どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

かくれた次元

2016年05月31日 | 日記
例のぽろりと出てきた一冊の本『かくれた次元』

大学の時の授業で使用したことは記憶している

レポート提出の課題本だったのかもしれない

私が覚えているのは 教室で行ったパーソナル・スペースの実験のことだけ

簡単に言うと 人と人とが接するときの位置関係や空間とその知覚のこと

たとえば 見知らぬ人とどれくらい接近できるか 不快と感じる時はいかなる時か

相手の年齢や性別 時には風体もあるだろうし 匂いや体温もそれを決める要素になる

そんな実験だった

テーブルに人が座る時の位置関係などでも関係性が変わることもあり 会話の色も変わってくるといわれている

刑事と容疑者は向かい合って座るのが普通だろうし 少々同情したり なだめたりする時には 45度の角度を取るかもしれない

事実 相談に乗ったりする時や穏やかな話し合いの時は この角度が良いときく


私がこの本で記憶しているのは そんな程度の事だった

再読して 彼が建築家や都市計画にまで言及していたことを知った

彼は 異なる文化に属する人々は違う感覚に住んでいると言う

更に 文化というものは生物学と生理学に根ざしているとも言う

そして終章では 人間はどんなに努力しても自分の文化から脱け出すことはできないと語る

それは決して究極的には自分と異なる文化を理解しえない ということとはまた少し違うと思う

それよりもむしろ 延長物(発達した都市や通信網などをさす)とそれぞれの文化の中で暮らす人間との妥当性を問うている


私は名著とはいえ こんな50年も前の本が今も読み続けられているとは知らなかった

そして 驚くべきことに 建築家や大学の建築学科でよく読まれているらしい(あるいはテキストとして推奨)

グローバル世界と言われ 世界中の人々が地球上を移動する時代になり またこれほどまでにインターネット社会になった今であっても やはり大事な事を物語っているように思える

そこで少々こじつけになるが 決して快適さではひけを取らないだろうと思ったマンション住まいに踏み切れず 結果一軒家を選んでしまった私の決断も もしかしたら私の中に培われた文化のせいか などと思ってしまった

1歳半で一軒家に引っ越してきた私は そのままそこで育った

実際は4年間ほど姉と一緒に家を出たことがあるが そうはいっても実家にもよく帰り いわば楽しい隠れ家を作る子供と同じような気分だったし 家はあくまでも実家だった

大学進学や就職で若くしてアパートやマンションに住む人とは また少し違う文化や生理的要素があったのかもしれない

なんちゃって これは言い訳


文化の違う人々が今後ますます同じ都市や町で住むようになった時 互いに違うということを両者が知っておく必要がある

常識や 郷に入っては・・・式だけでは解決できないし 時に誤解を生んだり不要な疎外感を抱かせたりする危険もはらんでいる

(ゴミの捨て方といった些末な事ではなく 人との距離感や空間に対する感情 声の大きさ 見つめ方などといったもっと根源的な事)

グローバルな社会とは 世界が一つの文化や価値観やものの見方でまとまることでは決して無いはず  

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勝手にWindows10 ?

2016年05月31日 | 日記
私は普段 家ではラジオを流している

昨日 ある番組にゲストとして呼ばれた森永卓郎が冒頭でこんな話を始めた

ある日 いつもと同じようにパソコンを立ち上げたら 見慣れない画面が出て すぐに落ちてしまう

何もした覚えが無いのに と調べていくうちにわかった

どうやら勝手にWindows10にアップグレードされたらしい

ダメージは相当なものだったようで 最終的には初期化をしてソフトをインストールし直したが 丸一週間かかった上に幾つか不具合もあるという


さっそく検索してみたら 無償アップグレードの期日が迫っているようで 強制実行に及んでいるらしい

ある日 ある時 勝手にインストールが始まってしまうというから それはびっくりするだろう

すでに3月ごろから始まっていて 困っている人も多く それを避ける方法もあるようだ

私は現在7を使っているが アップグレードを予定していない

早々やった人に不具合も多いときいているし 私のPCにはしない方が良いとのお達しも以前に受け取った


けれど 勝手にやられたらたまったものではない

心配になって調べたところ どうやら誰にでもということでは無さそうで 以前 何等かの時点でアップグレードを予約してしまった人 それをすっかり忘れている人にやってくるようだが はっきりとしたことはわからない

