緑川鷲羽(改名、上杉(長尾)景虎) 上杉奇兵隊日記「草莽崛起」<上杉松下村塾>

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

前田利家とまつ 戦国の偉大なるナンバー2<巨魁妄動戦国時代編>連載小説3

2017年06月18日 03時47分28秒 | 日記




































         桶狭間の合戦


            
  太子ケ根を登り、丘の上で信長軍は待機した。
 ちょうど嵐が一帯を襲い、風がごうごう吹き荒れ、雨が激しく降っていた。情報をもたらしたのは実は猿ではなく、梁田政綱であった。嵐の中で部下は「この嵐に乗じて突撃しましょう」と信長に進言した。
 しかし、信長はその策をとらなかった。
「それはならん。嵐の中で攻撃すれば、味方同士が討ちあうことになる」
 なるほど、部下たちは感心した。嵐が去った一瞬、信長は立ち上がった。そして、信長は叫んだ。「突撃!」
 嵐が去ってほっとした人間の心理を逆用したのだという。山の上から喚声をあげて下ってくる軍に今川本陣は驚いた。
「なんじゃ? 雑兵の喧嘩か?」陣幕の中で、義元は驚いた。「まさ……か!」そして、ハッとなった。
「御屋形様! 織田勢の奇襲でこざる!」
 今川義元は白塗りの顔をゆがませ、「ひいい~っ!」とたじろぎ、悲鳴をあげた。なんということだ! まろの周りには八百しかおらん! 下郎めが!
 義元はあえぎあえぎだが「討ち負かせ!」とやっと声をだした。とにかく全身に力がはいらない。腰が抜け、よれよれと輿の中にはいった。手足が恐怖で震えた。
 まろが……まろが……討たれる? まろが? ひいい~っ!
 この合戦を、利家の父・利昌は遠くからみていた。家臣が「犬千代殿はどこに?」ときくと、「ほら。あそこじゃ」と指差した。「親よのう。子のことはすぐわかる」
 利昌は遠くの息子の奮戦を眺めた。表情はおだやかであった。
「御屋形様をお守りいたせ!」
 今川の兵たちは輿のまわりを囲み、織田勢と対峙した。しかし、多勢に無勢、今川たちは次々とやられていく。義元はぶるぶるふるえ、右往左往する輿の中で悲鳴をあげていた。 義元に肉薄したのは毛利新助と服部小平太というふたりの織田方の武士だ。
「大将! 義元の首を!」利家のたったひとりの家臣・村井又兵衛(長頼)が利家にいった。「又兵衛!」利家は叫んだ。「お前が首をとれ!」
「下郎! まろをなめるな!」義元はくずれおちた輿から転げ落ち、太刀を抜いて、ぶんぶん振り回した。服部の膝にあたり、服部は膝を地に着いた。しかし、毛利新助は義元に組みかかり、組み敷いた。それでも義元は激しく抵抗し、「まろに…触る…な! 下郎!」と暴れ、新助の人差し指に噛みつき、それを食いちぎった。毛利新助は痛みに耐えながら「義元公、覚悟!」といい今川義元の首をとった。
 義元はこの時四十二歳である。
「義元公の御印いただいたぞ!」毛利新助と服部小平太は叫んだ。
 その声で、織田今川両軍が静まりかえり、やがて織田方から勝ち名乗りがあがった。今川軍の将兵は顔を見合わせ、織田勢は喚声をあげた。今川勢は敗走しだす。
「勝った! われらの勝利じゃ!」
 信長はいった。奇襲作戦が効を奏した。織田信長の勝ちである。
  かれはその日のうちに、論功行賞を行った。大切な情報をもたらした梁田政綱が一位で、義元の首をとった毛利新助と服部小平太は二位だった。それにたいして権六(勝家)が「なぜ毛利らがあとなのですか」といい、部下も首をかしげる。
「わからぬか? 権六、今度の合戦でもっとも大切なのは情報であった。梁田政綱が今川義元の居場所をさぐった。それにより義元の首をとれた。これは梁田の情報のおかげである。わかったか?!」
「ははっ!」権六(勝家)は平伏した。部下たちも平伏する。
「勝った! 勝ったぞ!」信長は口元に笑みを浮かべ、いった。
 おおおっ、と家臣たちからも声があがる。日吉も泥だらけになりながら叫んだ。
 こうして、信長は奇跡を起こしたのである。
  今川義元の首をもって清洲城に帰るとき、信長は今川方の城や砦を攻撃した。今川の大将の首がとられたと知った留守兵たちはもうとっくに逃げ出していたという。一路駿河への道を辿った。しかし、鳴海砦に入っていた岡部元信だけはただひとり違った。砦を囲まれても怯まない。信長は感心して、「砦をせめるのをやめよ」と部下に命令して、「砦を出よ! 命をたすけてやる。おまえの武勇には感じ入った、と使者を送った。
 岡部は敵の大将に褒められてこれまでかと思い、砦を開けた。
 そのとき岡部は「今川義元公の首はしかたないとしても遺体をそのまま野に放置しておくのは臣として忍びがたく思います。せめて遺体だけでも駿河まで運んで丁重に埋葬させてはくださりませんでしょうか?」といった。
 これに対して信長は「今川にもたいしたやつがいる。よかろう。許可しよう」と感激したという。岡部は礼をいって義元の遺体を受け賜ると、駿河に向けて兵をひいた。その途中、行く手をはばむ刈谷城主水野信近を殺した。この報告を受けて信長は、「岡部というやつはどこまでも勇猛なやつだ。今川に置いておくのは惜しい」と感動したという。
 駿河についた岡部は義元の子氏真に大変感謝されたという。しかし、義元の子氏真は元来軟弱な男で、父の敵を討つ……などと考えもしなかった。かれの軟弱ぶりは続く。京都に上洛するどころか、二度と西に軍をすすめようともしなかったのだ。
前田利家の父・前田利昌は高台の馬上で戦での息子(前田利家)の活躍を見ていたという。
「大殿、よく利家さまを見つけられますなあ」家臣の奥村家福が関心すると、利昌は、
「やはり、親よのう。息子をすぐに、見つけてしまえる。時代は変わるぞ。織田さまは今川をやぶられた。あっぱれじゃ。もう思い残すことはない」
前田利家の父親・前田利昌はそのあとに亡くなっている。
母親のたつは家督をついだ次男・利家の正室・まつに瓶にぎっしり入った銭を見せ、その“へそくり”を贈り物とした。「まつ。侍大将の妻は正直だけでは駄目じゃぞ。お金がなくともあるといいなさい。お金を払わねば、家臣は忠義で命を殿様にささげてはくれないんじゃぞ」
もっともである。こうしてやがてたつも死ぬのである。

