善人閑居
鎌倉の風物詩と全国の温泉の旅を写真で報告します。
 




南禅寺の法塔は巨大な建物です。

(南禅寺 法塔)


(法塔の瓦)


(法塔前の香炉1)


(法塔前の香炉2)

香炉の前ではお線香を上げ、思い思いの祈りは何を願っていたのでしょうか?。


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南禅寺の方丈は国宝です。

(南禅寺方丈の入り口)

方丈は大方丈と小方丈とから構成されており、内部の障壁画の多くは重要文化財です。
小方丈の「虎の間」には狩野探幽の筆といわれる「群虎図」(重要文化財)があります。
群虎図にかぎらず虎の絵が多く、記念切手の図柄になったこともあるそうです。

大方丈の前庭-虎の子渡しは小堀遠州作と伝えられています。

(大方丈の前庭-虎の子渡し)

また、小方丈には多くの庭園があります。

(小方丈の庭園-如心庭)



(小方丈の庭園-六道庭)


(華厳の庭と南禅寺垣)


(南禅寺垣)


(涵龍池と龍吟庭)


(還源庭)

小方丈を巡る廊下を歩き、様々な庭園を見ると、南禅寺の奥の深さを垣間見ることが出来たような気がしました。

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さて、今回の散策の目的の一つは南禅寺の拝観と南禅寺水路閣の写真撮影です。

まだ現役のサラリーマンのころ、関西への出張の際に時間を捻出して半日京都で下りて散策することがたまにありました。
その際に見た南禅寺の水路閣を今回はじっくりと見てみたいと思っていました。

良くテレビのミステリー劇場の舞台になるので、前から再訪したいと願っていたわけです。

蹴上舟溜からの道は水門上の細い通路を通って裏に回り込みます。

(疎水分線-南禅寺水路閣へ)

疎水分線はオープンの水路で、水量が多く早い水路でした。
道幅もさして広くはありませんので、水の直ぐ脇を通る感じです。

(疎水分線-南禅寺水路閣へ2)

10分足らずで水路閣の上部にたどり着きました。

(水路閣上部)

だが待てよ!・・・
この水路は山に向かって流れている!・・・
これは、舟溜から歩いてきたのですから当然のことなのですが、京都の川は南に向かって流れるのが常識と思うので、なぜか逆に流れているという印象をぬぐえませんでした。

(南禅寺水路閣1)


(南禅寺水路閣2)


(水路閣説明板)

これは後からネットの情報で学んだことなのですが、分線は南禅寺近くの寺院や各邸宅の防火用水、潅漑他の水利用の配水に使われていたのですね。

では、哲学の道のそばの水路も銀閣寺方面に流れて居るのですね?。

この疑問の解決に下記のホームページを参考にさせて頂きました。
京都市水道局 琵琶湖疎水の歴史(3)疎水分線へリンク

次回の京都訪問では、哲学の道の流れの方向を確かめなくてはなりません。


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さて、関東者の疎水の勉強は琵琶湖疎水記念館が大いに役立ちました。

記念館に入る前にインクラインを越える道路があり、ここから見ると、インクラインに沿って奔流が見えます。
蹴上発電所からの水か放水路からの水かは分かりませんがすさまじい水の勢いです。

(インクライン脇の奔流)

道路横断して琵琶湖疎水記念館に入りますと、まず、疎水建設を表現したレリーフが目につきます。

(琵琶湖疎水記念館)


(記念館内部のレリーフ)

そして、なんといっても特筆に値するのは、蹴上発電所で使っていたという「ペルトン式発電用水車」
です。

(ペルトン式発電用水車)

直径2.4メートル、出力90キロワットで、弾み車とセットになっています。
一部アメリカ製ですが国産もあったということで驚かされます。

(ペルトン式発電用水車の説明板)


(展示されている周辺のジオラマ(部分))

ジオラマは周辺の地形や位置関係、高さの理解に役立ちました。

(記念館の外の奔流)

インクライン脇の奔流は記念館の近くでは水量も増えさらにすまじい流れになっていました。

(南禅寺舟溜)

南禅寺舟溜から下流のゆるやかな流れは次回以降の京都訪問で散策するつもりで、次は南禅寺水路閣と南禅寺境内の模様を書きます。


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さて、関東野郎の見たインクライン。

このインクラインは、蹴上舟溜と南禅寺舟溜の間の陸送手段に使われたそうです。
両舟溜は落差36メートル、距離582メートルほどあったので、客や荷物などを積み替えることなく舟ごと台車に積み、ドラムの回転でワイヤーにつないだ台車を曳いて運んだとのことです。

(インクラインのレール)


(台車とドラム)


(インクライン説明板)


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さて、関東野郎の見た蹴上舟溜の公園の水道用導管について書いてみます。

といっても、京都水道局の説明板をそのまま写すだけですが・・・
ここの水道管の展示は迫力があります。
直径1.65m、長さ4m、重さ約5トンとのことです。

(導水管)


(導水管2)


(導水管説明板)

以下、説明板の内容を記載します。


 この管は、ダクタイル鋳鉄管といい、水道管の殆どにこの管種を使用しています。強度があり、耐久性があるのが特徴です。これは直管といい、直線区間に使用し、直径1.65m、長さ4m、重さ約5トンあります。この他に曲がった区間や分岐する所には、異形管という管材料を組み合わせながら、継手用のゴム輪、押輪、ボルト・ナットを用いて接続します。
 第2疎水から取水した原水は、水中のゴミや藻類などを取水池の自動除塵機で取り除いた後、この管と同じものを使って、インクラインから仁王門通、冷泉通、鴨川横断、御池通を通り約8km先の右京区にある山ノ内浄水場まで導水しています。
 この管で1日26万4千立方メートル(縦64m×横64m×長さ64mの立方体相当)の原水を送る能力があり、山ノ内浄水場に着くと薬品ぎょう集沈でん(薬品凝集沈殿)、急速砂ろ過、塩素消毒をした後、西京区・右京区・中京区・南区に設定した区域内に給水しています。
 京都市には、このほか蹴上、松ヶ崎、新山科の3浄水場がありますが、いずれもこのような導水管や導水トンネルで疎水の水を送り続けて、市民の皆さんが安心してご使用していただけるようにお応えしています。

