狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

上方について

2010-03-31 14:25:58 | Weblog
人群れて
笑顔で周囲
顧みず
不満話に
相づちの泥

トヨタ車調査にNASAが協力。
http://www.cnn.co.jp/business/CNN201003310001.html
結構凄い話になってきた感じ。
電子制御に関する問題点が洗い出せるのなら人類にとって有益なのだろう。

岡山のホテルで朝食を取った。
店の入り口で食券を渡し、和食と洋食どちらかと問われて和食を選んだ。
普通の喫茶店のような店内に先客は一人だったか二人だったか。
落ち着いた様子の老人が目に入る。
定年後の旅行だろうか。
店に初老の女性が入ってきて和食を頼み、その老人のテーブルに着く。
老人に和と洋どちらにしたかと問い老人が洋と答えた。
女性が店員を呼び止め洋に変更すると伝える。
老人は店の迷惑を考えたようだが何も言わなかった。

日本人は複数人で料理屋に行った時に同じものを頼んだりすることが多い。
その理由の一つが料理の手間への配慮である。
オムレツ四つかオムレツ、ゆで卵、目玉焼き、スクランブルエッグを作る手間の差、
効用が同じなら労働は少ない方が良いという判断。
別の理由として連帯意識のようなものがあるのだろう、
今回の女性の行動はそちらからのものと思われる。
女性に上品さ、見た目の知的さなどを感じた。
老夫婦には金があるのだろう、豚に真珠とはこのことか。
朝食自体は美味しかった気がするが、何を食べたか覚えていない。

チェックアウトしホテルを出る。
このまま関西に向かうか岡山城の方に向かうか迷う。
道路に設置されている地図が目に付き、ちょっと寄り道とばかり城へ向かう。
途中たしか交差点の辺りでカラスが鳴いた。
これはこれで導かれているような気がするのだが、進むか曲がるか戻るのかが判らない。
逡巡しながら進む。

城の近く、公園入口の交差点に出た。
とそこで腹が下りだす。
冷えたのか、昨晩のカステラがカロリー過多だったのか。
公園のトイレが目に付いたので行こうとしたが、何かが違うらしい。
交差点の向かい、市民会館入り口に回ってみた。
ガラス張りで中にトイレが見える。 が、用無しは入るなとの札が出ている。
一秒を争う事態ではなかったので他を当たることにした。

会館の裏道から通りへ出、城へと向かう。
下を流れる川の水は綺麗ではなかった気がしたが、よく覚えていない。
カラスが鳴いたので迷って左折、後楽園へと向かった。
私が私を正しいと思うのは間違わないからではない。
間違っても正されるだろうという確信があるからそう思うのである。

右手にモダンなデザインの城を見て、逡巡しながら後楽園に入った。
腹がゆるやかな警告を発している。
このまま観光するかと考えたが、地図の表示にトイレへと向かう。
途中鶴を見た。 立ち止まり、また急ぐ。
土産物屋の店員の人に聞く、トイレは何処と。
隣だとの答えに小走りで入る。
そこで安楽を得る。

土産物屋、学生のグループが騒いでいた、平和である、で買い物をし、
鶴を見て正門より後楽園を後にした。
結局あまり見なかったが景色は頭に残っている。

夢二美術館とやらに入る。
なんとなく足がそっちに向いた。
女性の絵がいっぱい展示してあった。
影がないのに陰があるのがおもしろい。
吉備津の釜、は関係ないか。
猫の描いてあるメモ用紙を買った。

橋を渡って駅の方へ。
手すりが木製に見えたが触るとコンクリートだった。
公園に人物名。
先ほど調べたが、経団連会長だった模様。
来る時に道路標示を目にしたオリエント博物館に入る。
古代のアフガニスタンからシリア、エジプト。
一通り見て回り、ここでも安楽を得る。
引き留められたような気がしたが、何故だったか判らず。
アラジン氏の童話が頭に残った。
人が簡単に死ぬなあとの印象。

大通りを歩き駅へ。
何かあったような気がするが大したことは無かったような気もする。
駅に着くが、これといった行き先が思いつかない。
当初の予定通り奈良へと向かうか汚れを確認しに引き返すか神戸へと向かうか。
小銭入れを開けたら五円玉が三枚目に付いた。
電車で姫路へ行くことにした。

山陽本線を普通電車で行く。
途中二回ほど電車を乗り換える。
辺鄙である。 電車の本数が少なく乗っても途中の駅で止まってしまう。
東京圏や大阪圏で見られる市と市が拡大した挙げ句繋がってしまう現象は
ここいらでは起きていないらしい。

持っていたカステラが胃に収まった頃、姫路駅に着いた。
ここも城である。
まず宿を取ろうと考え南に向かった。
途中すれ違った女学生達の話が耳に入る。
他人の子に優しくする云々といった内容を喋っていた。
おそらく続きは、優しくする理由は無い、といった感じだろう。
他愛もない近所や親戚、友達の親の話なのだろうが考えて、
そこに宿を取るのを止めた。

公園に親子連れがいた。
父母と小さな男の子。
滑り台の上から新幹線を見ていた模様。
やはり平和がよい。

駅の東を抜けて城へと向かう。
小汚いところで再開発をしていたようだ。
多分それが終われば見た目は良くなるのだろう。
途中商店街を抜けた辺りで高校生だかが描いた絵の展示をしていた。
テーマに社会問題を扱っていたりもしたが、ぱっと見問題のための問題といった感。
他には身近な不満くらいか。
良く言えば社会が機能し守られている立場なのだろう。
遠くを知り、近くを守れ。 その逆は間違いだ。

