
2010年1月2日、「新年祝賀の義」が開かれてお手振り(笑)しましたね。09年11月12日、政府の式典「平成天皇即位20周年記念式典」が開かれた。それに先立って皇居・宮殿「石橋(しゃっきょう)の間」で(平成)天皇と皇后は記者会見を開いた。天皇は「「象徴」の在り方を今日まで模索中である」という。即位したのは90年11月12日である。私はその当時を覚えている。あの意味不明の「即位の礼」皇居・正殿での醜悪なナショナリズムのオンパレードの「即位礼正殿の儀」という国儀だ。「天皇陛下万歳!皇后陛下万歳!」というあれだ。中国の次世代リーダーの習近平氏と天皇が会見したことで野党自民党や羽毛田宮内庁長官は「30日ルール(天皇と外国の国家元首が会う場合によって30日前に宮内庁に相談するルール)」が破られた。と騒いでいます。が、皇族は官僚や政治家と同じようにパブリックサーバント(公僕)なんです。日本の国益
の為に会うのは間違いではありません。また愛子ちゃんがいじめで不登校であるそうですね。この異例の報道は危険だと思います。愛子ちゃんがいじめられているとかは子ども達の話しです。発表してマスコミが報道することで、乱暴をふるったとされる男子小学生は「天皇の孫をいじめた悪童」として社会的に抹殺されたり自殺したりしたら宮内庁や皇室担当マスコミは自殺の責任を取れるのか?可能性はゼロではない。ここでは「天皇論」を展開します。まず「国歌・君が代」ですがおかしいって思いませんか?「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」…主権在民を唄っておいてなんで君が代つまり「天皇の代」が「苔のむすまで未来永劫続け」と唄わなければならないのですか?確かに江戸時代は婚礼の際やらで庶民的な唄であって、「君が代」は古今和歌集の一句であることは知っています。が、この詩に曲が付けられたのは明治13年、天長節(11月3日)に宮中宴会で披露されてからです。つまりここからは「君が代」が「天皇の代」になっ
た訳です。「君が代は天皇の代ではない」など詭弁もいいところです。古来天皇の最も重要なつとめは祭事を行うことといわれ、春秋の皇霊祭、神嘗祭(かんなめさい)、新嘗祭など年間30回にもおよびます。天皇はいわゆる「超能力者」みたいな感じで、神の子孫(イザナギやイザナミやスサノオや天照大神の子孫)といわれています。無論そんな神の子孫な訳ありません。だが天皇制度は推古天皇(608年)から数えても1400年以上の歴史があります。天皇はエンペラー(皇帝)ではなく祭司王です。国家元首で天照大神の弟のニニギノミコトの曾孫が初代・神武天皇です。なお正月の一般参賀は皇室の「長和殿」でいわゆる「お手振り」をやる訳です。ちなみに今の平成天皇(今上天皇)の名前がわからない方もいるかもしれない。昭和天皇は裕仁(ヒロヒト)、平成天皇(今上天皇)は明仁(アキヒト)、皇太子は徳仁(ナルヒト)です。「仁」の字は第56代清和天皇(858
年から876年)の推仁(これひと)で初めて使われ、第70代後冷泉(ごれいぜい)天皇の親仁(チカヒト)以来わずかな例外を除き「仁」を使うのが通例になっている。明治時代から皇子には「仁」皇女には「子」をつけるのが正式に決まった。名前を本名で呼ばないのは「位が高い」から(笑)。生前の事績を称える「諮号(しごう)」明治天皇、大正天皇、昭和天皇、いずれも造年であり、生前は呼ばない。在任中は「今上(きんじょう)天皇」と呼ぶ。天皇皇后および皇太后、太皇太后(たいこうたいごう)を陛下、それ以外の皇族は殿下である。秋篠宮の子供は眞子内親王殿下、佳子内親王殿下、悠仁親王殿下です。天皇皇后および皇族には姓がありません。また天皇には戸籍もありません。即位拒否や退位の自由も「自分の意見をいう権利」もありません。婚姻の自由もありません。まずは宮内庁の「皇族会議」で決まります。明仁天皇(平成天皇)と皇后美智子さんが前にサイパ
