インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

BIG DEALのバラード調ラップ

2017-03-20 21:35:55 | ラッパー子息・音楽ほか芸能
南インドのバンガロールをベースにラッパーとして活躍中の息子サミール(芸名ビッグディール)が先月、初のミニアルバムを発売、その宣伝動画(Big Deal - One Kid (Official Music Video) | One Kid With A Dream EP)が今現在で視聴回数12万5千以上と大ヒットしたことはすでにお伝えしたとおりだが、同アルバムに収められているほかの私の気に入りのバラード調ラップもご紹介したい。

EPのOfficial Music Videoに寄せられた多数のコメントには、エミネムの若い頃を思わせるとか、インド人とは思えない世界級だという最大の賛辞もあり、エミネムファンの息子にはこれ以上の賞賛は望めないだろう。

さて、以下メロディアスな四曲を紹介したい。

*私が一番気に入っているナンバーである。
Big Deal - Look Upto | One Kid With A Dream EP

*おなじみ北東州の女性シンガー、June Neeluとのコラボ(これで三度目。前二曲June Neelu & Big Deal - I came, I saw, I conquered [Official Music Video]も目下九万回、Big Deal & June Neelu | Heroine | Women Empowerment Anthemも六万五千回とヒット)。

Big Deal feat June Neelu - One Dream | One Kid With A Dream EP

*哀愁がかった美しいメロディライン。男性シンガー、Mar Jamirとの初のコラボ。
Big Deal feat Mar Jamir(Polar Lights)- Wrong This Time | One Kid With A Dream EP

*同じくメロディアスかつリズミカルな次の曲もどうぞ。
Big Deal feat Alobo Naga, BK - Not Chinese | One Kid With A Dream EP

私はビッグディールのメロディアスな曲が大のお気に入り。母親としてではなく、アーチストの目線から見ても、才能があると思う(リリカル<英作詞>もすばらしい)。若いうちはラップもいいけど、ある程度年齢がいったら、ほかの歌手に曲を提供したり、映画音楽を作曲したりの転向も薦めている次第だ。
You TubeにはこれでEP全七曲載ったことになるので、興味のある方はほか二曲、Big Deal - Intro | One Kid With A Dream EP(イントロもいい)、Big Deal - I Hate You | One Kid With A Dream EP(ラップらしいリズミカルな曲)、ぜひチェックいただきたい。


ハイデラバードのゴルコンダフォートにて、ビッグディール本人
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楽しかったハイデラバード再訪(写真)

2017-03-16 20:15:39 | 
先にハイデラバードの旅行記を送ったが、遅ればせながら現地で撮った写真をアップするので、本文と併せてお楽しみいただきたい。

 
オディッシャ州都ブバネシュワールから、南隣の
アンドラプラデシュ州都ハイデラバード空港に
二時間弱で到着。
空港の印象はだだっ広くて使い勝手が悪く、期待を
裏切られた。やはり、首都のデリー空港が一番である。
ただし、インド一と高評判の国際線の方は見てないので、
なんともいえない。

 
フセインサガール湖の夜景、ムスリム統治時代の王が
造成した人口の湖はハート型というが、地上からでは
確認は不可能


ナイトクルーズ船上にて父子


日中の暑さを避けての夜の遊覧船ツアーは安価で人気、湖上の仏像が
遠方に見えてきて、携帯カメラを向ける乗客も

     
白い立位の仏像はライトアップされ、青、緑、紫、赤、オレンジ、茶と
色を変え、幻想的な美しさで見とれた。上弦の月との対照が荘厳なる美
をかもす


湖を見下ろす丘の上に建つヒンドゥ寺院、ビルラテンプルは総大理石
張りの白亜の美しい寺院で、モザイクのような市街の全貌が見下ろせる。
内部はスマホやデジカメ禁止のため、撮影不可で、この一枚は外から
入り口の一部(下部の小寺院)を撮ったもの

 
旧市街のバザールに聳えるチャールミナール、四つ
の尖塔はハイデラバードのシンボル的観光名所だが、
修繕中なのが、景観を損ねた

 
周辺の果物屋の屋台は亜熱帯の色鮮やかなフルーツが山盛りで目を惹く


ラード・バザールといって、腕輪(バングル)で名高い
バザールで、売りのバングルを手にして見せるお兄さん


灯火にこがね色にきらめく女物のサンダル屋


息子のたっての希望で、インロビットモールで洋画LOGAN(左下の看板)
を観た。ご存じ、X-MENの人気シリーズ。

  
モールの同じ階に種々のファーストフード店が入っており、好きな店で
オーダーし、セルフサービス、真ん中のフロアの椅子テーブルにトレイ
を持ってきて食べれるようになっている。父子は中に挟む野菜やチキン・
ハム類を選べるボリュームたっぷりのコッペパンサンドイッチ、私は
マクドナルドのチーズバーガーセットをオーダー。マクドナルドのポテト
フライが日本に比べ、二倍はあるボリュームで親子三人でシェアし、
中サイズのペプシは夫と私でシェア(息子は炭酸飲料を健康のため飲まない)

                    
映画鑑賞後の昼食後は、ゴルコンダフォートへ。ムスリム統治時代の
広大な城壁跡は、上まで伸びていた。炎天下の周遊はしんどかったが、
息子を必死にフォローしててっぺんまで制覇!
俯瞰した市街の全貌が白亜のモザイク細工のようですばらしかった



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楽しかったハイデラバード再訪

2017-03-14 13:16:43 | 
先日、所用で出かけたハイデラバードから戻った。
35年ぶりの再訪だったが、いまやIT都市と化した同市は比較的整然とした都市計画のもとに緑の多い美しい街並みとして発達しており、息子(サミール28歳、和名は理秀、南のIT都市バンガロールベース、エンジニアの傍らラップミュージシャンとしても活躍<芸名Big Deal>)がネット予約してくれたグリーンハムレット・ロード(Green Hamlet Road,ハイテクシティー方面)の郊外にある閑静なホテル(Fav Hotel My Place、チベッタンギョーザ・モモはじめの中華可能のレストラン完備)もエアコン付きで清潔で、税込みでダブル(ベッドは二つのみなので、床に敷く息子用のマット付き)&ブレックファースト付き、三泊3800ルピーちょっと(7000円ほど)だったが、朝食バイキングもおいしく、何より息子と久々に再会でき、遅ればせながら日本土産も手渡せたのがよかった。

七日の早朝現地に入った息子に対して、午後のフライトで、夕刻前たどり着いた私たち夫婦だっただけに(オディッシャ州都ブバネシュワールから一時間五十分)、メインの目的である外人登録事務所での二人分のOCI(Oversea Citizens Indian)カード(インドへの出入国フリーの生涯ビザ、息子は日本国籍で、彼がネットで申請して昨年十一月に降りたもの)のピックアップは翌日に回し、私は自宅から持参したサンドイッチ、父子はスマホオーダーのビリヤニ一皿シェアの軽食を済ませた夕刻過ぎ、19キロ離れたフセインサガール湖(ムスリム統治時代の王様がこしらえたハート型の人造湖)へ、息子がスマホでオーダーしたキャブで向かった。

タクシーの車窓に開ける街並みは、車道と車道の分離帯に椰子の低木や亜熱帯の花木が植わってなかなか美しく、バンガロールに比べてずっと緑豊かなことに驚かされた。今はアンドラプラデシュ州とテランガナ州の二つに分かれてしまい、両州の州都となっているが、過去、AP州首相だったチャンドラバブー・ナイドゥ(Chandrababu Naidu、帰り咲いた現AP州首相でもある)はIT都市へと発展させた貢献があり、植樹のほうも怠らなかった美しい街づくりが寄与しているようだ。インドだから、限界があるが(完璧には程遠いということ)、ほかの街に比べ、比較的都市が整備されているこぎれいな街並みで、成功した一例といえる。
空港から降り立ったときから、分離帯に亜熱帯らしい黄やオレンジの色鮮やかな花木が植わっている美しさに驚いたのだが、並木通りは街中でも生きていた(個人的には今のバンガロールより好きで、昔はガーデンシティとの異名をとったバンガロールの薄汚い変貌振りは嘆かわしい。ハイデラバードは、インドのシリコンバレーと名高いバンガロールに次ぐIT都市でもあるのだ)。

車中で夕日を愛でて、湖に着くころには日がとっぷり暮れていた。薄暗いルンビニ園内は灯が点り、行楽客が群れていた。ライトアップショーを楽しむ時間はないので、敷地を横切ってボート乗り場に出た。暑い日中を避けて夜のクルーズを楽しむ客は多く、湖面を渡る夜風に吹かれながら、色とりどりの灯のきらめく黒い湖の夜景を愛でるのは楽しかった。中ほどの湖上庭園に立つ仏陀像が少しずつ近づいてきて、携帯カメラを向ける客が目立った。程なく着いて、目の当たりにする白い立位の仏陀像の荘厳なる美しさに圧倒された。息子も感激していた。ライトアップされて、青、緑、紫、赤、オレンジ、茶と変幻する妖美さに見とれた。湖面を渡る涼風が吹きぬけ、フローティングガーデンの夜の散歩は爽快だった。時間の許す限りとどまりたかったが、十分のみと制限があり、早々に観光船に戻らざるをえなかったのが残念。

スマホでキャブを呼び出し、戻ったが、途上ワインショップ(インドでのリカーショップの通称)に寄ってくれるよう頼むも、長い道程、どういうわけか一軒も見当たらない。ホテルの近くまで来て見つけた二軒も閉まっていた。ドライデーでないかと疑った息子がスマホチェック、シヴァ神のお祭りのせいと判明した。最初閉まっているせいで目につかないとは知らず、息子も、二十キロ近く走って一軒もないとはどういうことだ、バンガロールはワインショップだらけなのにといぶかっていたほどだ。
ホテルに帰って、スタッフに闇酒(ブラックなのでワインは断念、夫用のウイスキーと、私と息子用のビール二本、手数料一人100ルピー)を所望するも、手ぶらで戻ってきてがっかりさせられた。旅に出て、酒類が入手不可能だったのはこれが初めて。ドライデーにたまたま当たってもいつも闇で手に入ったし、さすがに左党の夫はがっくり来ていた。

