インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

還暦バンドの魔術4(短編小説)

2017-05-20 17:12:19 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

四 2014年12月25日東京ベイエリア十万人コンサート跡地

 その夜千鶴はなかなか寝付けなかった。ケーキの残りの入った赤い箱がサイドテーブルに載って、甘い芳香を発している。明日の朝食代わりにしようと倉田は言って、千鶴に箱を預けたのだ。倉田の意外な求愛にコンサートの昂奮の名残も加わって、寝不足のまま早朝目覚めた千鶴は身支度を整えると、下のコーヒー店に降りた。
 店内に入ると、倉田が隅の席に坐ってアメリカンを飲んでいた。千鶴に気づいて、ウェイトレスに断って席を移す。
「おはようさん」
 男の目は赤かった。千鶴同様、眠れなかったにちがいない。
「今日は夕方の新幹線まで時間があるから、東京見物しょうか。行きたいところがあったら、遠慮なく言ってや」
 男は昨日の求愛は忘れたような顔をしてさりげなく言う。移住前東京で勤務していた千鶴には、特に行きたいというところはなかった。倉田もUターン前住んでいたはずだから、東京には通じているはずだ。
「スカイツリーか浅草、東京タワーも悪くないけど」
 と倉田は提案した後でふっと思いついたように、
「ほうや、1986年アルゴが日本初の十万人コンサートをやった現場を見るってのは、どうや」
 と放った。
「え、それってどこ」
 好奇心に駆られた千鶴はとっさに身を乗り出して、尋ねる。
「東京湾埋立地13号、そのころ当時はウォーターフロントといったんやけど、リーダーのバロンがそれじゃあぴんとこんというんで、ベイエリアって冠した、伝説のベイエリアコンサートの野外会場や」
 86年自分はすでにネパールだったと思い返しながら、移住後の後年、一時帰国したときアジェイと観光に訪ねたお台場を思い出していた。
「お台場、行ったことあるんかや」
「ええ、帰国したとき一度」
「じゃあ、わかるな。今のフジテレビのあるとこや」
「えっ、あそこ」
「そう、当時は更地で、全国からアルゴファンが押しかけた会場になったんや」
「倉田さん、行ったんですか」
「いや、俺のファン歴は15年で1999年からやから、アルゴがピークだった時代とはずれてるんやけど、動画で見て大感激したんや」
 というわけで、ケーキの残りをロビーで分かち合った朝食後、二人は荷物をカウンターに預けていざお台場ツアーへと繰り出した。浅草の水上バス乗り場から、アニメ界の巨匠・松本零士が「ティアドロップ」をイメージしてデザインしたという宇宙船のような「ヒミコ」に乗った。白くモダンな船内では、「銀河鉄道999」のキャラクター、星野鉄郎やメーテル、車掌が案内放送、一緒に旅しているような気持ちになり楽しかった。五十分後にレインボーブリッジを横目に見ながら海浜公園に到着、岸の背後に目立つ威容でそびえるフジテレビビルに向かった。二つのビルの間に渡り廊下でつながれた銀色の球体がひときわ異様を放つ最新デザインの巨大ビルに足を踏み入れて、最上階の25階にある球体展望室で大パノラマを俯瞰する。三十年ほど前はこの辺りはまだ埋立地で、アルゴの野外イベント、それも日本初の十万人コンサートの会場になったんだと思うと、感慨を禁じえなかった。当時ウォーターフロントといわれたこの場所に日本各地から十万人のファンがどっと詰めかけたのである。さぞかしや、壮大なスペクトルだったろう。
 ビルを出た後、ショッピングモールの、デックスビーチ東京で昼食をとることになった。イタリア料理店「トラットリアマルーモ」でピザやパスタのランチをワインとともに楽しんだ後、ビーチ近くの展望デッキからレインボーブリッジと対岸の高層ビル群を遠望、都会の海岸ならではの景観に見とれた。夕刻から夜にかけてはさぞかし壮麗なクリスマスのイルミネーションに彩られるだろうと思うと、その時刻までいれないのが少し残念だった。それから遊歩道を歩いて自由の女神像前で記念撮影した後、潮風公園まで散策、きびすを返して、800メートルある向こう岸まで足を伸ばし台場公園も巡った。人口とは思えない弧状の入り江の美しさを堪能した後、帰路はゆりかもめ線で戻ることになったが、車窓にレインボーブリッジがクローズアップして迫る壮観のおまけ付きだった。
 終点の新橋駅で降りて、混雑するプラットホームで男が腕時計をにらみながら言った。
「まだ時間あるさけ、渋谷の楽器店、ESPでバロンのエンジェルギターコレクションも、ついでに覗いてこうか」
 千鶴はわくわくうなずく。
 楽器店のバロンコーナーは人だかりがしていた。タカザワカスタムと名づけられたオリジナルギター、エンジェルをかたどったボディはバロンのデザインによるもので、白・金・銀と三種あった。金色のキューピッドエンジェルもいるし、赤いハートを抱えてる長い髪の女性エンジェルもいる。二人はいそいそと記念撮影する。
「最低でも二百万円以上もするのね! 最高級クラスだと六百五十万かあ。一般人にはとても手が出ない高値ね」
 感嘆の声を挙げると、倉田が、
「バロンは五百本以上の高級ギターコレクションで有名なんや。軽ーく億はつぎ込んでいるやろう」
 と明かした。
「すごおい」
 千鶴は目を丸くする。十五年のファン歴のなせる技か、男はさすがに詳しかった。
 倉田はつと、試供品のシルバーエンジェルに腕を伸ばすと、肩から提げて弦を弾いた。
「アンプ入ってえんけど」
 アルゴの84年のヒット曲「星夜のエクスプレス」のイントロだった。千鶴は聞き入る。テクニック的に素人の自分には、バロンに優るとも劣らず上手に聞こえた。
「倉田さんがこんなにうまいとは思ってもみなかったわ」
 と、感嘆の息を洩らす。男はちょっと照れくさそうな笑みを浮かべた後、しかめ面をしてギターをおろし、
「思ったとおり、重いわ。これよりかさばるハートエンジェルなら多分十キロ以上あるやろな。ほれに、天使が羽広げてボディを抱え込む形になっとるから、弾きにくいわ。コンサートでギターをとっかえひっかえしてるのも、重いせいもあるんやろな」
 バロンが一回のステージに七、八回取り替えるギターのデザインや色も目の保養にしていた千鶴であったが、そんなに重いものだとは知らなかったので、驚いた。ためしに持ち上げてみると、本当にずしりと来て千鶴のか弱い握力ではフルに上がらなかった。
「重ーい。こんなに重いもの抱えて、バロン歌ってたんだね。すごい体力」
「何せ、本番前に腕立て伏せ三十回やるパワーやさけ。筋肉むちむちむきむき。以前最前列の特等席に一度当たっての、プロレスラーのヒール役みたいに盛り上がった筋肉しかと見たぞ」
 千鶴はくすくすと笑い出す。
「加圧トレーニングで鍛えとるから、還暦越えてるとは思えん若々しい精気に満ちたボディや。楽曲もすごいし、六十過ぎてもヴィジュアル系でゴージャス、とにかくかっこええの一言に尽きるわ。俺の憧れのロックアーチストや」
 倉田は遠い目になって投げる。バロンへの憧憬がにじみ出ていた。
「俺は実いうと、エンジェルより、黒のシンプルなレスポールのほうがバロンに似合っとって好きなんやけどな」
「レスポール?」
「アメリカのギブソン社が1952年から製造・販売を行っているエレキギターで、フェンダー社のストラトキャスターと並び有名なモデルなんや」
 マニアックな詳しさに、どうも単なる手慰みにギターをやっていたのと少し違うように思い、千鶴は訊いた。
「倉田さんて、もしかして本格的にギターやってたの」
「うん、まあな」
 と男は肯定の返事を返してきた。それから少し口ごもった後で、
「実は、東京での大学時代、アマチュアのバンド組んでたんや」
 と明かした。
「へえ」
 千鶴は目を見張る。思ってもいなかった男の意外な素顔だった。
「なんや、その顔、俺がミュージシャンの卵だったとは信じられんて顔しとるのう。これでも、若い頃は髪ふさふさで、ギターだけでなく、ヴォーカルもこなしてたんで、もてもてやったんやぞ」