ンに慰霊の旅に出て「バンザイクリフ(戦争中に日本人たちが「天皇陛下バンザイ」と叫びながら投身自殺した崖)」で手を合わせた。こんな謝罪は謝罪じゃない。こういったことは昭和天皇がとっくの昔にアジア諸国を回って謝罪の旅に出るべきであって、今更遅いのである。昭和天皇は現人神(あらひとがみ)で軍服をきた、陸海空軍を統べる「大元帥」だったのだから。確かに「人間宣言」をしたが、昭和天皇には「戦争責任」が確実にあった。確かに「日本の象徴」としての天皇制度は私は否定しない。だけど私は小林よしのりのように天皇を「神格化」したり「ありがたがったり」しない。象徴ではあるが、皇族は政治家や官僚と同じく国民の納める税金で食べさせてやっている「パブリック・サーバント(公僕)」です。何故、「ヒトラーと同じく独裁者と欧米から見られていた昭和天皇・裕仁」が罪に問われなかったのかは分かる。当時、GHQのマッカーサーは「天皇制度」を廃止しようとしていた。が、「天皇制度を廃止したら日本人が内戦を
起こす」「天皇制度を廃止したら日本はまた戦争をする」「天皇制度を廃止したらとんでもない独裁者が出現するかもしれない」というミス・インフォメーション(根拠のない噂)を受け入れて天皇制度を廃止しなかっただけだ。が、天皇制度を廃止しても誰も内戦など起さないし、動乱も独裁者も現れはしなかっただろう。それどころか天皇制度という「昔からの曖昧な制度」を残した為に日本人は「無責任」「批判もなく天皇を崇める」本当に無責任な他人頼りになった。天皇制度は何らかの制度疲労を起こしている。その典型的な例が「雅子さんの精神疾患」や「皇后の失語症」だろう。まあ、私自身がうつ病不眠症の「適応障害」である為に雅子さん(小和田雅子さん)の「痛み」がよくわかります。心の病気は目に見えない部分で普通のひとには「落ち込んでいる」としか見えない。だからうつ病のひとに「頑張れ」と言ってしまう。「頑張らなければならない」ことなどわかっています。でも病気で「頑張れない」のです。私の兄貴(緑川和宏)などは
うつ病の症状どころか病名さえ知らず「お前を大人だと認めていない」といいました。猿には私が「さぼっている」と写ったようです。心ない言葉や罵声、嘲笑がいかにうつ病の患者を傷つけるか?2010年2月23日は皇太子が50歳です。09年12月23日は平成(今上)天皇が76歳になった。09年11月30日で秋篠宮は44歳になった。息子の悠仁(ひさひと)くんはお茶の水女子大の附属3年生保育園に入りますね。学習院大学ではないのですね。09年12月1日は愛子ちゃんが8歳になった。09年12月9日、雅子さんは46歳になりました。皇太子家族が住む「東宮御所」が改築されて屋根にはソーラーパネルが付けられたという。先日、あるひとが「明治維新を起こした志士はすごかった。その同じ日本人の血が流れているのにどうして今の日本人は維新の革命を出来ないのか?」と私に聞いてきた。よくある意見ではある。確かに坂本竜馬だの西郷
隆盛だの勝海舟だの桂小五朗(木戸孝允)だの何度もドラマになっている。わが国では明治維新こそ「日本のフランス革命である」という。が、果たして薩摩や長州の藩士達は「日本のフランス革命」を果たしたのであろうか?私は明治維新は「革命」でもなければ「刷新」でもない。所詮は日本のトップが、将軍から天皇に代わったイノベーションに過ぎないと思っている。絶対王制を打ち倒し、過去の土地支配の上に成立する貴族階級をすべて廃止して、「王がどれほどのものだ。ひとりのフランス人に比べればゴミと同じ存在だ」というルソーの有名な言葉に代表される「フランス革命」のパワーとメンタリティは「明治維新」のどこにも見られない。結局、明治維新の志士達は「天皇制」という「昔からの曖昧なシステム」に逃げ込んだだけです。大嘗祭だの即位礼儀という意味のないセレモニーに数十億円という税金が使われたのに誰も咎めない無責任さ。結局、この程度だからナショナリズムと国粋主義の区別もつかない。漫画家だけでなく大学教授まで「侵略戦争」を
否定して「過去の日本人が悪いなんて東京裁判史観だ」だの侵略戦争下での大虐殺や強姦行為を他人事のように「遺憾に思う」だけ。大人の国なら当たり前の謝罪がない。謝罪もしない。賠償金も払わない。他人事のように「遺憾に思う」だけ……。
明治維新のどこが維新の革命なのだろう?只将軍から天皇に首をすげ替えただけだ。(ここから官僚政府が誕生した。それから120年後で官僚独裁制が確立した。官僚独裁制を警戒した経済学者がマックス・ウェーバーだった)結局、この程度だからナショナリズムと国粋主義の区別も出来ない。おまけに天皇のクレームには右翼が銃撃戦争で答える有様である。天皇制を金科玉条のように崇め、誰も逆らわない。曖昧な天皇制にどっぷりとつかり誰も文句が言えない。言った途端に右翼が後ろから銃撃してくる。天皇陛下が悪い訳ではありません。雅子さんが悪い訳ではありません。結局、天皇制を利用している「側近」や「宮内庁の利益集団」「皇室担当マスコミ」の皇産複合体が「元凶」なのである。即位礼儀は別にいいかもしれない。が、現在の天皇陛下が崩御した後に雅子さんが新皇后陛下となり得るか?皇太子に次期天皇陛下の重責が担えるか?後継者はどうするつもりなのか?疑問ばかりです。即位礼儀や成婚50周年記念写真集だのの前に考えることが山積し