姫路城。
観光客が沢山。
適当に見て引き返す。
落ちているゴミは少ない。
店の品揃えは地元向け半分観光向け半分といったところか。
新幹線の切符を東京まで買う。

新幹線に乗る途中だったかどこでだったか忘れたが、静電気にあたった。
まだ帰るべきではないのだろうかと思案。 答えは出ない。
新幹線の中で降りるべきなら前の電光掲示板に大阪か京都と出るはずだと考える。
何も出ない。
諦めたら文字が流れだし「京阪神」と出た。
少し迷ったが新大阪で降りた。
新大阪駅で駅員の人に聞いたところ、駅から出ても東京までの乗車券はまた使えるが
特急券は無効になるとのこと。
懐に寂しさを感じながら駅から出た。

地下鉄に乗り大阪を南下、乗換駅を間違えたりしながら東へ向かう。
学研奈良登美ヶ丘駅で降りる。
駅ビルにマツモトキヨシがあった。
駅前のバス停に77の数字があったのでそれに乗ることにした。
時間があったので付近を散策、近くの階段を上ったところ
塩化カルシウムの袋が無造作に積んであった。 冬には雪が降る場所らしい。
バスに乗り高の原駅へ。
何故ここに来たのかよく判らなかったが、ショッピングセンターに政治風刺画の展示。
内容がマスゴミ系。 描く人、選ぶ人、読む人。 なるほど。
ステーキを食べて帰ることにした。
美味しかった。

電車で京都へ。
寂れた感じになにかを思った気がするが、記憶に出てこない。
意味がある時に思い出すかもしれない。
新幹線に乗るには東寺駅で降りるのか終点まで行くのか迷ったが、
終点で正解だった。
特に用は無しとばかりにそのまま新幹線で帰った。

春日大社で杉が倒れていたらしい。
http://news.goo.ne.jp/article/kyodo/life/CO2010032101000256.html

アメリカから日本アニメを嫌う人の話を目にした。
まあそういう人達もいるのだろう。

さて問題。
駅弁というと値段はどれくらい?
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瀬戸内海について

2010-03-30 18:15:33 | Weblog
ごろごろと
うだうだの末
腹減った
ネット眺めて
意欲を拾い

科学とは客観、つまり他人がいるという仮定に成り立っているわけです。
社会科学者を名乗る人が心理学をヒトの心理ではなくネズミの心理を調べている
と批判したりしますがわたしはこれをして、社会科学者が平均的心理学者に対し
科学者として劣っている証と見ます。
彼等の、思想とやらを並べている人達の多くは主観だけで科学を語っている。

今回は聞かなかったが、飛行機の落語放送を聞く時アナウンスが邪魔。
航空会社はいったい何を考えているのだ?
途中に一発入るだけで途端に旅が不快になるというのに。

さて中村駅から特急に乗り岡山へ向かったわけだが。
春休みだからだろうか、乗車率はすぐに上がり高知駅に近づくにつれ
自由席の空きが目立たなくなってきた。
来る時も見たが山の中にちらほら桜が咲いている。
通過する駅に人はほとんど見当たらない。
田舎は何処も車社会か。

高知駅を通過して改めて感じたのは、高知市圏の広さ。
外部から人口が流入するような事柄は私の知る範囲では無いし
今回見た博物館などの歴史資料などにも記載されていなかったはず。
その認識が正しいとすると、自然増で貧乏地方からあの姿になったのだと。

高知市を通過する前だったか後だったか忘れたが、前の方に座っていた女性が
車内が混んでいることに気付き隣に置いていた荷物を上の棚に上げていた。
最初からそうしておけよと。
こう書くと女性差別だと言われるかもしれないが、
公共の場での手荷物取り扱いで良識を疑う場面を女性に多く目にする気がする。

大歩危小歩危を列車が行く。
地形が縦である。
普通は横なのだが。
河の水が綺麗に見える。
付近を歩くと気持ちよさそうに見えるが、おそらく一往復で疲労困憊するだろうと予想し
自家用車で来るところなのだろうと自分の中で結論づけた。

しばらくして、というか列車に乗ってから数時間経っているのだが
四国の北側に入ったのだろう平野部に出た。
丸い山が見えたりする。
ゆで卵を立てたような形をしていたりするのだ。
木が生えているので似ているのは形だけだが。

そこを過ぎた辺りだったか、変な感覚に襲われる。
「病んでいる」と。
前に広島市に入った時感じたのは「間違っている」だったが、
今度は「病んでいる」である。
とりあえず桜が見当たらないことにその理由を求めたが、降りるかどうか迷う。
付近に宿が見当たらない、次の列車が何時来るか判らない、お金が惜しい、
そして帰ってうだうだしたいなどの感情から、降りないこと選んだ。

列車が瀬戸内海を行く。
海の上である。
汚い。 周囲が汚らしい。
公害の時代は三十年前のもの、水はそれなりに綺麗だ。
おそらく空気も普段吸っている首都圏のものと大差ないだろう。
だが汚い。
リゾート地が目に入る。
工場地帯だったり山の斜面が削られていたり。
そこかしこに、金銭欲が見て取れる。

