狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

差別と叫ぶか否か

2016-02-29 00:30:19 | Weblog
「倦む」表現追記。
「おやつに倦む」「おもちゃに倦む」だと現在の生活環境で、そこにあるおやつ、おもちゃを皆倦んでいる、となる。 「おやつを倦む」「おもちゃを倦む」だとおやつ、おもちゃカテゴリー該当全てを自分から切り離した状態を想定し嫌っている、となる。

イエス・ファンとビートルズ・ファンとを比較。
ビートルズ・ファンはビートルズの真似をするがイエス・ファンはしない。 イエス氏は髭もじゃだったはずだがそれを理由に髭を伸ばすキリスト教徒は稀である。

賛美歌。 これ好き嫌い、この歌は自分の感覚に合っているがあの歌は違う、といったものがあって当然、というより極論自作してしかるべき。 自分の心にある賛美ではない賛美の文言はおもねりおべんちゃら。

さて最近businをやっている。 ゴッツのトラップLv6まで出来た。
そんなわけで、被差別の話。
差別、新種差別や男女差別など、には差別する側とされる側とがある。 ここに、差別されていないのに差別されたとされる事例や、正しくは差別されているのにされていないとされる事例などが発生すると。
実は差別待遇なのに社会的に問題無いとされるものを示そう、年齢差別がそれである。 年齢差別が多くの人から社会的に問題無いとされている理由はそれ、特定の年齢が大半の人に共通する通過点だからである。 子供に不利でも「大人になれば」で通る。 この共通性は場合によっては無くなる、病気などで余命が大きく異なる、沈没する船からの脱出等一回こっきり、地球が明日滅ぶ、などのケース。 そうした場合でも恐らくは、年齢差別措置がおかしいとはされずルールの改変ないし反故化が求められる事となるだろう。
プライベートな場では差別はない。 全ては個々の好き嫌いである。 親が兄弟の待遇に大きく差を付けるような場合は責任放棄に問われるやも知れぬが、それでも差別ではない。 なにかが差別待遇である、となるのは公的サービスあるいはビジネスの場でだ。
サービス提供者の側のルールは何通りかあるわな。 全ての人に同条件で同一のサービスを提供すべし、とされるもの、犯罪が予想されるならば拒否すべし、とされるもの、サービス提供者が需要者を任意に選べるもの、提供者に選択権があるが特定の差別に該当するとされたならば不法行為だとされるもの。 全て対象とするもの、自動販売機が例、と任意に拒否して良いとされるもの、任意の客のみをあいてとする商売、以外の場合が社会問題とされると。 問題の対象は犯罪性の識別と、違法指定される差別カテゴリーの妥当性。 何がややこしいって両者がかぶるのだ。
差別カテゴリーでもっぱら問題になるのが逆差別。 「ある特定の」が優先された結果それ以外が不利益を被る。 これが特定指定につき常時発生するのならば指定なんて止めてしまえばいい、というのはもっともな話なんだな。
犯罪の被害が甚大である都合何らかの形で必要とされるのが犯罪性人士識別による拒否。 識別方法に妥当性があったとしても問題だとされたりするのがややこしい。 取りあえずテロ教育賛同者は正しく犯罪予備軍のはずなのだがこれが逆に、特定分野で権力を振るっていたりすると。 ああめんどくさい。
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今年の桜はどんなだろう

2016-02-27 22:55:48 | Weblog
家族大切云々書いてて「これ私が書く事じゃないよなー」思った。 もっとなんつーの?きらきらしちゃってる人の方が合ってるだろなーみたいな。 まあいいや本筋の部分受け売りだし。
関連小ネタ。 「大切なものを大事にし、失ってなお良し」が自己価値の永遠。 「それを喜んだ私は今もある」てヤツなんだがこれを宗教表現にすると霊の永遠。

俯瞰視点。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教で三者。 彼らの関係を、無関係ではなくも争いには参加せず見る日本人の立場が俯瞰者視点。 同様に、日中韓に対するアメリカ人のそれが俯瞰。 インド・パキスタンだと鏡像、中国参加のカシミール問題が三者、不公正なそれだが、それを眺めるイギリスが俯瞰。
対立する両者両陣営への第三者、第三勢力、それが公正かどうかを見ることが出来る位置にいるのが俯瞰者だがこれが好ましいかどうかを一言で書き表すことが出来る、つまり「武器商人」と。

