夕暮菜日記

私的日記、教育、社会、音楽、等々について

死刑制度について

2009年02月27日 03時12分20秒 | 社会
ちょっと前に書いた記事『また死刑執行』に対して、いくつか反論めいたコメントが寄せられているので、検討してみようと思う。

それにしても、7通のコメントのうち、6通の名義が『Unknown』とは興味深いことである。
最近、朝日新聞銃撃事件にからんで、NHKに実弾が郵送される事件があった。
これも名無しの犯行。
同類の香がするのは気のせいか?
HNすら名乗れないというのは、そこまで自己を隠さないと意見が言えないわけだよな。
『その程度の意見』と自覚しているのか、何かに恐怖を感じているのか?
日本人の8割以上が死刑制度に賛成している。
恐れる必要はないと思うのだが。
興味は尽きない。

検討の前に、私の立場をもう一回明らかにしておこうと思う。
私は『人を殺すのはいけないことだ』と考えてる。
理由はない。
だから『人を殺した者は、殺してかまわない』とは考えないわけだ。
これを死刑制度に反対する最大の論拠としている。

では検討に入ろうと思う。

最初のコメント
==============================================
まあ、被害者の立場になって考えればいい
そういう奴に限って身内が殺されたときに死刑を強く求めるもんだ
==============================================
『そういう奴』というのは多分、私のことだろう。
身内を殺されたことがないのでわからないが、自分の大切な人が残忍な手口で殺されれば「殺してやりたい」と強く感じるだろうことは予想できる。そのときには感情が暴走して「死刑だ!」と騒ぐかもしれない。そんな時のために、今言っておこう。「私の立場は『死刑反対』である。一時的に感情が激発してそれを否定することがあるかもしれない。そんなときは私を止めてほしい」と。
『被害者の立場に立つ』という論法にも問題を感じる。
裁判において、検事と弁護士がいるのはなぜなのかを考えてみるといい。
制度を考えるなら、被害者の立場にも、加害者の立場にも立つ必要がある。
公平な思考とはそのようなものだと、私は考えている。

2番目のコメント
==============================================
 死刑執行までの手続きに問題があったと言いたいようですが、私は手続きに問題がなければ死刑には賛成です。
 仮釈放中に三人殺すような男に更生の期待をかける方がどうかしている。終身刑と言う話もあるかもしれないですが、何で国民の税金を使ってその男を死ぬまで養わねばならないんでしょうか。国民全体がお金を負担してまで一生養う価値があるとも思えません。
=============================================
『死刑執行までの手続きに問題があったと言いたいようですが、私は手続きに問題がなければ死刑には賛成です。』
ここは意見として成立している。
この意見を敷衍すると『手続きに問題がある場合、死刑の執行にも問題がある』と、当然なるはずだ。
だから私は記事の中で、牧野正の死刑執行に関して、『手続きに問題大アリ』ということを書いたのだ。
なのにUnknown氏は『仮釈放中に三人殺すような男に更生の期待をかける方がどうかしている。』と展開する。
私に反論するなら『牧野正の死刑執行に関しては、手続き上の問題がない』という論陣を張るべきだと思うのだが?
なのに、それ以下の文は『死刑やむなし』という内容になっている。
四つの文のうち、一番目とそれ以下で論理がつながっていないのだ。
いったいどっちなのだろう?
『更生に期待をかける』ということについて。
『私たちには更生させる力が無かった』という反省を私はしたいと思う。
犯罪は他者との関係性の中でなされる。
他者には当然、私も、社会全体も含まれる。
犯罪者を更生させる力をもった社会を構築したいと、私は考える。

3番目のコメント
=============================================
>死刑の是非以前の問題だ。
つーか最近の凶悪犯罪者共は、死刑すら生ぬるい。
=============================================
『凶悪犯罪者共』をUnknown氏はどの程度ご存知なのだろう?
マスコミが流す扇情的な情報をもとにイメージを作っているだけとしか思えないのだが。
多くの犯罪者は、極めて普通の人、という報告は、実は多くある。
『死刑すら生ぬるい』? では残虐刑をお望みなのだろうか?
私にその趣味はない。