そもそも10に変更したら何が良いのかもわからない上に 今困ってもいないのにそんな面倒なことはしたくない(ただし 8を使っている人はアップグレードした方が良さそうだ)

このパソコンも使い始めて4年半になる

そろそろ何か起こる頃だろう

10年使えれば上等だと思っているし そのうちに新しいOSも出るだろう

ただし その頃に今のカメラやプリンタのソフトがどうなっているかはわからない

スマホやタブレットで十分という人も増え 個人使用のパソコン業界は不調ときくけれど それでもこれから先も必要不可欠なものであることに変わりは無い

アナログからデジタルへの転換期に育った人間としては このいたちごっこには非常に複雑な思いがする

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今日この頃

2016年05月30日 | 日記
転居して一週間が経過し それなりにここでの生活も慣れてきた

半分はすっかり我が家のような気持ちで 半分は旅に出ている時のホテルに居るような気持ちで暮らしている

賃貸って本当に気を遣うものだ


3週間ほど前 勤めていた会社の社長から電話があった

年に一度依頼される比較的大きな仕事があるのだが 後輩女子二人組は 昨年きちんと教えたにも関わらず すっかり忘れてしまったらしい

何もかも人任せにしている社長が知るはずも無い

万が一にも失敗すると 我が社にしては大きな金額が動く仕事な上に やり直しもきかない仕事なために 困って電話をしてきたのだろう

その時 私の今の現状を社長に伝えた

ほどなくして塚ちゃんからメールがきた

返信して 社長からきいたかもしれないけれどと 家を建てる計画を伝えた

再び来たメールには 彼が何もそのことを話さなかったこと 私の決断を それで良かったと思うという感想と 会社の様子や自分の近況などが書かれてあった

以前とそう変わることもなく ジュニア君は相変わらず 体調が悪いといってはよく休むらしい

それぞれの人の関係性もそれなりに色々とある様子で それは私が退職する頃にすでに薄々感じていたが 会社は仲良しクラブでは無いし 性格もあるし 家族でさえ色々あるのだから 仕事や社内の雰囲気に支障が無ければいいのでは と 返事をした


久しぶりに職場を思い出し 懐かしく感じた

あの社長の下で働くのはストレスも多かったが それでも仲間との時間は楽しかった

収入のことからしても 家の事が無ければあと数年くらいは働いても良かったのだが どうしてもこれを優先させる必要に迫られていた

後悔は無いが(実際 独りで家の始末をしてみて この年齢で始めて良かったと何度も思った) こうして日々一人きりで暇を持て余す生活になってみると 何かしらん焦りのようなものを感じている

自分のために生きているのは確かだし 人の人生を背負って生きるのは時に重荷になることもあるけれど それでも誰かの力になることで自分の力も湧き出てくることも確実にある

小人閑居して不善をなす

そう言われそうな気がしている今日この頃

 
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新生活のこと

2016年05月29日 | 日記
前の家は スーパーまで徒歩2分足らずだった

真夏でも 買ったアイスが溶けることは無い

仮住まいの今 4分ほどかかる

大型店で 一応生活に必要なほとんどのものは調達できるのだが 私にはこの4分でさえ遠く感じる


引っ越しにあたって食品の多くを減らし あるいは使い切り あるいは捨ててきたので ドレッシングや調味料なども含めての買いだしにでかけた

ところが あまりに広く また何がどこに置いてあるのか把握しきれていないので うろうろするばかり

お気に入りだった品物が無かったり 生鮮食品などもけっこう違うもので あっちの方が良かったと思うものもあれば こっちの方が好きだと思うものもある

私は 何事にも浮気性では無いため こうした変化に順応するのにも ちょっとした諦めと勇気が必要になる

昨日は 部屋干しをするための洗濯物干しも買ったので 文字通り両手に荷物となり 肩にも袋を一つかけているので この4分の道のりは長く感じた 


切り干し大根と ひじきの煮物を作った

こうした料理を作るのは久しぶりのような気がする

しかし 毎食の食事の支度って けっこう大変でもある

外食をすることはほとんど無いし 出来合いのものもどちらかといえば苦手だし 家にいる限り 毎回作らなければならない

誰でもしていることなのだろうけれど 両親がよく 何食べる と相談したり それでちょっとした言い合いになったりしていたのを思い出す

毎日 洗濯や買い物 そして食事の支度や後片付けをしていた母の楽しみは何だったのだろうか


最後の粗大ごみを捨てに家に戻った時 本箱の下段の引き戸のところに 残しものがあった

小学校のアルバムと1冊の本だった

確認して良かった

本は『かくれた次元』(エドワード・ホール著 みすず書房)