さて家族云々讃えるのは私らしくない。 「世を倦む」とはどのような状態か。 こちらの方が、私なのだろうまったく。
「よをうむ」。 比較対照として「いきあぐむ」「せいにうむ」を置く。 「生き倦む」だと世界と自分とを不可分としていて対象は自分の現状、生活。 脱出は考えていない。 「生に倦む」だと対象は同じだが「死を望む」面がある。
倦むで検索したら「世に倦む」とでた。 この違いも考える。
「家に倦む」と「家を倦む」だと考えやすい。 後者は外部の視点から家を対象としている。
以前「麻薬人たちは世を倦んでいる」としたが不正確だったっぽい。 彼らは「生に倦んで」「世に倦んで」はいるが、世を倦んではいない。
逆に考えてみよう「生に倦んで」いない状態ってどんなだろう。 カレーが好きな人。 「カレーを楽しみに生きている」人ならば仕事に倦んでいたとしても生に倦んではいない。 そうした人の人生からカレーが無くなったら日々の生活の中、一例として仕事、に倦んだ自分だけが残ると。
なるほど早稲田人らは親たちから人を支配するよう教えられそう育ち、それに失敗して倦んでるんだね。
別の例を考えよう、酒である。 「酒が好き」と「酔いに逃避」と二通りあるんだな。 前者は名酒探しなんかをやっちゃってる人で後者はそうじゃない人。 酔いがもたらす支配感が目的と。
さてと。 私が「世を倦んで」いるのは何故なんだろうな。

麻薬云々関連かな?アメリカ大統領選挙ネタ。
各候補者が「日本に在日米軍の負担をさせよう」なんて言っているらしい。 これ利用出来る。 在日米軍とで話を付けた後に沖縄本島の基地ゴロ連中に蹴り入れて冷や飯食いにし、その上で「思いやり予算」の名称を弄ればよい。 就任後になんか言ってきたら交渉引っ張ればどっか東欧、中東、アフリカ南米辺りが「駐留状況」の比較対照になってくれる。
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あ~あ~ おとこの~ひ~と~って~

2016-02-25 18:25:58 | Weblog
ユダヤ教保守派だったか正統派だったか、小さい頃に聖書を毎日一章ずつ読み進めると。 思うにこれ単に「微笑ましい伝統」ですませられるものじゃないと。 親が子を虐待していると言う話ではなく、初めて読むときこうする人とそうじゃない人とで解釈に、大きな差が出る可能性があると。

現在の地理その創造順のようなことを書いた。 これおもしろいんだな、というのも日本海海戦Battle of Tsushimaが。 そして英ラハブがこの時、日本の助け手になっていると。

「移動」とか「衣更え」とかと書いた。 「生の座」と「死の座」が入れ替わった世界ってのがあり得たりするんだな、じつは。 どんなだ、っていうとこれが機械とデジタルの世界。 鼓動の休止した世界であり、思考の休止のない世界。
生命の木が切り倒された世界。

「移動する神様の形」、「振動する神様の形」としている。 宗教家たちは「根拠無し」とするだろうこれ、物理なのである。 粒子の古典力学的振る舞いと量子力学的振る舞い。
現在これが三つになってるんだな、「振動」に対し「移動」と「休止」。 「ある点からある点へと移る」「ある点に止まる」を交互に繰り返していた形が二つに分かれた。
何で三つかっていうと公正さの視点。 AとB、それを眺めるC。 四点だと三角錐になる。 十二点だと正二十面体。 サッカーボールだね。
移動と振動が古典力学量子力学なら休止はなんだ、みたいな。 元々それぞれが動力学と静力学でもあったわけだが来るかもね、「無い」とかを基準とする。

デジタルな世界。 論理的な世界。 欲しくはある。 でもまあ、無理があるわな。 破綻する。 「対」が客観であるから。 根本が対ならざるであるならば、客観が無い。
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霊能力とかの話

2016-02-21 16:28:44 | Weblog
トルコがバタバタしているらしい。
私なら、ロシアとは冷戦、南側は当たらず障らずの等距離外交、北側には親米、ギリシャには情報戦で事有るごとに蹴り入れ続けると。 経緯とか人脈とか調べ上げて「ギリシャの所為でこうなったんですよ」と教えて回ると。 汚い部分をそのまま伝える。 そうすれば伝えた先の。 まあその、なんだ。

