どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

大晦日にこっそりと書く

2014年12月31日 | 日記
時間というものは誰の上にも平等に流れていく

ただ それは物理的なことに過ぎない

あらゆるものに対する喪失感から 時が止まってしまったかのような日々を送っている人

不条理な理由で真っ暗な闇の中で膝小僧を抱えて過ごした人 自分の未来は無いという大きな失望感を抱きながら生きている人

あまりに大きな肉体的 精神的疲労感から 時の流れを感じることもなく日々が流れていく人もいるだろう

無限の時も 我が身に関しては有限なもの

時の終わりを迎えた人も有名無名に限らず 今年も数多くおられたことだろう


朝が来て 外気に触れる

その季節の その日が持つ光と湿り気と匂いを感じる

日が落ちて夜になる

暖かい空気に包まれる日もあれば まとわりつくような熱気を感じる日 また 冷気に思わず首を縮める日もあるが 一日の終わりに月や星があろうが無かろうが 夜空を見上げる時に感じる一瞬の安堵感

決して 胸を張って日々充実した生活を送っているとは言えないが 過去を振り返り 今を生き 未来に思いを馳せることができるということが どれだけ幸せなことかと思う


憎悪と嫌悪と報復だけに命を懸ける人 人を蔑み あらゆる手段の暴力を振るうことで我が身の優位性を証明し 利益を求め 保身に走る人

その人たちは たまたまそうした環境と運命の中に生まれ育ってしまったに過ぎないと思っている

個人に何の責任も無いと言ってるわけではない

ただ 責任とは自分が感じて受け止めるものであり 感じもしない責任を取らせることは誰にもできない


世界中でその功績が讃えられ 愛される人もいるが 私は その恩恵に感謝こそすれ 誰もがそうであれとは思わない

名も無き普通の人々が普通に自分なりの人生を歩み 家族であれ 友人であれ 知人であれ 一期一会の人であれ 思想や意見の違いこそあっても 互いに感謝しあい 尊重しあい 理解しようと努力する世界であって欲しいと思うが 残念ながら神は極めて未発達な高等動物しか作れなかった

それは 非常に未熟な自分自身を見ればよくわかる

今年 幸せだったと思った人は それが自分の努力の賜物だと決して驕ってはならないし 我が身の幸せの陰に泣く人もいたかもしれないことを忘れてはいけない


誰もが自分のために生き 自分が思い描く幸せを求め 理想を抱いて生きているし またそうであって欲しい

その当然な権利が平等に守られ 自らそれに責任と自覚を持って行動し またそれが人の悲しみや苦痛を減らしてより多くの人に幸福をもたらすものとなるように 自分の出来る範囲でそれに向かい 同時にそれが正当に認められる社会や世界であって欲しいと思う 

ひとりひとりの力は限りなく小さい

来年も悲しいことだが 自然災害も 悲しい事故も 邪悪な犯罪も 死に至らしめる病も そして戦争も 世界中で起こるだろう

ひとは学習し その積み重ねで発展してきたが 時としてそこからは何も学ばずに あるいは忘れて 同じことを繰り返す

正義という名のもとに行われること 自分が行うことであっても常に懐疑的であり またその正当性を声高に主張したり誰に押し付けたりすることもせずに たとえ金科玉条などというものなど存在しないとしても それでも誰もが「正しい」言葉で自由に考え 発言し 相手の言葉を「正しい」姿勢で聴き 人としてのお互いの尊厳を大切にしながら行動する社会であって欲しいと思う 


大晦日にいったい何を思ってこんなことを書いたのか自分でもよくわからないのだが 自分自身への戒めと反省と 少々の理想があったかもしれない

時に人は その出口の無いほどの深い悲しみや底なしの絶望感で満たされることもあり それが人生というものだなどと訳知り顔で軽々しく言えたものでは無いことは十分承知しているが それでも今この世界で生きている人が良い年を迎えられますようにと 非常に青臭く馬鹿馬鹿しく 安っぽくきこえても仕方の無いことを 恥ずかしさも隠して今年最後の日記としてこっそり書いておく

では これからおせち料理でイッパイといきますか

せっかちな私の正月はすでに始まっている

 
  
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スーパーでお節の材料を買う―買い物メモはちゃんと見ること

2014年12月29日 | 日記
いつもは9時30分から始まる大型スーパーも この年末商戦に向けて開店時間を30分繰り上げての営業

私は27日 メモ持参で朝一番 買い出しに出かけた

ハスOK 慈姑OK 筍OK と 次々にかごに入れ いよいよお節コーナーへと突入

伊達巻を主流として卵製品がびっしりと棚を埋めている

年々 伊達巻は私の好みランキングの順位を下げてきているので あまり大きくなく素材の良いものを買おうと あれこれ商品を手に取っては原材料を見ていた


そこにスーパーの関係者二人がやってきて なにやら陳列に関して話し始めた

一人はこの売り場の担当者 主任とか課長とか もしかしたら店長と呼ばれている人かもしれない

もう一人は どうやら本部から送り込まれた人らしい

決められた陳列 売上アップとなる並べ方というものがあるのだろう

この年末 卵関係でどれだけの売り上げがあるか知ってますか?

