狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

出自の差

2014-03-31 15:13:21 | Weblog
さて死の理から遡って話を書くとするならと霊の期限となり下るとイエス氏の話と
なったりすると。 とりあえず遡る方向を考えるとして、天の霊と地の霊との
違いを考察。
大雑把に書くなら人の場合、死んだら天に帰るのが天の霊、地に止まるのが地の霊、
となる。 自己規定をどちらに置くかなんだな。 余談だが水の霊は循環するモノ
で煽てると昇天する。 「形が無い」とか「酔っ払い」とか。

何故日本人は自殺可と言っても良いような宗教観を持っているのか。
これを人皆成仏と、うんこちんこまんこに見る、と置くか。

うんこちんこまんこ。
これらをタブー視するのは実は地の側だけだったりする。 一方、「臭い」という
感覚、それに伴うタブーはわりと天地共通だろうと見ると。 実例を示そう、良い
母親にとって自身の子供特に幼子のうんちはタブーではなくむしろ喜び。
では子供がうんこちんこまんこと連呼する、これはどういった状況にあるのか。
肉に対する驚き、くすぐったさの共有と見ると。

中二病と言う。 中学二年くらいでかかる、何と言うか妄想癖の表面化のような
ものである、はず。 私はこれはありとする。 問題は高二病、大二病の方だろう。
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死の理

2014-03-31 14:58:49 | Weblog
説明しよう。
このブログでは物質世界以前の霊たちはウロボロス状態にあり、ウロボロスを離れた
霊たちが帰らない、ウロボロスに帰還しない事を選んだためウロボロスの頭は
ウロボロスである事を止めてしまった、そしてウロボロスは天となり帰還しない
霊たちの場所が地となった、としその状態からいわゆる天地創造が始まったとして
いると。

なんでこんな説に至ったか、なのだがまず現在の国際情勢がある。 これ聖書で言う
ところの終末である。 終末なのである。 あちこちのニュースにそれっぽい話が
出たり出なかったりするが、「ヨハネの黙示録」の状況と結構一致していると。
「偶然だろう」とか「どうとでも解釈できる」といった反論はあるわな。 なんだ
けれどもこうした一致状況、所々に一致する確率を計算出来そうな事例があったり
すると。 例えば「ダニエル書」の四匹の獣の首を第二次世界大戦主要交戦国、
米露英仏独伊中日、これらを当てはめると米が第一の、露が第二、英仏独伊が第三の、
中が第四の獣となったりする。 これがそのまま黙示録の四騎士にも該当すると見る
に大国による世界情勢がこうなる確率は、具体的な数字を挙げるのは難しいかも
しれないが、低いだろうと見る事は可能でこれ偶然であるとするのの否定的要素には
なる。 また解釈だ、とする問題についても実際にゴジラのようなモンスターが出現
するのでなければ獣イコール巨大権力、騎士あるいは馬イコール軍事力とするのは
正統解釈ではある。 こうした国際情勢の上に、エアクエイクなんてーニュースも
ネットで見たり。

現代は終末である。
こうした終末の一致から宇宙人説のようなものを否定する、宇宙人たちが人の社会や
自然現象を誘導するにそれなりの相互作用が必要なはずでこれ観測されずにやるのは
ほぼ不可能とした、に同次元では無理よって現在の物理学者の認識する世界以外の
部分でありつまり「ある程度一本化された終末の主催者」が存在するこれ神様だ。

神様は存在する。
これ現代は終末でありまた科学者らによる観測が常時なされている状況から出てきた
結論。 じゃあそれってどうなってるのというのが次の疑問であり霊だの何だの
うんたらかんたらなってきて、神様だけ、胡蝶の夢、そこから現在の多様性へとなる
中間段階ミッシングリンクを埋めるのがウロボロス状態。 そんな話。

本題に入ろう、死の理である。
世界はウロボロス状態だった。 そしてウロボロスは、ウロボロスである事を止めた。
ここに死が出現した。 これが霊にとって、霊とは意思である、死とは何か、どの
ような状態なのかの答えとなっているとする。
つまり死とは
・死とは自己規定の喪失である
・主霊の自己規定喪失に伴う霊の束状態終焉である
・束状態終焉による従霊の散逸である
・主霊による束状態の終焉によって保持されていた束の記録も散逸する

