狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

悪魔との契約とか、悪魔による証明とか

2016-03-31 22:53:56 | Weblog
宗教の新たな価値を発見した。 引きこもり離脱である。 なんだけれどもこれってひょっとして、その本来の存在意義の一つなんじゃなかろうか。

勝手に死んだ、と書いた。 これ反感を買いそうだなと思い、別表現を考える。 死ぬ時を違えなかった。 自分の側があり、そこに殉じた。 うん、こういうの、おべんちゃらになるな、時々やらかすけど。 戻そう。 今日ヒロシマと言う側は「彼らを誰かが殺した」であり靖国の側は「彼らは勝手に死んだ」である。

無能勤勉の話。 これ「新人いじめ」とすると解りやすいと思う。 働き続けていれば何らかの形で結果は出るが、無能な働き者にはそれが無い、働き者であるにも関わらずだ。 これつまり労力の投入先が社内政治だったり仕事をしているような見せかけだったりに投入されているからなのだと。 そうした状況に新たに人が入ってきたらどうなるか。 放っておいたらその無能はあっさり追い抜かれるだろう、ではどうする。 要は新人が自分以下なら問題無いわけだ。 よって、先ずは腐らせようとすると。 徹底手抜きの植え付けに失敗した、あるいは元々有能だったとしたら?
こうした人間はえして上からは、真面目で愛嬌のある人物に見えたりもするわけだ、そうじゃない人間も居るだろうがその場合は早々に削除される。 無能勤勉とは上からの判定方法なんだな。

好きとか嫌いとか。
旧共産圏に石炭を嫌いな人が居たそうな。 小さい頃石炭配りの仕事をさせられていたのだとか。 何かを好きになった理由は取り留めのない些細な事だったりするが、嫌いは違う。 強く継続的なそれの裏には人が関わっている。 何らかの形で、意思が。 石炭配りの子供だった人の場合はおそらくは、配られる側共産圏の大人たち、一人だけがそうだったということならそうはならなかっただろう、が継続的に、何らかの形で侮蔑的な態度をとっていた、そう推測する。
あーあーあーあーあー。
これをやりたかったんだよ。 恨み言大会で。
他人のネタではなく自分のネタで。 羅列し、一つ一つ原因を考えていき、それぞれにつき許すべく心を決めていく。
あー。 あー。 やっていたらスッキリと生き続ける理由が無くなっていただろうに。
まったく。 下らない世界だ。
無くなったら喜ぼうか。

さてと。 表題の、悪魔との契約とかなんとか。 これといった根拠もなく書くだけなのでただのお話。
先に悪魔による証明の大まかな形の方をサラッといくか。
よく論理パズルで「天使は常に本当の事を言い悪魔は常にウソを吐きます」なんてのがあるでしょ? 何気にそんな感じなの、ただし、悪魔がではなく人間が。 人間に憑いている悪魔がそいつが加害者だって証言すんの。 例えば誰かに訴えられている人が居たとしよう傍目には訴えている人間と訴えられている人間、どちらが正しいか判らない。 往々にして訴えている人間の主張に傾くだろう、その攻撃性から。 そんな時悪魔が「コイツはウソを吐いている」と証明したりすると。

悪魔との契約。
スポーツの、ドーピングが解りやすいと思う、実はそんなにおどろおどろしい話じゃない。 でも続きがあるんだな。 ドーピングなどで栄光をの座に着いたスポーツ選手がスポーツ指導者になったら? 状況は継続、不正行為が受け継がれる。 悪魔が人から人へと移るようなもので、そこに欲と栄光のやり取りがある。 それがそのまま「不正行為推奨の場」として広がる。 死んだら魂を持って行かれるなんて話じゃない。 栄光の座にある時点ですでに、不正を避ける人イコールもっとも警戒するべき敵、で不正を好む人イコール訴えられる危険は無い身内、となるが不正の人とは裏切る人、簒奪を厭わない人だ。 自分の家族でさえ秘密が漏れる原因となるやもしれず、そうならなくとも自分の子供から「卑怯者」と見られる可能性が付きまとう。 一生。 結局悪意の中にしか生き場が無くなっていく。 死んでからじゃあない生きている時に、勝ち取った地位、それを得た手段がその人をそう変えていくのだ。
どうするか。 栄光なんていらないと割り切ってしまえばいい。 んでもだ。 例えば家族との関係がそれに基づいていたとしたら、どうする? みんなぶっ壊れてそこから再構築する機会がある、そう願うより他無いのかもな。
ま、叶いそうな気もする願いだが、さてそうなった人はそう願えるのだろうか。
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米軍と日本経済民生品輸出

