狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

犬猫の管理を国でやるべきではないかと思う

2017-07-28 02:33:08 | Weblog
道に迷子のペットが居たとする。 日本だとこれの取り扱いは、ボランティア任せである。
これだと発見者も探している飼い主も、どこに連絡したらいいのかが判らない。
こーゆーのはやはり国でやらないと、戻れたはずのペットが戻れなかった、などという事態が頻発しかねない。

でだ。 「ペットが飼い主のもとに戻れる事を目的としたシステム」を構築しようとする際に抵抗するだろう勢力が、クズ飼い主。
「気分で入手」「ポイ捨てにしたい」といった志向で常に動く。 そうじゃないものに色々と理由をつけて反対する。
だがやった方が良い事は明白だ。

取りあえずは犬猫だろう、連絡体制と保護体制、登録制。 「他は」と言うと家畜の取り扱いやエキゾ飼い問題などが出てくる。
段階的に進めないと初動でこけるだろう。
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母につき、匙投げ気味に構えている

2017-07-23 02:41:19 | Weblog
以前、「団塊天動説という敵」といった風に書いたと思う。 「天動説信奉者は考えを改めたのではない、ただ死んだのだ」といった話が現在の団塊世代に当てはまる、という説で、これに対し先日、「政治妄執は下から撃てる」とした。 だがこの、下からの説得めいたものが通用するのは理性のある人間だけである。

何か月か前に母が図書館から借りてきて、私にも読むよう勧めてきた本に「獣の奏者」というのがあった。 東洋西洋中洋折衷世界観のファンタジー物で、本筋は政治動乱。 で、興味深い点が一つ。 責任者意識を持った人間によくある、社会に対する達観と諦観の入り混じった見方をする人間が、居ないのだ。 あらゆる事象につき、「懸かっているのはいるのはたかだか人間たちの」という視点が登場人物たちに無い。 全員が執着、怨恨、因習で動いていて、開き直って「ま、いいや」みたいな感想に、至らない。 感情や状況の描写はいいのだが誰もかれもが狭い思考の中をぐるぐる回っている。 なんでこうなんだろなと思うにやはり作者がそうじゃない、というか、そういうものに接しない人だからなんじゃないかなと。

安倍政権の支持率が下がっているだのなんだののニュースがある。 そしてこれを喜んでいる人間が相当数居る。 で、急に下がる要因ってどんなのがあったかな?と考えるに
1. 都議選周辺新党事情
2. 北朝鮮情勢開戦準備関連
3. アメリカメディアによるトランプ政権バッシングの余波

1は老害たちと彼らと常識を共有してきた層が「お前たちが悪いんじゃない、ほら新しくて正しいものをやるよ」と放られてまたぞろ飛びついたと。 10年前の民主党ヨイショから何も進歩が無い。 2は最近テレビで「ミサイル警報時の云々」みたいな「風が吹く時」系の政府広報CMをやっていて、これに平和ボケ層が嫌悪を示したのだろうもの。 知性が存在しない。 3も似たような筋だわな。 10年前の年金選挙も「なんでもかんでも自民党が悪い」でやっててな、当時煽っていた連中が「またイケる」「ブームを作れ」と湧いているのだろう、たちが悪い。

アメリカ嫌い、というか嫉妬の強い欧米崇拝傾向があり親中派っぽい言行の多かった父の政治立ち位置が変わってきていて、代わりに韓国を毛嫌いするようになった。 情報源がテレビで韓流入りの母が、これにひねている。 父に対し、待って、したように、母のそれも撃てるかというと否で、「いや無理だろう」と投げている。 と同時に、どこか楽観している部分もある。 テレビ芸能界、コメンテーター勢の全面崩壊で何かしらか変わるだろう、と。
楽観できる結果が来るのなら好ましいかというと、それは違うとする次第。 表向きの状態状況が良くなるだけで、彼らが貶めを好んだ理由が消滅するわけではない。
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選挙区制を止める頃合い、と思う

2017-07-21 14:11:53 | Weblog
選挙区ってーのは有権者を区切って投票できる立候補者を制限するわけだ。
なんでこんな事しているのかと言うと、権力分割、分業、人数集めにあたって議会に政治家が一定数必要になるのだが、投票先を制限しないと人気者数人の他はどうでもいい人間がほとんどノーチェックで権力者になってしまう、こういう構図があるから。 要は「君たちはここからここまでの立候補者らをチェックして下さい」というのが選挙区で切り分けられている理由と。

これ地域選挙区でなければならない理由は無いんだな。 例えば有権者番号下二桁で割り振っていったとしよう、この場合、特定政治家が特定の有権者、実際にはその地方自治体の一地域だな、のみに対する奉仕者となるのが困難になる。 県単位なら県全体を見た政策を訴えないと勝てなくなる。
有権者番号のようなものが無いなら住所の緯度経度小数点でもいい。
じゃあなんでこれまでそうしてこなかったのか、だが単純に、管理できないから。 大半の有権者が「あなたの投票先はペケぺけです」というのを投票所で初めて知る事になりかねないし、手違いも頻発しただろう。 でも今ならサーバ、スマホで一発なのだが。
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日本で長らく「最近の若者は反権力じゃあない」などと言われているが