日本でアメリカ大統領選の警戒感がちらほら。 私はそんなに心配してないというのも、短期的にはどっかが必ずアメリカの敵を買って出てくれるはず、それも親露親中側の国。 しばらく現状維持、出てきたのを見てから「バックは某国だ」でいい。 長期的にはアメリカにすり寄った国が、癒着関係者ごと腐って落ちる。 その時に「不誠実な人たちと付き合うとああなりますよ」でいい。 何のことはない国内の掃除一辺倒が正解と。

さて本題の、霊能力。
霊能者というと一般に、宗教とか占いとかお布施とか、そういった類の人物が想定されるのだろうがここで挙げるのは違うのだ。 肩書きが料理研究家なのだ。 去年だったか何気なく憑いてもとい点いてたテレビ、なんでも「料理が出来たよと知らせてくれる」だそうだ。 無機物に意思があり問いかけがあるこれが霊感。 それで料理が上手く行くのだから結果が伴っている。 「比喩表現だろう」と言われるだろうだがそれには元となる感性がある。 これが「無機物に意思有り」の感性。 霊感である。 もちろん「意思無し」の感性の下同様の発言をすることも可能。 この場合は、どこか違うだろうなと思うと。 なんて言うのかな、「教えてもらっていない」みたいな。

該当人物発見時、ググってみた。 アカのシンパだった。 なんかおかしい、知り得るはずの人が何故、と考えてみて思い当たったのが女の勘その本質。 癒着性なのだ。 女の勘の対比としてここで挙げるのが刑事の勘。 「小さな声」を拾い上げ分け続けてきた結果がそれだとすると女の勘にはそれがない。 同様同質の霊感でありながら後者には「身内の声」しかないのだ。
最重要なのは「敵の声」かもな、と思う。 刑事にとつてのそれは、犯罪者の雰囲気。 やれやれだ。
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理由のある人、ない人

2016-02-19 14:36:06 | Weblog
なにやら人は身内から外部への攻撃を容認、むしろ好ましいとする傾向がある模様。 私は噂話を好む人、大集団を喜ぶ人、強いリーダーを讃える人らによりこうした傾向を見る。 人間社会がそうなっているのだから防衛反応だ、と言うのは可能だろう、地獄は人が作る。
自集団、内側から外側への攻撃は好ましく外からのそれは抹殺されるべき邪悪。 こうした傾向何気に社会秩序と化していたりする気がするが、こうした現状を大雑把に三つに分けてみる。
1. 容認確証型
2. 宗教秩序型
3. 否定型

1の容認型。 他もやっているし自分たちもそう、問題ないとする型、原始秩序とでもしたもんか。 部族社会、なんだかんだで新興宗教の多く、それと儒教がここにあたるとする。
2の宗教。 日本では一神教がこれだと言われている。 キリスト教徒がユダヤ教徒イスラム教徒を攻撃し、イスラム教徒がユダヤ教徒キリスト教徒を攻撃し、ユダヤ教徒も安全の目途次第で結局やると。
3が公正さと見る。 テロリスト候補は他と同様に容認し必要ならば保護措置をとするが、テロリストは身内の如何に関わらず殺す。
身内からの攻撃を良しとする人たちはこの見分けをつけてないのよね。 犯罪者の逮捕拘禁を攻撃だとする理由、第三者視点でもって判断する、行為の是非を身内以外と話すのをしていない。 そうした集団がどうなるか、だが分裂する。 より外ならば攻撃して良い、というルールは大枠での身内にも適用される。 朝鮮総連と民団、天台宗から創価学会。

さて表題のテーマ、理由、である。
理由だけでは何の事やら判らんだろう一例として、麻薬を吸わない理由。 家族が居て家族が大事、家族にとって自分もまた家族、自分は大事な人の大事な人だから吸わない、こういう構図。 これがある人とない人とが居る。
友達も大事、そして友達にも家族が居る、近く家族の集まりが村、これが保守派。 村が集まって国だが個々に大事に思うものは異なり遠いと共通点が減る、だったら近くで守り、遠くで棲み分ければ良いとするこれが国民国家。
自分の大事、他人の大事が壊れるこれが病気、事故事件。 これって悲しいね、避けられるのなら避けたいねというのが秩序なのたが他人の事故を喜ぶ人もいる。 事件事故情事を楽しいねとして廻り、何かにつけて理由をたてるがやることは麻薬の売り買い。 大事なもの大切なものが無いわけではない、だが世を倦んでいる。 「恨んでいる」と言った方が合っているのかな?
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ネコより始めよ

2016-02-17 22:08:55 | Weblog
2010年宮崎県口蹄疫騒動を思い出した。
措置としては牛肉畜産地域と豚肉畜産地域を分けてしまおうというのが浮かぶ。 んだがこれ、狭いテーマの一回答なんだわな。 一つ上大枠の問いに、日本の畜産はどうあるべきか、というのがあり、その上当面最大のものが、人と動物の関係はどうあるべきか、という問いになる。

ネコである。 ネコと和解せよ、なんてネタ話もあるが、猫である。
人と動物の関係その基準を猫に求める。 インドなら牛だろうしフランスなら犬かもしらん、だが猫である。
猫である。 人間社会にとって猫がどの様な位置付けにあるかたが大雑把に、ペット、と、野生動物、二通りがあるとする。 肉畜としてのそれは考えない、取りあえずは。

ペットとしての猫、彼らと人間社会との実現可能な理想的状況。 イスラム圏のそれ、人々は自由なままの猫を愛し尊重し、猫は特に誰からのみというでもなく餌を食べる、が理想的と思われるが、イスラム圏の人間全員が猫好きなワケがない。 表面的に見えている物の下にある現実は不明、なにより日本での実現性がない。 独裁者になって「猫好きたるべし」とでもするか? 恫喝的同調圧、オーストラリアじゃあるまいし。

ペットとしての猫。 猫が繁殖され、猫が販売され、猫が遺棄され処分され。 これ駄目じゃんいうのが現状か。 あちこちで前々から言われ続けているはずだがペットの登録制認可制は必要なんだろうな。 なんでそうなっていないのかだが家畜特に肉畜とで理念が異なっているという理由以上に人の本質と違っているというのが当てはまる、つまり、無責任な奴ほど欲しがるし、エゴに走る奴らの方が金離れが良い。 経済原理であり政治力学であり、大勢の馬鹿におもねる事こそが選挙戦勝者となる道であると。 でも実現不可能なわけではない。 「猫だけこうする」的法案なら通る機会は多々あろう、通ればそれが事例となる。
猫の処分。 野猫が害獣とされ処理される。 これを問題とするならばその答えの一つは「猫島」のようなものだろう。 政府で処分猫余生用の地を見繕い、去勢避妊した猫たちをそこに放す。 管理監視施設と入島制限措置も必要だろうな。 年十万匹、余生十年とすると百万匹。 去勢避妊経費を一匹あたり一万、新参猫の半数にそれが必要だとするとそれだけで毎年五億円。 土地さえあれば、あと餌がゴミから昆虫、ネズミ等の繁殖で何とかなるならば猫側の費用五十億くらいの予算で実現しそうな。 職員は。 離島に動物病院建てるとなると十億くらいするのだろうか。

野生動物としての猫。 これは野の猫を生かすのかどうかの問いであり、そこには家畜としての鶏、家鴨、兎は殺すのに何故猫だけを、との問いが含まれている。
私は人の居住環境近辺で野良猫を積極排除する理由を、一般に害獣とされる鴉についても同様に、見ない方である。 判断基準は人死にに置いている例としてゴキブリは屋外では放置で保護対象たり得るがスズメバチは人家の近くでは駆除対称である事に異論無しと。
上の問いに戻ろう何故野良猫が処理対象とすべきなのか、に対する私の答えは、一般には、絶滅危惧種保護等の理由が無いならば、処理対象とする理由見ず、飼い主がいる可能性有りならば公的な保護対象となるのが好ましいと。 兎を殺して猫を生かす理由はの答えは常識が追い付いていないが故とする、つまり猫より始め順次恒温生物全般、その後爬虫類と。

常識の整備。 私は現状の、この種は家畜、この種は愛玩動物といった区分分けに納得していない。 つまり潜在的には肉猫牧場を認めているのだ。 それ故に、家畜全般の待遇がペット、愛玩動物並となる事を求めていると。 その時人は肉食を止めるのかというと、違うだろうというのが私見、事故猫の調理、間引き動物の食肉流通は是とされていて問題とはしない。
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優しい世界、優しくない世界

2016-02-17 00:46:28 | Weblog
麻薬云々。 昔、中学だか高校だかのころグルカ人の同級生から乾燥芥子らしきものをもらった話を書いたと思う。 咬めと言われたのを咬まずに捨てたのだが棄てた場所が職員室脇のゴミ箱だった。 たしか中ほぼ空だったから教師が気づく可能性も有ったわなどうなったか知らんけど。 いや、わざとじゃないよ。 どうでもいい物品をどうでもよく扱ったらそういう状況だったってだけで。
ネタ振りつーわけでだ。 これが兵隊なんだな。 常に命令される立場が約束されている人間って、無責任になっちゃうんだな。 もちろん兵士全員が無責任体質という事を意味しはしないだろう、だけれども常にモラル的である事を期待出来るとするものでもなく。 ここに国民教育の理由がありまた労働移民輸入に反対する立場がある。 極論しよう、人民を兵として、数の戦力として扱う社会では麻薬の流入乱用を避けられえない。

優しい社会は破綻するのか、である。 上記、麻薬と兵扱いの関係が答えとなっていそうだ。 所謂「女に優しく」式に振る舞う人は責任者たるを要求していないし、そう扱われている人は要求されていない。 彼らは事有った時に悪魔の側に付くたろうな、「可哀想」「良心的じゃない」などとほざいて。
なるほど、他者を責任者たらしめる、までやって初めて善行、その気がないならば宣伝、地位行動。
結論は出た。 ならば現状の、社会主義的要求をし続ける人たちをどうしたもんだか。 気長にやるしかないんかね。

衣更、と言ってもそのままの意味ではなく、何かが人を乗り換えた、そんな事例を発見。 時は1988年つーても名指しは避ける。 両方存命なんで。 日本の伝統文化、特徴的な名前の人から特徴的な読みの苗字の人へ。 後者のイニシャルがY.H。

神話の話。 遡って
天照大神、素戔嗚尊、大国主命。
天照大神、伊邪那美命、素戔嗚尊。
天照大神、月読命、素戔嗚尊。
伊邪那岐命、伊邪那美命。
左と右とで男女対。 右は一または二。 右分裂体はチンコ。
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邪悪と書く当否、唄うカツ丼

2016-02-14 17:52:31 | Weblog
私はアヘン筋、上海筋、朝日新聞筋を「邪悪」と書いたりする。 これ褒貶の後の方、なワケだが益多しとしてやっていると。
邪悪と書くこれを読む人の反応を考えよう、まず大人。 駄文とし反応無く読み捨てる人と、元々思うところあって多少の肯きがある人と。 前者についてはかつての「おQ」、ほっとくより他無いがどうせ現実が追い付いてくる。 私が証明されるのだ。 ただ待てばよい。 後者については「強化成功」である。 その人は、多少は惑わされにくくなった。
子供。 将来麻薬を渡された時に、考えるようになる。 これが成功。
逆を考えてみる。 私が「邪悪だ」と言われるのだ。 私はこれを喜ぶ。 線引きがハッキリする。 どのみち現実が付いてくる。
四パターン有るんだな。 邪悪と言い言われる、邪悪と言うが言われない、言わないが邪悪と言われる、どちらも言わない。 先の方ほど状況は好ましい。

ヒッピー、である。
ベトナム戦争から冷戦末期、在米中国大使館が麻薬売ってたという話は真偽定かならねども割と有名、なはず。 んでかつての大学ドープ集団ヒッピーとその周辺はその後どうなったか、というか今何やってるのかと。 親中派だったりする。
反対側から考えてみよう中国、特に上海筋は、アメリカを畏れない。 民主党関係者が拳を振り上げても彼ら中国人はアメリカ人の怖ろしげに作られた顔でもたくましい腕でもなく、白い粉をちらつかせる事により盛んに振られるようになる尻尾の方を見ているのだと。 アヘン戦争当時の構図がひっくり返ってるんだな、かつては中国人がコントロールされていたが今は中国人がコントロールしていると。 ブッシュ氏は日本の犬だと言ってた連中が実は。

ヒッピーである。
かれらはかつて渋谷、早稲田大学に居た。 かれらとそのお仲間たちは今何をしているのだろうか。 朝日新聞、中日新聞、東京新聞、北海道新聞、沖縄タイムスなどの社説を書いている。 彼らが中国から見て「絶対裏切らない忠実な」なのだ。

喫煙者は何故煙草を止められないのだろうか。 主たる理由は禁断症状にあるとされる。 それが怖くて「売ってくれる人」の言いなりになる。 親子よりも堅い絆ってか? 売る側は自由に出したり引っ込めたり出来るが売ってもらう側は、そうであるからこそ自分から媚びを売るようになる新聞社説。 不可解な、ワケではない。
じゃあ構図をひっくり返そう、カツ丼にしてしまうのだ。 弊害が多そうだからちゃんと立法した方がよいのだろうが「容疑者の自殺や発狂を防ぐ医療措置として」ならばカツ丼を与えることも可能なはず。 二回目からはカツ丼で唄うようになる。 状況も変わる。 誰も唄わない、だから唄ったら唄った事がバレる、だから唄わない。 皆が唄うようならば誰が唄ったかなんて判らなくなる。
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衆と女らしさ

2016-02-12 15:14:14 | Weblog
大乗仏教と上座部仏教(小乗仏教)は、変な言い方だがコンパチブルだと思っている。 世俗の衆民救済活動の方が自己救済的で逆に厭世的修行者的自己救済制度の存在が衆民救済的だったりすると。 おややこ、友人などを救わんとして救われるのは実は「彼らには彼らの在り方、世界がありその終わりがあるだけなのだ」というのを受け入れたくない自分自身なのだと。 キリスト教圏だとこれが前千年王国派と後千年王国派とに該当すると。 アメリカ田舎の原理主義者。 日本なら沖縄やアイヌ、在日朝鮮人らが駄目な人間たちにとっての希望。 まあ「日本人は総じて英語が下手」って段階で「日本に絶望している日本人たち」なんてのがただのポーズでしかないのが判明するのだが。

「仕事は苦痛か楽しいか」という問いへの答え。 個人事業主の多くがそこを生き甲斐とする。 反論「多くの者たちが仕事を苦痛と訴える」への答え。 奴隷の心を持つ者たちは猿山だ。 「ボスが正しければ天国だ」への反論。 競馬場では勝ち馬を買った者たちが偉ぶり負け馬を買った者たちが負けたばかりの馬を罵る。

私はフェミニズムを嫌っている。 敵視してきたというのが事実だろう。 と同時に、「女の言う女らしさ」も現実にある破綻破滅傾向であるとしている。 「女らしさではないフェミニズム」や「フェミニズムではない女らしさ」、これらの語はおかしいか。 否だろう。
「女はガイジとして扱うとよい」というスレがあった。 ググった。 「女はガイジとして扱うと丸く収まる」がトップ。



※※※ 以下コピペ。

・車道側歩かせたら車道に飛び出すかもしれないから位置をかわる
・会計の計算なんて難しくてできないので先に支払いをする
・すぐ落とすので荷物は持たせない
・隣の人に迷惑をかけるので電車などでは角の席に押し込む
みんなで優しい世界に切り替えていこう

ぐう聖

ぐうジェントルマン

でも何か一つはやらせないとヒスるぞ

何かできたら褒めてあげるんやぞ
切符を買えたとかそういうのでいいんや

※※※ コピペここまで。



ガイジというのは知的障害児の略で、常時永続管理監督を必要とされる人間の意だろう、書かなかった。 「動物扱いでいいのか?」という疑念を持ち続けていたのだが。 人間であってほしかった。
さてだ。
「そもそも無理な要求」であるならば「優しい世界」の方が正しい。
「優しい世界は破綻する」ならば多少の無理難題でも押し続ける方が正しい。
様子見だろう、だが私がほしかったものはフェミニズム運動の先にあったんだな、フェミニズム運動自体の破綻も含めての話で。

