大竹道哉 日々雑感 兵庫県明石市のピアニスト・ピアノ教師

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レッスンの中での「今とりあえず」は、結構多いのでは?

2017年11月02日 | 音楽教育

生徒が譜読みで音を間違えたときに、私は「何か変な響きがしないかな?」と聞くことが多い。それは、音楽の文脈の中で、ありえない音を弾いたときにそのように言う。
「なぜ、間違えたか?」は、その音楽の文脈を聴いていないときに起きる。つまり「音を読み間違えて弾く」よりももっと上位のこと「音楽の文脈を(つまり、メロディーやハーモニーの響きや流れを)理解しようとする」ということができていないから起こる。

☆注意する事項が『音楽的な意味で正しいこと』か。あるいは『正しいことにつながっている』かどうか

今まで私がブログで指摘した多くのことは、たいていが「今とりあえず」ということに対しての異議だったように思う。
「今とりあえず」の考え方は、そのまま進むと、行き止まりや破綻することが明白である。
いくつか例を挙げると
1.旋律だけをかせて、伴奏は単に静かに弾く。バッハのインベンションのようなポリフォニーでも、テーマを出して対旋律は単に静かに弾く。(響いているもののうち、ひとつのものしか聴こえない、という発想がここにはある。違うものの調和や対立といった、音楽のドラマを構築する発想につながっていかない)
2.生徒が読み辛そうにしている音を、先回りして「そこはソでしょ!」などという。生徒には音を一つ一つ読んだあと、自分でつなげてつなげた形やそこから出てくる響きやリズムまで読み取ってほしい。先生は「読み方を教える」ことと「そのような形を見つけること」を促すようにするのが原則だと思う。決して「読んだ結果」を教えるのではない。
3.異名同音に対する配慮
「ミ♯」は「ファ」ではない。だから「ミの♯」に「ファ」などと振り仮名を打ってはいけない。これは、音階やハーモニーの仕組みあり方を理解しようとしたときに、邪魔になる。
4.合奏の模倣としてのピアノ演奏
合奏の模倣として書かれているピアノ(鍵盤楽器)の楽譜を、あたかも「一人のように」読んでしまう。つまり「多くの旋律線を、糸を縫うようにあっちこっちへうろうろして読む」
5.演奏中、多く動いていることを、ただ止める
体が動いているから、手首が振れているから、ただ「止める」ことだけをする。

こう考えてみると、「とりあえず」というのは多い。ついつい「とりあえず」をやってしまう。「本当の原因」「本来の在り方」をじっくり考察しないといけない。
もちろん「とりあえず」でも「基本的な考え方」が間違っていなければ、次につなげることはできる。

「とりあえず」の状態を長く続けないこと。
「とりあえず」間違った音を正しい音に直したり、よい状態の弾き方にさせることはある。なるべく早急に「生徒本人の本当の理解」へシフトさせることが求められている。また、「怒る、褒める」でも「何もない状態で本人が音楽を聴き、正しい理解をしているか、よい状態に持っていこうとしているか」絶えず確認することが求められている。
私は生徒本人が「本質的に何をやっているかわからずに、先生が修正させる」ことを恐ろしく感じる。
指導者は「生徒が何を聴いていて、何をききのがしているかを、判断する」必要に迫られていると思う。

たとえば「とりあえず姿勢をよくする」「手の形を変える」というのはあると思う。。「何のために姿勢をよくするのか。姿勢がよくなるとどのような仕組みで演奏に反映されるか」がもしなかったら、「姿勢をよくする」が「レッスンの目的」などになり、演奏意に対する不都合が省みられなくなったりする。「本当の目的」が見えなかったりする。

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飯盛野・秋のコンサート

2017年09月19日 | 音楽教育

田久保友妃(ヴァイオリン) 大竹道哉(ピアノ)

2017年10月21日(土)14時開演
(30分前開場) 15時30分終演予定
会場:日本基督教団飯盛野教会 入場無料
加西市段下町880 駐車場あります
主催:日本基督教団飯盛野教会Tel 0790-48-3326
愛の光こども園&愛の光キッズTel 0790-48-2733
メール:iimorinochurch☆yahoo.co.jp

