MID NIGHT-XXX

~眠れない夜のために~

拘り

2014-10-27 00:00:00 | Weblog


先日、10月18日に放送されたWOWOW氷室京介スペシャルpart3で氷室は語ってくれた。

「みんなの前でパフォーマンスすること以上に好きなことなんかあるわけないわけで」。

この言葉には救われたという人も多かったのではないだろうか。

無論、俺も含めて。

それでも、、、それでも歌えないというのが、

氷室京介に背負わされた、、仕掛けられていた今の現実なのだろう。

氷室自身も語っていたが、

例えば老眼の人がどう頑張ろうが見えない物は見えないように、

決して気合いを入れたからといって聞こえるようになる等ということとは違う、

人間のシステムをも打ち砕いた物理的な問題を抱えているわけなのだ。

そんな中で触れた興味深い話。


『自分の今ある条件の中で、、

  持ってるカードの中で上がらなければならないわけですからね。

  もし人前で何かやるならね。

  氷室京介っていうものの上がり方をするのは、

  もう無理なコンディションになってるってことですから。』


11/7まで「WOWOWメンバーズオンデマンド」で配信中 ※BSでの再放送は1月を予定
http://mod.wowow.co.jp/detail?pg=005956&ep=001


個人的に思うには、氷室クラスになると、

氷室が手にしたそのカード自体が、全て氷室京介のカードであり、

つまりは、どの役で上がろうとも、

氷室京介であることに違いは無いという域にまでいるとは思うのだが、

それでも氷室自身が納得することといった意味では、

俺達の思うそれではないのだという話なのだろう。

今後の活動を考えた時、そのキーワードとも成りえる「持ってるカード」という言葉。

先日も少し触れたように、たしかにボーカリストというスタイルだけに拘れば、

気持ちの良いビートを感じることとはまた別な場所にある、

"メロウな曲" 、、といったところに着目出来るのだろうけれど、

一方で、ボーカリスト以外というスタイルで考えればどうだろうか。

まず思ったのは、そう、

氷室のギター・プレイではないだろうか。

2008年の20周年ライヴの時には、弾き語りで『DEAR ALGERNON』を演奏して、

俺達オーディエンスを魅了した氷室だった。

アコースティックギターで弾いたその様は、

まるでソロデビュー当時に発表されたプロモーションビデオを観るかのように、

椅子に腰かけ、ネックにあるネジを回してでの軽いチューニングから始まって、

その世界観の全てを、

さいたまスーパーアリーナのフロアーに轟かせたのは記憶に新しい。

以前、ギタリストの本田氏も語っていたけれど、

氷室のギター・テクニックはかなりのものらしくて、

アメリカにある自宅の豪邸にも、

かなりの本数になるレアなギターが飾ってあるらしいとかで、

やはり氷室らしく、そこのマニアックさも半端ないとか。

そんなマニアぶりやテクニック等をあまりひけらかせないところが、

或る意味で、氷室のイヤラシサ(良い意味で)というか、

或いは氷室らしいイジワルサ(良い意味で)とでも言おうか、

もしかしたら俺達ファンにとっては、

もっと多くを魅せてくれてもと、

そこにジレンマを覚えるかもしれないだろう。


しかし、俺達凡人が思うように、上がることだけが目的ではなく、

何で上がることが自身の快感に繋がり、そしてそれが重要なのかと、

そこの域に重きを置くアーチストであるからこそ、

俺達は氷室京介に惹かれるわけなのだ。


そう、決して「フルハウス」程度の役で満足する人ではない、

常に「ロイヤル・ストレート・フラッシュ」を狙う人だからこそ、

俺達は氷室京介という男に夢を見ているのかも知れない。












          
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