狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

人を轢いたボンボンが無罪放免されることについて

2010-07-31 21:06:58 | Weblog
アクセルの
先の良心
知恵なのか
経験なのか
格子の先に

ステーキ皿に顔を突っ込んでもモラルには反さないと書いた。
書いたのでやってみた。 いわゆる犬食い。 近所のファミレスで。
不慣れなせいだろう食べにくい。
というか鉄板に気をつけないと火傷する。
テーブルを汚さず食いちぎるのは無理そうなのでナイフで切り分ける。
犬食いの方が微妙に味が上のような気がしたが、
結局半分くらいはフォークで食べた。

どっかの大金持ちで権力者とも仲良くなっているオオモノの、
息子だか娘だかが勝手気ままに街で高級車を乗り回す。
当然の結果として交通事故が起きて人が死ぬと。
遺族は怒るんだけど警察も買収されている(されないと後が怖いから)、
裁判官も買収されている(されないと後が怖いから)、まともな目撃者も
出てこない(下手に出ると消されるから)nで、なんだかんだで無罪、
弁護士大勝利。
その殺人者は引き続き殺人運転を続けると。

こうした話を聞くとまともな国の人は「うちの国でもあるだろうな」
と考えてうんざりし、まともじゃない国の人は「うちの国の事だろう」
と考えるわけだが、だからといってそれぞれがそれぞれで何かを
しようとするわけでもなく、ただ諦める。

ある人はお金をもらって嘘をつき、
またある人は脅されているから仕方が無いと言ってお金を取る。
ある人はお金が無いから我儘が通らないのだと嘆いて持つ人を妬み、
またある人はそんな世の中だからと言って
ただ金だけを求めることを良しとする。
ある人は多く持つ人が多く稼ぐことそのものを崇め、
またある人は着飾った自分を想像しそれこそが偉いのだと思い込む。

お金が偉いわけだ。
何故お金を欲しがるのか。
何故権力者になりたがるのか。
そうなることで我儘が通るから。
今通っている我儘を、この先ずーっと通し続けたい。
だからお金。 お金が必要。
そうした中での究極の我儘が、殺人無罪。

こう考えてみよう。
むやみやたらとお金を欲しがる人がまれな社会なら?
そうした社会なら収入の大小は単なる役割の違いでしかない。
ある人は大きい数字を扱いある人は必要最小限の額を扱う。
それぞれ人の手をお金が右から左へと流れていく。
有能で有益な事をする人に多く、馬鹿なことしかしない人に少なく。
それだけの事と。

どっちの社会を選ぶのか。
どっちの社会で死にたいか。
決まったら手近な雑誌を取るでもテレビをつけるでもしてみよう。
少し探せばきらびやかな服を着た金持ちが出てくるはずだ。
考えてみよう。
彼らは本当に偉いのか。

さて問題。
目の前で交通事故が起きたとする。
あなたはどうする。
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中国から見た台湾について

2010-07-30 15:18:47 | Weblog
地図を見て
ここまでそうと
思いきや
往々違う
人の世の常

南半球が春を迎えようとしていた頃、北極圏では冬の支度をしていた。
季節の違い、よくある話。

二十世紀、国家共産主義は失敗だった。
では中国共産党のしたことは失敗だったのかと問われれば違うと答える。
彼らは中国を統一した。
当時の中国人が必要としていた安定した社会を最も効率よく実現する方法を
彼らは持っていて、そしてそれを実行した。
その点については彼らは正しく、そして中国人の選択も間違っていなかった。

さて今回は台湾そのものではなく中国から見た台湾はどういったものか
というのを考えてみようという話。

どうも今回私が見てきた範囲では中国人が中国で中国の地図を現すときには
地球儀のような表現を使うことが多い模様。
中国が東西に長い大陸国である事、隣国ロシア、かつてのソ連が北極圏の国
であることからこの方がより正確な認識、というよりも中国とその周辺国を
赤道を基準に展開した地図で表すのは歪みが大きすぎるのではと。
んで地球儀をあおるように中国を見ると台湾は、中国に引っ付いている
ように見えると。