・ベートーヴェン:ヴァイオリン ソナタ第8番 ト長調
・グリーグ:叙情小曲集より 蝶々 トロルドハウゲン婚礼の日
・ドビュッシー:版画
・クライスラー:愛の喜び
・バルトーク:ルーマニア民俗舞曲
ブリュートナー Bluthner Nr.4 ピアノ(ドイツ・ライプツィヒ)
(曲目は、変更することがあります)

田久保友妃・プロフィール

関西を中心に演奏活動をしているヴァイオリニスト。
大阪音楽大学音楽学部器楽学科卒業。阿部京子、林泉、宗倫匡の各氏に師事。2005、2006 年度明治安田生命クオリティオブライフ奨学生。卒業後もウィーン音楽ゼミナール、ライプツィヒ音楽大学、武生国際音楽アカデミー、オーベルストドルフ音楽祭、ウクライナ国際など各種マスタークラスを受講し研鑽を続けている。第53 回なにわ藝術祭新進音楽家競演会出演。第18 回九州音楽コンクール(2016 年)金賞および最優秀賞受賞。2013 年高谷光信指揮にてカバレフスキーのヴァイオリン協奏曲を、2015 年ニコライ・スーカッチ指揮にてハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲をそれぞれチェルニーゴフフィルハーモニー交響楽団(ウクライナ)と共演。ソロ、室内楽、オーケストラ、ジャズの各方面にて活動、作・編曲も手掛ける。「アンサンブル・テオフィール」のメンバー。大阪音楽大学演奏員

ピアノ調律調整 岡本芳雄 (有)岡本ピアノ工房

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ピアノレッスン・楽譜を自分で読んでいるか?

2017年09月13日 | 音楽教育

小学校低学年でも、教科書は自分で読む
親や先生が教科書を読み聞かせて、それを丸暗記するというのは
基本的にはないと思います。
その都度その都度、生徒が文字を見て
意味を理解しながら読みます。

でもなぜかピアノの場合
「本人が直接楽譜を読み込まずに、親や先生が読み聞かせて覚える」
というのが、あるようです。

「そこ、ドじゃなくてレでしょ」
「ここは2拍でしょ」
の連続で、子供は親に全部読んでもらう。
子供はいつの間にか「楽譜は親が読み聞かせてくれるもの」
と思ってしまう。

こんなケース、かなり見聞きしています。

「次回のレッスンまでに、先生の前で弾かなければいけない」
「できていないと、先生に申し訳ない」とか「怒られる」とかで
「親が読み聞かせて覚えこませたほうが手っ取り早い」となるのでしょう。

でも、この方法、必ず破綻します。

私は「本当に自分で楽譜を読んでいるか?」をレッスン中に確かめます。
生徒に「読んでもらっているの?」と聞くのではなく
「まだやっていない曲をレッスン中に出して、初めての楽譜に対してどのような反応をするか?」を見るのです。
「楽譜の何を見て何を見ていないか?」例えば
「ド」「レ」「ミ」は読んでいてもリズムは読んでいないとか
四分音符、八分音符の意味は分かっていても、実際の弾く長さに結び付いていないとか
結構、細かい問題点も見えてきます。
そこで「読み方の復習」もできると思います。
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本を読みながらでも?

2017年09月02日 | 音楽教育
こちらを参照
ピーター・コラッジオ 「ピアノ・テクニックの基本」音楽之友社 坂本暁美・坂本示洋 訳
80ページ Chapter 9 パフォーマンス成功の秘訣(あがりの克服法)
弾きながら会話が出来ますか?
 パフォーマンスのときには、必ず気をそらされる出来事が起きるので、そのための準備をしておくことが重要です。どのようなことであれ、気をそらされると、集中力が失われます。ジュリアード音楽院のゴードン・スタンリー教授は、私が熱心に演奏しているときによく話しかけてきたものです。例えば、「今日来る途中の天気はどうだった?電車は混んでいた?」などと聞いてくるのです。同じことを今、私は自分の生徒に、それも初心者の段階からしています。最初は、彼らがスケールやハノンの練習曲を弾いている最中に話しかけます。初めのうちは、生徒たちはたいてい弾くのを止めてしまうのですが、すぐに弾きながら会話ができるようになります。リサイタルの曲を弾きながら会話ができるようになれば、パフォーマンスの準備ができているのです。

さて、これについてどのように考えればいいのか?


