どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

退職一か月半前の心境

2015年07月12日 | 日記
二週間前だったか 梅雨の晴れ間の日曜日に庭掃除をした

草取りだけでなく木の剪定もしたために なんと10時から4時までの作業

休憩は水分を取るための数分程度の休みを数回だけ  ほぼ6時間黙々と続けたために へとへとになってしまった

いつもなら作業を終えたら 道具の始末や作業着の洗濯などするのに その日はもうそこまでの体力は残っておらず お風呂に入って食事をしたら朝まで寝てしまった


始めの計画では2,3時間のつもりだったのに やり始めると止まらないのは子供の頃からの私の悪い癖だ

でも 見ていられない庭だったのだ

だから 普段は見ないようにしている


最近 ピーター(池端慎之介)やChar(ギタリスト)が それぞれ実家の整理をしたことを知った

親も亡くなり 自分もある程度の年齢となると だれもがそうするのだろう

独身か家族がいるかで また整理の仕方も違ってくるだろうけれど 

定年後も再雇用という話を蹴り その後の無収入生活への不安を抱えてもなお退職の道を選んだのは もううんざりと言う気持ちもあったが 何よりも家の整理をしなければならなかったからだ

こんなこと 若い時には考えもしなかった

親はいつか先に逝く という覚悟は次第に抱くようにはなってはいたものの それがどういう姿であらわれるのかはわかるはずもなく また 密かに心配でもあった

それが 今から考えると 介護に何年もかかるということもなく 意外にもあっさりしたものとなり ある意味 子供孝行の親だったわけだ

こどもとしては せめて 親の残したものくらいは後始末せにゃあかんだろうな

そして 自分ももっと身軽になる必要がある


そういう生活があと一か月半で始まるのだ

やり始めると止まらない性格ではあるけれど それでも本性は怠惰が好き

できるのか 自分・・・

退職後のめんどくさく また苦手とする手続きも含めて 少し気が重くなる

人生 楽ありゃ 苦もあるさ~ ♪ ってことなんだろうな・・・

プラスマイナスゼロ 


退職一か月半前の心境 
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仲間を信じている

2015年07月11日 | 日記
出勤も夏休みをはさんであと5週となった先週のこと 社長が 新人に理解度テストをしたいから問題を作ってくれと言ってきた

私は 「あなた」に それをしたいです 

人格テストも含めて・・・

と言いたかったが はい わかりました と素直に答えた

何を質問したいのかあまりに漠然としているので 手書きの草稿を見せ こんな感じで良いかと確認をとってから 印刷をして手渡した

その日の帰り際 彼女たちに明日試験をするからと言っている声がきこえたので 私は会社のビルの一階でこっそり問題を教えてあげた

教えてくれるんですか

不安だったらしい彼女たちの顔が明るくなる

もちろんだとも あたいが作ったんだし

答えは教えないけれど この3か月近くでやってきたことを思い出しながら全て書き込めば良いから と


記入式のテストは1時間 終わってから受け取り私が社長に渡すと まず私が読んでからということだったので コメントと印象を書き込んで渡した

何が正しいかどうかも自分では判断を下せないのか

新人二人は 理解はしているものの まだまだのんびりしているというか 急ぐということがない

確かに 次から次の仕事に追われるような私の時代とは違うからやむをえないのかもしれないが 見ているといらっとすることもある

そんな話を社長にしたら でもさ まだ○○さん(私のこと)もあと一か月いてくてくれるしさぁ~ と

その笑顔はなんじゃ~ 

なんでもかんでも人にやらせておいて 

テストがしたいなら 自分で自分の訊きたいことを問題にしろ~~ 

彼女たちには これからは無駄を省いて「早く」を目標にして欲しいと伝えた


今二人がやっていることを 私一人でとまでは言わないが おおむねそうしてやってきた

そのために 自分なりの工夫もしてきたし 暇な時間には仕事がスムーズに進むように準備もし 昼休み返上のことだって沢山あったのだ

それは言われてやることでもないし マニュアルは自分で生み出すのが一番良いと私は思っている

一から十まで 箸の上げ下ろしに至るまで教えるのは私の好みではないし 自分なりのやり方を考えるのも仕事 

知っているということは 必ずしも出来るということにはつながらない

だが 出来る ということを目標にしなければ知識も意味が無い


最近はすっかり窓際族となった私

来週に控えた 3年毎の本審査の書類をそろえる仕事をずっと手伝っていた

昨年 委員を辞めたわたしが手伝い 委員のジュニア君は他人事のようにポカ~ンとしている

○○さんが辞めたら どうなるのかなぁ もう委員なんてやめたいと孤軍奮闘の塚ちゃんが言う

確かに大変だろうとは思うが 私にはどうすることもできない


私が辞めても何かあったら電話するから と冗談で言われる

大丈夫 居留守使うから と私は答える

誰かが居なくなって困るような組織は そもそもが問題があるのだ というのが私の見解

たぶん うまくまわるだろうと 私は仲間を信じている

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「石谷家住宅」と世界遺産

2015年07月05日 | 日記
両親を失ってから始まった最初の夏の旅の目的のひとつは なんとしても見たかったライトの帝国ホテルの一部が移築された「明治村」に行くことだった