中国から見た台湾の歴史はこうだろうと書いてみる。
まず清朝の時代、本土から台湾西部に多数の漢人たちが移住していた。
それから東アジアに西洋化、国境の時代がやってくると朝鮮半島は
誰が管理するべきか、その国境などはどうあるべきかといった問題が
あがってきて日中間で戦争になり、その結果台湾は日本領となった。
そして時代が下って台湾は中華民国の領土となったわけだがそのほぼ直後、
中国本土は中華民国ではなく中華人民共和国ということになり
中華民国を代表していた国民党一派は台湾にたてこもることになったと。

中国本土を中心とした中国の歴史からすると中国の正当な政府は当然
内戦という形で中国本土の人民に選ばれた中華人民共和国政府であり、
台湾は敗残者がたてこもっているだけの場所。
アメリカで共和党派と民主党派が内乱になり共和党派がテキサスに、
あるいは民主党派が右上の出っ張りにたてこもった状況、
日本なら北海道だと大きすぎて感覚的に遠いので対馬あたりを想像すると
本土中国人の台湾観に近いのでは、考える。

ところがだ、中国本土を中心とした近代の歴史を台湾在住者が共有しているか
というと、大半は否であるとなると。
まあ最終的には台湾人が選ぶ話、違った上であえて選ぶというのもまた
よくある話。

さて問題だ。
中央が辺縁の中央との違いを認識していなかったとする。
どのようなことが起きると予想されるか。
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モラル化について

2010-07-30 15:08:36 | Weblog
傘盗む
人の頭に
人は無し
盗まれた人
盗むか否か

上海で観察観測していた事の一つがどこにも蚊が居ないことだが、
もう一つが車のクラクション。
蚊の方は多くの人が気にしないのではと思われるが、
クラクションは逆だろう。

私は神経質だ。
自分でそう思っている。
感度、反応度が平均以下ならプローブとして無意味だから
そういう設計なのだろう、そう思っている。
んであちこちで鳴っているクラクションにむかつくわけだ。
自分に向けられているわけではない。 でもむかつく。

鳴らしている人を見ると交差点付近などで引っ切り無しに鳴らしている人、
追い越しで鳴らし続ける人、注意が必要かもしれない状況で鳴らす人、
危険がある場合だけに鳴らす人など様々。
単車、四輪、それぞれの中での割合としては同じくらいだろうか、
カウントしてみるとなんらかの傾向が見えてくるのかもしれないが
とりあえずはそう感じた。
田舎から出てきて自転車を買う、バイクを買う、四輪を買う、
そういった生活などを想像してみたり。
実際にはおっとりした出稼ぎ人もいれば首輪の無い座敷犬もいたりで
色々なのだろうけれど。

滞在中マクドナルドに入った回数は六回だったと記憶。
食事をするつもりで入ったのだがそのうち三回は、何も買わずに出た。
理由は並ばない中国人。 空いていようといまいと頻繁に目にする。
ロシア人は並んだ、というジョークに別の意味を考える。

地下鉄社内のモニターに乗車マナーの映像が流されていた。
良い例と悪い例、判りやすく表示し評価を出す。
未開国としか言いようのない地上の様相の多くと地下の人たちの行動とに
若干の違いを感じた。
少しずつ変わっていっているのか。

蝿をほとんど見ない。
居るには居るのだが少ない。
カラスも居ない、ハトも居ない。
スズメはあちこちで見かけるのでこちらは天敵が多いからかと考えたり。
ゴミ行政は先進国の他の都市と比べても上、というか
裏通りの臭いなどから察するに収集面はトップクラスなのではと推測。
そしてそこで、人が道路にポイ捨てする。

街で猛禽の目を感じない。
広場や駅の入り口など要所要所に人民解放軍か武装警察か、
まあ治安維持系の人が立っている。 立って見ていて通常、何もしない。
縁石に座って数十分ぼーっとしていると人が話しかけてくる。
服装は普通でわりと清潔な方に見え、腕章も着けていなかったはず。
言葉が通じないことが多いので逃げる様に立ち去るが、
街頭犯罪を防ぐための要員だったりしたのではと振り返る。
良い状態だと思う。
劣悪種どもは窮屈と評するのだろうけど。

観光客向け歩行者天国のような場所を歩く。 雑踏。
さすがにそういう場所では気配と言うか臭いと言うかを感じる。
まあよほどのバカで無い限りカモ撃ち人はカモを狙うだろう、
そういう意味では安心できる。

上海駅近くの川沿いあたりを歩く。 靴に異常は無い。
ニワトリが放し飼いになっている様子。
のどかな雰囲気で奇異の視線は感じるが犯罪臭はしない。
赤信号ではなく黄色信号ような感覚かなと、
普通の足取りを心がけて通り抜ける。
数年後には高層ビルになっているかも。