 千鶴はくすっと噴き出す。それから真顔になってつと訊いた。
「プロ目指してたの」
 倉田は図星をつかれたように少し痛い顔になって、まつげを伏せつつ、小声で認めた。
「まあな」
 夢を果たせなかった無念さを感じ取って、千鶴は瞬時口をつぐむ。
「ほれ、若い頃って、誰でも見果てぬ夢見るやないか。うぬぼれも強いし。自意識過剰で、ギターや歌に自信があったから、プロになれると信じ込んだこともあったんや。けど、アルゴみたいに十年近い不遇期に耐えて成功を勝ち取るだけの信念がのうて、五年でぽしゃちゃったんやけど」
「そうかあ、倉田さんの夢って、それだったんだ」
 千鶴は感じ入ったように、放った。
「チズさんの夢は?」
「私は詩人になりたかったの。でも、詩って売れないじゃん、それで食っていけないってあきらめたの。でも、書くことが好きで、少しでも似た職業をって出版社転々としてた」
「へえ、物書き志望だったんや。俺はミュージシャンになる夢あきらめた後、音楽事務所のバイトで食いつないでたんやけど、30歳のとき、ネパールに旅立ったんや。ヒッピー文化の名残みたいなのが当時のカトマンドゥにはあったやろ、ほれにあこがれての、若気の至りでビートルズのLSD体験にならって興味本位にドラッグに手出したり。ビートルズが修行したインドのリシケシのアシュラムにも行って、半年くらい座禅組んで沈没しとったんや。ほやけど、旅費が尽きて帰国、しょうがなしに社会復帰、堅気のサラリーマン生活に入ったというわけや。そこで事務やっとった女に惚れこまれて押しかけ女房されたのが運の尽き、所帯持っちまうと会社勤めも辞められず、ほんでずるずる十二年、そのうち不況のあおり食って能なし社員はあっさりリストラ、女房にも愛想尽かされちゃったってわけや」
 千鶴は倉田がこれまでたどってきた道のりをざっと明かされ、自分の人生に重ね合わせ、感慨深いものがあった。
「私は出版社を転々としていたんだけど、雑文稼業にも嫌気が差して、東京という殺伐たる大都会の生活にも希望が見出せず、ネパールに別天地を夢見る思いで旅立ったの。で、はまってしまって、以後年に一度の渡航を繰り返し、四度目の32歳のとき、居ついちゃたってわけ。日本に帰らない永住覚悟だったから、生活の手段を捜さないといけなくて、観光業につくのが一番かと思い、現地でゲストハウスを経営するのはどうかと思いついたわけよ。パートナー捜しを始めて、網に引っ掛かったのが、当時小さなロッジでマネージャーをしていたアジェイで、最初はビジネスパートナーのつもりだったんだけど、ひょうたんからこまで恋が芽生え国際結婚に至ったってわけ」
「ほういういきさつやったんかあ。それにしても、女一人でよう移住の覚悟を決めたのう。ゲストハウス業も成功させたし、たいした度胸や」
「現地人パートナーの助けがあったからこそよ」
「そういえば、フレンズハウスは今、どうしとるんや」
「すでに売却したわ。常連のお客さんには引き止められたけど、子供もいないし、還暦過ぎて異人の私が一人でやってく自信がなくて」
「そりゃそうだろうな。戻ってきて正解や」
「ん、でも、三十年向こうにいたでしょう。現地の水になじんじゃって、母国といえども再順応するの大変よ」
 千鶴は大きなため息をつくと、言った。愚痴ついでの本音がするする洩れ出る。
「これから、私の人生どうなっていくのかと考えると、暗澹たる思い。アルゴの歌うような、命尽きるまで追いかける夢もないし」
「ほやけど、人は夢や希望なしに生きられんやろ」
「たしかにね。でも、生きてるってだけでも大変なのに、死ぬまで夢を追いかけるなんて超大変なことよね。そういう意味でも、アルゴの音楽に対する並外れた情熱には敬服させられているわ。私の希望の星、私に代わって大きな夢を達成してくれてるバンドよ」
「うん。六十越えても、見果てぬ夢に焦がれ続けるバンドの姿勢は見習うべきやな」

につづく)

ジャンル:
小説
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