みどりの野原

野原の便り

4月14日 家の庭 ライラック白 ヨメナ摘む

2017年04月14日 | Weblog

ライラック白が満開 ベランダからの方が良く見える。

ベランダの植木鉢に植えたヨメナ

万葉乙女になったつもりで・・若菜摘み。
今日はヨメナご飯。
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4月13日 甘樫丘周辺 展望台桜満開 センボンヤリ・ニオイタチツボスミレ

2017年04月13日 | Weblog
甘樫丘周辺をクラブ員の説明を聞きながら回った。
他の人の説明を聞くのは勉強になる。


甘樫丘展望台

 
      ソメイヨシノ満開          遠くに箸墓が見えた。

 
  ヤマザクラ 桜吹雪        コバノミツバツツジ

 
       クサイチゴ満開        センボンヤリ 植栽の場所で。


    ジロボウエンゴサク  

 
     ニオイタチツボスミレ         タチツボスミレ


     最寄り駅の桜 満開
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4月10日 森野旧薬園 カタクリ群生 ハナノキ バイモ見ごろ 大宇陀町並み 

2017年04月10日 | Weblog
前回、私の当番の時雨で、雨天決行にしていたので雨の中歩いた。
天気予報では今日午前中は雨の予報。
今日雨が降れば雨女のレッテルが貼られそう・・

曇ってはいたが降らず、一安心。

一番の目的の森野旧薬園へ。

『450年前より吉野葛の製造を始めた森野家。
若い頃より薬草木を愛好・研究していた11代当主森野道貞(通称 藤助)
それが幕府にも聞こえ、幕府採薬使上村佐平治と共に全国の山野から薬草を採取し、幕府に献上した。その報酬として幕府から貴重な中国産の薬草が下付され、江戸時代当時では唯一の私園として森野薬園を開設した。』パンフより抜粋

カタクリやハナノキの見ごろを狙っての年間計画だったが、ばっちり当たった。

  
     イロハカエデの大木         ショウジョウバカマ

 
バイモ(アミガサユリ)も見ごろ。       右)アマナはピークは過ぎている。

そして期待のカタクリは・・
 
何回も来ているが、こんな群生に出会ったことはないぐらい、見事なカタクリの群生。

 
天然記念物のハナノキも上の方から見ると真っ赤。ちょうど花盛りだった。
                     右)落ちていたハナノキの花(雄花) 

 
クサボケ 草に埋もれるように花が付いていた。
             右)名札は付いていなかったが、カラクサケマンと思う。
家にあるニセカラクサケマンより花色が濃く、葉の切れ込みも細かい。


薬草畑のある山からの下り、カテンソウの花盛り。
花粉が飛び出すのをじっと目を凝らして・・「あっ飛んだ」私は見えなかった・・
カタクリの群生とハナノキを見れて大満足。

午後からは町並み散歩。
古くから交通の要衝として栄えた大宇陀。城下町としても繁栄していた名残を残す町並みが見られ、「登録古民家」の看板のあがった家が並ぶ。

 
     吉野葛 黒川本家          いせ弥 奈良漬

 
犬矢来もあちこち見られる。軒下の防護柵として泥棒除け。境界を示す。又犬の放尿防止などの目的もあるらしい。
    右)町屋の前を流れる水路は「前川」といい、昔は道路の中央にあったらしい。きれいな水が滔々と流れている。

 
    下永家 大きい虫小窓がある。       松山西口関門
これは松山城の西門。黒塗り本瓦葺き。江戸時代の建築で国の史跡に指定されている。

松山城へも足を延ばしたかったところだが、時間不足で今日はあきらめた。
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4月9日 御所町 端駆橋 薬事研究センター 円照寺 吉祥草寺 ソメイヨシノ満開  

2017年04月09日 | Weblog
御所町を歩く。

ほぼ昔と同じところに復元されたという高札場
高札とは「お触れ」を板に書いて掲げ、皆に知らせるためのもの。
元庄屋だった中井家には今もここに掲げられた3枚の高札が残っているそうだ。


