騙すクズ以上に騙される馬鹿を嫌っている

2017-06-18 17:49:07 | Weblog
前に、「先生に知らせなきゃ」と「先生に言いつけてやる」には違いがあって、前者は善意によるものだが後者は子供同士の闘争に権力者を利用しようとするものだ、と書いた。
先生、学校教師の権威というものは学年が上がるにつれ下がっていく。 経験も見識も無い年ごろの子らの集団の中では絶対的なものだが、判断力を持つ子が出てくる年ごろ、中学に上がる前後だろうか、あたりから無いものとなっていく。 だがそれまでに「先生に言いつけてやる」型の成功体験を持ってしまった子の一部は、思想家の権威を利用する、国連を担ぎ上げる、あるいはもっと直接的に、愚民を騙せばいい、といった方向に進むようになる。

騙すクズが居る。 定番フレーズは、「あいつらが悪者だ」である。
まるっきり悪魔のような何かだとでも思えばいい、ただし、見た目は天使のよう。
考えず、不満を持った人間は彼らをちやほやする。

騙すクズが必要とされる状況というのは言い換えると、クズにも働き場がある状況である、となる。
これに勝てないで居る。
馬鹿共が貶めを求める、結果クズ共に役割が生じる。
「馬鹿共が手っ取り早い悪役を求めている現状」を変えたいと思っている。 嫌っている。 でも終わらせられない。

クズの役割か。 うん。 朝日新聞社員が失職して、東ス〇だの日刊ゲン〇イだのフライ〇ーだのを店頭販売する立場になればいい。 それだって役割は役割だ。 それで「ああ、自分たちはこういう連中を騙そうとしていたんだな」と気付くかというと、否だろう。 だが切っ掛けにはなる。 これまで彼らが興じてきた「労働者善人説」や一時期流行った「店長残酷物語」が事の一面のみを誇大吹聴したものだというのを目の当たりにする、というより、そのままその場に立たされる事となる。 その方が良かろう。
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