2016-03-30 14:23:26 | Weblog
靖国神社とヒロシマ。 カタカナでヒロシマ、と書くときは一般に広島県や広島市を意味せず、もっぱら原爆祈念云々の方を指す、そのヒロシマ。 これ靖国が正でヒロシマが邪なの。 判るかな? 答えの一例を書くと、「日本人が勝手に死んだ」が靖国で「ダレカに殺された」がヒロシマ。 単に「死んだ」たけでいいの。 人形が飾ってあるでしょ。 それでいいの。

https://m.youtube.com/watch?v=wlWZm5_aXv4

上記urlを御覧戴……かなくてもいいや。 著作権とかはわからん。 多分閲覧可、商業利用不可のやつだと思う。
ネタにするのは動画内に流れてくるコメントの方で、「俺の娘」、「俺がパパだ」、「俺がガンダムだ」、「おまわりさん俺です」、「ほら、ロリコンにしてあげる♪」、「何故止めたし」など。 それがどうしたと言われると、いや、人による霊を人にする行為がどういう訳だか男の方に移ってるって話なんだな。

アラファト氏。 終始盗聴されていたとも言われているが、これおかしな話なんだな。 身辺をパレスチナ人身内で固める事は容易だったはず。 小型ボットとかレーザー測量で振動を拾うとか無かった時代だ、ということは盗聴かブラフか、あるいは側近たちがアラファト氏を信用せず盗聴、それを外部が又聞きしてたとか、そういう事になる。 おそらくブラフはない、すぐバレる。

さて米軍である。 前回の終わり「マフィアの兵隊化」などと書いた。 乱暴に書くと、マフィアは駄目で軍隊は良しとなる。 もっと書くと、マフィア型の軍隊は駄目で近代国家型の軍隊は良しとなる。 前者はモラルの破壊者で後者は育成者。 「違いなんて無い」「お前が国家の信奉者なだけだ」と思われるだろうそこで考えてみる。 同違ってこうなるのか?と。
あった。
給与体系だ。
ぶっちゃけて書こう、「死ぬ公務員はモラルたりうる」。

勤勉な無能死すべし、と言った論か有る。 怠惰有能は将軍に、勤勉有能は参謀に、怠惰無能は兵隊に、勤勉無能は殺せ、といった類の軍隊教訓だったはず。
戦場では戦友が死ぬんだな。 んでそれを避けようとする手段というのは随所にある。 つまり勤勉無能かやってるのは、そうした手段を避けた保身術。 だからといって悪い事をしているわけじゃないじゃないかと思うかな? 実は当人が悪意として認識していない隠れたそれで動いてるの。 だってそこでは人が死ぬほど出世するんだもん。 一般には当てはまらないって思う? そうでもないんだなこれが。 人が去るほど地位が高くなる状況、ざらにある。

省庁には利害関係がある。 アメリカ財務省はウォール街の繁栄、国務省は外交ギルドの地位向上並びにギルド内ライバル排除、国防省は軍事パレード(実戦含む)で、末端の米軍は自分と仲間が死なないこと。 違いがあり、主導権争い、予算獲得競争めいたものがある。

日本経済は貿易型、中産階級特化型の産業構造をしている。 世界が平和なほど、交易が自由で公正なほど、中産階級が増えるほど儲かる構造をしている。 これと利害が一致するのが米軍なんだな、とする。
経済構造、性向。 利己的な日本経済が世界に対する権力を握ったらどうなるか。 自分たちが儲かる構図を世界に強制しようとするだろう結果、中産階級が増え金持ちと貧民が減る。 その方が儲かるからそうするのだ。 実例はと聞かれたらかつて日本が、台湾韓国が、ASEAN諸国がそうなった。 そう答える。
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一次モラル、二次モラル、霊の死

2016-03-29 12:51:28 | Weblog
さて前回の。
たしか「ま~ん」とあったはず。 これ最近、ここ数年なのかな?のネットスラングで、英語のジョークだと「ブロンド」に相当するもののはず。 mahnと発音、対語がcheanかな。
「マンの者だがもの申す」と言った感じのスレが有ったと思う。 この場合発音はmanだが女を意味する、で「チンの者は云々かんぬん」で、「ああ、この人は賢いな」と思ったわけだ。 相対化が出来てある。 ここで言う、出来ている、は「我々の常識は一般にあらず、他の常識もまた同様」といったもので、出来ていない例が「aちゃんもやってる、bちゃんもやってる、みんなやってる」である。
みんなが同じ方向見て机に着く平行作業みたいのじゃ駄目なの。 対向作業や直交作業に対応出来ないと。 何が駄目って同調圧から積もり積もって戦争になる。 そうなっても個々には「私は常識的に行動していただけな善良な」ってなってると。

