インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

エアギターの妙技

2017-04-29 19:40:04 | ラッパー子息・音楽ほか芸能
エアギターとは何か。
ギターに詳しい方なら、もちろんご存知と思うが、私は最近まで知らなかった。
GS、昔のグループサウンズを近頃またチェックし始めて、ジャガーズのライブ動画にぶつかり、この動画でヴォーカリストの故岡本信が、ほかのメンバーのカバー曲になってコーラスに回ったとき、ギターを持って弾いているような手のしぐさをし、そのときは手持ち無沙汰だから、両手をいかにもエレキを弾いているかのような振り付けをしたのだろうと思っていたが、ショーケンのライブ動画でも同じしぐさが目に付き、エアギターというのだと知った。

以下、ウイキから抜粋。
エア・ギター(air guitar)とは、演技の一つでギターの弾き真似。大げさな演奏する身振りと、しばしば実際の歌唱や口パクによって構成される。日本では大地洋輔や金剛地武志、宮城マリオなどが有名。
エア・ギターの起源には諸説あるが、1970年代のハードロックのボーカリストが、ギタリストが長いギターソロを行っている最中に手持ち無沙汰になってしまうのを解消するため、マイクスタンドをギターに見立てて弾く真似をしたのが端緒と見る向きが多い。


映像で残っているものとしては1969年のウッドストック・フェスティバルにてジョー・コッカーが「With a Little Help From My Friends」の演奏当初からエア・ギターを行っているのが確認できる。1969年にエルヴィス・プレスリーが始めたという説もある。ラスヴェガスの公演ですでにエア・ギターを披露していた。エルヴィスはマイクスタンドを用いずに、ギターを弾くマネをしていた。映像としては「エルヴィス・オン・ステージ」や「アロハ・フロム・ハワイ」などでも確認できる。
有名なのはエルヴィス・プレスリー、クイーンのフレディ・マーキュリー、フリーのポール・ロジャース、ディープ・パープルのイアン・ギランなど。

エア・ギターのパフォーマンスは一般的には、エレクトリックギターを用いる音楽、特にロックやヘヴィメタルなどの模倣に用いられる。アコースティック音楽をエア・ギターで模倣することも可能ではあるが、伝統的にロックに対して行われてきた。エア・ギターに伴って、ヘッドバンギングもしばしば用いられる。実物のギター奏者が、愛好するアーティストの演奏を聞きながら、それをエア・ギターで正確に模倣する、ということもしばしば起こる。
音楽家には、演奏中に身体を使い、本能的に曲のリズムや雰囲気に乗るということがしばしばある(これは曲の拍子を合わせる手段でもある)。ロック・ミュージックでは、多くのギタリストが、パフォーマンスの一環として大げさな振る舞いを行っている。中にはアクロバット的動作を採り入れている者もあり、これらのパフォーマンスは彼らの個性を示すものとなっている。このような音楽家のファンはしばしば、崇敬するアーティストの動作を模倣し、その音楽に陶酔してしまうこともある。エア・ギターをダンスの特殊な形態と考えることもできる。
ロック・ミュージックにおけるギタリストはバンドの花形であり、ギタリストに憧れるファンは多い。しかしギター演奏に習熟するのは難しいため、実際にギターを演奏することの代替行為としてギターを弾くまね(エアギター)を行うという例
も見られる。

人によっては、エア・ギターそのものが趣味になっており、彼らは無数のアーティストの動作を模倣できることを誇りにしている。事実、多くの国でエア・ギターの競技会が組織的に開催されている。
エア・ギターの競技会が初めて組織的に開催されたのはイギリス(1994年)であり、次いでオーストラリア(2002年)、アメリカ合衆国(2003年)で開催されている。史上最も偉大なエア・ギター奏者が誰であるかについては諸説あるが、ビル・S・プレストンとテッド・セオドア・ローガンの両名であるという説に多くが賛同している。

最近では男性アイドルグループ、嵐が「Gの嵐!」内でエア・バンド「嵐」を結成したほか、2007年6月28日放送のNHK総合テレビ「スタジオパークからこんにちは」で金剛地武志が「エア・ギター講座」を行い、今までエア・ギターを知らなかった多くの人に知られることとなった。金剛地は「クイズ!ヘキサゴンII」で結成された「AIR BAND」にも参加している。
その一方で、本物のギタリストには現物の楽器を演奏することに強い拘りを持ち、エア・ギターに対して快く思わない人間も存在する。野村義男はその代表的な例であり、自ら「エアギター撲滅委員会委員長」を名乗っている。


長々と引用したが、世界のみならず、日本でも選手権が開催されているらしく、以下、動画がアップされていたので、紹介したい。
AIR GUITAR WORLD CHAMPION 2006 - Ochi "Dainoji" Yosuke
2006年の世界選手権で初優勝を射止めた日本のダイノジおおちは実は、ギターを全く弾けないというから驚く。

女性陣も負けていない。2014年には名倉七海が見事初優勝を飾った。
エアギター世界大会2014 名倉七海 The Air Guitar World Champion 2014 Nanami ”Seven Seas” Nagura

最後にプロのミュージシャンのエアギターも紹介しておく。すでにアップした動画だが、エアギターの部分のみチェックいただければと思う。
ザ・ジャガーズ    ライブ!!
14分あたりからチェックいただきたい(故岡本信をご存じない方のために。ギターを抱えてない手ぶらの中央の男性です)。
彼はエレキが弾けたようである。というのは、息子の岡本真来が以前組んだバンドでエレキを弾きながら歌っていたことから、亡父よりの手ほどきと思って間違いなさそうなので

次はショーケン、すでに紹介済みの曲だが、1分あたりから、両手のしぐさに注目。ショーケンがエレキを弾けたかどうかはわからないが、ジュリーだってアコギを弾けたし、たぶん弾けたのではないかと想像するが、振りが小さいので、わからない。単なる真似事かもしれない。
どうしようもないよ

もう一曲、表現力豊かな名ナンバーを新たに紹介したい。
萩原健一 ハロー・マイ・ジェラシー
胸を打つ演技力、ショーケンならではの個性、必見ナンバー! 振りは小さいけど、エアギターも生きている。

ちなみに、ギターの初心者動画を見ながら始めたわが六十の手習いは予想通り、三日坊主(実際には二週間)に終わった。指が短くて不器用だし、重いし、私には向いていないようである。ただ動画で基本は覚えたので、まったく知らなかったときに比べ、プロのバンド動画をチェックするときも、ギタリストの指の動きなど、以前に比べて巧拙が少しだけわかるようになった。
エアギターならなんとかなるかもしれないが、ロックミュージシャンのオーバーアクションを模倣するのは至難そう。エキササイズにもなって楽しめそうだけど、ポンコツ体がついていかないよーっ。
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祭のない原野へ・解説

2017-04-28 19:21:53 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)
祭のない原野へ・解説

 29歳から30歳のころ書いた作品で、自己体験が元になった私小説である。若書きの稚拙な作品だが、これはこれで形になっているので、今の文体には直せず、ざっと推敲だけ済ませたほぼ原型に近い形でお出しする次第だ。

 私のある意味、原点といってもいい作品で、インドに移住して書いていくという決意のなにがしかはこのころ培われたものである。実は二部としてインド編(短編で主人公の男女は固有名詞でなく、男、女で登場)もあるのだが、後日アップしたい。

 痛みとともに思い起こせずにはいられない二十代後半、文字にして残しておいたことで当時自分が何を思っていたかよくわかるのだが、公表するにあたってまたそのころの重さに向き合わねばならず、少しうっとうしかったのだが、避けて通れない大事な作品なので、意を決して推敲、とりあえず公にできてほっとしている。

 まあ、青春だったと懐古するのみである。
 なお、舞台は昭和57年なので、少し古臭く感ぜられる箇所もあるかもしれないが、人の気持ちというのは、今も昔も変わらないので、そういう意味では今現在も通用する旧作だとは思う。

*誤解のないように付記しておくが、本作のは、「エピローグ」でなく、「プロローグ」で、第二部のインド編につながる意味をもつ。
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祭のない原野へ5(中編小説)

2017-04-28 19:21:31 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

  プロローグ

「うーむ、よく書けているよ」
 有沢陶は折原夏那が初めて書いた小説を喫茶店のテーブルの上にバタンと投げ出すと、感嘆したような呟きを洩らした。
「題がいいな。“祭のない原野へ”、か……。ヒロインがさしたる必然性もなく、若い男に抱かれてしまうこの最後の下りなんか、実に臨場感に溢れている、まるでついこの間の君自身の体験のように……」
 夏那はさすがにぎくりと身の縮む思いで、目を逸らす。名前も設定も変えてあるが、つい数ヶ月前の雑誌創刊にまつわる一連の出来事を下敷きにしていることはいうまでもなく、有沢は無論、高平数馬との関係も如実に作品に反映されていた。夏那は、男の鋭い批評眼にかかって何もかも見透かされてしまうリスクを冒してでも、この処女作をなんとしてでも彼に読んでもらいたかったのである。その無防備な賭けがどのような災いをもたらすかも無頓着に……。有沢のたっての薦めで、夏那はインドに発つ前、この作品を文芸誌に投稿してみることに決めた。
「ひょっとして、予選を通過するかもしれんぞ」
 予想外の好評に有頂天でいた夏那はうかつにも、男の異変を見逃していた。居酒屋に河岸変えし、男がむっつり不機嫌に押し黙ったまま急ピッチで冷酒をあおる段になって、ようやく只事でない気配を嗅ぎつけた。
「一体、どうしたの」
 恐る恐る伺う夏那に、男は黙したまま答えない。
「呑み過ぎよ、いい加減にして」
 声に自然と怯えが混じる。こんな有沢は初めて見る気がした。日頃温厚な男の顔が不穏に歪み、躯全体から荒んだ空気が漂っている。

 マンションに戻る途上の車中でも、有沢は腕組みし押し黙ったままだった。以前家庭的温かさを漂わせていた2LDKの部屋は男の一人所帯で散らかり放題、飼い猫の姿もどこにも見当たらなかった。男はよろよろと千鳥足でキッチンから一升瓶を取り出してくると、夏那が止めるの聞かず、らっぱ呑みし始めた。
「お願いだから、無茶な呑み方はやめて」
 夏那は涙声になりながら、無理強いに酒瓶を横取りしようとした。その拍子に、抗って取り戻そうとする男との間で揉み合いになり、猛々しい力で腕をはたかれた。それが発端となったごとく、それまで歯止めとなって持ちこたえていた男の感情のたがが外れてしまったかのようだった。
 夏那が目前に見たものは、いつもの温厚な中年男と打って変わって、嫉妬を剥き出しにした、世にも恐ろしい般若の面相だった。怒りでどす黒く膨れ上がった顔は眉間に亀裂が走り、醜悪に歪み切っていた。
「おのれーっ、よくも、よくも!」
 怨念のこもった恨み言が剥き出しの歯の隙から放たれたともなく、
「この俺様を騙そうたって、そうはいかんのだよ」
 狂おしい猛り声が喚かれ、ワンピースがびりびりに引き裂かれた。別人のように豹変した男に夏那の顔は恐怖のあまり引き攣って、神経が麻痺したように手足がびくとも動かなかった。有沢の分厚い手が情け容赦なく、自分の頬といわず、剥き出しの肩といわず、めった打ちにし、本能的に殺されるかもしれないとぞっとするような戦慄におののいた瞬間、感極まった嗚咽がほとばしり出た。身も世もなくおいおいと幼女のように泣きじゃくる夏那の声の合間から、救いを求めるように若い恋人の名が幾たりとなく放たれる。それが、男の怒りにさらなる油を注いだことはいうまでもなかった。
 隙をついて、命からがら室外に逃げ出した夏那を、男が執念じみた亡者よろしく追ってくる。路地の中途で捕えられ、またしても殴打の餌食となって身動きの叶わぬ夏那の鼓膜にその刹那、救いのようにまがまがしいサイレン音が鳴り渡った。どうやら通行人が通報したらしかった。警官二人が半狂乱になっている男を捕まえ、手錠をかけるのを夏那は泣き濡れた瞳でぼんやり見上げていた。大丈夫ですかと気遣う警官に毛布でくるまれた後、事情聴取に男とパトカーに同乗して署まで引いていかれた。
 後刻、自室まで送り帰された夏那はとっさに、裂けた衣服の上にコートを引っ掛けただけで部屋を飛び出すと、一目散に夜道を駆け出していた。動転のあまり、自分がどこをどう走っているのかもわからなかった。十分後、目と鼻の先に見慣れた安モルタルのアパートが見えてきた。
 亡霊のように青ざめた面持ちで入り口に佇んだ女を見て、数馬はいっぺんに眠気が覚めたようだった。時計は午前三時を回っていた。夏那は、若い恋人の顔を目の当たりにした途端、安堵感から一時に緊張が解けて、その場にへなへなとへたり込んでしまった。
 息を切らしている口元にすかさず、コップの水が含まされる。それから、コートを脱がせられた途端、数馬はなんとも奇妙な長い呻き声を洩らした。
「誰がやったんだ、あいつ、か」
 夏那は黙したまま答えない。数馬は怒りも露わな面持ちで、千々に引き裂かれたきれの下に内出血して膨れ上がった青黒い痣や、鮮血を滲ませている生傷を逐一点検していく。         畳の上に寝かせられた夏那は一糸纏わぬ素裸にされ、傷口をひとつひとつ丹念に消毒された。染み入る痛みに呻きを洩らす夏那の頭髪は、若い男の愛情に満ちた温かな掌でやさしく撫でさすられる。
「もう大丈夫だから、安心しなよ」
 夏那は依然としてショックのあまり一言も口がきけず、畳の上に傷つき打ちひしがれた小動物のように横たわり、手当てをされるがままになっていた。不思議に涙は一滴も出なかった。神経の一本がまるで、緩んでどこかに飛んでしまったかのようだった。
「元気出しなよ、ぼくが飛び切りおいしいカレー、作ってやるから……」
 その言葉に、麻痺していた神経がようやく目覚め、安心感から固く閉じ切っていた涙腺が一挙に緩み、幼な子のように号泣した。
 長い時間が経ったような気がした。外は既に白みかけていた。茶色い畳の上に男物のパジャマ姿でぐったり横たわっていた夏那の鼻孔に、かぐわしい香辛料のつんと突く刺激臭が漂い流れてきた。
 促されて起き上がると、ちゃぶ台の上に、数馬特製のカレーライスが二皿分、いい匂いを立てながら並んでいた。
「香辛料をたっぷり使った、本場のカレーだよ」
 数馬はインドという形容を微妙に避けながら、得意気に放った。痛む躯に眉を顰めながら、夏那は数馬がスプーンで掬って差し出すルーの垂れたご飯粒を子供のように頬張った。喉元に押し込んで、ぐっと込み上げるものがあった。若い恋人の思いやり、何気ない気遣いが身にしみた。
「中近東の匂いがする……」
 夏那もインドという言葉はあえて避けて、自らを奮い立たせるように茶目っ気たっぷりに返した。その刹那、身のうちにに異変が生じた。腿の間を生温かい液体が伝って流れ落ちていく……。
 食後、ひとつ蒲団にくるまって眠りながら、若い恋人がもどかしげに投げた。
「二十五歳の正常な男がね、女とひとつ床に寝て何もできないって、ほんとつらいことなんだぜ」
 夏那は、若い欲求に応えられない、差し障りのある我が身をすまなく思った。

 昼過ぎ、まだ寝入っている数馬を起こさないようにそうっと部屋を抜け出した夏那は、アパートへと戻る道すがら、訳のわからぬ衝動に突き動かされて公衆電話ボックスに飛び込んでいた。
 すぐさま本人が出た。無言でいる相手が誰かとっさに察したようで、
「すまなかった……」
 と開口一番、詫びた。もういつもの男に戻っていた。
「インド行きを早めよう。今月末には、日本脱出だ」
 性急に畳み掛けるように宣告される。夏那は即座に返事ができずにいた。
「付いてくるだろう」
 夏那はやはり、押し黙ったままだ。送話器口から、突如、大の男に似つかわしくなく、おいおい号泣する声が洩れ始めた。
「君とのことは、これが最後の恋とも思っている。俺は、この恋に賭けたんだ。頼むから、今回のあやまちを許し、もう一度だけ、俺にチャンスをくれないか。君を何としてでも、カナダに連れていきたいんだ」
 男が涙に詰まった、途切れ途切れの声で懇願した。声帯がようやっと、動いた。
「カナダに行くかどうかははわからない。でも、インドには連れてってほしいの。あなたじゃなきゃダメなの、あなた以外のほかの男ではダメなのよ」
 夏那は喉の奥からかろうじて振り絞る声で我知らず、憑かれたように訴えていた。男が何か言ったようだが、耳に入らなかった。夏那はゆっくりと受話器をかけた。
 目を覚まして傍らに女がいないと知ったとき、数馬はどう思うだろうか。が、彼にはわかっていたはずだ。とどのつまりは、自分が饗庭と共にインドに発ってしまうことを……。それはどんなにしても避けられない運命なのだ。待つのが数馬の宿命であるのと同時に……。数馬は待っていてくれるだろ う。蓼科の山荘で、忠実に三つ年上の恋人の帰りを。“三ヶ月、三ヶ月したら、必ずあなたの元に戻るから……”。夏那は、自らの胸のうちに何度も言い聞かせるように呟いた。


