善人閑居
鎌倉の風物詩と全国の温泉の旅を写真で報告します。
 




関温泉から燕温泉まで車で5~6分ですが、歩けば20分以上掛かるかも知れません。
雨が降りはじめたのでとても助かりました。

50年も昔、赤倉温泉でスキーをした後、リフトで燕温泉に上り関温泉までスキーで下り、関温泉の関善館(今のせきぜん)に泊まったことを思い出しました。

ホテル花文は駐車場の直ぐ上にあります。
やや年季の入った鉄筋三階建ての建物です。
受付で日帰り入浴を頼みましたが80歳以上の老おかみさんが受け付けてくれました。

(燕温泉 ホテル花文)

脱衣場はかなり大きく、浴場も浴槽も結構な大きさです。

(脱衣場)

浴槽は12~3人ほど入れるでしょうか?。

やや白濁し、硫化水素臭のするお湯で、関温泉とは全く違いました。

(浴槽)


(温泉成分分析表)

50年前の燕温泉の記憶は全くありません。

さて、次は、ぶらっと妙高号で赤倉温泉に行くため、ホテル花文の下の駐車場に出ました。
ここは折り返し点にバス停があるので、スピードで通過出来るはずは無いので安心です。
ぶらっと妙高号は乗車証は別途買い求め1日間有効なので、客が乗ろうと乗るまいと業績に関係ないので、運転手はうっかりバス停の人影を確かめずに通過してしまうのでしょうか?。

バスの路線撤退が多い中、評判を落とすような行動は残念ですね。

詳細は下記のホームページからどうぞ
ひろさんの旅枕へリンク
Top→全国秘湯巡り→妙高高原の旅


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





関温泉のせきぜんで日帰り入浴を済ませたのですが、次に関温泉から燕温泉に行くバスがくるまでには時間があり過ぎます。

で、せきぜんの隣の旅館登美屋の日帰り温泉に入ることにしました。
バス停が登美屋の玄関先にあるので丁度都合がよいのです。

(関温泉 旅館登美屋)

登美屋の浴場も位置は玄関から入って廊下をつきあった左側でせきぜんによく似ていました。

脱衣場と浴室のサイズはやや大きい方でしょうか。

(脱衣場)

浴室の窓が大きく、妙高高原の麓方向が良く見渡せます。

お湯は、適温で、せきぜんよりやや熱めです。

(浴槽)

浴室のタイルに鉄分の色が付き、浴槽にも鉄の錆の浮遊物が沈殿し、お湯に入ると舞い上がりますが透明のお湯はよく温まります。

浴感はすっきりとした感じで、舐めると鉄のにおいが口中にただよいます。

お風呂から出ると、玄関で旅館の3歳の子供が話しかけてきました。

玄関の外でこの家の老婦人(こどものおばあさん)と話し込んでいる間に、またしてもぶらっと妙高号は高速で走り去り乗り損なっていまいました。

(ぶらっと妙高号バス停)

どうも、ぶらっと妙高号とは相性が悪いようでまたしても通過です。

どうしようかと考えていると、旅館登美屋のおじいさんが燕温泉まで送ってくれるとのことで、3歳の窓が助手席、我々が後部座席で燕温泉まで送ってくれました。

地獄に仏とはこのことです。


詳細は下記のホームページからどうぞ
ひろさんの旅枕へリンク
Top→全国秘湯巡り→妙高高原の旅


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





赤倉温泉から関温泉までは10分ほどで着きました。

関温泉は信越本線関山駅からアクセスするのが良いのでしょうが、長野新幹線、信越本線と乗り継いでバスに接続するのには適切な列車もバスもありませんでした。

せきぜんは昔は関善館という旅館でしたが、代が変わってせきぜんになったのでしょうか?。

日帰り温泉をたのむと快く案内してくれました。

(関温泉 せきぜん)

廊下の突き当たりを左奥に行ったところが浴室でした。

(男子浴室入り口)

脱衣場もこぎれいで、昔を思い出すことは出来ません。

衣服を脱いで、浴室に入ると、昔と変わらぬ赤茶けたお湯が、「あア~ 関温泉のお湯だ。」と昔を思い出させてくれました。

(脱衣場)

ただ、お湯は透明で、赤い色は底に溜まった鉄の錆の細かい沈殿物です。

(男子浴槽)

また、湯温もき記憶ではにるめなのに、今回は適温です。
透明だけれど、お湯をかき回すと沈殿物でお湯が赤くなり、湯温は適温というのが本当の所です。

あいまいな記憶が現実になって、昔に浸って外を眺めると、見晴らしの良い浴場で妙高高原の裾野が見渡せました。
これも記憶に無かったことでした。


詳細は下記のホームページからどうぞ
ひろさんの旅枕へリンク
Top→全国秘湯巡り→妙高高原の旅


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





(この共同浴場巡りの記事は2010年秋の旅の記録です)

妙高高原には50年ほども行っていません。
赤倉温泉とか、関・燕温泉など、学生時代と社会人一年生の頃はよく行ったのですが、なぜか足が遠のいて50年も過ぎてしまいました。

2010年秋、急に行ってみたくなってこの旅を企画してみました。

長野新幹線で信越本線に乗り換えると、特急でもないのに、昔の特急列車が入って来ました。
長年のおつとめを終えた旧特急列車は懐かしくやわらかな乗り心地でした。

(妙高号)

車窓の風景は、途中までは田園風景でしたが、牟を過ぎたあたりからは山の風景に変わっりました。
昔は複線だった信越本線は今では単線の全くのローカル線で、木々が車窓すれすれに後方に飛んでいきます。

妙高高原駅に見覚えはなく、バス停も見当たりません。

(信越本線妙高高原駅)

赤倉温泉行きのバスはまだ車庫にあり、車庫近くまで歩いて行きました。

(赤倉温泉行きバス)

バスは車庫を出発すると駅に寄り、それから市街地を遠回りしてから赤倉温泉を目指しました。

妙高山のかたち以外は、見覚えのある景色は一切ありません。
50年の歳月を考えさせられました。

(妙高山)

路線バスから、妙高高原の観光地を一周する「ぶらっと妙高号」に乗り継いで、先ず関温泉を目指す予定でしたので、宿泊用荷物は旅館に預ける時間がなさそうなので、観光協会のコインロッカーに預けたのですが、受付の女性と雑談している間に「ぶらっと妙高号」は観光協会前のバス停に止まらずに行ってしまい、乗り損ねてしまいました。

(妙高高原観光協会)

観光協会の女性は気の毒がって、町からタクシーを呼んでくれました。

荷物は、コインロッカーから出し、旅館に預けてから関温泉を目指しました。

詳細は下記のホームページからどうぞ
ひろさんの旅枕へリンク
Top→全国秘湯巡り→妙高高原の旅


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





例年4月の声を聞くとルナリアが咲きます。

今年は4月10日に一輪咲き、毎日一輪ずつ花が増えます。
ルナリアは合田草とか大判草とかという別名があります。

大判草の由来は、5月になって、種のサヤが大判小判の大判に似ているからついたものと推定されます。
育てにくいとも、育てやすいとも云われますが、寒さに強く暑さに弱いのでこの両方の評価があるのでしょうか?。

(二日目には二厘の花が咲いたルナリア)


(咲く寸前のルナリア)


(4月下旬のルナリア)


(5月初旬のルナリア)


(ほとんどの花が種のサヤになったルナリア)

アブラナ科の二年草で、根っこはかなり太くなります。

夏に弱いので半日陰で育ちます。
最初種を頂いたのは長野県山ノ内町の渋温泉の路地で、夏休みにはほとんどが茶色いサヤばかりでした。


さあ、
がんばれ東北!!! がんばれ東電!!!



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





オダマキが咲き始めました。

種をまいてから3年目に咲きます。
季節が進むにつれて、花の茎が長くなり見栄えのする花になります。

変わり種の八重のオダマキや花の色の派手なオダマキなど、このところ多くの品種が売り出されるようになりましたが、古来の紫色のオダマキが一番好きです。

(オダマキ1)


(オダマキ2)


(オダマキ3)


(オダマキ4)



さあ、
がんばれ東北!!! がんばれ東電!!!



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





人の営みとは別に、多少の差はあっても季節が進むと桜が咲きます。

東京電力の福島原子力発電所の地震と津波の被害と災害は今のところ先が見えない状況ですが、マスコミがこぞって東電を非難しても、問題が解決するわけではなく、庶民は、東電を信じて、災害のこれ以上の拡大を抑え、一刻も早く安定化、沈静化する事を願うばかりです。

東電を非難するマスコミは、非難のもっと以前に東電にアドバイスする事が望まれます。
マスコミは、解説員という専門家を社内で抱えており、また、専門家と称する大学の先生方なり研究者なり原子力関連の研究者OBなりに依頼して、安全策を提案すべきです。

東電の対応のまずさが、災害を拡大させたとしても、今はそれを非難するより、これ以上の拡大を防ぐ提言をすべきです。

幸い、神奈川県は放射能の値はほぼ正常値に近いそうで、原子力をコントロールする方法を東電が早く手にすることを望むばかりです。

原子力政策を云々するのはその後でも遅くありません。


ところで、鎌倉の桜の名所は、鎌倉山と鶴岡八幡宮前の段葛とされていますが、JR大船駅に近い岩瀬地区にも桜の古木が百本以上も残っており、そばを流れる砂押川というコンクリートに固められた川の畔に枝を張って春を謳歌しています。

この古木は旧松竹大船撮影所のゆかりの古木です。

(砂押川桜のプロムナード1)


(砂押川桜のプロムナード2)


(砂押川桜のプロムナード3)