四院制の続き。
国会を地域院、職業院、世代院、趣味院に分ける。
日本なら衆議院を地域院に、参議院を世代院に、経団連を職業院のベースとし趣味院を新設、みたいになるか?
地域院が憲法、刑法全部と民法の大半、行政府選択を担当。
職業院が金融政策関連法案。
世代院は教育、児童福祉。
趣味院がスポーツ事業、伝統文化関連とテレビつまり公共電波放送事業の管理を担当。
行政府の長に法案拒否権、地域院に他院と合同での再採択をさせる。
投票資格を別にする。 職業院は納税者及び納税者の承認する被扶養者一名。 世代院は18歳から50歳。 趣味院は小学生から上。 幼稚園児を含めてもいいか。
四院制利点は政治家、有権者双方にとっての判りやすさ、分担。 労働政策人が国防外交や教育、広報の判断までする必要は無い。 不明確な権力構造に選挙の網をかける。
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地獄にいる理由が減った

2016-02-11 13:53:21 | Weblog
やっぱタブレットPCってわざと誤作動誤操作させる設計になってるんだな。 USBスロットでも付いてれば小型トラックボールでも接続できるのにね。

八年前の自ブログを読んでみた。 ニュースurlは恐らくリンク切れ、ですます多様、雰囲気表明。 当時のホットトピックス閲覧と平行してじゃないと具体的に何が言いたかったのか読みとれない。 なんとなくこうだろうな~くらいは思い出せるが。
イスラエルに行った日付はパスポートに載ってるはず。 夢を見た日付が不明。 多分六月と記憶しているが七月だったかな?とも。

日本を「老害」の国にしているのは「グズ」な若者
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160210-00017294-president-bus_all

今回のビックリドッキリ、じゃなくホットトピック。 なにやら若者が選挙に行かないからーとかと言いたいらしい。
やっぱり勘違いしてるんじゃないかな? 少数派が採れる戦略は三つ有る、とする。 テロを別枠とすると四つだがそれは戦術。 数えるに
1. バランサー志向
2. 説得志向
3. ○○化戦略

トピック「老害vsグズ」の筆者が言っているのがこれ一個目に該当するワケだ。 北米のユダヤ人、ライフル協会、日本だと創価学会や在日朝鮮人、国連の韓国人が採っている戦略でもある。 彼らの発言力の理由がこれだけだとというわけでもないが、勝者が勢力の底上げを必要としている状況で勢力頭数以上の発言力を獲得出来るそういう構図。
二個目が私の推奨。 何気に一番反発が大きかったりする。 構図を示して駄目出しする結果ご覧の通り、みたいな。 構図を受け入れられない人は権力発言権を持ったまま、というより、本来そういう物ではないはずの権力発言権を駆使して反発する。 そうした状況下さらに継続する事を想定し「徹底抗戦」と言ったり。 捕鯨続行だね。
三個目が。 問題の。 だから老人たちは、老人たちの側にいる経済人政治家ジャーナリストたちは若者たちに土下座して謝るべきなんだな。 「我々が間違っていました我々は悪意の常識に生きていましたこれまで我々が若者たちに対して取ってきた態度は悪意のそれでした我々を彼らのようにはしないで下さい」って言って。

民主主義はなんだかんだで多数決で決まる。 決められる。 それだと最終的には戦争になるってんで議会なんてーのがあると。 ラウンドテーブルみたいな発想は古代から有るんだな、インディアンウソツカナイ。 この「権力発言権の少数派配分」自体が陥穽なんだな。 仮に「少数派への配分」が上手く出来たとしようだとしてもそれは「特定議題でのそれ」でしかない。 議会で扱う問題が地域配分ならば地域別の、業界配分ならば業種別のそれがあり得るだろうだがそこまでだ。 それ以上は機能しない。 もっと根本的な話、多数決決定者らは全体の奉仕者でなければならない。 私は麻薬派を潰せと主張し続けているが現状の民主主義政治、リベラル、は彼らにこそ権力を与える。
簡単な例で考えてみよう家財購入会議である。 子供が主張する、百万円でお菓子を買い込もうと。 これに対する親、議長だろう、の正しい(?)態度は「却下」即答である。 だが他の議員が子供に媚びだしたら。 車や家電製品ではなく天井まで届き床埋め尽くすお菓子の山お菓子の海である。 これが起きる。 実際に、あちこちで起きている。 日本人は2009年に経験した。
ではだ。 全体の奉仕者ってどんな?みたいな。 時間軸、空間軸、文化軸。 時間軸は世代論だわな、空間軸は地方別。 文化軸は職業別と趣味別とに分かれるだろう。
じゃあ世代院、地域院、職業院と趣味院の四つの選挙議会を作ったら機能するようになるのだろうか。
まあ今よりは。
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