私は
1.一人の人間は多くの人の集合体である。(会社のようなもの)
2.一人の中での「多くの人」は、必要に応じて様々な組織を作っている
3.その中でも言葉を扱えるのは、一人である。(ここで私はそれを「社長」と表現している。)
と考えています。
つまり、自分の中に「社長」がいて「様々な部署」「部下」がいると考えてください。「ことばを使って何かの行動をする」というのは「社長命令」だと思ってください。これは例えば「水を飲もう」と言葉で考えられるのは社長一人です。
ピアノの練習の場合、たとえば最初、指使いに迷ったとします。これは「手という現場」で処理しきれない事象です。それを「社長命令」で、指使いを指令し現場はそれを習得する。社長は読み取った数字を言葉にしたり、あるいは指使いを感得た部署からの指令をまとめて送ったりします。そのときは「3の次1」で「次は4で返すといい、3ではだめだ」などと、言葉で考えています。しかし、練習していくうちに、その言葉は消えます。それは、そのセクションが「学習」したからです。
つまり、社長が教えて社員が覚える、社員が覚えると「言葉」そのものは減っていく。各パーツが「仕事を覚える」からです。そして、熟練してくると、「各パーツが言葉を経ないで、ものを考えます」たとえば、初見演奏でも、適宜な表情をもって演奏する人、その場その場にふさわしい指使いを使う人はいます。「ここのフレーズはここに山があるから、最初のドより次のレは強くして、そのための指は3よりも2だから」と言葉で考えていると、明らかに演奏の時間経過から遅れてしまいます。でも、各パーツがそのことを知らなかったら「言葉で」社長が教える必要があります

「社長」が言葉で指示するときの特徴としては
1.時間的にゆっくりである
2.一つのことにのみに集中しがちである。
つまり、立ち止まってひとつのことを考えながら行うには、言葉が必要。しかし、演奏時の流れの中で、なかなか使いづらいといえます。
言葉を使うことの利点としては「トランスポート」ができるということ。あるひとつのことを違う事象について応用するときに、言葉を使って行うことがあります。また、人に伝えるときには、いうまでもなく「言葉」が有効です。

以下の図は「あがったときの状況」です。


「あがった状態」というのは、「言葉をつかさどる社長」が、全部のことをしようとして、オーバーワークになった状態だと考えられます。原因は「社長が社員を信用していない」「社員の学習、熟練度が低い」などが考えられます。

さて、先ほどの、コラッジオ先生の文章に戻りましょう。ここで「外部の刺激がある」状態を、図にしてみました。言葉をつかさどるところは、赤の線で切り取られてしまいます。ところが、各所はそれぞれ言葉を経ずとも考え、行動しています。図2の「上がった状態」では、それはできないことになります。
つまり、コラッジオ先生の記述は、「言葉を経ないでも考える状態」のことをさしています。



さてここであることを思い起こします。ロマン派の時代に活躍したカルクブレンナーというピアニスト、作曲家と、ショパンの発言です。
「本を読みながらでもピアノが弾ける」というカルクブレンナーの発言。これに対しショパンは「練習は音楽に集中すべきだ」ということ。
実はこれは、まったく次元の違うことをいっていることだと考えられます。カルクブレンナーは、「ピアノを弾くときには最終的には「言葉を経ずに考えられるようにすること」ショパンは「ピアノの練習はそれに集中すべきだ」ということ。つまり二人の言っていることは、まったく次元が違う、本来対比すべきでない発言と考えることができます。
人間は「言葉を使ったときだけ考えている」と考えがちですが、実は「言葉を使わなくとも考えている」のです。動物は言葉を持ちませんが、それぞれのレベルで考えて行動しています。
ただ、高次元な行動には、「言葉で組み立てながら考える」ことが必要だと考えられます。

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聴き方「聴きやすい要素」だけを聴いていないか?

