狸喰うモノ牛愛でるモノ

あー。 なんでこんな偉そうな事書いてるんだろうなー。

不敬罪周辺事情

2017-06-10 22:04:07 | Weblog
タイの不敬罪、禁固35年とか
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017060901019&g=int

私は不敬罪という法律自体不要、という意見に頷く側ではある。 ただ一方で、いわゆるヘイトスピーチの表現方法に、象徴を狙う、というのもあるわけだ。 例えばだ、マーティン・ルーサー・キングJr氏、あるいはマルコムX氏を対象とした侮蔑を含む表現の自由の行使はアメリカ黒人社会、ブラック・ムスリム社会に対するヘイトスピーチたり得る。 「気に入らないから犯罪行為」とするのではなく、民族もしくは宗教集団を狙い撃ちした攻撃表現、というのがその趣旨であるならば。

WotとYoutuberのネタが少々消化不良気味に感じている。 書きたいのが本音だが今回は、部分的に関連したネタ。

権利云々とか表現の自由とかと秩序、社会に対する攻撃の問題だわな。 こうした事柄について書いた方が良い、つまり
・不敬罪
・誹謗中傷・名誉棄損行動
・社会への攻撃扇動
・ヘイトスピーチ

これらを切り分け、何が何に該当するかを明文化した方がいい、と見るわけだ。

んー。 一応疑問を挙げておこう。 言葉による個人ないし社会に対する攻撃って、成立してんの?って。
現状各国の法律でそう扱われているしまあ実際そうなんだろう。 んで「個人に対する攻撃だ」とされる状況、二通りに見ると。
1. 言われた当人が不快とする
2. その発言を受けて周囲が言われた対象を攻撃する

1の方はその場の感情が基準だわな。 「君はバナナのようだ」と言われたとしよう、これがゴリラチンパンジーに好かれる、という意味なのか肌の黄色さを指しているのか、あるいは厚い外側の中に実質が詰まっている事を表そうとしたのかしたのかは発言者の意図によるだろうし、「なんとなく言ってみただけ」とか、あるいは「誰かの真似してみただけで意味とか考えてなかった」などもあるだろう。 こちらの方は発言した側、された側の認識次第で「攻撃した」「攻撃された」が「しなかった」「されなかった」に置き換わる。
2の方は、実際には攻撃するのは発言者ではなく発言を聞いた周囲の人間だ。 AがBを「泥棒だ」と言いCがBを殴ったとしよう、直接攻撃したのはCである。 ではAが「火事だ」と言ったのを受けてCがBを殴った場合はどうか。 一応文言上は、Aの発言にBへの攻撃を促すものは無い。 だがBが放火の前科者だった場合はどうだろう。

不敬罪。
「その社会で敬意を受けてしかるべき人」というのが法律で決まっているパターンだわな。 アメリカ人あたりは「理解できない」と言いそうな気がするが、彼らの社会にも軍隊はあって、そこでは「兵隊は将軍に敬礼しなければならない」と決まっているわけだ。 「軍隊は別だ」とか返ってきそうだがじゃあ「社会の秩序はどう維持されているの?」という質問の答えの、一つは「軍隊によって」なんだな、アメリカの中で軍隊を嫌っている人たちでもだいたいそうだろう。 じゃあ社会の秩序を維持する人たちには「敬意を受ける人」が定められてしかるべきなのか、という問いにはしぶしぶ「Yes」と答えるのではと推測すると。
もう一つある。 法廷侮辱罪だ。 これも不敬罪の一種。 裁判官か、それに類する人に対して一応、敬意ある態度を取らないと罪に問われる。 こう書くと「犯罪者は別だ」とかと言われそうだが法廷に立たされている時点では推定無罪の一般人である。 「裁判官は選ばれし人だ」とか言われるだろうか。 じゃあお前選んだ記憶あるの? 私は無いよ。 一応日本には「最高裁なんとか」とかの、国政選挙の際の儀式があるけどそれも既になった後だ。 なった経緯は就職先に司法社会を選んだ人がエスカレーターを上がっていったってだけと。
不敬罪自体はあちこちの社会一般にある。 適用された際に不当と意識するかどうかで当人にとって問題視するべき事柄かどうかが決まる。 考えてみよう、そうした取り決めを一切無くしてみたらどうなるかと。 取りあえず、言葉の通りの悪いウルサイ社会になるだろうな。 また、兵隊もしくは警察に対する一般人の「こうあるべし」という態度もその場の気分と雰囲気で決まるようになるだろう。