駅前の階段に乞食。
足を悪くした様子、社会のセーフティネットなのだろう。
そこに降りてきた女性が眉をひそめて反転、上に引き返す。
乞食の方もそれを気にした様子は無し。

バスでターミナル間を移動も行き先を伝えられずに困る。
空港の半券を見せたりするが要領を得ず。
付近の人が顔を突っ込んでくる。 好奇心、これも隣人愛の一種か。
通りかかった道路標識を指差し問題解決、みんな納得した模様。

モラルとマナーは別物である。
皿に顔を突っ込んでステーキを食ってもモラル上問題が無い事が多く、
のんびり道を渡る老人にクラクションを鳴らすのはマナー違反だが
後ろから救急車が来ているような場合はモラル上正しい行動となる。
マナーを気にする人が何故そうなのかを書くならば
それが社会制裁回避上の集団安全保障になっているからだろうとする。
馴れ合いの目的は保身。 マナーはそこにある。

ではモラルはどうやったら育つのか。
その装置の一部がマナーにあるのではと見るわけだ。
社会に助けられることを経験し、社会に制裁が有る事を知り、
社会の正常さが保たれることで人が助けられることを理解した時
初めてそれがモラルになるのではないかと考える。
正常さの維持、その目的に沿ったマナー。
維持のために制裁するというモラル。

これが正しいとすると以下の場合などにモラルが育たない。
・社会制裁が維持と無関係に行われている
・社会に助けられた経験が無い
・社会に助けられていてもそう認識できない
・社会に助けられている状態が最初から当たり前になっている
・助けられることと社会の状態が無関係だとの認識がある

助ける主体が個人の場合だと必要なのは便宜図りとご機嫌取り
という結論に至って当然なわけだ。

日本に戻って飛行機を降りて、最初に見たものの一つが
空港シャトルバスの中央をスーツケースで封鎖する西洋人たちだった。
中年男女の二人、両方ブロンド、国籍不明。
前半分に二十人くらい立ち後半の座席部分に座っている人は
私を含めて三人くらいという状況。
封鎖に気づかないのか気にしないのか、運転手による奥に行けとの
車内放送にも反応せず。
イントネーションの特徴は拾えず彼らが何語を話していたかは
判らなかったが、彼らはどこの国にいてもああなのだろう。

さて問題だ。
地域の良さの維持と、より大きい規模での維持が矛盾することがある。
そういった場合に各人どういった行動を取るべきだろうか。
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体制失敗について

2010-07-29 05:44:45 | Weblog
思想あり
体制ありて
齟齬があり
その原因を
どこに求める

大相撲横綱の白鵬氏、全勝優勝。
http://www.yomiuri.co.jp/sports/sumo/news/20100725-OYT1T00653.htm
真ん中あたりから下の年齢層は変わったのではと見る。

ソ連の主流派上層部は冷戦初期が終わったころ社会主義統制経済が
失敗作であることに気付き、秩序志向に移行した。
ところが残りの世界はソ連の体制こそが正解であると思い込んでいた。
外部の人たちが革命の理想を求めてやってきたときには
内部ではそれがゴミなのではと疑われるようになっていた。
先駆者は悟ったがその結果は共有されなかった。
これまで担がれてきた気まずさからか、
あるいは他で成功するかもしれないという希望的観測に流されたか。
その時の変化が革命家たちの目にどう映ったか。
理想を捨て、帝国主義に走ったのだと。
現実の見えていなかった人たちは自分たちこそが正義であると盲信し、
狂信者が見切られる様を強者のエゴとした人たちは、核こそが必要なのだ
との結論に至ったと。

多くの国はその後、軌道修正していった。
軌道修正出来なかった国がアメリカとの対立構造が致命的に働いた
キューバや北朝鮮であり、遅れてやってきた革命が宗教反米という形を
取ってしまったイランなのでは、となる。

こうしてみると中国人民解放軍が北朝鮮を切れないでいる理由は
冷戦中期に東側唯一の正義大国となってしまったことでなにかこう、
栄光依存症のようなものにかかってしまったのでは、といった仮説が
浮かんでくるわけだ。
さらには北朝鮮などの国の状態を例えるなら、
自分が正しいのだとつぶやきながら飲むのを止められない人、
といったところだろうか。

