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ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

還暦バンドの魔術3(短編小説)

2017-05-20 16:29:58 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

三 2015年12月24日日本武道館(東京)

 本多の森でのコンサートの翌日、千鶴はすぐに倉田にご馳走になったことの礼をしたためたメールを送った。折り返し返事が返って来て、これからアルゴのコンサート情報を折に触れて送るから、楽しみにしていてとあり、以後一週間に一度はメールを交わすメル友になった。
 倉田から東京の武道館で行われるクリスマスイヴコンサートに行かないかと誘われたのは、商用で彼が金沢にやって来て呼び出されたときだった。すでにこのときには週一度のメール交換で、彼が同族会社の車の整備会社で社長である兄の補佐をしていることを知らされていた。
 二ヶ月ぶりに対面した男は奮発して、ひがし茶屋街にある町家を改造した洒落たフレンチレストラン『ロベール・デュマ』に連れて行ってくれた。ワインが好きな千鶴は、女性ソムリエの薀蓄で高級フレンチワインを振舞われ、生牡蠣や稚魚のうなぎパイに舌鼓を打った。
 赤と白一本ずつとって、大ぶりのグラスワインの底に揺れる琥珀色や赤紫の透明な液体のロマンに酔いながら、手の込んだ美食を楽しむ席上で、倉田はためらいがちに切り出したのだ。
「アルゴのクリスマスイヴコンサートが、武道館で催されるんだけど、いっしょに行かんか」
 千鶴はさすがに逡巡した。行きたいのは山々だが、東京と遠いし、倉田との二人旅になることにためらいがあったのだ。
「これを逃したら、年内アルゴのコンサートに行くチャンスはないと思うんや。立ち見も含めて二万名近くになる大会場やから、地方公演の比でない最高潮の盛り上がり見せると思うんや。前に一度武道館で行われたコンサート行ったんやけど、大爆発やったわ。後ろの席やったんやけど、近くに感じるほどの迫力やった。イヴやから、サービス精神旺盛なバンドのこと、サプライズファクターも期待できると思うし、どやろか。春に北陸新幹線も開通したし、東京といっても、たったの二時間半の距離や、当日の朝行って夜コンサート、一泊して帰ってくればええ。チズさんさえOKなら、コンサートチケットや新幹線切符、ホテルの予約は全部こっちでするさけ」
 千鶴が無言で迷っていると、男は急に申し開きをするように、
「誤解せんといてな、ホテルの部屋はもちろん別々や。アラカンのじじいにやましい意図はないさけ」
 と言った。千鶴は思わず、ぷっと噴き出しながら、
「コンサートは行きたいけど」
 と口ごもった。
「けど?」
「何もかもおんぶにだっこじゃ申し訳ないから、きちんと費用は折半させてくれますか」
「ほれはいいけど。ほんならいっしょに行くことに決まりやな」
 千鶴はうなずく。男は破顔一笑、拳を突き出す。
「なんやそれ、コンサートのときのファンのおなじみのジェスチャーやないの」
 千鶴は福井弁で茶々を入れ、自分も宙に拳を突き上げるしぐさをし、男はガッツポーズで応えた。
 この三年、ひとりきりの孤独なクリスマスに耐え忍んできた千鶴にとって、今年のイヴはアルゴのコンサートという大きなプレゼントが降ってきたのである。

