みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

「私」への侵入を恐れる「共謀罪」法が成立/権力の病 「共謀罪」市民が監視を/加計文書の再調査結果「総理の意向」確認は重い

2017-06-16 17:15:06 | ほん/新聞/ニュース
「共謀罪」法が強行採決で成立した翌日、
「加計(かけ)学園」の「総理のご意向」文書について文科省が存在することを認めた。

国会閉会間際のタイミングを計って、大問題をうやむやにして、
国会が閉じようとしている。
「世も末だ」。
と、嘆いてばかりはいられない。
今度は、国民が怒りを示す番だ。
安倍内閣をぶっ潰したい!
とブログに書けば「共謀罪」に問われるかも・・・。

市民運動は、「自由を守る市民のたたかい」、
「内心の自由」を奪われたくない。

  社説:「私」への侵入を恐れる 「共謀罪」法が成立 
2017年6月16日 中日新聞

 「共謀罪」が与党の数の力で成立した。日本の刑事法の原則が覆る。まるで人の心の中を取り締まるようだ。「私」の領域への「公」の侵入を恐れる。

 心の中で犯罪を考える-。これは倫理的にはよくない。不道徳である。でも何を考えても自由である。大金を盗んでやりたい。殴ってやりたい-。

 もちろん空想の世界で殺人犯であろうと大泥棒であろうと、罪に問われることはありえない。それは誰がどんな空想をしているか、わからないから。空想を他人に話しても、犯罪行為が存在しないから処罰するのは不可能である。

犯罪の「行為」がないと
 心の中で犯罪を考えただけでは処罰されないのは、根本的な人権である「思想・良心の自由」からもいえる。何といっても行為が必要であり、そこには罪を犯す意思が潜んでいなければならない。刑法三八条にはこう定めている。

 <罪を犯す意思がない行為は、罰しない>

 そして、刑罰法規では犯罪となる内容や、その刑罰も明示しておかねばならない。刑事法のルールである。では、どんな「行為」まで含むのであろうか。

 例えばこんなケースがある。暴力団の組長が「目配せ」をした。組員はそれが「拳銃を持て」というサインだとわかった。同じ目の動きでも「まばたき」はたんなる生理現象にすぎないが、「目配せ」は「拳銃を持て」という意思の伝達行為である。

 目の動きが「行為」にあたるわけだ。実際にあった事件で最高裁でも有罪になっている。「黙示の共謀」とも呼ばれている。ただ、この場合は拳銃所持という「既遂」の犯罪行為である。

 そもそも日本では「既遂」が基本で「未遂」は例外。犯罪の着手前にあたる「予備」はさらに例外になる。もっと前段階の「共謀」は例外中の例外である。

市民活動が萎縮する
 だから「共謀罪」は刑事法の原則を変えるのだ。

 「共謀(計画)」と「準備行為」で逮捕できるということは、何の事件も起きていないという意味である。つまり「既遂」にあたる行為がないのだ。今までの事件のイメージはまるで変わる。

 金田勝年法相は「保安林でキノコを採ったらテロ組織の資金に想定される」との趣旨を述べた。キノコ採りは盗みと同時に共謀罪の準備行為となりうる。こんな共謀罪の対象犯罪は実に二百七十七もある。全国の警察が共謀罪を武器にして誰かを、どの団体かをマークして捜査をし始めると、果たしてブレーキは利くのだろうか。暴走し始めないだろうか。

 身に覚えのないことで警察に呼ばれたり、家宅捜索を受けたり、事情聴取を受けたり…。そのような不審な出来事が起きはしないだろうか。冤罪(えんざい)が起きはしないだろうか。そんな社会になってしまわないか。それを危ぶむ。何しろ犯罪の実行行為がないのだから…。

 準備行為の判断基準については、金田法相はこうも述べた。

 「花見であればビールや弁当を持っているのに対し、(犯行場所の)下見であれば地図や双眼鏡、メモ帳などを持っているという外形的事情がありうる」

 スマートフォンの機能には地図もカメラのズームもメモ帳もある。つまりは取り調べで「内心の自由」に踏み込むしかないのだ。警察の恣意(しい)的判断がいくらでも入り込むということだ。

 だから、反政府活動も判断次第でテロの準備行為とみなされる余地が出てくる。市民活動の萎縮を招くだろう。こんな法律を強引に成立させたのだ。廃止を求めるが、乱用をチェックするために運用状況を政府・警察は逐一、国民に報告すべきである。

 ロシアに亡命中の米中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン氏が共同通信と会見し、米国家安全保障局(NSA)が極秘の情報監視システムを日本側に供与していたと証言した。これは日本政府が個人のメールや通話などの大量監視を可能にする状態にあることを指摘するものだ。「共謀罪」についても「個人情報の大規模収集を公認することになる」と警鐘を鳴らした。「日本にこれまで存在していなかった監視文化が日常のものになる」とも。

 大量監視の始まりなら、憲法の保障する通信の秘密の壁は打ち破られ、「私」の領域に「公」が侵入してくることを意味する。

異変は気づかぬうちに?
 そうなると、変化が起きる。プライバシーを握られた「私」は、「公」の支配を受ける関係になるのである。監視社会とは国家による国民支配の方法なのだ。おそらく国民には日常生活に異変は感じられないかもしれない。だが気付かぬうちに、個人の自由は着実に侵食されていく恐れはある。 


  社説:権力の病弊 「共謀罪」市民が監視を 
2017年6月16日 朝日新聞

 「共謀罪」法が成立した。

 委員会での審議・採決を飛ばして本会議でいきなり決着させるという、国会の歴史に重大な汚点を残しての制定である。

 捜査や刑事裁判にかかわる法案はしばしば深刻な対立を引きおこす。「治安の維持、安全の確保」という要請と、「市民の自由や権利、プライバシーの擁護」という要請とが、真っ向から衝突するからだ。

 二つの価値をどう両立させ、バランスをどこに求めるか。

 その際大切なのは、見解の異なる人の話も聞き、事実に即して意見を交わし、合意形成をめざす姿勢だ。どの法律もそうだが、とりわけ刑事立法の場合、独善と強権からは多くの理解を得られるものは生まれない。

 その観点からふり返った時、共謀罪法案で見せた政府の姿勢はあまりにも問題が多かった。277もの犯罪について、実行されなくても計画段階から処罰できるようにするという、刑事法の原則の転換につながる法案であるにもかかわらずだ。

 マフィアなどによる金銭目的の国際犯罪の防止をめざす条約に加わるための立法なのに、政府はテロ対策に必要だと訴え、首相は「この法案がなければ五輪は開けない」とまで述べた。まやかしを指摘されても態度を変えることはなかった。

 処罰対象になるのは「組織的犯罪集団」に限られると言っていたのに、最終盤になって「周辺の者」も加わった。条約加盟国の法整備状況について調査を求められても、外務省は詳しい説明を拒み、警察庁は市民活動の監視は「正当な業務」と開き直った。これに金田法相のお粗末な答弁が重なった。

 「独善と強権」を後押ししたのが自民、公明の与党だ。

 政治家同士の議論を活発にしようという国会の合意を踏みにじり、官僚を政府参考人として委員会に出席させることを数の力で決めた。審議の中身を論じずに時間だけを数え、最後に仕掛けたのが本会議での直接採決という禁じ手だった。国民は最後まで置き去りにされた。

 権力の乱用が懸念される共謀罪法案が、むき出しの権力の行使によって成立したことは、この国に大きな傷を残した。

 きょうからただちに息苦しい毎日に転換するわけではない。だが、謙抑を欠き、「何でもあり」の政権が産み落としたこの法律は、市民の自由と権利を蚕食する危険をはらむ。

 日本を監視社会にしない。そのためには、市民の側が法の運用をしっかり監視し、異議を唱え続けなければならない。


  社説:「共謀罪」法の成立 一層募った乱用への懸念
毎日新聞2017年6月16日 

 テロなどを防ぐ治安上の必要性を認めるにしても、こんな乱暴な手法で成立させた政府を容易に信用することはできない。

 「共謀罪」の構成要件を改め、テロ等準備罪を新設する改正組織犯罪処罰法がきのう成立した。与党側は、参院法務委員会の採決を省略するという異例の方法をとった。

 警察などの捜査機関が権限を乱用し、国民への監視を強めるのではないか。そこがこの法律の最大の懸念材料だった。

 しかし、政府・与党は懸念解消どころか増幅させる振る舞いに終始した。法律への不安は一層深まった。

 組織犯罪の封じ込めは必要だ。ただし、こうした活動はあくまで広範な国民の同意の下でなされなければならない。そのため、私たちは、大幅な対象犯罪の絞り込みと、捜査権乱用の歯止め策を求めてきた。

 組織的犯罪集団が法の適用対象だ。それでも、一般人が捜査対象になるかどうかが、法案審議では一貫して焦点になってきた。

 参院段階では、政府から「周辺者」も適用対象との説明が新たにあった。これでは、一般人とは、警察の捜査対象から外れた人に過ぎなくなる。重大な疑問として残った。

 法は来月にも施行される見通しだ。法務省刑事局長は国会答弁で「犯罪の嫌疑が生じていないのに尾行や張り込みをすることは許されない」と述べた。国民の信頼を損ねない法の運用を重ねて警察に求める。

 仮に強制捜査が行われる場合、令状の審査に当たる裁判所の責任が重いことは言うまでもない。

 捜査機関が捜査を名目に行き過ぎた監視に走る可能性があることは、これまでの例をみても明らかだ。

 2010年、警視庁の国際テロ捜査に関する内部文書がインターネット上に漏えいした事件があった。そこには、テロとは無縁とみられる在日イスラム教徒らの個人情報が多数含まれていた。「共謀罪」法によって、こうした監視が今後、社会に網の目のように張り巡らされていく危険性は否定できない。