書き出し冒頭ネタ構造、私はこうした物を自分の中で「ネズミ返し」などと読んでいたりする。 「ま~ん」ならば自分をリベラルだとする女、「霊」ならば科学的だとする人、「エロゲー」ならば宗教的に清らかで貴いとする人、「政治治安軍事」ならば無関係無関心責任なしとする人が、続く文章から遠ざかっていく。 もちろん、腹を据えて突破するのは可能、別段難しくも何ともなく私はそれを歓迎するが。

悪魔の素逃げを推奨中。 引継とかあったんだろうな、これまでは。

さて表題の。 一次モラル、二次モラル。
モラル、生命倫理は霊の死故に必要とされている。 霊とは何かというと、意思である、と言うのが一つの答えでそれとは別に、雰囲気である、というのがある。 意思ないし意思化した雰囲気が、そうであり続ける事を止めてしまう、そして塵になってしまうのが霊の死。 鬱病は実は霊の死なのだ、というのが持説。 肉の死としての自殺は平行して起こる本質ならざる一事象。
ちょっと脱線して雰囲気の話をば。 人が人形を愛でると人形に在った雰囲気が「自分は愛されているのだ」となり続くとやがて「自分は人に、人として扱われているのだ」となる。 人に依存する形で人としての自己規定が形成されていく。 人形が無くなった時、霊が人形から離れた後どうなるかは、まあ、やがて人間として産まれてくる、のかどうかはなんだが。
話を戻す、霊は死ぬ。 霊たちは霊を無自覚にむしり追い込みそこに死がある。 いじめと鬱の関係。 よって神様、義の神によってモラルが必要だとされその教材として肉の死がある。

一次モラル。 これがどうやって創られるかだがもっぱら人の死によってである。 親なり子なり、友人なり恋人なりを愛すると。 その後その対象が死ぬ。 心に穴があく、などとされる状態となり、そこに悲しみがあると。 他人にも悲しみがあると知り、他人だろうとも失う悲しみは避けられるべきだ、といった形となるこれが一次モラル。
考えてみた人経験した人お分かりと思うがこれ、出現確率がやたらと低く、おまけに適用範囲も狭い。 喪失に苦しむほど愛するこれはままあるとしても自分と無関係な他人に自分と無関係な愛があり、失った状態の自分がそれの継続を望むようではないとそうではない。 不幸な自分、他人から見たら不幸だとされるだろう自分が他人の幸せの継続を一方的に願う、そうではないと一次モラルではないのだ。 しかもこの一次モラル、愛する人を自動車事故で失ったなら自動車事故だけが、失われたのが子なら親子関係の子だけがその対象となる。 死亡事案が同じではないと「避けようとする衝動」にはならないのだ。 そこで二次モラルのでばんとなる。
二次モラルは一次モラルの類推拡張であり、そこに教育の入り込む余地、教育する意義がある。 友人が酒場のつまらない喧嘩で死んだ人が酒場のつまらない喧嘩で友人と同年代の人間が死ぬのを避けようとする、他人のそれだろうと何だろうとの衝動的忌避、を拡張すれば喧嘩死全般、あるいは友人と同年代人間の死全般が忌避対象となる。 また、「私は失いました。 私は悲しみました。 これまでは他人でしたが今日あなたは私と知り合いになりました。 避けられる喪失は避けて下さい」ならば他人への拡張が可能となる、まあもし他人が同意すると仮定しての事だが。
ここで考えるわけだ。 二次モラル、教育拡張型二次モラルがあると一次モラルも発生しやすくなるのではないだろうかと。 だとするならば一次モラルと二次モラルは種と土壌、種からまた多くの種が採れる関係なのだとなる。

さて、モラルである。 これ破壊可能なんだな。 例えば身内社会に取り込んで反モラル的志向行動に報酬を出す。 マフィアとかとにかく身内に厚くするだろ? そんなもん。 組織とか利益集団のための兵隊に改造しちゃうの。 富とか地位の欲に応じる形でもって。 他にもある。 いやな事、悲しい事があったら他人を恨め、である。 こうするともうモラルは育たなくなる。 極端な例が麻薬売買。 世の中嫌な事だらけだろ?他人とかどうでもいいだろ?どうでもよくした方が楽しいだろ?だからこれでいいんだよと言って売りつける。 卑近な関係、利益誘導、世間への怨恨肯定と。
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悪魔の理