この旅が序章となり私の「見たい心」に火が付き いよいよ本格的になっていった

次の年は岡山から山陰へと抜けて鳥取 そこから京都へというまさに電車の旅

その時に最初に降り立ったのが「智頭」だった

岡山県と接する中国山脈の山々が連なるこの町を見た時に「ひとり旅」のなんとも言えぬ充実感がこみあげてきたのを 今も思い出す

杉板を使った家々と見渡す限りの緑の山々 ほとんど人に会うこともなく 水量の少ない川にかかる橋を渡り 広い広い空の下をひとり歩くだけで興奮した

そして私は「石谷家住宅」の前に立った


あれを見たい ここを見なくては というリストの中では 私はそう期待をしていたというものでもなかった

そう知識の無い日本家屋でもあったし ただ旧街道の宿場町としてかつては栄えた町並みを 鳥取までの道中 せっかく途中下車できるのだから見ておこう そんな程度の気持ちしかなかった

だが 入口を一歩入って あの吹き抜けの土間の天井を見上げ その梁に目をやった途端 私はぶっ飛んだ

至るとところに感動の細工があり モダンであり 詳細は省くが とんでもなく素晴らしいものを見たのは確かだった

見終わってその門を出た時 関係者と思われる土地の人たちの話す言葉の中に「重要文化財」を聞き取った時には 検討中なのだろうかと思っていた

2008年の夏のことである

そしてその翌年 指定を受けた

その前に行っておいて良かったと思い そうなっても不思議の無いものであり いつまでもあの自然とともに美しく残って欲しいと願った


富岡製糸工場も私のリストの中に入っていたが なまじ近いばかりに機会のないまま世界遺産に登録されてしまった

見学者は爆発的に伸びたときいている

人ごみが苦手な私は 気持ちが半減している


「明治日本の産業遺産」の世界遺産登録への審査が始まっている

私はこれまで重文と言われるものは見ておきたいと思ってきたし また 実際に見れば確かに・・・と思うものが多かったのは事実だが そんな指定が無くとも同じくらい いや 時にはそれ以上と思えるものだって沢山あるのを知っている

負担や足枷からそうした申請をしたくないという所有者もいるだろうし 維持費や所有権の問題 町おこしとしてなんとかと願う人もいるだろう

経済的事情が絡むのも確か

そうした中で今回の審査に対し韓国の反対も強いと言うが そもそも私はこうした肩書を苦手とするので 別に世界遺産じゃなくたっていいじゃないかと考える

ラジオで聞いたところ 安倍さんの幼少時代からの友人である女性がアメリカで産業都市に関する研究をしているそうで その彼女がもうかなり前に安倍さんにこの話を持ちかけていたとか


世界遺産ってなんだ って思ってしまう

そういう権威付けが無いと守れないようなものであるならば それはそもそもがそういう運命 

その時代に生きている人間の価値観が反映されるだけのこと

誰かがスポットを当て それに価値を見出し より多くの人が存在を知り そこから派生するあらゆる方面に対してひとが幸せになるような研究なり知識が生まれ 感動を呼び 結果 われわれの遺産として守っていこうと自然発生的に育っていくことが一番大事なのではないか

だから 格付けなんてなくても 郷土の風土や歴史 あらゆる文化だって大事な人類の遺産のはずだし それを発信していくだけでいいんじゃないの

誰かにとっての遺産が 別の誰かにとってはつまらないゴミにしか思えなかったり もっと金儲けに使おうよと思えたり 憎しみの対象でしかないことだってありえるんだし


どんな格付けを戴いた遺産であれ 天災だけでなく 戦争やテロや内紛といった人災が起これば そんなものはひとたまりも無く消えることもある

世界的な規模で そして長い人類の歴史の中で 政権の交代や宗教による弾圧 民族間や国家間の争いにより貴重な文化の破壊などは数多くあったことだ


「石谷家住宅」は素晴らしかった

現存し 比較的最近まで実際に住居として使用されており 今は蔵も含めて有効に活用されている

土間には 今日とれた新鮮な野菜がかごに置かれてあり 自由に持っていけるようになっていた

土地の歴史とともに生き この地の自然の中にあるからこそ 美しかった

重文になろうとなかろうと 私には関係の無いこと

それまで知らなかった「智頭」という町の名前は それ以降私の中に大きく刻み込まれた

私にとって 数多くある世界遺産のひとつ

それ以上でも以下でもない 
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