4番目のコメント
=============================================
法の上の平等の観点から言っても、死刑は妥当でしょ?
被害者の人権を剥奪し、命を奪っておいて自分の命は惜しいなんてありえない。
被害者に苦痛を与えて殺しても、死刑は楽に死ねるんだよ?
人間は平等と言うなら、同じ方法で死刑にしなければならない
執行者がイヤがるなら、機械にやらせれば言いだけの話。
作動ボタンは、法務大臣が押せば良い。
=============================================
Unknown氏は『法の上の平等』(普通は『法の下の平等』と言うものだが)と『目には目を』という考え方が混乱している、というかカン違いしておられるようだ。(さらに恐らく『人の平等』も)
『法の下の平等』というのは、『対象となる人によって法律の適用に差があってはならない』という意味であって、『殺したものは殺されるべき』という意味ではない。だからUnknown氏のコメントは、法の論理を装いつつ、実はそれとは無関係に感覚的に展開されていることは確認しておきたい。
『被害者の人権を剥奪し、命を奪っておいて自分の命は惜しいなんてありえない。』
『人間は平等と言うなら、同じ方法で死刑にしなければならない』
ならば『殺人を犯した者は皆死刑』と刑法を改定する運動でもしたらどうだろう?
ただし、そんなことになったら、近代国際社会でバカにされるだけだと思うので、私は反対だ。
そもそも『やむにやまれぬ殺人』というものを、Unknown氏は想像できないのだろうか?
『同じ方法』を用いるということは、死刑を執行する側も、犯罪者と同じ犯罪(罪というべきか?)を犯すことになる。
私はそれにも反対だ。
残虐刑に関しては、既に書いた。
『作動ボタンは、法務大臣が押せば良い。』
作動ボタンを誰が押そうと、それが公的に行われるということは、有権者一人一人に託されて行うということだ。
私は殺人を託したくないので、これにも反対。

5番目のコメント
============================================
一回釈放されたから3もの尊い命が奪われたわけで…、
最初に死刑にされていればそもそも3人は助かったわけで…、
弁護士は大罪を負ったな。
捏造したとしたら、その人は、正義のために小さい罪を自ら負ったと思う。
精神的に不安定だろうがなんだろうが、
過失以外の人死を起こした者は、その罪を償わなければならないと思う。
更なる被害者を増やさない為にも…
============================================
『最初に死刑にされていればそもそも3人は助かったわけで…、』
死刑にしなくても、終身刑で再犯は防ぐことができる。
『弁護士は大罪を負ったな。』
仮釈放が正しいことだったかどうか(牧野正の場合、明らかに誤りだ)と、死刑制度の是非とは無関係である。
『捏造したとしたら、その人は、正義のために小さい罪を自ら負ったと思う。』
小さな罪? 私は立派な犯罪だと考える。
正義のためというなら、公正な裁判を行い、仮釈放に関して正しい判断をすべきなのだ。
こんなのを『正義』と言うようでは、法治国家は成り立たない。
『過失以外の人死を起こした者は、その罪を償わなければならないと思う。』
過失で人を殺した場合も、私は罪を償うべきと考えている。
だいたい、「罪を償う必要がない」などと書いたことはないはずなのだが。
『更なる被害者を増やさない為にも…』
これも『仮釈放の正否』と『死刑制度の是非』を混同した主張である。

6番目のコメント
============================================
人権ゴロは本当に性質が悪いですね。
あなたが死にたいなら、勝手に死ねばいいんじゃないですか?
「死刑制度に反対です」と遺書でも残してね。
それはあなたの勝手です。
自分達に都合がいい時だけ海外を引き合いに出してくるのもいかがなものかと。
死刑に値するような凶悪犯罪者を養う金はどこから捻出するのですか?あなた達、人権屋が金を出し合って凶悪犯罪者を養えよ。
個人的には、死刑を廃止するなら死刑に値する犯罪者は一生強制労働させてその賃金すべて被害者遺族に与えるべきだと思うね。
============================================
なぜ私が自殺しなければならないのだろう?
前半は意味不明なのでパス。
『自分達に都合がいい時だけ海外を引き合いに出してくるのもいかがなものかと。』
確かに、例えばEUの加盟条件など、私にとって補足的な意味しかない。
それでも、北朝鮮と日本が同類に見られることを私は恥ずかしいと感じる。
『死刑に値するような凶悪犯罪者を養う金はどこから捻出するのですか?』
犯罪者を単に『養う』ことに私は反対である。
犯罪者の更生に、税金を使うべきだと私は考える。
財源は、殺人強姦集団アメリカ軍に貢いでいたお金を充ててはどうだろう?
『死刑を廃止するなら死刑に値する犯罪者は一生強制労働させてその賃金すべて被害者遺族に与えるべきだと思うね。』
確かに、犯罪被害者のケアは不足していると思う。
『一生』かどうかと、『強制労働』の『強制の度合い』は考えなくてはならないが、犯罪者と被害者の関係として、意見としては成立していると思う。
しかし,ケアの充実と死刑制度の是非は別問題だと、私は考える。

グチ氏のコメント
============================================
個人的には、死刑を廃止するなら死刑に値する犯罪者は一生強制労働させてその賃金すべて被害者遺族に与えるべきだと思うね。
賛成だけど、こいつらに仕事をやるのであれば日雇いに仕事をやったほうがいいじゃないか。
しかし、犯罪者に我々の税金でただめしを食わせるのもおかしいしね。
やはり人を殺したものは生きる価値なしだ。
============================================
3文目までは、6番目のコメントに書いた通り。
『やはり人を殺したものは生きる価値なしだ。』
ということは『公的機関で働いている人に、死刑という名の人殺しを託している日本国民は、全員生きる価値はなく死刑』ということになるはずだ。この論理はループを描いて、己に返ってくる。
それに私は、生きる価値のない人などいない、と考えている。
だから、あらゆる人殺し、死刑にも、戦争にも、自殺にも、反対だ。

今回は私の気まぐれにより、大サービスで各コメントに丁寧に応えた。
以後は、こんなサービスをするつもりはない。
期待してコメントしないでほしい。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (12)   トラックバック (3)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 子どものための実験・観察講座 | トップ | サボイアs.21f後期型 »
最近の画像もっと見る

12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2009-03-01 04:10:39
>『やはり人を殺したものは生きる価値>なしだ。』
>ということは『公的機関で働いている>人に、死刑という名の人殺しを託して>いる日本国民は、全員生きる価値はなく死刑』ということになるはずだ。

何の落ち度も無い無辜の人間を殺した犯罪者・死刑囚と、法治にのっとりその犯罪者を死刑にする「公的機関で働く人間」が貴殿の脳内では同じ゛人殺し゛になる訳だね。どんな脳内変換をしたら
貴殿の様なとち狂った発想になるのかしら?否、別に教えて頂かなくても結構です。

Unknownさん、 (緑虫)
2009-03-01 15:19:04
「『公的機関』で働く人は『人殺し』」とどこに書いてあるのでしょうか? 私は『公的機関に殺人を託している日本国民は人殺しである』ということを書いたのです。特定の人を指して『人殺し』とは書いていませんよ。
書いていないことに反論されて、『別に教えて頂かなくても結構です。』などと言われても困ります。

それはそうと、Unknown氏のコメントを読んで、私が大切な論点を落としていることに気がつきました。

私は、人の命の価値に差はないと考えています。
何の落ち度もない無辜の人間も、
殺人を犯した者も、
人の命の価値は不変だと考えます。
ですから、何の落ち度もない無辜の人間を殺してはいけないし、
殺人を犯した者も殺してはいけない、
となるわけです。

もし、『殺人を犯した者の命の価値は、そうでない者に劣る』と考えるなら、死刑も場合により許容されることになります。もちろん、私はそうは考えませんが。
初めまして (shio)
2009-03-02 04:25:09
ちょっと通りがかって気になった事がありましたので、コメントさせていただきます。
私の前提として、貴方のこれまでの記事も読んでいませんので、貴方の死刑制度に対するスタンスは存じ上げません(「また死刑執行」は読ませていただきました)。死刑に対しては反対でも賛成でもありません(死刑容認ですが)。
という事をふまえていただいて・・・

>そもそも『やむにやまれぬ殺人』というものを、Unknown氏は想像できないのだろうか?
という一文は、殺人という行為に対してそれぞれ理由が異なり、それは考慮、酌量して量刑に差があってしかるべきだ。と読み取れたのですが、合ってますでしょうか?
上記が合っていたとした場合、死刑を行うという行為は悪い方に考慮、酌量した結果であり、これもまた「やむにやまれぬ殺人」だったと言えるのでは?と思いました。
ただ日本が法治国家である以上、死刑を下しているのはあくまで法なので、これを殺人という行為と同義と考える、もしくはそう呼ぶ事は、私にはばかれますが。

遺族や友人、あるいは自身に関係ある者の納得できない理由での突然の死。それによって引き起こされた残された者の心の傷、闇、喪失感などを考えた場合、死刑判決によってその人たちが一つの区切りつける事ができる、前に進んで行きてく事の糧となるのだったら、それは価値ある行為だと感じます。だから私は死刑容認です。

以上が、本エントリーについての件ですが、以前の牧野正の件については、自分で調べていないので断言はできませんが、もしその嫌疑があるのなら貴方と同じようにキチンと調べるべきだと思います。裁判制度の中には度々こういう事があるのが非常に残念です。警察絡みの場合は往々にして。
shioさん、コメントありがとうございます! (緑虫)
2009-03-03 00:08:23
死刑制度を肯定する側の、こういうきちんとした意見を拝見できて、とても嬉しいです。

私の書き方が悪かったのか、死刑を直接執行する刑務官を私が攻めているように受け取った方がいるようですが、それは誤解です。彼らは死刑制度の被害者だと、私は考えています。そして死刑執行の主体は日本国民全員だと、私は考えています。

>死刑を下しているのはあくまで法なので、

この部分が、私とshioさんで見解が異なるところですね。
法はシステムにすぎません。法を作ったのも、運用するのも、人です。
人が人を殺すことを是とする法、私はこれを変えたいと考えています。

>死刑判決によってその人たちが一つの区切りつける事ができる、前に進んで行きてく事の糧となるのだったら、それは価値ある行為だと感じます。だから私は死刑容認です。

犯罪被害者への優しい眼差しが感じられる主張だと思います。死刑制度反対の者は、このような意見に正面からきちんと応えるべきだと思います。
もし、犯人を死刑にするこでしか区切りがつかず、犯人が死刑にならなければ再び前へ進み始めることが絶対にできないのなら、この主張に対し、私は何も言えません。
しかし、犯罪被害者が加害者の死刑中止を要望する運動を起こしたり(アメリカ),娘を殺した犯人を養子にした親がいたり(フランス)というような例は、欧米では珍しくないそうです。
『殺してしまう』以外の解決策を必死になって模索したいと、私は思います。

