
<1月8〜9日>
デリーからの午後三時二十五分発の急行列車で、五時間と経たぬうちに
ハリドワール(ハルドワル)に到着。
着くのは十時ごろかなとのんびり構えてペーパーバックに夢中になって
いた私と息子は、夫に促されて、あわてて身支度を整え降りた。駅舎は
高地らしい両サイドに三角屋根塔のある瀟洒なもので、オートリキシャ
をつかまえてロンリープラネットに推薦されていた安ホテルへと向か
う。が、建物が古く室内に匂いがこもっていたので、車夫推薦のガンジ
ス河に近いホテルに行くことに決める。その名もホテル・アドゥトゥヤ
は、シャワー&トイレ室・TV付き比較的こぎれいなツインがを300ルピー
(割引料金)だった。

インドの町の食堂は閉まるのが早いので、早速ディナーに。前の細い道
沿いの食堂を二、三のぞいたが、いずれも非菜食。聖地で肉食厳禁のは
ずが、観光客の需要に合わせてのことらしい。反対側に百メートルほど
足を伸ばした先に、比較的大きな菜食ホールを見つけたので入ってター
リー(カレー定食)をオーダー、ノンヴェジ党の息子には物足りなかっ
たようだが、私にはちょっと塩辛かったけど、まあまあ。
ホテルに戻って、デリーから持ち込んだ白ワインやジンで乾杯、聖地で
飲酒というのも少し気が引けたが、かつては菜食のみで禁酒だったここ
も、時代の流れには勝てないようで、下の路上を行く酔っ払いどものだ
み声が。息子は、親二人が不謹慎な飲酒に耽溺するのを尻目に、デリー
で買ったハリーポッターの新作に就寝まで読みふけっていた。

翌朝は、いざガンジス河の日の出を見んと意気込んで、私は五時半起
床、眠りこけている夫をたたき起こし、熟睡している息子を残して、ま
だ暗い中、ガンジス河畔に出た。前の道を数十メートル行って路地を折
れた先に、河はあった。
両側に点々と街灯の点る大きな橋を渡り、青黒い河面を見下ろす。ここ
から二十キロほど上ったリシケシ(七年前に訪問)のガンジスに比べる
と、まっすぐで幅広の河は急流を集めてとうとうと流れる。
橋を渡りきって、整備された河岸まで降りる。コンクリート敷きの道は
次の橋まで続いていた。寝不足の上昨夜の酔いの名残りでぼわんとして
いた体も、聖地の清涼な河風に吹かれるうちに、爽快に目覚めてくる。
突き当たりの石段を上った橋のたもとに、チャイ(インド庶民の愛飲す
る甘ったるいミルクティー)の露店が出ていたので、二つオーダー。ど
うやら、私たちが一番客のようで、親父さんはやおらミルクを沸かして
準備を始めた。ふーふーと冷ましつつすする、熱々のしょうが入りマサ
ラチャイは、夜の明けきらぬ早朝の河風に当たりすっかり冷え切ってい
た体を温めてくれた。が、六時過ぎになるも、いっこうに日が明ける兆
しはない、それもそのはず、ヒマラヤの高地のため、ここでは日の出時
刻が、わが居住地プリーより、一時間以上も遅いのであった。

橋を渡って河岸に降りると、観光客向けの小店が軒を並べていた、その
うちの一軒で、つぼ型のプラスチック製ボトルを5ルピーで買って、透
明感のある浄らかなガンジス河水を詰める。聖なる水は、お土産として
持ち帰ると、インドの人にとても喜ばれるのだ。さらに進むと、整備さ
れた河岸道路に面していくつもの中級ホテルが並んでいた。河に面して
いるこれら大きめのホテルは、路地裏の安宿に比べると、ロケーション
のよさから高いにちがいなかった。もうひとつの小さな橋に行き当た
り、河岸に降りた地点がメインガート、ハリ・キ・パイル(ヴィシュヌ
の足の意)だった。ハルドワールという地名はハル(シバ神)の門戸と
いう意味だが、ハリドワールとも称され、この場合は、ハリ(ヴィシュ
ヌ神)の門戸という意味に変わるのだ。ヴィシュヌ派にちなんだ命名ら
しい。標高356メートルの高地はちょうど、ガンジスの源流へとさかのぼ
る平野と山地の境目の入り口付近に位置し、神々の国へと入る門という
意味でもあろうか。
河の中に小さな島が作られ、島と岸の間がメインの沐浴場になってい
た。ガートは広場のような造りになっており、マハトマ・ガンジーの遺
灰が流されたことを記念するビルラ時計塔がシンボル、河面には石段が
降りて沐浴しやすくなっている。向こう岸には、ヒンドゥ寺院が円錐形
の屋根をいくつものぞかせていた。オフシーズンという時節柄観光客は
少なかったが、ここまで足を伸ばしてようやくうっすら明け初めた太陽
を礼拝するように、彼岸の寺院から鐘の音がけたたましく鳴り響き、巡
礼旅行者数名が、肌寒いなか、腰巻だけの裸体になって冷たい聖河に身
を浸し、沐浴拝を行っていた。ガンガーは女神としても崇められてもお
り、篤信家には崇拝の対象なのだ。
惜しむらくは、東側と思われる方角の山の端から荘厳な日の出は顔を見
せず、山際がほんのりピンクに染まった程度だった。
ホテルからかなり足を伸ばしてしまった私たちは、にぎわうガートを後
に、元来た道をゆっくり戻りだした。