   清洲城下に着くと、信長は義元の首を城の南面にある須賀口に晒した。町中が驚いたという。なんせ、朝方にけっそうをかえて馬で駆け逃げたのかと思ったら、十倍の兵力もの敵大将の首をとって凱旋したのだ。「あのうつけ殿が…」凱旋パレードでは皆が信長たちを拍手と笑顔で迎えた。その中には利家や勝家、そして泥まみれの猿(秀吉)もいる。「勝った! 勝った!」小竹やなかや、さと、とも、も興奮してパレードを見つめた。
「御屋形様! おにぎりを!」
 まだうら若き娘であった寧々が、馬上の信長に、おにぎりの乗った盆を笑顔でさしだした。すると秀吉がそのおにぎりをさっと取って食べた。寧々はきゃしゃな手で盆をひっこめ、いらだたしげに眉をひそめた。「何をするのです、サル! それは御屋形様へのおにぎりですよ!」寧々は声をあらげた。
「ごもっとも!」日吉は猿顔に満天の笑みを浮かべ、おにぎりをむしゃむしゃ食べた。一同から笑いがおこる。珍しく信長までわらった。
  ある夜、秀吉は寧々の屋敷にいき、寧々の父に「娘さんをわしに下され」といった。寧々の父は困った。すると、寧々が血相を変えてやってきて、「サル殿! あのおにぎりは御屋形様にあげようとしたものです。それを……横取りして…」と声を荒げた。
「ごもっとも!」
「何がごもっともなのです?! 皆はわたしがサル殿におにぎりを渡したように思って笑いました。わたしは恥ずかしい思いをしました」
「……寧々殿、わしと夫婦になってくだされ!」秀吉はにこりと笑った。
「黙れサル!」寧々はいった。そして続けた。「なぜわらわがサル殿と夫婦にならなければならぬのです?」
「運命にござる! 寧々殿!」
 寧々は仰天した「運命?」
「さよう、運命にござる!」秀吉は笑った。

 話を少し戻す。
織田信長は桶狭間においてわずか三千の兵で数万の今川義元軍をやぶり、義元の首をとった。大勝利であった。その戦には寧々の父親も参戦していたのだという。
勝利軍は清洲城下に凱旋してきた。当然ながら高級武士に怪我は少ない。
足軽や輜重兵らが傷だらけで続々と徒歩で歩いて帰ってくる。だが、”勝ち戦”であることが彼らの足を軽くした。
寧々と妹のややは義父・浅野孫左衛門の姿を探していた。
「どなたか、義父の浅野孫左衛門の姿を見ませんでしたか?」
「おっ!」猿のような顔の足軽の藤吉郎(のちの秀吉)が寧々に声をかけた。「そなたの義父なら見かけたぞ!」
「本当にござりまするか?義父は無事ですか?」
「おう!少し怪我したがのう。無事じゃ安心せい!」
「怪我を…?」
「心配いらん。すぐにわしがこの木下藤吉郎が連れてくるでな。安心せい。」
「…藤吉郎さま?何故に義父をご存じですの?」
「ははは。主は寧々殿であろう?城下でも美人で有名じゃからのう。自然とわかるのよ、まっちょれ」藤吉郎はどこかへいってしまった。
すると馬に乗った武人を見た。それが寧々の初恋のひと、前田犬千代(のちの又左衛門利家)であった。「犬千代さま!あ!義父上!」
「寧々殿!そちの義父上なら足首を少し怪我をしたが無事じゃ。歩けぬのでわしの馬にのせたのよ」
寧々や妹ややは恐縮してしまった。「そんな犬千代さま。おそれおおい」
「寧々殿、いらぬ遠慮じゃ。同じ織田の兵の仲間じゃで」
のちの前田利家はハンサムで男も惚れるような大丈夫だった。優しい男である。
そして今は藤吉郎が利家の”馬廻り”をしていた。
「犬千代さま、ありがとうござりまする」
「かたじけないことにござりまする」
寧々と妹のややは頭を下げた。寧々は利家に惚れ込んだ。
次に藤吉郎が連れてきた戦傷老人は”他人”だった。「寧々殿!父上を…!え、違う?」
「藤吉郎、孫左衛門を寧々殿の家までお送りしろ」犬千代は命じた。
「はっ!前田さま!」
この瞬間、藤吉郎は寧々に惚れた。猿みたいな小汚い藤吉郎だったが、寧々が犬千代を好きなことなど知る訳もない。……よい女子じゃなあ。猿はでれでれ言ったという。
やがて、寧々は犬千代には許嫁のまつという女性がいることを知ってしまう。
寧々は失恋した。悔しくてただ悔しくて泣いた顔を桶の水でじゃばじゃば洗った。
藤吉郎と寧々が結婚するとは寧々本人にもわからなかった。
畑仕事をしていると寧々にぞっこん惚れ込んでいる藤吉郎がきた。
「おお!寧々殿、わしも畑仕事の手伝いをしようかのう?」
「けっこうです!足軽の方には畑仕事はわかりますまい」
わざとじゃないがついつんつんとした声で寧々はいった。
「わははは」藤吉郎は笑って「わしはのう、今でこそ足軽じゃが、もとは百姓のせがれじゃぞ。野良仕事は得意なんじゃ。わしは中村村の百姓の子供として生まれたがのう。八歳で家出していろいろやった。薬売りや商人やがまの油売り…生活のためにあらゆる仕事をやったものじゃで。今川の家来の足軽じゃったこともある。松下さまの家来で、松下さまの木下であやかって木下…木下藤吉郎としたんじゃ。じゃが、織田の殿様が好きになって織田についた。そしてどうじゃ?織田さまが勝った!織田信長さまこそ天下に号令されるに値する方じゃ」
「そうですか。藤吉郎さま。興味ありません」
「寧々殿。何を意地をはっておるのだ?」
「意地などはってはおりませんわ。失礼な」
「いやあ。それはどうかのう。寧々殿。寧々殿は犬千代さまに惚れておったのじゃろう?」
「な!失礼な!」
「まあ、素直にのう。確かに犬千代さまは男前じゃ。じゃが、惚れる相手が悪い」
「何故に?!」
「犬千代さまは武家の名門のお方じゃ。おまつさまも赤子の頃より犬千代さまのおかかにきまっておったのじゃ」
「えっ?赤子?」
「わしはどうじゃ?寧々殿。わしが相手では駄目か?」
寧々は押し黙った。
「猿殿には猿殿にふさわしい女子がいるじゃねいですかねえ?」
「それが寧々殿よ。のう?」
「だまらっしゃい!何故猿殿と一緒にならねばならんのですか?」
「それは…」藤吉郎はもったいぶった。「わしのかか(妻・母親)になってもうそ、寧々殿」
「なんでです?!何故わたしなんです?」
「惚れたんじゃ。寧々殿に惚れたんじゃ」
「…」寧々は動揺した。…惚れたって……この猿のような顔の足軽が?わたしを??


