緑川鷲羽 上杉奇兵隊日記「草奔掘起」

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

教育の失敗としつけ

2010年06月14日 12時13分12秒 | 日記
**  教育改革こそ急務 『奇兵隊』はまずそこから攻撃する*******
            みどりかわ わしゅう
 作家/総合プロデューサ 緑川鷲羽

  佐世保長崎神戸…鬼畜が幼児を殺して何年か過ぎた。しかし、加害者の両親からの謝罪は一切ない。社会に甘ったれているのだ。大人なら当然死刑のはずなのに、犯行時に未成年ということで死刑にもならず保護処分。世の中ナメきっている現状だ。少年少女は被害者の遺族に謝罪もせず、謝罪書も何もない。ごめんなさいなどというだけだ。
 酒鬼薔薇を仙台に出し、もうすぐ佐世保ガキ鬼畜娘も野に放つという。触法少年で少年らが犯罪をつぐなわないなら、両親がカメラの前で謝罪すべきだ。モザイクや声変換でもよい。まず、当たり前の謝罪をしろ。親として自分の子供の罪を謝罪しろ。確かに、父親は失業、母親は後ろ指差されるだろう。しかし、殺された被害者の苦痛に比べたらたいしたことではない。TVカメラの前で土下座すれば鬼畜少しは反省するに違いない。しかし、鬼畜の再犯の危険は大だ。少年はすぐ社会に出る。再犯発生の責任は誰がとるのだろう? 最近、つとに青少年犯罪(しかも16才以下)が増加の一方だという。11才長崎少年A、酒鬼薔薇、15才連続レイプ犯人…。また、私自身、十数年前こんな事件を経験している。 仙台市に住んでいた学生時代、アパートの近くの「仙台s町中学」の生徒が何の理由もなく(ストレス発散の理由だろうが)私に罵声をあびせかけてきた。すると、周囲にいた学生連中も「バーカ!」と、私を一年以上に渡って罵倒、嘲笑、投石しだした。いくら注意しても効果なし。まさに鬼畜そのもののガキどもだった。校長やマスコミに知らせてやっと事件は表面化したが、鬼畜は発覚後も私のだと思って「となりのひとのバイク」を盗んでテロをした。小さな出来事かもしれないが、これが日本社会の縮図である。
 何故こんなことになるのか? 親の甘やかしだ。子供に人権をというなら人間としての自覚や責任も躾ねばならない。それがなされてないから今子供はひどい事になってるのだ。 日本教育の崩壊はもうきてるのに何で日本人は平気な顔で「愛子さま」だの「アザラシ」だの「藍ちゃん」「さつきゆかり杉村」などとペテンにも気付かないのか?
「キモいんだ馬鹿!」03年クリスマス・イブの正午頃、散歩中の私に近所の小学生たちが罵声を浴びせかけた。私は怒るより茫然とした。酒鬼薔薇、長崎少年A、放火小4……。  教育とは国民のインフラである。しかし、戦後の文科省のマニュアル教育、サラリーマン教師、しつけ無視の甘やかし親のおかげで日本教育は崩壊の寸前にある。今の子供は自分の頭ではイジメを別として考えられない、やっていいことと悪いことの区別もつかない記憶力だけのメモリーマシンだ。彼らの憧れの的「東大」にしても世界大学ランキングでは100位にも入らないほど体たらくだ。しかし、大企業に入りたい、官僚になりたい……という意味のないメンタリティで浪人する輩も多いときく。将来の目標のためではなく、事実は「就職に有利になる」から。日本の会社の人事部が「学歴」だけで判断し、採用を決めるのを彼等は知ってる。日本教育は崩壊したと思う。そう罵声で感じた次第だ。 そしてそれから更に一年後(04年9月)、やっとガキが反省して自殺した。するとガキの父親が今まで謝りにこなかったのが嘘のようにこちらの家にきて、「犯人だなんて! ふざけるな!」と自分のガキの悪口や悪態について謝罪するどころか怒鳴りこんでくる。 そして05年夏。今度はゴキブリ父親とダチが「復讐」とばかりにインターネットで改造拳銃を入手して私をコンビニの前で暗殺しようと試みる……
 もちろんそんな悪辣な真似で死んだりはしないが、そのゴキブリ父親とゴキブリダチは警察に捕まって(ゴキブリ父親は逃走して山中の駐車場で車と自分に灯油かけて焼身自殺した)とんでもないことになった。ゴキブリ父親は死んだが、まだダチは改造拳銃取り上げられたからと花火(笑)を近くで休みの日になると打ち上げて威嚇している。そんな馬鹿行為で威嚇になってると思ってやがる。馬鹿の相手してられない。
  私は今の日本の子供に何の希望も抱いていない。他人に罵声を浴びせかけたり、イジメ、殺人、テロ、売春……昭和中期以前には考えられないテロを犯す子供が雨後の筍のように日本中にバッコしているからだ。世間は教育の失敗というかも知れないが、真実は、「親の甘やかし」「しつけの欠如」である。今の親やその親(団塊の世代)は子供へのしつけをちゃんとやってこなかった。出来の悪い子供の子供もまた出来が悪くて当然だ。
 では、どうすればよいか? 私は「ボランティア研修」だと思う。老人ホームや東南アジアやアフリカに点在する難民キャンプで1か月(中学1年期高校1年期)、日本の子供にボランティアさせるのだ。 自分とは違った世界の人々の苦労を知って、そのひとのために献身的に働く。これこそ慈悲の心、思いやり、道徳心を植え付ける格好の策だ。しかも語学まで磨ける。もう日本の子供をまともにするにはこれしか方法がないのではないだろうか? 教育とは国民のインフラです。しかし、戦後の文科省のマニュアル教育、サラリーマン教師、しつけ無視の甘やかし親のおかげで日本教育は崩壊の寸前にあります。今の子供は自分の頭ではイジメを別として考えられない、やっていいことと悪いことの区別もつかない記憶力だけのメモリーマシンになっているのではないでしょうか? 
 だからこそ平気で他人様に罵声を浴びせかけたりするのです。すべては親の甘やかしです。いよいよ「小学校」にも学級崩壊、イジメ、学力低下、道徳欠如……がきた、ということではないでしょうか? この寄稿を読んで、私に罵声を浴びせる児童が「自分が悪い。すみません」と謝りにくればいいが、現実はそうではないでしょう。
 きっと、何食わぬ顔で「自分はいってない」とシラをきり通すのが関の山ではないでしょうか? 町村地区にまで治安悪化が叫ばれています。そして、とうとう小学生まで「汚染」されてしまいました。となりの皆川という男子小学生もよく罵声を浴びせ掛けてくる。 これを読んだ犯人児童君、あやまりにきなさい。まだ、間に合う。トゥ レートだが、まだ間に合う。あやまりにきなさい。そして、自分は鬼畜じゃないんだ、というとこをわれわれ大人にもみせて下さい。犯人男子児童君、あなたは鬼畜ですか? それとも人間ですか?
  この国では被害者より加害者のほうが丁寧に扱われる。しかもこの国の法は青少年にはつとに甘い。”まだ将来がある青少年で、更生の余地があるから…”などと酒鬼薔薇や長崎12才・佐世保少女Aを家裁送検にするだけだ。どこに”更生の余地がある”というのか? これでは被害者はうかばれない。TVでそうした人を殺した少年にインタビューする場面を見たが、被害者の親が訪ねると「用はない。帰れ、警察呼ぶぞ」などと加害者の元少年はいった。また、加害者の親も「息子は少年院いって罪ほろぼししたんや」などという。 更に追及すると「いい加減にせいや! 殺すぞ!」などとキレる。いい加減、この国も現実をみるべきだ。青少年でもひとを殺せば死刑、とすれば、ガキのテロは抑止できるはずだ。とにかく、ガキを甘やかしてはいけない。なぜ今、青少年犯罪が増加しているのか? 甘やかしの結果だ。まず、殺したら死刑に! それが現実的青少年殺人抑止策であろう。この国を救えるのは国民の危機感だ。
  この国は今や危機に瀬している。先進国では最大の債務国、失業率急増、教育問題、年金問題、少子化問題、青少年凶悪犯罪増加、イラク・北朝鮮問題…どれをとってもドンずまり状態である。しかし、国民も政治家もまったく危機感覚がない。
「牛丼がなくなる」だの「愛子さま」だの「芸能人が妊娠」だのとどうでもいいことにふりまわされている。もはや構造改革をしなければ日本は沈むというのが世界の常識なのにだ。まったく危機意識というものがない。
 行動を起こさないのが一番ダメだ。それから最後に『英才教育の前に「道徳教育」を!』といいたい。
  最近、日本人の子供の学力低下と道徳低下が問題になっているときく。
 子供は親の背を見て育つものだ。人の迷惑もかえりみず子供をファーストクラスに乗せたり、高級バーに連れてったりする親を見て育つ子供は、それが大人の世界だと勘違いしてしまう。確かに体罰はいけない。が、自分の子供がひとに迷惑をかけたら叱らなければ、子供は「自分は悪いことしたんだ」とどうして気付くだろうか? 英会話もいい、ピアノやバレエや高学歴もいい。只、その前に生きるためのルール、道徳を身につけさせなければ意味はない。人に迷惑をかけない、悪いことをしたら謝る、嘘をつかない、ひとにあったら挨拶をする、食べ物を残さない、悪口や罵倒嘲笑をしない…ルールは沢山ある。
 それを身をもって母親父親は子供に教えなければダメなのだ。
 大人が変われば子供も変わる、英才教育の前に「道徳教育」をまず実施するべきだ。
********  終戦記念日と謝罪  **********
  広島長崎への原爆投下そして終戦(敗戦)から六十年になる。歴史の清算一切なし。 広島や長崎では平和記念がおこなわれ、日本中が涙した。しかし、私は疑問に思う。確かに広島長崎で二十万人もの民間人がなくなった。太平洋戦争でも大勢が戦死した。
 だが、なぜ日本人は『被害者意識』しかもてないのだろう? 広島長崎で二十万人が死んだというのは事実だ。しかし、日本軍人たちが朝鮮や大陸や東南アジアで侵略、虐殺、レイプ、虐待、略奪したのもまた事実なのだ。中国やアジアでの死者は二十万人どころではない。すべては過去の侵略戦争を教育してこなかったためだ。だから今だに被害者意識丸だしの番組コンテンツばかりつくる。ガキのたわごと…みたいなのを!
 教育が失敗してる為に日本人は『被害者』意識しかもてない。だから、今だに「侵略などなかった」などという妄言をはく馬鹿があとをたたない。まず、被害者意識をもつまえに謝罪の気持ちをもつことだ。それが国際化というものだ。日本人の不幸は過去の侵略戦争についてまともに教育を受けてこなかったことに尽きる。だから今だに「日本軍による侵略はなかった」「従軍慰安婦なんてなかった」「南京大虐殺はなかった」などと妄言を吐く連中があとをたたない。確かに太平洋戦争で日本軍人は三百万人戦死した。しかし、侵略虐殺強姦したのもまた事実なのだ。「南京大虐殺」にしても30万人虐殺は多すぎる。しかし、例え千人でも百人でも殺されれば虐殺なのだ。 中国の文革では二千万人が死んだ。しかし、毛はいまも英雄だ。靖国にはA級戦犯も祭られている。日本のために死んだ戦没者には気の毒だが、犬死にだったといわねばならぬ。 戦没者は、錦の御旗の靖国神社などに祭られたくないはずだ。そこで私が提案するのは、A級戦犯を分祀し、神社をつぶして、広島の平和モニュメントのようなものを作ることだ。 それと、ちゃんと日本軍の侵略戦争について子供たちに教育すること。それに尽きる。            

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太平洋戦争 ファーストクラス 終戦記念日 長崎への原爆投下 北朝鮮問題 従軍慰安婦 少子化問題 世界大学ランキング 団塊の世代 老人ホーム
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