岡山駅に着く。
ネットでは大都会・岡山などと言われていたりする。
普通に栄えているように見えるのだが。
多分どこかでだれかが変な発言をし、おもしろがった人がそれを残したのだろう。

昼過ぎなのだが寒い。
ここら辺では桜はまだ咲いていない模様。
宿を探す。 週末なので早めに取っておくに限ると判断。
迷っても仕方がないのでここだという感覚があった看板を目指し、そこに取る。

しばし休憩し宿を出てブログ更新のためネット喫茶を探す。
道行く人に軽薄さを感じる。
メインストリートから裏に回り、繁華街をさまよう。
水色の空に浮かぶ月が白い。
カラオケボックスが多いように思える。 県民性だろうか?
いかがわしい店が並ぶ中を通り過ぎ、川沿いを歩く。
独身、旅行者という立場的にも年齢的にも本来ならいかがわしい店のメインターゲット
のはずなのだが利用する気は起きない。

ネット喫茶は見つからない。
代わりといってはなんだが鳥を見た。
水道管の上に佇むそれは、結構大きい。 鷺の仲間だろうか。
本来は白っぽいだろう羽根はくすんだ灰色。
微妙に導かれていない気がして足を止めて見つめる。
鳥がゆっくりと首を上げ、私から見て鳥の方を十二時とすると
八時くらいの方を向いた。
その方向の近くにネット喫茶らしき気配は無い。
しばらくすると今度は十時半くらいの方を向いた。
とりあえずそちらの方に歩いてみることにした。

大通りに出たので駅と反対の方向に進むことにした。
猫の写真が目に付いた。
少し通り過ぎ、迷い、入ってみることにした。
そこで夜食にいいかとカステラを買うことにした。
昔からやっているのだろう老職人が丁寧にカステラの幅を測り切り分ける。
紙に包み箱に入れ包装紙でくるむ。
人に歴史有りか。

金曜日、日没が近い。
諦めて宿に戻ろうと思ったところでネット喫茶を発見。
駅の近くにあった。
とりあえず入ってブログを簡易更新。
思い出すに鳥のいた水道管から見てだいたい八時の方向だったような気がする。

寒い。
宿に戻りテレビを見たり消したりを何回かして寝る。
で未明に目が覚める。
起きた後だろう、前の通りで車がクラクションを鳴らしているような音がする。
プップップップと細かく連続で。
人と待ち合わせをしているのだろう。
布団の中でボーとしていたが、思い当たることがありカーテンを開け窓の外を見る。
空気が冷たい。
目の前に、赤い月。

今回旅の途中に思ったことの一つに、人の綺麗さとは何かというものがあった。
所詮は人、汚れているものであり人の綺麗さ、心の清さとは錯覚なのではないかと。
だが普段見えない「街の病み」を今回見て取った理由に、山だの海だの川だのを
一日見ていたからということが挙げられるのではないかとも思ったわけだ。
つまり目ん玉と感性と、もう少し深いところまでが何らかの形で
洗濯された、そういうこともあったのではと。
赤い月の下、山の向こうに汚さとは、綺麗さとはの答えを見た。
でもそれは書かない。

さて問題だ。
人はどのようなことがあったときに立ち返るだろうか。
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足摺岬について

2010-03-29 15:32:22 | Weblog
見残した
ものの多さを
思うほど
生きる時間の
有り難さ知る

日本は豊かな国である。
断言しよう。 世界一豊かであると。
金があるから豊かなのだとすると産油国の方が豊かだろう。
物があるから豊かなのだとするとアメリカの中心あたりの方が豊かだろう。
つまりは文化だ。
六十年前は焼け野原だった。 それでも豊かだった。
地下資源はほとんどない。 それでも豊かだ。
では個人の幸せは文化の豊富さか。
多量に有ることが幸せなのか。

昔とある頑なな国で貴族の結婚があったそうな。 そこは今でも頑なだが。
花嫁の行列が崖の道を行くと向こうから別の花嫁の行列がやってきたと。
細い道で行列道士が擦れ違うのは無理。 一方が引き返さなければ通れない。
だが双方の行列の家はライバル関係にあった。
行列の責任者達が選んだのは、両家の花嫁に身投げさせることだった。
行く意味を無くした行列はそれぞれ引き返したと。

さて高知市から電車で西へと向かった先は日本最期の清流と呼ばれる四万十川、
その河口近くの駅。
そこの地域は文化が豊富か。
日本の日本的な水準で言うなら、無いに近い。
大ざっぱに都市部で百種と数えるところを十種か二十種。
自然は多くビルは低い。

駅前ロータリーからバスが出ている。
大阪行き高速バスの表示が目に付いたが、今は用無しと判断し記憶に留める。
駅前通りにコンビニがあった。
コンビニはスリーエフが多い印象。
足摺岬行きバスが来たのを見てコンビニに駆け込み、お茶を買った。
バスに乗った。 結構時間がかかるらしいが時は真昼。 凍える心配は無いだろうと。

四万十川を跨いでバスが行く。
車窓から見る自然は、自然だなあとしか言いようがない。
人類学者や植物学者には違いが見えるのだろうが私にはただの田舎。
天理教のバス停、エホバの証人の施設などを目にする。 悪者ではない。
途中に小学校だの中学校だのがあった。
やはり違いは見えず、全国規格の標準的なものに見えた。

