どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

佐野洋子「シズコさん」と母の日

2012年05月13日 | 日記
佐野洋子の本を数冊買った話を以前にした

本屋の平台に「右の心臓」が積んであった

亡くなった兄の記憶を中心に 自分の幼少期について書かれたものである

手に取ってぱらぱらとめくっているうちに 興味が湧いてきた

彼女の母親のことを書いたものが「シズコさん」だった

その2冊のほかに エセーも3冊ほど合わせて買った


一切を知らずに読み始めた「右の心臓」では

戦後まもなくという時代も含めた彼女のバックグラウンドを知ることができた

家族のこと 友人のこと 地域社会のこと 

彼女の目を通して語られるものは 子供であるとか大人であるとかは無関係で

彼女ならではの資質から生み出されたものだとわかる

母親との確執がすでにこのころからあったということがわかって

そして次に読んだのが「シズコさん」だった


少なからず衝撃的だった

ずっとずっと 子供のころから母親には愛されていないと感じ 母親のすべてが嫌いだった彼女

親子でも相性というものはあるのだろうか

母の手をさわったことがなかった

抱きしめられたこともないと彼女は言う


見栄っ張りでいつもしゃんとしている母

ありがとうと ごめんなさいを言わない母

虐待ではないかと思うほどに彼女には家事の手伝いをさせた母

教師の夫が同僚や教え子を家に連れて来れば どんなに遅い時間でも機嫌よく手料理でもてなした母

幼い子供を抱えて未亡人になってもしっかり家計を支え 四人の子供を大学まで出した母

老後にはしっかりと小金を貯めて外国旅行までしていた母

そのすべてを多少はオブラートで包もうか なんていう配慮はさらさらない

すっかり老人になり 自分が建てた家に同居する息子夫婦との折り合いの悪さから

母親を引き取ることになるのだが やがて痴呆が始まり老人ホームに入れることになる

自分は「金で母親を捨てたのだ」という思いに苛まされる彼女


そんなに悪い母親とも思えない

しっかりもので自立していて ベタベタと甘えたり甘やかすのを嫌う人だったのだろう

生きることに現実的であり 国家だの自由だの権利などといった観念は関係ないといった感じは

案外と二人は似たところがあるのかもしれないと感じた 


ホームでの母親はそれまで口にしなかった言葉 ありがとうと ごめんなさいを

「バケツをひっくり返したかのように」発するようになる

母の横に寝て さわりたくもないと思っていた母の手を 心から愛しんで触れた瞬間

何もかもが 憎しみも罪悪感も まるで霧が晴れるかのように去っていく


母と娘の関係は 母と息子の関係とはまた少し違うだろうと思う

学生時代 母親が嫌いという女友達も確かにいた

私自身 何もかも母大好きというわけでもなかった

不満もたくさんあったし 口げんかもたくさんした

私が優しくなかったこともあった

母が悪かったこともあった

そんな喧嘩をしたある日のこと

仕事から帰って自分の部屋に入ったらテーブルの上に小さなぬいぐるみが置いてあり

おかえりなさい と書かれたメモがあった

亡くなる前の年くらいのことだっただろうか

自分をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に放り投げ捨てたいような気持ちになった


この本は 読み方によっては彼女の遺書ともいえる

彼女も母親もある年齢まで生きて だからこそこの時を迎えられたのだ

もしどちらかが早くにいなくなっていたら 相手に対してだけでなく自分自身に対しても

許しも 許されることもなかった

今母が元気に生きていたら 私はやっぱり時々口げんかをしていただろうと思う

それでも ひがみっぽいところのある父が お前は○子(母)のことになると大げさになると言ったように

母の体調が悪かったり怪我をしたりすると 誰よりも心配し病院に付き添ったのも私だった

どれだけ大事な人だったかをうまく伝えられなかったことが残念でならない


書こう 書こうと思っていたのが今日になり どういうことか「母の日」

母である人も 母を持つ人も 素敵な一日になりますように
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6月に祝日作ろうよ