 十日後、夏那は有沢とともに機上の人となった。遙か下方に遠ざかっていく空港を見下ろしながら夏那は、今頃あの高円寺の安アパートでダンボール三箱分に納まるわずかな荷物をパックし、S観光開発保養荘宛てに住所をマジックで書き入れているだろう数馬にぼんやり思いを馳せた。今まさにこの時間、がらんとした寒々しい空き部屋の窓を開けて、上空を仰いでいるかもしれない若い恋人の顔を……。夏那を魅了したあの遠い瞳は今この瞬間(とき)にも異界へと外れ、漠と虚空を彷徨っているにちがいなかった。

                                        了

自作解説はこちら。
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祭のない原野へ4(中編小説)

2017-04-28 19:16:15 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)
 
  四

 正月、妻の里帰りを口実に、饗庭は馨を自分のマンションに招待した。昼過ぎに久我山駅に辿り着き、言われた通りに電話すると、程なく、革ジャンを引っ掛けただけのセーターにジーンズという、いつも見慣れた背広とは違った若々しい軽装の男が現れた。足元は、靴下を履いた下駄履きで、そのミスマッチに馨は思わず笑いを誘われる。
 マンションは駅から十五分ほど歩いた、閑静な住宅地の一角にあった。白と焦げ茶のコントラストが瀟洒な三階建ての洋館で、夫婦の部屋は二階の一番端にあった。
 2LDKの室内は隅々まで掃除が行き届き、孤高の男のイメージと裏腹に温かな家庭的雰囲気に溢れていた。細君の心遣いが端々まで行き渡り、かりそめながらも、この四年間饗庭が連れ合いとの間に築いてきた平和で穏やかな日常がゆったりと流れていた。馨は誘われるまま、若い娘の覗き見的好奇心で泥棒猫よろしく、夫妻のプライバシーに侵入したことを早くも後悔し始めていた。
 和室になっている居間のこたつ台の上には、書きかけの原稿が乗っていた。淡いグリーンの罫線が美しい満寿屋の高級用箋には、饗庭の癖のある、桝から食み出しそうな崩し文字が踊っていた。題名を盗み読みすると、「不帰湖」とあり、数行空けた下に、「有坂暁」とのペンネームが記されていた。
「帰らずのうみ、ね」
 馨はいつか高雄で、男がモンブランでナプキンに綴った自伝大作の題名を正確に読んだ。    饗庭はおのれの分身ともいうべき剥き出しの草稿が女の目に触れたことがさすがに居たたまれなさそうにそそくさと台の上を片づけると、手伝おうと立ち上がりかけた馨を制してひとりキッチンに引っ込み、ひととき後に熱燗と赤塗りの五段のお重を運んできた。男が漆の蓋を開けると、豪勢なおせち料理が現れた。目を丸くして見とれる馨に、
「家内の手作りだよ」
 満更でもない口調で洩らした。帰郷前、不在中の夫の食事に不自由がないようにと精魂こめて作り置きしておいたものらしかった。勧められるままに栗きんとんを一つ頬張って、馨は思わず、感嘆の声をあげていた。
「おいしいっ、奥様って、お料理上手なのね」
「いやぁ、いっしょに暮らし始めた当初はそりゃぁ、ひどいもんだったよ。俺が箸ひとつ付けずに憮然とした面持ちで下げろというもんで、一念発起したんだな。それからは、明けても暮れても料理の本と睨めっこ、めきめき腕を上げていった。いつしか賄い婦として勤まるまでになって、味にうるさいこの美食家の俺様をして、うーんと唸らせるほどの料理の達人へと成長した。ま、そういう意味では、あいつはなかなかの頑張り屋さんだな。俺と暮らす前は、本一冊紐解くでなかったらしく、口を極めて無教養ぶりをけなしたところ、翌日から図書館に走り、借りてきた書物を片っ端から読破するようになったいきさつもある。俺が本代をやるようになってからというもの、これこのざま、本棚には納まり切れず、上の棚にもぎっしりだ」
 饗庭が顎をしゃくる方角に、簡素で趣味のいい室内と不釣合いにやけに仰々しく立派な飴色の扉付き書棚が、側面の壁全体を覆っていた。
「女房の実家からの結婚祝いだよ」
 ガラス戸越しにびっしり詰まった書籍や文庫が見え、そのうちの一冊に、「松本清長」の著者名を見出した馨は、
「奥さんの写真、見てみたいわ」
 好奇心をそそられ、つい口にせずにはおれなかった。饗庭は奥の寝室になっているらしい部屋に引っ込むと、小さな額入りの写真を手に戻ってきた。そこには、面長の顔に目鼻立ちがこぢんまりと納まった、これといって特徴のない平凡な顔つきの女が写っていた。
「隅田川の橋のたもとで身投げしかけていたところを、拾い上げた顛末は話したろう。妙な因縁で籍を入れる羽目になってしまったが、 実は暮らし始めた当初、関係を持っただけで、以来セックスがないんだよ」
 饗庭があけすけに打ち明けた。
「性の不一致というか、どうも肌が合わなくってね。肉体が馴染まないとわかって以来、俺の方にそうした欲求がいっこうに湧いてこなくなってしまった。同棲して一年半後、勤めていた会社が倒産したもんで、女を後に残し、ふらーっと単身カナダに渡ったんだが、八ヶ月後金が尽きて戻ってみると、とっくにマンションを引き払っていると思い込んでいた女が、同じ部屋でひっそりと俺の帰りを待ちわびていた。カナダに発つ前、いつ戻ってくるかわからないから、俺のことは忘れてここを引き払いなさいと最後通告しておいたんだが。そのときはさすがに、一途にいつ帰るともしれぬ男を待ち続けてくれた健気さが愛おしくなって、つい手を出してしまったが、以来、触れる気になれなくってね。上辺は正常な夫婦のふりをしているが、そういう意味では、俺たちは真の夫婦といえんかもしれんな。家内に残酷な仕打ちだということは重々承知しているんだが、こればかりはどうにも我慢がならなくてね」
 夫妻のプライバシーをあからさまに覗き見たようで、馨は何となく居心地悪かった。若い愛人の沈黙を錯覚した饗庭が、とっさに投げた。
「誤解しないでくれよ。あんたとのことは、決して俺の行き場のないセックスの捌け口ではないんだ。性欲を満たすだけの関係なら、これまでいくらだって女遊びできたんだから……。俺はこれまで、性のない夫婦関係にじっと耐えてる女房に操を立てて、浮気だけは断じてすまいと、固く戒めてきたんだ。それが唯一彼女に対する俺の誠意と信じて…… 。あんたのことは、恋愛だよ。浮気じゃない、本気だ」
 若い男のように歯の浮いたセリフを放ち、当然のように馨の躯に手を伸ばしてくる。カーペットの上に押し倒されてセーターを捲り上げられた途端、だしぬけにあがった猫の鳴き声が二人の行為を遮った。
「エリザベスのご帰還、か」
 饗庭は舌打ちしながら渋々といった態で起き上がり、ベランダのガラス戸を引いた。と同時に、毛並みの艶やかな黒猫が一匹、しなやかに跳躍しつつ、中に舞い込んできた。
「子猫のとき、女房が拾ってきてね、以来、うちに居着いてしまった」
 エリザベスとは、いかにも英語に堪能な饗庭らしい命名だった。敏捷な雌猫はまるで、妻代わりの監視役を務めるかのように、長い尾を撓らせ、エメラルド色の美しいが冷酷な瞳で馨を威嚇したともなく、餌を要求するように飼い主の足元に擦り寄っていった。饗庭は飼い猫をひょいと抱き上げ、喉のあたりをさすってゴロゴロ鳴らせると、キッチンに引っ込んだ。
 魚を焼く香ばしい匂いが辺りに漂い始めた。背後からこっそり覗くと、男は市販のパックから取り出したあじの干物のみりん漬けを、網の上で手際よく焼き上げていた。

 一夜限りの戯れのはずが、航との関係はその後も、年下の若い男に呼び出される形でずるずる続いた。共通の勤務先はなくなってしまったものの、互いのアパートが歩十五分と離れていない至近距離にある物理的条件が、二人の関係の進展に大いに寄与していた。
 もっぱら航の部屋が逢引きに使われたが、そんなある日のこと、航はやりきれない嘆息とともに洩らした。
「こんな関係、一体、いつまで続くんだろう」
 その切羽詰った絶望的な響きには、終わりを予感した悲哀がこめられていた。
「あなたが今現在、付き合ってる男のことさ。いつ話が出るかと、待ってたんだけど。最初から、承知の上だったよ。あなたには、彼氏がいるってこと……。だから、あのとき、ほら、あなたが深夜、ぼくがプレーヤーをかけてるそばにふらりと現れたとき、邪険に追い払ったんだ。衝動のままにあな たを抱き寄せてしまいそうで恐かった。この女(ひと)には恋人がいるんだからダメ、絶対抱いてはいけないと、自らに戒めるように幾度となく言い聞かせて……」
「後悔しているの」
「ううん。なるようになったまでのことさ。ぼくたちは、こうなる運命だったんだと思うよ」
「私が交際している男のこと、知りたい?」
 航の焦点の定まらぬ不安げな瞳に一瞬、強い光がこもった。馨は意を決したように口を割った。
「K企画出版でフリーの編集顧問として勤めていた男性のこと、覚えてる?」
「ああ、うろ覚えだけど……。あの男が、そうなの?」
 航の目がさすがに、大きく見開かれる。
「びっくりした? 私より十七歳も年上の、離婚歴が二度もあるならず者……」
「いや、あなたってファザーコンプレックスだから、あのぐらいの年代の男性がちょうどいいんじゃない」
 航は生意気にも、放った。が、馨の次の告白が、脳天に爆弾を直撃されるにも似た衝撃をもたらしたことはいうまでもなかった。
「もうすぐ、彼と、インドに行くの」
 年下の恋人は絶句した。ほうけたような表情の、腕はだらりと両脇に萎えたままだった。     ややあって、精一杯の虚勢を取り繕ったように、シニカルな口調で投げた。
「それはそれは。ぼくたちの関係にピリオッドを打つ、絶好の口実になるね」
「私と別れたいの」
「そうするしかないだろう。他にどんな手だてがあるってんだい。あなたもそれを心のどこかで望んでるくせにして」
 航が苛立たしげな声で喚き散らした。
「饗庭さんのことは、尊敬しているわ。でも、恋愛感情とは違うのよ。饗庭さんてね、若い頃文芸誌の新人賞獲って、一時期商業雑誌で新進作家として持て囃された前歴があるのよ。インドはあくまで旅慣らし、向こうから戻った後は、私を伴ってカナダに移住する覚悟でいるの。私はカナダで、唯書いていればいい、五年で作家にしてやると言われたわ」                 「恐れ入ったね、あなたも作家志願、あなたの男も作家の成れの果て、とは……」
 自嘲気味に航が呻いた。
「カナダに付いていくかどうかはまだ決めてないけど、とりあえず、インドには行ってみようと思うの。あの男(ひと)とうまくやっていけるかどうかは、この旅で決まると思う」
「立つ瀬がないとは、このことだね。あなたはぼくのこと、うまくいかなかった場合の後釜ぐらいにしか考えてないんだろう」
 航が皮肉たっぷりに投げた。
「インドには、行かせてほしいの。自分勝手な願いとわかっているけど、私が帰ってくるまで、待っていてほしいの。必ずあなたの元に戻ってくるから……」
 馨はいつしか、自分でもはっきりと意識していなかった恋愛感情の目覚めに突き動かされて、涙ぐみながら思いがけないことを口走っていた。航の方から別れ話が出て初めて、二人の関係がもはや、引き返しのできない地点まで来ているのに気づいたのだった。
「あなたの気持ちがわからない。ぼくのこと、本当に好きなら、なんで愛してもいない男と、インドなんかに行くの」
 航の女の矛盾をついた問いかけは、彼の立場に置かれた男性なら誰しもが抱いていい当然の疑問だった。
「私の文学に、必要だからよ」
 馨のその言葉がすべて、だった。それは、航を黙らせるに絶大な威力を発揮した。饗庭とのインド行きは結局、暗黙の了解となった。
「こうなったら覚悟を決めて、大人しく待っているしかなさそうだな」
 航は観念したように洩らした。

 饗庭は着々と、来たる旅の準備を進めていた。現職場には、置き手紙だけ残して無言で立ち去る覚悟でいるらしく、編集長の自分が抜けても当面困らないようにと、三号先までの取材原稿のストックをすべく、休日返上で精勤していた。
 旅発ちを十日後に控えたその夜、高雄で待ち合わせると、どうしたことか、日頃の饗庭に似つかわしくなく、浮かない顔色で会話にもいっこうに身が入らなかった。紹興酒のガラスの盃を無言で啜りながら、悄然とうなだれた肩には馨の想像もつかぬ重い哀しみがのしかかっているようだった。
「どうしたの、何かあったの」
 思い余って尋ねると、
「昨夜、女房が家を出ていったんだよ」
 憮然とした口調で投げた。
「最後通告したのさ。あいつ、ここ数日の俺の態度から敏感に察知して既に腹をくくっていたらしく、唯一言、“長くいっしょに居すぎましたね”と涙ぐむと、荷物をさっさとまとめ、お世話になりましたと挨拶し、出ていった……」
 かりそめとはいいながらも、四年もの間築いてきた平和な日常を自らの手で壊すのはさぞかし勇気が要ったろうと、馨は思いやらずにはおれなかった。饗庭の第三妻が憐れだった。そして、その原因の一端は、自分にもある。いつかカナダへ渡る日が来たら、事前に夫婦の縁は切るつもりでいたようだが、かといって、馨の気持ちが救われるわけでもなかった。いいようのない後ろめたさが募り、良心の疼きを覚えた。あの居心地のいい日溜まりのような家庭的和やかさを漂わせていた部屋、加寿子が四年間で紡いだ穏やかな生活が事もあろうに、主(あるじ)の一言で木端微塵に打ち砕かれてしまった。一見平和と見えながら常に、一触即発のカタストロフの芽を孕んでいた夫婦の危うい日常、妻はその日がいつか必ず来ることを予感しながら、あえて目をつぶり、哀しい女のさがで見せかけの家庭的温かさに溺れた……。なろうことなら、名ばかりの夫も、このぬるま湯が居心地よくなって抜け出せなくなりますようにと。が、饗庭はともすれば、後ろ髪を引かれそうになる未練を振り切って、非情な手でハンマーを振り下ろした。そのことで、彼は今、二重の傷手を被っている。
「思えば、憐れな奴だよ。俺みたいに厄介な男に拾われたばっかりに……。あのとき、命を落としていた方がまだしも、ましだったかもしれんな。無用な哀しみを与えてしまった、まったく俺は罪作りな男だよ」

 失職してしばらくブラブラしていた航は、知人の伝を介して蓼科にあるS観光開発保養荘の管理人として働くことが決まった。奇しくも、あの饗庭に伴われての初の旅行で偶然見かけた美しい山荘だった。ベアハットとは、車で三十分と離れていなかった。航は、これを機に東京を引き上げ、二度と戻ってくるつもりはないらしかった。
「一年のうち八ヶ月はオフシ-ズン、小説を書くには願ってもない環境だよ。山中にこもって、じっくり原稿に取り組むよ。もちろん、売れ筋、のやつをね」
 茶目っ気たっぷりに年下の恋人は告げた。航は航で、誰に指図されたわけでもなく、自らの道を歩もうとしているのだった。
 と、だしぬけに、航が改まった口調で切り出した。
「ぼくが以前付き合ってた彼女のこと、まだ話してなかったっけね。スナックのマスターをしていたときの常連でね、彼氏がいるのを強引に横取りしたんだ。何せ、当時ぼくはひげの若マスターとして、女の子にはモテモテだったからね。スナックのバイトを辞めた後は、小説に専念する僕を、精神的にも経済的にも支えてくれたんだ。あなたは、唯書いていればいいと、献身的に尽くしてくれてたもんさ」
 今初めて洩らされる航の過去に、馨はかすかな嫉妬を覚える。
「信州の教会で式を挙げるはずだったんだ。ぼくが彼女が大事に蓄えていた結婚資金を無断で使い込みさえしなければね。さすがの彼女も愛想を尽かしたんだろうな。ぼくは、真っ白いウェディングドレスを着て嫁ぐ彼女の夢を滅茶苦茶にぶち壊してしまったわけだから。甘えすぎていたんだよ、彼女の好意に。それで何をしても許されるといい気になってた……」
「今も愛してるのね、彼女のこと……」
「永久にぼくの元には戻ってこないよ」
 新宿の高層ビルのガラス張りのエレベーターの中は、二人きりだった。360度パノラマ夜景が、宝石箱のとりどりの珠玉をまき散らしたように眼下に開けていた。東京タワーがオレンジ色にライトアップされて、闇の彼方にひときわ壮麗に浮かび上がっている。
「灯りにも境界線があるんだね。ご覧、街の灯はすべて、地平線上で途切れて、闇に埋没しているよ」
 航が何気なく洩らした言葉に、馨はつと饗庭の口癖である“向こう側”を重ね合わせる。――作家には、向こう側が見えていなければ駄目なんだよ。本物のもの書きには皆、彼岸が見えているもんだ――。
 航もやはり、ものを書く男だった。光が一直線に途切れる彼方に瞳を凝らしながら、 “彼岸”を見ているらしい。
「子供の頃、雨上がりの日が好きだったわ。通学途上、水たまりに映った入道雲を覗き込みながら、この向こうにはどんな世界が開けているんだろうとわくわく胸を踊らせたものよ。青い水底にすーっと吸い込まれるように入っていけば、雲の彼方に開ける別世界に辿り着けるんだって、幼な心にも信じてた……。空想好きの少女だったのよ」
「水たまりの向こうの世界、か。あなたはそれを探しにインドに行くんだね」
 航の握る掌に力がこもる。異界に浮遊していた箱は急降下し、現実に引き戻された。航は待っていてくれるだろう。自分の帰る日を。馨は、三日後に迫った旅発ち、灼熱の大地に熱く逸る思いを馳せた。網膜に今尚名残る、喧騒の坩堝に渦巻く街の陰画が不協和音を奏でながら、蘇った。