>裁判制度の中には度々こういう事があるのが非常に残念です。警察絡みの場合は往々にして。

まったくその通りです。
私は『人は間違いを犯すことがある』ことを前提に法を構築すべきと考えています。
殺してしまっては、誤りを正すことができません。
冤罪で処刑されてしまった人が、少なからずいると思います。
最悪生きてさえいれば、裁判のやり直しができます。
それも死刑に私は反対する、一つの理由なのです。
被害者の人生だれが奪ったの (一国民)
2009-11-14 21:56:56
私は率直に言うと、凶悪殺人者には命の尊厳とか人権は、当てはまらない もしくはない。何故ならこの殺人鬼たちは、人間を捨てたからだ
!冷静に考えて死刑廃止を訴えている人達は、第3者的に見ているか、或いは他人事出しかないのではないか?人が人を裁いて殺してもいいのかと、言うだろう。死刑有りと言うと感情的だと言う、果たしてそうだろうか?被害者が自分の大事な身内だとしたら、大きな気持ちで本当に許せるだろうか?その人間を捨てた殺人鬼がいつの日か囚所して、めでたし、めでたしでいいのか?間違っては行けないのは、命の尊厳生きる権利は被害者にあって殺人鬼にはない。人が被害者を差し置いて殺人鬼よりの懲役刑にるのもおかしな話だ、あくまでも被害者のこれからの人生、生きる権利に立った被害者目線に立った判決が成されなければ行けないと思う。やたらと先進国だから、後進国見たいには?どこが先進国なのだ。先進国の方が分けのわからない卑劣な殺人が多く成るのではないか。法務大臣も刑の執行の出来ない法務大臣は、初めから大臣を辞退すればいいのである。                                       
一国民様、コメントありがとうございます。 (緑虫)
2009-11-17 13:16:37
返信遅れました。
ご大層なHNですね。私も一国民ではありますが、あなたとは意見を異にします。
いくつか反論させていただきます。

>何故ならこの殺人鬼たちは、人間を捨てたからだ

主語に対応する述語をきちんと書いてほしいとか、文末には句点をうってほしいとかは、ともかくとして、、、、
『人間を捨てた』の根拠は何なのでしょうか?
殺人犯にアンケート調査でもしたのでしょうか?
それであるなら、何の問題もないのですが、そうでないなら、単なるあなたの思い込みです。
私は、あらゆる場面で人は、人権を持っていると考えています。

>被害者が自分の大事な身内だとしたら、大きな気持ちで本当に許せるだろうか?

こういうのを『感情的』というのですよ。
制度の是非を考える時には、被害者側にも、加害者側にも、第三者の立場にも、立って考える必要があります。
被害者側だけに立つのは、公平な思考とは言えません。

>その人間を捨てた殺人鬼がいつの日か囚所して、めでたし、めでたしでいいのか?

『囚所』というのは『出所』の間違いですよね。
私は「めでたしめでたし」なんて言ったことも、思ったこともありません。
このように、妄想を根拠に意見のようなことを述べるのはやめてほしいものです。
更生プログラムの重要性は以前も書きました。

>間違っては行けないのは、命の尊厳生きる権利は被害者にあって殺人鬼にはない。

日本語がおかしいですが、なんとか反論しましょうか。
命の尊厳は、誰にも平等にあると、私は考えています。
あなたの意見は『命の尊厳は時と場合と人により差があるべきである』という前提でしか成り立ちません。
つまり『差別を是とする』ことを認めているのです。
それはわかりますか?
私はそれを認めません。

今後、あまりに日本語がおかしいもの、あまりに感情的なコメントは、公開せず、削除します。
Unknown (哀哭芯)
2009-11-19 18:12:11
差別ではなく、区別ではなかろうかと思う今日この頃です。
哀哭芯さん、 (緑虫)
2009-11-19 19:40:16
ある場合は殺す、
ある場合は殺さない、
ある場合は命の尊厳を認めない、
ある場合は命の尊厳を認める、
このような区別を差別といいます。
私は、あらゆる殺人に反対です。
例外はないのです。
死刑について (太郎)
2010-08-29 02:46:18
これからも、法務大臣は頑張って死刑執行書類にサインして欲しいと思う。
各拘置所で最低でも月に5人程度の死刑執行を望む。
千葉さんの任期もあと少しだけど、最後の仕事として、数名の死刑執行にサインして欲しいです!
頑張ってください!千葉法務大臣
Unknown (まさ)
2011-02-02 14:01:10
人を殺して死刑か無期懲役か。賛否はありますが私は、死刑派です。単純な考えですが、人を殺しておいて自分は生きたいのか?生きていたいのか?図々しいと言う言葉が合うかはかりませんが、死ぬ覚悟があるかと聞きたい。人を殺したら生きる資格は放棄しなければ、殺された身内 友達 の悔しさ 憎しみ はどうなる。生きる資格がないと言う事ではないでしょうか。
まささん、 (緑虫)
2011-02-07 13:03:05
多忙によりコメ返遅れました。

