どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

貧乏も 暇なしもまた~~~ の心だぁ~

2009年12月31日 | 日記
昨日は 実にのんんびり 平穏に過ごした 夕刻までは

本を断続的に読み続け(途中 イッパイやって まどろむという作業をしながら) そして読み終えた

そのあと 来年の夏の徘徊を考え始めた頃から 気分が悪くなってきた

コメカミのあたりが重く痛く しかも ムカムカする

風邪かと思って熱を測ってみたが なんと35度8分

低すぎる^^(通常 36度2分くらいだ)

このままどんどん体温が低下して 死ぬのかなと思った~

横になりながら 部屋が片付いているからそれはいいとしても 

あれやこれや 人の目に触れては困るものが次から次と浮かんできて やっぱり今は拙いなぁ とか

目に冷たいタオルを当てながら 昼間まどろんだせいで なかなか寝付けない身体を

右に 左に それも落ち着かず いつものように仰向けになって うつらうつらしながら朝を迎えた


なぜか 昔から休暇に体調を壊す確率が高い

誰も居ない病院に駆け込んで 高い救急料金を支払うというのを 何度か経験している

日頃は病院なんて遠い存在な私なのに だ

よっぽど 働くように出来ているのかもしれない(そんなふうに出来たくは 断固としてなかった!)

それとも 緊張感の無さが病を招くのだろうか


食欲は普通だし とりあえず頭痛も治まったようだ

さぁ~て 問題はイッパイなのだが そこのとこが今ひとつ しゃっきりしていない

まっ 別に 飲む気が無いのに飲むこともあるまい

一生 飲む気分にならなくったって それはそれでラッキーだし 飲みたいのに飲めない状況よりはずっとマシ


今日は 日常に戻ってみるかなぁ~

多分 そのほうが私の体質にあっているのかもしれない

貧乏も 暇なしもまた 馴染み客 共に手を取り 除夜の鐘きく(粗忽)
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もう少し 彼の逃亡に付き合おうか

2009年12月30日 | 日記
予定通り 今日は私だけの元日である

となればだ 勿論お節でイッパイということになる(完全なる=)

働いている人には申し訳ないが 私だって日頃が日頃なのだし 許されよ


さて 今朝も本を持っての朝風呂を楽しんだ

今読んでいるのは 丸谷才一の「笹まくら」

彼の著作は日本語に関するもの数冊と かの有名な「女ざかり」だけだ

翻訳物のほうは 意識して読んだものはない


読み始めたのは一昨日からで 勿論 あらすじは文庫のバックカバーで読んだけれど

しっかし 楽しい年末年始の休暇に読むような本じゃないよなぁ~ 失敗したなぁ~ と 

少し読み始めてから 後悔した


戦争忌避者として逃亡の末 無事に終戦を迎え 今は一市民としてまずまずの生活を送っている主人公

なはずなのに 彼の中では一向に精算されないものがある

鬱陶しい存在だ

今朝 お風呂に入るとき これより前に手をつけた清水義範の「夫婦でいくイスラムの国々」にしようかと思った


それでも結局は この本を持ってお風呂に入った

一つには この小説の構成にある

過去と現在が何の前触れもなく 一行の空白もなく 交互に現れる

それは 書き方としては驚くものだが 私たちの意識というのは 実はそんなものじゃないかと思った

以前 こんなことがあった

私が 幾つの時だった

あるいは その夏 あるいは 冬

それは他人を意識した書き方だが 自分の意識の中では そんな思い出し方はしないはずだ

ただただ 過去のある日 ある瞬間にワープするもの

そして 過去と現在が混沌と混ざり合うものだ


多分 目が離せないような気分になるのは そのためだろうと思う

こんなのはたくさんだぜ って思うのに 彼の人生が気になるのだ


これが書かれたのは1966年

オリンピックも無事に終えて 学生運動まではあとちょっとだ

私はどっぷり子供で ビートルズの来日公演があり 姉は親に許されずに行けなかった


親から戦時中の話を聴いて育った私

戦地に行って 無事に帰った父

少し年下の 兵隊さんに憧れた人々

戦後という言葉さえ 遠い過去の歴史という以外には もう何の意味もなさないような若い人々


今更なのか 今だからなのか 乗りかかった船

もう少し 彼の逃亡に付き合おうか

酔っ払いには 適度な刺激かもしれない
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本を読みながら ゆるゆると年越しに

2009年12月28日 | 日記
フィリップ・ロスの「父の遺産」と 米原万里の「オリガ・モリソヴナの反語法」を 読み終えた

ロスのほうは 自分の年老いた父親が脳腫瘍と診断されてから亡くなるまでの話であり ある程度は実話であろう

ユダヤ人であるということを抜きにしても 父親の

(まさに彼が言うように自分の父親としてだけでなく 父親というものとしての)

存在の大きさや 親子の葛藤など 私の感情をなぞられているような気がする描写が何箇所かあり

時折 本を閉じては 懐かしくそれを温めた


後者は 彼女の著作の中でも 生前に出版された作品としては おそらくこれが最後のものかと思う

あえてこれを最後にしたわけではなく 全くの偶然だったのだが こんな大物が控えていたとは

プラハ・ソビエト学校での子供時代に加えて その後の仕事柄もあるとはいえ 

経験と好奇心もさることながら それを超えた精力的なまでの文献資料やインタヴューの数々

食欲には自信ありと豪語していただけのことはあって やはり 食に旺盛な人は違う^^

そのバイタリティーには脱帽

私の様な小食人間は 持続力もなく 諦めも早いものだ


ノン・フィクションに作り手の作為(と言って失礼ならば 何らかの方向性)が感じられることは よくあることだ

一方 フィクションは 完全に作り話でありながらも 一面的な事実以上の真実を語ることがある

虚構の中の真実 いや 虚構を超えた先にある真実


さてさて 今日は買出しに東奔西走

明日はいよいよ お節作り

大掃除はばっちり というのは半ば虚構であるが これ以上やる重要性や必要性など無い というのが真実

こうして ゆるゆると年越しに向かっている
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丸々一年先を憂えている