 そして24日当日、朝の新幹線に乗った二人はお昼には入京、日本橋のホテルに荷物を預けたあと、昼食をとり、食後のコーヒーを喫茶店でゆっくり堪能して、午後三時にチェックインした。それから千鶴がシャワーを済ませ念入りに化粧し、外出着に着替えると、もう四時半で、ロビーの待ち合わせ時刻だった。東西線で九段下に向かったが、駅構内にはすでに武道館に向かうファンの行列が出来ていた。ぞろぞろ長蛇の列に続いて歩き、開演一時間前、武道館に着いた。
 さすがに地方公演とは別格で、コンサート名を銘打ったボードの巨大さにも驚かされる。二人で記念撮影した後、中に入り、物販店に寄ったが、長蛇の列が後ろの階段辺りまで曲がりくねって続いていて、ここに並んでいたら、開演に間に合いそうもなかった。
「すげえな。これじゃあ無理だから、とりあえずトイレだけ行っといて、中に入ろうか」
 促されて別々に用足しに向かい、列に並んで済ませたのが開演十五分前、倉田がとっておいてくれた二階席に着いた。
「アリーナ、とれんかったんや、ごめんな」
 謝る男に、千鶴は、
「でも、正面で見やすいですよね」
 ととりなす。前回に比べると、たしかにステージは遠くなるが、双眼鏡を携帯しているし、舞台端に巨大スクリーンも設置されているので、併用すればそれほど見にくいこともなさそうだ。それに二階とはいえ、正面の席でそういう意味では遠くても見やすかった。とにかく、立ち見も含めると二万名近い観客規模になる、天下の武道館だ。アリーナ席をとるのは至難というものだろう。
 会場を改めて見回すと、八角形のホールの下から中・上までぐるりとびっしり満席で、最後部の通路も立ち見客で埋まっている。
 開演アナウンスと共に、紙吹雪がはらはら舞って幕開けしたイヴのコンサートは、予想を裏切らないすばらしいものだった。見所はバロンのフライングで、ギターソロを熱演する彼が立つ花道が次第に持ちあがり、塔のようになってその上でびんびん弦をかき鳴らすロック演奏、そのうち体がふわーっと宙に舞って、天空に漂うのだ。まさに空飛ぶロックスター、金の龍が踊る華麗な象牙色のガウンのウエストに巻きつけた白いプリーツフレアが風を孕んでふわりと膨れ上がって、天使の羽のように広がり美しかった。遥か真上で赤いスポットライトを浴びて速弾きするバロンはまるで、十字架に架けられたキリストのごとく神々しく、千鶴は首が痛くなるまで見上げて、大感激ものだった。会場が割れるかと思うほどの大喝采、しみじみ東京まで来た甲斐があったと思った。
 倉田もあっけにとられたように宙を見つめて、神がかり的な特効パフォーマンスに感激したように怒号に似た雄たけびをあげていた。
 会場一杯に耳をつんざくようなアンコールの絶叫が鳴り止まないなか、メンバーが一人ずつ、とっておきの持ち歌を披露してくれ、ダブルアンコールに応えてさらにサービス、千鶴は感極まって涙ぐんでいた。歌の持つ窮極のヒーリングパワー、カタルシス、涙と共に不幸の全てが洗い流されるような爽快感、終わった後、虚脱感でしばらく席を動けなかった。
 二人とも無言で会場を出、しばらく余韻に浸っていた。
「すごかったね」
「ああ」
 言葉少なに感想を交わし、イヴ祝いをかねてのコンサート打ち上げに、ホテルの近くの日本橋で一杯やることにした。
 男は裏路地の粋な小料理屋へと促す。のれんをくぐると、イヴのせいか店内は人いきれにあふれていた。カウンター席に詰めてもらって腰掛ける。瓶ビールで乾杯したあと、熱燗に移り、緊張が解きほぐれた二人の口から、ほとばしるようにアルゴへの賞賛が飛び出す。
「本当にすばらしかった。行ってよかったわ。誘ってくれてありがとう。生きていて本当によかった。アルゴと同時代に生まれて幸せよ。夫を亡くして意気消沈していたのが、また生きる気力をもらったみたい」
「いやあ、喜んでもらえてよかった。こっちも誘った甲斐があるというもんや。ほやけど、今日は俺もあまりのすばらしさに圧倒されたわ。あんたもいっしょやし、最高のイヴになったのう」
「アラカンでも、夢は見れる、楽しめる、人生にはいつだって遅いということはないのね」