2016-03-28 20:59:08 | Weblog
※※※ 以下コピペ、つーか書き写し。



男性に対する期待値が維持用に高いため、自縄自縛で苦しんでおられる。それが文面を拝見しての第一印象です。
男性に対して端的に興味がない人は、わざわざ「嫌い」とも感じませんし、「打てば崩れそうで頼りないからダメ」と、ことさら否定したくもなりません。
「自分を楽しませられるよう、会話をリードするべきだ!」
(中略)
すなわち、「近頃の女性は、女らしいおしとやかさも、かれんさもないから好きじゃない」とスネている男性に対して、あなたはやさしく、ないし女らしく振る舞おう、という気になるでしょうか?



※※※書き写しここまで

※※※ここから反応のコピペ



21: 以下、名無しにかわりましてネギ速がお送りします 2016/03/16(水) 14:12:42.51 ID:RdO3L/fa0.net
ま~んは否定的な回答されても受け入れないから無意味なやりとり
どうせこれ読んでもなにこいつありえねーわ死ねとしか思っとらんのが目に見えて腹立つ

33: 以下、名無しにかわりましてネギ速がお送りします 2016/03/16(水) 14:13:56.41 ID:v2WQEEV4M.net
>>21
まあそうやろなあ
自分のほしい情報しか手に入れないからな
ハゲがこの答え書いた時間が無駄になるだけや

47: 以下、名無しにかわりましてネギ速がお送りします 2016/03/16(水) 14:15:49.15 ID:Zxd7gxWBa.net
>>21
感謝するどころか逆ギレして回りに悪口いいふらしてそうやな



※※※コピペここまで

これ。 注目が「受け入れないだろうから無意味」って所。 私はガンガンやるべきだ、って思ってんの。 そうすることで他の人、特に若い人が読んで変わるから。 「なんかオカシイ」と思ったらとりあえず反論してみるこれ推奨と。 身内で話すんじゃなくどっかぶつけてみる。 自分が馬鹿なら自分の馬鹿が晒される、対象が馬鹿なら対象の馬鹿さが問われるようになる、つまりどっちでも馬鹿が馬鹿だとハッキリする分社会が良くなるのだ。

そろそろだな、と思う。
以前から時々、早くやらなきゃな、とはしてたんだけど。
日教組、逃げて良し。

さて悪魔の理が主題なのだがその前に、ちょっとした作業があるつーか、そうする必要があるのだと私が目するものがある。 神様完璧説の否定。
キリスト教の特徴は予定調和なのだそうな? たしかイスラム教にも似たような論旨が有ったはずと記憶。 これを否定する。 聖書の主題の一つなのだと。 聖書に延々書きつづられているのは怒る神様であり苦悩する神様であり、上手く行かずどうにもならない神様の姿である。 完璧論の否定が聖書のメインテーマの一つ。
さて完璧論の否定が神様が聖書を編纂させた理由の一つであるのならば、何故現状の教会組織教義、聖書が根拠だと謳われている、はこうなのか。 原因を三つに数える。
1. 全知全能の誤解
2. 天使たちの子供っぽさ
3. 教会の方針

悪いことしてそうに読まれかねない3から先に書くとそれは、医者の気休めのようなものなのだと。 厳密には悪事だな。
さて1の、全知全能誤解。 一口に全知全能といっても幾つもの状態に分類することが可能なのだと。 最上位のそれは世界の何処にも欠点の無い状態、差し詰め「真球の世界」とでもしたものか。 その次あたりが全てが完全に予測され制御下にある世界、「瑕疵無き名画で居間を飾る人」とでもしたものか、イレギュラーが全く発生する余地のない状態。 逆に「辛うじて全知全能と呼べるもの」を私は「無能プログラマーの憂鬱」としている。 自分が作った世界の全てを知っている、個々の現象予測も簡単に出来る、理論上全てを自由に修正可能、でも現実に出来ることは壊すだけ、なのが関の山と。 実際はどうなのかだが勝手な予想として、「動かせる明晰夢」に近いんじゃないかと。 なんにせよ、「瑕疵無き名画」と「無能プログラマー」の間の何処かが現実の、所謂全知全能なのだと。
天使たちの子供っぽさ。 小さい頃こんな事を言ったことがある人いるだろう、「お父さんは何でも知っている」と。 そんなもんである。