1枚には「ととう(徒党)良からぬことを企んで寄り集まる」「こうそ(強訴)徒党を組んで訴える」「てうさん(逃散)不当な課税に耐えきれずに他の土地に逃れる」などを禁じ、そんな者がいたら役所に知らせるように。などと書かれていた。

 
      鴨都波神社          ご神木 イチイガシ 

葛城山麓にある御所は葛城氏や鴨氏が 本拠地としていたところ。
鴨都波神社境内を中心として鍵・唐古に匹敵する弥生時代の遺跡が出たそうだ。
御所・葛城の豪族は天皇をしのぐ力をもつようになったが、いつ発生してどのように発展してきたのかよくわかっていないが、鴨都波神社周辺にはその1端をうかがわせる遺跡が点在しているとのこと。

今日一番のお気に入りは、葛城川に斜めに架かった「端駆橋(はなかけばし)」
 

昭和3年に完成した鉄筋コンクリート製のモダンなアーチ橋 
当時としては鉄筋コンクリート製は大変珍しく、橋の欄干には奈良の「奈」をデザインしたモチーフが並び、中央にはライオンの頭部が上流側・下流側に付いている。

豊年橋のそばのサイカチ古木

奈良県保護樹木になっているサイカチの大木。前に落ちた鞘を拾ったことがある。
豆の鞘は水の中で揉むと泡立ち石鹸のようになる。

薬事研究センター
春の公開期間中
薬草茶の試飲でセンブリ茶を試飲「苦っ」良薬口に苦し。
その後、甘いお茶(何だったか忘れた)もいただいたが苦みはしばらく口の中に残った。

薬草園を見学した。
奈良ゆかりの薬草が植えられたコーナーから見学。
ボタンやシャクヤクが花やつぼみを持っていた。
ボタンとシャクヤクの違いの説明の後「園芸用の牡丹は薬用にはなりません」といわれた。「大和当帰」は他の当帰の中でも1番品質がよいという。

 
アミガサユリ(バイモ) 鱗茎を乾燥したものが生薬となる。
                  右)掘りあげた鱗茎 初めて見た。

ヤブサンザシ・ミツガシワ・ニワウメなど開花中。アオキやトチュウやキハダ・・
その辺で見るようなものも植えてある。
野山の植物はみんな薬草になるんじゃないかと思うぐらいいろんな植物が植えてあるが、ムレスズメは「薬用にはならない」との説明版があった。

薬の料室で、聖武天皇が亡くなった後、光明皇后が天皇遺愛の品と共に東大寺廬舎那仏に献納したといわれる60種の生薬を記載した「種々薬帳」にある生薬を展示してあるのを見学。
動物性のもの。木の根や茎など植物性のもの。鉱物性のものまである。
どうやってそれらが体に良いことを見つけだしたのだろう。
毒性のものもあり、犠牲者も出たことだろう。用いる分量や組み合わせもむつかしそう。

その生薬の中に、
「紫鉱(シコウ)=ラックカイガラムシの出す樹液状物質」赤色の色素として使われるもの。「檳榔子(ビンロウジ)=ビンロウヤシの種子」噛みタバコの原料としても使われているもの。その他「コショウ」もあった。 何でも薬になるものだ。

古い街並みを通る。
御所町は葛城川から西側の西御所は城下町の町並み、東側の東御所は寺内町として発達した。

円照寺
浄土真宗本願寺派のお寺で、大和5か所御坊に数えられるお寺。

創建は天文15年といわれる。後年、寺名を円照寺と改称
町は円照寺を中心に寺内町が発達した。

  
江戸時代の改装され、2回目の平成の大修理の際、屋根に乗っていた大きい「獅子口」という瓦が降ろされて保存されていた。いくつかの瓦がつながれている。
      右)今本堂の屋根に乗っている「獅子口」降ろされたものより大きいそうだ。