となる。 実は肉は関係ない。
とある時に持っていた自己規定が失われても別の自己規定によって置き換えられ霊の
束状態が終焉せず記録の散逸も起こらなかった場合のこれをキリスト教徒などは
「生まれ変わった」などと言ったりもする。 「生まれ変わった」とする前と後と
ではその人の自己規定は変わっている。 変わっていない場合に「生まれ変わった」
と称する称されるのは単にそう言っているだけではないかと見る。
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アングロサクソン・エリートのの伝統的本命は中国なんだろ

2014-03-20 12:27:07 | Weblog
豪腕信仰が一部で健在な模様。
その宗教は間違いだという点を四つくらい思って本を開いたらエステル記の9章が出た。
調べてみたら今くらいの時期だったのね。
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イギリス。

2014-03-20 11:05:32 | Weblog
BBCのニュース。
http://www.bbc.com/news/magazine-26583901

こっちはCNN。
http://www.cnn.co.jp/world/35045447.html

要するにBBC筋が朝鮮総連筋からロシアの情報を買ったんだけど取引材料に
使われたのは日本が受けている内政干渉や破壊工作の状況。
日本人にとってBBCって昔からそんな組織で反捕鯨運動とかもそんな筋。
こういう状況を見て日本のネットウヨクは「な?売っただろ」とかと言うと。
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アザゼル氏のウサギ

2014-03-19 12:52:33 | Weblog
しばき隊関連の怪しげな情報が週刊誌に出だしてから結構経つ、気がする。
さてこうしたしばき隊の動き、どう見るかだが現在の注目点は、活動の連動性。
例えば1年前に保守系が糸を引いていたと仮定する、だとするとこの一年間の活動の
統制と結果が一致していないとなってくる。 1年なんだよ。 1年。 予想を立てる、
そして結果を求めて行動する、これがおかしい。 統制が取れていない状況にある。
サヨクの側にはこれが有る。 テレビしか見ないような人たちを想定し結果を出そうと
する活動これが有る。 そしてテレビしか見ないような人たちがこの国でも有権者の
ボリュームゾーンだ、数年前の時点では。 こうした工作をして採算が合うという
見積もりが立つんだよ、宣伝の崩壊が加速するだけなのを考慮していないのだから
結局馬鹿なのだとしか思えないけれども。

沖縄などの反米運動をネットの日本人が「彼らは日本人ではない、在日朝鮮人だ」と
言うのに対しおそらくアメリカ人だろうから「都合の良いスケープゴートだな」と
いった突っ込みが入っていたのを目にした。 歴史的にはアメリカ人と思しき人物の
発言、日本人がやっているのだろうという指摘、の方が事実である。 だが現在の状況
としては「反米活動は在日朝鮮人だ」とする日本人の発言に、一定の真実性は有ったり
する。 日本における反米活動の歴史的転換点が幾つかあるんだな。
まず1970年代。 ここら辺まではソ連に北海道侵攻政策が有りまた北朝鮮の何進策が
それと連動していたと。 そんなこんなで日本の左傾化活動の中心は朝鮮総連だった。
大雑把に書くと、日本の左翼筋は朝鮮総連を崇めていて、一般人の中にもそれに引かれ
ている人たちが少なくなかった。 これが変化していくのがいわゆる日本赤軍事件と
される一連の出来事。 同時期に起きた沖縄返還もあって日本における反米活動の中心
はそこへと移っていくが、朝鮮総連が左翼筋の崇拝対象であるという現象も残って
いった、というか、団塊世代を取り込んだ後日本の左翼内部で世代交代が起こらなく
なってしまったというのが真実か。
次が1990年代。 冷戦崩壊が有ったのだが当時欧米におけるジャパンバッシングブーム
があった結果、左翼反米筋は団塊世代、ボリュームゾーンである、から相変わらずの
支持を受け続けるという状況下にあったと。 この時点までは一応関西方面や早稲田
大学あたりから左翼筋への若年層の流入は有った。 これが変化するのが1995年、
阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件である。 これによって左翼の命脈は途絶えた、が、
相変わらずの「マス」のままではあった。
2000年代。 いよいよその「マス」が崩壊しだした。 切欠は2002年日韓共催ワールド
カップと北朝鮮による拉致事件の表面化である。 日本の一般社会と左翼業界との亀裂
は進み人は離れていき、結果として元々情報断絶状態にあった朝鮮総連を中心とする
在日朝鮮人たちと彼らのシンパのマスコミ関係者だけが残されたと。

ネットウヨク曰く、態度のでかい乞食だな
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140318/kor14031814050007-n1.htm