朝食はメインロード沿いの軽食レストランで、夫と息子はギーの載った
インド製パンケーキ・パラタ&カレーのセット。私は甘ったるいミルク
コーヒーとともに、グロッサリーで買った丸パンをかじった。三人湯バ
ケツシャワーを浴びてるうちに午後はばたばたと過ぎてしまい、はやラ
ンチタイム。ガイドブックに推薦されていた裏路地を一本出たメイン
ロードの「ホシヤール・プリ」という食堂で、80ルピーと高価なター
リーをオーダーしたが、しつこすぎて、私たちの口には合わなかった。
いわゆる典型的北インドのカレー定食で、油こってりカレー粉ふんだん
なのである。
日本人の血が半分混じっている息子は油も少なめ、マサラ(カレー粉)
も少量の淡白カレーがお好み、夫も高血圧の持病を抱えているため、
油っこい食事は厳禁。何種類ものおかずがつくのだが、もったいないこ
とにはほとんど残してしまった。減塩の私には、塩辛もすぎた。

失望に終わったランチ後は観光。地上からも俯瞰できる山頂のマンサデ
ビ寺院に行くつもりでいたが、生憎ケーブルカーは整備点検中という。
アシュラム&寺院めぐりか、チャンディデビ寺院までのケーブルカーツ
アーのどちらかを薦められたが、山頂まで上って地上の眺めを見下ろす
方が楽しめるように思われたので、後者に決めた。
150ルピーと高い車代だったが、寺院入り口までものの十分としないうち
に着いてしまった。ぼられたかと内心怒り狂ったが、実はここからケー
ブルカーに乗って頂上までたどり着き、寺院めぐりをすると、優に二時
間以上を要するため、待ち料金が大幅に加算されているのである(オー
ト貸切りでいかないことには、帰りの足が観光客にはない)。
ケーブルカーは窓なしのオープン状態、高所恐怖症の私はひやりとした
が、十五分程度で上にたどり着き、ほっ。周囲の冬の枯れ山や、真下に
蛇行するガンジス河など、眺めは抜群だった。頂上には女神を祀った二
寺院があり、土足を脱いで拝観、路頭で売っていた礼拝(プジャ)用の
花や椰子も買って、息子の手で神様にお供えした。参道から見下ろす眺
望がすばらしく、息子のデジカメのシャッターを切る手は止まなかっ
た。ピクニックに来たようなつもりで、おおいに堪能した。

帰途、「ガンガーアラーティ」といわれる、日の入り時の河面に火を点
した葉っぱの小舟(ディーポ)を流す儀式を見るため、メインガート近
くで下ろしてもらう。タイミングよく、儀式はいまにも始まろうとして
いた。朝に比べると、沢山の観光客がガートの石段にびっしり隙もなく
腰を下ろして、向こう岸の寺院で毎夕刻繰り広げられる神聖な儀式の一
部始終を目撃せんと待ち構えていた。薄暮の河面にはすでに幾そうもの
小舟が流され、壮観。ただし、流れが速いので、あっというまに急流に
呑まれてしまう。サフラン色のマリーゴールドや赤い薔薇を盛った葉を
綴じて作った舟には線香が二本突き立てられており、マッチ付きで売ら
れていた。小さいものでも、20ルピーと高め。値切ったが安くならな
かったので、断念。ガートには観光客目当ての物売りや寄付請いが群れ
ており、騒々しい雰囲気だった。
そうするうちに、向かいの寺院から灯明を掲げた何人もの僧が現れて、
河に向かって右回しに回しながらプジャの儀式を催し始めた。さながら
火祭りの様相で、青黒い河面にサフランオレンジの炎の帯がゆらゆら流
れ、美しさのあまり見とれる。鳴り渡る鐘の音混じりの祈りの唱歌が神
聖な雰囲気を盛りたてる。腰巻だけになった裸体の篤信家たち数名が、
薄ら寒いなか河中に入り、幾度となく穢れの肉体を潜らせ、聖河を崇め
る様に、異教徒の私ですら、心打たれ、見とれるばかりであった。