だいたい真ん中ら辺で市街地と思しきところを通った。
スーパーなどの他に病院や療養所らしき所が目に付く。
ここが土佐清水市の中心だろうか。
土佐清水市は日本の市で東京から最も移動時間がかかるところなのだそうな。
知らなかったのだが結果的に金帰火来最長ルートを辿ったわけだ。

うねうねと曲がりくねった道をバスが行く。
単線である。 単車線と言うべきか。
対向車が来ると停まり、道幅の広いところで擦れ違い、軽くクラクションを鳴らす。
それが繰り返される。
乱暴な人、頑なな人が来たら交通渋滞になるだろう道を、軽快にバスが行く。
酔う。 胃がむかむかしてきて景色を楽しむ気分ではなくなってくる。

バスに乗ってから二時間くらいか、宿泊施設が目に付くようになって
しばらくしてから終点に到着。
やはり田舎である。
小さい頃慣れ親しんだ母方の実家近辺と差を感じない。
帰りのバスは五時過ぎ、二時間後。
時間が余りそうだと見たが、そうなったら目の前の食堂で何か食べようと考えた。

小さなお社の表示が目に付いた。
心願ナントカとか。
自分の願いはなんだろうと思いながら、これも行動だろうとそちらへ。
戻ると道に野良と思しき猫がいた。 ありがとうございます。

定かではないがたしか見晴台、ジョン万次郎像、行き止まり、別の出っ張り、灯台
の順に見たと記憶。 見晴台でしばし景色を楽しむ。
天気は曇りだったがそのせいか打ち寄せる波のおどろおどろしさが。
日は山の向こう側、東側の水平線に赤と紫が混じる。
西側は白と灰色、日没にはまだ遠い。

ジョン万次郎像を見る。
文章に読みふける。 立派な人だったらしい。
お遍路の巡礼地だからだろう、高齢者が多い。
巡礼と言ったところで中身は観光、態度の良さは感じず。
二十代三十代の若い人の方が平均してモラルが高い最近の日本の傾向がここにも。
こんなものか。
道路沿いに猫がいた。 さっきの猫のような、違うような。
後を付けると似たような模様の別の猫。 兄弟だろうか。
反対側にニャーとう声。 白い顔が見えた。
そのまま道路沿いに進み引き返す。
猫たちとのコミュニケーション障害を楽しむ。
楽しんでいたのは私だけだろうか、人は猫語を知らない。

奧へと向かう。
見慣れない植物が多い。
これはこれで面白い。
鳥の声に姿を探したり。
行き止まりで振り返ると若いだろう人による日本語が木に。
不機嫌なる。 何故こうなのだ。

戻る時にも鳥の声。
ホー、ホケキョッなど。
口笛で真似てみる。
何度か教授されるがホケキョの部分が上手く行かない。
ホー、ホ、ケキョ、なら出来るのだが。
そのまま別の出っ張りへ。
ホケキョの練習をしたりしなかったりで歩く。
お金を落とすと下まで落ちるという穴があったが、途中すぐ泥で埋まっていた。
落とした十円玉が穴の底に止まっている。
埋まっているのが見えてそれでも落としたのだから当たり前なのだが。
出っ張りから灯台が見える。
打ち寄せる波の形が変化する様を見て楽しむ。
しばし堪能し、灯台へ。

灯台の周りも植物が豊富な模様。
海に沿って散歩道になっていたようだがバスの時間が不安になり戻ることにした。

五時過ぎだったかバス停に戻る。
帰りの出発は五時半過ぎ。
時間が余ったが食堂は閉まっていた。
バスで来る時にお寺か神社、植物園があったので道路沿いに戻る方へ。
お寺に入り、境内を見て出る。 植物園へ向かう。
山の斜面に等高線状に道があり熱帯植物が植えられていた。
記憶にあるような無いような木々を見て歩いていると近くで烏が鳴いた。
結構歩いてきたことを考えるとそろそろらしい。
そこで引き返すことにした。
戻るとバスが来たので乗って出発を待つ。
靴に付いた泥や枯れ葉を持ち込んでしまったが
それくらいは問題ないだろうと甘えることにした。

バスは行きと同様に止まって擦れ違うを繰り返し進む。
暗くなってから途中で寝たので行きほど長くは感じなかった。
それでももうその日はバスに乗る気にはならなかったので
中村駅周辺で宿を取ることにした。

ホテルに入った。 部屋は寒い。
朝からカロリーを取っていないからだろう、熱量が足りない。
少しゴロゴロした後夕飯に出かけることにした。
駅近く、チェーン店っぽい飲み屋に入った。
兄弟からメールでカツオを撮れとの指示。
カツオのタタキとヤキトリギョウザとやらを追加で頼む。
鮮度の差だろうか、東京で食べるよりも全体が少しずつ美味しいように感じた。

コンビニでチーズケーキを買う。 他にお茶など。
昼に入った時に表示が目に付いていたので。
ホテルに戻り、食べて寝る。

翌日は未明に目が覚めた。
時計のデジタル表示にピンと来たのでテレビを点けた。
何をやっているか知らなかったが、NHKを見た。
満足し、たしかその後また寝た。

改めて起きる。
鳥の声がしたので窓を開けた。
寒いが良い天気。
ホテルでの朝食時、高校生くらいの頃父親と行ったアメリカ旅行を思い出した。
家族との距離はどうあるべきなのだろうか。
朝食後、一端部屋に戻り風呂に入った。
チェックアウトし近くの土産物屋へ。
幾つか買った後駅へ。
特急が岡山まで行くらしいのでそれに乗ることにした。
大阪行きのバスは朝の便が出た後。 まあバスの気分ではなかったが。
時間があるので駅周辺を散策することに。

後川とやらの土手に上がる。
風が強い。
普通の都会人なら雄大さを感じるかもしれない自然に緻密さを見て取り
想定する感性の違いに一人悦に入る。
結構矮小な考え方なのかもしれないが綺麗な物は綺麗だ。
ここで育った人達はこの景色が当たり前になるのだろうかなどと考えながら歩く。

ショッピングセンターに入る。
店構えや雰囲気は他の地域と同様に思えたが、売っていた洋服の色は地味。
ビデオ屋などを見て回ったが朝食を食べ過ぎたせいか腹が緩くなりトイレに。
そのまま出で散策を継続。

裏手に急斜面があり小高くなった上に家などが建っていた。
近くに警告看板があり工事は知事の許可が必要云々。
そこにお寺があった。
石段を登るとしだれ桜が。
人が住み続ける理由とはこういうものなのだろう。

駅に戻るとちょうどいい時間、というか電車が来ていた。
終点なのでしばらくは止まったままなのだろうが気になり出す。
自動券売機を操作するが、近くの駅は出ても岡山の字が出てこない。
焦れながら窓口に並び直すと地元の人なのだろう、前の人が見て取って
順番を譲ってくれた。
親切に甘えて岡山までの切符を買い、会釈してホームへ。
特急はアンパンマン電車ではなかった。
少し安堵し、少し残念な感じがした。

今回の旅行、あちこちで様々な桜を見て安心した。
仮に将来ソメイヨシノが無くなったとしても、
日本人はまた桜を植えるだろう。

鳴門海峡で衝突事故。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100328-OYT1T00197.htm

さて問題。
東京駅から土佐清水市まで公共交通機関で何分くらいかかるか。
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高知について

2010-03-28 15:34:49 | Weblog
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金帰火来と言う。
東京と地方の間を移動することである。

水曜日の早朝、家を出ようとした。
ジャケットかコートか迷い、高知はもうすでに暖かいだろうとジャケットを拾い
それに袖を通したところ裏返しになった。
過去にジャケットを裏返しに着た記憶は浮かばなかった。 シャツならよくやるが。
まず有り得ないので真冬用防寒コートで出かけることにした。
結論から言うと旅行中大半の時間、コートでも寒かった。
ありがとうございます。 助かりました。

経営危機中の日本航空に33700円ほど提供し、高知空港に到着。
周辺人口は出雲より多い印象。
日本と沖縄の中間のイメージを感じながらシャトルバスで高知市へ向かう。
ヤシの木だかシュロの木だかなどが目に付く。
空港の傍に大学の農学部がありヒツジらしき動物が。

高知駅に到着。
四国の山と海とを想像していたのだがえらく栄えている。
駅にパン屋。いいにおいがしたので入るとカレーパンマンパンが目に付く。
取ろうとして思い直し帽子パンとやらを取る。

小雨降る中で駅の南東方面を散策。 ホテルが多い印象。
走っている車がやたらと白い。 ぱっと見だと七割以上か。
保守的な人は新車を買う時白い車を選ぶらしい。
日本では白い車を好む人が多く中古に売る場合有利だからだとか。
財産物の転売価格を気にするのは世界共通なのだろう日本では自己責任が徹底。
電器屋が広い。 車社会なのだろう駅前の土地利用は緩やか。

駅前、路面電車の線路を越えて高知城へ向かう。
途中にパチンコ屋があり。 隣のテンプラ屋に入ろうかと考えたところ
近くに公明党のポスターが。 入るのを止める。
道路沿いの小川を大きなコイが泳いでいた。
雨の所為だろう水は普段より濁っているように思われた。
ペットショップの軒でモモンガと思しき動物がケージの中を延々縦に回っていた。
ストレスだろう。

高知城の下に着く。
桜が咲いている。
散り始め。
傘が手放せない空模様だが、雨に桜というのもまた良いかもと。
石段を登る。 広場に桜が多数。 見下ろす町並みもまた。 石段を登る。 石段を登る。
途中黄色い花が咲いていた。 石段を登る。 トイレの臭いがした。 石段を登る。
膝がクスクス言い出した頃に天守閣の入場口に着く。
ここも広場で桜が。 人が少ないせいかやや寂しげに見えた。

有料区画に入るところで靴を脱ぎ、天守閣に登る。
ここからまた階段。 お城の歴史などが展示されていた。
階段、階段。 登っていく。 曇ってはいたが高知市が一望出来る。
降りる時は段差が大きく急な上に狭くて結構危うい。 カバンを脇に一段一段下がる。
産業や歴史文化の展示あり。
戦国時代、江戸時代、明治維新とバランス良く展示されている印象。
江戸時代まで基本的には貧乏地方だったらしい。

