濾過されて濾過されて(あさってのライヴに君が来てくれますように!)

2017-06-22 21:06:04 | Weblog

今日

ペットボトルの「水」買って飲んだのさ、お茶と間違って買って。

まあいいいか・・ってんで素直に「水」飲んだんだ。

言い忘れたがアタシは今現在ね、まあ大層な肉体労働に従事してるんだってばさ。

「世を忍ぶ仮の姿」だけどね。

・・・・・・・・汗かくわよ、そりゃ。ここはサウナか?ちゅうくらいに。でも

着替えるし、

脱水症状にならないように、しょっちゅう水分取るように

気ィつけてるのよ。

でね、普段は「麦茶」飲むのさ。俺「麦茶」、好きで。「麦」つながりのビールより好きかも。


でも今日、間違って買った「水」飲んだら、これが当然と言うか何というか

「無味無臭」で。何の味も香りもしねえ。でも何か素敵。


本当、不思議よね「水」って。

飲んだ瞬間に、さっきまでコンビニの棚にあった「水」は、アタシの身体と同化する。

あたしの体を構成する物質となる。

言い換えれば「アタシ自身」になるのだ。さっき買った「水」が。

何て「流動的」なことか、我々の身体って。

とある「定義」によれば、「水」とは

「地球上でもっともありふれた物質のひとつ」ということなのだそうだ。

だから(というか何というか)、無味無臭なのは当然過ぎるほど当然だよな、と思ったのだ。


だって「水」って、我々自身なのだから。・・・味なんかしねえって。

もし味がした・・・としたら、それは何かが混じってるのだ、その「水」に。


マディ・ウオーターズは最高にイカしてるし、シカゴ・ブルースの帝王だけど、

彼の芸名の元になった「泥水」は飲めたものじゃない。濾過しなきゃ。


泥水を濾過する、確実で、手っ取り早い方法って知ってる?

蒸発させるんだって。そしてその水蒸気を捕まえて、「水」に戻せばそれでオッケイ。

簡単だよね。でも「火」がなきゃ無理だな。


濾過されて濾過されて、

挙句の果てに 無味無臭・・みたいになりたい・・って(本気で)思ってたこともある。

でも無理だよそんなの。

何でかって言うと、「水」以外の、言わば「不純物」こそがアタシの本質だからさ。

つまり、これは「取替え」が、きかないんだ。


ふーん、なるほどねぇ。

そんなら、そういうのって、「魂」って呼ばれるものと相似形かもしれないね。

「ソウル」って呼ぶと、さらに暑苦しくて、いいかもだわさ。


・・・・・・「水」。


今朝買って飲んだ「水」は、今でもアタシの中で、アタシの一部として流動している。

願わくば

今朝買ったペットボトルの「水」の中に「カビ」が混じってなかったことを(「いろはす」だったから)。


さらに願わくば

あさってのROCA'66のライヴに

君が来てくれますように。




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