2017年09月02日 | 日記
ちょっと気になるのですが、私たちは楽曲を聴くときに「聴きやすい要素」だけを聴いている可能性がないだろうか?
こちらを参照
例えば、ポリフォニーのフーガなど、テーマだけを追っている、メロディーだけを追っているとか。
よって「対旋律」や「ハーモニー」は聞かれなくなっていく。「一つのものしか聞こえない」という発想

だいたい「一つのものしか聞こえない」という発想で、ピアノのレッスンがされることが多いのではないだろうか?
「バッハなどのポリフォニーでテーマを出したら、対旋律は、ただ静かに」とか「メロディーを出して、伴奏は小さく弾くので、ハーモニーは感じられない」とかいう弾き方へ指導されたり、「それがよいもの」であるような感じ方にシフトしていくのではないか?
「聴きやすいとこを聴く」が演奏者の「聴きやすいとこだけを出す」「聴きやすい要素のみを演奏する」ことにつながっていく。評価の対象もそのような価値観に左右される。

先日「日本人は和声感が弱いかどうか」ということをFacebookで議論した。様々な意見や考察はあると思うし、反対意見や納得のいかない部分もあると思うが、いまは置いておこう。
でも、このことを放っておいて楽曲の中の聴きやすい要素だけを聴くと、ハーモニーの構成、たとえばⅠ-Ⅳ-Ⅴ-Ⅰなど、またその延長にある転調、転調によって対比が構成されている形式などに対する表現が、後回しにされてしまう。つまり「和声感が弱い」ということは「全体の構成が築けない」ことへと直結してしまう。
日々のレッスンの中でも、生徒が音楽をどのように聴いているか、は注意していきたい。演奏を通じて、バランスよく聴くことも、大切な項目だと思う。
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雑感

2017年08月22日 | 音楽教育
まず、フェイスブックへの投稿2件
1.ショパン:幻想即興曲 バラード全曲
リスト:愛の夢第3番 ソナタ
ベートーヴェン:エリーゼのために ソナタ第32番
こう並べてみると「作曲家の遺したいもの」と「巷で受け入れられたもの」とは、だいぶ開きがあるのでは・・・

2.ベートーヴェンの「交響曲第5番」は、わずかなモチーフを緻密に組み立て、全楽章を通じ、大きな建築のような構造になっている。
同じく「ピアノソナタ第14番」は、それぞれの「ピアノの扱い方」に新たな方法を用い、楽章間のつながりを考慮し、第3楽章の山場へと向かう。
なのに、前者は冒頭のモチーフだけ、後者は第1楽章だけしか、聴かれていないのではないか?
これは先日の私の提言と同じで、「作曲家が聴衆に聴いてもらいたいもの」と「巷で受け入れられたもの」とは、だいぶ開きがあるのでは・・


このところの私のコメントの真意は「作曲家が精魂かけたことやこだわったことが、人々に伝わっているかどうか」です。これを深く考えていくと、あちこちから上がってくるこの言葉が気になっています。

「日本人は和声に対する感覚が弱い」ということ。これは「宮城道雄氏が気がついていた」「フランスの音楽教育家、ナディア・ブーランジェ先生がおっしゃった」「たまたま先日オランダに留学したピアニストが、留学中先生にに言われた」というもの
これらの出どころは、おそらく別々であると思われます。
もちろん「日本人は云々・・・・」という言い方は、ステレオタイプの言い方で、私は好きではないのですが、多くの人の演奏を続けて聴く機会(コンクールや練習会など)で、ほとんど全員にそれを感じてしまうことが、多くありました。

和声による変化が聴こえてこないと、それの延長である転調もはっきりしない。すると、その先、大きな構造を見据えて音楽を作ることができない。結局、目先の「メロディー」や「聞こえてくる一過性の情緒」に焦点が当たって、音楽が聴かれるようになる。「そのように聴かれる」ということは「そのように演奏される」ということにつながります。

「和声が弱い」というと楽譜に「Ⅰ Ⅳ Ⅴ Ⅰ」を書き込む。書き込むのはいいが、それが演奏にどのように反映させるのか?
ここで「ハーモニーをうたう」という発想や「ハーモニーの推移によるテンションの変化を感じる」ということも考えたい
PTNAの過去記事をお読みください


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ピアノレッスン:ミスタッチ?