ホテルを探して商店街をさまよう。
人気トップは坂本龍馬氏か。
悪い点は目立たず。 多くの人に良識有りといった感。
シャッターは降りている店は少数。
文化財産が良い方に機能しているよう。
遅い昼食に天丼とソバを食べた。
落ち着いた良い感じの料理。
年配の人達が無理なく働いているかに見えた。
大通りに出る辺りで宝石サンゴの装飾品を売っていた。

交差点付近で適当にホテルに入り部屋を取る。
ネットを更新しなければという思いと睡魔とが戦い、結果一眠り。
日没後起きてテレビを見る。 南米の長老が文化を守るべしと言っていた。
昼買ったパンを食べる。 帽子パン高評価。
ホテルのパソコンで後ががら空きなのに不安を感じながら、ブログを簡易更新。
夜の散歩に出かける。

お城の方に行くと高知県庁に出た。 夜の九時半。
まだ多くの部屋に灯が点いているというか、ぴかぴかだ。
近づくと一人、また一人と残業人が出てくる。
とりあえず税金泥棒では無い模様、地方公務員の印象アップ。
自転車通勤が多いようだ。
一階の見えるところを覗くとまっぴかりの部屋に仕事中が一人。
真面目一割、普通五割といったところかと想像。
かつての自分の勤務態度を思い出し、それを忘却に沈める。
裏に回って少々ゴミを漁り、ホテルに戻ることにした。
焼鳥屋に寄る。 卵焼き定食を頼んだがやたらと美味で驚く。

朝、風呂に入りホテルを出ることにした。
エレベーターで下りる時もっさりした動きのデブが乗ってきた。
デブといってもアメリカではなく日本のそれ、エレベーターが落ちる心配はない。
チェックアウトの手続きをし朝食に向かうと彼もそちらへ。
バイキング形式の朝食で、前をふさがれる形に。
周りを見ない、先を読まない行動にいらつく。
顔が見えた。 中年より上、老人の手前といった感じ。
周りが見えている人の行動は動きが遅くても周囲がいらつくことは少ないだろうと考え、
ネタを提供してくれたことに感謝。

ホテルを出て南、海の方へ行くことにした。
路面電車に乗る。
終点まで行きそこから歩き。
漁業取り締まり云々の所が目に付き、少し迷った後話を聞いてみることにした。
「港はどの辺で?」
「この辺りが港」
「ワシントン条約ってどうよ?」
「ニュースで見た気がするけどだれも危機感とか持ってない」
採れる物は国内向けで乱獲という状況でもなし、平和な雰囲気らしい。
地中海のことは地中海でやれ。

自由民権記念館とやらに行ったらまだ開場前、となりの警察署に行ってみる。
警察署というのはどこもボロいらしい。
ジミンガーとかシミンガーとかの税金ケバと距離があるのだろう、
見栄えの人が警察に行くのは御用の時だけか。
入り口でしばし不審者になり、意を決して話しかけてみる。
「治安はどうで?」
「普通」
「麻薬は?」
「とくに無し」
「事故は?」
「時々」
「他のところは?」
「多分同じ」
実際のやり取りはここまで適当ではなかったが、平和な模様。

辺りをぐるっと回った。
コンクリート会社の敷地から出ている水が濁っていが
重金属毒などは含まれていなさそう。
戻って民権云々を見て回る。
革命政府と不満派。 よくある構図か。
書かれた理想の高さに現実を無視する人達の臭いを感じた。
白、赤、緑。
旗は違えどウンコは茶色。

高知駅で特急券を買う。
やってきたのはアンパンマン電車で、それに乗った。
失敗した。
アンパンマン電車に乗ったことが失敗なのではない。
アンパンマンという符号を持っていなかった、あらかじめ拾っておかなかった結果、
驚きに対して喜びが小さかったのだ。
喜びが大きかったり小さかったりするのである。
ここで人生を楽しむコツを改めて認識したのでそれを書いている。
金が欲しくて日本を目指す労働移民に「来るな」というのはそういうことである。
百花繚乱日本文化に興味を持たない人が日本に居座ってもそこには貧しさしかない。
独裁者の肖像画を崇める人達に「嫌なら帰れ」というのはそういうことである。
彼等は自分たちの喜びの芽を枯らし、そこに苦しみの種を植え直している。

今回は私が貧しかったわけなのだが、貧しいなら貧しいなりに楽しみようはある
ということでオタク力を喚起し絵の傾向の観察、それを見る子供の喜びの仮想構築、
バイキンマンの存在についての考察などをして楽しんだ。

西へ向かった。 松山までは行かなかったが。
二時間くらい揺られて着いたのは中村駅。

出雲で電車が引退だそうな。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090128-945707/news/20100328-OYT1T00287.htm
なんとなく見覚えがある。
見たのが実物か模型か記憶があやふやだが。

さて問題。
金帰火来するのはどの職業の人達だろう。
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引き続き旅行中

2010-03-26 17:55:49 | Weblog
現在岡山にいたりします。

子供手当法が成立したとか。
そのまま子供にとっての「親に感謝しなくてよい理由」になりそうな。

ゴルフのタイガー・ウッズ氏が復帰するのだとか。
私は暴力や窃盗、麻薬はともかく不倫を大人の応援者に対する裏切りには分類していない。
子供の応援者についてはまた別だが。
とりあえず家族に説明できたのなら一区切りということなのだろう。
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旅行中

2010-03-24 21:09:59 | Weblog
高知県に来ていたりする。
先週末に思いついた時は昨日来るつもりだったのだが
昼眠かったので一日伸びてしまった。

