緑川鷲羽(改名、上杉(長尾)景虎) 上杉奇兵隊日記「草莽崛起」<上杉松下村塾>

政治経済教育から文化マスメディアまでインテリジェンティズム日記

命のヴィザ 杉原千畝六千人の命のビザ映画『杉原千畝』記念ブログ小説5

2017年11月26日 04時54分58秒 | 日記


































  千畝は三郎と支度にかかっていた。早稲田大学進学のため東京にいくからだ。
 三郎はいう。
「……東京には美人がおおいっていったろう?」
「またかい? さぶちゃんは好きだねぇ。女の子が」
「いや。違う。ただ、女の子といちゃいちゃするのが好きなだけだ」
「いちゃいちゃ…?」
「あぁ」三郎は頷いた。
「でも、あいちゃんはどうするの? ほっといたら悪い虫がつくかも知れないよ。もっと猛烈に告白しなくちゃ」
「……それがいかん」
「……え?」
「千畝……強く攻め守るだけがすべてではないのだ。例えば、虎と人間のどちらが強いか?虎だ。しかし、虎は人間によって討ち取られ……皮を毟られる。だから虎は必死に抵抗し、人間を殺そうとする。だが…鞭と鞭ではどうにもならん」
「…というと?」
「虎に餌を与え、飴を与えれば虎もいうことをきく」
「はあ?」千畝は顔をクエスチョンマークにした。「…どういうこと?」
「いや。その……飴と鞭さ。とにかく」
 三郎は強くいった。
 で、千畝は「…はあ? わからないよ」といった。
 なんのことか分からず、彼は首を捻るばかりだった。
「ははは。わからなきゃいい。」
 三郎は負け惜しみを言った。
自分でもむなしい気分に、なった。



   鈴木三郎と杉原千畝は東京にいくため、駅にいた。
 当時は蒸気機関車で、いわゆるSLである。岐阜駅で、ふたりと出迎えの両親、そして、高橋あいが見送ることになった。曇り空の午後だった。
 駅には東京や大阪など都市の売春宿に売られていく娘たちの姿もある。
「じゃあな、あい」三郎はリュックをせおった書生姿でいった。
 千畝も書生姿で「あいちゃん、元気でね」と声をかけた。
 あいは動揺してると、それからは三郎のペースで、しおらしくあいに声をかけ、
「あい。……元気でやるんだぞ。結婚して子供もいっぱい産んでさ」と笑顔をつくった。「子供? 三郎さんったら」
 あいと三郎と千畝は握手をかわした。
 なんにしても絆が結ばれた瞬間だった。過去のしがらみを捨て、新たな絆が、今、この瞬間に結ばれたのだ!
 あいはそう思った。
 やがて、ふたりを乗せた列車は黒煙をあげながら出発し、遠くなり、やがて見えなくなった。それでも、あいは手を振りつづけていた。
 もう永遠の別れだろうか? いや、そうではない。
 あいは心に決めていた。
 ………いつかは私も東京に……この田舎から出て…一緒に…




