☆私は、『名探偵コナン』に詳しくないのだが、夢中で見た。
その満足度たるや、今年見た映画でナンバー1を争うかも知れない。
幾つかの、アニメと言えども看過できない破綻があるのだが、それ以上に、その展開に夢中になってしまった。
・・・先ず、関東を舞台にした広域連続殺人事件がある。
事件は各都県にまたがっているために、各管轄の捜査官たちが集められる。
おそらく、「コナン」のこれまでのシリーズの中で、各地でコナンが協力しただろう刑事たちが集められ、映画ならではの豪華さが醸される。
ただ、顔だけ集めましたではなく、それぞれがなかなかの個性を発揮して、こちらの興味を引く。
後に、この捜査官たちの間にスパイが紛れ込んでいることが判明するのだが、捜査官たちの休憩時間のコーヒー談義に、観客をミスリードする「レッド・ヘリング」を配すところなど、非常に見事だ。
事件の進展に伴い、コナンの捜査は関西にも及ぶのだが、そこでも服部平次などが謎解明の重要な役どころで出演する。
コナンと電話しながら、横では平次の彼女が茶目っ気たっぷりにちょっかい出してきていて、そういった彼女を画面に出しつつ、カメオ出演じゃなくちゃんと個性を発揮させて、推理のヒント以外にも、一つの画面に多重の情報をこめる巧みさは、おそらく、これまでのシリーズの中で培われてきたものなのだろう。
後に、京都の刑事も出てくるのだが、これもファンには嬉しい出演なのだろう。
そういったファンにはたまらない夢の競演を行いつつ、物語を有機的に紡いでいる様に、私は感心したのだ。
◇
・・・で、話を戻すが、この広域連続殺人事件の捜査は、それ単体でも、なかなか面白い。
最初は、各殺人事件現場に置かれた「マージャン牌」に違和感を感じたのだが、その牌は、多くのミステリでも、トランプやチェスなどで使われるような「役」を意味するのではなく、あくまでも「記号」として使われていて、見ているこちらに種明かしがスムーズに入ってきた。
また、そういった、犯罪捜査の証拠となるアイテムの配置は、犯人にとってマイナスにしかならないのだが、それもまた、犯人の意図した大きな「レッドへリング(ミス・ディレクション)」だったので、ありであった^^
コナンは、各現場をちゃんと回っていく。
これは、ある意味、徒労なんだけど、地道な探偵としての活動を描いている。
刑事たちの捜査と、コナンの捜査、多重に物語が進行する。
私は、コナンが、誰もが知る名探偵・工藤新一であることを隠しつつ、また、小学一年生の容姿で探偵活動を続けるにあたって、いちいち、その説明を必要とすることや、故に、最後の謎解きを、他人に任せなくちゃならない・・・、
そんな物語上の「縛り」がかったるくて見たことなかったのだが、それはそれ、やはり長いシリーズ故に、その辺の処理はうまくされていた。
ただ、ここでの物語の破綻として、警察の捜査に招聘された毛利探偵の愚かさがある。
ミスリーディングに乗せられる以前の稚拙な推理を披露するのだ。
「金田一耕介」シリーズの等々力警部の推理のように、その場の思いつきで発し、すぐに否定されるのならいいのだが、毛利探偵の場合は、捜査班を動かしてしまうからなあ^^;
こういった見ていての解せなさ感は、物語を見ていく中で、非常に集中力を削ぐ・・・。
ただ、毛利警部が、連続殺人現場の結ぶ「図形」の解釈で、最後にスマッシュヒットを打つのは良かった^^
◇
コナンの捜査は続き、次第に、遠く離れた地で起こった事件の真相が判明する。
冒頭の被害者のダイイング・メッセージが、ここで素直に語られていたことも分かる。
おって、そこでの、被害者(たち)や「犯人」の人となりや、人間模様が語られる。
ここでも、おざなりではない、こちらの心を揺さぶるような情感が描かれる。
そして、「東京タワー」での謎解き・・・。
ここで、それまでの捜査を踏まえた、更なる真相がコナンの口から語られる。
私は、ミステリーでは久し振りに「おおっ!」と感嘆させられた。
もしかして、私は、子供向けだからと、安易なところで手を打つ作り手側の「真相」を予想していたのかもしれない・・・。
◇
そして、この物語で凄いのは、この広域連続殺人事件と同時進行で、コナンの宿敵<黒の組織>との暗闘が描かれるのだ。
この戦いにも、大きな「縛り」がある。
先ず、今の段階では、組織の存在を警察に言っても信じてもらえず、コナンの近親者が返り討ちにあってしまう。
また、敵のリーダー格の男に、コナン=工藤新一であることが知れても、仲間に危険が及ぶことになる。
・・・コナンは凄まじく色んな規制の中で、名探偵を続けている。
本来、そんな「縛り」で物語はがんじがらめになっておかしくないのに、スムーズに機能していることが、どうあっても作り手の非凡だ。