そうすると人民解放軍上層部の体質改善は、自分たちは主導国の軍隊
といった存在ではなく単なる一国の有事の備えに過ぎないのだ、
と認識を改める事で実現するのではと思ったり。

さて問題だ。
自由経済下で資源確保に軍事力を行使する国の
意図はどこら辺にあるのだろうか。
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悪質なプロパガンダについて

2010-07-28 19:26:00 | Weblog
宣伝を
載せる媒体
紙吹雪
信じ込む人
右に左に

先日NHKの番組を見た。
戦後の在日朝鮮人を主題としたもので、大雑把な内容は
防共意識から在日朝鮮人を危険視する傾向を持ち始めた在日米軍に
保守派の政治家が色々吹き込んで人種差別法を成立させた、
といった方向のもの。

良く出来ていましたな。
私は視聴中「違う」とか「当然だ」とか一人ホテルの部屋で
声を上げていたりしたわけですがこれを見た人の多くは
私と違う結論に至るのでしょう。

最後の方に在日朝鮮学校でのだろう学芸会のシーンが
少しだけ出ていました。
ここに注目。
朝鮮労働党正統化のためにやっているピョンヤンの劇とかに
そっくりなんですね。
判らなかった人もここに気付くと全体像が見えてくるはず。

戦後最初に出てくるのが台湾や朝鮮半島出身日本人、元日本人か、
の地位問題。
これは連合国がそう決めましたというだけの話。
韓国国民、朝鮮国民というものが新しく作られましたと。

次が朝鮮人帰還にあたって制限がつけられたのを不当とした主張。
難民帰還問題にも共通しますが、両国の安定のために
受け入れ人数などに制限をつけるのは妥当な判断。

在日朝鮮人が帰還を選ばなかった理由として財産持ち出しの上限設定や
家族の離散などを主として挙げていましたがこれにも疑問。
第二次世界大戦直後の朝鮮半島は戦乱を免れえたという点で
希少な地域の一つだった。
私は在日朝鮮人が帰国しなかった理由は朝鮮半島に色濃く残っていた
儒教的身分制度を嫌った事、南北暫定政府を見極めようとしている内に
朝鮮戦争が始まったことから日本に定住するほうが得だと判断した事
などが主と見ています。

最初に争点となったのが、日本の学校で朝鮮語による教育させろ
というものだったそうですが、これ論外でしょう。
日本国日本地域の共通語は日本語ということで決まっていた。
教育による無意味な混乱の拡大を避けた、それだけのこと。

在日朝鮮人による朝鮮語教育要求運動をナレーションが「平和的」と
称していますが、この時点の在日朝鮮人たちが北朝鮮の旗を
手にしているのが映っていました。
ぱっと見でかなり立派なものが複数。
そしてその翌年だかに北朝鮮軍が38度線を突破、朝鮮戦争が始まると。

で最後の方に例の朝鮮学校教師が企画したのだろう平壌系演劇があり、
在日老人の「銃で記憶は奪えない」との言葉が入るわけですが
私のそれに対する感想は、カルト集団とはそういうものだ、
としか思えないわけでして。

さて問題。
この番組に対する私の結論は、どのようなものだったでしょうか。
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泥棒について

2010-07-28 19:19:48 | Weblog
盗んでも
悪びれぬ人
流れ行く
着いたその場所
無縫の天地

白い雲の陰が緑の野山に落ち、そしてなにより海が青い。
外から帰ってきました。

さて泥棒について。
泥棒とは人の物を盗む人のことを指す言葉のはず。
所有権の侵害。
つまり社会的に所有権が確立されていない状況下では
厳密に泥棒かどうかは判断できず、また確立された状況下でも
盗んだ側にその所有権の認識が無ければ悪意が存在したとは
必ずしも言い切れない。
言い換えると、盗むという行動を起こしたとき行動の当人が
他者による所有を認識していた場合はそこに悪意が有った
と言えるわけだ。

インドネシア経済水域に中国海軍が出没。
http://mainichi.jp/select/world/news/20100727k0000m030122000c.html

さて問題だ。
盗みを咎められてなおも続ける人がいたとしよう。
その人にどう接するべきだろうか。
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中国について