神様、聖書に記されているおそらく「点たる」が一、は何らかの形で世界に対する全能性を駆使可能だが完璧ではない。 これが問題含みでな。 霊が死んじゃうのだ。 肉体の死、ではなく霊の死、沈黙、がある。 これがモラル、善悪判断がある理由。
じつは。 霊は。 事故を喜ぶのだ。 事故や事件、喪失を、目新しい事として喜び歓迎する性質が有ったりするのだ。 ここが神様との相違点の一つ。 「一に対し他がある」のと「多に対して多がある」のの違いだね。 つまりモラルには霊の本質を否定している部分がある、というか原点が。
神様が、霊に対し、本質を否定する。 するとどうなるか。 霊の側が変わろうとするか、あるいは。
これが悪魔の存在理由、悪たる霊を肯定すべくある。
人の言葉にすると例えば、「そちら側の方が人間らしさなのだ」とか「躍動する生の美しさだ」とか。
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サヨク発生

2016-03-25 12:24:42 | Weblog
朝日新聞とか毎日新聞とか、テレビ朝日とかTBSとかNHKとかフジテレビとか、なんかつーかこう、「自分たちは麻薬売人を匿わなければならない」「売人常習者を追いつめんとする警察その他に圧力をかけ続けなければならない」といった不文律で動いてんだな。

さてサヨク的な職業というと良く挙げられるのが弁護士、教師、ジャーナリスト、事務系公務員と大企業社員。 職業以外では学生、女、セーフティネット受給者。
右よりの人が多いとされるのが農業漁業等一次産業、社長、家長。
こうして並べてみると「頭の良い人が左に行くんだな」といった結論に至る人が多いと思うが、私はそれは陥穽なんだなとする。 雑感で共通点を挙げよう。
1. 不労所得志向が強い
2. 指導する・される上下関係で常時上位
3. 就いた後は実力を問われない
4. 騙す技術が求められる

対する右側は
1. 実業系、ないし「自分で稼ぐ」意識が強い
2. 上にいても比較され、やもすると下に逃げられる
3. 競争社会

個別にはあてはまったり当てはまらなかったりしそうな。 いくつかを個別に見てみよう、まず弁護士。 弁護士個々人は競争社会にある。 と同時に、弁護士業自体は国家の保護下にある。 資格による規制がそうだし裁判自体が専売事業だわな。 企業と契約関係となると完全無競争というわけでもないが概ね食いっぱぐれる心配もない立場となると。
教師。 先進国では安定職筆頭に挙げられたりするもので日常的には子供を相手にする。 真の顧客は親たちなのだがこれに対する説明責任をシステムの側、教育委員会だったり文科省だったり政治家だったり、に丸投げすることも可能と。
ジャーナリスト。 日本ではテレビ、新聞、週刊誌とあるが公共電波によるテレビ放送は完全専売状態、早い話が合法カルテルである。 対する新聞は日本人の定期購読癖、折り込みチラシの需要と相まって、緩やかなカルテル状態。 テレビ、新聞業に公的地位が約束されているのはバンコク共通に近いと見る。 ちなみにだが主に海外勢からの記者クラブ批判だがこれには首を傾げる。 現場で実働している職員の保護とでっち上げ封じに効果的な制度難じゃないか知らん思うところ。

傾向として
a. ちやほやされてきた
b. 社会地位安定

あたりがありそうな。 高い所で安定していると余裕のあるサヨク、低いと不満のサヨクとなると。

別の観点。 集団内部ではなく周辺、特に子供。 どういう人たちが弁護士ないしジャーナリストになりたがるのか、である。 ぶっちゃけて書こう前者は他人の事件を喜ぶ人、後者は他人の事故を喜ぶ人である。
これに傾向を加えると、ちやほやされてきた人は自然と他人を下に見る、哀れむ立ち居振る舞いが身につくようになる、また安定した地位は日常に「飽き」が伴い易くこれが無責任な社会不満と娯楽の融合となりやすい、と。
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ネフィリムで読み解くキリスト教