「あいはいるかえ?」
 数日後の昼、三郎の母・つね(かなり年増)が高橋家を訪ねてきた。
「あら?」
 あいは食事の支度をやめて、笑顔を見せた。この数週間というもの、ふたりが去ってから生きたここちがしなかった。慰めが…ほしい。そう思っていた。
「あい、ちょっとお前に話があるのじゃがな」つねはいった。
「なんですか? 三郎さんのおっかさん」
「お前は…」つねは続けた。「三郎のことをどう思う?」
「え?」
 あいは言葉を失った。……三郎のことをどう思う? ときかれても、答えがでなかった。「三郎が好きか?」
「……えぇ。でも、杉原さんも好きです。ずうっと幼い頃から一緒だったんですもの」
「わが鈴木家の嫁にならんか?」
 つねは蛇のような目でいった。
「…え? 嫁ですか?!」
 あいはびっくりした顔で、目を剥いた。
「そうじゃ。どうせせがれは東京ではやっていけん。すぐに岐阜に逃げ帰ってくる」
「そ……そんな」
「そこで、あい! お前と所帯をもてば、せがれは稼業の畳屋を継ぐじゃろう」
 あいは絶句した。
 つねは「何が大学ぞ。なにが外交官ぞ」と悪態をついた。
「でも…」あいは必死に「三郎さんの夢なんですから……それに」
「なんじゃ?」
「杉原さんも……千畝さんもついていますし」
「それがいかん! 糞真面目を絵にかいたような杉原のせがれと三郎では水と油じゃて。どうせせがれは逃げ帰ってくる」
「……そんなこと……」
「あい!」つねは拝み出した。「三郎と一緒になってやってたもれ!」
 あいは何といっていいか、わからなかった。そして、……この田舎から出てみたい……という気持ちを強く抱くようになっていくのだった。…ここから…出てみたい。しかし、徹底した男尊女卑で、女性は低賃金労働されて「子供を産み、育てて、家庭を守るもの」として選挙権も与えられず、差別を受けていた。この頃、日本軍による侵略と虐殺は続いていた。中国で、朝鮮で、東アジアで、日本軍は市民を虐殺し虐待し強姦し続けていた。かつての北朝鮮のドラマでの日本軍人さながらの虐殺を、していた。         


         ハルビンへ!




   大正七年、三郎と千畝は早稲田大学に入学した。
 最初の杉原千畝の夢は「外交官」というより、「英語教師」だったという。
 三郎の両親は仕送りをたんまり送ってきたが、杉原千畝には仕送りがなかった。そのため、千畝はアルバイトに明け暮れる日々を送っていた。
 新聞配達、ビール工場、道路工事………千畝は何でもやった。そして、学業も両立させた。しかし、貧乏で、食べられないことも多かったという。
 だか、三郎は金を湯水のように使い、遊郭遊びもやった。


  一方、岐阜の田舎にいる高橋あいは働くことにした。高橋あいことあいは、地元の養蚕工場と所属契約した。現在でこそ養蚕は斜陽産業だが、当時は花形産業だった。あいは、話題となっていた。注目点はなんといってもコケテッシュな美貌だった。はっきりいって、高橋あいは可愛い。美女だ。文句のつけようもない。
 契約には背広姿の義父も同席して、あいこと高橋あいがミスしないように監視していた。あいは髪をゆって、質素な和服姿である。しかし、この時代は女性には厳しい。低賃金で過酷な労働を強いられる。選挙権さえもらえない。徹底した男尊女卑の時代だった。
  義父とあいが自宅の一室に帰る頃は、もう夕方だった。
 夏だというのに外気はむっとした暑さではなく、清々しい微風まで吹くあり様であった。あいはぐったりしてしまった。義父の”おせっかい”に疲れたのだ。
 あいを監視して、大丈夫かどうか、不安にかられてまた発作でも起こしてはしないかどうか、たしかめなくては。あいにとって契約もかなりの冒険だったに違いない。日頃の手順、自分を守ってくれる手順とは大きく違っていたろう。当たり前だが、そうだ。
 義父は大きな笑顔をつくり、あいの部屋にむかった。きっとあいだって、まともになってる。そんな期待があった。しかし、それは脆くも崩れ去った。父が部屋に足を踏み入れると、足をとめ、その光景に唖然としてしまった。
 部屋のまん中で、あいが号泣していたらだ。
 三郎さんや杉原さんに会いたい。特に、杉原さんに。千畝さんに。
 で、義父は途方にくれた。
(……いったいどうやって、あいを救えばいいんだ?)頭痛のする思いであった。


