狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

現状確認

2015-04-29 15:38:14 | Weblog
「アブラム」→「アブラハム」は判る。 後半部分が「ラハブ」。
一方で、エジプトの守護天使はウザ氏、ドゥマ氏の二者だとの話もある。
ウザ氏はグリゴリ指導者「アザ、ウザ、アザエル」の一体で、内アザゼル氏が
地上に残されたとの事。 現状の問題、というか当面の焦点はラハブ氏で何故
彼が「アザゼルの羊」の側に居続けているのかである。
アルファベットで見てみよう。
「アブラハム」がABRHM、「アザ」はAZ、「ラハブ」はRHB。
シェムハザ氏の「シェム」は名前を意味するのだそうな。 これが70異言
「名前を奪われた」の正体か?
並べて見る。
「日帝に名前を奪われた」→ シェムハザ氏
「所謂従軍慰安婦問題」→ ラハブ氏
「日帝蛮行の正体は棒子」→ アザゼルの羊 → アザゼル氏?
「アブラハム、アブラム」→「アズラハブ、アザラム」

ネパール入りした日本の救助隊がろくに活動出来ていないとの事。 救助隊を
誹りたいわけではない。

さて中国だ。 日本のテレビ局が相変わらず撤退勧告を出すべき状況を隠した
まま放送し、これを「報道だ」と称している。 彼らがそう言うからには
「報道」とはそういうものなのだろう。
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「清浄の国」と化すだろう西の島国

2015-04-14 12:53:28 | Weblog
「エホバ名」が前から気になっている。 これ「エバ」が含まれてるぞと。
英語の綴り「Jehovah」から「e」と「va」を抜く。 すると「Jhoh」になる。
ヨハ、ヤハ、あるいはジョンか。 ジョンはヨハネの英語読みだね。 私は
これを「喜び悲しむ点たる」を現していると見ていたのだが問題はその内容。

ペンテコステ解。 ペンテコステとはキリスト教会の発足であり福音書中に
記されているそれ、ユダヤ教が旧となりキリスト教が新となるその理由、が
「王子の婚宴」。 使徒行伝ペンテコステ周辺文章もそうなっている。
つまりペンテコステとは天使論上は「50番目の追加客」であり使徒行伝から
元々の席数は120、そして追加客数の50、「王子の婚宴」から悪霊含みで
ある事が判る。 これが悪霊含みである事には意味があり、それは元々

油事件。 最近の日本の神社仏閣でで頻発している問題であり。 分布状況
から特定の観光客群によるものだろうこれを陰謀論で解釈する事も可能だが、
特に何も仕組まなくとも彼らはやる、そう見られている。
これに対応する日本の側の状況を、捩って「エクス・ツァラアト」とする。
そして旧人たちの反応が「誰が介護をするのだ」である。
私はこれを「去られる側、引き抜かれる側にこそ良くしようとしていたのだ」
とする。 彼は学ぶだろう。
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アブラハム契約を少々

2015-04-13 16:24:34 | Weblog
邪魔したのがそもそもおかしいこれ常に在る。 これまで在ったし
これからも在る。 常におかしいそれらが対象。

さてアブラハム契約。 これを巡る状況をおかしいと思ってるん
だよね。 そもそもこれ個人契約のはずなのよ。 アブラハム氏
個人に対する契約。 それを何故かユダヤ教徒キリスト教徒が自分
たちの原点だとしているこれがおかしい。

市長選に例えよう、市長になりたいとある人があるカメラマンと
契約する。 私は市長になりたいからお前と契約する、お前は私
以外のどの候補者も撮ってはならない、と。

個人契約。 だからそれ以外のものは実現する状況でしかない。
だからアブラハム氏以外の人が我々はアブラハム契約を遵守して
おりしておらず云々言うのはおかしいんだよだって彼以外は契約
の主体ではなく目的物、実現する状況の一部でしかない。

再度市長選に例える、すると現在の状況はこうなる。
「我々は彼の身内である」「賛同者である」で「我々はあなたに
票を投じた」あるいは「我々は彼の同業者である」で「あなた
以外の候補者を撮らなかった」といった主張となる。
市長の側からしてみれば「支持した撮らなかっただから何?」と
いった話でしかない。

アブラハム契約。 神様の側で現在の状況が気に入らなければ
また別の契約が立てられるかもしれないし直接どうこうするかも
しれない、ただそれだけなんだな。
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その方が捗るというのも嫌な話だからリスク分散しようや

2015-04-08 10:12:25 | Weblog
黄色信号点灯と見る。
外交方針を変える必要は無い、と言うより変えちゃ駄目だが現状で
引退後も当人は当然として周囲が十分に注意し、旅行先も選ばなきゃ
ならないレベルだろう。
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靖国と朝日新聞

2015-04-07 14:12:54 | Weblog
趙紫陽氏。 中国に居たまっとうな政治家、らしい。 いわゆる靖国問題の
発端とも言われている。 事の流れを以下に書く。
1. 朝日新聞らの勢力が靖国神社を問題だと書く
2. 中国の側から趙紫陽氏を追い落とそうとする勢力がこれを利用しかねない
 との懸念が伝えられる
3. 時の日本国首相中曽根氏が神社参拝を自粛するという態度を示す
4. 朝日新聞「中国の意向だ」と事を大きくする
5. 趙紫陽氏失脚