2017-07-17 17:29:27 | Weblog
「反権力だ」という反論もあるわけで。
現状最悪の形で権力を行使している集団筆頭が、中国。 歴史的国連方針、中華民国系プロパガンダを含めて「中華権力」とした方が良いとする立場だが「中国がおかしい」のは多くの人の目に明らかだわな。 日本では若者の方が「中国にNo」で老人たち、特に「反権力」と言う側は親中一辺倒に近い。
もう一つが、マスコミ。 若者はこれを「マスゴミ」と呼ぶ。
団塊世代。 若者はこれを「老害」などと呼んだりする。 呼ばれる側こそが権力の側なのだがその「老害たち」が「自分たちが反権力なのだ」などとのたまわく。

私は彼ら、「反権力だ」などと言う側、親中派の側、そう言う人たちに靡く老人たちの側は「卑屈ウェイ系」とでも呼ぶべきなのではと思う。 真面目にやって周りから評価されるようになった人をこき下ろしたいだけなのだと。
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一般に、「蛇」は塵を食べないけれども、「塵を食べる蛇」なら居るんだな

2017-07-05 19:03:48 | Weblog
表題の。 ミミズの事である。
私とミミズとの縁ってどこにあるかというに、小学校六年の時の作文のテーマに、ミミズを選んだ。 嫌われ者だが生態系において重要だ、といった趣旨の。
正直、教師の出したお題に沿っていたかと言うとそうでもなく、奇を衒ったものだったとしか。 まあ、縁は縁だ。

神様が何をしようとしているのか、の考え方が二通りある。 一つは、全員(悪人を含む)ないし全ての霊(悪い霊を含む)を救おうとしている、というものでもう一つは、善人ないし善い霊のみを救おうとしている、というもの。 人間なんだかんだで後者に偏りがち、つまり、自分はそんなに悪くはないから救われる筈だがアイツは悪人だから違う、と。 「そんなに悪くない」と「本当に悪いヤツ」の間の線を勝手に引いて、自分はこっち、アイツはあっち、としている。 業だの報いだの云々するに、「彼は救われない、とする人は救われない」というのが一つの筋で、であるならば人類の大半は救われないのかというと、私はそんなわけない、とすると。 要は意見を変えればいいだけの事と。

お前はどうなんだ、と。 「彼らは救われない」とする対象があるのかと。
現在のミソは「朝日新聞社員たちは救われるか」というところにある。 んで一つの方法?として考えているのが、孫たちから「おじいちゃんは間違っている」と言われる立場に追い込まれたらどうか、というもの。
去年の夏、父と母とがテレビの、オリンピック関連ニュースを受けてぶちぶち言っていた。 費用がどうの選手強化がこうの。 んで、トイレに8年前のニューズウィーク日本語版と、その近辺の、クーリエジャポンを発掘してきて置いておいた。 それぞれオリンピック開催地がブラジルに決まった際のすったもんだとワールドカップ云々の表紙だったと思う、で多分言いたい事が伝わったのだろう静かになった。
父が小沢一郎氏の支持者だったのね。 これが最近変化た、っぽい。 代わりなのかなんなのか、田中角栄氏をヨイショしだしたのだが先日、あれ麻薬閥だよ、金丸訪朝団とかそっち系のと伝えたら黙った。
つまり、下からの説得は可能なのだ。 老人の中で信念化した政治妄執を下から射落とす事は、状況次第で不可能ではないのだ、例えそれをしようとするそいつがニートだったとしても。
で思うわけだ。 何故こうなっていない、と。

救われるとか救われないとか誰が決めるんだ、と。
客観的な健康状態というものはある。 身体的なそれと、精神的なそれと。 救われる云々の意味で重要なのは後者。 健康が重要、であるならば健康な状態すなわち死から遠い事が救いなのか、というと、私は、「違う」とする。 苦痛が永続するのが救われていない状態で、その終わりが救い。 当人が苦痛を苦痛だと明確に意識出来ない事があり、その時に用いる指標が健康状態。
当人の意識と(精神的な意味での)健康状態で4パターンあるわけだ、つまり
a. 健康で苦痛無しと認識している状態
b. 健康だが苦痛だと認識している状態
c. 不健康だが苦痛無しと認識している状態
d. 不健康で苦痛だと認識している状態

であると。
さて、西洋社会は健康なのか。 移民問題やポリティカル・コレクトネス問題を見るに、否だろう。
では彼らの正義、老人たちの中で妄執化した政治信念を抹殺すべく動くべきか。

社会が精神的に健康な状態ってどんなだろう。
本音と認識がずれていない状態、建前が「あくまで建前である」と発言できる状態。 こんな感じか。
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