  東京にながくいるつもりはなかった。いや、大学にながくいるつもりはなかった。早めに、一日でも一秒でも早く認められて、英語教師になる。こんな金のかかる東京なんかより、岐阜のほうがずっとよい。ハッピーになれる。あいのことも気掛かりだし、金はなくて、バイトで眠る時間もほとんどない。認めてくれ! せっかく大学に入れたのに…………まだダメだなんてあんまりだ!
 なんとかバイト料が手にはいった。それで、千畝は胸をほっと撫でおろした。
 しかし、最初の用件をまずすべきで、最初にしなければならないのは夕食だった。腹が減った。とにかくなにか食べなくては。さぶちゃん(三郎)も腹減ったと呟いていることであるし。とにかく、何か食べなくては。下宿から二ブロックほど歩いていくと、よく見かける赤ちょうちんの小料理屋があった。客は、いわゆる庶民たちだ。
 焼き鳥のいい匂いと、酒の香りがある。千畝は下戸だが、三郎は酒豪だった。
「…千畝! 今夜は俺がごちそうするぜ!」三郎はいった。
 千畝は「無理すんなって、さぶちゃん。仕送りだってほとんど使ってしまったんだろ?」「ま……まぁ、な」三郎は頷いた。そしてにやりとして「じゃあ割り勘だ」
「さぶやん…風俗ばかりにいってるから金欠になるんだよ」
「ほっとけ!千畝」 
 杉原千畝は、三郎のあとをのろのろと亀のようについてきて、千畝が店にはいると、千畝ものろのろと店にはいっていった。いらっしゃいませ!、と威勢のいい女の声がする。「さぁ、腹一杯食って呑もうぜ」
 三郎は千畝こと杉原千畝の腕をぎゅっと掴み、椅子に座らせた。
 客はあんまりいなかった。店内はほとんどからっぽだった。工場労働者らしい大男ふたりが座って焼き鳥を食べている。
「まあ、三郎さん。毎度」美人の女将が笑顔をみせた。洋服である。化粧も厚い。小柄で、男心をそそる美女だ。しかし、もう四十過ぎだろう。「なんにする? 千畝」三郎が隣の席の杉原にきいた。
「ぼくは酒は呑めないんだ。ジュースを」千畝はぼんやり答えた。
「じゃあ」
三郎は四番目の微笑、つまり少年っぽい微笑で答えた。
「焼き鳥と日本酒とジュース。な? あぐり女将」
すると、女将は
「はい!」といった。
「知り合い?」
千畝が尋ねると、三郎は
「常連だもの。こっちは女将の吉沢あぐりだ。こっちは同級生の杉原千畝」
と紹介した。
「よろしく」あぐりは営業スマイルを浮かべた。
「おまちどうさま」ふいに、若い娘が食事を運んできた。それが、あぐりの娘の吉沢ひとみであった。
「これ、ひとみ。挨拶しな」あぐりは娘に命じた。
「娘のひとみです」若い美形の娘は頭をさげた。儀式のようなものだ。
「よろしく」千畝は笑顔を見せた。
そして、「なあ、さぶちゃん」といった。
「………どうした千畝?」
「ぼく、ハルビンに行こうと思うんだ」唐突に千畝はいった。
 三郎はびっくりして、「ハルビン? 満州のか? なぜ?」
「新聞の記事に官費留学の試験があるっていうのを見つけたんだ」
「……しかし、なぜ?」
「留学すれば外国にいき、語学を学び、外交官になれるっていうんだよ」
「本当か?!」
「あぁ」千畝は強く頷いた。「外交官だよ?」
「そうか……よし! 俺もぜったい後でいく!」三郎は焼き鳥を食べながらきいた。
「また、三郎さんは……調子いいことばっかりいって。学校にもろくにいかず遊んでばってかりのくせに」ひとみは呆れて口をはさんだ。
「うるせい」三郎はふざけていった。
  こうして、杉原千畝は1919年、試験に合格し、満州のハルビンへ留学するため旅だった。留学期間は三年間である。