誹謗中傷・名誉棄損。
誹謗中傷の方は一般には客観性を伴わないもの、名誉棄損の方は状況に応じた地位を下げるもの、だろうか。
社会的地位に関係なく虚偽の内容の発言でもって攻撃するのが誹謗中傷、虚偽か事実か関係なく対象の社会的地位を下げる攻撃的発言が名誉棄損。 つまり虚偽であり対象の地位を下げようとする発言は誹謗中傷かつ名誉棄損、事実であり地位が下がらないならば誹謗中傷でも名誉棄損でもない、となる。 内容は社会によってまちまちだったりするが、ゆるやかに国際法、商人たちのお金のやり取りである、で繋がっていると。 じゃあ攻撃的発言ってどんなだ、って言うと「嫌な気分にさせる事が目的の」か「他人に攻撃させる事を目的とした」となるんだな。

社会への攻撃扇動。
イギリスの偉いさんがなんでも「テロ思想がうんたらでインターネットを規制する」とかなんとか言ったとか。 馬鹿だねもとい、上手くいくといいね、とでもしておくか。 
個人宅の壁に落書きをする事はその家への攻撃か、と聞かれたら、内容の如何によらずそうだ、と答える。 じゃあ内容が「この家の主は浮気者だ」ならばどうか。 家への攻撃かつ家主への攻撃だわな。 それが「よって罰するべし」と続いていたらどうか。 ここまできて攻撃扇動だ、となる。
テロ活動をするよう働きかけるのがテロ扇動だわな。 事の善悪を明確にしようとした結果イギリスが悪の国であると判明した、ならばテロ扇動ではない。 学術活動ないし宗教活動の一結果がそうなったってだけと。
テロ活動は一般に、人間を対象にした物理的な破壊活動である。 最近だと「電子テロ」なんてのもあるのかな。 「電子的な構造物も社会インフラだ」という発想で攻撃側と防御側とを分けていると。 じゃあ社会への攻撃ってなんだ、って話になってくる。 私は「安眠妨害だ」とするのが一つの考え方なんじゃないかなとすると。 直接的な攻撃はたいがい安眠妨害になる一方で、経済活動による企業の淘汰や政治的な改革、意識改革提案なんかは直接的には安眠妨害にはならない。  状況次第で安眠妨害になる行為としては飯画像や猥談のupなどがある。 こういうのはどうなのか、というと「食うなりヌくなりしてさっさと寝ろ」が答えなのだろう、たぶん。

ヘイトスピーチ。
これはね、なんとも。 一応「こういう文言が人種差別です」「不快にさせる直接攻撃発言です」という定義をする事は可能。 適当に少し決めて、後はそんなに運用せずあきらめるのがいいんじゃないかな、と思うわけで。 不毛でしょ。

社会の安定、発言内容、権威。 この辺が焦点。
保守派が主張する「象徴者の尊重」の中身は「人が互いに尊重しあい共通理念が何なのかはっきりしない、だから体現者の名で認識を共有しよう」というもので、背景には「人が平和に暮らすにはガソリンでも札束でもコンクリートでもない何かが必要」という認識があると。 これに対するリベラル派の「ヘイトスピーチ論」は、「保守派の言う安全だの社会の安定だのは気に入らない、俺たちがそれを決めるのだから俺たちの権威を尊重しろ、これを強制する」というもの。 実際、「気に入らない」が原点で「俺たちが正しい」が主張、で定義不明感傷基準の法秩序ならざる法判断を「強制」すると。
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