つまりだ。 趙紫陽氏を追い落とした勢力と朝日新聞勢とは互いに互いを利用
しあう関係にあったんだな。 そしてニューヨークのユダヤ人やイギリス人ら
はこうした連帯の一方を「日本の良心勢力」としてきた。
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テレビその他周辺事情

2015-04-07 13:59:24 | Weblog
ニュースから入る。

<徳洲会>25億円申告漏れ、国税指摘…一部は選挙買収に
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6155632

徳州会だそうな。 徳州会の所得隠し問題のニュースは去年からずーっと出て
いたようでこれが今週に入り一斉に報道され始めた。 一週間後の12日に統一
地方選挙があるからだろうと見る。 まあそれはそれ。 以前徳州会と東京の
政治家との関係について「東京の政治家が鹿児島の政治家と繋がりを持つ理由
は沖縄情勢にあり」と書いた。 うん。 私の公正さに何の問題も無いな。
改めて書く。 東京の政治家が鹿児島の政治家と繋がりを持とうとする理由は
沖縄情勢特に米軍基地問題や尖閣諸島問題、要するに、中国の侵略行為に対す
る懸念からそうなるのだと。 そして日本の報道機関と称する連中のそれに対
する態度は不公正極まりない、これが相変わらずの結論。

さて沖縄、沖縄人の現状の、政治方向性とそれを取り巻く報道機関や活動家ら
を私がどう見ているかを少々。 まず第一に、沖縄人の大半は、内乱を望んで
いるわけではない。 これに対し報道機関活動家らは、沖縄人たちは内乱を
望んでいてこれを自分たちが欺瞞でそらしているのだ、という態度を取って
いる、こう見る。 自分たちこそが平和を守っている、にもかかわらず中央は
自分たちを評価しないよって鉄槌を下すその為に中国その他を利用する、
こういうスタンス。 私は書く。 現状認識が間違っていてその態度はクズの
それである。
では沖縄人たちはなぜ彼らを支持するそぶりを見せているのか。 私はこれを、
娯楽と見る。 うだつの上がらない自分たちを見たくないだから貶めが娯楽に
なる、そういう構図。 これを誤認する報道活動家ら、最近では在日朝鮮人
たちが主力であると囁かれている、にあるのは願望と投影。

父が見ていたテレビで芸人が面白い事を言っていた。 たしか「とりあえず
挨拶だけはしろ、挨拶するヤツとしないヤツとが居たらしないヤツをいじめて
やろうと思う」と。 これが面白い。 当の芸人は「得だからと自衛のために
挨拶しろ」と言っていたようだがこれはどうでもいい。
何が面白いかって権力者だろうと大御所芸人だろうと挨拶するしないは勝手で
ある。 勝手、まったくの自由なのである。 そして挨拶しなかった時点で
なおそのしなかったヤツは善良な一般人なのである。 これにいじめるいじめ
ない、嫌がらせをするしない、待遇に差を付ける付けないは実はまったくの
不公正の側なんだなこれが。 そしてそのテレビを見て居た人も、そしておそ
らく見て居なかった人もこの芸人の、犯罪予備軍性を共有している。 この
「挨拶しなかった方を」の発言に対する共感、これがこの発言を聞いた人、
読んだ人を公正さの有無で真っ二つに分けているこれがこの発言を面白いと
見ていると。
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エアコンが馬鹿をアカにする

2015-04-06 14:42:35 | Weblog
ネットで、いわゆるリベラル派を自認する人物なのだろう「日教組や朝日新聞
のようなキチガイはサヨクはリベラルではない」といった主張を出していた。
私は書く。 こいつらまた尻尾切りした、と。 私が彼らに見ているのは政治
リベラルである。 旧来の、社会主義支持者らによる徒党組がそれであり、
そこには確実に日教組と朝日新聞とが含まれていた。 またやった、というの
は旧時代の共産主義、遡っては国力重視型国家社会主義いわゆる全体主義に
対するそれと同じものが今日改めて起こっているそういう話。
こう置くと構図が見えてくるはず。 リベラル政治と保守政治とは今日対立
するものと認識されているが、政治的に保守の立ち位置と趣味的自由人という
生き方は矛盾しない。

以前エアコンを社会主義、財産共有という形での政府による効用選択の支持派
と資本主義、効用選択を各人にまかせその結果に差が出る事の容認派、の状況
に例えたつまり、アパートに部屋が10あって全室にエアコンが設置されている
がそのうち半数が故障中、各部屋の住人がそれぞれ手配しろが資本主義で部屋
の壁を無くせが社会主義だと。 これではない。 一般に、低学歴に保守派が
多く高学歴だとリベラル派だと言われているこれが今回の表題。

本題の前に小ネタ。

アメリカ民主党下院院内総務、日本に慰安婦問題の謝罪を要請
http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/53544-%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A%E4%B8%8B%E9%99%A2%E9%99%A2%E5%86%85%E7%B7%8F%E5%8B%99%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%AE%E8%AC%9D%E7%BD%AA%E3%82%92%E8%A6%81%E8%AB%8B
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150403-00000021-xinhua-cn

上下URLで若干書かれ方が違が私はそこに問題は無いとする。 元々の主張が
間違っていたのだと判断したのならばはっきりとそう表明する義務があると
見る。 それをしていないのならば報道者ではなくしていない方に問題がある
のだと。

本題に入る。
政治的に保守の立ち位置と趣味的自由人という生き方は矛盾しない。 これが
どういう事なのかと言うと、これが説明責任なのである。 こう置くと頑迷な
保守と開明的な保守との差が見えてくるはずだとする。
さて頑迷な保守派は何故頑迷な保守派となったのだろうか。 これを説明能力
と状況把握に見る。 
人は誰しも生きている。 何を当たり前の事をと言われるだろうが食糧生産、
水道、家屋、道路、衣服、寒冷地ならば暖房、それと文明の水準にもよるが
医療。 これらの維持を可能とする前提条件たる治安と政治の安定。 つまり
こういう順番。
1. 生命維持に関係する社会活動
2. 治安と社会情勢の安定
3. 趣味的自由

この順番。 これが政治の必要性そのものでありその結果に求められる優先
順位なのである。 一般に政治的守旧派というのはこの1が、宗教保守派と
いうのは2が維持できなくなるだろう危惧を持っている人たちで、その構図を
はっきりと認識出来ないそして自分が係わっているその部分の説明を諦めて
しまっている人たちが「頑迷だ」とされる人たち。 この反対側が表題である
つまり、エアコンが有る状況というのは1及び2が優先上位なのだという認識を
持たなくとも直近には不具合が出ない、そんな地位に居る状態。 つまり1と2
を認識し、説明出来、それ以外の部分での趣味的自由は一切問題無しとする事
が出来る能力の持ち主が一般に開明保守となるのだと。

直接の生命維持案件とそれらの為の政治の安定は趣味的自由に優先する。
これは保守派の不文律と言ってもいい。 もっと良い手がある。 自分以外の
多くがこれを担い、その上で自分の趣味的自由が優先されれば良いのだ。
こういう状況にある人の代表例が大学教授だ。 他にはプロスポーツ選手、
芸術家音楽家など。 そして大学生、エリートたちが維持と安定のための自分
たちではなく自分たちのために維持と安定とがある現状、その継続と拡大を
求める動きこれが政治リベラル。
もう一度書こう政治保守人である事とと趣味的自由人である事とは矛盾しない
のだ。 自分自身もまた維持と安定とを優先し、自分の趣味がそれらを阻害し
ない事を説明可能である場合は。
では矛盾する場合は? 例えば、中傷、貶めが趣味の人たちは。
これはこれで矛盾しない政治的立ち居地というのは可能。 自分は中傷人です
ウソツキですと表明した上でそれをすれば良い。 であるならばその人のそれ
は政治の混乱をもたらすそれではなく「敗残者のクズが騒いでいるだけだ」と
した、体よく無視される自由を得る。 それで良い。

さてリベラル派はこう主張するだろうか。 頑迷な彼らの危惧は杞憂だと。
現在の、政治対立軸はもっぱら労働移民を巡るそれなのだが。
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沖縄とガス抜き論

2015-04-03 13:15:16 | Weblog
拉致問題が進展したのってブッシュ氏の「Axis of evil」発言の時だけなん
だよね。

沖縄基地問題につき二通りの見方がある模様。
一つは言うなれば、「ガス抜き論」系統。
もう一つは上記との対比上「沖縄県民が現実を見れば良い論」とでもするか。
ガス抜き論の言う所は要は「沖縄県民の本音は平和ではなく戦争による米軍
追放にあり平和プロパガンダと各種運動はそのために必要な欺瞞」という
もの。 私はこれは道義面の間違いもあるがそもそも現状認識が誤っていて
さらには長期的にはポリティカル・コレクトネスを巡る状況の変質から政治
混乱状況を作るだけだとする。

ガス抜き論を正しいと思うのはそうした側で育った人、そして問題が表面化
してもそこから抜けられないのは自分の現在の成功がそちら側にしか無いと
認識しちゃってるからなんじゃないかなとか。
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時代遅れの魔王気取り、との皮肉が来た

2015-04-02 12:27:38 | Weblog
認識にズレがあるな。
彼らが求めているのはおそらくは、人々が、宗教強迫観念こそが必要なのだ
とする時代なのだろうだが私の前に現れつつありそして私が歓迎しつつある
のは宗教強迫観念が必要とされない、人々が個々に、良い結果を求めて判断
する時代。 そうした中かつてあった宗教の形が喜ばれるのならば、それは
それでまた歓迎できる事なのだろうとしている。

新しい時代にあって「宗教の王」は魔王でしかない。 こうした現実を前に
時代遅れなのは彼らの存在の仕方だろうというのが私の結論。
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