愛知の史跡めぐり

愛知県の史跡を巡り、その記録を掲載します。

津島神社(2) 津島市

2016年09月18日 13時00分50秒 | 津島市
天王川公園
津島神社のすぐそばに公園がありました。

「天王川公園」というそうです。しかし、どう見ても池でした。この写真の左側に堤防が残っていて、昔そこに川が流れていたようです。

津島湊
公園内の案内板では、「津島湊」について、以下のように説明をしていました。


津島湊
天王川の上流は萩原川・渕高川と呼ばれ、約500年前、この辺りは300メートルほどの広さの川幅であった。
 津島神社参詣の人々のために、天王橋(幅3間・長さ72間)が架けられ、その両岸には数千軒の町屋が並び、数千艘の出船入船で活気を呈した。津島湊はこの一帯で広さ約5~6ヘクタールに及ぶ当地方随一の湊町・門前町として頗る繁盛した。
 商都津島を支配した勝幡城の織田家は、信定、信秀と次第に勢力を広め、信長は天下布武をとなえ天下統一の基礎を築いた。
 信長は天王橋から津島天王祭を見物した。また、江戸時代になると、代々の殿様も見物に訪れて、たいへんなにぎわいであったという。
 天王川は、天明5年(1785)に水害防止のため、ここでしめ切られ、埋め立て地に町ができた。 津島市


天王川公園案内図

お旅所
公園に入ると、「天王川お旅所」という標識がありました。

天王川お旅所 標識の右側の囲いがそうです。

「お旅所」とは何なのか、調べましたところ、天王祭り(例年7月第4土曜日と翌日に行われるイベントをクライマックスとするお祭り)の際に、神様が安置される場所のようです。

中之島 ヨネ・ノグチ像
公園の中を歩いていきますと赤い橋が見え、その先が池の中島になっていました。

中之島

池にはスイレンが咲いていました。


そして、中之島にはヨネ・ノグチさんの銅像がありました。

ヨネ・ノグチとは、野口米次郎という人で津島市出身の詩人だそうです。

片岡春吉像
また、公園内には「片岡春吉翁像」というのもありました。

片岡春吉さんは、岐阜県で生まれた人ですが、明治時代に津島に毛織物を伝えた人だそうです。この像の台には羊の頭がありました。

濃尾大地震の碑
さらに公園内を散策しますと、「濃尾大地震記念碑」がありました。


案内板によれば、

明治24年10月28日、岐阜県揖斐郡根尾村を震源とする断層大地震は、稀にみる強大なもので、この地方にも未曽有の被害をもたらした。
 この碑は、明治25年10月この災害を記録建立したもので、碑表には、海東、海西2郡(津島を含む)における罹災の実情を、碑裏には、建碑資金の寄付者名が刻してある。 津島市


津島天王祭関連のもの
さて、公園の南側は天王川をせき止めた入り江になっていますが、そこに小さな島と骨組みだけの家のようなものがありました。

これは、何だろうと、後で調べたところ、7月に行われる天王祭で使われる屋台船の骨組みではないかと思われました。近くにはこの屋台を浮かべるための船が片づけてありました。

天王祭で使われる船

YOUTUBE等で津島天王祭の様子を見ると、とてもきれいで見てみたいと思いました。
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