インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

還暦バンドの魔術1(短編小説)

2017-05-20 15:13:52 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

還暦バンドの魔術

                                李耶シャンカール

一 2014年6月21日フェニックスプラザ(福井)

 午後五時半、福井市田原町のフェニックスプラザは、コンサート開演一時間前にもかかわらず、気の早いファンが姿を見せ、にぎわっていた。今夜は午後六時半からロックバンド、ジ・アルゴの四十周年記念コンサート・春ツアーの一環の福井公演が催されるのである。
 千鶴クマールは期待に胸をわくわく躍らせながら敷地内に足を踏み入れた。広大な庭園の先に、中央がガラス張りになっているモダンな建物の正面玄関が見えていた。少年鼓笛隊をかたどった銅像を過ぎたとき、敷地を外れた左手の駐車場に群がる女性陣に気づいた。
 開演までにはまだ一時間以上あったため、寄り道してみると、黒・緑・銀色のトラックが三台停められていた。車体には「THE ARGO 40周年記念ツアー」と赤い太文字で銘打たれており、どうやら、アルゴの演奏用機材や衣装等を運んできたツアートラックのようだった。四十代から五十代の年かさの女性たちが携帯で盛んに記念撮影しており、千鶴もとっさに携帯を向ける。コアなファンらしい彼女たちの会話からすると、トラックの脇に停められた品川ナンバーのスポーティーな高級車は、アルゴのメンバーが乗ってきたものらしく、きゃあきゃあはしゃぎながら、撮影している。
 そのうちの一人のファンから、千鶴は記念写真を撮ってもらえないかと、丁重に頼まれた。四十年配の女性は若作りの装いで、七部袖の白いフリルのブラウスにピンクの膝丈スカートと、スカートの色にマッチさせたピンクのフラットシューズと精一杯おしゃれしていた。快よく承諾し、トラックと高級車背景に全身が入るようにしてシャッターを押した。
「ありがとうございます」
 彼女は満面の笑顔になり、礼を言った。千鶴はとっさに声をかけていた。
「あのう、ファン歴はもう長いんですか」
 女性はにこっと笑って、
「かれこれ四半世紀になるでしょうか。今日は宇都宮から追っかけてきました。受け取ってもらえるかどうかわからないんですけど、メンバーへのプレゼントも持ってきました」
 と両手に抱えた紙袋をちょっと持ち上げて答えた。25年という長いファン歴に感に入りつつ、千鶴は、不安と期待の入り混じった硬い声で投げていた。
「私、実はこれが初めてなんです」
「あ、初めての人って、意外に多いんですよ。でも、四十周年ツアーの一環で今日も大いに盛り上がるはずだから、目一杯楽しんでくださいね」
 とにこやかに投げて、足早に会場へと去っていった。
 一足遅れで中に入ると、コンサート関連グッズを売る物販店の前には長い行列が出来ていた。先刻の女性が列の中ほどにいて、軽く手を振っている。千鶴も列の後ろに並んで、四十周年記念コンサートの豪華パンフレットとメンバーの似顔絵カード入りケーキセットを買った。

 三十分後に入場時刻となり、ホール内に入ったが、Bゾーン左手の十四列目というシートナンバーは、2000名規模の小会場のため、思ったより近く感ぜられ、この距離ならメンバーの顔も肉眼で見えるだろうと、初回にしてはいい席に当たったことにわくわくした。背後を振り返ると、二階席までびっしり埋め尽くされ、八割方女性ファンで、それも四十・五十代中心、まれに若い男女の顔も見え、子連れで来ている家族もいた。日本最長、バンド歴四十年を誇るアルゴだけあって、昔からのファンのみならず、近年の若者も混じり、幅広い層に受け入れられているようだった。
 パンフレットをぱらぱらめくっていて、アルゴの福井公演が1986年以来実に28年ぶりの、地元ファンには長年待ち望んだ垂涎のコンサートであることもわかった。もちろん、県外からの追っかけファンもたくさんいるようだった。
 刻々と開演時刻が迫るにつれ、会場はざわざわと騒がしくなり、期待と熱気を孕んだ異様な雰囲気に包まれていった。