◇
この「組織との暗闘」シークエンスにおいても、推理物としての面白さを作り手は忘れていない。
捜査班に紛れ込ませたスパイは誰か? と言う「フーダニット」は、こちらの興味を最後まで引きつける。
コナンの正体バレはあるのか? と言う、これはお決まりなのだろうが、サスペンス展開もある。
そして、東京タワーでは、『ダイ・ハード』的な立体的なアクションを見せてくれる。
こんなに東京タワーを舞台としてうまく使った作品を、私は、マンガ『私は真悟(楳図かずお)』か『鬼畜(野村芳太郎監督)』ぐらいしか知らない^^;
また、コナンは、3Dで攻撃してくる武装ヘリに、『ダイ・ハード』以上の「突き抜けた」攻撃でリベンジする。
私は、非常に爽快感をもって、映画館を後にした。
◇
ヒロインの蘭も、「拳銃弾避け」と言う荒業を披露してくれて、お飾りではない。
鈴木園子も、いかにも「らしい」シチュエーションで、物語を進行させる。
この辺り、適材適所で無駄がない。
◇
私は、ちょうど昨日、仕事で同僚の不手際があって、その処理で東京都下から葛飾区まで、「中央」から「首都」へと高速を往復した。
だから、今回の物語の東京編でも、高速をバンバン捜査官が飛ばしていたので、生活とシンクロしていて、実に面白かった。
◇
物語の許しがたい大きな「破綻」として、コナンの小学生の友人たちの「少年探偵団」が活躍する「米華の森」のパートがある。
「少年探偵団」が作品中で活躍するのは実に面白く、その活躍の結果が、今回の事件の真相に絡んでくるのも素晴らしい。
しかし、警察の捜査の大詰めと思われる東京タワーへ行く途中で、佐藤と高木が「少年探偵団」からの依頼で、捜査班から離脱して、そちらに向かってしまうのは圧倒的におかしい。
この時点では、「少年探偵団」のほうの事件が、広域連続殺人事件と関係しているとも分からず、また、捜査の優先順位を考えると、東京タワーに行くことのほうが危急のはずだ。
毛利探偵の捜査会議での発言といい、捜査官の捜査の優先順位の認識といい、そういった「大人視点の謎解き」の観点で、おかしい点が散見される。
あと、阿笠博士のくだらない謎々も辟易するのだが、子供は大好きなんだろうなあ^^;
・・・でも、そんな疑問を吹きとばすかのようなパワーが、この作品にはあり、私は非常に楽しんだ。
(2009/04/21)
その満足度たるや、今年見た映画でナンバー1を争うかも知れない。
幾つかの、アニメと言えども看過できない破綻があるのだが、それ以上に、その展開に夢中になってしまった。
・・・先ず、関東を舞台にした広域連続殺人事件がある。
事件は各都県にまたがっているために、各管轄の捜査官たちが集められる。
おそらく、「コナン」のこれまでのシリーズの中で、各地でコナンが協力しただろう刑事たちが集められ、映画ならではの豪華さが醸される。
ただ、顔だけ集めましたではなく、それぞれがなかなかの個性を発揮して、こちらの興味を引く。
後に、この捜査官たちの間にスパイが紛れ込んでいることが判明するのだが、捜査官たちの休憩時間のコーヒー談義に、観客をミスリードする「レッド・ヘリング」を配すところなど、非常に見事だ。
事件の進展に伴い、コナンの捜査は関西にも及ぶのだが、そこでも服部平次などが謎解明の重要な役どころで出演する。
コナンと電話しながら、横では平次の彼女が茶目っ気たっぷりにちょっかい出してきていて、そういった彼女を画面に出しつつ、カメオ出演じゃなくちゃんと個性を発揮させて、推理のヒント以外にも、一つの画面に多重の情報をこめる巧みさは、おそらく、これまでのシリーズの中で培われてきたものなのだろう。
後に、京都の刑事も出てくるのだが、これもファンには嬉しい出演なのだろう。
そういったファンにはたまらない夢の競演を行いつつ、物語を有機的に紡いでいる様に、私は感心したのだ。
◇
・・・で、話を戻すが、この広域連続殺人事件の捜査は、それ単体でも、なかなか面白い。
最初は、各殺人事件現場に置かれた「マージャン牌」に違和感を感じたのだが、その牌は、多くのミステリでも、トランプやチェスなどで使われるような「役」を意味するのではなく、あくまでも「記号」として使われていて、見ているこちらに種明かしがスムーズに入ってきた。
また、そういった、犯罪捜査の証拠となるアイテムの配置は、犯人にとってマイナスにしかならないのだが、それもまた、犯人の意図した大きな「レッドへリング(ミス・ディレクション)」だったので、ありであった^^
コナンは、各現場をちゃんと回っていく。
これは、ある意味、徒労なんだけど、地道な探偵としての活動を描いている。
刑事たちの捜査と、コナンの捜査、多重に物語が進行する。
