どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

会長のお見舞い

2013年11月24日 | 日記
会長が入院したと塚ちゃんに連絡が入った

会社に来なくなってから二年の間 何度か短期入院をしている

潰瘍性大腸炎でK病院へ 心臓ではN病院へと通院していたけれども まぁ元気なほうではあろう

最近では N病院で主治医だった医師が院長として引き抜かれた小さな病院に通っている

今回は心臓付近に水が溜まったということで その治療のための入院


連絡を受けた塚ちゃんと イケメン君との三人で行くことにした

二人は前にも行っているが 私は初めてのお見舞いになる

3歳の娘を連れて来るイケメン君は少し遅れるというので 私と塚ちゃんが一足先に行くことにした


病院に一歩足を入れると 独特のにおいと雰囲気が過去の記憶をずるずると否応なしに引き出してくる

病院は嫌だ

入院なんかしたくないと したい人などいないだろうが多くの人はそうなるのだろうとわかっていても この空気は慣れるものではない

個室のドアをノックして入ると ベッドに寝たままで吸入器を口にあてている会長が 来たか と目で合図する

看護師がやってきて計測などしている間 私たちは病室の外に出て待った


「どうぞ」という声に促されて 私たちは再び病室に入る

元気そうで 格別変わったようには見えなかったが 点滴の管や胸に付けられた心臓の計測器などが病人であることを物語っている

入院生活の話や 病状のことなどをきく

看護師が 身体全部 頭も洗ってくれると嬉しそうに話すので てっきり女性かと思って話を聞いていたら男性の看護師とのこと

女性だったら嫌だという

女性大好きな会長なのに だからからか やはりそう思うものなのか


やがてベビーカーに娘を乗せたイケメン君がやってきた

途中で寝てしまったというその幼子はまだ夢の中

大人だけの会話が 途切れ途切れに続く


21日は会長の83回目の誕生日だった

そのことを話すと そうか? あぁそうだ 83になるのか 昭和5年 1930年だから計算しやすいんだ と

父よりも長く生きている と 私は心の中で思ったまま口には出さなかった


イケメン君の娘が目を覚ました

会長は 可愛いね と言いながら目を細める

社長夫婦とは折り合い悪く 孫など抱いたこともなかったようだが 家族はその数だけの姿があるものだ

もしも関係が悪くなければ 社長はもちろん この病室には孫もお見舞いに来ていただろう

身内が居なくて 社員がこうして来ている


1時間ほどして会長が もう帰らないと暗くなるよと心配をする

特に小さな子を連れた彼は ここから自宅まで2時間近くかかるはずだし 会長もお疲れのことだろうと思い 私たちは病院を出た

人を病室に残したまま去るのは何度も何度も経験しているが いつでも何とも言えぬ気持ちになる


駅で別れ それぞれが違う方向へと家路に向かう

少し疲れた心のまま 私は週末の手料理でイッパイやって寝てしまった
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生きることはめんどくさいことの連続

2013年11月17日 | 日記
このところ冴えない天気の週末が続いていたが この週末は穏やかな小春日和となった

忙しかった仕事も終わり 腕を組んでただただ社員を眺めているという看守スタイルの社長が戻り 経営者は何をなすべきかもわからないようだ

かつてのヒット曲の替え歌でも作ろうかと 私は密かに企んだりしている

「あんた 会社のなんなのさ・・・・♪」


親の介護から若干解放された友人と 昨日はお疲れ会と称してイッパイやった

4時に待ち合わせだったが 私は2時間ほど時間を作って久しぶりに大型書店などを覗いたりした

友人のご両親は無事家に戻ることができ なんとか乗り切ったようだ

だがまだ終わったわけではなく 先が見えない不安を抱えていることに変わりは無い

老々介護になる可能性や それ以前に仕事と介護の両立の問題もあり お金で幸せが買えるわけでもそれだけで幸せになれるわけでもないとはわかっているが お金というものが問題の多くの部分を解決してくれるというのは確かだと痛感した


今日は 植木屋さんが来る前にもうこれ以上好天気の週末を迎えることはないだろうと 庭に出る決心をした

さすがに腰を抜かすような有様では無くなっているが それでもどことなく見苦しい感じがする

例年ならばこの時期には剪定も終わり すっきりした庭になっているはずなのだが 今年は遅くなってしまったために冬の光が感じられない

背の低い雑草を刈りながら 庭木の枝も少し落とした

風も無く穏やかな天気とあって汗もわずかに下着を湿らす程度であり 蚊が現れることもない今日は最高の庭仕事日和

3時間があっという間に過ぎ 今年最後の収穫は4袋

かがみ込む姿勢が長かったせいかすっかり背骨が痛くなってしまい それでも今までで一番かと思えるほどに綺麗になった庭を見て満足感に浸る

父の庭が100点満点だったとしたら 今日の私の庭は72点くらいだろうか


いつもならば庭仕事で汚れた服を洗濯するという仕事が続くのだが どうにも背中が痛くて本を持ち込んでお風呂に飛び込む

洗濯は今週末に持越しとしよう

入浴後 久しぶりに体重計に乗ってみたら 庭仕事のせいか少し減っていた

朝に作っておいたけんちんに御餅を入れて ビールを飲む

ビールのつまみとしてはどんぴしゃの相性とは言えないが それでもやはり手作りの料理は最高


友人は 数回 親のためにケータリングのお弁当を頼んだそうだが やはりそう美味しいものではなく 退院した母親は自分で何か作って食べると言ったそうだ

その気持ちがよくわかる

長年自分の手料理 家の味で過ごしてきたものにとってはそれが何よりのご馳走であり またその行為そのものも生きる力のひとつになる


生きることは めんどくさいことの連続である

だが そのめんどくさいことをひとつひとつ乗り越えることが生きる喜びにつながるのかもしれない

明日からの5日間 また超めんどくさい人を相手に乗り越える日々が始まる

この日々に関して言えば そこにどんな喜びがあるのか 私はまだ見えていない

だが「奴隷解放宣言」により自由を得た人々と同じ喜びを 退職日に抱くだろうということだけは想像に難くない
 
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近況報告のようなもの

2013年11月10日 | 日記
いつの間にか 寒いという言葉が無意識に出る季節になってきた

気が早いかもしれないが もう年末も近い

そもそも夏休みが過ぎれば クリスマスも近いというのがこの数年の実感ではあるのだが 


あれこれと書こうと思わなかったわけではない

ただ このところ少し帰宅が遅くなったり 週末というと天気が冴えなかったり 明けが遅くなってきたりと それがどういう関係があるのかと言われると まぁ端的に言えば 時間と心の余裕が無かったということになろうか

植木職人は仕事中の怪我で10月一杯は休業状態 

結局12月に決まった


友人の高齢のご両親が体調すぐれず 父親には多少の痴呆も見られるといった状態が ここ数年続いている

実家を出ている彼女は私同様独身で労働者であるが 週末には家に帰り それとなくご両親の様子を見てきたのだが 先日 母親が転んで手首を骨折してしまった

父親はケアハウスに 母親は入院となり それぞれの支度などをしたりと大変な様子

実家の近所には親戚もいるというから 全く手が無いわけではないが 今後のことを思うと 自分もまだ仕事を辞めるわけにもいかず 親の世話をどうしたら良いだろうかという不安を抱えている

父親は早く家に戻りたいと言うそうで やはり両親の意思を尊重して介護ホームなどには入れたくないと思っているようだ

私なんぞは今思えば 子孝行の親を持ったおかげでそうは悩むことも無かったのかなと それは喉元を過ぎた熱さと同じことなのだろうか

今にして思えば 何も大変なことなど無かったようにも思えてくる


残業が増え 帰宅が遅くなると とても料理などする気にもなれず 夜の食事もみじめなものとなっていく

出来合いの惣菜も苦手なため とはいっても焼き鳥だのコンビニのおでんだのは時々買うのだが それもすぐに飽きてしまう

そこで週末に幾品かは作り置きのできるものを準備するのだが それも二日程度で無くなってしまう

帰宅してから10分以内には食事をしたいほどの空腹を抱えているので 飲み屋の突出しプラス突出しのような 主食が無いじゃんと言われるようなものでビールを飲んで寝る有様


朝食こそ欠かさないが 夜明けが遅くなるにつれて早起きも辛くなり お弁当も作れなくなった

お弁当を作らないと昼食用に何か買わねばならず 例の気にかけている女性の場所を通らないこともあって 見かけることも少なくなってしまった

先日 気温の下がった朝 久しぶりに通りかかると いつもなら起きて出立の準備をしている彼女がじっとうずくまったままだった

どんなに気にしても何ができるわけでも無いのだから もう忘れようと思うのに なかなかできずにいる


何やらどんどんときな臭い方へと向かっているような日本のあり様も大いに気にかかるところなのだが 幼子のいる会社の仲間に そのうち君のむすこも徴兵される時代が来るかもよ~ と言ったら まさか といった顔をされて そんなことには絶対にならないと信じている様子だった

私も必ずそうなると信じているわけではない

だが そうなっても不思議ではないとも思っている

少しでも怪しい芽が出たら それは摘み取っておかねばならないのだ

そして その怪しい芽は すでに発芽しているように私には見えてならない


私に子孫がいるわけでもなく 私自身の人生もそう長くはないところまで来ているから この先日本がどうなろうと知ったこっちゃないといえばそれまで

この地球上の自然や 人間も含めた生物も 沢山素晴らしいところがあるけれども 所詮は「人間だもの」というわけで 愚かな行為も 私欲に目がくらむのも 我が身かわいさゆえの言動も なんでもありになってしまう

危惧する人も多いようだが その声はどこまで届くのか

自分の国を信じているか

国とは何なのか

将来の国のカタチはどうあるべきか 何をめざすべきなのか

多分 私は少数派の負け組的考えになるかもしれんがのう~


まぁ これが近況報告のようなもの

忙しい日々はまだもう少し続きそうだ


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