水面に映る光景

日常感じたことなど。

群馬大学医学部訴訟に思う 4

2006-11-28 15:21:18 | Weblog
 佐藤薫さんが群馬大医学部医学科を不合格になったのは年齢のせいだと訴えています。

 それって形を変えた“いじめ”じゃないの、と思ってしまう。
 医学部というエリート集団(日本社会では)の上層部の意識の低さを感じる事柄だ。

 同質社会(同じような年齢層)での経験よりも、多面、多様な社会で学ぶこと、生きていくことは人の包容力を大きくすると思う。
 異質なものの中で自己を磨くことは人間力を高めることになると思う。

 障害者は教育効率が悪いといって排除することは、許されないことだと誰もが分かることだ。
 教育効率が悪いから年齢の高い人を排除するということはそれと同じだとわかっているのでしょうか群馬大学さんは。


 年齢に関係なく、学ぶことは楽しいことだと思う。
 アハァ!と新しい知識を得た時の嬉しさは何ともいえない。

 以前一緒に働いた方が、私のことを“病気”だと言う。(“勉強したい症候群”が病名で人に迷惑かからないから悪い病気ではない、そうです。迷惑かかっているという人が何人かいるが。)

 でも、学び続けることが目標では嬉しくないと思う。その先に社会と繋がっていけるという希望があることが嬉しさにつながると思う。
 同じ目的に向かっている若い方と話すと、また頑張ろうと思う。
 相手の方も私も頑張らなくてはと言ってくれる。


 群馬大学さん! 佐藤さんを受け入れることは良いことですよ。
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誉められると嬉しい

2006-11-24 09:20:34 | Weblog
 思い切り筋を外した論文答案を書いてしまった。が
 講評の一行目に「文章力があり、とても読みやすい文章を書かれている点は素晴らしいです」と書いてある。嬉しい気持ちになる。
 落ち込む所で元気が出る。添削者の心遣いが嬉しい。(法律を勉強している人たちは読みにくい文章書いている?)

 最近、勉強していることの手ごたえを感じて嬉しい。悩んだ論文答練も慣れてきた。


 ある予備校のモニターを頼まれた。結果を出せないので一人相撲を取っているのか不安に落ち込みそうなとき声をかけていただいた。感謝です。
 そこでの新しい出会いがある。それも嬉しい。一番年齢を気にしているのが自分だということも分かった。

 
 小さな成功体験、誉められることが頑張る力になると茂木健一郎が言う(娘もよく成功体験が大事だと言う)。

 
 もっと、おおらかな気持ちで前を向かなくては、と思う日々である。
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感謝

2006-11-20 08:01:00 | Weblog
 雨の中、
 お友だちが誕生日を祝ってくれました。

 一月遅れのおかげで、ボジョレヌーボーも楽しむことができました。
 新しいお友達とも、楽しい会話を満喫しました。

 感謝の気持ちでいっぱいです。


 ありがとうございました。
 また、頑張ろうという気持ちが湧いてきました。
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群馬大学医学部訴訟に思う 3

2006-11-12 13:17:51 | Weblog
 群馬大医学部は研究意欲や挑戦力に欠けると思う。

 人間の生命を、身体を、心を対象にする学問として恥ずかしいと思う。

 年齢を重ねることは自然の理でありそれを前提に成り立つ学問分野でありながら、その前提を否定する。
 これは自己矛盾、自己崩壊に繋がると思う。

 高齢者(使いたくない言葉だが)が学ぶことが身体、精神にとってどう影響するのか。
 医学的データを集めることも可能なはずです。

 研究材料(失礼ではあるが)にするつもりで、各大学の医学部にちょっと年齢の高い方を
 最低一人以上入れること、というのはどうでしょうか。
 一種のアファーマティブアクションとして。これからの高齢化社会に役立つ情報だと思いますよ。

 高齢化社会の対策はマイナス面に傾きすぎだと思う。

 46歳で米国でヘリのパイロット資格をとることに挑戦するという話は元気が出る。
 52歳でこんな夫と暮らしつつ、更年期障害をどう乗りきろうかという話には凹んでしまう。

 群馬大学さん 佐藤さんを早く入学させてくださいよ。



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短歌の思い出

2006-11-11 09:08:14 | Miso一文字
  身をかがめものいうことももはやなし 子はすんすんと水辺のまこも(河野裕子)

 息子が高校をやめて、しばらくして出会った短歌である。息子に短歌を読ませながら、あなたが元気で生きているだけで十分だね、と話すと、これは息子が死んだ歌ではなく成長した歌だよと訂正されてしまった。
おっちょこちょいなのだ、私は。

 それから2,3年後、自分で31文字を並べだして、ある日電話の向こうの息子に一つ読んで聞かせた。
 息子が、そのままじゃん、というので、私は写実主義だよと答えた。

 それからしばらくして、息子が司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読むように言ってきた。
戦争物で読みづらいかもしれないが、という言葉とともに。(第6巻までありまだ読み終えていない、すぐ読む本の位置に座ったまま数年が経つ)

 「坂の上の雲」の第1巻には正岡子規のことが詳しくかかれていた。なるほど、写実主義というものは見たままそのまんまじゃないんだ、一ひねり加える所に作者の思いが出るんだと教えられた。

 それでも上達しない私の短歌だが、工夫の視点はもらったつもりだ。

 息子にはいろいろ教えられたり、心配させられたり。
 短歌は細々と延々と修業していくつもり。


 最近のお気に入りの短歌

  泣かむとしこころの中の糸巻の糸切れるまで夜道を歩く(栗木京子)