2010-07-20 14:17:24 | Weblog
雑念が
入り乱れして
まとまらず
どこを進めて
どこ引くべきか

複数の不安定化システムと複数の凍結された不安定化システムとが
絡み合っていて何から手をつけたものか判らないという状態のような気がする。
農業崩壊、失業者、盲流、黒社会、地方閥、逃亡する富裕層、少数民族、
自由民権運動、宗教、土地問題。

一本一本想像しつつ見ていく。
大外れの可能性もあるが、それを気にしだしたら何も書けない。

農業崩壊。
洪水や旱魃などで農作物が取れない年が出る。
蓄えを切り崩す、取れた地域が助ける、出稼ぎに出る、餓死者が出るなどで
事態が収束するが、借金が嵩んで被収奪傾向が強まったり救援の無さが
政府不信になったり。
盲流の発生や借金返済が地下経済に流入したり。

失業者。
出稼ぎに出てきた、あるいは学校を卒業したが就職先が無いと失業者になる。
職にありつくまで失業者のままだがそのまま黒社会への人材供給になったり
職の奪い合いから貧富の差が拡大したり。

盲流。
土地を無くした農民が移動する。
都市に流入するとそのままスラム化するわけだが、
これがどう解消するのか判らない。
ヤクザ者に狩られて消滅するのだろうか。

黒社会。
ヤクザとかマフィアとかの社会を漢人系地域ではこう呼ぶと。
収奪や暴力経済などで貧富の差を拡大させたり土地を奪ったりで
法秩序を崩壊させたり。
彼らの秩序も立派に秩序、と言ってしまえばそれまでだが。

地方閥。
ヤクザ者を取り込む形で地方が独自の秩序を持つようになると。
全体の安定ではなく特定個人の権益で動くことになるため
ある時は貧困者をかき集めたりある時は失業者を追い出したり。

逃亡する富裕層。
国内でやりすぎた結果持続不能になり脱出、最初から逃亡する予定で
犯罪行為に手を染める、あるいは一山稼いで合法的に移住すると。
収奪されたものが残る事、脱出に伴って地下経済に金が流入する事、
モデル化することにより収奪が常識化する事、知識層や富の国外流出
だけでも不安定化要因になる。

少数民族。
これ自体はどこの国にでもあるが、中国の場合は制度が硬直している、
他文化理解の無さなどから所属集団による有利不利の差が大きく
失業者になりやすいと。

自由民権運動。
選挙制度はまだ無いが、有るのが正しいといった認識は
それなりに存在しているはず。
単語だけが一人歩きしヤクザ集団と活動家との間に
明確な違いが無いか、有っても多くの人には判別不能。
また外部勢力が自称活動家のヤクザ者に肩入れすることも。

宗教。
伝統宗教の位置づけが当局の都合で任意に決まる。
生活習慣や思想は宗教と解釈できることもあり、
結果として生活を破壊される人たちが出てくると。

土地問題。
地方閥にとって開発、工場誘致などは利益をもたらす善であり
その時その土地の上に居る人たちは邪魔者となる。
地方閥が正義でありまともな調停も無いので住んでいた人たちは
流民化するか武力闘争に出るかしかなくなる。

並べてはみたが、何から手をつけるべきなのかさっぱり判らない。
とりあえず司法関係者の地位を安定させて裁判による調停の公正化を
図るべきかなと思う次第。

さて問題だ。
ヤクザ、マフィア、黒社会などと呼ばれるものを当局が放置すると
その社会はどうなるのだろうか。
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再編について

2010-07-19 22:42:11 | Weblog
どうもこれ
最初の向きに
よく似てる
何が違うか
何時まであるか

昨日「事故死すれば解決だ」と書いた。
支援者たちは狂っていて支援されるものどもには良さが見当たらない。
そこらへんの考えは昨日も今も変わっていない。
今日の昼ごろよくわからず東京に出たところ相田みつを展をやっていた。
いのち、だそうだ。

さて再編について。
個人が、家族が、地域が、企業が、国家がどうあるべきかが判り
連中も改まりましためでたしめでたし、ってのが当面の目標なわけだ。
そうなれば文化の流れからして他の地域もそれに倣う。

んでだ。 問題はそのプロセス。
連中が再編に悔いた結果めでたしめでたしとなる、というのが
本に書かれている予定だ。
めでたしめでたしが目的なのであって再編に伴う大規模な問題は
机上の空論としては不必要だ。

最終目標は動かない。 それはいい。 そもそも知らないし。
当面の目標も固定。 それもいい。
問題は再編だ。
これが無いことには西の連中は信じない。
逆に東側の常識からすると本当に必要なのかという疑問が付いて回る。
信仰の問題か?