2016-03-23 12:14:33 | Weblog
前回の。
旧約から新約への流れを政党政治政権交代に例えたがこれって何気に、キリスト教圏一般の「悪魔の定義」と大差なかったりする、つまり彼らは元天使たちであり方針の不満からそうなった、と。
一者独尊二者対面、三者連衡四者傍観。 悪魔って何してんだ?の答えは世間に大雑把に、二通り有る。 悪い奴らだ、というのと裏役だ、というの。 ソロモン王は悪魔を使役した、なんて話もあるんだけどね。 唯我的、赤ん坊には悪魔はいない。
政権交代の中身を偉人派と聖人派とした。 偉人と聖人は
矛盾しないだろ思う向きもあると見る、なので別表現。 厳しく派と優しく派である。 二千年たった現状は差し詰め「そら見たことか駄目だっただろう」の厳しく派に対し「構成要素こんな糞だぞどんだけ厳しくする気だ厳しくする人が死ぬわ」の優しく派。

二千年前の状態。 上から順に、セム系偉人派「俺たち偉い」、セム系聖人派「あれ?現状って結構駄目じゃね?」、復活ネフィリム「昔は俺たちが偉かったはずなのに俺たちを追った奴らが」、アラブ人その他諸々「金。 酒。 女」、となっていたと。 ここに「神様は万人に対して神様である」という原則を当てはめると例えば、こんな文言が出てきたりする「神様はある者につき瑕疵のある善を認めない」とか。 そしたら何が善かなんて成立しないじゃないか、と言われそうだがそうでもない。 「認めない」とする側が嘘を付いてそうしている場合。 この場合は認める側、認めない側双方で相対的善悪が一致していたりする。
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「新約大失敗」の説

2016-03-22 14:59:05 | Weblog
「聖霊の働き」云々という。 正直なところ、何この糞システム、が本音である。 例えるなら補聴器を付けた難聴の人を騒音と怒号飛び交う工事現場に立たせてひそひそ声で重要事項だか雑談だか伝えようとするような。 ただひたすら疲れる。
やることは簡単、現地適用判断を片っ端から文章化してしまえばいい、だがそれをしようとすると糞腐れ旧システムの側の連中が邪魔をし出す。

さてと。
「荒野の誘惑」である。 注目は三つ書かれている試しの二つ目なのだが他を先に見る。 まず石をパンに変えて見ろ、だがこの前例をマナに見る。 後の例としてはイスラム教ムハンマド氏の「山が来ないのならこちらから山へ行く」である。
三つ目の、飛び降りてみろ受け止められるはずだ、だがこれ実際にやってたとしても意外と軽傷で済んでたんじゃないかと思うわけだ。 ここまで極端な話、高所転落、でなくとも類似点「危険だが信頼を求める」的行動を、経験した人も少なくないのでは、と思う。
問題の、二つ目である。 世界を支配させてやろう、的な何か。 大前提。 新約聖書ではこれは悪魔の誘惑とされているが、その文言提言自体が全くの嘘ということはない。 悪魔と取引をして云々いう話は今日にもある、まあ、あくまでお話としてだが、よって、支配者的地位に就く未来自体はあり得た。 これが前提。
イエス氏が荒野の誘惑二つ目の問いに「YES」と答えていたとしたら「支配者イエス」恐らくは「ローマ皇帝イエス」かそれに近い何かが現れていた。 これ前例があるのね。 エステル記モルデカイ氏がそうだし創世記ヤコブ氏の子のヨセフ氏がそう、そしてソロモン王がそう。 つまりイエス氏は、ユダヤ教、前後の流れから主にパリサイ派にだろう与えられていた予言の成就を、吹っ飛ばしてしまったのだと。
キリスト教徒はこれを「新約」と称するわけだがここに「購いとは何か」の答えを見る事も可能なのだと、つまり実は、イエス氏個人、霊的には天使ミカエル、とユダヤ教徒との和解が成立しただけなのだと。
もっとある。 ネフィリムである。 彼らの時代、元々彼らに与えられていただろう約束を吹っ飛ばしたのはエノク氏の筋である。 曾孫だか玄孫だかで終わって都合「セム系」なんて言われてたりする。 ホロコーストやポグロムが「反セム主義」だとされているのをどこかで見たことある人多いと思う、それである。 ネフィリムの時代を吹っ飛ばしたのがエノク氏、ノア氏、セム氏の筋でセム氏の筋ユダヤ教の予言成就直前にこれを吹っ飛ばしたのがイエス氏、復活ネフィリムたちに与えられたのがキリスト教でこれが「新約」そして「購われた」なとど言われている。