 政治的な活動を含めて国民の行動が警察権力によって脅かされてはならない。監視しようとする側をどう監視するか。国民の側の心構えも必要になってくる。  


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  社説:権力の病弊 「加計」解明これからだ
2017年6月16日 朝日新聞

 1カ月遅れで解明のスタートラインに立ったにすぎない。

 加計(かけ)学園の獣医学部新設をめぐる「総理のご意向」文書などについて再調査した結果、国会や報道で指摘されたものと同じ内容の文書が見つかった。松野文部科学相がそう発表した。

 先月の調査で「確認できなかった」こと自体が疑問だ。職員の間でやり取りしたメールなど、パソコンを検索すればすぐに見つかる。そうできない何かがあったのではないかと思うのが、大方の受けとめだろう。

 この間、政権は文書の存在を語る者の口を封じるような行いさえした。最初に証言した前川喜平前次官を菅官房長官が攻撃し、義家文科副大臣は国会で、内部告発者を処分する可能性をちらつかせる答弁をした。

 考え違いもはなはだしい。調査の手を抜き、都合の悪いことを隠そうとしてきた自分たちこそ、処分に値する。

 黒を白と言いくるめて恥じない体質が、不信のうねりを招いていることを、この政権はどこまで自覚しているのか。

 今回の再調査は、文書の存在を確認したにとどまる。肝心の「行政がゆがめられた」事実があったのかどうか。その判断材料は示されていない。

 問題の核心は、開学時期や手順について内閣府が文科省に伝えたとされる「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」の趣旨だ。文科省職員は調査に「真意はわからない」としか答えなかったという。

 将来のことが気になって、安心して真実を答えられないと見るのが自然だ。不利益になるようなことはしないと言明したうえで、第三者による徹底調査をあらためて行うのが筋だ。

 きょう参院予算委員会で、この問題の集中審議が開かれる。官房長官や文科相の責任追及はもちろん、「何があったのか」に迫る質疑を期待したい。

 政治主導で理不尽な規制を取り除くことは誰も否定しない。だがそれは、定められた手順に従い、公平公正に進められて初めて社会に受け入れられる。

 加計学園をめぐっては、国の発表前に地元自治体が開学時期を把握していたことなど、その「公平公正」を疑わせる事実がいくつか明らかになっている。さらに、きのう文科省が明らかにしたメールからは、同学園と競合した他大学を事実上排除する条件が、萩生田官房副長官の指示によって書き加えられたという新たな疑惑が浮かんだ。

 内閣の姿勢をチェックし、ただすのは国会の使命だ。このことに、与党も野党もない。 


 社説:加計文書の再調査結果 「総理の意向」確認は重い
毎日新聞2017年6月16日

 学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画を巡り、文部科学省が再調査の結果を公表した。松野博一文科相は「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」などと書かれた内部文書の存在を認めた。


 政府が当初「怪文書」扱いしていた文書が確認された事実は重い。官邸の関与の有無について、国会は解明に取り組む必要がある。

 松野氏は再調査で、調べる範囲や対象人数を広げた結果、存在が明らかになったと説明した。だが、前回の調査は最初から存在を否定する目的だったと見られても仕方がない。

 問題の核心は、国家戦略特区での獣医学部の新設手続きが、不当にゆがめられたのかどうかだ。安倍晋三首相は「いっさい関与していない」と国会で答弁している。

 だが文科省の再調査では、文書を作成した職員が、内閣府側から「総理のご意向」などの発言があったと思うと認めている。

 文科省に官邸の意向を伝えたとされるのは、内閣府の藤原豊審議官だ。藤原氏はこれまで国会で発言を否定していたが、文科省が文書を「捏造(ねつぞう)」したとは考えがたい。

 発言が事実ならば、安倍首相から何らかの「意向」が示されたのか、それとも藤原氏が勝手にそんたくをしたのか、どちらかが真実になる。

 内閣府も、事実関係をしっかり調査すべきだ。

 確認された文書から浮かぶのは、人事権を握る首相官邸の、中央官庁に対する圧倒的な影響力だ。

 菅義偉官房長官は、文書の存在を認めた前川喜平前文科事務次官の人格攻撃ともとれる発言をしていた。

 義家弘介副文科相は、文書の存在に関し文科省職員が匿名でメディアに証言したことを念頭に、一般論としつつ、処罰の可能性に言及した。告発への威嚇ともとれる発言だ。政と官の関係のゆがみの表れだろう。

 官邸の関与の実態解明には、前川氏や藤原氏らの国会での証言が欠かせない。与党が「共謀罪」法の成立を急いだのは、国会を延長せずにこの問題の追及をかわすためとも見られている。

 参院ではきょう首相出席の集中審議が開かれる。国会が閉幕しても、閉会中審査の証人喚問も可能だ。疑惑にフタをしてはならない。  


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