  三郎は船で旅立つ千畝を見送った後、ふたたびあぐりたちの店にいった。まだ、昼だったが、そこにはひとみがひとりで茫然と椅子にすわっていた。
「……どうした? ひとみ?」
 三郎は尋ねた。
 その次の瞬間、ひとみは予想もしないような恐怖に襲われ、ひとみはテーブルの上を見渡した。表情もただならないものになっていた。
「あたいは……」
うろたえていた。
「どうした? 俺にいってみろ」
三郎はいったが、ひとみは黙ったままだった。
「………いってくれないとわからないだろうが?」
「あたい…」ひとみは吐露した。「いつも店の男たちのてごめにされるの。でも、それも仕事だっておっかさんが……」
 三郎は憎しみを、はげしい憎しみを抱き、自分が人生のなかで遭遇したさまざまな不幸や、ひとみの境遇に憤りを覚えた。憤りというより怒りだ。激怒だ。
 三郎はテーブルごしに手を伸ばすと、ひとみの手を乱暴につかんで、きつく締めつけ、ひとみの耳にしか聞こえない、かすれた、低い声でささやいた。
「俺が見ている、わかるか? 俺がお前を守ってやる!」
 ひとみはぴたっと呟きをやめた。三郎はほっと息をついた。救われた思いだった。まるで、砂漠の中でオアシスをみつけたように安堵した。
「でも………三郎さんはおっかさんと……」
「いうな」三郎はいった。

  次の日の早朝、千畝はハルビンへ着いた。満州とは中国東北部地帯で、日本軍が占領し、事実上、日本の領土のようになっていた。千畝はそこの首都ハルビンでロシア語を学ぶことになる。すべては、キャリアのためだ。形だけの傀儡政権のトップは溥儀だった。 すべては自分のため。成功のため。お国のため。人生のレースのため。
 杉原千畝の教師であり恩師は、ロシア人のドストエルスキーという老人だった。白髪で白髭で、とにかく温厚な老人である。
「杉原君、ロシア語だけ話せればいいという訳ではないぞ。経済、政治、文化、人柄、すべてを学んで初めてその国を理解できる。ロシア語を学ぶとはそういうことなのじゃ」
 千畝は頷いた。「わかりました」

  グッジェの自宅に、夕方、リベラが単身訪ねてきた。
「リベラ」
グッジェは笑顔を見せた。
が、リベラは拳銃を取りだした。
「……父親の敵の俺を撃ち殺そうというのか?」
グッジェは冷静だった。
しかし、そのあと驚愕した。
彼女は銃口を自分のこめかみに当てて、引き金をひいたからだ。
リベラは即死だった。……リベラ………そんな!

  時刻は朝の十時をすぎ、もうすぐ十一時になろうとしていた。千畝はもうデスクについて勉強しているに違いない。岐阜のあいはは呆然としていた。溜め息をついた。三郎さん……杉原さん。
 彼女の義理の両親は病死していた。あいは養蚕工場をやめた。
 あいは電話をまわした。交換士がでた。いつもの彼女に似合わず、神経質なうずきを感じていた。口はからからで、手も汗ばんでいる。なぜか緊張した。そうヘタな人生を歩んできた訳ではない。自由闊達だったし、十分幸せだった。しかし、義父のぐさっとくる言葉が、頭の中でぐるぐるまわっていた。
「お前は三郎君と杉原君のどちらも好いている。ふらちな女だ」
ひどく落ち着かない気分だった。
 数回ベルがなって、受話器がとられた。
受け付けの女の声がした。
だから、杉原さんをと頼んだ。数秒たって、なつかしい声がした。
「杉原です」
「杉原さん。わたし、あいです。高橋あい」
 一秒の間があり、それから穏やかな声がした。「あいちゃんか…」
「どうしたんだい、あいちゃん」杉原がいった。
「それは…」あいは押し黙った。
 千畝がもう一度いった。
「なんの用なの?」
「あの……」あいはいった。
「別に用というほどでは…」
「そう?」千畝はいった。
「あいちゃん。これから授業なんだ。ごめん…」
「そう?」あいは苦笑いした。電話は切れた。
 その後、高橋あいは岐阜の田舎をあとにすることをきめた。旅にでる。大事なひとを探して。追いかけて。あいは後ろ髪ひかれる思いで、岐阜をあとにした。
 とにかく………一目、三郎さんや杉原さんに会いたい……その思いだけが、あいを支えて、いた。