                                 *   *   *


へつづく)
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祭のない原野へ3(中編小説)

2017-04-28 18:08:30 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)
 
 相馬が解雇されたことで、饗庭とK企画出版の間に交わされたフリーの編集顧問契約も自ずと、解消される成りゆきになった。相馬は差し当たって、次の仕事が決まるまでの期間、饗庭が発注するリライトや校正で食いつなぐことにした。馨としては、フリーに格下げされてまでK企画に居残ることには抵抗があったが、饗庭に、いったん関わった以上は、雑誌が創刊されるまで見届けよと説得されて、渋々ながらとどまる羽目を余儀なくされた。
 蓼科の一件以来、饗庭との仲は、相馬を置き去りにした形で急速に進展しつつあった。上辺は以前となんら変わることのない、馨を仲立ちにした二人の男の師弟関係が続いていたが、水面下では関係が進行していたわけで、、馨も饗庭も、このまま三人で逢い続けることがそうと意図せずして相馬を欺く形になるのに耐え切れず、こっそり二人だけで逢瀬を重ねる回数が増えていった。 

 美食家の饗庭は、週二度、フランス料理から懐石料理まで洋の東西を問わず、高級レストランへ誘ってくれ、馨は贅沢な馳走の恩恵にあずかることになった。美味な食事に舌鼓を打った後は、呑み道楽を自認する男が若いときから歓楽街をほっつき歩いて発掘したという個性的な酒場へ引いていかれた。なかでも、馨がとりわけ気に入ったのは、吉祥寺にある台湾料理専門店だった。おいしい現地料理を肴にローカル酒も給仕する「高雄」は、路地裏の小さなビルの地階にあり、派手な中国風赤塗りカウンターのみの穴蔵のような店だった。馨のたっての希望で、週一度は「高雄」でデートすることが習わしとなった。
 そうした逢瀬の行き着く先が、お定まりの連れ込み宿になってからは、饗庭は馨を、登山者しか足を踏み入れないような山懐にあるひなびた温泉場へも伴うようになった。それまで殺伐とした都会暮らしで自然に疎かった馨の目は、饗庭のおかげで次第に天然に見開かれていった。饗庭は、トレッキングの折々、馨に高山植物や野鳥の名を授け、じかに自然の息吹きに触れた馨の躯は隅々まで充実し、瑞々しい気に蘇るようだった。
 そうした折しも折、馨は偶然、饗庭の小説を目にする機会に恵まれる。相馬が気をきかして持ってきてくれたのである。それはかつて、饗庭が相馬を部下に携わっていたタウン誌に掲載された連載小説だった。
 「残酷な緑の底で」と題された作品は、清烈な叙情に満ちた、悲愁のそこはかとなく漂う秀作だった。
 主人公の麗子の、饗庭自身をモデルにしたと思われる小説家志望の辻坂に対する狂おしいまでの妄執、愛欲の泥沼に墜ちてもがき苦しむ女の行き場のない情念、痛切さを、涯なく続く樹海に閉じ込められて身動きできない絶望感に譬えることで、克明に描き切ろうとしたものだった。物語全体に、作者の非情な目が行き渡っていた。馨は、かくも残酷で美しく、悲哀に満ちた作品をいまだかつて目にしたことがないような気がした。改めて、男の才能を見直すような思いだった。
 その夜、「高雄」で饗庭と落ち合った馨は、美人になるという揚貴妃のお酒をガラス製のちょこで啜りながら、さりげなく口を割った。
「『残酷な緑の底で』、読ませてもらったわ。相馬さんが持ってきてくれたのよ」
 青菜炒めと豚の腸詰めを肴に、紹興酒を呑んでいた饗庭の手がぴたりと止まった。
「あいつ、余計なことしやがって……。弟子にあるまじき違反行為だ」
「素晴らしい作品ね」
「気に入ったかい」
「もちろん。あの後、どうなるの? 続きが読みたいわ」
「雑誌が廃刊になったこともあって、残念ながらあの作品は未完のままだよ。あれに出てくるヒロインはね、ほれ、いつか蓼科で話したろう、上流階級の有閑マダムをモデルにしたものさ」
「彼女って、あなたのこと、狂おしいほど深く愛していたのね」
「俺が逃げ出したわけがわかったろう。男は、どうにも我慢がならないものだよ」
「ぜひ続きを書いてもらいたいわ。麗子があの後、どうなっていくのか……」
「破滅の道をまっしぐらに辿るだけのことさ。男と女の修羅場、奈落に真っ逆様に転げ落ちていく……」
「残酷だわ」
「だから、気が重くってね、続きを書く気になれないんだよ。俺は、ペンで麗子を殺すことになるんだ。もっと非情にならなければと思うのだが、どうにもあれ以来進まない。ま、いずれ折を見て…。今は、自伝大作に取り掛かっているんだよ」
 饗庭はつと胸ポケットから愛用のモンブランを取り出すと、極太のペン先で、白いナプキンの上に「不帰湖」と綴った。
「新しい小説の題名、だよ」
 黒いインクが滲み出た流麗な崩し文字を、馨は声に出して読んだ。
「ふきこ?」
「いや、帰らずの湖(うみ)、と読むんだよ」
「帰らずの湖……」
 おうむ返しに呟きながら、馨はタイトルの巧みさに感嘆する。
「榊原いづみをモデルにした小説さ。ヒロインの名はいわかがみからとった、岩田鑑。現世での男との愛に破れ、古代の村が沈没しているとのいわれある伝説の湖に身を投げた鑑は、湖底の村で麗しい天女に生まれ変わる。そして、年に一度だけ、山のてっぺんで下界の男と密会するという筋書きだよ」
「わぁ、ロマンチック!」
「あんたをモデルにした女性も登場するんだよ。岩田鑑との悲恋から二十年近い歳月が流れ、主人公は偶然、山奥のひなびた温泉場で、鑑に生き写しの若く美しい女性に出会う。二十年の歳月が一気に逆戻りするかのように、主人公はまっしぐらに恋に墜ちていく。これが最後の恋と信じる男は社会的地位も家庭も何もかもなげうって、最後は女とカナダに逃亡するんだ」
「カナダへ……」
 馨は放心したように呟く。
「どうだい、付いてくるかい」
 男はこの機を逃さず、延び延びになって返事の催促を迫ってきた。窮地に追い込まれた馨はついその場しのぎに、思ってもいなかったことを口走っていた。
「バンクーバーもいいけど、その前に三ヶ月ほど、足慣らしの旅がしたいわ」
「ほうっ、どこがいい?」
「インドはどうかしら」
 二年前に訪れた彼の地の強烈な印象はいまだに、馨の胸裏にくっきり焼き付いていた。もう一度この目で確かめなければとの常日ごろ逸りのようなものにせかされていたのである。が、それはあくまで同伴者を持たない気儘な一人旅のつもりで、馨の念頭にはそれまで、相棒を伴ってインドを再訪するプランなどからきしなかったのである。
「灼熱の大地かぁ、いいねぇ。ようし、行こうじゃないか。カナダに移住する前の足慣らしの旅、望みを叶えてあげるよ」
 思いがけず饗庭が承諾したことで、成りゆき上、一緒にインドに行くことが暗黙の了解になってしまった。馨はつい口を滑らしたとはいえ、予想外の成りゆきに唖然とさせられずにはおかなかった。それから、気を取り直したように、とりあえず饗庭とインドを旅してみて、その後、カナダに行けそうか決めればよいのだと思った。インドという国は、文明社会の虚飾、仮面が否応なくひっぺがされる苛酷な風土で、容赦なく裸の自分と向き合わねばならぬ羽目に陥らされる。ごまかしのきかない異郷で饗庭と向き合えば、自ずと、十七歳も年の開きのある男女が果たして、カナダでうまくやっていけるかどうかもわかるだろう。
「インドの旅はハードよ、やり遂げる自信はあって?」
 馨は揶揄混じりに投げた。
「見損なうなよ。これでも、若い頃、山で鳴らした体力、そこいらのくたびれ中年とはわけが違うよ」
 男が憮然とした口調で抗議した。馨は思わず笑みをこぼしながら、いよいよ男とのインド行きが口約束のみとは言いながら、引き返しのつかない決定事項になってしまったようで、少しおろおろするような思いもあった。馨の迷いはいってみれば、饗庭との交際が深まるにつれ、崇敬の念がいや増していくのと裏腹に、恋愛感情がいっこうに湧き上げてこないというジレンマ、いまもって饗庭を異性として見れない微妙な女心にあった。

   三

 カメラマン、綾小路に付き添っての巻頭ページの撮影がその日一杯かかって終了すると、綾小路は馨を労う意図もあったのだろう、スタジオに寄って軽く飲んでいくよう強引に誘った。馨は気が進まなかったが、綾小路の機嫌を損ねたくなかったので、お義理で短時間だけ付き合うことにした。
 巻頭特撮の取材にあたっては、相馬が抜けた分ずしりと馨の両肩に責任がのしかかり、相馬が苦労して取ったアポが間際になって反故にされたこともあり、四方駆けずり回って自宅で初産するという別の若夫婦をなんとか見つけ出し、やっと本日の撮影にこぎつけただけに喜びもひとしお、ほっと肩の荷が下りたような思いだった。
「いやぁ、ご苦労さん。ま、一杯やりなさい」
 綾小路は恐縮する馨に手ずから水割りのグラスを作ってくれ、自分もハードだった撮影の疲れを癒すようにくいっと一気にストレートで呷った。
「ほんとによくやってくれたね。君の頑張りぶりには頭が下がる思いだよ。おかげで、読者の度肝を抜く、巻頭ページにふさわしいショッキングな写真が撮れたよ」
 馨の網膜には今尚、つい先刻目撃したばかりの生々しい出産シーンが焼き付いていた。思いのほかの難産で、股間に胎児の黒い頭が見え出したときは、ほっとしたものだ。綾小路は、カメラのレンズ越しにぐったり身を横たえる妊婦を覗き込みながら、今か今かとまさにその神聖な一瞬を捉えんと、待ち構えていた。シャッターが矢継ぎ早に切られる中、産婆の手によって取り上げられた赤子は血だらけで、馨は現実の場面のグロテスクさに衝撃のあまり、つい目を背けずにはおれなかった。
 次の瞬間、室内に鳴り渡る甲高い産声があがった。赤ん坊は産湯をつかわせられながら、しわくちゃの真っ赤な顔で命の声を張り上げていた。晴れて母となった女性は、陣痛の苦しみから解放された穏やかで平和な笑みを我が子に注いでいた。タオルにくるまれた子どもが母親の手に抱き渡された瞬間、その口からこらえ切れず洩れ出す嗚咽があった。長い陣痛の果てに五体満足の男児を無事産み下ろし、母となった喜び、我が子との初のスキンシップに感激の渦が一挙に押し寄せてきたようだった。馨は思わずもらい泣きしながら、自分は今、紛れもない厳粛な誕生の瞬間に立ち会っているのだとの畏怖ともつかぬ敬虔な感動が込み上げてきていた。
「いやはや、感窮まるシーンだったねぇ。同じ女性として、どう思った? 君もいつかはああして子どもを産んで、母親になっていくんだよ」
 そう言われても、馨にとって、出産などまだまだ遠い話で、ぴんと来なかった。とそのとき、入り口のドアがだしぬけに開いて、黒のボディコンシャスのワンピースを纏った若い女性が慌ただしげに侵入してきた。
「あら、お邪魔だったかしら」
 馨の姿を認めると、シニカルに投げた。派手な厚化粧の大柄の女が向ける視線は、刺すように冷ややかだった。
「おいおい、何を勘違いしてんだよ、この人は、うちで新雑誌の巻頭ページを担当してもらっている、フリーの水城さんだよ」
 綾小路が、女の機嫌を損ねては大変といわんばかりに、とっさに弁明する。
「あら、そうなの、私はまたてっきり……。ごめんなさいね。私、ハルカ、よろしく」
 女は現金にもころりと態度を豹変させると、厚かましく二人の間に割り込んできた。ミニ丈から露わに覗いた太腿を臆面もなく組んでぴっちり男の脇に押しつけ、たわわな乳房の膨らみを誇示するように背を反らして、肩までの茶髪をさっと振り払うと、当然のように横取りした綾小路のグラスにルージュをべっとりつけた。まなじりを下げて、鼻の下を長く伸ばす綾小路の手は、ハルカの尻といわず、腿といわず撫で回し、馨はさすがに目のやり場に困って腰を上げかけた。
「私はそろそろこの辺で、おいとまさせていただきます」
 綾小路がすかさず手で制する。
「まだいいじゃないか。この子はうちの専属モデルでね、新雑誌の娯楽ページでセミヌードを披露してもらうことになっているんだよ。バスタブに漬かった、飛び切りエロチックなやつをね」
 科学誌といってもお固いそれではなく、男性雑誌との中間のような遊び感覚で受けを狙っていた綾小路としては、ちゃっかりヌードグラビアもページ割りに組み入れているらしかった。ハルカはちょっと得意気に鼻を蠢かすと、白痴的な笑みを洩らした。
「おい、君、この人は教育大出の才媛でね、おまいさんとはちょいと頭の構造が違うんだよ」
「失礼ねっ、私だって、これでも一応現役の女子大生よ」
「お脳がからきしない女どもが、花嫁修業代わりに通う三流短大のな」
 ハルカがプーッと膨れっ面を見せる。その筋の怪しげなモデルとてっきり思い込んでいた馨は、れっきとした女子大生と知って、さすがにたまげずにはおれなかった。肉体の成熟度からいくと、どうみても十代の短大生のイメージからは程遠かった。
「次号では、こいつにポルノ小説を書いてもらうことになってるんだよ。女子大生の綴る、生唾もの体験実録と銘打って、うんと濃厚なやつをな」
「言っときますけどね、お脳のない女に小説なんか、書けると思う?」
 ハルカは甘く睨みつけると、べったり男にしなだれかかっていく。綾小路は目を細めながら、いけしゃあしゃあとのろけた。
「いやぁ、女ってのは、実にかわいい生き物だねぇ」
 馨は潮時だと、さっと腰を上げた。今度は綾小路も引き止めなかった。
 エレベータの前で、ハルカとは対照的な、地味な紺色のツーピースを纏った清楚な女性とすれ違った。馨と視線が合うと、矢庭に睫を伏せ、こそこそと隠れるようにスタジオのドアの後ろへと消えた。
 綾小路が二番目の妻と別居中で、スタジオに寝泊まりしていることは、社員間では知れ渡った事実だった。最初の妻との離婚の原因となった身障者の息子の養育問題をめぐって、こじれているらしいとのもっぱらの噂だった。エレベータに乗り込みながら、馨は今頃、ひと悶着起こっているだろう階上に漠と思いを馳せた。

 原稿を届けがてら、一週間ぶりにオフィスに顔を出すと、皆取材に出払っており、編集室には航一人しかいなかった。
「どう、順調に進んでる?」
 声をかけると、航は原稿用紙から顔を上げて曖昧に笑った。書き損じた紙の山が屑籠に溢れている。航が手元の書きかけの原稿もびりりと裂いてしわくちゃに丸めたその瞬間、藤森がふらりと姿を現した。K企画とどういう関係にあるのかしれないが、その凄味のある風貌からは、借金取り立て専門のチンピラではないかとの噂がまことしやかに飛び交っていた。
 よたよたと大柄のいかつい肩を揺らせるようにして、馨に近づいたともなく、頭のてっぺんから爪先までじろじろ値踏みするような目つきで嘗め回した挙げ句、
「おたく、最近、随分とファッショナブルじゃなぁい、彼氏でもできたぁ?」
 とやけに馴れ馴れしい口調で揶揄し出した。馨はぎくりとし、丸めた紙を掌中にしたまま航がこちらをじぃーっと見透かすような目つきで窺っているのに、うろたえる。              「今日はちょいとお小遣いが入ってね、銀座のクラブで豪勢に遊ばない?」
 藤森はこれ見よがしに着崩した背広の内ポケットから分厚い札束を抜き出すと、馨の鼻先で切ってひらひら泳がせるようにした。ちょうどそのとき、電話が鳴った。すかさずとると、案の定饗庭からだった。七時に高雄で待ち合わせることになった。
「というわけで、銀座はまたこの次、ごめんね」
 恨めしげに睨み返す藤森を残して、いそいそ帰り支度をする。浮き浮きと華やいだ素振りに変わった馨を、相変わらず航が鉛筆を持つ手をピタリと止めたまま、じぃーっと見透かすような目つきで窺っていた。