 程なくアナウンスが入り、客席が暗転すると同時に盛大な手拍子がいっせいにあがり、観客の熱い期待に応えるように、赤と紫とピンクの斜光が交錯するきらびやかなスポットライトを浴びて、アルゴの三人が舞台袖からステージ中央に顔を見せた。その瞬間耳をつんざくような歓声があがり、千鶴は圧倒された。開演前の手拍子にも驚かされたが、鼓膜を聾する熱狂的な反応に一瞬唖然となる思いだった。
 ドライアイスの煙が幻想的に流れるなか、オープニングナンバーは高沢俊哉のヴォーカルによるロック曲「サイケデリック・カーニヴァル」、トレードマークのエンジェルギターを手に華麗な緋色のロングコートを翻し、インカムマイクにシャウトする通称バロン(男爵)は、六十歳とは思えぬ若々しい美貌とオーラに輝きわたっていた。観客席はいっせいに総立ちになり、拳の波とヘイの掛け声で満たされた。千鶴も年を忘れて立ち上がり、周りの熱気に引きずられたように拳を突き出し叫んでいた。
 切れ間のないパワフルなメドレーが続き、桜木譲が美声でバラード調のラブソング、坂井幸太郎が十八番のフォークと、次々に持ち歌を披露していく。アルゴはロックバンドと銘打っているが、ハードロックのみならずフォーク、プログレ、ポップス、演歌、ブルースまでこなすオールマイティバンドなのである。華麗な貴公子ファッションで知られるリーダーの高沢ことバロンがエレキギター担当、小柄で童顔の坂井ことベイビーがアコースティックギター&ドラム担当、桜木ことチェリーがベースと楽器にもこだわりを持っているバンドで、全員がヴォーカルをこなすのだ。
 デビューは1974年だが、九年間は鳴かず飛ばずでブレイクしたのは83年、以後出るシングル出るシングル、オリコンベストテン入りと突っ走ってきたわけだ。内輪もめなどで解散に追い込まれるバンドが多いのに対して、高校時代の元同級生ということもあって結束は固く、解散危機はこれまで一度もなかったという強い絆で結ばれたトリオなのだった。しかも、MCもコミカルで、話芸も器用にこなすエンタテイメント精神旺盛ぶり、ファンを楽しませることにかけては人後に落ちない超ベテランバンドであった。

 そもそも、千鶴とアルゴの出会いは、2013年2月にさかのぼる。三十年移住生活を送ったネパールから永久帰国したのが2012年の七月、理由はその前年の秋に現地人夫に先立たれたことにあった。子供がいなかったせいで、戻るしかなかったのだ。異国の地で一人放り出される羽目に陥ってしまった千鶴は還暦を前に、今後のことを思うと帰国する選択しかなかった。福井出身だったが、若い頃から焦がれていた金沢で中古マンションを物色、たまたま犀川上流に程近い自然環境が絶好の掘り出しものに当たり、迷わず購入を決めたのである。
 しかし、母国とはいえ、長年海外生活になじんできた身だけに順応するのに時間がかかり、夫を亡くした哀しみもなかなか癒えず孤独な独り暮らしに甘んじていた。福井の実家には弟夫婦が母と同居していたが、三十年も海外で勝手なことをしておいていまさら身内に頼るのも、気が引けたし、よほどのことがなければ連絡することもなかった。
 北陸特有の蒸し暑い盛夏から寂しさのひとしお募る秋、厳寒の冬を通過し、ようやく待ち望んだ春からそして初夏にいたった千鶴は、外出は河原の散歩とスーパーへの買い物ぐらいで、新参者だけに隣近所との付き合いもまったくなかった。家具も満足にそろってない殺風景なマンションで、孤独を慰めてくれるのはラジオのみ、そんなある日、「黄金の羊を求めて出帆した探検船にちなんで名づけられたジ・アルゴはデビュー四十周年を迎えました。夢はつかみ、かなえるもの、音楽は夢の扉へといざなってくれます。ぼくたちといっしょに黄金の羊を捜す旅に出ませんか」のナレーションで始まる「ジ・アルゴの夢の狩人」という番組が耳に飛び込んできたのである。見果てぬ夢を追いかけるテーマの構成が、傷心のさなかにあって絶望し切っていた千鶴の感性に響くものがあった。初老の域に達した未亡人のこんな私でもまだ、夢を見れるだろうかと、どこかで黄金の羊が待っていてくれるだろうかと希望の一縷が萌したのである。
 以来、毎週水曜の「夢の狩人」を楽しみにするようになった。アルゴについては、フォークグループだったとの記憶はおぼろげにあり、ヒット曲の一、二は耳覚えがあったが、アルゴがブレイクした頃、自分は既にネパールで、その後の詳しい経緯は何も知らなかった。後日ネットで検索してみると、四十年で三百曲以上というオリジナル曲のほとんどが夢をテーマにしており、「苦しくても人生を投げ出すな。夢をあきらめるな。命尽きるまで夢を追いかけよう」というメッセージソングが多いことがわかり、元気づけられた。
 そして後日、ネットカフェで2012年埼玉スーパーアリーナで催されたサマーイベントの動画を覗いて、あまりのすばらしさにすっかりはまってしまったのである。動画にもかかわらず、熱気が伝わってきて昂奮して体が熱くなってしまったほどだった。おない年というのも親近感を覚えた理由で、還暦にもかかわらず若々しくパワフルなバンドの魅力に参ってしまったのだった。
 絶望のさなかにいた千鶴を元気づけ、救ってくれたバンドなのだった。もし北陸近辺で公演が催されるなら、ぜひ出かけたいと思っていたが、記念コンサートの一環が折りよく故郷の福井で催される情報をキャッチして、即座にチケットを買い求めたというわけだった。そして、心待ちにしていた当日がやってきて、嬉々と金沢から駆けつけたという次第である。