****
1924年(大正13年)に外務省書記生として採用され、日露協会学校、ハルビン大使館二等通訳官などを経て、1932年(昭和7年)に満洲国外交部事務官に転じた。1926年(大正15年)、六百頁余にわたる『ソヴィエト聯邦國民經濟大觀』を書き上げ、
「本書は大正十五年十二月、在哈爾濱帝國總領事館、杉原書記正の編纂に係はる。執務上の參考に資すること多大なるを認め、これを剞?に付す」
【現代語訳=この本は、大正15年(1926年)12月、ハルビンの日本総領事館の杉原書記官が書き上げたもので、仕事をする上で大いに役立つと思いますので、これを出版します】

という高い評価を外務省から受け、26歳の若さにして、ロシア問題のエキスパートとして頭角をあらわす。
1932年(昭和7年)、3月に満洲国の建国が宣言され、ハルビンの日本総領事館にいた千畝は、上司の大橋忠一総領事の要請で、満洲国政府の外交部に出向。1933年(昭和8年)、満洲国外交部では政務局ロシア科長兼計画科長としてソ連との北満洲鉄道(東清鉄道)譲渡交渉を担当。鉄道及び付帯施設の周到な調査をソ連側に提示して、ソ連側当初要求額の6億2,500万円を1億4,000万円にまで値下げさせた。ソ連側の提示額は、当時の日本の国家予算の一割強に値するものであり、杉原による有利な譲渡協定の締結は大きな外交的勝利であった。外務省人事課で作成した文書には、杉原に関して、「外務省書記生たりしか滿州國成立と共に仝國外交部に入り政務司俄國課長として北鐵譲渡交渉に有力なる働をなせり」 という記述が見られる。
ところが、日本外交きっての「ロシア通」という評価を得てまもなく、1935年(昭和10年)には満洲国外交部を退官。満洲赴任時代、1924年(大正13年)に白系ロシア人のクラウディア・セミョーノヴナ・アポロノワと結婚していたが、1935年(昭和10年)に離婚。この在満の時期に、千畝は正教会の洗礼を受けた。正教徒としての聖名(洗礼名)は「パヴロフ・セルゲイヴィッチ」、つまりパウェル(パウロ)である。
この受洗は、結婚に際してにわかに思いついたことではなく、早稲田大学の学生時代、千畝は、後の早稲田教会となる早稲田奉仕園の信交協会に一時期属しており、満洲に赴任する前にすでにキリスト教と出会っていた。この奉仕園の前身は「友愛学舎」と呼ばれるもので、バプテスト派の宣教師ハリー・バクスター・ベニンホフが大隈重信の要請を受けて設立したものである。友愛学舎の舎章は、「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネによる福音書15章13節)である。
このハルビン在職期に杉原は、有名なシモン・カスペ(英語版)殺害事件などユダヤ人や中国人の富豪の誘拐・殺害事件を身近で体験することになった。これらの事件の背後には、関東軍に後援された、白系ロシア人のファシスト組織があった。杉原は、破格の金銭的条件で、関東軍の橋本欣五郎から間諜(スパイ)になるよう強要されたが、これを拒否。千畝自身の言葉によれば、「驕慢、無責任、出世主義、一匹狼の年若い職業軍人の充満する満洲国への出向三年の宮仕えが、ホトホト厭」になって外交部を辞任した。
かつてリットン調査団へのフランス語の反駁文を起草し、日本の大陸進出に疑問を持っていなかった千畝は、この頃から「日本の軍国主義」を冷ややかな目で見るようになる。杉原手記には、「当時の日本では、既に軍人が各所に進出して横暴を極めていたのであります。私は元々こうした軍人のやり方には批判的であり、職業軍人に利用されることは不本意ではあったが、日本の軍国主義の陰りは、その後のヨーロッパ勤務にもついて回りました」と、千畝にはまれな激しい言葉が見られる。千畝の拒絶に対し、関東軍は、前妻クラウディアが「ソ連側のスパイである」という風説を流布し、これが離婚の決定的理由になった。満洲国は建前上は独立国だったが、実質上の支配者は関東軍だったので、関東軍からの要請を断り同時に満洲国の官吏として勤務することは、事実上不可能だった。
満洲時代の蓄えは、離婚の際に前妻クラウディアとその一族に渡したため、ハルビンに渡った時と同じように、千畝はまた無一文になった。そこで、弟が協力して池袋に安い下宿先を見つけてくれた。帰国後の千畝は、知人の妹である菊池幸子と結婚し、日本の外務省に復帰するが、赤貧の杉原夫妻は、結婚式を挙げるどころか、記念写真一枚撮る余裕さえなかった。「杉原手記」のなかで、「この国の内幕が分かってきました。若い職業軍人が狭い了見で事を運び、無理強いしているのを見ていやになった」と、千畝は述べている。ソ連と関東軍の双方から忌避された千畝は、満洲国外交部を辞めた理由を尋ねられた際、関東軍の横暴に対する憤慨から、「日本人は中国人に対してひどい扱いをしている。同じ人間だと思っていない。それが、がまんできなかったんだ」と幸子夫人に答えている。
独ソ戦迫るヨーロッパへ[編集]