 仕事はいよいよ、最後の追い込みに入っていた。来月頭の発刊に向けて、社員が一丸となって泊まり込み体制で精魂を注いでいた。
 十日後、納期通り、“遊び感覚のグラフィック科学誌”とのキャッチフレ-ズのもとに、「プレーサイエンス」が創刊された。綾小路の意気込みを示すように、大々的な宣伝活動が展開され、いくつかの中堅書店ではポスターとともに、一番目立つ平棚に置かれた。
 が、ひと月間、社員一同、書店回りで売れ行きをチェックした結果は、見るも無惨な完敗であった。オフィスには、返品された雑誌が足の踏み場もないほどうずたかく積まれ、皆が休日返上で結集して作り上げた創刊号はあえなく廃品行きとなった。
 売れなかった理由は多々あるだろうが、娯楽誌なのか、科学誌なのか、その境目が曖昧でコンセプト不明瞭、内容も科学がテーマのわりにはお粗末で、娯楽ページでお茶を濁すなど、散逸であったことが最大の敗因のように思われた。誌名に『サイエンス』と銘打ちながら、カバーにセミヌードのモデルを使ったことも、ひんしゅくを買った。
 二号目はすでに店頭に並んでいたが、創刊号を下回る部数しか出なかった。三号の取材は半ば終わっていたにもかかわらず、急遽打ち切られた。あとには、莫大な借金だけが残った。スケープゴートにされたのはいうまでもなく、間柴である。彼はK企画倒産来、借金取りに追われる憐れな身の上となっ た。
 馨は社員に混じって、給与未払いの抗議に連日オフィスに詰めかけたが、肝心の綾小路は行方をくらましてしまい、埒が明かなかった。名目だけの社長、葛西が矢面に立って元社員たちの要望にしどろもどろの弁明を繰り返すのみ、手ぶらで帰る虚しい日々が続いた。馨の原稿料が未払いのままなのを知った饗庭は、間柴邸に電話を入れて抗議したが、本来編集長という柄ではない小心者はすっかり怯え切っており、唯おろおろと要領を得ない説明でごまかすのみだったそうだ。
 その夜、歌舞伎町の居酒屋で待ち合わせた男は席につくなり、開口一番放った。
「雑誌が売れなかった場合の借金を全額、間柴に肩代わりさせることは、最初から計算済みだよ。そのため、あえて自分は編集長の座から下りて、奴を抜擢したんだ」
 おちょこから熱燗を啜りながら、さらに続ける。
「間柴は、いけにえにするには恰好の餌食だったというわけだよ。まったく、飛んで火にいる夏の虫だな。相馬もあのままとどまっていたら、危うく同じ目に遇わされるところだったよ。今となっては、中途解雇されて幸いだったというべきだ」
「明日、また社員に混じっての会合があるのよ。行くべきかしら」
「いまさらいくら言ったところで、倒産してしまったものはしょうがないだろう。のれんに腕押し、どこをどう押したって金は出んよ。すっぱり諦めるんだな。誕生の瞬間という女性としては貴重な一瞬に立ち会う経験ができたんだし、雑誌の行く末もしかと見届けたんだから、いい社会勉強をさせてもらったと思えばいいじゃないか」
 饗庭にそう諭されたにもかかわらず、結局、馨は出ていった。自身もあれだけ精魂尽くして関わった雑誌がたった二号で廃刊になってしまったいきさつが、どうしても納得がいかなかった。短期間とはいえ、新雑誌創刊に向けて一丸となって闘った同士たちとその原因を探るとともに、愛すべき遺物となった「プレーサイエンス」の悔やみをしたいような気持ちだった。
 待ち合わせた新宿の喫茶店に現れたのは、航と高階、それにフリーのカメラマンの大石だけだった。
「間柴さん、取り立て屋の攻勢に耐え切れず、ついに夜逃げしたらしいよ。実家のある山梨近辺に潜伏してるとの話だ」
 高階がのっけから、新しい情報を提供した。間柴下にあった頃はお小姓のようだった高階も、事態の急変でいっぺんに目が覚めたようだった。離婚歴があり、五歳の女児持ちというシングルファザーの身上、自己保身から上司に従っていただけのことで、こうなってみて、本来なら元チーフとして社員の権利を守るべき立場にある男が唯逃げ回っているだけの小心者ということに気づいたらしかった。
「綾小路は、杉並区の元女子社員宅に匿われている、とのもっぱらの噂ですね」
 航がコーヒーを啜りながら、言い添えた。その拍子に、三人の男の目がいっせいに、馨に注がれた。
「やぁね、私じゃないわよ、晶ちゃんじゃないの」
 馨はさすがにぎくりとたじろいで、言下に否定する。
 第二体制よりやや遅れて入ってきた紅一点の川名晶は、そもそも最初から綾小路にべったり取り入っていたこともあり、とっくに体制側に寝返っていた。思った通り、綾小路とは関係があったらしい。馨はいつだったか、綾小路がねっとり絡みつくような声で、『アキラのやつ、徹夜明けの仕事が続いたおかげで、生理が止まってしまったと嘆いておったよ』と、間柴に苦情ともつかぬものを洩らしていたことを今になって、ぼんやり思い起こした。
「晶は、杉並じゃないよ、世田谷からの自宅通勤」
 航がぶっきらぼうに投げた。
「じゃぁ、一体誰なんだよ。まさか、栄子……」
 事務担当だった栄子が杉並に住んでいるかどうかは四人の知るところではなかったが、ほかに女子社員が見当たらないところからしても、どうやらそのようだった。
「ったく、綾小路の野郎、女子社員という社員に抜け目なく、ツバ付けてんだから……。君はよく無事だったね」
 馨はすかさず、若い男をこづくような真似をする。
「そういえば、千尋はどうしたんだよ。昨日は俺たちといっしょに抗議に加わっていたじゃないか」
「あいつ、取材で知り合った男との情事がもつれ、それどころでないらしい」
「やれやれ、金より色気、か。あいつ、俺と同じで、離婚して子供一人抱えているんだろ、生活かかってるはずなのにな」
 高階がふーっと大きな嘆息を洩らした。失職してまた元の宙ぶらりんの境遇に戻ってしまった不安が、三十半ばの父親の肩に重くのしかかっていた。失業者という点では、残り三人も同じで、差し当たって次の仕事が見つかるまでどうやって食いつないでいくかは、誰しもが頭の痛い問題だった。馨はいくらか蓄えがあり、当面は貯金を食いつぶしていく腹積りでいたが、ほかの連中は貯金も心もとないようだった。
「ちっくしょう、あんなに精魂こめて創ったのに、なんで売れなかったんだろう」
 航が半ばやけくそ気味に毒突いた。
「細かく分析してみるのも、面白いんじゃない」
 馨がそそのかし、今はなき社名入りの大判封筒から創刊号を取り出すと、テーブルの上に投げ出した。
「この“誕生ドキュメント”という巻頭ページがあまりに陳腐すぎるんだよな。女性週刊誌じゃあるまいし、いまさら出産シーンでもないだろう」
 航が担当者の馨を前に、ズケズケ痛いところを突いてくる。
「ヘア丸出しで、“生命の神秘”と大々的に謳い上げたにしては、敬虔であるべきはずの瞬間が穢され、単なる野次馬根性丸出し、覗き見主義に堕している。ヌードなのか、科学なのか、はっきりしろと言いたい。助兵衛な綾小路には、若い女のあそこがただで拝めるという願ってもない、うはうは企画だったろうがね」
「下品な言い方はやめてよっ!」
 馨がピシャリと退けた。
「そういう君の言い方の方が、よっぽど不潔と思わないの」
 元先輩女子社員の剣幕には、さすがの航もたじたじだった。馨は矢庭に、一矢報いるつもりで応酬する。
「そういう木島くんのTV娯楽欄はなんなのよ。文章がお固くてまるっきりなってないじゃないの」
 航は面と向かって自分の文章の拙さを指摘され、身の置き所がなさそうな屈辱に頬を赤らめた。
「商業文て、これまで書いたことがなかったから……」
 しどろもどろに弁明する。小説を書いていると宣言した手前、文章をけなされるのは何より痛いようで、馨の攻撃は相当こたえたようだった。馨は萎縮している航がちょっと可哀想になる。それにしても、一体、この若者はどんな小説を書いているのだろう、この文章から推察するに、ひとりよがりのこむずかしい観念小説としか思えなかった。
「おいおい、仲間内での一騎討ちはそれくらいにしろよ」
 高階が年長者らしく、やんわり制した。
「そういえば、高階さんの“ナイフに秘められたロマン”はよかったわ」
 それは、馨の本心からの感想でもあった。最初は、なんと嫌みでニヒルな野郎だろうと反感を抱いていたが、出来上がった文章を読んで見直した思いだった。リリカルで繊細なタッチの文章はいかにも、文学青年が書いた良質の叙情にあふれていた。
「ありがとう、水城さんの映画評も的確でよくまとまっていたと思うよ」
 高階は含羞みながら、返礼のように返した。無言で二人のやりとりを見守っていた航は、屈辱のうさ晴らしをするように、矢庭に攻撃の対象を変えた。犠牲の羊は、憐れなフリーカメラマンだった。
「大石さんの“夜明けの新宿”のグラビアページはいまいちだなぁ。ボカして撮る手法かもしれないけど、紙面が汚くて見栄えがしない。歓楽街を撮るなら、歌舞伎町なんてありふれた場所にせずに、もっと面白い対象がいくらもあったはずじゃないか」
 日頃無口で滅多に感情を表に出さない大石だが、素人の若者に撮影手法云々を指摘され、さすがにむっとした顔つきになった。
「おいおい、その辺にしようぜ。そろそろ対決の時間だぜ」
 高階が促して、一同、打って変わって神妙な面持ちになると、立ち上がった。

 オフィスにいざ乗り込むと、立場が逆転するような思いがけない事態が待ち受けていた。室内はまるでもの盗りが侵入したかのように足の踏み場もないほど散らかり、無惨にも叩き割られた写植の機械が惨状を晒していた。
「一体、誰なんだ、こんな不始末をしでかした奴は?」
 葛西が、これまでと一転した強気の態度で四人に詰め寄ってくる。昨晩、何者かがオフィスに侵入し、乱暴狼籍の限りを働いた挙げ句、腹いせにマシンを叩き壊していったらしい。鍵がなければ入れないことから、葛西は元編集部員の仕業と見込んで詰め寄ったわけだったが、少なくとも今ここにいる者の誰一人として、まったく身に覚えのない、濡れ衣もいいとこだった。
「この際、誰か一人を血祭りにあげようなんてつもりはさらさらない。これは、君たち全員の連帯責任だよ。この後始末は、きちんととってもらうつもりでいるから、覚悟しとけよ」
 葛西は、給与未払いの訴訟を起こすつもりでいた四人の揚げ足をとるように、これまでの弱腰一方だった態度を豹変させて、凄んできた。まるっきりヤクザの脅し文句と変わりなかった。形勢不利と見て取った四人はひとまず、その場は退散することにした。
 皆の足は自然に、誰が言い出すでもなく、新宿方面に向かっていた。手ぶらで帰る虚しさに耐え切れずに、このところ自棄酒をあおるのが日課になっていたのだ。
「一体、誰がやったんだろう……」
 航が誰の胸にもある疑問を、言葉にして発した。元編集部員の中に、それと思い当たる人物はいなかった。唯一、間柴がフリーで使っていた助っ人に、腕っ節の強そうな血気盛んな若者がいた。
「まさか、あいつが、な」
 高階がぽつりと呟いた。皆同じことを考えていた。
「が、あいつ以外に思い当たらない」
「なんで、そんなバカげた真似をしたのだろう。そんなことをしたら、こちらの形勢が不利になることくらい、わからなかったのかな、頭の悪い野郎だ」
 舌打ちするように航が吐き捨てた。
「大方自棄酒でも食らって、頭にカーッと血が上っていたんだろう。いずれにしろ、連帯責任とは、厄介な事態になったもんだ」
 高階が放ち、思ってもいなかった顛末に皆が頭を抱え込んでしまった。
「こりゃぁ、給与未払いはその分で相殺、なんて言い出しかねないぞ」
「ひょっとして、窮余の策として葛西自らが手を下したんじゃねぇか。あいつらのやることだ、充分ありうるよ」
 航が口に出した推理は、実はほかの三人も密かに疑っていたことだった。葛西は一見穏やかそうに見えて掴みどころがなく、腹で何を企んでいるのかわからない老獪さがあった。綾小路の傀儡と見えて、その実陰でこっそり糸を引いていたのは葛西の方かもしれなかった。この男には、ぎりぎり瀬戸際まで追いつめられたら他人を虫けらのように殺めてでも自己保身する冷酷無比さが備わっているように思えた。一見能面のように無表情と見える仮面の下に秘められた激甚さを思うと、馨は背筋がぞっとけばだつ心地だった。
 写植機を叩き壊した張本人は葛西じゃないかとの推理に始まって、四人の話はどんどん飛躍していった。気がつくと、終電車はとっくになくなっていた。
「ぼくのアパートで呑み直そうよ」
 梯子をするには誰しもが寂しい懐具合の事情を察して、航がまだ呑み足りなさそうな顔で提案し、賛同した全員は我先にとタクシーに乗り込んだ。が、途中で、大石は恐縮しながらも、寄るところがあると言ってあっさり下車してしまった。
「付き合いの悪い野郎だ」
 酔いに任せて毒突く高階に、
「子持ちの女性デザイナーと同棲してるんですよ」
 航が訳知り顔に投げた。