「獅子口」とは初めて聞いた。
「獅子口」とは、本来は檜皮造りや杮葺きの屋根の「軒重し」と「装飾」を兼ねて作られたもので、後に瓦屋根にも使われるようになり、棟の端の「雨仕舞い」と「装飾」を兼ねているという。
『原点は「鴟尾(しび)」で、それが発達して「鬼瓦」や「鯱(しゃちほこ)」になった。
京都御所の重要な建物では「鬼瓦」ではなく「獅子口」が使われるようになった』(ネット)

元々「重し」の目的があったものなので「大きい」。鬼瓦は1枚の瓦でできているのに対し、獅子口は「数枚の瓦が組み合わさってできている」ことが特徴らしい。


瓦には「常門住人 瓦氏新兵衛」「柏原 谷井久兵衛」などの銘が刻まれていた。


境内には甘柿のルーツの「御所柿(ごしょがき)」が植えられていた。


1614年当時のままという門は、年に3回?の祭礼の時だけしか開かないそうだ。

吉祥草寺 
「役の行者の誕生所」と書かれていた。   右)ご神木 ムクノキ
役小角の創建と伝わる。本修験宗総本山 毎年1月14日に行われる「とんど」が有名。

御所町を回りながら今日はいっぱいお花見もした。

 
 
    葛城川の桜 満開 風に舞う桜吹雪が夢のようだった。
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4月8日 橿原神宮 「文華殿」見学  橿原神宮 飛鳥川の桜

2017年04月08日 | Weblog
近くを通っても隙間から覗き見るだけの橿原神宮「文華殿」。
今、公開されているので見学した。

「橿原神宮 文華殿」は元、織田家柳本藩邸の表向御殿

『天保7年(1836)~天保15年(1844)にかけて再建された屋形の一部。
明治時代には天理市の柳本小学校の校舎として使用されていた。
改築の計画に伴い、昭和42年(1967)に橿原神宮に移築奉納された。
1万石大名の遺構として珍しい存在で、S42年重要文化財に指定された。』


門を入ると受付があった。


砂が敷かれた庭にはきれいな箒目が立ち、立ち入るのをためらう。
促されて砂を踏んで建物玄関へ。

(内部の写真公開してよいか不明のため、写真掲載はしません)

まだ開場まもなくで、人はごく少ない。
重厚な感じで、いくつかの部屋が並ぶ。

加納周信(ちかのぶ)の春秋図 牡丹に孔雀 菊に鶏 の絵のかかった部屋
衣桁に布のかかった部屋

次は広間が続き、奥は下段・中段・上段と3つの間が続いた大書院といわれる間。
この上中下の3部屋は少しずつ床の高さを変えてある。
もちろん一番高い上段の間はお殿様の座所だ。

ここまでの黒漆塗り?のシンプルな欄間と違って大書院の欄間は極彩色。
唐草?に鳳凰?の図柄

ところで、明治時代には柳本小学校の校舎として使用されていたとのことだが、どういう風に使用されていたのかな?
使いやすいように改築はされていたんだろうが。

釘隠しにはいくつかの紋が使われ装飾になっている。

畳敷きの廊下、板の濡れ縁からは落ち着いた庭が見わたせた。
思っていたよりはお庭も広い。
庭は立ち入ることができず、縁側や玄関前から見るだけだった。
30分ほどで見学を終わる。

橿原神宮は4月7日から9日まで「春の神武祭」開催中。
今は静かだが、今日も午後からパレードなどがあるらしい。
夜もそれぞれイベントが行われる。


門や境内のあちこちに置かれた防水紙製の鳥は「八咫烏(やたがらす)」を表しているらしい。

 
深田池そばのソメイヨシノやヤマザクラも満開    ヒドリガモがたくさんいた。

境内を出て「若桜友苑」でも式典の準備がされていて、椅子が並んでいた。


桜やユキヤナギや花桃やレンギョウなどここも花盛り。


八木への途中の飛鳥川の桜 お花見満喫。
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4月7日 植藤造園の枝垂れ桜 桜守さんのお話 印空寺タラヨウ