韓国が首脳会談の3条件提示。
内政干渉を首脳会談の条件とする、これ同盟国、一応そうなっているはずである、
に対する態度としては「非常に不誠実」なものだと見る。

狡兎死して走狗煮らる、と言う。
ネットウヨクは韓国人、中国人、それと日本人相手の説得説明活動から撤退する時期に
来ているのだとする。 そういう活動で日本人を相手にするな。 続けるにしても国外
のアメリカ人、フランス人を説得対象とする、と明記した方がいい。 怪しげな事件に
係わるのは止めて警察に任せておけ。

さてアメリカ人が言う。 アメリカ民主党支持者なのかなそれをネットに見る。 韓国
はアメリカの側だと。 一見譲歩とも取れる河野談話継承云々はウクライナ情勢がらみ
だろう、日米間が下らない問題でもめていると周囲に知られるのをを嫌った行動と見る。
オバマ氏と、オバマ大統領と書く。 ここ最近冷めて見ていたがあえて書く。 部下に
言行を考えさせろと。
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天の理、地の理、木の理と人の形

2014-03-18 11:42:36 | Weblog
人の形。 日本語での創世記第一章の記述を
a. 神様が「我々の形」と言うもの
b. 発言ではなく神様自身の形とするもの

の二通りを見る。 私はaの方に二本の木を見る、つまり生命の木、知恵の木の二本で
地に立つ天の形。 ここで言う「我々」とは神様が語りかける天の形、天の霊団だわな。
これは心臓が左側に偏っている被造物として一見奇妙なデザインの説明にもなる。
さて「我々」が面白い。 人の形は二足直立つまり地の霊団は我々という表現に含まれて
いない。 ここに「天の理」を見る。

次が知恵の実と蛇氏なんだな。 私はこれを天霊の視点として捉える。 これに対し、
邪悪視されている蛇氏は地の霊の理で動いているのではと見る。 ここら辺を地の霊の
視点で捉えなおしてみる。
最初エデンがあり、そこにアダム氏が人として一人で居た。 この状態は地の霊の視点
からはおそらく、天の代表と地の霊たちの良い関係に映ったとも思える。 ここにイブ氏
が出現する。 地の霊たち、それなりの数はイブ氏の出現を良い関係の終わりと捉えた、
そう考えられなくも無い。 地の霊たちに天の霊たちに対する邪推が有った、そんな話
にも出来る。 あるいはもっと大局的に、アダム氏と自分たちとの関係を、かつての天が
地を、地が天を求めた状態の復活と捉えたと。 そして天の霊たちはこれを良しとせず
現在の地を無視してアダム氏がイブ氏を、イブ氏がアダム氏を求める関係に置き換えた、
そう捉えたと。
当時の地の霊たちの視点をこうだとする。 アダム氏の状態に対する天の霊たちの干渉。
この解決は、アダム氏が完全にかつての天の霊団その頭の座を継承してしまえばいいのだ、
こうなる。 蛇氏の発言はこうなっていると読み取る。

神様が元々アダム氏に何を求めていたのか。 私はこれを、サウル王、ダビデ王、
ソロモン王に見ると。 これ言うなれば地の霊たちの抑制者であり彼らの懸念は必ずしも
的外れだった訳ではないとなったりもする。 ここに知恵の実っていったいなんだったの
だという問題が残る。 結果から自己嫌悪のようなものだったのだと推測。
知恵の実と原罪論。 私の神学解釈では原罪は天地創造の時点で元から地にあった。
帰還を望まなくなった、離れて止まる事によって独行、他の霊たちに対する優越などを
尊ぶようになった霊たちの場所が地。 これによって世界は地に対する天、それと双方を
結ぶ二本の木の形となったとしている。 こうしてみると、実は知恵の木は地の霊たちの
帰還を諦めたのではなく、静かに少しずつ原罪を集めていたのだ、となる。

こう置いてみると神様の、アダム氏、イブ氏、蛇氏に対して取った措置というのは非常に
合理的に見えてくる、つまりアダム氏に地を耕としたこれは知恵の木独自の事業の継続と
なる、イブ氏に出産の苦痛を与えたこれは地の霊の取り込みと解放の断りである、イブ氏
と蛇氏との間に対立を置いたこれは天の霊と地の霊との代理、敵対関係の置き換えであり
直接対立を緩和するための方便となっている。 またそれぞれの苦痛はそれぞれが抱える
自己嫌悪に対する措置にもなっている。

さて最初期にアダム氏と地の霊たちとの関係に見た天の懸念、イブ氏に見た天の霊たちに
対する地の疑念それぞれの妥当性を後のグリゴリ、その末裔であるネフィリム、さらには
もっと後の都市天使たちに見るわけだが。

大雑把に対立構造を書く。
地の霊たちは反逆と敵対の性有りで天に管理されるべき、というのが天の理。
それに対して天の理は抑圧であるというのが地の理。 この構造に対し単独説得行脚を
試みるのが知恵の木派。 これどっちつかずとも言える。
これらとは別に、今が楽しけりゃそれでいいじゃんの海派、水派もあると見ているが、
これはとりあえずは喫緊の課題ではなく。
そんなこんなでユダヤ教キリスト教対立のキリスト教側に地の理を見たりもする。
ユダヤ教が基本的に天一辺倒なのに対しキリスト教は地の側の主張も盛り込まれている、
そんな見方。
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一個前の、恫喝権云々にちょっと。

2014-03-14 13:53:19 | Weblog
企業が宣伝費をテコにテレビ業界を脅しているのではなくテレビ業界が体質的に
そうあって、一般企業を脅す一方でそういう業界と双方向の恫喝関係にあると
いったものなのだが文章にキレが無いなーと思った。
問題はむしろ、私がキレが無いのを問題視していない事かもねーとか。
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市民恫喝権の行方とチマチョゴリ切り裂き事件

2014-03-14 12:11:08 | Weblog
さて最近なにやら日本で臭い事件が続発している。
まあ今に始まった話ではないのだが私はこれらを、春闘と関係していると見ている。

チマチョゴリ切り裂き事件、というのをご存知だろうか。
知らないのならば調べてみれば良い、これを日本に来る外国人や知日派を自称する
人たちに聞いてみるべき質問の一つとも見る。

春闘。 サヨクの例年行事である。
分類上は労働組合統一の賃金引上げ闘争ではあるが、その「部隊動員」「体制構築」
にあたって色々と、正規とは言い切れない「活動」があるわけで。 私はこうした
「活動」をテレビ等報道機関に見るわけだが何故彼らはそうなのか。 体制即ち
秩序に嫌悪を抱く人たちが権力の場をそこに見出した結果そうなった、というのが
歴史解釈だがさてその権力維持、手段ありきでもあると。 どういうものなのか。
うそつきが居て恫喝が有る。 こう見る。 互いにうそを吐き合う社会において
秩序めいたものを構築しようとすると手段は恫喝となる。 人間たちがうそを吐き
合う理由は欺瞞、現実逃避にあるわけだが必要性は現実の側にある。 何時か何処
かで現実と折り合わない限り麻薬中毒者の最後、あるいはカルトの最後、狂信的
ファンの最後のようなものに到るわけだが欺瞞を求める他人にツケを払わせる方法
これ恫喝となる。 他に無い。 結果彼らの側では常に恫喝が秩序の手段となる。
それはする側とされる側とに分かれるよって誰が恫喝権を持つか。 これが彼らの
テーマとなる。

うそつきたち、欺瞞の側社会の中心がテレビ業界。 その周辺に芸能界やスポーツ
業界が点在する。 スターだのヒーローだの。 社会のデトロイト化をもたらす
労働主義団体などもその一端。 それらを支持する人たちが求めているのは欺瞞で
あり、外部にそれを求める一方その内部で破滅が進行する。 破滅を避けるには
どうすれば良いのか。 自身のための欺瞞維持義務を他人に押し付ければいい。
当初の手段は詐欺であり、事態が進みなおもそうあろうとするならその先は恫喝
しか無い、となる。 恫喝権を巡る争いとなり欺瞞のままそう在る人たちにして
みれば他人もまたそうだ、となる。 自分たちのみがそうなのだといった結論には
至らないだろうそうなるようならそもそも欺瞞を必要としていなかっただろうから。
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幸せなウロボロス

2014-03-10 11:57:20 | Weblog
霊たちは集まった。
集まりまとまった霊たちは霊団となり、霊団としてまとまったまま動いた。
霊団が動く事によってそれは伸びた。

世界はウロボロスだった。
ウロボロスは自身から零れ落ちる霊たちを集めた。
こうして「食」が出来た。
ウロボロスの頭が「それこそが自分だ」とし、ウロボロスの体はそれを喜んだ。