 航のアパートは、高円寺南口の商店街通りを二十メートルほど入って右に折れた路地裏にあり、新高円寺駅に近い馨のアパートとは歩十五分ほど離れていた。入り口が共用になっている安っぽいモルタル造りの二階家で、彼の部屋は入り口に近い二番目だった。細長い土間の片側にシンク付きの一畳ほどのキッチンが設けられ、室内は三畳と六畳の二間続きだった。
「へぇ、一応二部屋あるのね、家賃はいくら」
「二万六千円」
「安いわねぇ」
「トイレは共同だし、風呂付いてないもん」
 室内は家具らしきものもろくすっぽなく、殺風景窮まりなかった。空っぽのスチール製本棚にまじまじと呆れたように見入る馨に、
「本、全部売り払っちゃったんだよ」
 頬を赤らめつつ、航が弁明した。
「あなたのアパートはどっちの方角? 一度駅でばったり鉢合わせしたとき、いかにも迷惑そうな顔したっけね」
 そういうこともあったっけと、馨は酔いの回った頭でぼんやり反芻した。同じ地域に住んでいる秘密はとっくにばれていたのである。
「新高円寺の方面、ここから歩いて十五分くらいかかるかなぁ」
 いまさら隠す理由もないので、馨はあっさり所在を明かした。好奇心でついのこのこここまで付いてきてしまったが、折を見て自分のアパートに戻るつもりでいた。
 ふと高階はと見ると、六畳の隅でむっつりあぐらをかいて、航の呑みかけの一升瓶から手酌でコップ酒をあおっていた。日頃はいくら呑んでも乱れない高階がさすがに、かなり回っている風情に見えた。
「子供がいるのに、外泊なんかして大丈夫なのかなぁ」
 こっそり心配げに洩らす航の呟きを耳ざとく聞きつけたように、高階は、
「今週はあっちの方、別れた奥さんとこ、行ってるから……」
 呂律の回らない舌でのたまう。
「お嬢さん、お幾つなんですか」
 馨がとっさに尋ねると、
「五歳」
 憮然とした顔つきで投げた。あまりプライベートなことには立ち入ってもらいたくないとの素振りがありありと窺えた。離婚歴があり、幼稚園児が一人いるという境遇はできれば知られたくない秘密、むやみやたらと他人に触れてもらいたくない恥部と思っている節があった。
 そういえば、あの出来損ないの寄り合い所帯のようだったK企画は、臑に傷ある者ばかりの集まりだった。高階は無論、千尋、藤森、そして、頂点に君臨した綾小路までもが。         馨の網膜には、今も生々しく、あの穴蔵のようなマンションの一室の光景のひとコマ、ひとコマが陰画のようにくっきり焼き付いていた。何もかもがすべて、陰、ネガティブの世界であった。出版界を転々と渡り歩いている相馬にしろ、小説を書くために昼間の仕事につかなかった航にしろ、そうした異端の中にあって唯一優等生の仮面をくっつけて演じ続けていた馨自身ですらも、翳の世界の住人であった。真っ当な社会人としての責任を放棄したドロップアウトの集団……。そうして、その同じ世界の頂点に、あの饗庭がいた。真のアウトサイダーを自認し、矮小な俗世間の外に別天地の夢を育む窮極の異端者が……。饗庭がカナダに夢見ていたものは、現実のバンクーバーという土地ではなく、その向こう側にある彼岸ともいうべきユートピア、人が原始に帰り、本来の人間らしさを取り戻し、生き生きと躍動する別天地、再生誕地なのにちがいなかった。
 時計は午前二時を回っていた。
「そろそろ寝ようか」
 航があくびを噛み殺しながら、投げた。帰る潮時を見計らっていた馨はとうとう最後まで言い出せず仕舞いだった。何故か、このまま一晩だけでも、航や高階との時間を分かち持っていたいとの感傷に取り憑かれていた。短期間ながらも、共に雑誌創刊に関わった同士たち、自分の分身のように愛しい片割れたち、同じ世界の住人たちと……。
「あなたは三畳で寝て。蒲団は押入れに入っているから」
「もう寝るの? 寝たくないよーっ、このまま起きていたい、ねぇ、朝まで呑み明かそうよ」
 馨は酔いに任せるまま、きかん気な幼女のように駄々をこねた。酔い潰れてうつらうつら船を漕いでると見えた高階がその瞬間、かっと目を見開き、
「まったく、このお嬢ちゃんはどうしようもない子だねぇ、そこがまたこの子のいいとこでもあるんだけど」
 と、馨を子供扱いして、何もかもわかっているという訳知り顔に投げた。
 航は嘆息をついて強引に馨を三畳間へ引っ張っていくと、押入れを乱暴に開けて、煎餅蒲団を伸べた。それから、敷居のところにぐずぐずと突っ立ったままの馨の背を邪険に押すと、襖をぱたんと閉めた。
 横になっても、馨は目が冴えたまま眠れなかった。どれほどの時が経ったろう。隣室から、しっとりと哀愁を帯びたジャズの音色が洩れてきた。航もやはり寝つけずにいたようで、起き上がって、音楽を聞き出したらしい。馨はそうっと毛布から抜け出すと、こっそり襖を引いた。
「いい曲ね」
 忍び足で近寄って、背後から囁く。
「いい加減に寝ろよーっ」
 航は素っ気なかった。しんと静まり返った夜気を爪弾いてこだまするサキソホンの深い響き、その合間をついて雨音のようにこぼれるピアノの澄み切った高い音色に、馨は聞き惚れる。
 それから、航が一体、いくつレコードをかけたのか、覚えていない、気がつくと、夜が白みかけていた。
 音楽が途切れ、航がつと上目遣いに馨を見上げた。欲望の滲み出た、紛れもない男の目つきだった。危機を察知した馨はとっさに隣室に逃れようとし、足がもつれて前につんのめった。その拍子に、矢庭に抱きすくめらていた。目と鼻の先の焼けた畳の隅では、高階が幼児のように背を折り曲げて苦しそうな寝息を洩らしていた。
 三つ年下の男の腕の枷で必死にもがく馨の唇は、凶暴な力でもぎ取られた。息づまるような接吻の呪縛に、全身が痺れたようにその場を動けなかった。若々しく弾力に溢れた唇の感触、馨は饗庭とはまるで違う瑞々しさに衝撃を受ける。
 小部屋の煎餅蒲団にもつれるように倒れ込みながら、航は抑えていた衝動を一気に解き放つように、性急にのしかかってくる。襖一つ隔てた先では、高階が寝入っていた。馨は若い直情に押し流されながら、否応なく蓼科での男との一夜を思い起こさずにはいられなかった。
 ひとつ毛布にくるまってまどろむうちに、いつしかは日は高くなっていたようだ。隣室との境の襖が開けられる音で、馨ははっと目を開けた。
 抱き合って眠る二人を見下ろす形に、高階の足がピタリと止まった。ひやりとし、あわてて航の背をこづくと、航は本能的にその場の状況を察知し、素早く女の上体に巻き付けていた腕を離した。向こう向きになった航はまた、何事もなかったかのようにすやすやと安らかな寝息を立て始めた。すべては一瞬の間のことだった。男の足がゆっくりと動き、小部屋を横切ると、用を足しに室外に出た。
 昼近くなって起き上がった三人は、航が豆を引いて作った香り高いコーヒーカップが三つ乗るちゃぶ台を無言で囲っていた。元スナックマスターで自ら厨房に立つこともあったせいか、飲食には意外と凝る質らしかった。航は平然としていたが、馨は高階とまともに目が合わせられないような気持ちだった。なんでこうなってしまったのか、馨にもわからなかった。すべては単に高階が眠りこけており、航が起きていたそのことに尽きるような気がした。反対に、航が眠り、高階が起きていたら、どうなったろう。結局は、どちらでもよかったのだと、馨は思った。あのとき、自分は本能的に誰かの腕を欲していた。雑誌創刊というお祭り騒ぎの後でぽかりと虚ろに空いた穴をその場限りにも、誰かと埋め合いたかった。人肌恋しさのあまり求めたら、その場に航が偶々いただけのことである。彼が敏感に馨の本能を察知して手を伸ばしたからそうなったまでのことで、あの場に高階がいたら、そっくり同じことが起きていたろう。そして、今朝ひとつ毛布にくるまっていた相手は航でなく、高階だったはずである。
 しかし、本当にそうだろうかと、馨は自問した。自分は無意識裡に、無瑕の独身の男を選び取ったのではないか。五歳の女児持ちの離婚歴のある男に迫られて、衝動のままに身を任せられただろうか。子供の存在はあまりに重すぎて、馨にはどう考えてよいものか見当もつかなかった。高階がすぐ本気になることは見えていただけに、後々厄介となるような関係だけは作りたくなかった。結局、後腐れのない若い男を打算で、選び取っただけのことである。
 沈黙が分厚い膜のようにちゃぶ台の周りを取り囲んでいた。祭は終わったのだと、馨は改めて思った。高階がおもむろに、立ち上がった。
「また、いつか逢えるかしら」
 土間に立った男を見送るように向き合いながら、馨は漠と放った。その刹那、高階の目が光った。眼尻に、若い男を選び取った馨のずるさを咎めるような色合いがこもっていた。男の目は、何故と問うていた。何故? 馨自身にもよくわからなかった。
「また、きっと逢えるわよね」
 絶望的に呻く。
「多分、な」
 高階は虚ろに投げた。自嘲気味の呟きは、二人がもう二度と逢えないだろうとの響きを含ませていた。あなたの書くものが好きだった……馨は思いのありたけを込めて男を見つめた。
 高階がゆっくりと背を翻した。畳の目がついたしわだらけの背広に、人生に疲れ果てた一児の父親の悲哀が色濃く滲み出ていた。

につづく) 
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祭のない原野へ2(中編小説)

2017-04-28 17:41:52 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)

   二

 一週間後、綾小路が予告したように、新編集部員が配属された。その中には、例の長髪で髭面の若い男も混じっていた。馨は努めて視線が合うのを避けながら、内心軽い戸惑いともつかぬものを覚えていた。自分のプライベートな領域に土足で闖入されるような居心地の悪さを感じたのである。もっとも、同じ高円寺に住んでいることは自分の胸のうちにだけ仕舞って、他言せずにいれば済むことだ。木島航(わたる)と自己紹介する若者は内気で含羞み屋のように思えたし、よもや、先輩女子社員が自分のアパートの目と鼻の先に住んでいるとは想像だにしなかっただろう。
 一方、新体制発足を潮に、綾小路は、新メンバーの中から相馬より二歳年長、三十八歳の間柴達郎を新編集長に抜擢したため、二人の男の間には自然と目に見えぬ軋轢が生じることになった。間柴はこれまでフリーランサーとして週刊誌の社会系記事のアンカーを勤めるなどの実績があり、自著も二冊ほど刊行していた。編集実務経験皆無の綾小路は自らトップの座を降りて、実戦力のある間柴に譲ったのである。
 新編集長は、当然のごとく、相馬と組んで巻頭記事の取材にあたっていた馨に対しても、敵意を含んだ冷ややかな対応に出たので、自ずと、先に試用期間を経て正式社員に任命された二人と、新メンバーの間には、溝が生じる結果になった。
 週二度校閲に顔を見せる饗庭に対しても、間柴は真っ向から無視する態度に出た。自分が編集長として抜擢された以上、フリーの顧問など無用と考えている節が窺えた。饗庭はさすがに敏感に社内の不和を嗅ぎつけたようだったが、あえて傍観者的態度を崩さなかった。以後、饗庭のところに回される原稿が、相馬と馨のもののみになったことはいうまでもない。
 間柴の後を揉み手をしながら付いて回る、いやみたっぷりのお小姓のような男がいた。名を、高階翔といった。虫が好かないことには、新体制から完全にほされる形になった馨と相馬に、ちらりと憐れみとも蔑みともつかぬ一瞥をくれる始末だった。
 木島航とは、一度だけ個人的に口をきく機会があった。間柴の指示で、娯楽ページの担当から下ろされることになった馨は、後釜に任命された航を渋々、TV局に同伴する羽目を余儀なくされたのである。
 先方の担当者に紹介しても、航はまともな挨拶すらできなかった。これまで親切に取材に応じてくれた愛想のいい四十年配の男性は、しどろもどろの後任者に半ば呆れたような眼差しを向けると、
「いやぁ、残念ですなぁ。水城さんは、ぼくらスタッフの間で、美人編集者として人気が高かったのに、もうお逢いできないと思うと……」
 とあけすけに言い、一瞬気まずい沈黙が流れた。馨はすかさずその場の雰囲気を取り繕うような言葉を発したが、航は相変わらお愛想のひとつもいうでなく、先輩社員の陰に隠れたまま用心深げに担当者を窺っていた。
 帰途、馨は尋ねた。
「前は、何をやってたの」
「スナックの雇われマスター……」
 畑違いで唖然としたが、改めて観察すると、無口な髭の若マスターというイメージがぴったりだった。
「こういう仕事は初めて?」
「ええ。唯文章書くのが、好きで……。これでも一応、作家志望なんです。昼間の仕事につかなかったのは、小説書く時間が欲しかったから」
 しゃあしゃあと言ってのけた。馨はその刹那、ふと饗庭のことを思い起こさずにはいられなかった。この親子と言っても通用するくらい年齢差のある青年までが作家を目指しているとは、偶然の一致とはいえ、少し不思議な気がしたのである。
 と、だしぬけに航が、
「この間、高円寺の商店街であなたを見かけました。あの界隈に住んでるんですか」
 ぎくりとするようなことを訊いてきた。
「高円寺? ああ、ちょっと友達のところに寄っただけ」
 馨はとっさに嘘をついてごまかした。
「その友達って、男ですか。なんか声をかけるのが躊躇われるような雰囲気だったから……」
 馨が恐れていた、プライバシーに侵入するような問いを平然と放ってきた。
「そんな個人的なこと、あなたに答えなければならない義務でもあるかしら」
 馨は努めて狼狽を押し隠すと、むっとした顔つきで投げた。

 新スタッフが連休返上で雑誌創刊に向けて全力集中しているさなか、馨は相馬と共に、饗庭にそそのかされた形で蓼科の旅への途上にあった。
 連休前の金曜の夜、いつものように新宿の居酒屋で一杯やることになったのだが、饗庭はその席上、休日返上で明日も仕事という相馬を言葉巧みに誘惑したのだった。
「よせよせ、いくら精魂注いだって、結果は目に見えてるも同然、この雑誌は売れないよ。あの間柴というしょうもない野郎が取り仕切るようになってから、雑誌創刊に向けて高まりつつあったムードがぶち壊しになってしまった。あいつは土台、編集長という玉じゃない。自分の書きものだけいじってマス掻いているのがいいとこ、部員をまとめる統率力にからきし欠けてる。その意味では、まだしも綾小路の方がましだった。奴は、俺に言わせれば、ペテンだが、人をたぶらかすような不思議な魔力、カリスマ性も秘めている。それよか、どうだ。三人で八ケ岳でも行かないか。蓼科で俺の昔の山仲間がペンションをやってるんだ。連休で混んでるだろうが、俺の頼みとあっては、奴も部屋をアレンジせんわけにはいかんだろう。旅の費用は、俺が全額持つから、どうだい」
 結局強引に首を縦に振らされた形で、三日後、新宿駅で待ち合わせた三人は、特急列車あずさに飛び乗ったというわけだった。
 発車と同時に、満員の車内をものともせずに、饗庭が事前に買い込んでおいた缶ビールとつまみで酒盛りが始まった。九本の缶ビールは、弾む話題にあっというまに空けられ、饗庭は手押し車を引いてきた車内売りから、日本酒カップをさらに六本追加し、弁当も人数分買った。いつのまにか、車窓の光景は木立ちの濃いものに変わっていた。左党の三人にはまだまだ序の口、ほろ酔い加減で旅のムードに酔いしれていた。弁当が空になって日本酒も尽きるお昼過ぎ、ちょうどいい案配に終着駅に到着した。
 饗庭の若かりし頃の山仲間、田代陣一が経営するペンションは、観光客向けの宿泊施設が乱立する高地からさらに車で三十分ほど上った、見晴らしのいい丘の上にあるとのことだった。到着時刻に合わせて駅で迎えのバンが待っており、三人は臨時の助っ人という若者が運転する車に恐縮しながら、乗り込んだ。青年は、途上通過する名所の観光を先に済ませてしまい、夕刻ごろペンションにチェックインしたらどうかと、意向を尋ねてきた。どうやら、雇い主が気をきかせてそのように指示したらしかった。午後の時間は丸々空いていたので、三人には願ってもなかった。

 一時間としないうちに、白樺湖畔にたどり着いた。車を止めた青年は、土地勘のある饗庭に地図を渡すと、女神湖のクリスタルチャーチ前にバンを回しておくので、四時にそこで落ち合おうと告げて、立ち去った。
 落葉松林に囲まれた湖は周辺にホテルやレジャー施設が乱立し、折柄の人出で大混雑しており、俗化した雰囲気だった。ボートや遊覧船も出ていたが、若いカップルや家族連れでごった返しており、乗るのを諦めた三人は、アミューズメントパークや美術館を巡った後、高原へと足を伸ばした。
 広大に波打つ緑の草原は、季節の花々で華麗に彩られていた。
 高山植物愛好家でもある饗庭が
「あの淡紅色のつりがね型の小花がいわかがみ、あっちのピンクのがかたくり、白いのはご存じ、水芭蕉だ」
 と説明する。さらに行くと、蓼科牧場にたどり着いた。のんびりと草をはむ牛の群れはじめ、羊牧場では羊も放牧されていた。馨は顔と足が黒いサフォーク種の小羊の愛らしさに思わず歓声をあげて、毛並みを撫でてみる誘惑を抑え切れなかった。観光客慣れしている羊は人懐っこかった。動物たちとの束の間のふれあいを楽しみ、搾りたての新鮮な牛乳を味わった後、洒落た店が立ち並ぶ通りを物色しながら、もうひとつの小さな湖へと出た。 
 女神湖は白樺湖に比べると、華やかさはなかったが、その分青い湖面が落ち着いた静けさを湛え、背後に聳える優美な山容をくっきり映し取っていた。
「後ろに見えているのは蓼科山だよ。初心者でも手軽に登れる山として人気が高いが、山頂は月面クレーターのようで、俺に言わせれば、どちらかといえば、登るより眺める山、だな」
 さすが根っからの山男を自認するだけあって、饗庭は詳しかった。
 チロルの山小屋風のかわいらしい喫茶店でティーと手作りケーキの休憩をとった後、またそぞろ歩き、涼やかな葉と白い木肌のコントラストが美しい白樺林の間の曲がりくねった路を降りていくと、霧のベールが取り振り払われた向こうから突如、赤い三角屋根に白壁の、焦げ茶の窓枠が瀟洒な山荘が現れた。木目の浮いた素朴な立て看板には、「S観光開発保養荘」とあった。前面のテニスコートでは、若い男女がプレーを楽しんでいる。張り出しテラスに置かれた洒落た白塗りの椅子と円テーブルにも三々五々、内客が群れていた。
 四時近くになっていたため、三人はあわてて、すでに見学済みだった全面ガラス張り教会、女神湖のクリスタルチャーチへ戻った。使いの青年はとうに到着しており、にこやかな笑顔で出迎えた。
「楽しまれしたか」
「長いこと、お待たせして申し訳ありませんでした」
 口々に詫びを言いながら、三人は車に乗り込んだ。