2012年05月05日 | 日記
連休後半は天気予報通り 前日からの雨を引き継いでの始まりとなった

予定は衣替えと台所の掃除

翌日は 洗濯物の山と格闘しつつ部屋の片づけ

そして お墓参りの準備


連休は昼夜逆転の生活になる人も多いだろうが 

私の時計は数時間早まったようで 寝るのも早ければ起きるのも早い

今朝は4時過ぎに起きだして 7時半に家を出た

ザックを背負い 片手にバケツを入れた袋を持つといういつものスタイル


今日こそは忘れ物は無いだろうなと歩きながら何度も頭の中で持ち物検査をした

グローブ のこぎり 植木ばさみ お線香 氷を入れた水筒 お菓子・・・

霊園のある駅に着いた時 商店街が閉まっているのを見て

今までになく早い到着だったことに気が付いた

ビールとお茶はコンビニで買うから良いとして さて 花は買えるだろうか


いつもならば店の前に献花を並べているはずなのに その様子がない

しまった!と思ったが 扉が少しだけ開いていたので中に入って声をかけてみた

何度か呼んでみたら やっと返事があった

一番安い花を一対買った


歩き始めてから そうだ 母の日が近いのだし赤いカーネーションを入れてもらえば良かったと

今から戻ろうかと思った時 こんな会話が浮かんできた


母:もったいない。そこにピンクのカーネーションが入っているでしょ。それで十分よ。

父:まったくお前は。せっかく○子がそう言っているものを。赤いのがあったらもっと綺麗じゃないか。


子供の頃の赤いカーネーションの思い出が 金平糖のように小さな突起を持ちつつも 

優しく甘いものとなって今も私の中で転がり続けていることが なぜか嬉しかった


何度も行っているのに 広い霊園の道を覚えるということは全くない

おおよその方角と 見覚えのある景色と 区画を記した案内板だけが頼り

すでに暑くなり始めている

歩道には大きな街路樹があり 涼しげな木陰を作っているのだが

実は今の時季 その下を歩くのはとても危険なのだ

気持ちよさそうに まるでバンジージャンプでもするかのように

毛虫がぁぁぁぁ


我が家のお墓には9時到着

ここも我が家の庭以上に 今年はあっけないほど雑草は少なかった

それでも剪定や掃除に2時間かかり 日焼けするだろうと思いつつも

半袖にならずにはいられなかった


安い花を飾り(ごめん!)飲み物などを並べてからお線香が燃え尽きるまでが

あの世もこの世も無い時間

報告をし 思い出を語りあい 先のことを話す

いつものように 親がしていたように また来るからねといって敬礼


霊園の空は広く 木々はまぶしいほどの緑

その中を抜けて 毛虫に注意しながら駅に向かう

バスの中で姉に写真を添付した携帯メールを送った

ほどなく とても綺麗になっている お疲れ様 と返信があった

あんたもねぇ~ たまにはやってみなさいよと思いつつ アトピーで喘息持ちで 歩くのは苦手な姉だから

ブツブツ ぐずぐず きっとめんどくさいことになる 

やっぱりいいや ってこっそり納得した


食料の買い物をしながら帰宅し 汗を流してからブリのカマを焼いてビール

案の定腕は ガーデニング用のグローブのせいで手首の少し上から日に焼けて赤くなっている

ちょっと恥ずかしい焼けかた


さて GWの仕事はこれで無事終了

ここから先は梅雨明け近くまで もう祝祭日は無い

ねぇ だからさ 前にも言ったけれど 6月に祝日作ろうよ~

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父のものだった長袖のシャツを着て

2012年05月04日 | 日記
この季節にGWというものがあるのは 私にとっては実に幸運としか言いようがない

とっくに春にはなっているものの 本格的に寒さと決別できるのもこの頃である

帰宅して上着を脱ぐよりも先にエアコンのリモコンに手を伸ばしていた日常から

無意識に遠ざかり やがてその存在さえも忘れていく

ある朝突然に トイレの便座が熱いと感じる

氷を入れた飲み物が増え始める

それがこのGWの頃だ

そして すっかり恒例となった庭の草取りをするのも 冬物の衣類の整理をするのも

この休みがあればこそだ

GWに感謝♪


暦通りの休日の今年 前半は天気が良いということだったので庭掃除を計画した

今年の庭は気温が低い日が続いたせいだろうか 卒倒するほどではなかった

それで 無理をせず三日かけてやろうと決めた

初日は買い出しや洗濯もあったので玄関周りだけに留めた


いよいよ二日目

朝の7時半 今回も父のものだった長袖のシャツを着て開始
 
庭の半分を仕上げたのはすっかり暑くなった正午だった

三日目も同じ時間に残りの半分を仕上げた

すずらんの群生地が大きくなり始めてきたので かわいそうではあったが間引きした


夏の草取りは 蚊の好む早朝にはできないし日が高くなれば今度はこちらが参ってしまう

けれどもこの時期にはまだ蚊も出ないし 汗ばんだ顔をなでる風がなんとも爽やかである

いつもGWは草取りだとぼやきつつも 

いざ始めてみるとなかなか素敵な労働だと思うようになるから不思議だ

毎週末1時間庭に出たら もっといつも綺麗な庭になるかもしれないなんて

今年は殊勝にもそんなことを考えたりして


そこそこの程度ではあるが涼しげになった庭を 職人は腰に手をやりながら眺める

4個の45リットルのごみ袋の口を閉める時が 勝ち誇ったような優越感に浸る瞬間

道具の始末をしてお風呂に飛び込み 祝杯をあげたことは言うまでもないこと


ところで上述した父のシャツのことを 覚えていた方がいてくださった

OCNカフェでわずかの期間だったが知った人が 別のブログへ移ったのだが

一年前にそのブログの更新もしなくなってしまったのだ

それがこのgooのブログであったことから ここに移住した時に

もしやと思ってコメントを残しておいたのだ

見ることなんてないだろうと思いながらも 


それが連休前日のこと

閉じていた自分のブログをなぜか開く気になって私のコメントを見てくれたという

父のシャツのことを覚えていてくれた人とは 彼女のことである

ブログ仲間を亡くすということがあって そこは半ば封印したようだったが

他のところで元気に書いていることもわかった


誰に見せたい 読ませたいブログでもないつもりではあったし

そもそもそんな技量も無いのだし

ほとんど備忘録のようなありふれた日常を書き綴っているにすぎないし

と 書く側の私は思うけれど

読み手の私は まったく違った思いで他の人のブログを拝見していることに

あらためて気が付かされた


さて 雨で始まった連休後半についてはまたあとで
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