2017年04月07日 | Weblog
京都上京区にある「植藤造園」の桜を見に行った。

遠い。京都駅からバスで50分かかる。家から2時間半ぐらいかかってちょっと疲れた。
場所不案内なのでどうしても早めに出てくることになる。
 
集合時間までの間、お向かいの印空寺のお庭散策。
花はまだ少ないが、たくさんの木が植えられていた。
メモしたものだけでも27・8種類の木が植わっていた。

 
中でも見事なタラヨウの大木(樹齢300年以上 樹高15m)京都市の保存樹。
双眼鏡で覗くとつぼみが見えた。雄雌 どちらだろう。

    シデコブシ

みなさん集合してお向かいの「植藤造園」へ。

ここは造園屋さんの敷地の桜畑のようで 一般に開放されていて桜はちょうど見ごろだった。お花見の客が三々五々入ってくる。

 
 
道路にもかぶさるように、園内にもいろんな桜が植えられ、枝垂桜が満開ですばらしい。
溜息が出るばかりで言葉がでない。うっとり・・
木の根元にはフキが植えられてフキノトウがたくさん伸びていた。

桜の庭をひとめぐりした後、「おられたらお話してくださる」と聞いていた、私でも名を知っている超有名な桜守「佐野藤右衛門氏」からお話を聞くことができた。

名前だけは存じているが、どんな方なのか知らず、「植藤造園」もどんなところなのか下調べもせずに参加していた。

帰って調べたところによると、「植藤造園」は江戸時代(天保)に創業し、代々御室御所(現仁和寺)に仕える植木植で、明治より造園業を営む。
「佐野藤右衛門」というのは植藤造園に代々継承される名前で、今お話を聞いているのは16代目の「佐野藤右衛門」さんだった。

桜も人間と一緒で3時ごろには疲れてくる。夜のライトアップでも疲れる、
雨上がりの朝の今は桜が一番きれいな時です。と言われた。

今も全国の山を桜を探して歩いているといわれ、最近の桜の状況について、このところ冬の寒さがなくなって亜熱帯化して来て、桜にとって大事な冬の営みができないままに春を迎えるため、つぼみの膨らみが悪く、花の量も少なくなってきている。この10年桜はだんだん悪くなっている。とおっしゃる。

道路の舗装・都市化で水は地下を流れるようになり、太陽光パネルによる気温の上昇。LED化で虫もよらなくなる・・など環境の変化が起こっている。

昔は桜やコブシなどを農作業の目安にしたが、人間生活は自然とかけ離れている。
今は人間に合わせて咲かせようとする。
花を見るだけの桜になって、ソメイヨシノばかり植える。虫や鳥も少なくなりヤマザクラの実付も悪い。

ソメイヨシノは「咲いていく速度が見える」ところはいいが、みんな同じ顔。ただ咲いている時だけ楽しむだけ。ソメイヨシノの植樹をやめていく方向にあるようなことも言われたと思う。

全国あちこち見て回っておられるというヤマザクラは鳥や虫によって交雑が起こる。
咲き方は水や風光斜面などによって違う。「1本が1種」ほども違いがあるらしい。

ヤマザクラは虫や鳥のいる標高の低い山にある。虫や鳥がいることは猛禽類も来る。生態系はつながっている。
単一化した環境には単一化した環境に住めるものが入ってくる。
絶滅危惧種も人間が作り出したもの。

自然と人間がどうやったらうまく付き合っていけるのか、自分の感性で花を見て生き方を振り返り、人工のものに頼るのか、自然を活かすのか考えてほしい。など・・

国の内外で有名な庭園作りや受賞など華やかな業績のお話は出ず、ユーモアを交えながらも辛口のお話はさすがに長年桜の保存活動などのお仕事に携わっておられるだけに説得力がある。