いえ・・・と口ごもる

そんなことも知らないの? 平均600万 この店の規模でも500万はあるんですよ と厳しい口調

それほどの目玉商品を こんな陳列ではだめだということなのだろう

へぇ~~~ そんなに売れるのか~ と私

確かに平均でも1000円くらいはするし もっと高いものも並んでいるし 家族が多ければ2本買うかもしれないし・・・

じゃ 今度はあちらの売り場に行きましょう と 二人は去っていった

二人の後をついて行ってスーパーのお節商戦の裏表を知りたくなるが 私は野次馬根性というものをまるきり持ち合わせていないので そのまま自分の買い物を続けた


財布の紐がきつくなっている昨今 それでも日本人にとって正月というのは一大イベントで この時くらいはと緩むものなのだろう

食生活もすっかり変わって お節料理らしきものは元日だけで十分という家もあり それよりも伊勢海老 蟹 牛肉 刺身だ という家もあり 無関係に好きなものを食べる家もありという時代にはなってきたが それでもまだまだ 毎年同じような顔ぶれの商品が並ぶ

それぞれサイズも量も違うが 素材によって価格も大きく異なる

数の子しかり 蒲鉾しかり 

悔しいことに 食べてみれば値段の差というものは確実にあるものだから 可能な限り良いものを買うことししている

まだこのくらいの贅沢はできる生活であるが 贅沢をしているというよりも 親がしてきたことを踏襲しているといったほうがいいかもしれない


おそらくは独居老人なのだろう

お節料理の棚ではなく 普段用の練り物コーナーの蒲鉾をかごに入れている

それぞれ好みがあるし 好きでは無いから飾り程度に安いものでいい という人もいるだろうし それだけで貧しさを感じ哀れさを思ったりするのは傲慢というものだろう

正月は美味しいものを食べて浮かれるだけのものではない

昔は母親の胎内にいるときからひとつの命として歳を数え 新年を迎えると誰もがひとつ年を取ると数えた

まさに冥土の旅の一里塚

あらゆるものに対して新年を迎えられたことに感謝し 互いに祝い 来し方行く末を思う時


昨日 全ての買い出しを終えて 家に着いてから姉に電話をした

今年 慈姑が高くてね 498円よ と言うから 3個でしょ?ときいたら ううん こっちは5個と言う

あぁ 物価が違う

確かに 私は安いところを探すなんてこともしなかったけれど

でも 姉も我が家のお節を作っているのだなと ちょっと可笑しくなった

大根だの白菜だのを沢山もらって もう送りたいくらいというから 運賃の方が高くつくから要らないと答えた

こっちは寒いし 今日は最低気温がマイナス9度 けんちんでも作ろうかと言う姉の話をきいていて・・・・

そうして ふと私 ああぁぁぁぁ けんちんに入れる白菜を買うの忘れていた~~~~

これから買いに行くから じゃ またね と電話を切った

買い物メモは書くだけではなくちゃんと見なくてはいけないと反省しながら まさに師走の街を私は走った 

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来年に言う「私の今年の抱負」

2014年12月27日 | 日記
昨日 無事に仕事納めとなった

午後から大掃除を済ませ 4時過ぎから今年の反省などを言わされたあと お寿司で飲み会となった

こうした光景ももうこれが最後になると思うと 感慨もひとしおというか 喜びに小さな胸も震えるというものだ

すっかりご機嫌になった社長が こういうのを月に一回はやりたいなぁ と

バカ言ってんじゃないよ~♪給料下げて~

バカ言ってんじゃないわ~♪ボーナスも無しで~

と 思ったのは私ひとりでは無いだろうと思う


ボーナスらしきものはもうここ6年出ていないのだが 実は私は毎年暮れにはわずかながら貰っている

他にも二人ほど額こそ違うのだがそういう仲間がいる

貰っていて言うのもなんだが こういうやり方はいかがなものだろうか

それぞれがそれぞれの能力の範囲で 有給も取らずに毎日頑張って働いているのだ

額の差こそあれ 賞与を出すのであれば全員に出すべきだと私は思う

賞与とは呼べないような金額であっても それが労働者の喜びとモティベーションを産み 明日への頑張りとなる

ボーナスも出さないくせにさ という他の仲間の言葉を聞くたびにこちらの居心地まで悪くなる


来年から クライアントの会社で仕事の受注窓口をしている女性二人にもこちら本社?の仕事を手伝ってもらうことにするとのこと