 平成15年3月1日 京都市水道局


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さて、関東野郎の眼には、蹴上舟溜はいわば水路の分岐点のように映ります。
この蹴上舟溜に、蹴上発電所と南禅寺船溜、浄水場、南禅寺水路閣方面に水を配水しているような機能があるのでしょう。

蹴上発電所に向かって太い導管が2本走っています。

(蹴上舟溜の奔流)

下の写真の左下に向かう導管が発電所行きで、上に水平に走る導管はどうやら南禅寺水路閣に行く導管のようです。

(蹴上発電所への導管1)


(蹴上発電所への導管2)

蹴上発電所は、当初、京都の市電用に発電していたようです。

(蹴上発電所)

各浄水場に行く水道管は展示がありますが配水路は見えません。

南禅寺方面に行く水路は南禅寺分線とよばれ、オープンスペースに水が走ります。

このあたりは、南禅寺、琵琶湖疎水記念館など多くの見学場所があります。

(後から知ったことですが、蹴上舟溜では、蹴上発電所行き、南禅寺水路閣へ行く疎水分線、南禅寺舟溜への放水路の機能があるそうです。)

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京都に住む愚息に二人目の孫が生まれ、孫に会うため京都に来る機会が増えました。

来るたびに半日ほど時間をこしらえ、京都散策をすると、門外漢の関東野郎も京都に興味を持つようになります。

2010年3月末は南禅寺かいわいの散策です。

新幹線を下り、地下鉄に乗って東西線に乗り換えて蹴上駅で下車しました。
荷物をコインロッカーに入れて地上に出て、南禅寺方面の看板に従うと、煉瓦造りのトンネルがありました。

(雄観奇想の扁額のあるトンネル)

雄観奇想という字はそのときは読めず、南禅寺方面はどう行くのかの看板もなかったのですが、このトンネルをくぐれば南禅寺方面に行けると直感しトンネルに入りました。
(あとで解ったのですが、これはインクラインをくぐるトンネルだったのですね。)

(さらにこれもあとから解ったのですが、このトンネルの煉瓦積の工法は、「ねじりまんぽ」という独特のレンガ構造だったのですね。撮った写真はそれが表現されているでしょうか?)


(トンネル内部)

トンネルを出ると右側に坂道があり、何となく上ると、上は公園になっていて噴水があり銅像がありました。

(噴水)


(田辺朔博士の銅像)

この銅像は田辺朔博士の像で、この道をたどったのは大正解で、ここで琵琶湖疎水のことを学ぶことが出来たのです。

(田辺朔顕彰碑)

今日以降そのにわか勉強の結果を綴ります。

琵琶湖疎水の事を何も知らない関東野郎は、学ぶうちにその壮大さに魅せられてきました。

「雄観奇想」の書は琵琶湖疎水建設に尽力した京都府知事・北垣国道の揮毫で、美しい景色は優れたアイデアから生まれると解釈されるとネットの検索で知ることが出来ました。

北垣知事と田辺博士の出会いはどんなだったのでしょうか?。

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松崎町から鎌倉に戻るには、下田経由伊豆急線で戻るか、修善寺もしくは三島にバスで出て東海道線で戻るかの二方法があります。

今回は、修善寺に出て、途中「湯の国会館」に入り、修善寺から踊り子号をつかまえるという方法にしました。

湯の国会館は伊豆市営の共同浴場です。

(湯の国会館)

規模の大きな建物で、日帰り温泉施設としてはおそらく伊豆随一といえそうです。

入り口は二階にあり、二階には大広間の休憩室とレストランがあります。

一階に下りると男女浴場があります。

脱衣場も広く気持ちの良い脱衣場です。
浴室は数段の階段の下にあり、大きな窓の外側に狩野川のせせらぎが見えます。

(大浴場浴槽)

大浴場には浴槽が連なり、お湯はぬるぬる感の強いお湯です。

大浴場の外側には、露天風呂と薬草風呂があります。
薬草風呂からの狩野川の眺めは特に抜群の良さです。

(露天風呂)

薬草風呂は十数種の薬草を入れているそうです。
薄みどり色のややぬるめのお湯でした。

(薬草風呂)

以上のお風呂は循環式ですが、大浴場の入り口側に丸い冷鉱泉の浴槽があり温度が低いながら掛け流しの表示がしてありました。

手に触れると冷たい感じがしました。
この日は入っている人は見かけませんでした。

(冷鉱泉)

詳細は下記のホームページからどうぞ
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さて、国民宿舎 まつざき荘の夕食です。

公共の宿ですので部屋出しはせず、二階の食堂で食事します。

宿泊料が一番高いコースは、伊勢エビとかアワビのコースが用意されていますが一番安いコースを選びました。

(ワインと前菜)


(酢の物-たこ、ホタルイカ、海老)


(刺身-鰺、甘エビ、ホタルイカ、マグロ)


(ホタテの素焼き)


(洋皿-竹の子と海老のガーリック)


(陶板焼き-熱川ポーク)


(吸い物)

この他に香の物、御飯、デザートなどがつきます。

これで、一泊二食が一万円を一寸切った価格です。

他の温泉地の旅館と比べてリーズナブルと感じました。

詳細は下記のホームページからどうぞ
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