私たちが椅子に座って聞いている間、佐野氏はずっと立って熱弁を振るわれていた。
後で昭和初年の生まれと知ってびっくり。
きっとヤマザクラから精気をもらっておられるのだろう。
話の内容、不正確なところがあればごめんなさい。

その後、もう一度枝垂桜の間をめぐり解散となった。

せっかくここまで来たので、どこかへ寄り道すればいいようなものだが、来る時のバスでちょっとしんどかったので帰ることにした。
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4月6日 お雛様をしまう。

2017年04月06日 | Weblog
やっとお雛様を片付けた。


家の小さいお雛様 勢ぞろい。来年までお休みなさい。

5月飾りとバトンタッチ。
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4月4日 天理教~巻向 大枝垂 アタミザクラ エドヒガン ネコノメソウ

2017年04月04日 | Weblog
天理から巻向へ。山の辺の道を歩く。

 
天理教本部 広い境内も花盛りだ。薄い色・濃い色。
           右)ちょっと濃い色の桜はアタミザクラだそうだ。満開。  

 
         見事な大枝垂れ。色が微妙に違う2本が並んでいた。

 
        石上神宮 
  右)木の上に止まっているのがおなじみのニワトリ、今日はみな下に降りていた。
餌の時間なのかな?

『常世の国の長鳴き鳥を鳴かせて夜を払い夜明けを告げ、天岩戸を開いたという神話から「神鶏」として飼われている』(説明版)とのこと。
夜も木の上で眠るらしい。

「お札」の数あるご利益の中に、落ちない鶏にあやかって「試験合格」があるのはいかにもだが、「高所作業」というのもあった。

山の辺の道には柿畑が多い。


白いつるつるの幹の木 あれっ。カキノキ畑かと思うのに樹肌が違う??と思っていたら、友達が「冬に木の皮を剥ぐ」ことを教えてくれた。へえ~。知らなかった。
外皮や苔で越冬する害虫や病気の胞子などを取り除く「荒皮剥ぎ」という作業があることを初めて知った。


「刀根早生柿 発祥の地」の顕彰碑があった。(コースの後半)
刀根早生柿は、富裕柿・平核柿と共に、柿の3大品種と言われ広く栽培されている渋柿。
発見したのは天理市の刀根氏で昭和55年に品種登録されている。


園芸種 これは何という花かな?

 
    ウサギアオイ 小さい花    
 右)もう終わったかと思っていたつくしがいっぱい。10分でもあればたくさん摘めたが・・。

 
夜都伎神社(やとぎじんじゃ)拝殿       藁屋根のこの厚さ! 

 
    菜の花畑 向こうに二上山     
   右)平地では咲き始めているソメイヨシノ。山裾になるこの辺ではまだこの程度。


ネコノメソウを見つけた。こんな平地であまり見たことがなかった。
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4月3日 晴天の家の庭(ベランダ) トウダイグサ イヌノフグリ ツボスミレ オオツメクサ ニセカラクサケマン

2017年04月03日 | Weblog
珍しく晴天の春らしい日 サクラも一気に咲き進むだろう。
こんなお出かけ最適日だが、今日は「在宅日」
でも洗濯物はすっきり乾くし、晴れは気持ちがいい。

溜めてあったハッサクの皮でマーマレードを煮たりしながら、雑用を片付ける。
でもなかなかはかどらない・・

こんな日はせめてベランダでお花見?をしよう。

ベランダ西側

パッと見何も華やかな花の姿はないが、近寄ってみると・・

 
トウダイグサが花盛り。どれが花だか葉っぱだか。

  
いつもおなじみのイヌノフグリは花盛り。 こぼれ種から繁りまくってこの株だけでも30個ぐらい花が咲いている。裏側には丸い実も。もう1つそばに大株があり、その横の鉢にも飛んでタチイヌノフグリと一緒に咲いているのもある。
我が世の春とばかりに茂っていて、石垣でつつましく咲いている姿とはかなり違う。