カウナスに残る旧日本公使館
1937年(昭和12年)にはフィンランドの在ヘルシンキ日本公使館に赴任し、次いで1939年(昭和14年)にはリトアニアの在カウナス日本領事館領事代理となる。ちなみに千畝は当初、念願であった在モスクワ大使館に赴任する予定であったが、ソ連側が、反革命的な白系ロシア人との親交を理由に、ペルソナ・ノン・グラータを発動して千畝の赴任を拒絶した。当時の『東京朝日新聞』(1937年3月10日付)は、「前夫人が白系露人だったと言ふに理解される」と報じた。
日本の外務省はソ連への抗議を続けるとともに、千畝に対する事情聴取も行い、それは『杉原通訳官ノ白系露人接触事情』という調書にまとめられ、そのなかで千畝は、「白系露人と政治的に接触したことはなく、むしろ諜報関係で情報収集のためにあえて赤系のソ連人と接触していた、そのため満洲外交部に移籍してからは、共産主義者の嫌疑をかけられ迷惑した」などと述べている。日本政府は、ライビット駐日ソ連臨時大使を呼び出して、杉原の入国拒否の理由を再三尋ね、ソ連に敵愾心を持っていた白系ロシア人との親密な関係を指摘されたが、それは具体的な証拠のないものだった。北満鉄道譲渡交渉を控えた千畝の事前調査は、それがどのような経路で行われたのかソ連側も把握できないほど周到なものだった。
ソ連が最後まで入国自体も認めなかったために、千畝は行先を近隣のヘルシンキへと変更された。バルト三国を初めとしたソ連周辺国に、千畝を含む6名ものロシア問題の専門家が同時に辞令が発令された事実を突き止めた渡辺勝正は、これが、ノモンハン事件における手痛い敗北の結果、対ソ諜報が喫緊の課題になったためであるとしている。
1938年(昭和13年)3月4日、杉村陽太郎・駐仏日本大使は、パリの日本大使館から、ヘルシンキに着任している「杉原通譯官ヲ至急當館ニ轉任セシメラレ」たしと直訴する、広田弘毅外務大臣への極秘電信を送った。千畝を自分の手元におきたかった杉村は、電信に「タタ發令ハ官報省報職員録ニハ一切發表セサルコト」と付記したが、広田外相は「遺憾ナカラ詮議困難ナリ」とこれを拒絶し、千畝の引き抜き作戦は失敗に帰した。というのも、千畝には、独ソ間で日本の国家存亡に係わる重大任務が待ち受けていたからである。
その任務の具体的内容は、1967年(昭和42年)に書かれたロシア語の書簡の冒頭で、以下のように述べられている。
カウナスは、ソ連邦に併合される以前のリトアニア共和国における臨時の首都でした。外務省の命令で、1939年の秋、私はそこに最初の日本領事館を開設しました。リガには日本の大使館がありましたが、カウナス公使館は外務省の直接の命令系統にあり、リガの大使館とは関係がありませんでした。ご指摘の通り、リガには大鷹正次郎氏がおり、カウナスは私一人でした。周知のように、第二次世界大戦の数年前、参謀本部に属する若手将校の間に狂信的な運動があり、ファシストのドイツと親密な関係を取り結ぼうとしていました。この運動の指導者の一人が大島浩・駐独大使であり、大使は日本軍の陸軍中将でした。大島中将は、日独伊三国軍事同盟の立役者であり、近い将来におけるドイツによる対ソ攻撃についてヒトラーから警告を受けていました。しかし、ヒトラーの言明に全幅の信頼を寄せることが出来なかったので、大島中将は、ドイツ軍が本当にソ連を攻撃するつもりかどうかの確証をつかみたいと思っていました。日本の参謀本部は、ドイツ軍による西方からのソ連攻撃に対して並々ならぬ関心を持っていました。それは、関東軍、すなわち満洲に駐留する精鋭部隊をソ満国境から可及的速やかに南太平洋諸島に転進させたかったからです。ドイツ軍による攻撃の日時を迅速かつ正確に特定することが、公使たる小官の主要な任務であったのです。それで私は、何故参謀本部が外務省に対してカウナス公使館の開設を執拗に要請したのか合点がいったわけです。日本人が誰もいないカウナスに日本領事として赴任し、会話や噂などをとらえて、リトアニアとドイツとの国境地帯から入ってくるドイツ軍による対ソ攻撃の準備と部隊の集結などに関するあらゆる情報を、外務省ではなく参謀本部に報告することが自分の役割であることを悟ったのです。
話を戻す。