文化人類学の本である

すでに50年前の著作で 今は古典とされながらも 廃版にも絶版にもならずに今も出版を続けているようだ

買い出しから戻り 煮物を作り終えた私は メモを取りながらこの本を読みなおし始めた

昨年来からの家の整理という大きな仕事のおかげで 私は 仕事の喪失感をそう感じることも無くきたけれど いや 喪失感というのとは少し違うけれど 暇な時間が出来るにつれ 人生の目標を再構築しなければならないと感じるようになった

遊んで暮らせるほどの余裕は全く無い

能力の範囲でできる仕事をするのは 社会とのつながりの為にも悪くない

同時に 無報酬での仕事をするのも 大事な何かを得られるかもしれない

何をするにしても 退屈は 最大の敵なりということらしい

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お洗(おせん)がやってきた

2016年05月28日 | 日記
昨日 洗濯機が届いた

今まで我が家で使っていたものは二槽式で 私はこれが好きだった

確かに洗濯物を脱水槽に移したり 排水や注水は面倒といえば面倒だが 汚れ落ちも確認できるし 水量も自由に設定できるし 少量の色物も分けて洗濯できるし 洗濯中に手洗いの物を脱水することだってできる

汚れ物はよく落ちるというので 作業服などを洗う家では 家の外にこれをもう一台置いて使っている人もいるようだ

けれどももう機種は少なくなっている上に 家庭での置き場からしてもその選択肢はとりにくくなっている

そこで ようやく私も全自動式を採用することにしたのだ


ドラム式なるものもあるけれど これは非常に怖い

やたらめんどくさそうだし 故障や使用ミスでふた(扉?)があかないとか 排水ができないとか 頭が良くなっている分だけ始末が悪そうと思ってしまう 

何ともまあ 私は古いタイプの人間なのだ

それに 独り者の洗濯なんて最大の物でタオルケット程度だし 

というわけで ごく普通の5キロタイプを買った

本当はもう少し大きくても良かったのだが ここでの防水パンや蛇口の位置を考慮してこれになったということもある

いずれ新居で二台目を買う時は もう少し考えることにしよう


洗濯日和では無かったし そう洗濯物も無かったのだが とりあえず使ってみることにした

洗濯物を入れる

洗剤は ここから入れると・・・

ふたを閉めて・・・水栓をひねって・・・・スタートを押す?


少しして注水の音が聞こえてくる

異常に長く感じる

ようやく洗い始める音がする

洗濯室兼洗面室が広いので 椅子に座って様子をみることにする

洗濯機が回っているのをじっと眺めているなんて 仕事の出来ない人間みたいだし それさえ見ることが出来ないのだから まるでアホになった気持ちになる

どんな具合なのか ストップボタンを押して中を確認してみる

時々考え事をしているのか なんか悠長な感じ

お前 本当に仕事してるんだろうね さぼって無いだろうね って思って何度か中を見てみるが その時はしらっとしているからわかりようもない


しかし なんで 勝手に注水したり排水したりできるんだろう

もう何十年も前からある自動洗濯機ではあるけれど 実に不思議である

多分 こんな頭脳を持っているから 故障もするし寿命も短いんだろうなあ

人間もだけれど シンプルなほど長持ちするものだと思う


排水の時は 排水口から水があふれたりしないか心配だった

滅多に無いだろうけれど 何しろ賃貸の3階だし 何かあっては大変

そんな事さえ気にするほどの心配性なのだ


いよいよ脱水まできた

ゴシュジンサマ センタクオワリマシタ

洗子(私がつけた名前)が ピーピーと合図する

どれどれ と蓋を開けると 洗濯物が周りにへばりついている

確かに脱水にかけては こちらの方が優秀とみた

大義であったぞ 褒美をとらす

中の水分を拭き取り しばらく蓋を開けておくことにしよう


こうして 私のドキドキの自動洗濯機での初洗いは 無事終了したのであった
   
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