(砂押川桜のプロムナード4)

松竹キネマは昭和初期にこの地の土地を入手し、昭和9年(1934年)に撮影所を着工し、昭和11年(1936年)完工、翌年に撮影所を開所しました。

この戦前から戦後にかけての同撮影所の最盛期に砂押川の両岸にかなり多くの桜の木を植えたと推定されます。
また、砂押川には、「松竹大通橋」とか「松竹第一号橋」、「松竹第三号橋」など松竹の名を残した数本の橋も現役で残っています。

松竹は、2000年にこの撮影所から撤退し、撮影所用地の多くは鎌倉女子大のキャンパスにかわり、わずかに寅さんやひばりチャンのパネルなどが残っているだけですが、桜の花は毎年花をつけ住民を楽しませてくれています。



さあ、
がんばれ東北!!! がんばれ東電!!!



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





4月になってようやくシロバナタンポポがが咲き始めました。

昨年は3月20日頃の開花ですから今年は10日ほど遅い開花だといえます。
例年、桜の花より早いのですが、今年は寒い日もあって桜と同じ時期の開花といえます。

シロバナタンポポは日本の在来種だそうです。

踏みつけられても強い生命力で跳ね返し毎年花をつけます。

がんばれ東北!!!  がんばれ東電!!!

(シロバナタンポポ1)


(シロバナタンポポ2)


(シロバナタンポポ3)

夜間は花を閉じて午前10時頃花を開きます。


さあ、
東北がんばれ!!! 東電がんばれ!!!



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





鎌倉市大船には創業110年以上の大船軒という駅弁屋があります。

日本最初のサンドウイッチの駅弁を発売したことで有名ですが、地元では鰺の押寿しでも有名で多くのファンを抱えています。

6~7年前、大船駅の大改修があり、北改札口が出来、その時多くのエキナカ店が開業しました。
大船軒もホームにあった立ち食いそば店を撤収し、エキナカに「大船北口そば店」を開業しました。

(大船北口そば店)

このエキナカ店の大船北口そば店の開業を機に、新たに「酢鰺のミニ丼」を発売し始めました。
鰺の押寿しの鰺の切り落としの有効利用というわけです。
鰺の押寿しを作る際の切り落としを、普通のご飯の上に載せたいわゆるB級グルメというのでしょうか?。

(酢鰺のミニ丼)

価格は現時点で¥250と破格の値付けです。

地元の通は、そばとミニ丼を同時にとってさっと食べて次の電車に乗るのだそうです。
立ち食いそば店からこじゃれたスタンドのある店に変身したとはいえ、しょっちゅう一の出入りするせわしない店ですが、結構な評判です。

メニューは数が多く30品目近い数の食券が自動販売機で売られています。
その他に、単品のトッピング類も数多くあります。

他の人気メニューは次の通りです。

(天ぷらそば)


(天玉そば)


(湘南肉みそうどん)


(とろろそば)


(タイムサービス品はそばと鰺の押寿ずし 3カン)

3月11日の東日本大震災以来、東京電力の消費電力削減要請と計画停電などにより、大船駅構内は照明を落とすなど、薄暗くなっていますが、お店の中は相変わらず人の出入りが多いようです。



さあ、
東北がんばれ!!! 東電がんばれ!!!



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





ケータイを持たない我が家は、ケータイを購入するよう奨められ、孫と同機種の購入を計画中ですが、停電で光電話が通じなくなるのも困りものです。

たまたま友人が、OMRON の 無停電電源装置(UPS)を設置したというのであわててネットで購入しました。

(無停電電源装置(UPS))


(背面)

OMRONの製品としては、容量が一番小さいものだと思われます。

知識がないので良くわからないところもあったのですが、簡単に接続できました。

背面には、3個の電源出力コンセントがありましたが、これを以下の4つの器機に接続しました。

1.パソコン本体
2.光電話ルーター
3.HUB
4.固定電話機の電源

このUPSの器機には、パソコンが稼働している最中に電源が切れた時パソコンをバックアップするシャットダウンソフトがついており、停電時にバックアップ電源がカバーし、その後、設定した時間にパソコンの正常なシャットダウンをしてくれるという優れものです。
バックアップ電源のバックアップ時間は、別に設定します。その時間になると、バッテリーも切れ停電状態になります。
電話をしたい時間分だけバッテリーを使う時間を何分と設定するか悩ましいところです。
コールドスタートアップという機能があり、電話をしたいときにバッテリー電源を通電させる機能もありますが、バッテリー寿命に関係するのでこれをどう使うかはその時考えようと思っています。

次に、停電が終了して通電すると、光電話や固定電話が回復し、パソコンは終了したままの状態になります。

ということで、このUPSのバッテリーの寿命が来るまでに計画停電は終息してくれるかどうか、今の段階ではちょっと読めそうにありません。


さあ、
東北がんばれ!!! 東電がんばれ!!!



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )