狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

人を轢いたボンボンが無罪放免されることについて

2010-07-31 21:06:58 | Weblog
アクセルの
先の良心
知恵なのか
経験なのか
格子の先に

ステーキ皿に顔を突っ込んでもモラルには反さないと書いた。
書いたのでやってみた。 いわゆる犬食い。 近所のファミレスで。
不慣れなせいだろう食べにくい。
というか鉄板に気をつけないと火傷する。
テーブルを汚さず食いちぎるのは無理そうなのでナイフで切り分ける。
犬食いの方が微妙に味が上のような気がしたが、
結局半分くらいはフォークで食べた。

どっかの大金持ちで権力者とも仲良くなっているオオモノの、
息子だか娘だかが勝手気ままに街で高級車を乗り回す。
当然の結果として交通事故が起きて人が死ぬと。
遺族は怒るんだけど警察も買収されている(されないと後が怖いから)、
裁判官も買収されている(されないと後が怖いから)、まともな目撃者も
出てこない(下手に出ると消されるから)nで、なんだかんだで無罪、
弁護士大勝利。
その殺人者は引き続き殺人運転を続けると。

こうした話を聞くとまともな国の人は「うちの国でもあるだろうな」
と考えてうんざりし、まともじゃない国の人は「うちの国の事だろう」
と考えるわけだが、だからといってそれぞれがそれぞれで何かを
しようとするわけでもなく、ただ諦める。

ある人はお金をもらって嘘をつき、
またある人は脅されているから仕方が無いと言ってお金を取る。
ある人はお金が無いから我儘が通らないのだと嘆いて持つ人を妬み、
またある人はそんな世の中だからと言って
ただ金だけを求めることを良しとする。
ある人は多く持つ人が多く稼ぐことそのものを崇め、
またある人は着飾った自分を想像しそれこそが偉いのだと思い込む。

お金が偉いわけだ。
何故お金を欲しがるのか。
何故権力者になりたがるのか。
そうなることで我儘が通るから。
今通っている我儘を、この先ずーっと通し続けたい。
だからお金。 お金が必要。
そうした中での究極の我儘が、殺人無罪。

こう考えてみよう。
むやみやたらとお金を欲しがる人がまれな社会なら?
そうした社会なら収入の大小は単なる役割の違いでしかない。
ある人は大きい数字を扱いある人は必要最小限の額を扱う。
それぞれ人の手をお金が右から左へと流れていく。
有能で有益な事をする人に多く、馬鹿なことしかしない人に少なく。
それだけの事と。

どっちの社会を選ぶのか。
どっちの社会で死にたいか。
決まったら手近な雑誌を取るでもテレビをつけるでもしてみよう。
少し探せばきらびやかな服を着た金持ちが出てくるはずだ。
考えてみよう。
彼らは本当に偉いのか。

さて問題。
目の前で交通事故が起きたとする。
あなたはどうする。
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