左)タチイヌノフグリ 右)イヌノフグリ 花の大きさ比べ。

 
まあいいやとほおっておいたらタネツケバナも花盛り。これで1本 やわらかくておいしそう・・手前のヨメナも摘んでヨメナご飯にしよう。 
             右)オオツメクサ きっとあの野道でも満開なのだろう。  


ニョイスミレが咲いているのに気が付いた。

 
東側にはニセカラクサケマンが花盛り。
知らない間に種になって繁殖する。増やさないように芽を見つけては抜いていたので・・絶えたかな?と思っていたら、1本残った芽からこの大株に育った。ヒレがついて面白い花の形

さあ、また家の中に戻って用事の続きをしよう。
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4月2日 奈良大文字山に登る。 シロバイ クロバイ トウダイグサ

2017年04月02日 | Weblog
奈良駅に着いた時間が早かったので公園を少し歩いた。


マツに付いた半寄生植物 マツグミ 高い。近くで見たい。

先日友達に聞いた「松のみどり」子供の頃「マツについた実」をガムのように噛んでいたという。(3月1日ブログ)
一度近くで実を見たいものだ。そして噛んでみたいものだ。
マツの他、モミ・ツガ・トガサワラなどマツ科の樹木に付くらしい。

バスで集合場所へ。
最初に観察したのは偶然にもマツグミと同じ半寄生植物の宿り木のオオバヤドリギだった。
今までイロハモミジに着いたものしか見たことがない。
カエデの他に常緑樹にも着くらしいがここではイロハモミジと落葉樹のクヌギにも付いたものが見られた。

 
イロハモミジに付いて垂れさがったオオバヤドリギ  クヌギに付いたオオバヤドリギ

 
オオバ‥というだけに丸い大きい葉          裏は褐色の毛に覆われていた。
小さい果実が2つ付いていたが、本当はもう少し大きく、これは「しいな」かもとのこと。


途中でトウダイグサがあった。
こんなところで・・家の庭にはあるが、県内の野外で見たことがない。誰かが植えた?

今日は奈良大文字山へ登るという。
(高円山大文字と書いてあるものもあるが、高円山はもう少し奥になるらしい。よくわからない。)


はじめは緩やかな道
 
カシナガ防除のビニールが巻かれた木が目立つ。  
      右)通気性のないビニールで覆われ、中に苔がびっしりついて枯れていた木。
カシナガ被害で枯れるか窒息して枯れるか・・ちょっとやりきれない気持ちだが、非難する資格はない。最近は通気性を考えた素材を多く使っているようだが。
あんな小さな虫なのに、人間の手に負えない。人間の力のなさを思う。


積んだ切株が墓標のように見える。

 
後半、坂は急になり、大文字の火床に到着 山頂は標高360m前後らしい。

奈良で「大文字の送り火」があることは今日初めて知った。
昭和35年から戦没者慰霊と世界平和のために始められたとか。
大の字の大きさは日本一と聞いたので京都大文字も調べてみた。

奈良大文字 1画109m 2画164m 3画128m
京都大文字 1画80m 2画160m 3画120m (ネットによる)
京都大文字は江戸時代ごろ?から始まっているらしいので、昭和生まれの奈良とは歴史が全然違いますね。


青い空 気持ちいい。ここでお弁当を食べた。

 
山の上のクロバイ つぼみが付いていた。 右)山の途中にはシロバイもたくさんあった。

シロバイは葉にツヤがある。違いが分かったつもりだが、普段見ないので、次に見た時また「これは何ですか?」って尋ねそう。


栽培されていたものか?シナアブラギリがあった。落ちていた果実は黒く腐食していたが、枝に残っている実もあった。

里に下りた。

  
    満開のハクモクレン  鷺池の白い花 何かと近寄ってみたらコブシ 満開だ。

ソメイヨシノの開花はあと一息。
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