拙歌
 息子が高校やめたときは円形脱毛症が出来た。
   
   禿の思うつぼと笑う なるほどと笑いながらも 夫と距離あく

リュウマチと診断された時  
   
   リュウマチで一生俺のそば なるほどねそれも愛ねと 心に蔭り
 

 今朝、河野裕子さんをテレビで見てちょっと書いてみました。
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石田純一さん 

2006-11-10 12:57:14 | Weblog
 おこがましいことですが、石田純一さんを見直しちゃいました。

 阿部総理と同じ年齢。安部総理の過激な軍備増強・改憲論は同世代の代弁者に思えないと苦言を呈している。
 青山高校生の頃、学校がバリケード封鎖、機動隊の校内突入等「政治の季節」にもまれた。その経験から崇高な平和憲法の理念を世界に伝えていくべき大切な時代にあると、熱く語っている(朝日新聞 06・11・3)。


 大賛成です。嬉しいですね。



 私も、大学に入学した年に同じ経験をしている。机や椅子でバリケード封鎖された図書館正面玄関の記憶が鮮やかだ。
 機動隊が、土木ビルと呼ばれた、土木工学科のビルに立てこもっていた学生達に向けて、放水していた様子も、まだ記憶に鮮やかだ。

 あの頃の私は憲法が何物か何も知らなかったと思う。今は憲法大好きで、大切にしなければと強く思います。
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人生相談

2006-11-09 12:15:20 | Weblog
 結構読むンですよ。回答が面白くて。

 朝日新聞の「相・談・室」の回答者明川哲也さん(劇作家)の回答には結構唸らされることが多いんです。

 自然に興味がないという相談者に、人は変わるから、いつかあなたも自分が自然であることに気がつくと。

 そして、雑草の可憐さに感動して、飲まずにはいられない、ンですって。(06・11・8の紙面より)

 いいですねこの感覚。大好きです。
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群馬大学医学部訴訟に思う 2

2006-11-08 00:24:59 | Weblog
 佐藤 薫さんが控訴しました(毎日新聞 06・11・07)。心から応援します。

 法律を勉強していてわかったことは、法廷闘争はとても技術的なものだということです。
 裁判所は、正しいから認めてくれるというものではなく、自分の主張をいかに認めてもらうか、ルールに則って主張立証をしなければならないと思います。

 大変だけど頑張って欲しいと思います。絶対大丈夫ですよ。


 40代、50代の女性が学ぶことの効用を私はこう考えます。

 40代、50代は体に変化が来る時期ですが、新しいことに挑戦することで、体の細胞に老化の指令、つまり滅びに向かう指令を送るのではなく、成長の指令を送ることができると思います。
 短絡的ですが、すると体が、元気になり、体調がよくなるのです。病院に行かなくなり医療費がかからないのです。

 弱音を吐いていられないので、体調に気を配り、格好つけるようになるので背筋も伸び美しくなる。挑戦する姿は美しいと勝手に思っているので、それを見た周りも元気になる(これ本当ー笑)。
 
 佐藤さんを医学部に入学させることが、長い目で見てお得です。国家規模でも多くの人が元気になりお得です(風が吹けば桶屋が儲かる的ですがこれ本当です)。

 群馬大学さん、佐藤さんを勉強させて下さいよ。
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季節の変わり目

2006-11-07 18:38:48 | Weblog
 皆さんお元気ですか。

 急に周りの人たちに変化が起きています。

 1週間ぶりに電話した娘は鼻声で、5、6年ぶりで熱出しちゃったと話していました。 おばあちゃんの(06・8・10掲載)所に遊びに行ってもらったということですが、その家族の中でおばあちゃんだけが風邪をひかなかったそうです(家族もあきれていたということ)。

 その翌日、感動を感じるほどにすごい迫力とスピードで解説する予備校の講師が、なんと、なんと、鼻声で、時々鼻をかみながらトーンダウンで解説。
 先生忙しすぎるのでは、ご用心を。

 先週は、ティシュの大箱を持ち込んで答練受けている人がいました。
 教室内に大きなくしゃみが響き渡ったり、遠慮がちにコンコンとせきが聞こえたり、季節が寒さに向かって確かに進んでいるのを、周りの人たちが伝えています。


 実は、私目も風邪をひきそうになって、用心して暮らしています。たくさん食べること。よく眠ること。何も心配しないようにすること。無理して風邪ひくと、結局いろんな意味で負担が増えるのでと言い訳しながら自分を甘やかしています。

 明日は、10時から21時半まで予備校で自己鍛錬。これを乗り切って冬を無事に過ごしたい。
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故郷の言葉

2006-11-03 08:38:49 | Weblog
 講談の神田山陽さんがイタリアでの経験を話していた。
 地元の人たちがよく、ピアノ、ピアノ(と聞こえた)と言うと。
 ゆっくりゆっくりという意味だそうです。

イタリア人は、ゆっくり、ゆっくり過ごして、できない事は次の世代にお願いするそうです。

 
同じ意味のヨーンナー、ヨーンナー、という故郷の言葉を思い出す。
 
が同じ県内にある、幼い頃過ごした島の言葉では同じ意味の言葉が思い出せない。
島の人は私を含めゆっくりというか、おっとりというかそんな感じにほど遠い性格をしている人が多いと思う。

 
 ヨーンナー、ヨーンナーも次の世代にお願いしてもいいことを、見極めるほどに意味深い言葉であると嬉しいね。
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