緑川鷲羽(改名、上杉(長尾)景虎) 上杉奇兵隊日記「草莽崛起」<上杉松下村塾>

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【パールハーバー真珠湾宣言】緑川鷲羽<真珠湾ドクトリン>今孔明諸葛孔明独占宣言2

2016年12月28日 15時36分58秒 | 日記























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「一八六〇年の選挙においてアブラハム・リンカーンは、国民の半分が奴隷で半分が自由というこの国家が存続し得るかが問題であると語った。新世紀維新のこの世界において、問題は世界が半分自由で半分はらぺこという状態で果たして存続でき得るかということである。 世界は、われわれが今歩んでいるような自由の方向に向かっているのだろうか。それとも独裁の方向へむかっているのだろうか。これに対する答えは、われわれがこの世界で何をするか、どのような社会を作り上げていくかにかかっていると私は考える。
 もしわれわれがここ日本で努力し、互いの責任を全うし、前進する勇気を捨てなければ自由というものが世界中で安全となろう。しかし、もしわれわれが失敗すれば、自由もまた失われる。
 故に日本国民に投げかけられた疑問は明白である。われわれは今、ベストを尽くしているのだろうか。可能性のリミットまで追及しているだろうか。われわれは本来持つべき強さをもっているだろうか。われわれに援助と生存を賭ている国々との友好を維持できるだけの強さがあるだろうか。
 まず私は明白にいいたい。われわれは今、ベストをつくしていない、と。日本人としては今のわが国の進展度に満足していない。
 祖国日本は偉大な国である。しかし、もっと偉大な国家になれる。パワーフルな国家であるが、もっとパワーフルになれると私は信じている……。
 私はあらゆる日本人が憲法に保障された権利を享受できるまで満足できない。異人の子供は、これは朝鮮人と日系人についてもいえることだが、この世に生まれても高校を卒業できるチャンスは日本人の子供の半分しかない。
 また、九〇億ドルの余剰食料がありながら、19億人の人が一日わずか五セントの価値しかない食料を毎月政府から受け取らなければならないという事実に、私は満足できない。
 一九三三年、かのフランクリン・ルーズヴェルトはその就任演説で、後の世代のアメリカ国民は運命とランデヴーしていると語った。新世紀維新の日本国民もまた、運命とランデヴーしていると私は思う。
 問題の核心は、自由というものがかつてないほどきびしい攻撃にさらされている中で、果たして維持され続けるのであろうかということである。私はされ得ると信ずる。すべては、われわれがこの国でなにをするかにかかっている。
 日本が再び動き出す時がきたと私は確信する。

 アメリカの威信が地に落ちたというが、それは代弁者が語るレヴェルでしかない。米国大統領はアメリカの威信が低下していると、ことあるごとに言っている。彼のような責任ある立場にいる人間がそんなことを言うから、アメリカの威信が落ちるのだ。アメリカをこきおろす大統領の国民としての責任感を私は疑う。
 多くを与えられている者には、多くが要求される。そしていつの日か、歴史という高貴な裁きの場で、われわれが国家にたいするつかの間の奉仕においてどれだけの責任を果たしたかが問われるだろう。その時、四つの疑問に対しわれわれがどう答えるかで審判が下されるだろう。
 第一に、われわれには真の勇気があったか。その勇気とは、単に、敵にたいするものでなく、必要とあらば仲間に対しても立ち向かうことのできる勇気であり、公のプレッシャーだけでなく、私的な欲望にも立ち向かえる勇気である。
 第二に、われわれには真の判断力があったか。未来と過去を真っ正面から見つめ、自らの過ちを認め、自分たちの知識の限界を知り、それを認める英知があったか。
 第三に、われわれには真の尊厳があったか。自らの信念を貫き通し、人々の信頼を裏切らなかったか。政治的野望や金銭的欲望のために神聖なる任務を汚さなかったか。
 最後に、われわれは真に国家に献身したか。名誉や特定の人間やグループに妥協せず、個人的恩恵や目的のために道を曲げず、ただひたすら公共のため、国家のために身を捧げたか。
 勇気、判断力、尊厳、献身……これら四つの要素が私の政権の活動の基準となるであろう。
 恭謙の念をもってこれからの任務につくにあたって、私は神の助けを求めたい。しかし、この地上では神の御意志はわれわれ人間が実行に移さなければならぬということを心に刻んで、私はこの新しい厳粛な旅に向かう。あなた方の支持と祈りを切にお願いしたい」




「われわれは自由と生存と成功のためにはいかなる代償も払い、いかなる重荷をもにない、いかなる苦難にも立ち向かい、いかなる友をも支援し、いかなる敵にも反対する。
 もし自由社会が多くの貧しい人々を助けることができないなら、富める少数を助けることはできない。
 中国インド東南アジア国家とはアライアンス・フォー・プロブレスを築き、新しい関係をつくりたい。 そして、国連にはもっともコミットしたい。
 国連は”われわれに残された最後のそして最大の希望”である。われわれはこの国連の強化を推めねばならない。
 北朝鮮のことはもう一度再提議さけなければならない。北朝鮮の暴発に対して、私はこう言いたい。”レット・アス・ビギン・アニュー”と。軍縮を推め、誠意をもって交渉にあたる、分裂よりも協調を推めていこう、と。
 中国、日本双方とも科学の恐怖ではなく、科学の驚異を引き出すために力を合わせようではないか。共に星を探索し、砂漠を征服し、病を根絶し、深海を開発し、芸術と通商を奨励しようではないか。
 そして共に”重荷を解き、迫害されるものを自由にせよ”というイザヤの言葉を、地球のすみずみまで広げるために力を合わせようではないか!
 このプロセスには大変な時間と忍耐を必要とするが、大事なのは始めることである。
  建国以来、日本国民は各世代ごとに祖国に対する忠誠をその行動で示すことを要請されてきた。その要請に応えた若き日本人たちの墓標は、日本中をとりまいている。 今また軍儀のほら貝がわれわれを呼んでいる。武器は必要としてもそれは武器をとれとの呼び掛けではなく、抗争の真っ只中にあろうとも戦闘への呼び掛けでもない。それは行く年、来る年”望みの中に喜び、艱難の中に耐える”長い夜明け前の戦いー独裁、病、貧困、そして戦争などの全人類共通の敵に対する戦いのための重荷を背負えとの呼び掛けである。
 これらの敵に対して北も南も東も西も含めた世界的な同盟を結ぼうではないか。全人類にとって、より実り多い生活を保障するための一大同盟の結成である。この歴史的努力に参加していただけるだろうか?
 長い世界の歴史の中で、自由というものが最大の危険にさらされている時、それを守る役割をさずけせれた世代はごく少なかった。
 この一大事業にそそぐわれわれのエネルギー、信念、献身こそが祖国とそれに仕えるすべての者たちに灯をともし、その火から発する輝きが真に世界を照らすことになるのである。
 故にわが同胞日本国民よ、国家があなた方のためになにをするのかではなく、あなた方が国家のために何ができるかを問うてもらいたい。
 わが世界の同胞よ、日本があなた方になにをするかではなく、共に人間の自由のために何かができるか問うてもらいたい。
 最後にあなた方が日本市民であろうと世界市民であろうと、われわれがあなた方に求めるのと同じ高い水準の強さと犠牲を、われわれに求めてもらいたい。
 安らかな良心を唯一の確かな報酬とし、歴史をわれわれの究極の審判となし、神の恵みと助けを求めながらも、この地上では神のみわざはわれわれ自身の所業でなければならないことを心に刻みつつ、愛する祖国を導き前進していこうではないか」
          
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