私は、コナンが、誰もが知る名探偵・工藤新一であることを隠しつつ、また、小学一年生の容姿で探偵活動を続けるにあたって、いちいち、その説明を必要とすることや、故に、最後の謎解きを、他人に任せなくちゃならない・・・、
そんな物語上の「縛り」がかったるくて見たことなかったのだが、それはそれ、やはり長いシリーズ故に、その辺の処理はうまくされていた。
ただ、ここでの物語の破綻として、警察の捜査に招聘された毛利探偵の愚かさがある。
ミスリーディングに乗せられる以前の稚拙な推理を披露するのだ。
「金田一耕介」シリーズの等々力警部の推理のように、その場の思いつきで発し、すぐに否定されるのならいいのだが、毛利探偵の場合は、捜査班を動かしてしまうからなあ^^;
こういった見ていての解せなさ感は、物語を見ていく中で、非常に集中力を削ぐ・・・。
ただ、毛利警部が、連続殺人現場の結ぶ「図形」の解釈で、最後にスマッシュヒットを打つのは良かった^^
◇
コナンの捜査は続き、次第に、遠く離れた地で起こった事件の真相が判明する。
冒頭の被害者のダイイング・メッセージが、ここで素直に語られていたことも分かる。
おって、そこでの、被害者(たち)や「犯人」の人となりや、人間模様が語られる。
ここでも、おざなりではない、こちらの心を揺さぶるような情感が描かれる。
そして、「東京タワー」での謎解き・・・。
ここで、それまでの捜査を踏まえた、更なる真相がコナンの口から語られる。
私は、ミステリーでは久し振りに「おおっ!」と感嘆させられた。
もしかして、私は、子供向けだからと、安易なところで手を打つ作り手側の「真相」を予想していたのかもしれない・・・。
◇
そして、この物語で凄いのは、この広域連続殺人事件と同時進行で、コナンの宿敵<黒の組織>との暗闘が描かれるのだ。
この戦いにも、大きな「縛り」がある。
先ず、今の段階では、組織の存在を警察に言っても信じてもらえず、コナンの近親者が返り討ちにあってしまう。
また、敵のリーダー格の男に、コナン=工藤新一であることが知れても、仲間に危険が及ぶことになる。
・・・コナンは凄まじく色んな規制の中で、名探偵を続けている。
本来、そんな「縛り」で物語はがんじがらめになっておかしくないのに、スムーズに機能していることが、どうあっても作り手の非凡だ。
◇
この「組織との暗闘」シークエンスにおいても、推理物としての面白さを作り手は忘れていない。
捜査班に紛れ込ませたスパイは誰か? と言う「フーダニット」は、こちらの興味を最後まで引きつける。
コナンの正体バレはあるのか? と言う、これはお決まりなのだろうが、サスペンス展開もある。
そして、東京タワーでは、『ダイ・ハード』的な立体的なアクションを見せてくれる。
こんなに東京タワーを舞台としてうまく使った作品を、私は、マンガ『私は真悟(楳図かずお)』か『鬼畜(野村芳太郎監督)』ぐらいしか知らない^^;
また、コナンは、3Dで攻撃してくる武装ヘリに、『ダイ・ハード』以上の「突き抜けた」攻撃でリベンジする。
私は、非常に爽快感をもって、映画館を後にした。
◇
ヒロインの蘭も、「拳銃弾避け」と言う荒業を披露してくれて、お飾りではない。
鈴木園子も、いかにも「らしい」シチュエーションで、物語を進行させる。
この辺り、適材適所で無駄がない。
◇
私は、ちょうど昨日、仕事で同僚の不手際があって、その処理で東京都下から葛飾区まで、「中央」から「首都」へと高速を往復した。
だから、今回の物語の東京編でも、高速をバンバン捜査官が飛ばしていたので、生活とシンクロしていて、実に面白かった。
◇
物語の許しがたい大きな「破綻」として、コナンの小学生の友人たちの「少年探偵団」が活躍する「米華の森」のパートがある。
「少年探偵団」が作品中で活躍するのは実に面白く、その活躍の結果が、今回の事件の真相に絡んでくるのも素晴らしい。
しかし、警察の捜査の大詰めと思われる東京タワーへ行く途中で、佐藤と高木が「少年探偵団」からの依頼で、捜査班から離脱して、そちらに向かってしまうのは圧倒的におかしい。
この時点では、「少年探偵団」のほうの事件が、広域連続殺人事件と関係しているとも分からず、また、捜査の優先順位を考えると、東京タワーに行くことのほうが危急のはずだ。
毛利探偵の捜査会議での発言といい、捜査官の捜査の優先順位の認識といい、そういった「大人視点の謎解き」の観点で、おかしい点が散見される。
あと、阿笠博士のくだらない謎々も辟易するのだが、子供は大好きなんだろうなあ^^;
・・・でも、そんな疑問を吹きとばすかのようなパワーが、この作品にはあり、私は非常に楽しんだ。
(2009/04/21)