直接的な理由としてはカツオだったりサンゴだったり。
経験や予備知識があるわけではないので来てすぐ
結論が出ると期待していたわけではなく
現時点では普通にみやげ物、特産品として売ってるなあくらい。

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本屋について

2010-03-23 22:17:33 | Weblog
曇り空
星見えぬ夜
降る雨に
まばらに濡れる
服の冷たさ

近所の斜面に竹が生えているところがありまして、そこから一本駐車場越しに
道路に傾いて生えている竹があったんです。 角度が多分20度位。
対応を頼むなら市役所だろう、すぐには倒れないだろうから平日の昼にでも電話しよう、
と思っていたのですが先日の朝見たら無くなってました。
風の強い日に倒れたのだとしたら私は通報し損なったということになります。
万が一倒れて人に当たったとしても軽くて葉っぱの付いた先の方、
怪我をすることもないだろうと見ていたのですが民間人による危機管理という点で
私は行動出来ていなかった。

オバマ氏、不支持が逆転。
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN201003230010.html
経済政策についてアメリカ国民に聞きたいのですが
昨年あたり、新たに戦争を始めた方が良かったと思ってます?

トヨタ車、データレコーダは機能していたらしい。
http://www.cnn.co.jp/business/CNN201003230021.html
運転者の踏み間違いが濃厚と。

さて本屋について。
本屋がピンチなのだそうだ。
この十年で私の知る限り近所の本屋が四軒ほど無くなっている。
その内の一軒は漫画中心の品揃えの、比較的新しい本屋だったが。
残っているのは駅前それぞれの三軒と古本屋が三軒。
9,8,9,8,7,6と変化したのか、四割近く減ったことに。

何故減ったのか。
理由を四つと見る。
一つは不景気。
一つはインターネット。
一つはインターネット。
そしてもう一つはインターネット。

インターネットが三つもある。
内容はそれぞれ、文はネットで読める、本はネットで買える、
最期のは既存権威の捏造体質がネットから暴露された。
ネットで買えることについては本屋の営業形態が変わっただけと見ることも出来る。
それを言うのならネットで読めるも紙からモニターに変わっただけだし
捏造体質についても本とは無関係な付加価値が消えただけだと。

紙束は新しい環境の需要に対応出来ていない。
でも人が文章を読むという構図は変わっていない。
書く人が居て読む人が居る。
古い本屋と新しい本屋。
お店を取り巻く状況が変わっただけ。

んでだ。
古い本屋は何時までメジャーの地位にいるべきか。
これの答えの考え方は簡単なわけだ。
本屋が転職に必要な期間はどのくらいかと。
転職転業の問題なのだから一般的な商業ローンの返済期間くらいか、
あるいは次の好況までの間か。

品揃えの良い大型書店や一部特化の専門店を除きあらかた消える。
保護政策はどうあるべきか。
情報を残したいのなら電子化するべきだろう、本を残したいのなら僻地、
乾燥した涼しい地域に倉庫でも作って放り込めばいい。
本屋の保護はどうあるべきかだが私なら本を買いましょうと宣伝するくらい、
それ以上のことはしない方が良いと見るが。

さて問題。
日本のコンビニエンスストアで売っている物、
提供されているサービスを十挙げよ。
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中東和平について

2010-03-22 23:55:44 | Weblog
梅の枝
緑頭の
囀りに
鳥を調べる
春の訪れ

イスラエル、米と協議を同意とか。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100321-OYT1T00867.htm

さて第二次世界大戦後に欧州を出たユダヤ人が作ったのがイスラエルという国。
そこに元々住んでいたアラブ人が今日パレスチナ人と呼ばれていると。
パレスチナに国を造るという話はオスマントルコ時代からあったらしいので
全く新しい話というわけではなさそうだと。

今現在そこにはイスラエルという国と、国としての要件はだいたいそろっているだろう
パレスチナという国と、ガザという地区があると。
それらを分ける国境は三つあり、停戦ラインと呼ばれるものと
壁で区切られた実効支配線と、あとそれらとは別にエジプト、ヨルダン、シリア
などとの軍事勢力境界があるわけだ。

三つ目はパレスチナという国が存在しないが如く引かれた線であり
あまり意味がないのではと考えるかもしれないが、エルサレムで見た
お祭りで売っていた物、何か忘れたがTシャツだったような気がする、
に書かれていたイスラエルの国土はこの勢力境界のものだった。

外部から見てそれは有り得ない。
だがイスラエル人の中にはそれは、当たり前にあると。
どうしたものだか。

医療改革法案を米下院可決。
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN201003220005.html

さて問題。
本能寺の変のすぐ後に起きた欧州の事件を書くべし。
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煽動される人について

2010-03-21 21:22:04 | Weblog
花一つ
ただ一度咲き
一度散る
似ていて違う
来年の花

クロマグロ禁輸阻止の話だが、それを喜んでいる日本人の多くは
長期間クロマグロを食べておらず、これから食べる予定も特に無い人達である。
彼等はその事実を認識出来ずにいるのではなく、認識した上で喜んでいる。
守るとはそういうこと。

夕飯に出たら空が群青に混じり、月が綺麗だった。
今日の日本は風の強い日で悲喜交々だった模様。

さて、煽動される人について。
人は煽動される。
日本で最も煽動的な組織はどこかと問われればTBSだろうと答える。
煽動力が強く、煽動傾向が顕著で、全国規模でそれを行っている組織。
何故TBSを見る人が居るのか、居たのかと言う方が正確かもしれない、
なのだがおそらくそれは、煽動されたかったからではないかと。

群れたがる人達がいる。
群で居ると安心する。
そういう人達。
彼等が最も安心するのは群で動いている時であり、彼等にとって
それが一番判りやすい状態は煽動されている時なのではと。
彼等が求めているのは安全でも安定でもなく、群れている安心さなのだと。

煽る人が居る。
そこに利益があるから。
煽られる人が居る。
そこに安心があるから。
ビジネスチャンスと愚民化と言い換えてもいいかも知れない。
結果はレミングのそれと同じ、旅が長かったり短かったりはするだろうが。

TBSなどは煽る人に怒る。
煽る人が多様なほど自分たちが煽動する利益が脅かされるからだろう。
彼等を打つのはそれはそれで正しいとみる。
だが煽られたがる人達がいる限りはまた同じ事が起きる。
どうすれば煽られたがる人達を減らすことが出来るか。
簡単だ。
破綻を見せればいい。
扇動者が悪かった、特定の条件でそうなったのではなく、群れること、
群れることに安心を求めることそのものが破滅に到る条件なのだと知ればいい。
安心と感じることが安全と同じではないことを知れば疑問を持つようになる。
よほどの馬鹿でない限りは。

だがここで問題が生じる。
現状煽っている人は煽られる人達が多いほど利益が大きくなる。
現状煽られている人達は煽られる人達が多いほど安心が大きくなる。
彼等にとって煽られやすい人の減少は苦痛である。

さてどうするか。
どうもしない。 どうもこうもない。
やることに変わりなし、彼等がそれを苦痛とするならそれはそれで構わない。

派遣法改正案だそうな。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100321-OYT1T00032.htm
自分たちの届くところに線を引き、そこにぶら下がる。
短期的に自分たちの地位は上がり、その周囲は硬直する。
長期的には全体が沈下する。
サヨクはこれを絶賛しているのだろう、それが私の答えだ。

氷河に火山、アイスランド。
http://www.cnn.co.jp/science/CNN201003210012.html

さて問題。
日本はいよいよ桜の季節。
地域で一斉に咲き、そして散るという現象が南から西から順に起きていくわけです。
一番多く見られる桜の品種はなんというものでしょうか。
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犯罪資金供給の更生措置について

2010-03-20 23:30:55 | Weblog
利する者
手を汚さずに
眺め見て
拍手喝采
また次探す

マグロ禁輸云々に日本が湧いております。
これで欧米環境利権者達との対立が強まるわけでして
彼等が動くとすると「選ばない」という選択肢は無くなるわけです。
禁輸は元々乱暴すぎ、オレ様ルーラーとの思い上がりを持った人達の
ヒステリーの類でしょうそれが今回は破綻した。
ですがそれとは別にマグロの消費量を減らした方が良いだろうことも事実。
そこに手を打てたら仕事をしていると評価しますよ。

さて犯罪資金供給の更生措置について。
犯罪組織に資金を提供する。
人員や政治影響力、恫喝、宣伝や隠れ蓑、正常化勢力の足引っ張りなどなど
資金に限った話ではないのだが、とりあえずは資金と書く方が判りやすいと。

犯罪組織が資金を得る。
そういう状況を作る。
世の中これをやっている人達がいるわけだ。
なんでそういうことをするのかというと怨恨文化という方針からとか、
利権上都合が良いとか、その方が面白いからとか色々。
混じりっけ無しの悪と言っても良いのだが、これが処罰の対象にならない。
たまたま近くにいただけですで終わってしまう。
誰かが「彼等がそうだ」と指摘して初めて彼等は不利益を被る。
それでも刑務所に行くことにはならない。

刑務所に行かないのだから刑務所以外の場所での更生となる。 更生するならば。
大ざっぱに構図を見る。
まず犯罪組織がある。
そして資金収集機構がある。
で末端の資金提供者がいると。
ここで言う悪とは資金収集機構だ。

犯罪資金収集機構が更生した状態とはどういったものか。
犯罪組織に資金を供給せず、自分からは犯罪に近寄らなくなることだ。
騙したり脅したりしてまともに生きている人達から金を集め、
世の中を悪くする人達に渡すのが彼等のライフスタイル。
では更生とはどうあるべきか。
やっていることをを暴露し、状況を正常化し、彼等を追跡し続ければいいとなる。
彼等の行動が明るみに出続ければ彼等はその本性から犯罪者の側に落ちるか、
あるいは有り様を改めるかのいずれかを選ばざるを得なくなるわけだ。

犯罪者となり刑務所に行った資金収集機構が刑務所から出てきた時に
その趣向が改まっているかは謎だが、刑務所ではそれは微罪として扱われるだろう
よって多くの場合そうなってはいないはず。

犯罪組織が犯罪組織であることを知っていて、それを利する。
それを実行する精神状態がそうでなくなればいいのだ。
他におもしろいことでもあれば良いのだろうか?
刑務所の囚人に芸術創作活動でも進めてみるのがいいのか?

さて問題。
犬を食べることを悪とする人達がいる。
彼等が述べるそれを悪とする理由にはどの様なものがあるだろうか。
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