必要だとする。 というか必要なのだろう。
じゃあ今連中の場所をどうするべきか。
ほっといたらいいというのが一つの答え。
考え浮かんだ事を書き続け、結果駄目でしたというのがもう一つの答え。
現状はほっといていると。
今後もそれでいいのかどうか。

再編の邪魔をしないようほっとくのが正しいのか、
無駄に終わる事を信じて書くのが正しいのか、
予定と違う結果になることを信じて書くのが正しいのか、
あるいは再編の邪魔にならない範囲で書くのが正しいのか。

うん。
軽くしようとすればいいんだ。
それなら感情にも思考にも矛盾は無い。
極限まで軽くなれば文言一致程度で済むはずだ。
とすると事故死は無し。

さて問題だ。
「それは駄目だ」と伝えるべき相手は何処に居るのだろうか。
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助け合いについて

2010-07-18 14:01:01 | Weblog
ポリティカル
コレクトネスが
十あれば
それで十分
宗教だろう

私が何故政府による水俣病患者への補償措置に反対しているのか
理解出来ないという人も多数居るのではと思う。
それは単純に良い事であり反対する理由は金銭以外には無いはずで
そして政府の金はそのためにあるはずだと。
私が反対する理由は割と簡単で、エゴ社会になるから。

そもそもだ、なぜ水俣病だけを救済しようとするのか、
というのが残る。
水俣村に住もうが住むまいが、しびれはしびれ、腰痛は腰痛。

こういう状況を考える。
ある村のお金持ちが、身寄りの無い病人を助けたとする。
お金で医者を雇い薬を買う。 衣食住をまかなう。
そこに別の病人がやってくる。
お金持ちは二人目を助けなかったとする。
それを見た他の村人たちはお金持ちを非難するわけだ。
何故助けないのかと。 助けるお金が十分にあるのは周知の事実。
一人目の病人は沈黙する。
二人目の病人は助けてくれと言う。
それでもお金持ちが助けるのは一人目だけ。
問題だ。
この状況、一番悪質なのは誰か。

私の答えは「村人たち」である。
彼らは助けていない。

お金が有るなら有る人が助けるべきだと、多くの人は言うだろう。
否だ。
持てる者が助けるか助けないかは任意だ。
助けないという判断があったとしても、他人がそれを非難するかどうかは
また別の話。
一人しか助けない、という判断は最上ではないが最低でもない。

では一人目の病人はどうか。
彼は助けられていて、助けた相手が非難されている状況で沈黙している。
彼と同じように助けられたい人が居てもそれに手を差し伸べていない。
だが彼はいずれをも助ける位置にいない。
だから彼の沈黙は悪質ではないと私は見る。

二人目の病人はどうか。
単に苦しんでいるだけで、良質も悪質も無い。
助けられた一人目を見て自分を助けないお金持ちをなじるかも知れない。
そうした場合はその分を彼の悪と見なす。

さて水俣病患者の話に戻す。
政府の救済措置からはずれた彼らを誰が助けるべきか。
第一に、助けられた水俣病患者らと見る。
彼らは三十年間助けられる位置にいて、その経験の上で
自分たちで助けるのではなく助けない他人をなじるという行動に出ている。
私は彼らを悪質な存在と見なす。
第二にはマスコミだろう。
周知のとおり彼らは、少なくとも彼らの一部は大金持ちである。
政府をなじる暇があったら彼らで助ければいい。
だが彼らはエゴ社会を広める事に頻々としていて結局何もしない。
お祭り番組に小銭を投じて自分たちを免罪したりする。
エゴ社会が広まれば広まるほど彼らの利権も増える事を私は書いている。
だから彼らをゴミと呼ぶ。
第三にはテレビを見て政府が悪いと言っている人たち。
自分で熊本にでも行けばいい。

政府の人間が私が助けるなと書いたから、
という理由で自分たちの良心に反して彼らを助けない事にしたとする。
私はそれはそれで問題があると見る。
政府がそう判断した場合発生する弊害の罪が私のものになるのは当然だが。