あなた、私の書いた文章読んだ上でコメントしてます?
独り言なら、御自分でブログを開設して、そこに書いてください。ツイッターでもいいですよ。
他に何があるのか (かんじ)
2011-10-14 22:41:27
ずいぶん高飛車な返信ですねw
私も似たようなこと言われるのかな。
まあもう来ないから何言われてもいいですが。
一人言言われるのが嫌なら、コメ欄なくせばいいんだし。
いろんな意見として認めなきゃ。

まあそれはいいとして、
死刑反対と言われる人にいつも聞いてるのは、
「じゃ他に何があるのか」ということですね。

あなたは感情論がお嫌いのようですが、
「人を殺すのはよくないと思うから」
という考えは、まさに感情から発してる意見ですよ。

ただ単に
「命は大切、人殺しはよくない
だから死刑もよくない!」
 
なんて叫んでるだけでは、

「人殺しはみな死刑だ!」

って叫んでるバカと、ベクトルが違うだけで
目糞鼻糞にしか見えません。

私が死刑容認なのは、もっと現実的で

1 そんな連中を生かしておいて税金で養うバカらしさ。
2 死刑がダメなら終身刑?
つまり一生閉じ込めて自由のない生活を送らせるってコト?
そっちのほうがよっぽど人権侵害じゃないのか?
生きてさえいればいいなんてのは反対論者の勝手な考えで、「法によって人を殺す」と言う「罪」から逃げているだけ。
殺してないからいいんだ、と言う「いいわけ」を自分の中で作っているだけ。
あくまで「自由」があっての人間。
強制的に自由を死ぬまで奪われた人間(当然ながら病気の人を除いて)は、死んでいるのも同じ。

つまりは、「死刑」も「終身刑」も、
人の人生を奪うという意味においては同じことなのだ。
そう、あなたの言うとおり「死刑」は国民一人一人が背負わなければいけない罪。
少なくとも今 日本人として生きていくうえで
私はその覚悟で生きている。
もちろん自分が加害者になった時(現時点では死ぬまでそうなるつもりはないが)も含めて。

なのに「殺さなければいい」という逃げ道を作ろうとしてる人間は私に言わせれば
「いいひとでいたいだけの覚悟のない卑怯者」だ。

3 償うって、何をもって償いになるの?
相手が生きてりゃ償いようはあるかもしれないが、死んでしまったら遺族にとっては何をされても償いにならない。
所詮は加害者の自己満足で終わるだけ。

4 更正プログラムのあいまいさ
私は仕事柄「人を殺した人」に何人も会って話を聞いたことがありますが
皆一様に言う台詞は

「もっとうまく殺ればよかった」です。

もちろん罪を悔い改めてまっとうになってる人もいましたが、今のシステムの中では
(一人殺しただけでもこうなのに)何人も人を殺した人間を、(たとえ終身刑であっても)人として立ち直らせるということが、
いかに難しいか。(「時計仕掛けのオレンジ」のように、無理やり洗脳すれば別ですが。)


あなたは否定するだろうが、
『生きる資格のないクズ』というのは、本当に存在するのです。
根っからの悪人はいなくても。

極論すれば、そんな人間税金使って死ぬまで閉じ込めておくより、「殺してあげる」ほうが、
よっぽど社会のため、あえて言うならむしろ本人のためでもある、とさえ思っています。

