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歌の持つパワー(菊水庵便り10)

2016-10-17 15:30:18 | 私の作品(小説・ノンフィクション)
ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞は、歌詞が文学のジャンルの一つとして認められたということで、画期的だった。

私自身、近年歌の持つパワー、とくに詞の魅力に目覚め、阿久悠、なかにし礼、高見沢俊彦の作品群を堪能していただけに、メッセージ性のある歌の意義が再認識されたことは、全世界のミュージシャンにとっても嬉しいニュースだったに違いない。

アルフィーにはまって以来、歌の持つパワー、そのダイレクトな訴える力に、文字だけを書く作家としては、打ちのめされ、遅ればせながら音楽に目覚めていた折でもあり、それに先んじること、息子がラップミュージシャンでシンガーソングライターとしてメッセージ性のある英詞を書くということもあって、私自身彼のラップ詞を邦訳するうちに、作詞の面白さに徐々に目覚めていったのだ。

最近読了した「作詞のための8の極意」も、そんなわけで面白かった。八人のプロの作詞家やシンガーソングライターが作詞術の奥義を授けたものだが、要は作詞も文章作法と変わらない。ただ現代詩とちがい、メロディがつくので、音符によって自ずと字数は決まってきて、エッセンスを凝縮する必要があることと、音感のない人にはことばを合わせるのが難しいかもしれない。
最後にベテランラップミュージシャン(宇多丸、93年デビュー)が、日本語で韻を踏むラップ詞を書くことの難しさをあげていたのが印象に残った。ちなみに、我がラッパー子息は英歌なので、日本語に比べると、韻を踏むのは容易だろう。

阿久悠「命の詩 ~『月刊you』とその時代~」も読了。阿久悠が、昭和の歌謡界の黄金期、70年代から80年代にかけて怪物と畏怖され、生涯に5000もの作詞を遺した偉業は、いまさらいうまでもない。ただし、散文(月刊YOU新聞の編集主幹として掲載した記事群)に関してはやや軽みが優るエンタテイメント系で、同時代寵児ともてはやされたライバル、なかにし礼のほうが、うまい。
各人の嗜好もあるので、どちらが上とは言いがたいが、私感では、歌詞は阿久悠がダントツ、小説はなかにしに軍配を上げたい。

満州から命からがら引き揚げてきた原体験が、散文に重みを加え、長文になると、なかにしの方が本領を発揮する感じだ。
なかにしは直木賞をとったが、阿久はとれなかったことにも、その差が出ているような気がする。

しかし、阿久悠の詞はすごい。沢田研二や西城秀樹に提供した詞は、他の追随を許さない秀逸さだ。
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