ているのである。日本人は天皇陛下万歳という前に自分の頭でよく考えることだ。
の為に会うのは間違いではありません。また愛子ちゃんがいじめで不登校であるそうですね。この異例の報道は危険だと思います。愛子ちゃんがいじめられているとかは子ども達の話しです。発表してマスコミが報道することで、乱暴をふるったとされる男子小学生は「天皇の孫をいじめた悪童」として社会的に抹殺されたり自殺したりしたら宮内庁や皇室担当マスコミは自殺の責任を取れるのか?可能性はゼロではない。ここでは「天皇論」を展開します。まず「国歌・君が代」ですがおかしいって思いませんか?「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」…主権在民を唄っておいてなんで君が代つまり「天皇の代」が「苔のむすまで未来永劫続け」と唄わなければならないのですか?確かに江戸時代は婚礼の際やらで庶民的な唄であって、「君が代」は古今和歌集の一句であることは知っています。が、この詩に曲が付けられたのは明治13年、天長節(11月3日)に宮中宴会で披露されてからです。つまりここからは「君が代」が「天皇の代」になっ
た訳です。「君が代は天皇の代ではない」など詭弁もいいところです。古来天皇の最も重要なつとめは祭事を行うことといわれ、春秋の皇霊祭、神嘗祭(かんなめさい)、新嘗祭など年間30回にもおよびます。天皇はいわゆる「超能力者」みたいな感じで、神の子孫(イザナギやイザナミやスサノオや天照大神の子孫)といわれています。無論そんな神の子孫な訳ありません。だが天皇制度は推古天皇(608年)から数えても1400年以上の歴史があります。天皇はエンペラー(皇帝)ではなく祭司王です。国家元首で天照大神の弟のニニギノミコトの曾孫が初代・神武天皇です。なお正月の一般参賀は皇室の「長和殿」でいわゆる「お手振り」をやる訳です。ちなみに今の平成天皇(今上天皇)の名前がわからない方もいるかもしれない。昭和天皇は裕仁(ヒロヒト)、平成天皇(今上天皇)は明仁(アキヒト)、皇太子は徳仁(ナルヒト)です。「仁」の字は第56代清和天皇(858
年から876年)の推仁(これひと)で初めて使われ、第70代後冷泉(ごれいぜい)天皇の親仁(チカヒト)以来わずかな例外を除き「仁」を使うのが通例になっている。明治時代から皇子には「仁」皇女には「子」をつけるのが正式に決まった。名前を本名で呼ばないのは「位が高い」から(笑)。生前の事績を称える「諮号(しごう)」明治天皇、大正天皇、昭和天皇、いずれも造年であり、生前は呼ばない。在任中は「今上(きんじょう)天皇」と呼ぶ。天皇皇后および皇太后、太皇太后(たいこうたいごう)を陛下、それ以外の皇族は殿下である。秋篠宮の子供は眞子内親王殿下、佳子内親王殿下、悠仁親王殿下です。天皇皇后および皇族には姓がありません。また天皇には戸籍もありません。即位拒否や退位の自由も「自分の意見をいう権利」もありません。婚姻の自由もありません。まずは宮内庁の「皇族会議」で決まります。明仁天皇(平成天皇)と皇后美智子さんが前にサイパ
ンに慰霊の旅に出て「バンザイクリフ(戦争中に日本人たちが「天皇陛下バンザイ」と叫びながら投身自殺した崖)」で手を合わせた。こんな謝罪は謝罪じゃない。こういったことは昭和天皇がとっくの昔にアジア諸国を回って謝罪の旅に出るべきであって、今更遅いのである。昭和天皇は現人神(あらひとがみ)で軍服をきた、陸海空軍を統べる「大元帥」だったのだから。確かに「人間宣言」をしたが、昭和天皇には「戦争責任」が確実にあった。確かに「日本の象徴」としての天皇制度は私は否定しない。だけど私は小林よしのりのように天皇を「神格化」したり「ありがたがったり」しない。象徴ではあるが、皇族は政治家や官僚と同じく国民の納める税金で食べさせてやっている「パブリック・サーバント(公僕)」です。何故、「ヒトラーと同じく独裁者と欧米から見られていた昭和天皇・裕仁」が罪に問われなかったのかは分かる。当時、GHQのマッカーサーは「天皇制度」を廃止しようとしていた。が、「天皇制度を廃止したら日本人が内戦を