2017年07月04日 | 音楽教育
こちらもどうぞ
私はあること注目してみました。まず何でもいいから今弾いている曲を用意します。そして、鍵盤ではなく、ピアノのふたを閉めて、リズム打ちをやってみるのです。そのリズムの音は「生きて」聴こえましたか?
以前にも触れましたが「リズムは叩き方の緩急、つまり、手指の緊張と弛緩、またそのタイミングによってリズムとして聴こえてくる」ということです。
さて、こうすると少し見えてきます。「たとえ隣の音を叩いても、リズムの動きと流れが成立しているので、音楽は滞らずに進み、流れや動きが感じられる」ということです。
ここで、もし演奏者が「間違えないように」という注意を入れると、その注意によってリズムの持つ「緊張と弛緩のタイミング」を分断あるいは崩してしまうことがあります。「間違えてもいいから思いっきり弾く」を分析すると、このような「曲のリズムと、それが持つ緊張と弛緩の交代」によって、たとえ隣の音を叩いても、音楽が流れるという仕組みが見えてきます。
さて、もうひとつは、曲の中にある線をはっきりと認識し、それを丁寧に書いていく。すると、「たとえ一つ欠けても、欠けたものを補って感じる」人間の認識はそのようなものです。
つまり「間違ってもいいから、思いっきり弾く」には、リズムと線をはっきり示すという、音楽的に前向きな理由があります。

その一方、間違えないための考え方も必要です。
技術的な問題
ミスタッチということは、手のポジション等が、物理的に不安定だから起こることだといえます。つまりその「物理的な不安定さ」を取り除くことによって、かなり回避できると考えられます。
不安定を起こすのは何か?
1.過重なタッチ
鳴るべき音とタッチの強さがつりあっていないとき、つまりそのタッチの動きが「漏れて」しまったときにその「漏れた分」が不安定を作ります。
2.手の移動の問題
手の移動と、タッチそのものとはまったく方向が違う。よってこの2つは原則的に分けてしまわないと、物理的な不安定要因になる。

つまり、演奏時に2つの必要な動きが問題になってきます。
1.打鍵のための運動
2.手のポジションの移動
「音から音へ」滑らかに推移するために1の運動が必要なのですが、それは横方向の運動であり、もし安定した打鍵を得られるには、この2つは分けなければいけない、ということです。往々にして、打鍵の動きが大げさすぎて、手のアンバランスを招いたり、タッチの「盛れ」を出したりすることは多いようです。


指導者は、なるべく早い段階、譜読みの段階で、次のように導くべきです。


後からとってつけたようなことでは、仮に正しい音を弾いても、よい流れは得られません。


つまり、図1を楽譜から自分の中に取り込んでいるかが問題です。いうまでもなく図2のような「あとから」は不自然になりやすい。ですので、間違いを直すときには図2のままではいけない、図1のような自然な流れを、音楽的にもテクニックの上でも、曲を見始めた初期の段階、とりわけ譜読みのときに取り込む必要があります。

私は、指導のそれぞれの段階で、「ミスタッチをしない」ことよりも「テクニックとしても音楽としてもよい流れを作る」そして、その中で自然とミスタッチが減っていけばいいもの、と考えています。
ですから私は、レッスンの中では「ミスタッチ」という言葉を極力使わないようにしています。ある「マイナスイメージの言葉を使わない」ということは、単にその言葉を使わないだけでなく、それを超えた豊かな表現の方法や可能性を提示することが、指導者に求められます。これは指導者にとって苦労の多いことですが、芸術的な発展の可能性のある、豊かな考え方だと思っています。
たとえばスケールを弾くとしましょう。

これを弾くのに、指導者が生徒に注意を与えます。
つ一つの音の粒をそろえて、上行は cresc. で、下行はdecresc.で
ていねいにだんだん膨らんでいって、頂点からだんだんきれいにしぼんでいって
この2つ、どちらが弾きやすいか。またどちらが「豊かに」響くかです。