さて所謂「荒野の誘惑」後の場面、天使たちが降りてきてイエス氏を祝福してんだったと思うそれだが私は、聖人派と偉人派と見る。 偉人派の目標は「ローマ皇帝イエス」かあるいはその父「ローマ宰相ヨセフ」だったのではとするわけだ。 要するに政権交代なんだね。
偉人派の準備はギリシャ文明、ローマ帝国、アラブ人民と有力地方民ネフィリム。 「全ての道はローマに通ず」だね。 これがどうなったか、だがネフィリムたちにはキリスト教とローマ帝国が、アラブ人たちには別の秩序としてイスラム教が、ユダヤ人たちには両者の対立の中彼らの「真理」が与えられた、これをアレンジしたのが所謂「神の子」。 これが現状どうなっているのかだがキリスト教徒は好き勝手に支配しイスラム教徒は無秩序に走りユダヤ教徒は真理をひた隠しに。 互いに相手を「邪悪だ」と罵り続ける始末と。

機械の世界。
どうにも魅力的に思えてならない。
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国民とリベラル

2016-03-21 11:01:43 | Weblog
民族集団があるとする。
そこには共通共有概念としての良心があるわけだ。
それはどのようなものかというと、例えば「人を殺してはいけません」といったもの。
どうやってそれが出来るかというと、社会を知らない子供に親が教えることによって。

国家は主権、国土、国民によって出来ているそうな。
大ざっぱに成立順は
③ 国民
④ 国土
⑤ 主権

となる。 国民集団があり、それらの境界線として自然国境あるいは武力支配範囲が政治国境が出来その中が国土となる、国民集団並びに国土の責任者として主権が認められると。
おおまかな国家の成立これに「教えられる良心」を加えるとこうなる。
① 良心教育の文化
② 他集団に対する良心の説明
③ 国民
④ 国土
⑤ 主権

国民成立の前に民族の良心、この説明つまりは理念、が入るんだな。 これがナショナリズムの中核であり他集団に対して「怒る」理由となる。

良心、教えられる良心、は家庭で、親によって与えられると書いた。 「村で」でも「学校で」でもいい、また「与え損なった」ないし「与えられなかった」も有るだろう。 これとは別のプロセスがある。 投資である。
私は「孟母の害」と書く。 「科挙の害」とするのが一般的であろう、「バカと遊ぶな勉強して偉くなれ」とした逸話が中国史上中国人たちの「これだけ投資したのだから我々には権利がある」「これだけ投資されたのだから私には義務がある」とする行動様式の原点になっていると見る故。
親が子に投資する。 子はこれにより国家を「利益回収の場」とする。 こうして育った彼らが国民集団の否定者となる。 リベラルである。
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電視珍走吠家

2016-03-14 17:30:35 | Weblog
バレンタインデーに圧され雛祭りがどんどん斜陽化していく。 ある人は少子化と言い、ある人は国際化と言い、またある人は商業主義と言う。 諸行無常。
霊感を磨きたかったら人形にでも話しかけるといい。 なんとなく喜んだ、悲しんだと思えるようになったらそれが霊感だ、実体が伴うかどうかはともかくも。 と、書いておいてなんだが霊感云々、お勧めしかねる、とあうのもそれ、身についたとしても過敏症の類。

恨み言大会。 書いていたとしたらエープリルフールまでの期間が心の求めを洗わす「正直の三週間」となっていたやもしれぬと思う。
教会霊たちは偽善を捧げる。 私は書く。 それはおまえたちの趣味だと。

さてと。 今所謂パレスチナ情勢の本を読んでいる。 んでその著者なんだが、学者なのに妙な事ばかり言っている。 一見パレスチナ側に立っているようで変だと。 リベラルだ、というのもあろうがムカつく。
そこで言行パターンを分析してみた。 結論は以下となった。
1. リベラル・プロパガンダの補強
2. イスラエル側恫喝・ブラフの喧伝
3. 「脅されている人たち」の保護弁明

蛇の道は蛇、か。 ほっとくか。

うん、踏んでおこう。
まず2から行くか。 「イスラエル核持ってる」「イッパイある」「すぐ使う気がある」「イスラエル軍めちゃくちゃ強くて一枚岩」「レジスタンスはすぐ発見される」「話し合いだけしててアメリカの助けやイスラエルの自壊を待つ方が賢い」とかなんとかと意訳。
3はまあ、そんなもんだな。 「彼らは可哀想な弱者なので君たちは哀れまなければなりませーん処刑なんてもってのほか」と。 これは理解出来る。 問題は、プロパガンダ。

