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あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

日本の自称インテリについて

2010-08-02 18:43:20 | Weblog
苛立ちの
原因探り
思いつき
ぐるぐるまわり
元の木阿弥

中国に行くとペットボトルのお茶に砂糖が入っている。
紅茶には日本でも定番だが緑茶にも砂糖、ウーロン茶にも砂糖。

ネットを見ているとアムステルダム駅周辺とオランダ全体を
ごっちゃにしている人が多いように思える。
飾り窓が国中に広がっていて老若男女大麻を吸っていている。
そして国民がそれに満足しているのだと。

最近の若い日本人は日韓併合をどう見ているのか。
破綻企業の吸収合併である。
創氏改名なども破綻企業系社員の多くが吸収側企業と
同じデザインの名刺を使わせてくれとの要望を出してきた、
そういった解釈が主流。
今日の歴史問題云々もその解釈だと都合が悪い人たちが居る、
ただそれだけのことなのだと。

さて日本の自称インテリについて。
日本のインテリは、もっぱら自称である。
というのもこの国、象徴者と技能者、あとは市井の賢人とで
すべてが回るように出来ている。
線路の無い町の電車、田んぼの中のモーターボート、
そういった存在でしかない。

市井の賢人はインテリではないのか、と聞かれれば
彼らは単なる労働者でしかないのだが経験が伴う分だけ
自称インテリたちよりも的確な判断を下す、と答える。
上級官僚たちはどうか。
インテリに分類することも可能だろうが、
彼らが社会に求められているのは事務官としての技能であり、
もっぱら彼らが誇るのも事務技能である。
科学者はどうか。
彼らに求められているのは知恵者としての役割ではなく
教育者としての行動だったりする。
だからすべての大学が大学関係者以外の人たちから文系三流とされ、
大学関係者たちも文系三流いやそれ以下だと言い合う状況で、
誰も困らなかった。

逆に考えてみよう。
何故欧米や中国ではインテリがもてはやされているのか。
国民が馬鹿だからだろうと言われている。
国民が馬鹿で政治家もそこから選ばれることが多く、
だから知恵者が知恵者として君臨することが必要なのだと。

さて問題だ。
必要とされない日本のインテリたちが
やりそうなことを三つ挙げよ。
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