どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

どこまで行っても子供のまま

2016年10月18日 | 日記
今日は現地で打ち合わせとなる

行ってみると すでに工務店からは現場監督と打ち合わせ担当者が来ており 下水の配管工事の人たちも仕事をしていた

最近はいつごろ見に来たんですか?

・・・昨日です・・・ほぼ毎日に近いくらいに来ています・・・(えへっ)


キッチンカウンターのサイズ等 細かい打ち合わせをしてから二階に上がって 前回変更箇所の図面と住宅設備の新しい見積を受け取る

打ち合わせ担当者に 一日中 この二階に居て本でも読んでいたい気持ちになると言ったら 確かにここは気持ちがいいですねと

部屋を区切っていないせいか広さもちょうど良いし 日当たりもいいし それにね 部屋も綺麗になっているし

確かに 脚立はきちんと隅に並べておいてあるし ほうきや大きな定規も一か所にぶら下げてあり ゴミなどは一切ない

フローリングもまだなのに もうこの床下地だけでもいいかって思うほどだ


それにね 他の人だともう少し ここらへんにコードが出ていたり 散らかった感じなのですが 彼は他の人よりもすべて綺麗なんですよ 

私も自分の家を建てるなら彼に頼みますね と 先日のご老体と同じことを言う

彼にあたったのは偶然彼の手が空いたからなのか 小ぶりの家の担当者が彼なのかは知らないが 私は彼で本当に良かったと思う

彼をどんどん好きになっていく


もうほとんど細かい打ち合わせは済んだと思うが それでも二週間後にまた現地集合の約束をした

最初の見積よりはアップしたが それは当然のこととあらかじめ予定してあったので 今のこところはまだまだ予算内である

そもそも大変幸せなことに 予算もあるような無いようなという程度で 決して余裕があるわけではないけれどこれ以上は無理というほどでもなく 必要なものにはお金をかけるつもりではあった

でも もう追加の予定は無い(外構に幾らかけるかの問題は残っているけれど)

あとはテーブルだけ(まだ言ってる^^)


家に帰って昼食をとろうとしたら電話が鳴った

叔母だろうなと思ったら ビンゴ!

1時間ほど話す

姪なのにまるで私の母親かお姉さんみたいねと言われ なんだか頼られているのかなぁ~^^(ポリポリと頭をかく)

私と話すことですっきりしたり 何かを知った気にならずに 色々と考えるきっかけになってくれればと思っている

見る角度を変えるだけで 世界が違って見えること

不満の種があるとすれば それは実は他人のせいではなく自分の中にこそあるということ

ありのままの自分を甘やかすことなく見つめ 極端に卑下したり 優越感に浸ってみたりはしないこと

それはいつも私が自分に向かって問いかけていることだ

そうしていないと 私は ありたい私でいられなくなるから

叔母もわかってはいても誰かに言いたいのだろうし 他人でそんな話をできる人というのは人生でそうそう出会えるものでもない 


気持ちの良い青空が広がっている

家族全員が好きだった食べ物を食べた時と こんな青空を見上げた時 とても恥ずかしいのだが 私はいつも親のことを想う

もう一度 一緒に食べたいな

もう一度 この青空を見せてあげたいな

偉そうなことを言っても本当は どこまでいってもずっとずっと ず~~っと子供のまま(わかってますって!自分のことは)
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6 コメント

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心が・・・ (みらい)
2016-10-18 20:36:10
ヨッコちゃんがご両親を思う気持ち、とてもきれいな気持ちですね。
羨ましいです。
ワタシは、両親の良いところも思いますが、
主として嫌な所ばっかり思い出しちゃいます。
まだ存命だからなのかな。
でも、夫や友達や、うちの猫もそうでしたが、
大事な物を失った気持ちや、これから先に失うことを思うと、
ヨッコちゃんのような気持になる事が多いです。
チョット寂しい~
Unknown (春庭)
2016-10-19 03:40:11
ほんとによい大工さんとめぐり逢いましたね。
ていねいな仕事ぶり、気持ちいいです。

おば様とのおしゃべり、おば様にとっても、こうしてしゃべる相手がいることでどれほど気持ちが安定することか。親子とはまた違う交流

yokoちゃんとご両親の心の交流、「こども」に帰れる時間があるってこと、幸福な時間だと思います。
みらいちゃんへ (yokochann)
2016-10-19 05:22:04
「死」の意味を本当に理解したのは、年齢が二桁になった頃でした。
布団の中で、いつかは親も死んでしまうと思ったら涙が流れたあの夜のこと、今も忘れることがありません。

勿論、言い合いや喧嘩なんて山のようにしましたよ~。
親の心、子知らずだったことも、子の心、親知らずだったこともあります。
でも親子だって、普通の一個の人間に過ぎないしね。
誰だって、だめなところもあれば、頑張ってるところもある。

みらいちゃんがクッキーちゃんを失った時の喪失感は、誰もが同じように抱く感情です。
喪失感が無い関係よりも、それを抱く関係を持ったことのほうが私は尊いものに思えます。
寂しく思うこともあるけれど、永遠なんて無いし、無いから大事なのだと思ってるの。

青空を見上げて、見せてあげたいなと思う時、そう思える自分の何もかもに感謝し、幸せを感じます。
霊とは全く違うけれど、私を育んでくれた多くの人の力を思うと、寂しいなんて言ってられないかなってね。
春さんへ (yokochann)
2016-10-19 05:32:57
人はそれぞれ、持って生まれた性格と環境で違った考え方を持ちます。
だから、ひとには、こうであるべきだとか、そんな考え方ではだめだなんて、軽々しくは言えない。
私も、何一つ正解と思えるものなんて持っていないし。

私との会話で、何かしら心の安定剤になるのであれば良いけれど、もしかしたら、私の後ろに叔母が好きだった両親の姿を重ねて見ているのかもしれないと思うことも。

あははは・・・年中子供です。永遠のガキです。
親にならなかった人間って、こんなもんです・・・。
良い人に当たって良かったですね (くちかずこ)
2016-10-19 13:21:39
また親と食べたい、
これを親に見せてあげたい、
そう思える生い立ち、心を以って今を生きられていることが何よりもお幸せなことと思います。
くちかずこさんへ (yokochann)
2016-10-20 01:24:54
何事も最後は人ですから。
設計がどんなに素晴らしくても、材料がどれほど良かろうとも、手抜き工事では何にもならないですから^^。

両親が生きている時も、幸せを感じていました。亡くなったからといって、それが消えてしまうわけではなく、ちゃんと遺産として残るものだということも知りました。

コメント、ありがとです^^。

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