ピザチェーン店・ドミノで中型マルガリータピザをオーダーし、三人でシェア、夕食は簡単に済ませたが、チーズ増量のドミノピザはピザハットより美味だった。
カレーは苦手な私も、息子がスマホで出前オーダーしてくれるので、何とかやり過ごせた。今までの経験ではイタリア料理ならほぼOK、中華だと辛いこともあって、セーフなのはピザやパスタなので、旅に出ると、どうしてもイタリアンに偏る。フライドライス(チャーハン)やチョーメン(焼きそば)を食べることもあるが、スパイシーにするな、チリ(唐辛子)やジンジャー、ペッパーは入れるなと言っても、辛いこともあるので、辛さアレルギーの私にとって旅の食事は大変である。おいしいピザにありついて満足、朝のフライトで昨夜充分寝てなかった私は、その夜はぐっすり眠った。

翌日はバイキング朝食後(バター&ジャムトースト、インド製パンはパラタやプリー、イドゥリと日替わり、サンバ<パンをつけて食べる酸味のあるスパイシーなスープ>やチャツネ、ウプマ<超粗挽き小麦粉の炒り煮、南インドの軽食ティファンの一種で見た目は卯の花に似ている>、ミルクティー・ミルクコーヒー飲み放題)、ホテル周辺を散歩、レストランやスーパーマーケットをチェック、ホテルのある並びにはこぎれいな中層アパートメントが軒を並べていた。スーパーでバナナやオレンジ、夜の夫のつまみ用にミックスチャー(数種の豆や乾菓子の混ざったスパイシーなスナック)を買って戻る。朝食がバイキングなのをいいことに、三人とも腹いっぱい食べたので、午後の二時を過ぎても空腹にならず、外で食べることにして、まずはメインの仕事を済ませてしまうことにした。OCIカードの引き上げタイムは午後三時から五時半まで。二時半、22キロ離れた外人登録事務所へタクシーで向かった。

担当事務官はオディッシャ州出身で息子と意思疎通が可能、歓談しているうちに三十分ほどでOCIカードが用意され、前のPIO(Person of Indian Origin)カード(OCIカードに比べ15年と有効期限があるが、投票権を除いて市民同様の特権があるのは同じ)には無効のスタンプが押され取り上げられた。とどこおりなく終わって、親切に付近の観光名所も教わって、ビルの外に出た。
昼食は近くの小さな食堂で、父子はチキンビリヤニと、ドライチキンカレー(マサラ=カレー粉やチリパウダーをからめて炒めた赤いチキンナゲット)、私は辛いのが苦手なので、ルマリロティというインド製薄っぺらなパン(小麦粉とアタ<全粒粉>と塩と水で作った生地を薄くのばして焼いたものでハンカチのように折りたたんで供される)をペプシと一緒に食べたが、これがあっさりして意外においしくて(滋味がある)、ついお代わりしてしまったくらい。ハイデラバードのビリヤニといったら、有名で、評判にたがわず、こんな小さくて汚い食堂でもおいしかったようで、父子は大満足。

食後、丘の上のヒンドゥ寺院、ビルラテンプルへ。総大理石張りの豪奢な白亜のテンプルから見下ろすフセインサガール湖やその周りに開ける白を基調とした市街の美景を楽しんだ。ロックガーデンも美しく整備され、岩山に建った精巧な彫刻が施されたマーブルテンプルは一見の価値はあるお薦めスポットである。
その後、またタクシーでオールドタウン、旧市街へと向かい、バザールに立つ観光名所・チャールミナール(ムスリム統治時代の王がペスト撲滅の祈りをこめて建てた四つの尖塔、チャールミナールを観ないことには、ハイデラバードの観光は終わらないといわれるシンボル的名所だが、修繕中で、竹の足組みのようなものが塔を覆っていて、景観を損ねた)、このあたりは三十数年前と変わらぬ古い面影が残っていて、郷愁を覚えた。

ハイデラバードはイスラム教徒の多い都市で頭からつま先まで黒い着衣をまとった女性、ムスリム特有の丸い帽子をかぶった男性が目立った。近くにあったメッカマスジッドには、異教徒なので入らず(実際は祈祷場を除いて異教徒でも入堂可)、外から見るだけにし、ラード(Laad)バザールという腕輪で有名な商店街を物色、周囲は果物の屋台や、女性の黄金(こがね)一色のヒールの高いサンダルが軒に一面ぶらさっがた店(灯火に浮かび上がりきらきらと美しかった)など、混沌としたカオスの雰囲気に満ちていた。
見慣れたインドのバザールの喧騒である。夫や息子にはいまひとつの名所だったようで、早々にタクシーで戻ることになったが、運転手さんに今日こそはゲットするぞと意気込んで途上ワインショップに寄ってくれるよう頼んだところ、選挙で閉店中という。夫はそんなはずはないと信じられないような面持ちで、とにかく開いていたらよろしく頼むと強引に詰め寄った。が、結局、昨夜同様どこも閉まっていて、やれやれ二日目もドライデーかと一同落胆ひとしおだった。

昨日はシヴァ神のお祭りのせいだと言った息子だったが、タクシーの運転手さんに選挙のせいと言われたので、改めて調べてみると、市議選のためと判明した。それにしてもタイミングが悪かったというか、夜の旅の楽しみのひとつを奪われたようで、味気なかった。ハードな観光の後の一杯は何ものにも代えがたい。あきらめきれない夫はホテルに戻って、昨日と同じスタッフに闇酒を所望、今日こそはと期待しつつも、結局昨日と同じ手ぶらで戻ってきてがっかりさせられた。
昨夜と同じ、ドミノでオーダーしたピザを三人でシェアして夕食は終わり、夫はふてくされたように早々に寝床に引きこもってしまった。
あとでネットで調べてみると、ホテル周辺にも酒屋はたくさんあるし、なんとハイデラバードにはインド全土で一番大規模なワインショップはじめ、スーパーマーケットでも売られていることがわかった。

私は夜の長い時間を、スマートフォンで、日本のドラマをチェック、夫のスマホはただでネットサーフィンできるはずが、州外できかず、幸いにもホテル内はWiFi完備なので、自分の3GスマホでAnegoを楽しんだ。見ているうちにのめり込んで耽溺、結局午前二時就寝。林真理子原作で、読んで面白かったとの記憶があったが、ドラマの方は少し筋書きが変えてあり、軽いタッチの楽しめる仕上がりになっていて、元歌手の篠原涼子が姉御肌のOLを好演。新入社員の年下の恋人役の赤西仁(この人も元ジャニーズ事務所出身の歌手、米ベース)も可愛いくて、見出したら止まらなくなってしまった(滞在中に全十回見終わった)。

最終日は息子のたっての希望で九キロ離れたインロビットモール(Inrobit Mall)で洋画鑑賞(Logan<ローガン>、ご存じ有名X-Menシリーズ、爪から鋭い刀剣状の鋼鉄が出て凶器になる例のミュータント・アクション物、過去のシリーズで日本を舞台にしたものもあったから、ご存じの方も多いはず、ネタバレだが、実はこの最新版では主人公<ヒュー・ジャックマン演じるウルヴァリン>が死んでしまうので、シリーズとしてはこれが最後かも? チケット代は一人150ルピー、ちなみに息子は洋画愛好家)、お昼は同じモールで父子がサンドイッチ、私はマクドナルドのチーズバーガーセットと手早くファーストフードで済ませ、タクシーでコルコンダフォートへ向かった。
炎天下のフォート見物(跡地は広大で城壁が何キロにもわたって続き、上まで伸びている)はしんどかったが、途中でギヴアップした夫を置き去りにし、息子を必死にフォローしててっぺんまで征服、次はないかもしれないとの思いが、歩けるうちに頂上までと私を奮い立たせたのだ。がんばった甲斐あって、最頂の城跡から見下ろすモザイクのような市街はすばらしく、還暦超えてもまだまだいけると、少し自信もついた。

主な観光は全て済ませ、夜はハードな旅の疲れを癒すべく、よく冷えたビールをきゅーっと一杯やりたいところだったが、今日も期待は出来なかった。夫は一応、運転手にワインショップへの寄り道を頼んだが、閉まっているとのつれない返事、が、途上寄ったガソリンスタンドで聞いてくれ、今は閉まっているが、六時以降なら開くとの耳寄りな情報をもたらしてくれた。半信半疑だったが、ホテルに戻ってひと休憩した後、六時過ぎ夫はもうスタッフ任せにせず自分でオートリキシャをつかまえ、ワインショップまで出かけた。
時間が思った以上にかかったので、どうせ今夜もだめだろうと思っていたら、三十分後ウイスキーと缶ビール一個を抱え、ホクホク顔で戻ってきた。

三日目にやっとありついたわけだが、息子はその夜の夜行バスでバンガロールに戻ることになっていたので自粛(冷房付きバスで八時間)、よって、親子でワインを飲んで息子のデビューEP(七曲のオリジナルラップが入ったミニアルバム)の成功を祝うことはかなわなかった(先月発売したOne Kid With A Dreamの宣伝動画は視聴回数13万人弱の大ヒットとなった)。もう一日早かったら三人で祝杯できたのにと残念だったが、親子三人で目一杯観光もしたし、所用ついでといいながら、久々に家族旅行の真似事もできて楽しかった。

プリーに戻ったら、ネットがつながらず、昨日はホーリー、色水掛祭りで、プロバイダーもチェックしてくれず、休み明けの今日やっとつながったが、接続状況が思わしくないので、とりあえず急いでご報告だけしておく。

記事が途絶えることがあれば、接続不良のせいと思っていただいていい。

後日、ハイデラバードの写真もアップしたい(お楽しみに!)。

*豆知識・ローガン(映画)
『ローガン』(Logan)は、「マーベル・コミック」のアメリカン・コミック『X-メン』のキャラクター「ウルヴァリン」を主人公とした映画作品スピンオフリーズの第3作品目。ウルヴァリン: X-MEN ZEROとウルヴァリン: SAMURAIの続編となり、X-MEN (映画シリーズ)10作目にあたる。原作コミックの『Old Man Logan』というエピソードを原作とし、ヒュー・ジャックマンのウルヴァリンとパトリック・スチュワート演じるプロフェッサーXはこれが最後となる。2017年3月3日全米公開、6月日本公開予定(著者注.えーっ、ということは日本に先駆けて観れたということか。邦語字幕が必要ないから、早いということかも。映画館は寝るところと決まっている夫に対し、母子はエンジョイしました、お薦めです!)。

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アルフィーの新動画続々

2017-03-06 21:06:36 | ラッパー子息・音楽ほか芸能
十日ほど前から新作小説に着手したので、この数日間浜にも出ずに、こもって書いていたが、おととい息抜きにビールを飲んで、久々にアルフィーの動画を覗いた。
大体見尽くしたと思っていたのだが、昨年末から本年初めにかけて新たな動画が、歌詞付で公表されており、狂喜した。
以下、気に入ったナンバーをいくつか掲げたい。

ふたりだけの夜 THE ALFEE -Sub españo
l

ジュリーのCM曲♪今夜はあなたにワインを振りかけ♪を彷彿させる歌だが、名曲(アルフィーかと思ったら、別名義のビートボーイズのほうだった)。なんといっても抑えた赤のサテンスーツで、ベースをもたず自慢の喉で朗々と歌い上げる桜井さんが素敵。高見沢さんの派手さの陰になって、地味に見えることもあるが、とてもおしゃれだし(思い切って派手な原色着てもいいと思うし、赤は桜井さんに似合っている)、ダンスはうまいし、歌唱力がダントツ。この人の本領は歌手なのだと思う。ソロでもいけると思うが、ルックスがいまひとつかな。でも、振り付けとか様になっていてお上手だし、無理してベース抱えることもないと思う。ソロシンガーで勝負できる人、桜井さんの真骨頂。コミカルなキャラだし、私は高見沢さんの次くらいに好きだ。
歌によっては、桜井さんのほうがいいこともある、アルフィーの恋と結婚(埋もれた名ラブソング群)で前に紹介したが、「愛だけ哀しすぎて」、「1月の雨を忘れない」、「Faith of Love」、高見沢さんの名詞曲を見事に歌いこなしている。
この動画では桜井さんが主人公だが、サブの高見沢さんの藤色の趣向を凝らしたデザインのスーツと紫色のギターも素敵。

白夜 -byaku-ya- THE ALFEE -Sub español

八十年代の白夜動画は、若い頃の高見沢さんの声がいまひとつ出てなくて(びっしり埋め尽くした大観衆が助力するように大合唱して後押し)、せっかくのいい曲が生きてなく物足りなかったが、こちらの動画では、年の功ではるかに上達した歌唱力で、安心して聞ける。私の大好きな曲だ。いっしょに歌いたくなる素敵なナンバー。

Believe THE ALFEE -Sub español
導入部を聞くと、高見沢さんのようにも思うのだが、高音部分、似てるんだよね。CDの「Faith of Love」も一瞬、高見沢さんに聞こえることも。桜井さんの歌唱力に軍配をあげたい。

Thanks for Your Love ~PartII 高見沢俊彦 -Sub español
赤のノースリーブ衣装と、ピンクのフライングVギターの対照が活かしている。動画は高見沢ファンにはこたえられない構成。種々の華麗なステージ衣装、ストレートからウエーブ、ショートまで、色も金銀とカラフルな髪型、変形ギターの数々、存分に楽しめる。

この新シリーズは、歌詞の字幕が入っているのが非常にありがたい。併せて入っている外国語の字幕はスペイン語?だろうか。こちらも洒落た効果をもたらし、この人のセンスはとてもいい。ポピュラー曲、至上の愛Time and Tideも含まれているので、お聞きになりたい方は引き続きチェックいただきたい。

最後に、若い頃のアルフィーと、ビートボーイズの二曲をご紹介申し上げたい。
THE ALFEE 終わりなきメッセージ

「夜のヒットスタジオ」でトリを務める三人、高見沢さんと昵懇の古舘一郎アナウンサーから日本平のオールナイトコンサートの話題も(京本正樹って、笑っちゃうけど、そういわれてみれば、この頃の高見沢さん、似ていなくもない)。
坂崎さんの赤いジャケットと、高見沢さんの紫、衣装の対比が鮮やか。ディープパープルのミリタリールックで、ギターを抱えず歌う高見沢さんが素敵。声もよく出ている。

エピキュリアン(途中まで) (THE ALFEE HISTORY-IV / One Night Drean Eve)

アルフィーの別名義バンド、ビートボーイズ(BE∀T BOYS、楽器を持たず、歌と踊りのみで構成)の名曲。歌詞がすばらしく、高見沢さんかと思ったら、森雪之丞だった(氷室京介の作詞もいくつかしている)。
歌詞の素敵さに負けておらず、曲もいい。リズミカルでぴったりだ。快楽主義者というタイトルにふさわしい、しゃれた一品に仕上がっている。埋もれたままにしとくのは惜しい名作。もっと、ライブでもどんどん歌ってほしい。
その昔、ビートボーイズのリーダーだった桜井さんが赤のカウボーイハットとスパンコール付きタキシードジャケットと派手に決めて素敵。途中で終わらず、フルだったら、もっとよかった。

私の気に入りの「君に逢ったのはいつだろう」も、そのうちアップされることを祈る。

*以前、高見沢さんの月収を5000万円と書いたことがありましたが、年収の間違いでした。ここに謹んで訂正させていただくと共に、お詫び申し上げます。ただし、ネット経由の情報なので、正確とは言えず、今現在月収がいくらくらいなのかは? 作詞作曲の印税も入ってくるから、それ相応と思うけど。ちなみに、ジュリーが今月収300万ほどというから(これも正確とはいいがたい、ただタイガース筋の関係者談なので)、高見沢さんもそのくらいではなかろうか。




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南隣の州都ハイデラバードへ(受賞小説七作品再紹介)

2017-03-06 19:47:27 | 
明日の午前のフライトで、所用で南隣のアンドラプラデシュ州都、ハイデラバードに発つことになった。現地では息子と落ち合って、久々に親子の時間を共有することになっている。よって、ブログは一週間ほどお休みさせていただくが、この間すでにアップした拙受賞小説を、まだお読みでない方はぜひともご一読願いたい。
以下、アップした日付(末尾)と共に、改めて七作品を掲げさせていただく。

E全集(受賞作七作/年代順)

虹の魔窟のブローカー
(2011年度銀華文学賞奨励賞作品)2017-02-26

ダブルマリッジ
(2012年度やまなし文学賞最終選考作品)2017-02-07

ジャパニーズ・ドリーム
(2012年度銀華文学賞佳作作品)2017-02-12

聖娼婦(2013年度銀華文学賞佳作作品)2017-02-16

ゆきのした秘恋(2013年度福井新進文学賞佳作作品)2017-03-05

焼かれる花嫁(2014年度銀華文学賞佳作作品)2017-02-20

アラマンダの追憶(2015年度銀華文学賞佳作作品)2017-02-28

まだ、三次選考通過作品、最終選考作品(いずれも小説)、受賞エッセイ作品が五作あるが、それはまた戻ってからおいおいアップしたい。
アジア文化社・文芸思潮誌は、同誌主宰の銀華文学賞(2016年以降中止)と、エッセイ賞に五年連続当選という、私にとっては大当たりの文芸誌だった。投稿者が45歳以上に限られるシルバー世代の銀華賞はまさしく、福音以外の何物でもなかった(既存の文芸新人賞は若手偏向)。ポピュラーな文芸誌の投稿者は千名を超えるが、こちらは六百人余、しかし活字世代の投稿者だけにレベルが高く、毎年勝ち抜いてトップ5に残ったことはある意味ひとつの達成だった。
この欄を借りて、同誌編集長の五十嵐勉氏には大変お世話になったことを、改めて篤く御礼申し上げたい。
もうひとつ、2013年度、「ゆきのした秘恋」で地元紙主宰の福井新進文学賞(現福井文学賞)の佳作を受賞したことも、記念碑的エピソードだった。同作は母をモデルにした作品だけに、選内に入ってうれしく、作品が新聞連載されたことは私にとって、大きな意味を持つ画期的出来事だった。立派な賞状と盾は、母にプレゼントした次第だ(今年米寿を迎える高齢だが、健在)。

それでは、みなさん、とくに小説好きの方、拙作をぜひご一読ください!

*忌憚のないご意見・ご批評、お待ちしております。

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ゆきのした秘恋3(2013年度福井新進文学賞佳作作品)

2017-03-05 22:16:33 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)
 都会に憧れながら、現実にはその夢は叶わず、家事手伝いに明け暮れる日々が続いた。思い切って父母に打ち明ける勇気もでないまま、徒らに歳月だけが流れ、気がつくと、田舎の春江では嫁き遅れの二十三歳になっていた。村の若者の大半は戦死していたため、しかるべき家柄の婿候補がなかなか見つからず、両親も苦慮していたようだった。二度ほど見合いさせられたが、一人はこちらから断わり、あと一人は先方から断ってきた。
「あそこのおかあはん、いけずやわ。百合子が少し斜視気味なのが、ひっかかると言うんや」
 母はぷりぷりしていた。お年頃の百合子は、自分の美貌のたった一つの瑕でもあったその欠陥を指摘され、コンプレックスを覚えた。ほとんど目立たないくらいのもので、これまで誰にも面と向かって指摘されたことはなかっただけに、普段は気にも留めなかったのだが、物心つく頃から母に「百合子の目、ちょっと寄ってるようやの」と言われて、気になっていたものだった。長じるにつれ、いよいよ優る美貌がその小さな欠点を隠してしまい、誰にも指摘されることがなかっただけに、ショックだった。憲治はもしかして斜視の自分がいやで、冷たくなったのだろうかと、邪推すらした。
 欝々とした日々の唯一の慰めは、ラジオドラマ「君の名は」だった。「忘却とは忘れ去ることなり……」のナレーションがラジオから雑音混じりに流れ出すや、妹の良子も母もどこにいようとも、いっせいに駆けつけるのが日課になっていた。おませな久志まで、女のドラマに夢中になっていた。放送時間帯は銭湯の女風呂が空になるくらいの人気を博していたのだ。第二次世界大戦、東京大空襲の夜、焼夷弾が降り注ぐなか、偶然知り合って共に逃げ回るうちに銀座数寄屋橋までたどり着いた二人の男女、真知子と春樹。一夜明けて、名乗り合わぬまま、互いに生きていたら半年後この同じ橋のたもとで、それが駄目ならさらにその半年後に落ち合おうと、約して別れる……。百合子は熱中してうっとりと聞き入りながら、運命の恋人たちの再会、果たしてなるかとはらはらと筋書きを追わずにはおれなかった。ドラマの後はいつも、年頃の娘らしい憧憬で、私の伴侶となる男性はいったいどこにいるのだろう、願わくば、春樹のようなやさしく頼り甲斐のある男性であってほしいと、焦がれるのだった。
 江田修造との見合い話が持ち込まれたのは、そんなさなかのことだった。さすがにこの頃には県外に出る夢は断念しかけていただけに、百合子も初めて興味を持った。戦前小作人頭として家にもよく出入りしていた西出家の長男、欣一の紹介だった。何やら、二年前に欣一と組んで市内に自動車修理工場を立ち上げたばかりとかで、福井工業専門学校(現福井大学工学部)出の優秀な男とのことだった。百合子は、見合い写真に写った黒ぶち眼鏡の角顔の青年をしみじみと眺めた。美男子だった憲治に比べると、お世辞にも男前と言いかねる風貌だったが、がっしりした肩幅がいかにも頼り甲斐がありそうに思えた。
 後日、その当人がうちに訪ねてきた。現実に見合い相手を目の当りにしたときの、百合子の落胆といったらなかった。写真よりももっと不細工で、158センチと当時にしては長身だった自分と背丈がさして変わらなかったのである。百合子と裏腹に、江田修造は自分のことが痛く気に入ったようで、翌日には早速娘さんを戴きたいとの申し入れがあった。母に意向を訊かれ、百合子は気乗りのしない返事をした。
「おとうはんがの、二十三歳で事業を興した気概ある青年で、見所があるっていうんや。ほやけど、私も実はあんまり乗り気でないんや。いくら頭脳優秀かなんか知らんけど、醜男やし、背も低いしの、容貌の釣り合いもとれんやろ。うちも、父親が吉野の役場の重役とかで代々金のある家らしいけど、所詮落ち武者、旧家の藤堂に比べると、格が落ちるさけの。戦後没落したからいうても、藤堂の名には響かん、立派な家名だけは代々受け継がれたもんやさけの。私はの、あんたはやっぱり、憲ちゃんとこに嫁ぐのが一番やと思うてんのや。素封家の近藤の嫁なら、うちとも釣り合いがとれるさけの。ま、私に任せときや、姉さんに折を見て、話してみるさけ」
 母は三年後にまたしても、近藤との縁談を蒸し返そうとの魂胆らしかったが、百合子もそう請け合われてみると、やはり憲治さんにもらってもらうのが一番のような気がした。文学好きで趣味も合うし、結婚しても百合子が本を読むのを自由に許してくれるだろう。何せ、憲治さんの本棚には蔵書がぎっしり詰まっているのだ。妻になってなんの気兼ねもいらず、毎日一冊ずつ紐解けると思うと、今から楽しみだった。百合子はそっと一番下の引き出しを開けて、積み重ねた帳面の下に仕舞った三つの函を取り出した。成人式のときに初めてもらったアメジストのペンダント、次の本真珠のネックレス、最後が破談直前の高価なルビーの指輪、どれも贈り主の真心がこもったひときわ美麗な精彩を発していた。百合子は一つずつ付けていって、手鏡に写して、珠玉の美しさに見とれた。
 が、すでにほかの名門との間に縁談が持ち上がっていた近藤は色好い返事をしなかった。気むずかしいところのある伯母は、密かに土百姓と侮っていた藤堂家から足蹴にされたと、誇りを傷つけられていたようだった。常々苦労知らずの令嬢だった妹菊乃を田んぼに入らせたといって榮三郎を陰で詰っていただけに、義弟の差し金と邪推したようだ。悪意はなかったろうが、実際この縁談に難色を示したのは榮三郎本人でもあっただけに、母も姉をなだめるのにひと苦労したらしい。とりあえず、考えとくわの返事をもらって近藤家から戻った。

 結局、父の鶴の一声で、百合子は江田のもとに否応なく嫁がされる段取りとなった。
百合子の結婚が決まってまもなく、憲治の縁談も決まった。互いの長子の縁組みが調ってしまえば、古いもつれ話など水に流すしかなく、二年ぶりに近藤一家が訪ねてきた。
 応接間でこのたびのばたばたと定まった双方の祝言話でめでたい、めでたいと盛り上がる親たちを差し置いて、百合子は憲治に目配せされ、楓が色づき始めた庭に出た。
「このたびはおめでとさん」
 憲治は百合子を真正面から見つめず、ぶっきらぼうに祝った。笑ってない面差しを百合子は盗み見し、やや窶れただけにかえって青白い男ぶりが惹き立つようで、つい婚約者と比べずにはおれなかった。
「憲治さんこそ、このたびはおめでたいことですのう」
 百合子はおうむ返しに祝いながら、長身の憲治の後について、鶏小屋の少し先を行った裏の川べりまで歩いた。小さな石段が下りていて、薄青い水を湛えたせせらぎまで降りていけた。憲治は先に立ってどんどん降りてゆく。百合子もちょっと逡巡したが、後に従った。川原に腰掛けた憲治からやや距離を置いて、座る。
「なぁ、百合ちゃん、結婚前に一つだけ、訊いときたいことがあるんやけどの」
 と改まった口調になって憲治は前置きした後で、ちょっと言い澱んで、
「百合ちゃんは、ほの江田さんとかいう婚約者に、惚れておるんか」
 と単刀直入に訊いてきた。百合子はなんと答えたものやらわからず、もじもじしていた。
「ぼくの婚約者は麗子さんというお人やけどの、親が勝手に決めたもんや。ぼくは、麗子さんのことはなんでだか、いまだに好きになれんのや」
 と思いがけないことも明かした。
「なぁ、もういっぺん聞くけど、百合ちゃんは、ほの男のこと、ほんとに好きなんかや」
 百合子は思いのほか真剣な面持ちの憲治に真っ向から問い詰められて、かすかに首を横に振っていた。
「ほなら、なんで結婚するんや」
「お父はんが、江田さんを見込んで、行けというんや」
「その男は、病弱でぶらぶらしているぼくと違うて、なんやら若い身空で会社を興したそうやの」
 憲治の自分を卑下する言い方に、百合子は哀しく思った。
「ほやけど、憲治さんには別の才能がありますやろ」
「どんな才能や」
「詩を書くのがお上手やし。難しい本もたくさん読んでますがの」
「百合ちゃんやったら、どっちの男に惹かれるんや」
 大胆な問いに百合子は答えられず、うつむくばかりだった。
「ぼくのう、前から、妻にする人とは、共通の趣味をもった、お互い高め合うような関係でありたいと、理想かもしれんけど、思うてきたんや。百合ちゃんとは、文学好きで趣味も合うし……」
 一体憲治は何を言おうとしているのだろう、百合子の胸は不穏に高鳴ってきた。
「もうあかんのかの、取り返しがつかんのかの」
 憲治がいきなり手を伸ばして、自分の指を掴み取った。
「あきません、あきません」
 百合子は抗い、手を離そうとしたが、憲治の握力は思いがけず強かった。そのとき、百合子は憲治が泣いているのを知った。
「もう遅すぎるんかの、後戻りできんのかの」
 涙声でつぶやく従兄に百合子は次第に抵抗する気力が失せていった。初めて触れ合った異性の掌の思いがけない温もりに胸が詰まる思いで、次の瞬間、百合子はわっと泣き崩れていた(了)。
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ゆきのした秘恋2(2013年度福井新進文学賞佳作作品)