話を少しずらす。 時は冷戦後期、1980年代。 いわゆるナクバ論はインチキでエスニック・クレンジングを先に始めたのはアラブ側、アラブ大反乱の1936年だ、と以前書いた。 初期の欧米側の反応もアラブ側指導者の動きもこの事実に準じたものだったのだがこれが変化したのが1970年代、ようはオイル・ショックの結果なのだと。 ここに冷戦終期の情勢が付け加わる。 西側エリートに長く流行していた、社会主義礼賛体制の崩壊である。 その時彼らはどうしたか。 彼らはこう言った。 「パレスチナ人たち可哀想」と。 「社会主義は理想郷」なんて嘘だったじゃねーか」と問い詰められる段に入った時、彼ら欧米先進国のリベラル・エリートたちは「お前たちはパレスチナ人たちを哀れまなければならないのだ」と言ったのだ。

リベラル・プロパガンダに話を戻そう「全てのアラブ人を追放せよ」と書かれた命令書、とある。 これ別の本では確かエジプト軍シリア軍ヨルダン軍の侵攻に先だっての、軍事要所にあった特定の村に対する作戦の命令書でイスラエル国内全域対象じゃなかったはずだがおそらく、わざと混ぜてる。 実際の歴史では全域全員追放なんて起きてないし、実行されてもいない。
もう一つ行っとくか。 「パレスチナ人こそがユダヤ人だ」ってヤツ。 カルタゴ。 カルタゴ陥落後、カルタゴ人たちはどうなったか。 散り散りになつまた人たち。 元々親ローマ派で、ローマ帝国内で冷や飯食いになった人たち。 場所柄寇掠に遭わず混血しローマ諸州の庶民となった人たち。 カルタゴ人の末裔とは誰か、と聞かれたら「散り散り」か「冷や飯食い」、あるいは「奴隷」たちの末だろう、と答える。
良きサマリア人。 当時のローマ人、ギリシャ人、ユダヤ人、そしておそらくサマリア人たち自身のいずれもが、彼らをユダヤ人だとはしていなかった。
白系ロシア人。 ロシア革命当時各国への亡命者がいてな、今の日本にも八分の一とか十六分の一とかの混血がいたりするわけだが彼らはただの日本人である。 仮にもし、だが彼らの内に何らかの形、傍目に明確なそれ、で白系ロシア人としての正当性を持ち続けていたとしたならば私は現ロシア政府に対し「変な人たちが居る」もとい「ロシア政府は彼らを正統なロシア人として受け入れるべきだ」と表する立場にある。 これは韓国政府に対し在日朝鮮人の受け入れを求めるネットウヨクの主張と一致する。 と同時に、ソ連政府に対するそれは無い。 彼らはソ連政府から亡命したのだから。

さてリベラル・プロパガンダ、これがどう作用するか。 ネットウヨクにこんなジョークがある。 「まともな韓国人だ、親日派として通報しよう」。 戦後の韓国は親日派とされた人たちが迫害される状況下にありそれが今も続いていたりするのだがぶっちゃけ、魔女狩りの世界である。 つまりだ。 リベラル・プロパガンダを流布する事で流布者が、たんにそれを居心地がよいとする人民たちの中に潜り込める、のみならず潜り込み先でそれが、まっとうな人と人民とを分断する「愚民化毒」として作用するんだな。 常識化したら最後、情報混乱が永続する。 破壊工作大成功ってか。
どっこいこれこの影響、これだけに止まらない。 近隣国の愚民化、流動化だけでも大事なはずなんだがこの偽常識、本国にも影響しちゃうの。 入って来ちゃうの。 若い層や女、不満を抱えた貧乏人らに。 そうなった時流布者は責任を取るのか。 否だろう。
プログラマーにこんな悪徳の話がある。 スパゲッティ抱え込み、である。 システムの心臓部分を自分にしか理解出来ないようにしておくと永久に食いっぱぐれない、とかそんなネタ。
もっと悪いかも知れない。 流布者同士が連帯しちゃってる。 状況見えてるのかな?とか、良心残ってるのかな?とかそんな話。 とりあえず、朝日新聞には無かった。
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恨み言大会

2016-03-11 13:41:58 | Weblog
日本は今、卒業のシーズン、なのだけれども「東日本大震災の日に祝い事なんてけしからん」と言う向きが有ったのだそうな。 ネットの反応は概ね「それはそれ、これはこれ」「福島県ならともかくも」「永久に祝い事をしないつもりか」と、なんて言うのかな、正常化寄りだった模様で結構と。
でもまあ、機会なんで、毒でも吐くか。

半分か三分の一か書いた辺りで削除。 明らかな邪魔が入ったので。
これは呪いになるだろうな。
書いていたらなにかしら好転しただろうに、それが無くなった。
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