どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

横手の素敵なものたち

2009年08月31日 | 日記
無料利用者なので(涙)容量制限があるとか そもそも1枚の写真自体が重いとか そういった理由もあり

仕事は勿論 細々とした書類の手続きとか 

来月の5連休に行われる義兄の三回忌の出席すべく その手配とか

(夏休みよりも人が動くと言われいている連休で 夜行バスのチケットを取るのに一苦労した)

まぁ 色々とあって もう写真を公表するのはいっか とまで思ったのだが

やっぱり私の出逢った素敵なものたちを紹介したい

こっそりUPした

私の写真は現場説明であるからして その出来具合に関する一切のコメントはお断りする(爆)

今日は横手で 順次UPの予定である
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日常もまた愉しいもの

2009年08月30日 | 日記
夏休みが終わって二週間 すっかり日常が戻ってきたのは それはそれで良いことなのだろう

旅の最後についてまだ書いていなかった


弘前を出て旅の最後の地である秋田に向かう

寄り道も考えたが 天気も次第に下り坂

早めに秋田に入り 赤レンガ郷土館だけは見ておこうと少し散策

夕方は日本海の夕日を見る計画


チェックインを済ませて汗を流し ベッドの上に寝転ぶ

旅で出会った素敵なものたちを心の中で反芻しながら 満たされた気分に浸る


ふと気がつくと ありゃりゃ~ 転寝をしてしまったようだ

夕刻5時を過ぎている

頑張れば 電車もバスもまだ間に合う時間だったが 疲れもあったのだろう もう面倒になった

昼間も雨が少し降ったし 天気も下り坂

此処だけは入ってみたいと思っていた居酒屋も 諦めた


翌朝は雨

西に旅をしていたらさぞかし悲惨な旅になっただろうと思うと 地震や大雨にも遭わずに旅が出来た事

そのことだけでも 相当ラッキーだったと思う

もういい

帰ろう

夕刻に乗るはずの新幹線を 10時に変更した


駅のショッピングセンターでお土産を買おうとぶらついていたら あの杢目銅が目に入った

私には少し大きめのサイズだが 指輪が気に入ったので 自分の誕生日とこの旅の記念にと買い求める

東京でも なかなかお目にかかることは無いだろうと思い 姉に別のかたちのペンダント・ヘッドをもう一つ


我が家に帰宅したのは午後3時で 早速洗濯

こうして今年の夏休みが終わり 猛暑を感じることもないまま 今 夏が終わろうとしている

豪華な旅館で上膳据膳 ゆったりとした温泉と名所巡り

そんな旅は 私には当分無さそうな気配

今回も5泊中 まともな夕食は2回だけだった

それでもハタハタ寿司も 横手の町興しになっているソース焼き蕎麦も食べたし

角館の 煉瓦蔵を持つ味噌・醤油の醸造元では 美味しい漬物の味見もした^^

弘前では郷土料理の 貝味噌焼きも頂いた


そして何より 沢山歩いて 美味しいものをお腹イッパイ見た

郷土が自慢の人の笑顔にも あまりに当たり前としてその郷土に生きる人の笑顔にも出逢った

それは 旅人である私の目がそう見たかっただけだと言われればそれまでだし

確かに どこでどう生きようと 人の生活 営みには 共通する悩みも喜びもあるはずだ

別段 彼らが羨ましいという思いはない

ただ 生まれも育ちも東京という私には もしもそれが地方だったら 

また少しだけ 別の人生や考え方を持った人間であったかもしれないと それが奇妙でもあり 面白くもあるだけ


さて せっかちな私は早くも来年の夏のことを考えている

平成の大修理を終える唐招提寺も見たいし 一番の心待ちは 今はまだブルーシートに覆われている忠太の伝道院

何しろ 全てはこの忠太から始まったのだから


旅は 愉しいものだ

だが あらゆる理由で 望む時に望む旅ができるとは限らない

さまざまな状況の中で 計画し 時に修正をし 諦めもし 選択と決断に迫られながら自分なりの旅をする

これは 日常と何ら変わるものではない

日常もまた愉しいものだと思える自分で いつもありたいと願っている
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ありがとう!

2009年08月25日 | 日記
死んだ子の年を数える という諺がある

言うてもせん無いこと


今日は 私の誕生日だった

何度も書いているが 母は20日で 父は21日

そんなわけで よく3人で祝った


死んだ親の年を数える という言葉は無いが それを 私は今もしている


滅多にメールも電話も無い姉から ハッピーバースデーのメール

20日に親の年を数えてしまいました

最後にそうあった

姉も 同じなんだ


私が生きている限り 自分の誕生日が近づくと こうして姉も私も親の年を数えるのだろうと

それが私の誕生日の迎え方


お祝いの言葉を下さった方 ありがとう

自分の年を忘れることのないよう 死ぬまで健康でいたいと望むこの頃です^^
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またいつか訪れたい町

2009年08月23日 | 日記
お決まりのコースを経て ほとんどの人が見るだろうものは見た

寺町がある

ここも 壮観だった

大きな黒門をくぐると 端正で真っ直ぐな広い道の両側 そのず~~~っと先まで 寺 てら テラだ

サザエ堂があったが どうやら出入り口は同じのようだ

これは 会津のサザエ堂に限るね


前川國男のデビュー作で 現在は「こぎん研究所」になっている木村産業研究所まで歩く

こぎん 刺し子 各地の染物(特に藍) 織物 印伝 アケビ細工 他多数 全て私の好きなもの

悪いけど グッチやシャネル エルメスなんて お呼びじゃない

バーキンのバッグを持って似合う日本人なんて どれだけいるかっての


上野に東京文化会館というものがある

クラシックの音楽ホールで これが前川さんの作品だ

私は 11歳だったか そこのホールに立ったことがある

開館して数年後のことだが 勿論 その時は何も知らなかった

そもそも そうなったのも偶然のことなのが・・・

今でも上野の美術館や博物館に行く度に その事を思い出す


この木村産業研究所が建てられたのは なんと戦前(1932年)である

古さを微塵も感じさせないその究極のモダニズムに 圧倒された 


夕刻5時 

例の店の暖簾をくぐる

徘徊してきました~ と 報告も兼ねて

知らない店で外れるよりも 知った店のほうが安心というと ありがとうございますと


此処の店主は なかなかしっかりしていると感じることが多かった

うっかりタメグチになりかけると すぐに言い換えるのも その一つ

私と同年齢に近いような男性が おそらくは常連客だと思うけれど 話に参加してくれた

こういうのも 酒飲みの楽しいところだ

怪しい自由業らしき人で しばらくして彼が待ち合わせていたオネエちゃんがやってきた(どんな関係??)

だが 店を出る時は 気をつけて といった挨拶もしてもらった

店主からは またまたレトロな情報を頂いた

昔 赤線 青線があった場所 古い床屋もあるとか

それは次の日の朝 偕交社を見る途中でちゃんと確かめた


弘前は 確実にまたいつか訪れたい町の一つになった
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ライト風パクリ建築

2009年08月23日 | 日記
さほど深い知識が無くても ちょっと近代建築が好きな人ならば 一目見ただけで絶対にぎょっ!っと思うはず

何故 こんなところに こんなものが と思わせる外観

そう まるでフランク・ロイド・ライトなのだ

調べたところ 設計・施工は佐吉一族だった(念のため 太宰の生家「斜陽館」もそうである)


帝国ホテル竣工のあとだから 間違いなくライトを意識した というか 真似っこだ

元々 高谷英城(例の銀行の頭取だったか)の別邸として建てられた

日本家屋のほうは 庭園も含めて素晴らしいようだが 現在は翠明荘という懐石料理店になっている

問題の洋館のほうについては あまり情報を得ることはできなかった

なんと ちゃっかりライト倶楽部という名前までついているようだし 

しかし 完全なパクリ建築

それがこの東北の地にあるというのも またこの土地の文化が高かったということなのかどうなのかは

判定するのが難しいところだが 佐吉自身が相当 洋風建築を学んだということだから

やはり ライトには大きな刺激を受けたのだろうと想像する


細部を見たいのだが ここでも思うように見ることが出来ない

覗き込んでいたら 和服姿の女性が出てきてしまったので 慌てて退散する・・・

フリをして なんとか実体がわかるようにと何枚か写真に納めたのだが・・・?
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