最後に大切なことは
、レッスンや発表の場を通して「ミスタッチしない」とか「間違えないで」という言葉を極力使わずに
生徒を導くか。だと思っています。「ミスをする⇔しない」の間を行ったり来たりするのではなく
「より良い表現を目指す中で、そのようなミスが自然と減っていく」のが理想です。
指導の中のそれぞれの段階で、様々に注意を向けることが求められていると思います。
私自身も、なかなか実現できないのですが、頑張っていきたいです

参照1 参照2 参照3

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コンクールやテストなど講評用紙:気を付けなければいけない

2017年06月28日 | 音楽教育

コンクール、音大の試験などで、演奏に対する講評を書くことがある。短い時間で演奏を聴きながら書くことは難しい。
本来、演奏を聴くということは、聴いたその時だけでなく、後から反芻するものだと思う。レッスンの場合でも、今日聴いた生徒の演奏を思い返し、いろいろ考えをめぐらし、次回のアプローチを考えることも多い。私はたとえ、一回限りのレッスンの場合でも、後で考えて「このことを言っておけばよかった」とか「このような練習をすればいいかも」などと思い返し、後から連絡を取ることもよくある。

しかし、試験やコンクールの講評には、この「時間をかけ、熟考して書かれた」ということはあり得ない。すると、書かれることにおのずと偏りが生じる可能性がある。書かれることは、内面的なものよりも、表面的なもの、奥にある原因よりも、その場で起こっていることになりやすい。また、アドバイスの内容も、じっくりすることよりも、とりあえず表面的なテンポや音量、といったことに傾きがちで「演奏者が本当に音を聴いているか」などの判断はどちらかというと書かれにくいだろう。

もちろん、私たちはそれに気を付けて書いてはいるが、時間に追いまくられて書いていることは事実。だから、現場の先生には「熟考」「反芻」が必要だと思う。そして、生徒の問題がその講評用紙とは全く違った原因であることも経験したことがある。

ある生徒が複数の先生に「もっとテンポを早く」「左手のタッチをしっかり」と書かれたが、実際にレッスンをやってみると「左手を耳できちんと認識せずに、音が抜けていた」という「聴き方」の原因であったことが、以前にあった。

わたしもついつい、講評が「書きやすいこと」や「言葉で説明しやすいこと」に傾いていると思い返すことがある。あとから「このことを言っておくべきだった」とある演奏に対し反芻することもある。講評は見識のある先生方が、真剣に聴いて書いていることは確かだが、「じっくり聴き考えて指導する」のは、現場の先生である。「じっくり反芻し考えなければ出てこないこと」は多い。
もちろん、このようなアドバイスには、普段見ていない視点などからもあり、有益であることは多いことは言うまでもない。

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ハイフィンガー批判第3回

2017年06月14日 | 音楽教育
第3回 代替案に関する考察 その他
本当の問題は「ハイフィンガーがピアノ演奏に適しているか否か」よりも、「なぜ『ハイフィンガーがピアノ演奏に適しているか否か』が議論されてこなかったのか」なのです。この『二重かぎ括弧』の中には、様々な文言が入りえるでしょう。たとえば、体育で昔よくやった「うさぎ跳び」など。(「なぜ『うさぎ跳びが身体、運動に適しているか否か』が議論されなかったのか」)
とことんまで議論し、どこがよくてどこが悪いのか「科学的、合理的」に検証されないと、きちんとした代替案も作りようがありません。中途半端な批判では、また同じことを繰り返してしまうことになります。
実際、「ハイフィンガーをやめても、ハイフィンガーの悪い、一部分が残っている」ために、うまくいかない例を私は多く見聞きしましています。


指を高く上げなくても、青○のようにロックされ、身動きができない状態を残していたら、鍵盤を離すことが自由にできないので、多彩な音色は望めません。
そもそもハイフィンガーでは
「上から直角に打ちつける=強い打鍵」
「鍵盤から離れにくい指のポジション」=「しっかりしたタッチである」=「正しいタッチ」
というふうにセットになって理解されたと考えられます。
これに対し、代替案は、
「様々な触れ方のできる打鍵」
「鍵盤からの指の離れ方を様々にコントロールする」
ということが言えます。