零れ落ちた霊が見つからない事があった。
そんな時、ウロボロスは動く事を止めた。
霊たちは「自分たちは時々止まるものなのだ」とした。
こうして「夜」が出来た。

ウロボロスから零れ落ちた霊たちに、隠れる事を覚えたものたちが出てきた。
ウロボロスの頭は彼らを探すことを喜んだ。
霊たちも、探される事を喜んだ。
こうして「狩」が出来た。

隠れる霊たちは「こここそが自分たちの場所だ」とするようになった。
そこはやがて「地」となった。
地はウロボロスの後を追い、ウロボロスは地の後を追った。

地は続いた。
地が続くことにより地の霊たちは、ウロボロスに帰ることを厭うようになった。
霊たちに拒絶されたウロボロスは、自分で居続ける事を止めた。
こうして「死」が出来た。

ウロボロスの頭は「知恵」となった。 ウロボロスの体は「生命」となった。
ウロボロスの霊たちはそこを天とした。 天と地とは、こうしてあった。
そこに光は無かった。 探す理由が無くなったのだから。
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ウクライナ情勢を見る

2014-03-09 21:31:55 | Weblog
相変わらずの状況、肝心の単語をニュースに見ない。 これが報道しない自由
というヤツなのだろう。 まあウクライナの現状をただの内戦とするのは別に
事実と違っているというわけではなかろう、共和国間方針差の表面化とする
ロシアの側の主張も間違っているわけでもないが。 肝心の単語。 私が
「これが」とするもの、旧ユーゴスラビア情勢に対する欧米諸国の対応と今回
のウクライナ情勢に対する米国現政権の対応との差はどこにあるのかを示す
だろうとする単語は何か。 ポグロムである。 第一に、ポグロム。 次が
マルティン・ルター氏の名である。
ここに至ってなお変わろうとしないお前たちのために犬神が創られたと書いた。

ポグロムとは何か。 19世紀後半に始まった、ウクライナあたりでのユダヤ人
迫害の総称である。 20世紀中盤のホロコーストと同等の、民族文化上の意味
を持つものだと思えばいいとする。 ポグロムとホロコースト、今日の国際
情勢における偶像的地位が両者の間でこんなにも違う理由は何処にあるのか。
一つは時間的な距離だろう、もう一つがドイツが負けた点。 仮にドイツが
勝っていたらホロコーストはポグロムと同等の地位に押し留められていただ
ろうか。 そうだろうと見る、多少の新旧の差はあれど。

マルティン・ルター氏は何か。 プロテスタント創始者である。 カトリック
に対するプロテストその最初に挙げられる人物の一人である。 彼が1543年に
「ユダヤ人はうそつきだ」と書いている。 おそらくそうだったのだろうが
その3年後に彼は死んでいる。 20世紀になってヒトラー氏がこれを政治利用
している。 ルター氏とヒトラー氏、ここにホロコーストをどう見るかが分か
れる。 見事真っ二つに。

今日気付いて面白いと思う。 話を続ける。 卑劣な金融ユダヤがアメリカの
プロテスタントに対してルター氏を倫理上の人質に取った、ではない。 そう
見る事も可能だがそれは一方のみを糾弾するもので実際は両方汚い。 ルター
氏がプロテスタントの人質になる理由が、実は無かったりする。 ルター氏の
名誉、正当性、そんなものはどうでもいいのだ、信仰上は。 そこに架かって
いるのは「正しさ」や「罪」などではない。 プロテスタントのカトリックに
対する優越感しかない。 地上の地位に拘った結果それに囚われている者たち、
プロテスタントもユダヤ教徒も、が盲なままにその地上の地位の走狗と化して
いる、ただそれだけなのだ。 日本人は彼らから彼らの仲間なのかと問われる
のだろうか馬鹿らしい。

さてウクライナ情勢に戻ろう。 ロシア人が国民なのかウクライナ人が国民
なのかクリミア人が国民なのか。 現状決まっていない、が答えだろう。
なんで決めなかったのかよと問いたいがこれ世界社会主義の理想その現実が
かつてのソ連、第nインターか?でその崩壊時に決定権を持っていた人たちが
現実に対応するよりもn+1をする方を選んだからでありああ馬鹿らしい。
やらなかった、決めるべき時に決めなかったのだから今クリミア人たちにでも
決めさせればいいとするのが馬鹿らしい中ぶん投げ先だろうそれが嫌なら占領
しろだ。 決定権とはそういうものだろう。

さてここに在日朝鮮人たちを巡る状況、旧来彼らが持っていた「市民恫喝権」
のようなものの行方を書く必要性を見るようになった。
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