良心があり判断が出来るのなら良心の下に行動し、
そしてその結果を受け止めればいい。
私は私独自の判断で見殺しにするべきだと言っているに過ぎない。
それに従うのが妥当だと言えるのはそれが理解できたか、
あるいは従うという判断の下に起きる結果を受け止める気がある時だけだ。

さて最後に解決策を書こう。
水俣病の人たちが、その時近くにいた人たちを巻き込み事故で死ぬ。
一人また一人と減っていきいなくなる。
問題は消滅する。

さて問題だ。
政府がお金を出して一部の人たちを助けたとする。
助けられた人たちは誰に感謝するべきだろうか。
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宮崎旅行について

2010-07-17 22:52:36 | Weblog
夏休み
空の校舎は
何思う
生まれた土地に
人帰り行く

昼ごろ羽田へ
自動券売機で航空券を購入 相変わらずの膨大な入力数に辟易
売る気が無いのか馬鹿なのか
飛行機の席はほとんど埋まっていた模様
搭乗 通路を塞ぐ旧人たち 金も年数も人にするものでなし
落語を聴くも機内アナウンスにまたむかつく
下に海 晴れてて綺麗 半島に囲まれた小さな内海を見る
雲 高度で天気が変わる 遠くで雷
雨の中飛行機が空港を通過 再進入し着陸
市中へ行くに電車かバス まず駅に向かうがバスにした
観光客らしき人少なし
駅前で降りる 小雨の中歩くも科学館休館中
うどんと牛丼のセットを食べる
歩く 並木きれい 自転車路有り 仮面ライダーイラスト展17日から
大通り喫煙者見るも小数 田舎っぽさは感じるも俗悪さは感じず
パチンコ店は目立たず カラオケ店を幾つか
本屋に入る 広い スッチーの本を買う
自転車の高校生など レインコートを着ている 教育よろし
値段にびくつきながらホテルに宿を取る 少し休む
また出る デパートなどは閉店時間後で入れず ネットを見る
宿への帰り雨が降り出す コンビニで水分を調達 本降りに
宿に入ったらフロントの人がバスタオルを貸してくれた ありがとう

宿で朝食 けっこう美味しかった気がするが内容はおぼろげ
ネットを見る 駅に行き電車で移動する事に 一時間に二本くらい
単線を二駅ほど北上し徒歩で東進
稲穂が頭を垂れている
歩く 歩く 歩く
途中で近くの林の方から銃声のような破裂音 伏せることを考えるが歩く
何度も破裂音 少し歩くと小さくなった
海の近くでふらふら その後南下 サミット記念碑を見る
田んぼ沿いを南に西にと歩く ホテルが連なる通り有り
田んぼの中1メートル置きくらいにジャンボタニシ
自動車社会らしい 幹線沿いに商業施設多数
線路を越えて宮崎神宮へ 博物館の類は休館中の模様
宮崎神宮と護国神社参拝 そこから南へ
大淀川を渡る 簡素な水彩画を書き終わった後の筆洗いのような色
岸辺の木の枝先が水面に触れていた
さらに歩く 病院が幾つかあった辺りで座ったら足がへたってきた
バスを拾って市の中心へ どうやら西側を通り過ぎてしまっていたらしい
値段を気にせずにホテルを選び値段を聞き宿を取る 予想通り高目
ステーキ屋 その後デパートを見る 菓子パンを買う
ネットを見てから宿に戻る

宿をチェックアウトし少しネットと新聞を見る 朝食をホテルで取る
駅から北上 昼過ぎに隣の県で新聞を買う 家畜移動制限は解除された模様
20代と70代から上はまともで30~40代リア充はカスとあった
さらに移動しネット喫茶に入る ソフトクリーム美味し
東進しうどんセットを食べる 帰宅時間かモラル低い人を複数見る
瀬戸内の夜景が綺麗 多度津に宿を取る
テレビで温泉街の後継者が「政府のせいではない」とアピールしていた
これが彼らの反権力なのだろう まったく懲りていない模様

宿を出る 朝食なしでネットも見ずに移動 日本列島を東へ
天気は晴れ 今日から梅雨明けらしい
木が浸っている川や泥水になっている川が途中複数
水量が多くなっているだけに見える川も 冠水した道路は目に付かず
アメリカ側が普天間協議は配慮とのニュース
左手にガンダムとプリンアラモードを見る
帰宅 関東は宮崎よりも暑かった

さて問題を出す。
水害が起きている最中に国民がするべき事は何か。
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