  かくして、秀吉は寧々と結婚した。結婚式は質素なもので浪人中の前田利家とまつと一緒であった。秀吉は寧々に目をやり、今日初めてまともに彼女を見た。わしの女子。感謝してるぞ。夜はうんといい思いをさせてやろう。かわいい女子だ。秀吉の目が寧々の小柄な身体をうっとりとながめまわした。ほれぼれするような女子だ。さらさらの黒髪、きらめく瞳、そして男の欲望をそそらずにはおけない愛らしい胸や尻、こんな女子と夫婦になれるとはなんたる幸運だ! 秀吉の猿顔に少年っぽい笑みが広がった。少年っぽいと同時に大人っぽくもある。かれは寧々の肩や腰を優しく抱いた。秀吉の声は低く、厄介なことなど何一つないようだった。
藤吉郎と寧々は翌日、中村村に出かけた。辺り一面田んぼや畑である。その萱葺屋根の百姓の身分が秀吉の出自であった。
畑では秀吉の母親のなか(のちの大政所)ときい(のちの朝日)や小一郎(のちの秀長)らが畑仕事をしていた。
「よう!おっかさま!小一郎!きい!」秀吉は笑顔で声をかけるが母親のなかはあからさまに嫌な顔をして「なんの用じゃ?藤吉郎。わしらは百姓じゃ。足軽だかの戦をする子供などおらの子供じゃねえ!」などという。
「そんなおっかさま。嫁を連れてきたんじゃ!」
「……嫁?」
「そうじゃ、嫁じゃ!ほれ、みい!名前は寧々じゃ。きれいな女子じゃろう?」
「知るか!藤吉郎、足軽をやめねば家にあげんでのう!」
「おっかさま?何を怒っちゅで?足軽の何がいかんでえ?」
「侍は嫌いなんじゃ。足軽もひとを殺すにはかわりない。百姓でええでないが?」
小一郎が言葉を挟んだ。「まあまあ、おっかさま。兄さんがせっかく嫁っこ連れてきたんじゃけい。まあ、話をききましょう。」
「嫌じゃ!嫌じゃ!侍は嫌いじゃ!」
なかは畑仕事を放り出して、質素な萱葺屋根の木造家屋に姿を消した。
「おっかさま!おっかさま?!ありゃ、玄関が開かん。かんぬきをかけよったんじゃな?」
寧々はずっと戸惑っていたが、やっと声を出した。
「お母上様、寧々と申します。どうかお話をお聞き下され」
部屋の奥からなかが「ならば寧々さんとやら、藤吉郎に足軽をやめて百姓に戻るように説得してちょ!頼むでい。のう?」
寧々は息を呑んだ。そして言った。「それは出来ません。藤吉郎さま、いや、旦那様は足軽として織田信長様に仕えると決めたのです。男子一塊の志です。何故にその志をくじけましょうや?」
「よくいった!さすがはわしのおかかじゃ!」
藤吉郎は寧々を褒めた。そういうことなら仕方ない。なかは諦めた。
玄関をあけて「……まあ、中にはいりんしゃい。小雨がふってきた。濡れるでのう。」
藤吉郎は母親のなかに結婚を認めてもらった。「まあ、結婚はふたりのことじゃで」
藤吉郎はやがて薪当番の役目を織田方から勧められ、実績をあげてどんどん出世していく。
弟の小一郎(のちの秀長)や妹婿の甚兵衛や弥助や喜助らも家来とした。
寧々を驚かせたのは盗賊として有名な蜂須賀小六や子分のガンマクや新兵衛なども藤吉郎は家来としたことだという。寧々はあまりの旦那さまの勢いに戸惑う事が多かった。
だが、寧々は持ち前の包容力と機敏でおきゃんな性格で立ち向かう。
「旦那様、夕飯を食べなしゃれ」
「おお!うまい!さすがわしのおかかじゃ!おかかを女房としてわしは家宝ものよ!」
藤吉郎、のちの秀吉は笑った。
織田勢が美濃攻めで、藤吉郎の秘策『墨俣一夜城』が完成する。
この一夜城をもってして織田信長は美濃の斉藤龍興を攻め滅ぼすことに成功する。
だが、藤吉郎、いや秀吉と名前を変えた木下秀吉はうかない顔だった。
「いかがなされました?旦那様?」
「………わしの働きは何であったのかのう?おかか。」
「どうされた?」
「あれだけ活躍したのに信長さまは褒美もくれにゃあで。わしは出世もできんでえら」
「まあ、出世がなんですの?出世より、お前様には思う存分働いて思う存分元気に生きてくだされば、怪我や命がなくならなければ、わたしは満足ですよ。私も強くなります。それではダメなのですか?」
「しかし……出世せんでば意味がないでちょ。頑張って報われなければ駄目だがね」
「お前様!お前様は織田信長公をすきになったとおっしゃった。そのすきな殿を疑われる気ですか?!」
「……いや、信長様は信じちょうでよ。じゃが…」
「ならば励みなされ!かりにも御屋形さまを疑うとは何事ですか?!」
「…おかか。」
「懸命に励めば絶対にその努力は報われる。後のことはこの寧々がやりますゆえ。」
「……おかか。」秀吉は思いを変えた。気づいた。そうだ、わしにはこのおかかがおる!
「わかった!おかか、御屋形さまを信じて頑張ろう!よういった!それでこそわしのおかかじゃ!」
 秀吉は大声で笑った。

利家は妹のようなまつを可愛がった。しかし、寧々に懸想(ラブ)していたという。「しかし世の中わからん。何で寧々殿はあんな猿顔の秀吉などいいんだ?わしのほうが顔はいいのに」利家はまだ少女のまつに愚痴った。子供の頃から荒子城で居候のように育ったまつは「苦労人」である。「好きになるのに理由などありはしません。利家さまにはわたくしがおるではありませんか。それともわたくしでは不服ですか?」  
 利家は只、納得したように頷くしかない。「不服ではないがのう…」
 かくして、秀吉は寧々と結婚した。結婚式は質素なもので浪人中の利家とまつ(利家二十二歳、まつ十二歳、2男9女に恵まれる)と一緒であった。利家はまつを見た。あのあどけない幼女だったまつが、こんなに可愛い娘になり、嫁になってくれた。利家は嬉しかった。本当に。心よりの底から。
  信長が清洲城で酒宴を繰り広げていると、権六(勝家)が、「いよいよ、今度は美濃ですな、御屋形様」と顔をむけた。信長は「いや」と首をゆっくり振った。そして続けた。「そうなるかは松平元康の動向にかかっておる」
 家臣たちは意味がわからず顔を見合わせたという。

  利家の父・前田利昌が死んだ。知らせをきいた利家だったが、戦の準備で葬儀に出席できなかった。そこで、利家は神社で号泣しながら、信長に「御屋形様! 『敦盛』を! わたくしめにみせてくだされ!」と嘆願した。
 信長は「誰か死んだか?」と尋ねた。利家は答えず、涙をぼろぼろ流し続けた。
 信長は『敦盛』を舞いはじめた。
 ……人間五十年、下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり、一度生をえて滅っせぬもののあるものか………
  それは、信長からのレクイエムだった。利家は只、号泣するのみ、だった。
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