2017-03-05 22:14:13 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)
 もっぱら家事手伝いや、弟妹たちの世話に明け暮れる日々が続いた。七人きょうだいのうちで、百合子は八歳年下の末の妹千鶴子をひとしお可愛がっていた。利発な少女で、母のお気に入りでもあった。聞き分けがよく、姉の言うことにもすぐ従う素直ないい子だった。ある日、はぎれを袋状に縫って中に小豆を入れてこしらえたお手玉をあげると、「私も将来、ねえちゃんみたいになりたい」と言った。「なんでや」と聞くと、「きれいで頭よくて、お裁縫もお料理も上手で、なんでもできるからの」と答えた。千鶴子にとっても、自分は人一倍慕っている美しく賢い姉であったことが、こそばゆくもうれしくあった。どうかすると文学書に読み耽り、線が細く孤独癖を好む一面のある自分は、ほかの弟妹には一種近寄りがたい存在に映るのかもしれないと思っていただけに、千鶴子がそう言って懐いてくれるのは喜ばしかった。
 十九歳、戦後三年がたって、混乱もやや納まりかけ、百合子も民主主義社会の自由な風潮を楽しみ始めた昭和二十三年のことだった。忘れもしない六月二十八日、マグニチュード6(現在の7)の大地震が福井を襲うのである。震源地は丸岡だったため、春江の被った打撃は甚大だった。一時間遅らせた夏時間の午後五時過ぎだったと記憶しているが、台所で夕食の準備の手伝いをしていた百合子は、床にどしんというものすごい衝撃を覚え、あわてふためいた。間髪を入れず母が、
「地震やーっ」
 と声高に喚き、ぐらぐら揺れる中、悲鳴をあげながら、手近の桶に貯めた水をすかさず竈の火に投げ入れると、母と手を取り合って、あたふたと家族の救出に向かった。母は子供たちの名前を一人一人、髪を振り乱しながら、大声で叫び散らした。
「千鶴子ーっ、浩作ーっ、久志ーっ、潤二ーっ、寛一ーっ、良子ーっ、どこやー」
 ぐらりと傾ぐ縁側で這いつくばって泣きじゃくっていた二歳の末弟浩作を百合子がとっさに抱え上げ、傍らで尻持ちをついて泣きべそをかいていた七歳の久志と九歳の潤二の手を母がきつく引き寄せた。奥からいっせいに飛び出してきた残りの弟妹たちも、百合子の誘導で玄関へと駆け出した。
「はよ、はよ、こっちや」
 百合子の手招きでみなが屋外へ飛び出した途端、母は改めて全員を確認し、
「千鶴子、千鶴子がおらん、千鶴子はどこやーっ」
 と半狂乱になって喚き、傾きかけた家の中に戻ろうとした。百合子は中学一年の長男寛一といっしょになって必死に押しとどめ、
「大丈夫や、ちーちゃんはきっとどっかに逃げとる」
 と言い聞かせ、無理矢理母の手を引っ張って、外に避難させた。
 しばらく行って背後を振り返ると、門の内側に悠然とそびえていた旧屋敷の威容は跡形もなく、消え失せていた。
「千鶴子ーっ、千鶴子ーっ」
 ぐらぐら震盪する地面の上で母は取り乱し、ぼろぼろ涙をこぼした。百合子はとっさにその背に手を押し当て、うずくまらせた。どれくらいの間余震が続いたろうか。
 ようやく納まった頃合を見計らって、恐る恐る立ち上がったとき、周囲は一面土煙と瓦礫の山と化していた。母は千鶴子の名をなおも半狂乱で呼びながら、残骸の山を掻き分けてそこらじゅう捜し始めた。百合子もほかの弟妹たちといっしょになって、必死で千鶴子の行方を追った。
「ちーちゃん、ちーちゃん」
 捜索の甲斐も虚しく、千鶴子の姿はどこにも見当たらなかった。母は埃にまみれた顔で泣きっぱなしだった。それまで、頭のいい子やからとっさにどこかに逃げているにちがいないと楽観していた百合子も、千鶴子はもしかして家に取り残されたのかもしれないと思うと、目にどっと涙が噴き上げてきた。
 可愛い妹を死なせてしまったら、私の責任やと思った。そこから、千鶴子がひょこっと愛らしい笑顔を覗かせそうな気がして、百合子は一縷の望みに繋いだ。市内に勤務していた父の安否も同様に気遣われたが、ほっとしたことには、その日のうちに無事が確認された。しかし、翌日になっても、千鶴子の安否は不明のままだった。
 後日、柱の下敷きになった三女の遺体が発見された。ほぼ諦めかけていたとはいえ、家族の哀しみは深かった。百合子は、なぜもっと家じゅう走り回って逃げ遅れた者がいないかきちんと確認しなかったのだろうと悔やまれてならなかった。長女である自分が、十一歳のかよわい末妹をなんとしてでも捜し当て、手を引いて誘導させるべきだったと。恐怖と動転のあまり、幼い弟たちを避難させることばかりに気をとられて、千鶴子のことがうっかりおろそかになった、取り返しのつかない過ちにほかならなかった。
 家の全壊と、愛する妹の急死、震災は空襲のさらなる上塗りとして、百合子の胸内に深い傷をえぐった。常々あんたは一番大きい姉さんやから、弟妹たちの面倒よく見るんやざとのたもうていた母も口にださずこそすれ、内心では長女の失態と思っているにちがいないと考えると、罪悪感が募るばかりで、百合子はおのれを責め続けた。立派な邸宅と三女を一気に奪い取られた父母の衝撃は大きく、半年後当座の仮住まいが再建されても、母はふ抜け状態で、立ち直るのに長い歳月を要した。家はかつての広壮な屋敷の三分の一しかなく、千鶴子が気に入っていた白鳥の泳いでいた大池も埋め立てられた。
 戦後の没落に加えること地震との二重の打撃で、母の子供たちにかける愛情も自ずと希薄になっていった。裕福だった戦前は甘やかせることもできたが、物心面にゆとりのない戦後は厳しくなり、家庭の雰囲気も殺伐とならずにはおれなかった。母は田畑仕事に明け暮れ、大勢の子供を構っているゆとりなどなかったのである。勢い、家事全般や弟たちの世話は、百合子と妹の良子が請け負うことになった。縁故で越前銀行に勤めていた父も要職に就いたこともあって、前のように子供たちとゆっくり話している暇はなくなった。親はそれぞれ、戦後の混乱期にあって、非常事態に対応するのに忙しかったのである。百合子が愛情の欠落や、孤独感をいっそう覚えるようになったのはこの頃からだったかもしれない。千鶴子の死以来、母も遠くなったし、温和で優しいだけの父は物足りなく、もっと一家の上に仰ぎ立つような力強く男らしい、真の家長的存在を夢見ていた。それだけに、甘え、寄りかかり、頼れるような誰かの存在が欲しかった。

 二十歳の成人式、百合子は母のお下がりの紫の縮緬地に鶴の裾模様が染め抜かれた華麗な振袖を着付けさせられ、お祝いしてもらった。まだまだ親がかりだったが、十代を卒業し、急に大人びたような気がした。文殊山のふもとにある帆谷村の素封家、近藤一家が雪の中、春江までお祝いに駆けつけてくれた。母の姉、百合子の伯母にあたる絹が後妻に入った山地主の名門で、戦災も地震も免れえただけに、高価な書画や掛け軸、壺など、家そのものが財宝の山だった。近藤家は裏の山全体を所有し、山中にあるお社も管轄していた。百合子は高蔵の四つもある旧家に遊びにいくたび、地震前春江の家にあったのより一等立派な純金の大仏壇に陶然とならずにはおれなかったものだ。
 欄間には先祖の古い額写真が架かっており、中でも明治期仏蘭西に遊学したというハイカラな絹の舅、蝶ネクタイに背広姿の万作は実に男前に写っていた。五十に満たぬ若さで病死してしまったというが、向こうでは文学の勉強をし、女たちとも華やかな浮き名を流したらしい。孫の二十二歳になる憲治は、百合子が万作のセピア色の写真の前で足を止めるたびに、祖父自慢に余念がなかった。
「じっちゃんのお仏蘭西の話は子供心にも面白く、いつもせがんだもんやった。なんせ、ボードレールを生み出した国じゃからのう、文学の伝統が違うわ。画家もたんとおって、芸術が盛んで、アーチストとやらがカフェという珈琲を飲ませる喫茶店で、文学談義を闘わせておるんやと。僕も、いつかじっちゃんの足跡たどってみたいもんやと思うてるんやけどの」
 憲治はボードレールの「悪の華」という詩集を貸してくれたことがあり、文学少女だった百合子は嬉しくて無我夢中で読んだものだった。ページから巴里の異国情緒が漂い流れてきて、万華鏡のようにきらびやかな詩句の織りなす世界にはうっとりと酔い痴れずにはおれなかった。公序良俗の婦徳、いい子を常に強いられてきた自分だけに、行間に漂う背徳と退嬰的な匂いには恐いもの見たさの憧憬に近い、ぞくぞくするような戦慄すら覚えた。
 伯母の絹も百合子をひとし可愛がってくれ、従兄妹同士うまが合うのを微笑ましげに眺めていた。
 そのほのかに思慕を寄せていた憲治と久々に逢えるというので、百合子は朝から胸のときめきを抑えられずにいた。
 憲治は振袖姿の自分を見て、なんというだろう。母に口紅と頬紅もうっすら差してもらった百合子は、鏡台におのが姿を写し取って、我ながらぱっと惹き立つような華やかさに見とれた。
 応接間には、ストーブの火が温かく燃えていた。外はちらちら粉雪が待っている。雪の結晶の美しさはいつも百合子を惹きつける。が、今日は晴れ着で外に飛び出すわけにも行かなかった。ひらひら暗い灰色の天空から舞い落ちる粉雪を両掌で受け取ると、ひととき後にすーっと溶けていく冷たい感触を思い出しながら、百合子は目をつむった。そのとき、台所で馳走の支度に余念がなかった母が呼んだ。どうやら、客人が到着したらしい。百合子は静々と裾を引きずって玄関に出迎えた。
 両親に伴われた憲治は振袖姿の百合子を目の当たりにすると、目を丸くして見とれた。黒のオーバーコートでめかしこんでおり、いつも以上に洗練された雰囲気を漂わせていた。仏蘭西に遊学した祖父の血を引いて、負けず劣らずハイカラで、こんな田舎では珍しいことだったが、素封家だけにできる贅沢ともいえた。
 応接間で一同そろっての歓談後、
「あんたら二人、しばらく逢(お)うてえんかったやろ、ちょっとゆっくり話しときなや」
 と母が百合子と憲治に言い置いて、何やら伯母に目配せのような怪訝な素振りをして、伯父や父、弟妹らを伴って、ぞろぞろ奥の間に引っ込んでしまった。憲治と二人きりにされた百合子は途端にぎこちなくなり、そわそわし始めた。気まずい沈黙が流れる。憲治がやっと静寂を破って、言った。
「このたびは、成人おめでとさん」
「ありがとう」
 百合子は恥じらいつつ、礼を返す。憲治は一瞬言おうかどうしようか迷った後で、
「今日の百合ちゃん、あんまりきれいなんで、ぼく、見とれたわ」
 と小声で褒めた。百合子は思わず頬を染めて、うつむく。それから、潤んだ上目遣いの眼差しで、
「憲治さんのコートも、洒落とるのう」
 と褒め返した。
「これはの、じっちゃんのお下がりで、仏蘭西製なんや。なんやらいうブランドの品質のええ高級品だけに、まだまだ着れるわ」
 どおりでと百合子は納得した。またしても会話が途切れる。みなのいるところでは、わりと気軽に文学談義も交わせるのに、こうして二人だけで面と向かい合うと、なぜか気恥ずかしさばかりが先に立ち、話が弾まなかった。相手もそれは同じようで、無理に会話を作ろうとしている気配が感ぜられた。
「憲治さん、最近はどんな本、読んでるんですの」
 百合子はようやく会話の糸口を見つけて、訊いた。
「今は中原中也という天才詩人に夢中なんや。今度貸したげるわ」
「ありがとう」
「ほう言えば、百合ちゃんは、女流作家のものが好きやったの。百合ちゃんと同名の宮本百合子の『伸子』もいっしょに貸したげるわ」
 百合子はふっと、女学生時岩谷先生が貸してくれた「貧しき人々の群」を思いだし、
「『伸子』って、どんな小説ですの」
 と興味津々に訊いた。
「宮本百合子が亜米利加のコロンビア大学で学んでいたときのことやけどの、十五歳年上の古代東洋語研究者と恋に陥り結婚したんや。ほやけど、小市民的な夫に絶望して六年後には離縁してしまったんや。ほのときの辛い体験を綴った作品や」
 と憲治は注釈した。百合子はそのとき初めて、自分と同名の小説家が三十年前の外国に出るのが困難だった時代に亜米利加に遊学までしていたことを知り、びっくりした。おまけに十五歳も年上の男と結婚し、離婚すらしていたとは。そう言えば、いつか鞠子が吉屋信子も巴里への渡航歴があるということを洩らしていたっけ。女流作家とはなんと、冒険心に富んだ、恐いもの知らずの勇気ある女たちなのだろうと感嘆した。京都にさえ行かせてもらえず、うじうじしている自分とは大違いだった。百合子の胸にそのとき、外国は無理でも、せめて県外にだけでもとの希望が新たに蘇った。突如湧き上がったその思いはあまりにも強かったので、息苦しくなったほどだった。
 憲治とは、かれこれ一時間近く、話したろうか。いよいよ会話が行き詰まったとき、折よくドアが叩かれた。が、ノックの主は中には入ってこようとせず、ドア越しに、
「お膳の用意が整ったから、あんたたちもおいでや」
 と呼びかけた。母だった。百合子はあわてて着物の裾を整え直すと、立ち上がった。同時に憲治も腰を上げかけたが、はたと思い直したようにまた座って、
「あ、これ、忘れるとこやった、ぼくからのささやかな成人祝い……」
 とコールテンの上着のポケットを探って、赤いリボンのかかった小函を取り出した。意表を衝かれた百合子はすかさず礼を言い、その贈り物をこっそり八つ口の奥に忍ばせた。
 近藤家や、家族全員に祝ってもらった宴は殊のほか楽しく、母の丹精こもった馳走、お煮しめや肉入りオムレツ、特別注文の鯛の塩焼きも舌が蕩けるほどおいしかった。座がお開きになって、客人が待たせてあったハイヤーで退き上げた後、百合子は二階の自室でわくわくと憲治からの贈り物を広げた。青いビロード貼りの美しい小函の中には、透明な薄紫の石のペンダントが納まっていた。百合子はうろ覚えの記憶の底から、これはきっとアメジストとかいう珍しい石にちがいないと思い、その美しさに見とれた。それから、金の鎖をそうっと掴みだし、止め金を外して首に掛けてみた。手鏡で確かめると、白い胸元に納まった淡い紫の菱形の珠玉は自分を惹き立ててくれるように思えた。百合子は思わず笑んで、外したペンダントを大事に箱に閉まった。

 このときの会合が実は見合いであったことを告げられたのは、それからまもなくのことだった。
「近藤の伯母さんがの、あんたをえろう気に入っての、嫁に欲しいと言うてんや。憲ちゃんとは、あんたも子供の頃からの気心の知れた仲やし、美男子で性格も申し分ないおぼっちゃんやさけの、私は願ってもない良縁と思うがのう。近藤なら、旧家の藤堂とも釣り合いの取れた名門やし、うちと違うていまだに隆盛誇ってるさけの、あんたの気持ちの方はどんなもんやろかの」
 二十代に突入したばかりでまだ幼さの抜け切らなかった百合子はさすがに仰天した。従兄といっても、憲治は伯父の病死した先妻の息子で、直接の血のつながりはないため、縁組みに差し障りがあるわけではなかったが、一昨日の憲治との会話で県外に出る夢を触発されていただけに、従兄本人には心惹かれながらも、結婚はまだ早いとのためらいがあった。口ごもっている娘に、母は、
「まぁ、考えといてや。先方も急いでおらんと言うてるさけの」
 と言い置き、立ち去った。
 以来、伯母に伴われて、憲治は以前より頻繁に藤堂家に顔を出すようになった。が、百合子は東京に出て白川環に続く婦人記者になりたいとの夢を捨て切れず、ぐずぐずと返事を引き延ばしていた。負けず嫌いで男勝りのところもある自分はやはり結婚には向いていないような気もした。母と違って、父も、定職を持たず病弱な憲治の前途を懸念し、留保を示していた。そのうちにこの縁談はいつとはなしにお流れになってしまった。

につづく)

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ゆきのした秘恋1(2013年度福井新進文学賞佳作作品)

2017-03-05 22:13:54 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)
すでに公表済みの受賞短編小説、「ゆきのした秘恋」(2013年度日刊県民福井主宰の福井新進文学賞)を新聞連載版(2014年の1月14日から23日まで日刊県民福井(中日新聞傘下)に十回連載された)ではなく、ブログ本文貼り付けで再アップしておく。


ゆきのした秘恋

                              
                                 李耶シャンカール


 藤堂百合子が父榮三郎、母菊乃の長女として生を授かったのは、昭和四年十二月十八日、粉雪の舞う寒い朝だった。福井市春江町江留め中の旧家で産婆によって取り上げられた初子は、色白の器量よしということで溺愛され、大地主の広壮な屋敷で何不自由なく育った。武生町の山地主・広瀬家の次女だった母菊乃は御年十八歳のみぎりに、田地主の藤堂家の二十歳の三男榮三郎のもとに嫁いでいた。藤堂の当主は早逝しており、長男と次男も病死していたため、榮三郎がその若さで家長に納まったのである。
 藤堂家は代々の庄屋で、村人は高く敬っていた。嫁は輿に揺られて婚家に入るしきたりのあった当時、菊乃は人足によいしょよいしょと担がれて、豪壮な旧屋敷に入ったと聞く。綿帽子と白無垢姿の花嫁御寮の初々しい美貌は後々までも村中の語り草になったそうだ。婚家の定紋下がり藤入りの七つ吊りというお道具も、村人の目を見張らせるほど豪奢なものだった。婿も往時にしては長身の好男子と、誠、家柄のみならず容貌からいっても相ふさわしい縁組みであった。
 百合子の頭の片隅に仕舞われたセピア色の記憶、物心つくかつかないかの頃、白鳥が優雅に泳いでいる大きな池のほとりを父母に手を引かれて歩いている自分の姿が蘇ってくる。赤いおべべを着て澄ましていた自分は、五歳ごろだったろうか。
 春江町の尋常小学校に上がってからは、勉強がよくできるのみならず美しい女児というので、先生にえこひいきされ、級友からもちやほやされた。江留め中の大きなお屋敷のお嬢様ということで、「百合子さま」と崇められ、殊のほか慕われたのである。しかし、六年生の二学期末には太平洋戦争が勃発した。とはいえ、田舎町のこと、どこかのんびりした風情で、十二歳の百合子にとってはあまり実感が湧かなかった。
 翌春福井高等女学校に上がったが、女王様扱いする教師と学友は増える一方で、二年に進級した頃から、下級生のみならず上級生からもよく恋文が舞い込むようになった。当時流行っていたSで、下足箱を開けると、白い封筒がどさりとこぼれ落ちてきたものだ。思わず頬が赤らむ一方で、内心嬉しくもあり、胸が高鳴った。男女交際がままならなかった時代ゆえ、少女同士の交友を擬似交際に見立てて、他愛もなく楽しんでいた時代の風潮でもあったのだ。
 数ある手紙の中でも、百合子は一級下の窪田鞠子がよこした文面に心惹かれた。
「お慕わしい姉君、百合子様。いつもおそばをお通りするたびに、姉君の眉目秀麗な面差し、その類稀なる美貌にはただただ感嘆の息を洩らさずにはおれません。お顔が美しいのみならず、百合子様は聡明でもいらして、全級友の憧れの的でございます。このような申し出を致すのもお恥ずかしい次第ですが、もしよろしかったら、私のお友達になって戴けませんでしょうか。
 私は本を愛好し、今は吉屋信子を夢中で読み耽っております。百合子様も、読書家と伺いました。本の交換や、感想を話し合ったりするひとときをもてましたら、光栄に存じます。もし私の願いをお聞き届けくださるようなら、明日の下校時校門前でお待ちしておりますので、お声をおかけくださいませんでしょうか。
 私は手に吉屋信子の「花物語」を携えておりますので。


かしこ
憧れの君・百合子様へ

窪田鞠子」

  窪田鞠子と名乗るまだ見たこともない下級生が、吉屋信子の少女小説を好きだという告白に、共通する思いを感じたのである。淡い紫の和紙箋に綴られた流麗な墨字は一つ年下と思えぬほど、大人びていた。
 翌日の下校時、どきどきしながら校門前まで来て、百合子は、下膨れのあどけない面差しの三つ編みを垂らした下級生が「花物語」を手に立っているのを認め、
「こんにちは」
 と笑顔で声をかけた。鞠子の顔がぱっと輝いた。
 以後、二人の友情は花開いた。

 鞠子は一見大人しそうに見えたが、芯はしっかりしており、封建的な田舎に育ったにしては、なかなかハイカラで進取の気性に富んでいるところもあった。家は丸岡の造り酒屋で、富裕な商家で伸び伸びと育てられたせいらしかった。下校途上の原っぱで紺の襞スカートを広げて話し込むことが多かったが、親しくなってくると、
「百合子様は将来、どうなさるの。私は東京に出てもの書きになりたいと思っておりますのよ」
 と澄ました東京弁で、意外な告白もしたりした。百合子が口ごもっていると、
「百合子様は優秀だから、女子専門学校にお進みになるのがいいでしょうね」
 とまさしく自分が考えていた通りのことを言葉にした。
「実はね、国語の岩谷匡(まさし)先生が両親に卒業後はぜひ京都女子専門学校(現京都女子大)にやってくれないかと薦めてくださっているのだけど、父も母も、まだ将来のことなんて早すぎるっておっしゃって、退けてしまわれたの。常々、お二人とも女に学問は不要とのお考えでいらっしゃるのよ」
 百合子は自分の夢が座礁しつつある事情を、鞠子に釣られて拙い標準語で打ち明けた。
「そうでしたの。百合子様は旧家の名門の出だけに、お父様も県外に出されるのはきっと頑迷にお許しにならないでしょうね。でも、時期が来たら、岩谷先生に頼んで、なんとかご両親を説得していただくのはいかがかしら」
 それはいい考えだと百合子も思った。
 常日頃国語の得手な百合子を先生はひとしお目をかけてくれており、宮本百合子の「貧しき人々の群」なども内緒で貸してくれたりしていた。
「宮本百合子がまだ旧姓中条だったときの十七歳の頃の処女作での、社会の矛盾を目の当りにした多感な乙女の気持ちが生き生きと捉えられているから、読んでみろや」と差し出された本に、百合子はその同名作家が「アカ」であることを従兄の憲治越しに聞いて知っていたので、さすがに逡巡した。女の分際でアカに染まっているとの噂を立てられると恐かったが、前々から自分と同じ名前の作家に興味を持っていたので、親に隠れてこっそり徹夜で読み通したものだった。感想を問われ、自分と同じ富裕な地主の娘である主人公が夏休みの帰郷時福島の寒村の貧困に遭遇して、村人を救おうと健気に決意する筋書きに感銘したことを控えめに打ち明けると、「坪内逍遥が絶賛したとのいわく付きのデビュー作での、当時は天才少女と注目を集めたもんやった」と師は注釈し、百合子は自分よりたった三歳しか違わぬ十代の少女が二十数年前に、こんなすごい小説を書いたのかと改めて舌を巻く思いだった。
「吉屋信子が、永遠の愛友、門馬千代と、今を遡ること十五年前、欧羅巴に渡り、巴里に一年近く滞在した逸話はご存じですかしら。私たちの友情も、信子と千代みたいに末長く、強い絆となるよう祈ってやみませんわ。いつか二人で外国に出れたら素晴らしいですわね」
 吉屋信子に心酔している鞠子が昂揚気味の口調で捲し立てた。百合子は、京都ですらなかなか出してもらえぬというのに、東京を一挙に飛び越えて西洋とはこの少女は年に似合わず、なんと大胆なことを言うのだろうかと呆れ返った。でも、鞠子はその年頃にしては発育がよく背も自分と変わらぬくらい高かったので、向こうに行ってもすんなり雰囲気に溶け込めるような気もした。それから、巴里といえば、従兄の憲治さんの亡くなったおじいさんが遊学したところでもあったっけと、つと思い出した。
「夢見たいな話ですこと」
 百合子は動揺を押し隠して、澄ました声でやっと応じた。
「その手始めとして、京都か東京か、県外の同じ女子専門学校で学べたら楽しいですわね。これからもよろしくお願い致しますわ」
 と鞠子は右手をすくと差し出してきた。百合子はおずおずと外向的な友の手を握ったが、鞠子はぎゅうっと力を入れて握り返し、
「ああ、憧れの君と手を繋げるなんて、幸せ!」
 と最後に少女の顔に戻って興奮した声で投げた。上気した鞠子のあどけない横顔を眺めながら、百合子は可愛いと思った。

 このときは鞠子には明かさなかったが、実は百合子も都会に出てもの書きになりたいとの夢を密かに隠し持っていたのだった。岩谷先生に、「藤堂さんには、文才があるのうー」と褒められ、「私の教え子だった白川環が今、東京で草分けの婦人記者として活躍してるんやけど、白川に優るとも劣らぬ才筆だわ」と持ち上げられて以来、まだ見ぬ卒業生記者に密かな憧憬を抱くようになっていたのだ。
 昨年十七年六月ミッドウエー海戦で日本がアメリカに敗北して以来、戦局は悪化する一途だったが、内地はいまだ火の手に見舞われず、百合子は暗い時代の風潮のせめてもの慰めのように、先生や鞠子の貸してくれる文学書をこっそり読みふけった。母に納屋で文学書に耽溺しているところを見つけられると、
「この大変なご時勢に、しょうもない本読み腐って。女のくせに変な知恵がついたら困るがの」
 と叱りつけられ、取り上げられてしまうこともよくあった。
 が、あくる年に入ると、大好きだった学業も免除され、軍衣の縫製工場に動員される羽目になってしまった。戦況はいよいよ悪化し、本を貸し借りすることすらままならなくなってきた。制服もだいぶ前から、スカートは禁じられ、もんぺに変わっていた。十五歳になったこの年の冬には、百合子の体も大きな変調に見舞われた。初潮が始まったのである。百合子は、自分の一番恥ずかしい部分から噴き出すどす黒い血の塊に怯えた。母が脱脂綿を当てて手当の方法を教えてくれたが、女にしかない月に一度の出血と知って、女に産まれたことをいまさらながらに悔やんだ。
 長女として大事に奉られてはいたが、女ということで家事手伝いもさせられ、六歳下の長男とは、明らかに差別されていた。封建色の強かったこの時代、女の幸せは結婚にあるというのが一般の風潮で、良妻賢母型教育がまかり通っていたのである。男尊女卑主義が浸透し、勝気な百合子には、男に負けないくらいの気概を裡に秘めていただけに、女ゆえの押さえつける教育方針には反発を覚えることもあったが、親には絶対服従、楯突くことなどできなかった。気丈でしっかり者の母には、長女ということもあって心から甘えることはできなかったし、対照的に温和だが優柔不断なところのある父は家長としての威厳に欠け、存在感が薄かった。父母は、長子ということで、常に模範となる行為や弟妹の面倒を見る責任を強いることがあり、厭わしかった。一番上で何かと特別扱いなのは嬉しかったが、その反面親に甘えたり頼ったりすることはできなかったのである。父も、男親ゆえ、幼児期と違って、思春期の娘に愛情をおおっぴらに表わしたりしなくなっていた。子供たちにとって、頼り甲斐のある大黒柱はなんといっても、母であった。