「次は45周年、トリオに元気で長生きしてもらわんとな」
「50周年の古希コンサートまでは絶対大丈夫よ。還暦過ぎてもあれだけパワフルで若々しいんだから、古希までは絶対持つわ」
 ショーの昂奮の名残りに酒の酔いが加わって心地よい気分で店を出た二人は、クリスマスのイルミネーションで彩られた街中を歩いて、路傍のケーキ屋の店頭で威勢よくクリスマスケーキが投げ売りされているのを見て、ひとつ買い求めた。
「ロビーで食べようや」
 ホテルに戻って、レセプションでナイフを借りてきた倉田は、ソファーに坐って待っていた千鶴に手渡した。千鶴はそっと箱を開けて、ミニサンタクロースやひいらぎの葉の載った、Merry Christmasと板チョコに銘打たれた大粒のいちごの並んだケーキをカットし、男に一片を差し出し自分も手に取った。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス! 今日は本当にありがとう。最高のイヴになったわ」 
 倉田は唇の端をクリームで汚しながら、おいしそうにかぶりついている。千鶴も甘いクリームとカステラが口中で溶け合う美味にしみじみ幸せな気分になった。
 食べ終わった後、
「コーヒー飲もうや」
 奥の24時間営業の喫茶室へといざなわれた。アメリカンを二つオーダーし、クリスマスツリーのデコレーションが華やかな夜更けの喫茶店に静かな時が流れていく。言葉の要らない心地よいひとときに身を任せ、コーヒーを堪能していると、突然男が思いつめたような、改まった口調で、
「チズさん、今から俺の言うこと、よう聴いてな。俺、酔っ払ってえんからな」
 と急に真剣な顔つきになって投げた。千鶴は怪訝な面持ちになって耳を澄ます体勢になる。
「あのな、死ぬまでいっしょに二人でアルゴのコンサート、行き続けられたらすばらしいと思うんやけど、どやろか」
 千鶴は男の意味するところを直感で察して一瞬どきりとしたが、さりげなく交わした。
「もちろん、二人が元気でいる限り、友達として、またいっしょに行きましょう」
 男は矢庭に失望した面持ちになり、嘆息をついた。
「ずるいなあ、チズさんは。俺の言ってる意味、わかっとるくせして」
 千鶴はどぎまぎと黙り込む。
「このままずうっと、金沢で孤独な独り暮らし続ける覚悟かや。俺には27歳の息子が一人おるんやけど、大阪で所帯もって独立しとるし、前の嫁さんの面倒も息子が見とる。ほやから、あんたに負担がかかることはないんや。ほれに次男坊やさけ、老母の面倒も兄が看とるし、わりと自由な境遇なんや。後五年で定年やけど、退職金も出るし、年金も下りるから、生活費の心配もいらん。俺といっしょに老後を暮らす夢はどうやって言っとるんやけどの」
 ここまではっきり言われては、千鶴としても逃げようがなかった。それにしても、バロンのフライングよりものけぞるくらいに驚かされた、まさかの驚天動地の倉田のプロポーズであった。千鶴はなんと返答したものか、逡巡していた。アジェイの顔が脳裏によぎる。泣き笑いのような、複雑な表情をしているように思えた。
「だんなさんのことがまだ忘れられんことは重々承知しとる。だから、あんたの気持ちが開くまで、俺は辛抱強く待つつもりや。定年まであと五年あるさけの。ただ、こっちの交際の意図するところだけははっきり知っといてもらおうと思うて。急がず、時間をかけてじっくり考えてもらえんかのう」
「私は、あなたより三歳年上のばばあよ」
 千鶴は自己卑下するように投げた。
「俺だって、禿げ頭のじじいやがな。三つ下といっても、外見だけとれば、俺の方が老けとるやろ。それに、六十越えてもチズさんは可愛いわ」
 千鶴は少し赤くなる。しかし、依然無言を通していた。
「何も今すぐってことやないんや。じっくり時間かけて考えてくれや」
 押し切られたように千鶴はようやく、かすかにうなずいた。

につづく)
ジャンル:
小説
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