 舞台が真っ赤な照明に染まる中、バロンのパワフルなギターソロ演奏やチェリーの美声、ベイビーのアコギの音色の美しさに、立ちっぱなしでいることも忘れるほどのめり込んだ一部が終わって、休憩に入った。本物のライヴは予想を上回るすばらしさで、昂奮して汗をかいた体が熱くなっていた。こんなエキサイトぶりを長いこと、忘れていたと、千鶴は二十代の青春期を思い起こすようだった。夢も希望もあって輝いていたあの頃、黄金郷を求めて探検に出た千鶴はアジアのヒマラヤ小国、ネパールというエルドラドを見出したのだ。文明社会からの脱出の果てに行き着いた理想郷、自然豊かなユートピアには、誠実でハンサムな白馬の騎士が待っていてくれた。
 アルゴの歌にはそんな青春時代の輝きを思い起こさせるような恋の歌や、胸に響くメッセージがこめられており、不幸に遭遇して人生を投げそうになっていた千鶴の絶望を救い上げてくれた。アルゴとこの時期、出遭えたことは運命としか思えなかった。神様は、アルゴの歌を通して、夢と希望をもう一度授けてくれたのだ。いくつになっても、夢は見れる、希望を喪うなと。
 
 二部が始まり、一部以上の熱狂で最高潮に盛り上がった。ステージと客席のボーダーがなくなり、ひとつに溶け合うような一体感、客席から湧き上がる大合唱、有名なヒット曲の番になり、観客はいっせいに青いペンライトを振り回す。まるで暗い会場に無数の蛍が飛び交うような幻想的な光景に、千鶴は夢でも見ているのかと目くらましに酔う。喝采の嵐のなかで、美しく伸びやかなコーラスが響き渡り、千鶴はペンライトを左右に振りながら、両目からあふれる涙を抑え切れなかった。
 プレーヤーとリスナーがいっしょになって創り上げる一回性のステージのすばらしさ、リーダーのバロンの「どんなことがあっても、俺たちについてこいよー」のシャウト、歌が終わったとき、「みんなも大変なこともあるかもしれないけど、俺たちはいつもここで待ってるから」のMCにまたしても噴き出す涙をこらえ切れなかった。
 この日から千鶴はアルゴ中毒、ファン称するところのアル中になってしまった。CDも買ったし、「夢の狩人」は毎週欠かさない。夜の二時間は必ずアルゴの歌を聴いて、子守唄のように癒されてすやすや眠るのだが、ヒーリングパワーはてきめんだった。夫に先立たれたことの悲しみや寂しさが徐々に癒され、近い将来金沢での公演日を心待ちにする毎日だった。

につづく)

ジャンル:
小説
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« アルフィーがモデルのバンド... | トップ | 還暦バンドの魔術2(短編小説) »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL