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9月の代々木公園:原生林のような代々木公園の広大な緑地帯を散策する PART3

2013年10月03日 18時41分11秒 | 宇田川・渋谷


代々木公園の広大な緑地帯の中を環状に整備されている散策道・サイクリングロードを散策していきます。9月下旬の散策だったので、緑地帯の中は鬱蒼とした濃い緑に覆われていました。




1945年(昭和20年)の9月にアメリカ軍を中心とする占領軍(GHQ)が日本に進駐してきた際、ここ代々木練兵場も連合軍によって接収され、「合衆国空軍ワシントンハイツ団地」として活用されることになりました。




通称「ワシントンハイツ」とは、日本を占領していた連合国軍の一部であるアメリカ軍が東京・代々木に有していた、兵舎・家族用居住宿舎などからなる軍用地の名称です。




現在は東京都民の人たちが自然と触れ合うことが出来る広大な緑地帯となっていますが、日本の戦前・戦後の激動の時代を象徴している場所でもあるのですね。




どこまでも広がっている緑地帯内で、かつては92.4万平米に及ぶ敷地には、兵舎のほか、駐留軍人とその家族が暮らすための827戸の住宅、さらに学校、教会、劇場、商店、将校クラブなどが設けられていました。




ワシントンハイツが建設されて約6年が経った1952年(昭和27年)4月にはサンフランシスコ講和条約が発効、日本国は主権と独立を回復し、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による日本占領は終了、進駐していた連合国軍は日本から撤退することとなります。




その3ヶ月後の1952年(昭和27年)7月に、日米安保条約に基づく無期限使用施設「ワシントンハイツ住宅地区」(施設番号3009、旧JPNR4036、旧代々木練兵場)の指定を受けます。




さらに1960年(昭和35年)6月には日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(現行日米安保)が発効、在日米軍の駐留は恒常化され、この間を通してワシントンハイツは日米地位協定により治外法権的存在、アメリカ軍用地・住宅地として東京都心に存在し続けることになります。




代々木公園と、緑地帯の北側に広がっている明治神宮の緑地帯の境界付近には野鳥を観察することが出来る「バードサンクチュアリ」が設置されています。




この北側には「明治神宮」の広大な敷地が広がっています。明治神宮の敷地内へ入るには、一度「原宿門」殻公園の敷地外へ出て、明治神宮の参道へ進むしかありません。




翌1961年(昭和36年)11月、その3年後に開催される東京オリンピックのための選手村・競技場用地としてワシントンハイツを利用することが決定、同地は日本国に全面返還されることとなりました。これには条件として、移転費用の全額を日本側が負担することなどが課せられていました。




日本は移転費用の全額を負担、また代替施設として調布飛行場に「関東村住宅地区」を提供、ワシントンハイツの返還・移転は東京オリンピックが開催された年の1964年(昭和39年)の8月に完了しました。




バードサンクチュアリの南側の「見本園」と呼ばれているエリア内を散策していきます。この界隈はJR原宿駅や、表参道にもほど近いことから人通りが少し増えてきました。




1964年の東京オリンピック参加国のうち、22カ国が代表的な樹木の種を持ち寄り、その種から育てた樹木を残しているもので、そのうちの10種30本が現存しているといいます。




代々木公園の敷地の東端部に設置されている「原宿門」を目指して散策を続けていきます。


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