一人は社長の娘であり もう一人は入社して7年目となる女性Aである

そのAが 私 もうこれでも限界ギリギリなので そうなったら辞めますと 帰り際にそう言った


社長の娘が入る前に居た女性が退社する時 辞めるのがAさんだったら良かったのに と これはある社員に言ったと最近になって聞いた

身内で話すのであればともかく 社員に話すのはどうかと思う

少し前のこと 朝 社長がいきなり「会社で縦ロールって どうなんだろう」と憤慨した様子で私に言った

何のことかと思ったら どうやらそのAの髪型の話らしいのだ

私は 彼女が長い髪で染めていること以外は全く気が付かないというか どんなヘアスタイルをそう呼ぶのかもわからなかった

無反応の私にがっかりしたのか 別の男性に話を振った

Aの服装やルックスは 昨日 今日 急に変わったことでもない

また別の日には 真っ赤な口紅をつけていると それにもおかんむりだったようだ


彼女は仕事はちゃんとしている

おそらく人員整理として またパワハラが始まり人身御供となったのだろう

今回の仕事内容の変更も それを狙ったものとも思われる

それを察したからこそ 辞めます発言となったのだ

こういう状況を今までどれだけ目にしてきたことか


私は 彼が嫌う事は 私が受け入れることの出来る限り避けるようにしてきたし 彼が好むであろう行動は 納得できる範疇でそうしてきたが 決して全面的イエスマンでも無いし おべんちゃらも言わない

一番の行動規範は自分自身であり 曲げてもスルーしてもいいやと思う事はそうしてきたが 彼がそうした私を気に食わないと思うようになったら即刻辞めるだろう

どのみち 最高でもあと8か月のことなんだけれどね


来春 仕事始めの会議では「抱負」を語ってもらうとか

極めて個人的で良ければ そらもう~

まぁ 定年を迎える前にもう一度ボーナスを貰えるように みんなで頑張っていきましょう ってなとこか~~?

今日 買い出しに行ってきた

3個498円の慈姑も9個買った

30日から一足お先に正月とすると決めた

週末には通常生活に戻らないといけないので 正味4日間の年末年始休暇だ

来年の暮 私はどうしているのだろう

いや どうしているかではなく どうしたいか どうありたいか どうあるべきかを考えながら毎日を送るべきだろう

これが本当の 来年に言う私の「今年の抱負」

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マスクの効用に気が付く今年の年末

2014年12月20日 | 日記
この一週間 鼻風邪

いきなり来たのだが まぁ そろそろ行きますけどご都合はいかがですか なんていう連絡があるはずも無くて

ずっとマスク着用で 毎日柔らかいティシューも持参していた(普通のでは鼻が参ってしまうから)


マスクは子供の頃から嫌いだったのだが(好きな人っているのだろうか?) ここのところ格別寒くて 他人に慮るというよりも自分の鼻と喉の湿度を保つために仕方なくつけていた

で マスクってすごい ってことに今日初めて気が付いた

なんと 口まわりや顔のほとんどの部分がしっとりすべすべしているではないか

おそらく 自分が出す湿度で顔の多くの部分が保湿されたようなのだ

若い頃 お化粧こそはしないものの 化粧水だのパックだのと まぁ普通にやっていた

その後 実はもう長いこと 化粧水などというものは全くつけていない

スキンケアなんて 健康と洗顔で十分だと思っているような人間でして・・・・

その何もしない私が気が付いたのだから 適当な湿度っていうのは本当に大事なんだと思った次第

お悩みの方は是非試して欲しい


今日 またまた歯医者と皮膚科に走る

どちらも目出度く修了証書をいただき 今年やり残したことをなんとかクリアできたことに 今日はしごく満足

(本当は もっと早くに行けば良かったんだけどと そういう自分を反省もしつつ・・・・)

人生は 及第したり落第したりの連続なのかなと思う

どっちもありの人生なんだから それぞれの喜びも悲しみも知っておいて損はない

及第が喜びであるとか 落第が悲しみであるとかって 短絡的に決めつけていないことを断言しておくけど


じゅるじゅるだった鼻水が するするになり よくやく止まってきた

これで なんとか年越しは元気に迎えられそうだ(と 思うが・・・)