※1ルピー=約2.5円
デリーからの午後三時二十五分発の急行列車で、五時間と経たぬうちに
ハリドワール(ハルドワル)に到着。
着くのは十時ごろかなとのんびり構えてペーパーバックに夢中になって
いた私と息子は、夫に促されて、あわてて身支度を整え降りた。駅舎は
高地らしい両サイドに三角屋根塔のある瀟洒なもので、オートリキシャ
をつかまえてロンリープラネットに推薦されていた安ホテルへと向か
う。が、建物が古く室内に匂いがこもっていたので、車夫推薦のガンジ
ス河に近いホテルに行くことに決める。その名もホテル・アドゥトゥヤ
は、シャワー&トイレ室・TV付き比較的こぎれいなツインがを300ルピー
(割引料金)だった。

インドの町の食堂は閉まるのが早いので、早速ディナーに。前の細い道
沿いの食堂を二、三のぞいたが、いずれも非菜食。聖地で肉食厳禁のは
ずが、観光客の需要に合わせてのことらしい。反対側に百メートルほど
足を伸ばした先に、比較的大きな菜食ホールを見つけたので入ってター
リー(カレー定食)をオーダー、ノンヴェジ党の息子には物足りなかっ
たようだが、私にはちょっと塩辛かったけど、まあまあ。
ホテルに戻って、デリーから持ち込んだ白ワインやジンで乾杯、聖地で
飲酒というのも少し気が引けたが、かつては菜食のみで禁酒だったここ
も、時代の流れには勝てないようで、下の路上を行く酔っ払いどものだ
み声が。息子は、親二人が不謹慎な飲酒に耽溺するのを尻目に、デリー
で買ったハリーポッターの新作に就寝まで読みふけっていた。

翌朝は、いざガンジス河の日の出を見んと意気込んで、私は五時半起
床、眠りこけている夫をたたき起こし、熟睡している息子を残して、ま
だ暗い中、ガンジス河畔に出た。前の道を数十メートル行って路地を折
れた先に、河はあった。
両側に点々と街灯の点る大きな橋を渡り、青黒い河面を見下ろす。ここ
から二十キロほど上ったリシケシ(七年前に訪問)のガンジスに比べる
と、まっすぐで幅広の河は急流を集めてとうとうと流れる。
橋を渡りきって、整備された河岸まで降りる。コンクリート敷きの道は
次の橋まで続いていた。寝不足の上昨夜の酔いの名残りでぼわんとして
いた体も、聖地の清涼な河風に吹かれるうちに、爽快に目覚めてくる。
突き当たりの石段を上った橋のたもとに、チャイ(インド庶民の愛飲す
る甘ったるいミルクティー)の露店が出ていたので、二つオーダー。ど
うやら、私たちが一番客のようで、親父さんはやおらミルクを沸かして
準備を始めた。ふーふーと冷ましつつすする、熱々のしょうが入りマサ
ラチャイは、夜の明けきらぬ早朝の河風に当たりすっかり冷え切ってい
た体を温めてくれた。が、六時過ぎになるも、いっこうに日が明ける兆
しはない、それもそのはず、ヒマラヤの高地のため、ここでは日の出時
刻が、わが居住地プリーより、一時間以上も遅いのであった。

橋を渡って河岸に降りると、観光客向けの小店が軒を並べていた、その
うちの一軒で、つぼ型のプラスチック製ボトルを5ルピーで買って、透
明感のある浄らかなガンジス河水を詰める。聖なる水は、お土産として
持ち帰ると、インドの人にとても喜ばれるのだ。さらに進むと、整備さ
れた河岸道路に面していくつもの中級ホテルが並んでいた。河に面して
いるこれら大きめのホテルは、路地裏の安宿に比べると、ロケーション
のよさから高いにちがいなかった。もうひとつの小さな橋に行き当た
り、河岸に降りた地点がメインガート、ハリ・キ・パイル(ヴィシュヌ
の足の意)だった。ハルドワールという地名はハル(シバ神)の門戸と
いう意味だが、ハリドワールとも称され、この場合は、ハリ(ヴィシュ
ヌ神)の門戸という意味に変わるのだ。ヴィシュヌ派にちなんだ命名ら
しい。標高356メートルの高地はちょうど、ガンジスの源流へとさかのぼ
る平野と山地の境目の入り口付近に位置し、神々の国へと入る門という
意味でもあろうか。
河の中に小さな島が作られ、島と岸の間がメインの沐浴場になってい
た。ガートは広場のような造りになっており、マハトマ・ガンジーの遺
灰が流されたことを記念するビルラ時計塔がシンボル、河面には石段が
降りて沐浴しやすくなっている。向こう岸には、ヒンドゥ寺院が円錐形
の屋根をいくつものぞかせていた。オフシーズンという時節柄観光客は
少なかったが、ここまで足を伸ばしてようやくうっすら明け初めた太陽
を礼拝するように、彼岸の寺院から鐘の音がけたたましく鳴り響き、巡
礼旅行者数名が、肌寒いなか、腰巻だけの裸体になって冷たい聖河に身
を浸し、沐浴拝を行っていた。ガンガーは女神としても崇められてもお
り、篤信家には崇拝の対象なのだ。
惜しむらくは、東側と思われる方角の山の端から荘厳な日の出は顔を見
せず、山際がほんのりピンクに染まった程度だった。
ホテルからかなり足を伸ばしてしまった私たちは、にぎわうガートを後
に、元来た道をゆっくり戻りだした。