 「ペンション・ベアハット」はいかにも山男好みの、丸太の木のみを用いた素朴なログハウスで、粗削りな造りがシンプルなインテリアとしっくり溶け合っていた。宿名にふさわしい、荒くれ山男といったいかにもいかつい巨漢が相好を崩して出迎えた。十二年ぶりの再会ということもあって、饗庭は旧友と抱擁を交わしながら再会を喜び合っていた。
 連休で混雑していたにもかかわらず、オーナーの好意で特別に離れの隣り合せた二室が提供された。馨用にあてがわれた手前の部屋のドアを放つと、馥郁たる木の香りの満つる清潔なツイン室へと導かれ、突き当たりの全面ガラス窓の先にテラスが開け、太い幹の手触りが朴訥な欄干の向こうには青々とした連峰が聳えていた。馨がこの素朴な手触りの部屋を一目で気に入ってしまったことはいうまでもなかった。
 室内にはユニットバスも備えられていたが、檜造りの共同風呂にゆったり漬かる贅沢を堪能した後、三人は夕食前のひととき、散歩に出た。やや日は落ちかかったものの、五月の山は饐せ返るような緑に溢れ、少し肌寒いくらいの新鮮な森の香気に満ちていた。馨は思わずジャケットの襟を掻き合わせると、ひんやりと清々しい山の息吹きを胸いっぱい吸い込んだ。休みもとらずに皆が雑誌創刊に向けて一丸となっているさなか、出てくるのはさすがに気が引けたが、思い切って来てよかったとしみじみ思った。
 男がはるか山並みに腕をかざしながら、講釈する。
「あの蓼科山の背後に見えてる雄姿が、八ケ岳連峰だよ。三千メ-トル級の山には及ばないが、赤岳は盟主の名に恥じない堂々たる風格、春先の赤岳はまた夏山と異なる格別の美しさがあってね、雪があるかないかで、まるで別山の風情だよ」
 落葉松林の青々とむせ返るような群葉のレースをついて茜色の夕日が洩れ出、山の端に今まさに燃えるような太陽が沈みつつあった。鮮やかな朱(あけ)に染まる山容を愛でた後、三人はペンションに戻った。
 宵闇に淡く浮かび上がる稜線のシルエットを目前にする、見晴らしのいいデッキの円テーブルには蝋燭がロマンチックに点され、オーナー心尽くしの山の幸がふんだんに盛られた、野趣味ある中にも洗練されたディナーがしつらえられていた。三人だけでゆったり食事を楽しめるようにとの特別な計らいで、ほかの客を差し置いて一足先に戴くことになったのである。
 食前酒は、今宵のメインディッシュである仔牛のステーキにふさわしい、信州産の赤ワインだった。馨は山菜尽くしのよい香りのする前菜に舌鼓を打った。
「いかがですかな」
「この獲れ立てのわらびのしゃきしゃきと歯応えある口触り、東京では滅多に味わえないものばかりで、本当においしいわ」
 相馬はぺろりと平らげてしまい、物欲しげに次の皿を待ちわびる顔になっている。田代はにここにこしながら、奥に引っ込むと、しばらく後に、焼き上がったばかりの熱々の肉汁の垂れるステーキの鉄板皿を運んできた。和風ソースと柔らかい仔牛の肉が絶妙に絡み合った逸品で、中がうっすら赤みの残る程よい焼き加減、口中で蕩けるようなおいしさに馨は目を細めた。
「こいつは、山岳部では料理番だったんだよ。もっとも、当時は無骨な食いもんばかり作っていたが。おまえ、ずいぶんと腕を上げたな」
 旧友の誉め言葉にいかつい男はちょっと頬を赤らめた。馨は、対面に座した相馬が無器用にフォークとナイフで格闘している様と裏腹に、饗庭の洗練されたマナーに目を見張らずにはおれなかった。饗庭は、板についたしぐさで肉を一口大に切っておもむろに口に運び、その合間に赤ワインを嗜む動作を優雅に反復していた。
 デザートは油っこい肉の口直しにぴったりの、爽やかなレモン風味のシャーベットだった。夜空にシルエットを描いて浮かび上がる蓼科山や八ケ岳連峰を正面に、ゴージャスなディナーを終えた三人は、満足げに立ち上がった。

 男二人の部屋で、相馬が持参したウィスキーで、食後の酒盛りが始まった。広めの大部屋は家族用に設計されたものらしく、ソファセットのしつらえられたリビングと小さなキッチン、奥に簡易寝台も一つ予備に付いた寝室が設けられていた。
 客が皆自室に引き上げ、仕事が一段落した十一時過ぎ、田代がスコッチウィスキー持参でひょっこり現れた。
「おう、待ちかねたぞ」
 饗庭はソファから太りじしの躯をゆらりと浮かせると、旧友を両腕を大きく広げて出迎えた。
「連休の掻き入れ時に、突然訪ねてすまなかったな」
「何をいまさら遠慮してんだ、水臭いぞ、俺とおまえの仲だろう」
 饗庭はそれから、改めて相馬と馨を引き合わせた。出会い頭に短い挨拶を交わしていたものの、他の客の手前あわただしく名乗り合っただけのことだったため、三人は改めて紹介し合った。
 十二年前のベアハットオープン時、一度祝いに駆けつけて以来のことだという饗庭と田代は、懐かしい再会に積もる話は尽きないようで、馨と相馬は自然聞き役に回る羽目に陥らされる。最初は若い二人を意識して、控え目に口をきいていた田代も、酒豪らしく饗庭に引きずられた形でぐいぐいストレートでグラスを空けるにつれ、会話が次第に遠慮会釈のないものに変わっていった。山男同士の粗暴な中にも心温まるやりとりを、馨と相馬は微笑ましく見守っていた。
「おい、いい加減嫁さんでももらったらどうだ。いくら客商売とはいえ、こんな山ん中で一人じゃ寂しいだろう」
「家庭に縛られるなんて、俺はまっぴらごめんだね。自由気儘にやっているのが一番、おまえさんの方は相変わらずお盛んのようだが。性懲りもなく、三人目のかみさんを娶ったとかいう噂を聞いたぞ」
「今の家内は、橋のたもとで拾った女なんだよ。込み入った事情から自殺しかけていた女で、なだめてどうにかその場は思いとどまらせて、俺のアパートまで連れ帰ったわけだが、以来奇妙な同居生活を送る羽目に陥らされてしまってね。同情心から籍を入れたわけで、決して愛情があったわけじゃないんだよ」
 饗庭の現在の妻が三人目であることは相馬からすでに洩らされていたが、再々婚に至るまでの数奇な事情を知って、さすがに馨は唖然とせずにはおれなかった。
「例の有閑マダムとは、きっぱり縁が切れたのか」
「いやぁ、しつこく追いかけ回されて閉口したよ。最終的には、俺が行方をくらます形で強引に断ち切ったわけだが……」
「土台、女に食わせてもらおうというおまえの了見が間違ってるよ」
「うーむ、反省してるよ。小説愛好家でもあった彼女はある意味、俺の小説の良きパトロンでもあったんだが。有閑マダムに囲われて情事に明け暮れてるようじゃ、まともな作品は書けるはずもないということを、遅ればせながらこの俺様も愚かにも悟ったってわけさ。彼女と別れた後、同棲中の女、つまり今の女房だが、彼女を置き去りにして、しばらくバンクーバーをうろついてたんだが、金が底をついて帰国を余儀なくされ、今はこれこの通り、しがない業界誌の編集長に甘んじてるって顛末さ」
 無二の親友だったという二人だが、独身主義を貫く田代と、女性遍歴を繰り返す饗庭とでは、そもそものその生き方の根本からして、異なっているように思えた。そのくせ、田代には饗庭の女性遍歴を致し方のないことと黙認しているらしい節が窺えた。
 その謎を解く鍵は、田代の次の言葉にあった。
「おまえさんが性懲りもなく女から女へと渡り歩くのは、出発点に引っ掛かりがあるということは重々承知の上だよ。あれから二十年以上の歳月が流れたが、いまだに彼女のこと、吹っ切れてないんだろ」
 そこで田代はおもむろに言葉を切ると、ちらりと馨の方を一瞥し、
「いやぁ、あの当時のいづみがそっくりそのまま蘇ったようで、さすがの俺も仰天したよ。一瞬、おまえが、彼女の亡骸を氷づけにして持ってきたのかと思ったほどだ」
 深々とした嘆息混じりに洩らした。途端に饗庭の顔色がみるみる蒼白になり、力の緩んだ手元からグラスがつるりと滑り落ちた。広口のぶ厚いウィスキーグラスは床に叩きつけられて、木端微塵に砕け散った。旧友のよしみで言いたい放題だった田代もさすがに自分が取り返しのつかない失言をしてしまった事態にはっと気づいたようで、矢庭に口を噤んだ。
 重苦しい沈黙が流れた。田代は居たたまれずその場を後にすると、キッチンから布巾を取って引き返してきた。床に散らばったガラスの破片を慎重に取り除き始めた田代を、馨と相馬はすかさず手伝った。
 拭き掃除が終わった後、田代は依然としてむっつり黙り込んだままの饗庭を恐る恐る上目遣いに窺いつつ、
「すまん、ついうっかり口が滑ってしまって……」
 身の置き所のなさそうな悔いに巨体を萎縮させつつ、小声で詫びた。
「師匠、そろそろお開きにしませんか」
 相馬がとっさに窮地を救うように、投げた。
「飛び切りおいしい夕食、ご馳走様でした。田代さんも、明日がお早いでしょうから、この辺で……」
 相馬の矢庭の機転に救われたように、いかつい熊男はきまり悪げに就寝の挨拶を口中でもごもご呟くと、そそくさとその場から退散した。

 田代が去った後、相変わらず不機嫌に押し黙ったままの師匠の機嫌を取り持つかのように、相馬は晴れやかに投げた。
「さぁ、三人で呑み直しましょうよ。夜はまだまだ長いんだから」
 お開きとは、毒舌家の旧友を追い払うための方便だったようで、床につく気は毛頭ないようだった。饗庭もあれこれ世話を焼く愛弟子にようやく気を取り直したようで、馨が新たなグラスで作ったオン・ザ・ロックに口をつけた。が、言い出しっぺにもかかわらず、このところの徹夜続きの疲労がたまっていたせいか、相馬はほどなく酔いつぶれてしまった。饗庭はソファで正体もなく眠りこけている愛弟子の躯を抱きかかえるようにして、寝室に引いていった。
 程なくして、リビングに戻ってきた饗庭は、
「余程、疲れがたまっていたものと見えるな」
 苦笑混じりに洩らした。
「君もそろそろ、寝るかい」
「いえ、私はもうちょっと起きてます」
「そうかい。じゃあ、私も付き合おう」
 相馬を外した二人だけで向き合う形になった。饗庭はまだ先刻の出来事が尾を引いているようで、どことなく上の空で口数少なだった。
 会話が途切れたのを潮に、馨は立ち上がると、酔いに任せるままベランダのガラス戸を開け放った。新鮮な山の気を含んだ夜風が流れ込んできた。外に出ると、墨色の空に溶け込んだ紫紺の峰々がそそり立っていた。
 火照った頬を冷ましてくれる山風の心地よさに、馨はしばし、時を忘れたようにその場に立ち尽くしていた。背後に人の気配を感じて振り向くと、饗庭がグラスを手にして、立っていた。
「いい夜だ」
 饗庭は頭上に両腕を掲げて大きく伸びをすると、星屑が粒ダイヤのようにまぶされた壮麗な夜空を仰ぎ、山の上方にかかっている金ぺい糖そっくりの金星を乗せた銀器紛いの受け月を愛でた。それから、素朴な丸太の欄干に手をかけ、眼下に鬱蒼と広がる暗い森の合間を縫ってぽつぽつと瞬く人家の灯を見下ろした。そのまま二人は無言で、バルコニーの周囲に繰り広げられる夜景に見入っていた。
「先ほどは取り乱してすまなかった。せっかくの旅の楽しい気分を台無しにしちまって」 
 だしぬけに、饗庭が詫びた。
「いえ、ちっとも気にしておりません」
「田代も、別に悪気があったわけじゃないのだよ」
 饗庭は旧友を弁護しながら、その先の言葉が続かず、黙り込んでしまう。
 馨は男の古傷をまたしてもつつくことになるのではないかと危ぶみつつ、恐る恐る口にしていた。
「田代さんがおっしゃってたことは……」
 男は案の定ひるんだ素振りを見せたが、努めて平静を保つと、穏やかな口調で投げた。
「何もかも洗いざらい打ち明ける前に、悪いが君、お代わりを作ってきてくれないかい」 
 馨は頷いて、空のグラスを二つ取り上げると、室内に戻った。田代が持参した高級ウィスキーのボトルは殆ど底を尽きかけていた。相馬の特大瓶が三分の一以上残っているのを見つけた馨は構わず、それを注いだ。
 酒で満たしたグラスを手に戻ると、饗庭は欄干に身をもたせかけながら、煙草をくゆらせていた。広い背中に孤愁が滲み出ていた。遠い虚空を漠と彷徨う目線は、彼方に黒々と聳える八ヶ岳連峰に注がれているようだった。気配で振り向いた饗庭は礼を言ってグラスを受け取り、肥満した躯を波打たせながら椅子に戻ろうとした。その拍子に、よろめいて、とっさに腕を差し伸べた馨に上体ごと預ける形になった。
「これは、失敬」
 饗庭は慌てたように馨の肩から手を外し、
「大丈夫ですか」
 と気遣う馨に、苦笑しながらなんでもないというように手を振り払い、椅子にどかりと腰を下ろした。
「いきさつを語ることにしよう」
 饗庭は若い女性を前に醜態を晒したことがいささかきまり悪げに、とってつけたような咳払いを一つ洩らすと、淡々とした口調で切り出した。
「そう、あれは俺が最初の結婚をしてまもない頃だった。田代を同伴しての八ケ岳登攀の途上、下山中のグループとすれ違ってね。同じ山仲間のよしみ、挨拶を交わし合うのが習慣になっているんだが、最後尾からとぼとぼ下りてくる一人の乙女に否応なく惹きつけらずにはおれなかった。それが、榊原いづみ、だった。山野辺に咲くいわかがみにも似た清楚で愛らしい女性に、俺は一目で恋の虜になってしまった。いづみも俺のことが気になったようで、先陣を行くグループに取り残されるのも構わず、短い談笑を交わす羽目になった。社会人で構成される登山クラブに加入して、週末ごとに山歩きを堪能している山好きの女性だったんだよ。すっかり意気投合してしまった俺たちは最後に、互いの連絡先を交換し合った。それが、人目を忍ぶ辛い恋の始まりだった。身重の妻を抱えていた俺にはいづみを愛する資格はないと知りながらも、燃え上がる気持ちを抑えようがなく、こっそり逢瀬を重ねた。が、肉体関係は一切なかったんだよ。いずみが一途に求めているのを知りながらも、俺にはどうしても抱けなかった。この手に抱いてしまったら、塞き止めていた感情が一時に奔流となって噴き出してしまいそうで恐かった。苦しかったよ、死ぬほど愛している女が目の前にいても、躯はどうしても一つになれないんだ。が、彼女の純潔を泥靴で踏みにじるような気がして、それだけはどうしてもできなかった。俺は、ガラスのケースに納めた人形のように、いづみを大事に大事に仕舞っておきたかったのさ。が、それは自分の全く手前勝手なエゴでしかなかった」
 そこで饗庭は言葉を切ると、漠と感傷めいた眼差しを虚空を泳がせた。それから、お代わりを作りに腰を上げかけた馨を手で制し、その場にとどまるよう強いた。
「そうするうちにいつしか二年近い歳月が流れ、忘れもしないあの運命の日がやってくる。奇しくも、二人の出会いの場となった八ケ岳へと俺を誘い出したいづみは、山小屋での最後の晩、悲愴な決意のもとに、女の自分の方から迫ってきたんだ。生娘の彼女にしてみれば、男の真意を確かめるような躯を張った挑戦だったにちがいない。ああ、俺は、神に試されているんだ、と思ったよ。ここでいづみに引きずられるまま欲情の虜になってしまうか、清い関係を貫き通すか、本心を言えば、俺がどんなにか愛する女をこの手にしかと抱き締めたかったことか、わかるかい。骨がないように柔らかく華奢な躯を一度でいいから、背骨が折れるほど強い力で抱きすくめて狂おしく口づけてみたかった。が、山野辺の可憐な花を手折る野蛮人の所作に思えて、それだけはどうしてもできなかった。今にも堰を切ってなだれ出しそうになる欲望をぐっと押し殺すと、ひとえにこの拷問のような一夜が明けてくれるのを、待った……。互いに一睡もせずに背を背け合って夜明かしした翌朝、落胆と濃い焦燥に隈取られた顔で女は去っていった。いくじなしっと、小さく詰りながら。いづみの頬を涙がとめどなく伝うのを、俺は胸が張り裂けるような痛みをこらえながら、立ち去るがままに任せた。よりにもよって、それがいずみを見る最期になろうとは一体、誰が予想したろう。二日後、諏訪湖から入水自殺を遂げたいづみの死体があがったんだよ。そうなって、俺には初めてわかった、彼女が、生身の女として抱いてもらうことを、いかに狂おしく欲していたかを……。いづみにとって、俺の残酷な仕打ちは耐え難い拷問にも等しかったろう」
 そこで饗庭の声は涙に詰まって、途切れた。しゃがれ声で辛うじて言い添える。
「いづみの自死を告げられたとき、俺はほとんど半狂乱だったよ。二人が初めて出会った山懐の、つつじが満開に咲き乱れる渦中で、血潮のごとく噴き上げる花の嵩に埋もれて男泣きに泣いたもんさ」
 馨は思わず涙ぐみ、声にならない感動を覚えていた。饗庭の口から紡ぎ出されるストーリーはまるで、純愛小説のようにロマンチックで、悲恋に終わった結末はあまりにもドラマチックとしかいいようがなかった。
 辺りはしんとした静寂に包まれ、夜風に煽られた木立ちがざわざわと葉擦れの音を立てるのみだった。深い感動に浸り切っていた馨は、到底口をきく気にはなれず、無言を保っていた。饗庭も、辛い告白を一気に終えた放心状態に身を預け切っていた。どれほどのとき、そこにそうしていたろう。
 沈黙を先に破ったのは、饗庭の方だった。
「俺はね、文明社会からの脱出を目論んでいるんだよ。別天地への夢、新天地の息吹き、人はそこで原始に帰り、生来の人間らしさを取り戻し、生き生きと躍動する、そんなユートピアのような土地を、この地球上に探しているんだ。バンクーバーに行ったことがあるかい、今のところ、俺の第一候補にあがっている土地だよ」
「カナダ……」
「いいところだよ。山好きの俺にはぴったりの…… 。氷河のかけらでオン・ザ・ロック、この醍醐味をあんたにも味わわせてやりたいもんだよ」
「氷河のかけらでオン・ザ・ロック!」
 馨は感嘆したように、おうむ返しに呟いた。
「どうだい、付いてくるかい」
「え?!」
「俺はこんな箸にも棒にも引っかからない風来坊だが、あんたのことは、これが最後の恋とも思っている。ひょっとして、いづみに生き写しのあんたに、往年の恋人の面影をだぶらせているのかもしれない。半年後には、今の仕事も家内も捨てて、カナダに移住するつもりでいるんだ」
 饗庭の目が坐ったような真剣な勢いに、馨は圧倒されたように息を呑むばかりだった。
「あんたは唯、向こうでのんびり旅行気分でいればいい。生活のことは俺が一切面倒見るから……。その気なら、小説を書いてみるのもよかろう。五年、五年あれば、あんたを見事な作家に仕立ててやるよ。いいか、女流の方が出やすいということを忘れるな」
 文学少女だった馨はこれまで曲がりなりにも雑文業で生計を立ててきたとはいえ、少なくとも自分が小説を書いてみるなど一度も考えたことがなかった。
「私には、そんな才能はないわ」
「いや、あんたはもの書きとしてのよい資質を持っているよ。一度世に出た俺が言うんだから、間違いない。俺の目に狂いはないよ」
 虚を突かれたその隙に、男の腕が強引に伸びて、がっしりした胸中に否応なく引き寄せられていた。頑丈な腕の枷から逃れんと馨は必死にもがきながら、切羽詰まって無意識裡に相馬の名を唱えていた。救いを求める声は虚しく、夜更けの静寂に掻き消されていってしまう。泥酔して中で眠りこけている当の本人が姿を現わすはずもなかった。
「悪い師匠だ、弟子の想い女(びと)を横取りしようってんだから……」
 自戒のような呟きが洩れたともなく、蜘蛛の巣に引っかかった美しい蝶を無残に貪るごとく、強引に唇をもぎ取られていた。

 五日ぶりに出社すると、馨と相馬の机がどこかに片づけられて、跡形もなく失せていた。皆の二人を見る目は、よそよそしく冷淡そのものだった。
「これは一体、どういうことですか」
 相馬がつかつかと間柴のデスクに歩み寄り、憮然とした声で抗議すると、
「本日限りで、君たち二人には解雇を言い渡す。全員が連休返上で発刊準備に全力を注いでいるときに、よりにもよって遊び呆けているとは言語道断、社員失格だよ。詳しくは、綾小路さんに訊いてくれ」
 と、にべもなかった。間柴に解雇宣告されたことで頭にかーっと血が上った相馬は馨を従えて、つかつかと隣のビルまで乗り込んでいった。
 綾小路は苦虫をかみ潰したような顔つきで、ソファにふんぞり返っていた。
「編集長、これは一体、なんの真似事ですか」
 いまだに間柴を編集長と認めない相馬は前通りの肩書きで呼びかけながら、生一本そのもの、もつれる舌で性急に問い質していた。
「どうしたもこうしたも、君たち二人は、ほかのスタッフが休日返上で頑張ってるさなかに、新婚旅行気取りでどこかに出かけていたそうじゃないか」
 綾小路の雷が脳天にドカーンと落ちてきた。その一喝は、相馬がこれまで一から築き上げてきた二人の信頼関係を粉々に打ち砕いてしまうほど絶大な威力を秘めていた。相馬の肩が見るからに萎えて、がくりと垂れた。
「君たち二人については、もうだいぶ前からよくない噂が飛び交っているんだよ。毎晩呑み歩いた挙げ句に、ラブホテル泊まり、とのな……」
 相馬の顔が怒りで真っ赤になる。
「ぼくだけならまだしも、水城さんまで侮辱するとは……。ぼく一人のことなら、いくら悪し様に言われても構いません。でも、何の罪もない水城さんを巻き添えにすることだけは、断じて許しませんよ。編集長はそんな根も葉もない噂、真っ向から信じたんですか」
 相馬の剣幕には、さすがの綾小路もたじたじだった。
「その、何かい、君たちはそういう関係じゃないのかね」
「もちろん、違います。ぼくたちは、単なる友人、いや同士といった方がいいかもしれないな。いずれにしろ、友情の一線を越えたお付き合いをしていないことだけは確かです」
 相馬はきっぱり断言した後、綾小路に口を差し挟ませず、続けた。
「こんなプライベートなことを、面と向かってあからさまにしなければならない、ぼくの恥ずかしさがわかりますか」
 心底情けなさそうな顔だった。綾小路は、相馬の何ものも隠し立てしまいとする公明正大な態度にいささか拍子抜けしたようだった。そのくせ、いまだ疑惑のわだかまる眼差しで二人の部下を交互に見比べながら、ぶつぶつぼやくのだった。
「しかし、誰がどう見たって、君たちは……」
 綾小路の疑念を晴らすため、相馬はついに、言わずに済ませるつもりでいた馨への思慕まで洗いざらい打ち明けねばならぬ羽目に陥った。
「ぼく個人の感情だけいうなら、水城さんを大切に想っていることは事実です。でも、それと、彼女の想いはまた別ものです。ぼく自身、いまだ正面切って自分の気持ちを告白するまでには至っていなかったし、今日この最悪の状況下、はからずも告白せざるをえない羽目に陥ってしまいましたが、さっきも断言したように、現時点では、ぼくたちの関係が友情以上のものでないことだけは、明白な事実です。もしかして確かに、ぼくの態度には、周囲の誤解を招くものがあったかもしれないと反省してます。が、それはあくまでこちらの落ち度で、彼女は潔白ですよ。二人が男と女の関係にあるなんて、全くのでたらめ、事実無根もいいとこです」
 相馬は自分の胸にそっと大事に秘めていた馨への想いをあからさまにしてでも、この最悪の事態から愛しい女(ひと)を必死に救おうとしたのであった。自分をひたすら悪者に仕立てることで……。相馬の竹を割ったような率直さはさすがに、綾小路のずる賢いひねくれた悪心をも動かさずにはおかなかったようだ。
「うーむ、わかった。ただし、他の連中をよそに、遊び呆けていたことの責任はとってもらわなくちゃならん。それと皆の間に無用な誤解を招いたこともな。君の態度自体に大いに問題があったということだ。よって、今日限りで、相馬君、すまないが、君には免戒処分、そして、水城君、君はフリーに格下げだ」
 綾小路の断固とした手厳しい口調はもはや、その決定が引き返しのできないものであることを物語っていた。相馬は辛うじて平静を装うと、心持ち頭を下げて辞した。

 表に出た後、相馬がしみじみと洩らした。
「よかったよ、君がクビにならなくて……。君まで解雇となったら、根も葉もない噂を真向から認めるようなもんだからね。綾小路の野郎、嫉妬してたんだよ。同じ男として、ぼくにはようくわかる……」
 馨は目を見張った。綾小路が嫉妬するとは一体、どういうことだろう。そして、本来なら、二人きりのときに打ち明けられるべきはずの告白を、第三者を挟んで聞かされる羽目に陥ったときの恥ずかしさときたら。馨は、二人の男の板挟みになって、耳まで燃えるような羞恥に晒されていた。
「いずれ折を見て、プロポーズするつもりでいたんだよ。君がもし承諾してくれたら、神棚に祀るようにして大事に慈しむつもりでいたんだ、それがこんな形で……」
 相馬の目は真っ赤だった。蓼科に行く前ならまだしも、戻ってきた後では、馨には既に、彼の求愛を受け入れる資格は剥奪されたも同然だった。馨はなんで、あのとき起きてくれなかったのと、恨みがしい思いで相馬を責めずにはおれない気持ちだった。馨の無言を拒絶の意にとった相馬はさすがに消沈しながらも、最後に同士を鼓舞することだけは忘れなかった。
「フリーに格下げされちゃったことは悔しいかもしれないけど、例の企画、なんとか君一人の力で継続して、ぼくの分まで頑張ってくれたまえ」

につづく)
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祭のない原野へ1(中編小説)

2017-04-28 17:06:16 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)
祭のない原野へ

                                李耶シャンカール


   一

 バンコック経由カルカッタ行きの便が一時間遅れで、成田の滑走路から飛び発とうとしていた。機体がふわりと宙に舞った瞬間、水城馨(かおる)は動揺を押し殺すように、胴に巻いた安全ベルトを軽く握り締めた。傍らの男は、傾いた座席に身を預けて眼鏡の下の目を閉じていた。飛行機がぐんぐん上昇し、平衡状態になったとき、頭上のベルト着用のサインが消えた。
 機窓から俯瞰する東京湾が、夏の兆しを秘めた陽射しに物憂くまどろんでいた。窓外を一面に覆う雲海の眩しさに、馨はブラインドを下ろす。その刹那、能面のように無表情の寝顔を晒していた男がつと目を開けて、ベルトのバックルを外した。座席ポケットから機内誌を引き出そうとする醜い横顔を一瞥した途端、とうとうこの男と灼熱の大地に旅発つことになってしまったと、馨は何か取り返しのつかないことをしでかしてしまったような後悔に矢庭に襲われた。
 十七歳も年上の男との旅が今後どのような展開を見せるか憂慮しつつ、そもそもこうなるまでに至った経緯に、漠と思いを馳せずにはおれなかった。

 あれは、科学雑誌創刊の名目で中途採用されたK企画出版に編集部員の一人として勤め出して、ひと月ほど経った頃だった。六名のスタッフの中でも、一番気が合って親しくしていた相馬俊に、退社後、紹介したい人がいるからとの理由で喫茶店に誘われた。
 新宿御苑の裏路地にある、オフィス代わりのマンションの一室を出て、大通りに向かった相馬は三丁目方面に下って、本屋の地下にある喫茶店に入っていった。だだっ広い店内を見回す彼の目に、お目当ての人物は見当たらないようで、入り口に近い席へいざなわれた。
 三十分以上も待たせた挙げ句に、悠々と悪びれない様子でその人物は現れた。
 ぬうっとテーブルに立ちはだかった男に、相馬は反射的に直立になって深々とお辞儀、釣られるように中腰になって頭を下げる馨に、
「この人がぼくが、人生最大の師と崇める饗庭(あいば)栄さんだよ」
 と、最大限の賛辞をこめた言い方で引き合わせた。交換した名刺の肩書きには、『M中小企業経営研究所・内報誌編集長』とあった。馨は、向かいに悠々と腰を下ろし若輩二人に坐るよう勧める四十年配の男に、内心軽い戸惑いともつかぬ心地を覚えていた。
 凡庸なグレーの背広に中年太りの躯を包んだ男は、穏和な雰囲気を湛えてはいたが、眼鏡の下の染みの浮いた顔は不細工窮まりなかった。一種の威厳ともつかぬ、泰然とした雰囲気が容貌の醜さを救っていはいたが、二十代後半の馨の目から見れば、どこにでもいる冴えない中年男に変わりなかった。この人が本当に、若い頃文芸誌の新人賞を獲ったかいう人なのだろうか。小説を書くというから、馨はもっと痩せぎすで鋭敏な風貌を想像していたのだが、現実に目の当たりにした当人は茫洋として掴みどころがなかった。相馬がそんな馨の疑惑を封じるように言った。
「饗庭さんが二十五歳のとき、文学世界の新人賞を獲った話はしたろう。当時は、気鋭の新進作家として、文壇の注目を浴びていたんだよ」
 まるで自分のことのように誇らしげな口ぶりだった。高校卒業後出版社を転々として曲がりなりにもものを書くことをなりわいとしていた相馬にとって、一時期プロの作家として鳴らした師匠は自慢の種でもあるらしかった。
 饗庭は、得意気に目を細めて持ち上げる弟子に、
「いやいや、商業誌に書かせてもらえたのは、ほんの一年かそこらで、以後は鳴かず飛ばず、私のようなのを、作家の卵のなれの果て、というんでしょうな」
 と半ば自嘲気味に放った。初対面で感じた失意や疑念が氷解するような思いで、文学愛好家だった馨は慇懃に切り出していた。
「新人賞をお獲りになったとかいうその作品、もしよかったら、拝読させていただけませんか」
「いや、お見せするような代物じゃありませんよ。才気走っているけど、若気の至りの未熟な作品でしてね、今となっては、どうしてあんな駄作が賞を獲れたのか、まったく不思議なくらいだ」
 饗庭はあたかも過去の古傷に触れられたかのように苦い面持ちになった後、とっさに話題を転換した。
「ところで、新雑誌創刊の進行具合はどうです、順調に進んでいますか」
「ええ、今相馬さんと組んで、『生命の神秘・誕生ドキュメント』という、特別企画の取材にあたっているんですけど」
 相馬がすかさず、口を挟んだ。
「苦労した甲斐あって、やっとアポがとれたんですよ。ある若夫婦が、名は伏せるという条件のもとに、謝礼百万円で特別にその瞬間を撮影させてくれることになって……」
 興奮した面持ちの上ずった声で放つ弟子に饗庭は、
「ふうむ、しかし、それは、かなり陳腐な企画という気はするな。いまさら、誕生の瞬間でもないだろう。新しい傾向の科学雑誌を狙うなら、クローン にでも、取り組んだらどうだい。ほら、韓国に人造犬を生み出したとかいう有名な科学者がいただろう」
 ぴしゃりと手厳しかった。さすがに元編集長だけのことはあると、馨はちょっと肩をすくめた。先刻待ち時間の合間に、相馬から饗庭がかつてタウン誌を発行する会社に勤めていたときの上司でもあった旨、洩らされていたのである。雑誌が廃刊になった後、饗庭はカナダに渡り、しばらく向こうに滞在していたらしい。現職場には帰国後かなり経ってから中途採用されたとかで、まだ勤務歴二年に満たないとのことだった。一方の相馬はこの間、K企画に拾われるまで、馨同様フリーライターという不安定な境遇にあったのだった。
 私淑している元部下はたじろぎながら、頭を掻き掻き、
「師匠にかかってはかなわないなぁ。巻頭企画は、うちのカメラマン兼編集長の唾がかかったもんでしてね、自ら特撮することになってるんですよ。 今度、逢わせますよ。綾行路将人などという気障なペンネームで一端のスタ-気取りだが、裏でポルノ撮ってるとの噂も飛び交ってるうさんくさい男で、過去三億の借金地獄から這い上がったと豪語するだけあって、なかなか抜け目ない奴ですよ。師匠とは、いい勝負だと思うな」

 饗庭が、新宿御苑のマンションの一室にひょっこり顔を見せたのは、それから一週間後のことだった。表向きは徹夜続きの相馬への慰問だったが、ついでに綾行路将人にも一面識あずかりたいと構えているような節が窺えた。
 饗庭は足の踏み場もないくらい乱雑な2LDのオフィスに、勝手知ったる顔で闖入すると、偵察するような視線を鋭く部屋全体に這わせた。馨と目が合うと、眼鏡の奥の小さく落ちくぼんだ瞳にかすかに笑みが点った。綾小路は折悪しく、スタジオ代わりになっている隣のビルのマンションの一室に引きこもっていた。師匠の突然の訪問の目的を敏感に察知した弟子は、彼を隣のビルへと引いていった。
 一時間後、心持ち紅潮した面持ちの相馬と、泰然自若とした取り澄ました顔つきの饗庭が戻ってきた。
「いやぁ、二人の対話と来たら、まるで禅問答だったよ」
 相馬はこっそり馨に耳打ちした。それから、原稿と格闘しているスタッフ全員に向かって、大声で呼びかけた。
「みんなちょっと仕事の手を休めて、聞いてほしい。この人は、饗庭さんと言って、明日から、うちでフリーの編集顧問として勤めて頂くことになったお方だ。週二回、月曜と金曜の午後六時から八時までの時間出向いてもらって、主に原稿の校閲をして頂くことになっている。みな遠慮せず、どんどん原稿を回して指示を仰いでもらいたい」
 短い対面で二人の間に交わされた予想外の取り決めが、馨を驚かせたことはいうまでもなかった。饗庭はたった一時間ほどで、綾小路ほどの抜け目のない男まで自分の陣地に引き込んでしまったらしかった。

 饗庭が週二回、K企画出版に顔を出すようになって以来、金曜の夜は、相馬も含めた三人で、仕事帰りに一杯やるのがいつとはなしに習わしになった。饗庭の第一印象は馨にとってあまり好ましいものといえなかったが、その後の付き合いで馨は彼が人に一目置かしめるとてつもない魅力に溢れた人物で、一時期プロとして鳴らしただけに文章を書くことに関しては一家言持っていることもわかった。
 実際、饗庭の校閲は的確で理に適っていた。酷評されるのは毎度のことなのだが、指摘箇所に説得力があり、饗庭が赤字を入れると、それまで冴えなかった原稿が不思議なことに、生き生きと精彩を帯びてくるのだった。馨はいつしか、この魔術のような校閲力の虜となってしまった。
 饗庭の文章は良質の叙情を湛え、洗練された香気に満ちていた。饗庭は折に触れて、馨に文章作法の極意ともいうべきものを授け、相馬が師匠と崇める男はいつしか馨自身にとっても、欠かさざるべき存在となっていた。

 試用期間の三ヶ月はあっというまに過ぎていった。
 その朝、出勤すると、ボードに辞令が貼り出されていた。
「相馬俊、水城馨、以下の二名を本日、昭和五十七年○月×日付けをもって、正式の編集社員に任命する」
 中田千尋が机の上に突っ伏して、人目も構わず泣きじゃくっていた。この九十日間、新雑誌の表紙を担当し、東奔西走していた千尋にしてみれば、ボードに貼り出された結果は納得行かないものだったろう。馨自身も、何で自分が採用されて、千尋は駄目だったのか、腑に落ちなかった。とにもかくにも、新雑誌創刊の名目で掻き集められた都合六名の仮所帯は三ヶ月後、綾行路の容赦ないふるいにかけられた結果、若干二名に減ってしまったわけだった。
 夕刻、隣のビルからお呼びがかかった。相馬に伴われて顔を出すと、綾小路が待ちかねたかのような顔でソファにでんとふんぞり返っていた。ガラス製のテーブルには、シーバスリーガルと呑みかけのグラスが乗っていた。馨が綾小路のスタジオに足を踏み入れるのはこれで二度目だったが、相馬は夜鍋仕事の合間にしょっちゅう編集長に誘われては酒を振舞われているらしく、勝手知ったる顔で闖入、
「ご苦労さんだったね。まぁ、君たちも一杯やりなさい」
 の声がかかるかかからないかのうちに、厚かましくサイドボードからグラスを二つ取り出してきていた。
「水城君は、いける口なんだろう」
 猫撫で声で綾小路が尋ねる。女形を思わせる白くのっぺりした顔の、蛇のように絡みつく目つきに馨はかすかに虫酸が走る。さりげなく肩に置かれた綾小路の手がじっとり纏わりつく感触に、上半身が熱を帯びるような重苦しい感触に見舞われる。
「この三ヶ月間、君たち二人はほんとよく頑張ってくれたね。今後も、他誌にないような斬新な企画をどんどん提案してくれたまえ。君たちの実戦力に期待しているよ」
 相馬が、綾小路の空になったグラスにストレートにウィスキーを注ぎ入れ、新たに水割りのグラスを二つ作って、ようやく綾小路の手が馨の肩から外れた。
「さぁ、それじゃ乾杯しようか、二人の正式採用を祝って……」
 編集長自らが音頭をとった。これが綾小路流の祝福の仕方なのであった。相馬はくいっと小気味よく空けると、
「それにしても、ぼくと水城さんだけが残るとは、予想だにしなかったなぁ」
 しみじみと実感のこもった呟きを洩らした。言葉尻に幾分得意気な調子がこめられていた。週の半分はオフィスに寝泊まりして取材に精魂注いだ努力は認められて当然との傲慢な響きを感じ取り、馨はあまりいい気がしなかった。
「千尋のやつ、目を真っ赤に泣き腫してましたよ」
「まぁ、あいつにはちょっと可哀想なことしたけどな。離婚して子ども一人抱えてるって言うから、フリーで雇ってやることにしたよ」
「他の部員補充は?」
「心配するな。もう手は打ってある。一週間後には、新体制発足だ。君たち二人は、今後もその調子で頑張ってくれたまえ」
 綾小路のスタジオ兼仮寝所になっている2LDKの室内はカメラの機材が所狭しと置かれ、奥の黒いカーテンで仕切られた小部屋が暗室代わりに使われているようだった。暗室に特有のつんと鼻をつく饐えた匂いが、リビングまでに漂い流れてくる。綾小路がここで密かに、ビニ本の撮影をしているらしいことは、社員間でまことしやかに囁かれている噂だった。スタジオにはその筋の怪しげなモデルがしょっちゅう、出入りしていたのである。裏の資金源というか、雑誌創刊に要する資金の一部はどうもここから回されていたようで、そこには、まっとうな科学誌編集長を気取る表向きの顔と違って、 綾小路の別の一面、裏の顔があった。

 編集部員が一挙に二名に減ったせいか、2LDKのオフィスは急に広くなったように感ぜられた。奥の小部屋では、生え抜きの社員であるバイオ関連雑誌の担当者で五十年配の男性、宇野仁と、その部下である松井太郎、女事務員の和田栄子が従来通り、何事もなかったような顔で業務をこなし、各々の仕事に打ち込んでいた。宇野は若かりし頃、映画雑誌の記者として活躍した前歴があり、馨から見れば、裏で何をしているのかわからないうさんくさい連中にあって唯一、信頼の置けるまともな人物だった。穏和で人望があり、三十年近く雑誌畑一筋で来た貫禄のようなものが自ずと、恰幅のいい躯に滲み出ていた。
 ところが、この宇野の口癖というのが意外にも、「綾小路を男にしてやりたい」というのであった。それは、正面切って堂々と日のあたる街道を歩いていける、表の世界のチケットを渡してやるという意味でもあった。男として綾小路に惚れ込んでいた宇野は、彼が新雑誌で成功し、真っ当な世界のチケットを手に入れることを誰よりも望んでいた。綾行路には何故か、宇野のような真っ当な人物すらも、抱き込んでしまういわく言いがたい魅力が備わっていた。男なら誰しもが隠し持つやくざ的一面を綾小路にそそられた形で、宇野は、水物といわれる出版界への賭け、代理戦争に挑もうとしていたのかもしれなかった。
 馨は先程から、原稿用紙に鉛筆を走らせながらいっこうに集中できず、いささかうんざり持て余し気味だった。相馬は取材で出ており、 編集室には自分一人しかいなかった。昨日まで共に原稿と格闘していた同士の机はどれも主を失って、がらんと寒々しい様相を呈していた。
 飽き飽きしたようにあくびをひとつ洩らし、コーヒーでも呑もうと思い立って、 奥の小部屋を横切ってキッチンへと向かった。その拍子に視野の隅に、栄子の机の端に山と積まれた履歴書の束が過った。
「それ、ひょっとして、新しい編集部員の……」
「そう、見ますか」
 栄子は事もなげに放った。馨は退屈しのぎに手にとってパラパラとめくり出したが、中途まで来たとき指先がぴたりと止まってしまった。一枚の履歴書の住所欄に釘付けになったまま目が離れない。――わぁ、高円寺……やばいなぁ、十五分と離れてないところに住んでる――。右肩に貼られた写真には、髪が長めで髭面の男が写っていた。――二十五歳、三つ年下か――。紙の端をぴんと人差し指で弾きながら、この人、受からなきゃいいな、馨は何故かとっさにそう思った。
 午後のオフィスの静寂を突如掻き裂くように、バタバタとあわただしげな足音がしたともなく、黒のレオタードにジャケットを引っかけただけの千尋がカメラマンを従えて入ってきた。途端に、オフィスは騒々しい活気に包まれる。
「今日、ホットヨガの取材だっけ」
「そうなのよ、どう、このレオタード姿?」
 千尋はこれ見よがしに、ジャケットを脱ぎ捨てると、両腕を広げてバランスをとり、片足でくるくると一回転してみせた。子供一人を生んだとはとても思えぬほど若々しく整った体つきをしていた。ぴたりとフィットした布地からは形のいい胸がくっきりと浮き出し、胴から腰にかけてのくびれといい、尻がきゅっと持ち上がって足が長いモデルといっても通用するような体型だった。
 松井が、デスクトップの陰から、そうっと物欲しげな目つきで覗き見ている。宇野はさすがにその点紳士で、じろじろ見入るような無作法な真似はしなかったが、睫をぱちぱちしばたたかせつつ、千尋の発散するお色気に当てられっぱなしのようだった。
「千尋さん、かっこいい! 決まってるぅ」
 栄子の手放しの賞賛にすっかり気をよくした本人はひととき、ダンスの真似事をして、男性諸君の目を楽しませた後、またやってきたとき同様、ばたばた足音をさせてあわただしく立ち去っていった。入れ替わりに、相馬が戻ってきた。
「今、そこの道のところで、千尋に逢ったよ。恐れ入ったことには、レオタードにジャケット引っかけただけの恰好なんだ。通行人がじろじろ見入って、恥ずかしいったらありゃしない。スラックスくらい履けよーと注意したら、どこ吹く風ですたこらさっさ行っちゃった。ったく、ノーテンキな野郎だな。あんな調子だから、いつまでたっても取材先に舐められて、成功しないんだよ」
「でも、レオタード、よく似合っていたわね」
 馨が混ぜっ返すと、
「まぁな」
 相馬は急にあわてた素振りになって、目を逸らした。馨はいつだったか、相馬が夜を徹しての仕事で偶々千尋と寝泊まりする羽目に陥らされたとき、大胆にも夜中に彼女が迫ってきて閉口したと満更でもない口調で洩らしたエピソードを思い起こし、くすりと短い笑いを洩らさずにはおれなかった。

につづく)
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かっこよすぎる!ショーケン

2017-04-27 20:45:38 | ラッパー子息・音楽ほか芸能
いまさらながらという気がしないでもないが、改めてショーケンにはまっている。
GS全盛期テンプターズのファンだったから、元ファンにはちがいなかったわけだが、1987年インドに移住したこともあって、その後の彼のキャリアの詳細は知らなかった。

最近またGS関連をチェックしだして、改めてショーケンについて調べてみる気になり、歌やドラマの動画を覗いているうちに魅了されてしまったのである。
テンプターズ時代の動画や、「恋文」(故神代辰巳監督、1985)という映画動画、「前略おふくろ様」一部・二部の全五十話(1975-1977年日本テレビ放映)の動画がうれしいことにアップされていて、堪能させてもらったが、来月八日には五十周年記念のライブコンサートが催されるらしく、現在も精力的に活動中とか
ショーケンのライブなら、お金を払ってチケットを買ってでも行ってみたいが、今のところ帰国は六月初旬予定で無理、残念である。

というわけでライブ動画で代行、以下気に入った歌を紹介したい。
萩原健一 「大阪で生まれた女」LIVE at シアターコクーン

おなじみの歌だが、BOROがショーケンに提供したとかで、元祖はこちら。汗と涙がいっしょくたになったようなライブ、見せるなあ。かっこいい!
男性ファンが多いショーケン、「萩原ーっ」の野太い掛け声も客席から響いて、まあ、なんというか、同性に好かれるって本物ですよ。氷室京介や、矢沢永吉も男性ファンが多いし、ジュリーも、意外に思うかもしれないが、男性ファン、少なくないんですよ。
でも男が男をしびれさせる圧倒的存在感はショーケン固有のもの、この人はほんとかっこよすぎるとしか言いようがない。年をとっても渋いし、しゃれてるし、外見が劣化してしまったジュリーとは大違いだ(もちろん、歌唱力はジュリーの比でないが)。

次の歌もいい。
どうしようもないよ

以下は、徳光アナウンサーのラジオ番組にゲストとして出演したショーケンのインタビュー談話。
AMラジオ 徳光和夫とくもり! ゲスト:ショーケン
歌より、脚本家や監督業に興味を持っていたとは。子供のころから映画館通ってたって言うし、やっぱり下地はあったわけだな。アイドルとしてデビューした三年間は、16歳から18歳と多感な学童期だったし、勉強できなかったってことで、不本意だったのかも。しかし、バンドの女性ボーカルの代理に抜擢されたのに始まって、岸恵子との共演の「約束」でも中山仁の代役に抜擢されたわけで、なんか運命の方からお呼びがかかったってことで、天の計らいで次々運が開けていくってのが、天賦の才能の持ち主らしい。

最後に、故連城三紀彦著の「戻り川心中」を映画化した「もどり川」(1983)のDVD化予告編動画をどうぞ。
萩原健一&神代辰巳『もどり川』初DVD化予告篇

ショーケン、すごい! わずか二分ちょっとの宣伝動画で固唾を飲ませる迫力、心中事件で女を二人死なせた破滅型の大正期の歌人(連城創作による架空の人物)を熱演、狂気じみた迫真の演技で、これは絶対観たいと思ったが、全編アップされてないのが残念。封切り前、大麻不法所持でつかまったことで、不祥事によってせっかくの大作が水を差されてしまいいまひとつ評判にはならなかったようだが。ショーケンが師匠と仰ぐ文芸もの映画の大家(石川達三原作の「青春の蹉跌」<1974>や古井由吉原作の「櫛の火」<草刈正雅・豊満ボディのジャネット八田コンビの傑作、1975。ちなみに原作は私の座右の書)、中上健次原作の「赫髪」<映画の題は「赫い髪の女」1979>)、故神代辰巳監督で、元日活ロマンポルノの巨匠だけあって、全裸の絡み、濡れ場もすごそう。私自身、神代監督のファンだっただけに、この映画、そのうち誰かアップしてくれないだろうか。
それにしても、狂気と天才は紙一重、というけど、ショーケンを見てると、この言葉がこの人ほどぴたりとあてはまる人はいない。
惚れ直したよーっ、ショーケン!!!

桃井かおりも映画監督になったし、ショーケン、早く脚本仕上げて監督としてデビュー、ついでに自作でも俳優として演じてほしい。
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熱波で夏休み早まる

2017-04-25 19:27:09 | 季節・自然
四月も下旬に入って当オディッシャ州の内陸部(特に西部)は、気温が四十度半ばに高騰する熱波の猛攻撃にさらされている。

当地プリーはおかげさまで、今のところ最高気温三十二度くらい、ここ数日曇天で比較的涼しめである。熱帯地の気候に長年体が慣れているせいで、四月中は酷暑期といっても、まだしのげる暑さ、ただし来月に入ると本格的な猛暑が到来、特に今年は海岸地帯も熱波の予想が出ているので、戦々恐々である。

ちなみに、当州では内陸部の熱波を受けて、学校の夏休みが一週間早まった。

毎度のことながら、奥地の水不足も英字紙の地方欄をにぎわせる。
お百姓さんには旱魃の憂慮がある。

ベンガル湾がすぐそばの当地は暑さも海風でだいぶ緩和されるが、その代わり湿気がすごい。来月あたりは100%近くなるはず。

本日出た浜は大波で、豪快にはじける波濤が宙に見事な大輪の白菊を咲かせていた。

*マンゴーやすいかのおいしいミッドサマーシーズン、目を細めて貪り食っています。
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米に匹敵する、スマホデータ使用量

2017-04-25 19:01:53 | 生活・慣習
リライアンス・ジオ社(インド最大の石油産業リライアンスインダストリーの他業種)が昨年九月、モバイル(携帯電話)ネット業界に新規参入して以降、顧客獲得のためのフリーコール&ネットサービスを大々的に打ち出したことで、エアテルやヴォダフォーンの顧客がどっとなだれ込み、同業界は合弁などの再編成が進み、レイオフを余儀なくされている昨今、しかし、フリーサービスは利用客にとっても超うれしく、私のネットライフもがらりと転変した。

デスクトップに触る時間が少なくなったこと、モバイルネットは何時間見ても無料なのでつい耽溺、昭和のドラマ動画を見出して、夜寝転がって見れるのではまっていること、インドのテレビをまったく見なくなったこと、などだろうか。
とにかく、手軽なので、ついふけりすぎてしまい、反省しているのだが、無料サービスは六月末までなので、それまでせいぜい堪能させてもらおうと、深夜までドラマにふける毎日である。

英字紙によると、この無料サービスでインドのモバイルデータ使用量は中国の二倍、アメリカに匹敵するほどに急成長したそうである。また、デスクトップやテレビが見向きもされなくなりつつある現象も、指摘されていた。

しめじという日本語サービスから日本語キーボードもダウンロードしたので、日本語で打てるし、4Gなので比較的速く、ほとんど支障なく動画なども楽しめる。

まあ、スマホの弊害も確かにあるのだが、六月末までなので、つい大目に見て本日もドラマ耽溺である。
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