ハイフィンガーに変わるタッチとしては
手首が揺れないで指だけのスタッカートができる
指先からでも、指の根元からでも手首からでも打鍵できる
を提唱したいと思います。参照

ただ「ハイフィンガーをやめる」だけでなく、タッチの物理的な考察、実践、応用がしっかりとされないと、自信を持って演奏し、生徒に教えていくことはできないはずです。感情的、雰囲気で「これはよくない」と攻撃しても、完成度の高い代替案を確実に持っていなければ、「単なる感情的な攻撃」と何も変わることはありません。
もしこのように、考察がワープしていると、この「結論」そのものは自分にとって使えないもののはずです。


ところで第1回の「追記」で書いた「井口氏の著書」については、少し気になるところがありました。鍵盤上に直角に近く打ち下ろす方法、これをもし、単なる指のある部分の強化訓練の一つとしているとすれば、実際の演奏にそのまま使うかどうかとは別であるかもしれません。すると、「最初の訓練」からどのように次のステップに推移させるか、という疑問が出てきます。
生徒は「とりあえず音符を片手ずつゆっくり弾いて」「先生の許可をもらい」「いわれたとおりに表情をつけていく」
この風景は、岡田暁生氏の著作に詳しく述べられています。
2013・08・08私たちが受けてきたピアノ教育.
つまり、とりあえず片手ずつ「ハイフィンガーで指が鍛えられたら、次のステップに進んでよい」と師匠が生徒に命令するような仕組みだといえます。もっというと、さらに高度な「楽譜の解釈」などはもっと偉い(?)先生のおっしゃることに従う。というしくみなのでしょう。
「ピアノ教育」という社会が、このようなヒエラルキーとともに成り立っている可能性があります。すると、原点に返って「自分の弾くピアノの音は誰のものなのか?」という疑問が出てきます。ある方法について自由に、また科学的に検証する気風が、ピアノ教育界では欠けていた、あるいはなかった。それが本当の問題点であるのではないでしょうか?
私は「ハイフィンガーの問題」は、その事実そのものよりも、背後にできてしまった人間的、社会的な問題のほうが、根が深いと思っています。この問題は本質的に「音楽そのもの」と全く関係ありません。ただ「音楽が使われている」だけの状況です。

もともと「ピアノ音楽」を含む「西洋音楽」は、日本とはまるで関係ないところで育った文化です。ですから「完全な輸入」であったことは間違いありません。すると、その「西洋音楽」を知っている、教えることができるのは「外国の先生」その次に「外国へ行って勉強した先生」ということになります。すると当然最初は「言われたものをそのとおり」として受け取る、ということがはじめにあります。そこで本当はそのときに「自分自身の価値観」を「西洋音楽を勉強する中で身につける」ことをすべきだったのでは、と思います。
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コンクールに向けた練習会 6月25日

2017年06月14日 | 日記
6月25日(日)午後1時から、コンクール等に向けた練習会公開レッスンを行います。
希望者の方は、連絡ください。
レッスン室・JR魚住駅徒歩2分 こちらです
コンクールに向けての、公開レッスン
参加費(レッスン受講料)2,000円
お申し込みは m-ohtake☆iris.ocn.ne.jp まで

アドバイスレッスン
アドバイスレッスンを行います。
コンクール、演奏会等の目標に向けてのレッスンです。
譜読み途中でも対応します
実施日
6月、7月の土曜日、日曜日
時間についてはm-ohtake☆iris.ocn.ne.jp まで
お問い合わせください。
いずれも場所は こちらの3階です
ご希望があれば、こちらからお伺いもします。

練習会ご希望の方はご連絡ください。

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兵庫県明石市JR魚住駅徒歩3分
今まで「日々雑感」で書いていることを応用したレッスンを行っています。
また、メールでのご意見ご感想、レッスンの相談等もお待ちしています
お問い合わせは m-ohtake☆iris.ocn.ne.jp(星を@マークに)あるいはFBにメッセージでお願いいたします。
通常の定期レッスン水曜日、金曜日、火曜日午前中に行っています。幼稚園生から大人まで

特に、ピアノ、音楽を専門にされている方へのレッスンは、金曜日午前中と、土、日曜日に行います。

出張レッスンと講座 日本中どこでも
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