朝食はメインロード沿いの軽食レストランで、夫と息子はギーの載った
インド製パンケーキ・パラタ&カレーのセット。私は甘ったるいミルク
コーヒーとともに、グロッサリーで買った丸パンをかじった。三人湯バ
ケツシャワーを浴びてるうちに午後はばたばたと過ぎてしまい、はやラ
ンチタイム。ガイドブックに推薦されていた裏路地を一本出たメイン
ロードの「ホシヤール・プリ」という食堂で、80ルピーと高価なター
リーをオーダーしたが、しつこすぎて、私たちの口には合わなかった。
いわゆる典型的北インドのカレー定食で、油こってりカレー粉ふんだん
なのである。
日本人の血が半分混じっている息子は油も少なめ、マサラ(カレー粉)
も少量の淡白カレーがお好み、夫も高血圧の持病を抱えているため、
油っこい食事は厳禁。何種類ものおかずがつくのだが、もったいないこ
とにはほとんど残してしまった。減塩の私には、塩辛もすぎた。

失望に終わったランチ後は観光。地上からも俯瞰できる山頂のマンサデ
ビ寺院に行くつもりでいたが、生憎ケーブルカーは整備点検中という。
アシュラム&寺院めぐりか、チャンディデビ寺院までのケーブルカーツ
アーのどちらかを薦められたが、山頂まで上って地上の眺めを見下ろす
方が楽しめるように思われたので、後者に決めた。
150ルピーと高い車代だったが、寺院入り口までものの十分としないうち
に着いてしまった。ぼられたかと内心怒り狂ったが、実はここからケー
ブルカーに乗って頂上までたどり着き、寺院めぐりをすると、優に二時
間以上を要するため、待ち料金が大幅に加算されているのである(オー
ト貸切りでいかないことには、帰りの足が観光客にはない)。
ケーブルカーは窓なしのオープン状態、高所恐怖症の私はひやりとした
が、十五分程度で上にたどり着き、ほっ。周囲の冬の枯れ山や、真下に
蛇行するガンジス河など、眺めは抜群だった。頂上には女神を祀った二
寺院があり、土足を脱いで拝観、路頭で売っていた礼拝(プジャ)用の
花や椰子も買って、息子の手で神様にお供えした。参道から見下ろす眺
望がすばらしく、息子のデジカメのシャッターを切る手は止まなかっ
た。ピクニックに来たようなつもりで、おおいに堪能した。

帰途、「ガンガーアラーティ」といわれる、日の入り時の河面に火を点
した葉っぱの小舟(ディーポ)を流す儀式を見るため、メインガート近
くで下ろしてもらう。タイミングよく、儀式はいまにも始まろうとして
いた。朝に比べると、沢山の観光客がガートの石段にびっしり隙もなく
腰を下ろして、向こう岸の寺院で毎夕刻繰り広げられる神聖な儀式の一
部始終を目撃せんと待ち構えていた。薄暮の河面にはすでに幾そうもの
小舟が流され、壮観。ただし、流れが速いので、あっというまに急流に
呑まれてしまう。サフラン色のマリーゴールドや赤い薔薇を盛った葉を
綴じて作った舟には線香が二本突き立てられており、マッチ付きで売ら
れていた。小さいものでも、20ルピーと高め。値切ったが安くならな
かったので、断念。ガートには観光客目当ての物売りや寄付請いが群れ
ており、騒々しい雰囲気だった。
そうするうちに、向かいの寺院から灯明を掲げた何人もの僧が現れて、
河に向かって右回しに回しながらプジャの儀式を催し始めた。さながら
火祭りの様相で、青黒い河面にサフランオレンジの炎の帯がゆらゆら流
れ、美しさのあまり見とれる。鳴り渡る鐘の音混じりの祈りの唱歌が神
聖な雰囲気を盛りたてる。腰巻だけになった裸体の篤信家たち数名が、
薄ら寒いなか河中に入り、幾度となく穢れの肉体を潜らせ、聖河を崇め
る様に、異教徒の私ですら、心打たれ、見とれるばかりであった。

※1ルピー=約2.5円