本当の意味で自由になるのも 我が身に起こることすべてに自分だけで責任を持たなければならなくなるのも あと少し

小さな不安と大きな希望を抱きつつ この年末を過ごしている

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どうせならそこも遺伝して

2014年12月14日 | 日記
年末ムードが高まってきた

今年やり残したことを消化しようと 今日は歯医者と皮膚科に行く

やり残したというよりも 先送りにしてきた といった方が正しい

幸い どちらもそう重大なことにはならなかったが 気にかけたまま年を越すのはさすがの私もまずいだろうと思ってのことだった


ほとんど開業当時から通っているこの歯科医院の受付の女性も変わることなく働いている

今日は予約だけできれば良いかと思って朝一番に行ったのだが キャンセルがあるからということで運良く診察してもらうことができた

治療が済んで会計の時 ○○さん さっき年齢見てびっくりしちゃった 全然変わらない 若く見える~ と驚かれた


一度治療してしまったら歯というものは決して元には戻らず 最高の状態でも現状維持 

しかもそれは現実にはほとんどありえないことで 詰め物が取れたり そこからまた虫歯になったりするわけで 出来るものなら一生縁を切りたい もう二度とムショ行きはゴメンだと思うのだが そうは問屋が卸さない

確か 今年の初めにも通院していたはずだし ブランクがあっても二年とは無いと思う

というわけで 今更私の年齢を知ったわけでも無いだろうにと思うのだが もしかしたら今日しげじげと私の年齢を見たのかもしれない

確かに服装や体型 髪型など何も変わらないから そう見えるのかもしれない

いえいえ もう体のほうはガタガタです と返事をした


そのあと皮膚科に行った

ことの始まりは 帰宅して靴下を脱いだら足首のあたりが痒かったのでかきむしった というだけのことだった

血がにじんでかさぶたになり それがまた痒くて と繰り返していたら次第にひどくなった

慢性湿疹とのことである

姉はアトピー・喘息持ちで 私も子供の頃は皮膚が弱かった

その後もストッキングをはくと痒くなったりすることはあったが 50歳を超えてきた頃からだろうか その傾向は次第に激しくなってきたように思う

両親も 父方の叔母なども皮膚が弱く 少しの刺激で痒くなったり ひとたび掻いてしまうと悪化するという始末だったから遺伝もあるのだろう 


下着や靴下のゴムには十分気をつけるし 肌に触れるものに付いているタグなどがカサカサと首や脇に触れると もうたまらなくなる

最近では あらかじめ切り取ってしまうことが多くなった

縫い目が刺激となって痒くなることさえあるので 下着だけでなく身に着けるものは素材も縫製も十分吟味して選ぶことになる

今回は いわゆる靴のベロと呼ばれる部分か アンクルまである靴を履いていた刺激のせいだろうと思っている

実は 私はこの長さの靴が昔から好きなのだ(デザートブーツやクラークスの靴の深さ)

足の甲の薄い私には ローファーのような靴(いわゆるパンプスの深さのものでも)はとても履きづらい

自身の体というものはとても正直なもので 世間の流れに見合ったようにはできていないものだと実感する

一番身近な自然とは 実は我が身かもしれない


皮膚科では 車椅子に乗った老人が付き添い(おそらくは施設の人かケアする人)と一緒に待合室にいた

ほとんど横になった状態の老女は 何度も何度も同じ言葉を繰り返している

認知症なのかもしれないが なぜか私にはとても可愛らしくみえた

それでも 長く生きていること 特にこうした病気を発症するというのは 何か切ない気持ちにさせられる


友人のご両親は85歳 まだ介護が必要とまでは至っていないが それでも日常生活をなんとかやっているような状態で おむつをしているときいた

母親が倒れたら もう仕事は辞めるしかないとも言っている

自分自身も年を取り 人は誰でもそうなると子供でも知っていることでも 実感する 本当の意味でわかるのは人生半ばも過ぎてからのことだ

若く見えるらしい私でも 身体は着実に正しく老化の道を歩んでいる

自然の理で それを格別悲しんでいるわけではないし 後悔の念がまったく無いわけではないが 若返ってもう一度人生をやり直したいとは微塵も思わない

ただ 清く正しく美しく年齢を重ね 綺麗に去っていくということは 自分の努力だけではどうにもならないことだと最近では思うようになった


82歳で亡くなった父を診てくれていた医師は 父のことを上手に年をとったと表現したが どうせなら皮膚の弱さだけでなくそこも私に遺伝していると良いのにと 今日は師走に二つの病院を掛け持ちしながら 思ったりしていた

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