インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

「涅槃ホテル」の新レビュー届く

2014-12-14 14:09:17 | 私の作品(短編・エッセイ)
「『涅槃ホテル』は著者自身の人生の投影ともいうべき本だけに、著者=女主人公の生き方に対する第三者の見方の反映として返ってくることになると思います。少なくとも著者自身にはそのように感じられるのではないでしょうか?
そういう意味からも、剝き出しの愛欲と揺れる情念の権化の如く描かれる等身大の女性への、読者の好みは当然分かれると思います。
批評は、作品への意見の体裁をとっていても、そこに投影されている一人の女性に好意的かそうでないかという読者の心情の吐露にならざるを得ない。そういう作品だと私は思います。

物語の構成では「マリッジチケット」と「涅槃ホテル」で重複するシーンがあったり、やや装飾勝ちな文体がストーリーのテンポを損ねているように感じるといった技巧的な批評もありそうです。また、豪華な元王族の別荘を所有する大富豪の男との関係、曖昧模糊とした肉体的快楽と愛の意識、麻薬に耽る男との情事といった筋立ての非日常性が、インドというシチュエーションをもってしてもリアリティを希薄にしているきらいは否めないかもしれません。エスニックな舞台を設えたありきたりなメロドラマと酷評する読者もいるような気がします。
あるいは唐突に現れるオカルティックなシーンと輪廻のイメージの二重写しには強引にすぎる印象が残りそうです。
日本人の社会通念や道徳的倫理観といった、社会性に強く依存する感性を持ってこの本を読めば、そうした評価もあり得るという話です。

しかし私にとっては、このような左脳的な批評はこの本の本質を評価するものとは到底思えません。
著者の全身全霊が投影された全くの私小説であればこそ、丸ごと受け止めたときに立ち上がってくる私の中の官能と感情こそが、批評と呼ぶに相応しいと感じるからです。
先の感想で「言い回しや、行間に著者のエゴ(あるいは自尊心)が垣間見える」と書いたのは、男との恋の駆け引きの勝ち負けへのこだわりや年下のアマンへの辛辣な非難を語らせたところに、著者自身の人生への思いが反映していると見えたからであり、男の妻(もしくは情婦)となって宮殿の女主になろうと願ったり、ウルバシィの転生を確信する件には著者自身の出自との関わりを感じずにはいられません。私には物語をそのように書かせた著者の思いの深さが「切ない」と感じられるのです。

しかし、本当に良かったかと問われればイエスで、表現技巧の巧拙ではなく、作品の世界そのものを抱きしめて何かを感じようとする人にこそ読む価値がある珠玉の私小説だと、私は思います。

生物学的な本能である肉欲(エロス)こそが愛の真実。性道徳や結婚の諸制は社会性の仮面。愛が結婚を求めるのではなくモラルが結婚を欲する。
エロスの目的は自らの分身を生み、命(遺伝子)を再生すること。だからこそ、人は古来、輪廻と転生のイリュージョンを神に化身して信仰してきたのではないか。
物語を抱擁し、胸の奥に萌え出る幾度かの女性との秘め事の記憶と燃え残る愛の衝動を心地よく弄びながら、連綿と続く人の営みに思いを巡らせる。
躯の芯に熱い固まりを抱えつつ、意識は宇宙に溶け込むかの如く研ぎ澄まされていくのを感じる。
女主人公の魂の告白が私の中に生み出したものを、ひたすらに愛おしんでいます。」

紫色のカバーが美しい、時節柄贈り物にもぴったりの異色の恋愛小説集です。
ぜひ一冊お買い上げくださいますように。

「涅槃ホテル」(李耶シャンカール、ブイツーソリューション、1200円+税)
ジャンル:
小説
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