、放送用のケーブルを這わせ(それも、予備を入れて3本か4本)るだけでも、相当な苦労だったと思います。

器材を運び込むのも、撤収するのも。

気温は、氷点下。

中継スタッフの執念を感じます。

また、苦闘していたのは中継スタッフだけではなく、"くろよん"の職員も闘ってたみたいです。

先程書きましたが、"くろよん"で作っている電気は高電圧です。

中継用の器材に使用するには、変圧器を臨時に設置するなど、発電所なのに、電源を確保するのに苦労したそうです。  

発電所なのに、途中で停電したら目も当てられないから、必死です。

その上、本番終了後は、総勢100人に年越しそばも振る舞ったようで、そちらも大変だったようです。

放送時間、6分弱。

その僅かな時間に賭けて、闘った人々。

ヤマハのスタッフも、NHK のスタッフも、関電の職員も、己のプライドを賭けて闘っていたのだと思います。

その思いを胸に、歌いあげた中島みゆき。

もう、3本くらいプロジェクトXができそうですね。(^^)

みゆき広場を過ぎると、もう、みゆきさんの名前が出ることはありませんでした。

以降は、手製のファイルを使って、この先にある高熱隧道の掘削の解説をしてくれました。

高熱隧道とは、岩盤の温度が160℃以上に達する約500メートルの区間。

その区間では、あまりの高熱にダイナマイトが自然発火する大事故が繰返しおき、多くの犠牲者を出した難所です。

この工事は、1936年、日本電力の時におこなわれています。

灼熱のトンネルでの作業。

半裸の作業員に黒部川の冷水をホースで吹き付け、身体を冷やしながら作業をおこなっていたそうです。

しかし、それも20分が限度。

20分、1日3回までとしたが、それでも、熱射病や胃腸障害などで次々と倒れていく作業員。

爆発事故や雪崩などもあり、300名以上の犠牲者が出た難工事。

そのことを基に書かれたのが、吉村昭著「高熱隧道」。

そして、その犠牲を払って完成したのが、仙人谷ダムと黒部川第三発電所。

高熱隧道は、まさに灼熱地獄。

反対に、はじめに書いた大破砕帯は、冷水地獄。

その距離、僅か20キロ。

黒部の驚異を感じます。

しかし、トロッコの中で聞いた話には、もっと驚きの事実が。

もう一本高熱隧道があるというのです。

そのトンネルは、1963年に稼働した新黒部川第三発電所の導水トンネルで、高熱隧道と平行して掘削されました。

そして、その工事も、半裸の作業員に水をかけておこなったんだそうです。

結局、戦前に行われたその方法しかなかった、と語る関電の社員さん。

その工事も大変な難工事だったようですが、犠牲者が出たのかどうかはわかりませんでした。

話を聞いているうちに、トロッコはトンネルの外に出て、仙人谷駅に到着。

仙人谷駅は、黒部川にかかる橋梁の駅です。


ここで、途中下車。

やはり、回りは山また、山。

みゆきさんが年を越すはずだった、関電の宿泊の最寄り駅です。

山の中に見えているのが、宿舎のようです。


確かに、疲労困憊で深夜に行きたい場所じゃないですね。

ちなみに、みゆきさんたちは、この先には行かなかったと思います。

冬の間は、黒部渓谷鉄道が止まっていて、黒部ダム側からしか出入りができないので、来た道を帰られたと思います。

撤収も大変だったでしょうね。

皆様、お疲れ様でした。m(__)m

見学の時間も終わり、再び、トロッコへ。

ほどなくすると、高熱隧道に差し掛ります。

コンクリートなどで覆って、黒部川の水を取り入れて、トンネル内を冷却している今でも40℃はあるとのこと。

トロッコが徐行し、サービスで窓を開けてくれます。

硫黄の臭いとムッとする熱気が入ってきます。

さっきまでの、凍えるような寒さが、遠く離れた場所のことのようです。

この高熱隧道を通るため、このトロッコは耐熱式の特別仕様になっているのだそうです。

本当に、高熱隧道です。

途中下車も入れて、上部専用鉄道乗車時間32分。

欅平上部駅到着です。

ここから、竪坑エレベーターという巨大エレベーターで200メートル下の欅平を目指します。

このエレベーターは、資材だけじゃなく、トロッコの車両ごと運ぶことができるんだそうです。

その前に、展望台に案内してくれました。

ここも、山また、山です。

絶景なんですが、いい写真がなくて、、、スミマセン(--;)

竪坑エレベーターで、標高差200メートルを一気に下ると、欅平下部駅。

ここは、黒部渓谷鉄道の構内です。

工事用トロッコ電車が出迎えてくれました。

(あまりにも、ボケた写真だったので、差し替えました。m(__)m)

約3分で、欅平駅のホームの一番端っこに到着。

ここで、「黒部ルート見学会」は終了です。

解散後、駅のホームを歩くこと数分。

ホームから、黒部川第三発電所が見えました。


改札から一旦出て、窓口で黒部渓谷鉄道の切符と引き換えをします。

欅平発宇奈月行き 14:37。

トロッコ電車の旅です。

「中島みゆきRESPECTライブ"歌縁"」富山公演に出演される、室井滋さんが観光案内をしてくれます。

しかし、疲れが出たのか眠気に襲われて、約1時間半の間半分以上夢の中で、聞いていました。

室井滋さん、スミマセン。m(__)m

15:54 宇奈月駅着。

宇奈月温泉駅までは、数分の距離。

16:00発の富山地方鉄道富山行きは、諦めて駅前の「黒部川電気記念館」を見学しました。

16:36 富山地方鉄道宇奈月温泉駅発富山行きに乗車。

この時に、宇奈月温泉駅で買った、切符です。

周遊券を見せたら、必要部分だけの切符を手書きしてくれました。

何とも珍しい手書きの切符です。


電鉄富山駅まで、1時間42分。

ここでも、半分以上夢の中でした。

起きた時に見た、山々の連なりには感動しました。

大阪では、山はだいたい一つです。

見え方も、平べったく見えます。

しかし、車窓から見た山々は、幾重にも重なって見えました。

とても、奥行きが感じられたんです。

やっぱり、富山の山はスゴいなぁ~と、思いながら夢の中へ。

そんな繰返しだったので、電鉄富山駅に着くまでのことは、山以外ほとんど覚えていません。f(^_^;

18:12 電鉄富山駅着。

駅前で食事を済ませ、ホテルにチェックイン。

長い1日の終了です。

そして、長い記事も終了です、としたかったのですが、最後に私の勝手な妄想を少し。

以降は、この記事を書きながら膨らんだ、全く勝手な妄想です。

富士山、青函トンネル、黒部ダム。

プロジェクトXの現場で歌いたいという、みゆきさんの希望で選ばれた最終候補地。

この中から、なぜ中継が一番困難な黒部が選ばれたのか?

嘘か本当か、みゆきさん本人が選んだと書いてある記事もありました。

みゆきさんが選んだのかどうかは、わかりません。

誰の基準かは、わかりません。

ただ、私は、黒部の犠牲者の多さが、この地を舞台にしたような気がするんです。

黒部ダム工事だけで、171人。

戦前の高熱隧道の工事で、300人強。

合わせて、500人近い人が犠牲になった黒部。

青函トンネルの犠牲者は34人と比べて、異常な多さだと思います。

それだけの犠牲を出しても、怯まず自然の驚異をねじ伏せた、人間の強さを感じないわけではありません。

しかし、国策の名の下、それだけの犠牲を、ものともせず突き進む、人間の残酷さに、身震いします。

国策として突き進んだおかげで、今の便利な世の中があり、その恩恵を受けている私が、偉そうには言えないこともわかっています。

そして、ここまで書くと、こじつけと言われそうですが、黒部の悲劇が、アルカディアのテーマ、"捨てる""捨てられる"に繋がっているような気がするんです。

10年以上も間があいているので、やっぱり、こじつけですね。f(^_^;

本当に、私の勝手な妄想です。

妄想ついでに、もう一つ。

そんな黒部で歌われた、
「地上の星」は、視聴者には応援歌になったかもしれませんが、黒部の地では、500人近い犠牲者への鎮魂歌(レクイエム)だったんじゃないかと、思えてくるんです。

どうも、妄想癖がぬけなくて、、、(--;)

長い上に、最後に変な妄想まで、、、スミマセン。m(__)m

本当に、長々とお読みいただき、ありがとうございました。(^^)

お疲れ様でした。m(__)m

では、また。(^-^)
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4 コメント

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ありがとうございました (m-nom)
2016-10-29 21:57:13
臨場感あふれる黒部レポですね。

読んでて何度も泣きそうになりました。

どんなにドキドキしながら旅をされてたのか、そして、みゆきさんの辿ったコースを追いかけながら、どれ程考え、感動されたか‥。


よかったですね。すてきな旅でしたね。

なんだか、私まで連れて行ってもらったように嬉しいです。写真が効果的です!


今日のラジオでみゆきさん、紅白のことをお話しされたようですね。

ラストのはにかんだような優しい笑顔を思い出します。

ありがとうございました。
こちらこそ、ステキなコメントをありがとうございます。(^^) (mihana223)
2016-10-29 22:24:59
m-nom さん、こちらのほうこそ、ステキなコメントをありがとうございます。(^^)

ブレブレの写真でも、載せた甲斐がありました。(^^)v
今度の旅ほど、ちゃんとしたデジカメを持って行けば良かったと、後悔した旅はなかったので、、、(^^;
ただ、どんな高性能なデジカメでも、腕が悪いので、大した違いはなかったかもしれませんが、、、(--;)

もし、可能なら一度チャレンジしてください。
私のブログなんぞ、足元にも及ばないくらい、感動できますよ。(^^)
できることなら、もう一度行きたいと思っています。
それくらい、いい旅でした。(⌒‐⌒)

今日のゆうゆうワイドで、黒部の話が出たので、ビックリしました。
今、記事を書いています。
UPしたら、また、読んでやってくださいませ。

本当に、いつもありがとうございます。(^-^)
感動しました! (miya)
2016-11-01 12:03:33
1冊の本ができそうな力作レポートですね。
詳細なご報告、ありがとうございます!
mihanaさんの感動が伝わってきて
読んでいてウルウルしました。

最後に書かれていた妄想(?)、
アルカディアのテーマも、紅白のことも「そうか!」と思いました。
真実はどうであれ
あり得ることだと頷きながら読ませていただきました。



ありがとうございます♪(^^) (mihana223)
2016-11-01 21:37:30
miya さん、身に余るコメントをありがとうございます♪(^^)

力込めすぎて、長大なブログになってしまいました。f(^^;
話の流れ上、途中で切ることもできず、、、(^^;
お読みいただいて、本当にお疲れ様でした。(笑)

その上、私の勝手な妄想にまで、頷いていただけるとは、最高に嬉しいです。(^o^)v

本当に、いつもありがとうございます♪(^-^)

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