起こす」「天皇制度を廃止したら日本はまた戦争をする」「天皇制度を廃止したらとんでもない独裁者が出現するかもしれない」というミス・インフォメーション(根拠のない噂)を受け入れて天皇制度を廃止しなかっただけだ。が、天皇制度を廃止しても誰も内戦など起さないし、動乱も独裁者も現れはしなかっただろう。それどころか天皇制度という「昔からの曖昧な制度」を残した為に日本人は「無責任」「批判もなく天皇を崇める」本当に無責任な他人頼りになった。天皇制度は何らかの制度疲労を起こしている。その典型的な例が「雅子さんの精神疾患」や「皇后の失語症」だろう。まあ、私自身がうつ病不眠症の「適応障害」である為に雅子さん(小和田雅子さん)の「痛み」がよくわかります。心の病気は目に見えない部分で普通のひとには「落ち込んでいる」としか見えない。だからうつ病のひとに「頑張れ」と言ってしまう。「頑張らなければならない」ことなどわかっています。でも病気で「頑張れない」のです。私の兄貴(緑川和宏)などは
うつ病の症状どころか病名さえ知らず「お前を大人だと認めていない」といいました。猿には私が「さぼっている」と写ったようです。心ない言葉や罵声、嘲笑がいかにうつ病の患者を傷つけるか?2010年2月23日は皇太子が50歳です。09年12月23日は平成(今上)天皇が76歳になった。09年11月30日で秋篠宮は44歳になった。息子の悠仁(ひさひと)くんはお茶の水女子大の附属3年生保育園に入りますね。学習院大学ではないのですね。09年12月1日は愛子ちゃんが8歳になった。09年12月9日、雅子さんは46歳になりました。皇太子家族が住む「東宮御所」が改築されて屋根にはソーラーパネルが付けられたという。先日、あるひとが「明治維新を起こした志士はすごかった。その同じ日本人の血が流れているのにどうして今の日本人は維新の革命を出来ないのか?」と私に聞いてきた。よくある意見ではある。確かに坂本竜馬だの西郷
隆盛だの勝海舟だの桂小五朗(木戸孝允)だの何度もドラマになっている。わが国では明治維新こそ「日本のフランス革命である」という。が、果たして薩摩や長州の藩士達は「日本のフランス革命」を果たしたのであろうか?私は明治維新は「革命」でもなければ「刷新」でもない。所詮は日本のトップが、将軍から天皇に代わったイノベーションに過ぎないと思っている。絶対王制を打ち倒し、過去の土地支配の上に成立する貴族階級をすべて廃止して、「王がどれほどのものだ。ひとりのフランス人に比べればゴミと同じ存在だ」というルソーの有名な言葉に代表される「フランス革命」のパワーとメンタリティは「明治維新」のどこにも見られない。結局、明治維新の志士達は「天皇制」という「昔からの曖昧なシステム」に逃げ込んだだけです。大嘗祭だの即位礼儀という意味のないセレモニーに数十億円という税金が使われたのに誰も咎めない無責任さ。結局、この程度だからナショナリズムと国粋主義の区別もつかない。漫画家だけでなく大学教授まで「侵略戦争」を
否定して「過去の日本人が悪いなんて東京裁判史観だ」だの侵略戦争下での大虐殺や強姦行為を他人事のように「遺憾に思う」だけ。大人の国なら当たり前の謝罪がない。謝罪もしない。賠償金も払わない。他人事のように「遺憾に思う」だけ……。
明治維新のどこが維新の革命なのだろう?只将軍から天皇に首をすげ替えただけだ。(ここから官僚政府が誕生した。それから120年後で官僚独裁制が確立した。官僚独裁制を警戒した経済学者がマックス・ウェーバーだった)結局、この程度だからナショナリズムと国粋主義の区別も出来ない。おまけに天皇のクレームには右翼が銃撃戦争で答える有様である。天皇制を金科玉条のように崇め、誰も逆らわない。曖昧な天皇制にどっぷりとつかり誰も文句が言えない。言った途端に右翼が後ろから銃撃してくる。天皇陛下が悪い訳ではありません。雅子さんが悪い訳ではありません。結局、天皇制を利用している「側近」や「宮内庁の利益集団」「皇室担当マスコミ」の皇産複合体が「元凶」なのである。即位礼儀は別にいいかもしれない。が、現在の天皇陛下が崩御した後に雅子さんが新皇后陛下となり得るか?皇太子に次期天皇陛下の重責が担えるか?後継者はどうするつもりなのか?疑問ばかりです。即位礼儀や成婚50周年記念写真集だのの前に考えることが山積し
ているのである。日本人は天皇陛下万歳という前に自分の頭でよく考えることだ。