まあまだありますが、長いのでこの辺で。

私だって何もむやみやたらに死刑を推奨してるわけではない。
実際殺人者の命など奪っても誰も得しないのだから。

ではなぜコレだけ賛成する人が多いのか。

やはり 元には戻らない現実を受け止め、被害者遺族が前を向いて新しい一歩を踏み出すきっかけとして考えられる方法として、残念ながら

「他にないから」

としか言いようがない。

反対する人たちは、タイトルにも書いたように、「では他に何があるのか」について、
きちんと現実的な反論をして欲しい。
説得力のある意見なら、少なくとも私は聞く。

「大事な人の命を奪われたのに、その犯人はのうのうと生きている理不尽さ」

から遺族が立ち直るために出来る方法。
死刑以外にそれが出来るなら最初からこんなことでもめてない。
あなたが被害者遺族になった場合に、私なら出来る 私なら許す
なんて言うことではダメですよ。

「とにかく犯人が憎い、死刑じゃなきゃ許さない!」
と考えてる遺族たちにも、通用する方法でなければ。

なのに聞こえてくるのは
「命は大切」
「世界は死刑廃止に向かっている」
「どんな悪人にも人権があり、生きる権利がある。」
「殺人を法で罰しておいて、国が殺人を犯すのはおかしい」

こんなのばっか。

あなたは賛成論者の感情論を否定しておられるが、
私からすれば反対論者だって同じじゃないか、と思ってしまう。

そんな理想論や感情論でなく現実的な
「それから」についてもっと説得力のある意見を言って欲しい。

もちろん私だって考えた。

加害者が立ち直り、
被害者遺族も加害者の命を奪う(終身刑も含めて)ことなく未来を見つめて歩き出せ、
国民も余計な税金を払わずにすむ、
みんなにとって都合のいい方法を。


しかし残念ながら、そんな方法は、ない。
遺族が死刑(終身刑)を望まない場合を除いては。

死刑に反対する人たちは
その方法について現実的に可能な方法を提示すること以外、今の日本において死刑制度がなくなることはない。
はっきりいって
「命の尊厳」「命は平等」などという意見は聞き飽きたし、それではまったくこちらの気持ちは動かない。
しょせんは「また逃げた」と思うだけ。
「幻想にとらわれ、思考停止した理想論者」
に過ぎない。

理想は大事だが、幻想で人は救えない。



最後に感情論をひとつ。
『「命の尊厳は時と場合と人により差があるべきである」という前提でしか成り立ちません。
つまり差別することを是とすることを認めているのです。
私はそれを認めません。』


あなたに認めてもらう必要などない。
それが現実。
命の尊厳は時と場合と人によって差があるのです。
おそらくは「人を殺した」と言う場合など、
極めて限定されますが。
これだけはあなたがなんと言おうと譲りません。
あなたが間違っているのです。

なんてねw
はい、感情論感情論。
(でも、殺人はだいたい感情のもつれが原因なのだから、感情論もたまには必要だと思うけどね。あなたのも含めて。

こいつはひどいヤツだ、やっつけろ!っていう気持ちだって、
ある意味ではすごく大事だと思います。)

ちなみに『冤罪』や『傷害致死』についての議論は省きました。
これ以上はキリがないので。


かなり前の記事にいきなりすみません。
別件で検索してたらたまたま見つけて、どうしても言わずにいられなかったので・・。

私も忙しいので後はお好きに。
お互いに考えましょう。
ケンカしててもしょうがない。
死刑賛成論者も反対論者も、
『出来れば殺したくない』という意見では一致する部分があると思うので。
では。





コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

3 トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
死刑FAQ (村野瀬玲奈の秘書課広報室)
この記事は、2007年9月30日の「死刑廃止FAQを作ってみようかな。」という記事で考えた構想にしたがって2008年1月1日から作り始め、ときどき新し...
 全ての命が尊い (政治)
全ての命が尊いと思っています。 人が人の善悪を計って人命の選別をするのは傲慢だと思っています。    
世界愛人主義同盟公約(5) (不定期連載) (人が殺された後に (2)) (村野瀬玲奈の秘書課広報室)
■世界愛人主義同盟公約(5) 他人を死に至らしめた者は、死なされた者の将来を無に帰したことの責任をとるために、また、被害者遺族の感情...