2009年12月26日 | 日記
え~ 今日から来月の4日まで休暇です

我が社のクライアントの90%が ある会社グループ組織というわけで そこの営業に準じているわけです

数年前まで年末は29日迄と決まっていました

金曜日が運良く27日の年だけ 1月は6日からの営業となりましたが それ以外は5日間の休暇でした


それが どうやら労働基準局から査察があったようで 休暇をもっと取りなさいということに

したがって 実は28日は半強制的に休ませるわけで 有給休暇扱いのようです

我が社には あって無いような有休ですが ありがたいことです(社長には ありがたくないことでしょうが) 

夏休みが長くなったのも 実は同様の理由からなのです


何しろ それまでは夜中だろうと休日であろうとお構いなしの仕事振り

あちらは大手の超頭脳集団ですから フレックスタイムもあり 自分の仕事内容でいかようにもなりますが

(どうせ徹夜だから 夕食でも取ろうとか 一度家に帰るとか)

付き合うこちらは たまったもんじゃありません

少し前に書いたように 夜の7時や8時に今日中の仕事が来るなんてのは 日常茶飯事だったのです

夜だけではありません

いつも時間ギリギリの仕事です

余裕があると思っていても 何時なんどき そういう事態になるかわかったもんじゃありませんから

昼休みもそこそこに切り上げて仕事をすることは 今でもよくあります

特に私はせっかちですし 追われる仕事は好きではないもので


日々タイトロープの生活に とりあえず今年は終止符を打ったわけです

しばらくは 目覚ましの音のことも忘れてもよい 爽快な朝を迎えることができます

今朝 その幸せをしみじみ味わいました

そうして とにかくせっかちですから 新しいカレンダーに取り替えながら 

さて 来年はどうなるかと調べてみました

28日は火曜日です

4日からということは 6日間しか休めません

大掃除や買出し お節作りで年末が終わり ゆっくり出来るのも3日だけです

う~ん 辛い

来年のことを言うと~~ですが 私は今 丸々一年先を憂えています

12月だけ 35日にはならないものでしょうか

あるいは元日の前に プレ三が日とか -3 -2 -1日とか 

発見でも発明でもいいし この際 宇宙の動きを変えても構いません

時間はまだ1年ありますから 私には到底無理ですが どなたか何とかしてください

ちなみに 夏休みはなんとかなりそうです♪
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二本立て目覚まし

2009年12月23日 | 日記
TVが無い生活は考えられない

とは言っても 見るためではない

日常の生活でTVを見ることは ほとんど無いのだから

TVは 私にとっては大事な大事な目覚まし時計なのだ

音量を かなり大きめにしているので 起床したあとは小さくする

目を覚ました時に小さくしてしまって そのあと ちょっとだけなんて思って布団に潜り込むと失敗する

就寝前に その小さいままの音量をまた大きくしてから寝るのが日課だ


一昨日の夜 寝る前にいつものようにリモコンを手にしてオンにしたところ・・・

TVがバチバチと音をたて 電源が勝手にオンとオフを しかもけたたましく繰り返すではないか

なにせ 10数年前の未だブラウン管の14インチという年代物だ

壊れるのはいいが さて 目覚ましはどうする?


遅刻などしない したことがない

その輝かしい栄光?が このオンボロTVのおかげで いよいよ終結を迎えるのか~~

部屋を見回した

考えた


そうだ!電話の子機だ!

確か モーニング・コールという機能があったはず

昔 母が病気だった頃 これで起きて朝食を作っていたんだっけ

思い出しながら操作をして 1分待つ

初めに電話の音が鳴ったあとで 電子音が流れる

あぁ これだ これだ 

眠いのをこらえて飛び起きていた あの頃の感覚が甦る

電子音はいくつか選択できるのだが 結局当時と同じものにした


眠りの浅い夜だった

目覚ましなど必要ないほどの浅さで おそらく脳が おちおち寝てもいられないと 不機嫌ながら動いていたのだろう 


翌朝は ちゃんと起こしてくれた 

TVもだった^^

起こしてくれたというよりも 起こしてくれるのか確認するために目が醒めたというべきかもしれない

ところが電話のほうが 止められない

数分経つと また鳴り出すのだ

確かに 相当嬉しい優しい機能ではあるのだが こっちはもう起きたんだから

ありがとね もういよ と言いたいのに伝えられないもどかしさ

受話器を取ってみたりもした

だめだった

おそらく説明書にはちゃんと書いてあるのだろうが それは買った時の箱の中で(多分)

その上にはまた別の箱が載っていて 更にその上にはホコリが・・・

そう思うと触る気がしなかった


昨日は会社の忘年会だった

帰宅は零時

今朝も同じように TVも電話も音を立てていた記憶があるような 無いような

8時に起きた時には 部屋は静寂の中だった

TVは消し忘れの事を考えてオフになるように設定してあるのだが はたして電話のほうは何度鳴ったのか


これから いつものようにTVの音量を確かめるのだが 明日の朝の事を考えると実に不安である

こちらが先に目を覚まして その時間を今か今かと待ち 音が鳴り出したら

おうおう お前たち でかした!

なんていうのは 何か違うような気もするのだが^^


機械ほどあてにならぬものは無い

だが 自分もあてにはできないときているから 実に困ったもんだ

ともあれ 今年の労働もあと二日

この二本立て目覚ましと あてにならない我が身に頼るほかの手立てはない
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