 ヒトラーは笑った。そして、「必ずひとりでも多くユダヤ人を殺すんだ!」といった。「その通り」ゲッベルスはいった。そして、「ですが……リスクが大きい」と口ごもった。いつもの彼に似合わず、神経質なうずきを感じていた。口はからから、手は汗ばんでいる。「…そんなことはあるまい」
  その夜、ゲッベルスと恋人はまたデートを重ねた。
 ふたりは手を繋ぎ、よりそい、抱き合った。ふたりの愛は絶頂を迎え、薔薇色のしんとした気持ちが、ふたりの中にはあった。きらきら光るような。そんな感じだ。
 ふたりっきりの部屋から、くぐもった声や、生きをはあはあ切らしあえぐ声、ときおりうめき声が響いていた。彼と彼女は、みだらな死闘をくりひろげるのだった。


         あぐりとひとみ




「ひとみ!」あぐりが叫んだ。
 ひとみはあわてて振り向いた。
母の顔は険しく、目はベーリング海のように冷たかった。
「あんた、この頃、三郎と仲いいじゃないか?」と嫌味をいった。
「やったの?」
 ひとみは母になぐられたかのようにすくみあがったが、唇をきゅっと噛みしめ、
「ま……まだよ」と呟いた。
「あんな”ろくでなし”やめときな! 体が腐るよ」あぐりがわめいた。
「やめてよ! 可哀相よ」
 ひとみはいった。
「三郎さんだって……そりゃあ遊んでばかりいるけどさ。根はいいひとなんだよ」
「それはそれは」あぐりがにやりとした。
 ひとみは「どういう……意味?」と動揺した。
「多分」あぐりは頷いた。
「恋じゃないのかい? 売春婦もどきが恋とはね」
 あぐりが鋭い視線をひとみにむけると、彼女はうろたえた。そして
「そんなんじゃない!」と泣きそうな顔をした。


  三郎とひとみは、旅館の一室にいた。派手な照明と壁はきらびやかで、イヤラしいことをする部屋としては上出来である。三郎とひとみは蒲団だ。
「三郎さん!」
 今度はひとみがわめいた。
 鈴木三郎は大学での慣れない勉強で参っていた。圧力釜に長いこと入りすぎていたため、釜のバルブがこわれて、あらゆるものが噴きこぼれた。なんともやりきれない思いだった。 千畝はどうしてるだろう? あいは? そうだ! あいは?
 途方にくれたひとみが文句をいい始めたことが、爆発の引金となった。
三郎はいきなりベットから起きだし振り向くと、右手で大きな孤を描いて、デスクのものをすべて残らず払い落とした。
……電話帳、メモ、テッシュ…ひとみが唖然と見つめるなかで、すべてが派手な音をたてて床にぶつかった。
「俺は何にもなれない!」
歯をぎりぎりいわせながら、三郎長は物騒な言い方でいった。抑圧のある声だった。
「三郎さん!」
 ひとみは声を荒げた。すると、
 三郎は頭を下げ、「ごめんな」といった。
 あの三郎が……謝った! ひとみは唖然とした。
 とにかく今は週末だ。対策をたてるにはみっちりと時間がある。ゴールデン・タイム。三郎は安堵の溜息をついた。あとには痛む首と肩が残された。
 三郎はひとみに目をやり、まともに目を合わせた。おれの女。おれが助けを求めたら、ちゃんと力になってくれた。感謝してるぜ。今夜はお返しにうんといい思いをさせてやろう。かわいい女だ。三郎の目が彼女の小柄な身体をうっとりとなめまわした。ほれぼれするような女だ。長く豊かな黒髪を結い、黒曜石のようなきらきらな瞳、豊かな胸に尻、そして、男の欲望をそそらずにはおけない愛らしい優美さをそなえた、愛しい女。三郎は彼女に手を差し延べ、華奢な肩をつかんで抱きよせ、男心をそそる赤い唇にキスをした。
「愛し合おう、ひとみ」
「…ダ、ダメよ。おっかさんが……」
「かまうもんか」
 三郎とひとみは愛し合った。愛の行為はとてもよく、あぐりの存在さえ、忘れることができた。
 愛をかわしているときは、ひとみはしばしば、そうだと断言することができた。三郎は激しく、しかもやさしかった。彼女を強く抱きしめ、熱っぽく、思いをこめて唇を重ねてくる。ちひろは彼が自分のことを美しいと思っているのを知っていた。自分をむさぼるようにみつめる彼の目と、熱のこもった微笑にそれがあらわれていた。
 しかし、いったんズボンを履くや、三郎は別人にかわってしまう。絶好のチャンスをうかがい、それがやってくるのを、他人の弱点をみつけて攻撃して成功を勝ち取る鈴木三郎に。ほかのものが夢を見るときに、三郎は陰謀をたくらむ。ひとみは彼を愛していたが、つねに好意を持っているかというと、あまり自信がなかった。
「三郎さん……」ひとみがやさしくうながした。
「…電話しなきゃ」三郎はいった。
「どこへ?」ひとみが尋ねると、「ハルビンの千畝にさ」三郎はいった。


****続く(刊行本または電子書籍に続く)****続く*****
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