 何不自由なく育った令嬢だった百合子は、ミシンを踏んで兵隊さんのための衣服を縫う苦労を余儀なくされた。が、裁縫は得意だったためさほど辛いとも感じなかった。哀しかったのは、もう大好きな国語の授業が受けられないことで、本も入手不可能になってきていることだった。別の工場に動員された鞠子とも、交流の機会は閉ざされていた。そのうち密かに慕っていた岩谷先生にまで赤紙が来て、女学生全員がひと針ひと針真心こめて縫い上げた白い胴巻を涙ながらに贈って送り出した。百合子も赤い糸で縫い玉を作って、敬愛する先生の無事を祈って内にそっと五銭玉を縫いつけた。死線(四銭)を越えるとも、硬貨が銃弾よけの護符になるとも言われていたのだ。
 敵の本土上陸を必死で阻止しようとする兵隊さんの奮戦も虚しく、十一月に入ると、内地で空襲が激化してきた。幸いにも、うちが地主だったため食うには困らなかったが、戦争が烈しくなるにつれて、紡績の町福井を狙った空爆があるとの恐ろしい噂も飛び交い、平和で幸福だった少女時代は一転して、恐怖の青春に塗り替えられた。もうお嬢様とちやほやされ、悠長に楽しんでいるゆとりなどなくなっていた。学徒出陣で文科の学生まで駆り出されていき、若い男たちの姿は村からいっせいに消えた。男手のなくなった農家は大変で、小作人の女房たちが手伝いに借り出されりした。
 だれそれがどこぞの南の島で戦死したとの噂は、狭い地域だけに、矢のように広まり、
「角の沖さんとこの息子さん、サイパン島で玉砕なさったそうや。お国のために尽くされて、ありがたいことよのう」
 と母は悲痛げに洩らし、奥の間の仏壇の観音開き戸を開帳し、先祖の位牌にちんとリンを鳴らしてお経をあげるのだった。信心深い父は毎朝、長い読経の習慣を欠かさなかったが、戦争になってからは暇さえあればお経をあげるようになっていた。
 昭和二十年七月十二日、ついに火の手が県内に及んだときは、ああ、とうとう福井までと絶望のあまり目の前が真っ暗になる心地だった。そして、敦賀空襲の一週間後の十九日深夜には、福井市内をB29の焼夷弾が雨霰と降り注ぐのである。家族とともに防空壕に息を潜めてうずくまりながら、生きた心地もしなかった。未明、百合子は瓦屋根に昇って、真っ赤に焼け焦げる福井市街を涙をはらはらこぼしながら見つめた。十六歳の時だった。このとき、死に対する不安はこれまでのどのときとも違って、より身近に現実性のある恐怖として感ぜられ、自分も家族も、これから先の生死はわからないと、暗い悲壮感に打ちのめされた。戦災で受けた心の傷は長いこと名残り、ひょっこり、夢の中に真っ赤に焼け焦げる市街が現われ、うなされることもあった。
 八月十五日正午、ラジオで天子様の終戦詔書、意味は半分くらいしかわからなかったが、父ががくりと肩を落として、
「日本は戦争に負けたんや」
 と虚ろな眼差しでつぶやいた。その瞬間、瞼からどっと噴きこぼれるものがあった。神風特攻隊といわれたくらい、米兵を恐怖に縮み上がらせたゼロ戦、宙返りして飛ぶ様があんなに勇ましかったのに、なんで負けたんやろと、悔しかった。戦中の軍事教育ですっかり洗脳されていたのである。
 十七歳、やっと平和が戻ってきたが、戦後のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による農地解放政策で、地主だった家は没落した。これまで旧家と崇められてきた藤堂家にあっては、180度の転換を迫られる大事件だった。わずかばかりの配給にも頼れず、田んぼに入ったことのなかった母が自ら未耕地に鋤や鍬を振り下ろさなければならない羽目に陥った。小作人として雇っていた者たちに頭を低くして物々交換を頼まねばならぬのが、誇り高い母には屈辱だったのだ。母が持ち寄った高価な着物を決して受け取ろうとしない代わりに、恩着せがましく米をくれてやる態で、裏で何せ地主は元搾取階級やったんやさけのうと偉そうな陰口を叩いているのが悔しかったのである。藤堂家によく出入りしていた小作人頭、西出のたっつあんだけは、気の毒がって快く食糧を分けてくれたが、好意に甘えっぱなしなのも辛かったようだ。町から米を求めて交換に訪れる人々が跡を絶たなかっただけに、小作人は戦前と打って変わって敗戦成金として潤っていたのだった。
 裕福だった戦前と打って変わって、暮らし向きも一変した。純金の結婚指輪まで没収されてしまった母は憔悴した面持ちで、なりふり構わず働いた。が、折柄のインフレと預金封鎖で財政逼迫、武生の実家に借金に駆け込まなければならないほどだった。嫁すれば生家との縁は切れるとの女庭訓にもとる行為であったが、背に腹は代えられなかった。広瀬家は山地主でGHQ政策を免れたこともあって、戦前同様隆盛を誇り、このご時勢山の木が売れに売れて、大儲けしていたのである。しかし、一度きりならともかくも、無心が度重なると、里の兄にも厭な顔をされるようになった。落ちぶれても元素封家との矜持を失わなかった母は、七人の子供には不自由させんとの意気込みから、怠惰癖がしみついた父と違って、田畑をせっせと耕した。おかげで、食い物だけには困らないようになったが、百合子ももうのほほんとしたお嬢様でいられなくなっていた。
 家の没落は自分にとってはとてつもなく哀しい出来事だったが、反面学業再開の喜びには救われた。復学した百合子は、スカートに靴というまた前通りの制服姿に戻って、女学校に通い始めた。戦中は自制して暗い色調の服ばかり着ていたのが、お洒落ができるようになったのも嬉しかった。しかし、ショックだったのは、目をかけてくれた岩谷先生が戦死されたことで、代わりに大村勇吉という年配の先生が国語を教えてくれるようになったことだった。千人針の中に真心こめて忍ばせたお守りの四銭硬貨の効力がなかったと思うと、胸が掻きむしられるように辛かったが、大村先生は故人に優るとも劣らず目をかけてくれたため、百合子もそれに応えるべく懸命に勉学に励んだ。
 いよいよ進路を決めるにあたっては、
「京都女子専門学校だけでのうて、東京の日本女子大学校(現日本女子大学)も受けてみるとええかもしれんの」
 と父母にも熱心に薦めてくれたが、戦後まもない混乱期で家も没落していただけに、そんな経済的ゆとりはないと退けられてしまった。百合子は泣く泣く、進学を断念せねばならなかった。保守的な田舎を内心毛嫌いし、自由な思潮が流れていた東京に憧れていたにもかかわらず、上京して勉学を続けたいとする希求は無理矢理押さえ込まれてしまったのである。因襲的な両親のもとで思うように生きられず、夢がへし折られたことのトラウマは多感な十代だけに傷として残った。
 新聞で時たま白川環が第一線の婦人記者として華やかな活躍をしているのを羨ましげに眺めながら、空白の日々が過ぎていった。以前Sの交友のあった、一級下の窪田鞠子が、父に拝み倒して、卒業後東京に出してもらえることになったと聞いたときは、軽い嫉妬すら覚えずにはいられなかったほどだ。商家というと村では軽んじられていたが、没落地主と違って、お金だけはたんまりあったようである。戦中造り酒屋の統廃合で軍需工場と化していた商売も再開し、反動で大いに盛り返しているらしかった。
「私は百合子さんみたいに優秀やないからの、実践女子専門学校(現実践女子大学)あたりを目指してるんや。歌人の亡き下田歌子女史が開校したことで有名での、国文学ではわりと定評のある大学やわ。偉い教授がそろってると聞くし、東京にはずーっと憧れてたからの、お父ちゃんが私のわがまま許してくれて、ほんとうれしいわ」
「よかったのう、私の分までがんばって勉強してきてや」
 と上辺では祝福しながら、わが身に引き比べると、百合子は寂しかった。

につづく)
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アラマンダの追憶2(2015年度銀華賞佳作作品)

2017-02-28 17:40:52 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)
   三杯目のカクテル

「家にはなんといって出てきたの」
「州都で領事館主催のディナー会があると。でも、わかっているでしょう。ここが狭くて保守的な地域であることは。長居はできないのよ。車も駐車場で待たせてあるし、これを呑んだら、すぐ帰るわ」
「しかし、君は危険を冒して僕に逢いに来た」
「なぜだか、知りたい? もういい加減終わりにするとき、終わりにしなければならないときが近づいているからよ。私はあなたに対する妄執をあの世まで引きずって、来世でもまたあなたを愛する同じ過ちを繰り返したくないのよ。今ここで、きれいさっぱりお別れしたいの。いいチャンスだと思って、夫に内緒であえて出てきたのよ」
「今の言葉はぐさりと来たよ。昔も今も、君は変わらない。昔は薄情に逃げだしちまうし、今また僕を冷淡にあしらおうとする。僕が最後に送った手紙を覚えているかい」
「ええ、私の部屋のドアの閂に差し挟まれていた、思わせぶりな手紙ね。今でも内容をそらで言えるわ。『君は実に寛大な女性だ。僕のように愚かな男をいまだに愛し続ける芸当など並大抵の寛容さでは到底できまい。僕は幾度となく君を奪っちまいたい誘惑に駆られた。が、かろうじて思いとどまった。そんなことをすれば、君が傷つくのは目に見えている。僕が友人として君を心から愛するというとき、君は必ずや僕の意図を汲み取ってくれるものと信じて。ユー・ノウ・フー』」
「僕はあの夜、衝動に駆られるまま、停電の闇に紛れて君の部屋に忍び込み、狂おしく君を抱き竦める暴挙に出た。あのとき君は、何度も、本当にあなたなの、あなたなのと問いかけたもんだったね」
「あなたに抱かれていることが、夢のようだった。明かりが復旧したとき、あなたは今夜訪ねるよと囁いて身を翻した。でもついに姿を見せることはなかった。一睡もせずに待ちわびていたのに」
「怖かったんだよ。君に手を出したら、搦めとられそうで」
「後々、厄介なことになると、男の自衛本能がとっさに働いたわけね。当時のあなたは独身主義者だったし、女性とは軽くプレーを楽しむ相手くらいにしか思っていなかったから、私のような真剣にのめりこむ女はさぞかし重かったことでしょうね」
「子供が欲しいといわれたときは、さすがに退いたよ」
「あなたの最初で最後のラブレター、今となっては、私には戦略のひとつだったとしか思えないのだけど。思わせぶりのきれいごと、殺し文句で、何度女を口説いたの。あのラブレターは常套手段だったのでしょ。あれを読むと、女は誰でもあなたに身を投げ出さなかったことを後悔する、その逆心理を巧妙に突いたのでしょう」
「手厳しいな、君は」
「何人の女に同じラブレターを書いたの」
「あの手紙は君一人に宛てたものだったと言っても、信じてもらえそうにないから、あえて弁明はしないよ」
「結局のところ、あなたにとっては、二十六年ぶりに昔の女と逢っていることもお遊び以上のものでないはずよ。でもね、最後にこれだけは言わせて。あのころのことは今も、私の脳裏に鮮やかに焼きついているわ。ヴィヴィッドなメモリーとして。あなたを愛せたことに感謝したいの。そして、あなたに応えられなかったことに、心から謝まりたいの。サンキュー・ヴェリ・マッチ、アイム・ソーリー、長年引きずってきたけど、これでやっと終わりにできるのよ」
「二十六年ぶりに再会したというのに、そんなにつれなくしないでくれ。フォー・ガッド・セイク、後生だから、そんなに一気にグラスを空けないでくれ。胸が痛むじゃないか。君は罪作りな女だよ。もう一杯だけ、カクテルを頼まないか。ペアでジンとベルモット、オレンジキュラソー・オレンジジュースのタンゴを。パリの有名人が集ったハリーズ・ニューヨークバーで誕生した、情熱的で甘美なカクテルを」

   四杯目のカクテル

「では、今宵今生のお別れ、永遠の訣別に乾杯しましょう」
「また、君は針で刺す、僕の心臓から血が滴っているのが見えないのかい。さそりの毒はすでに全身に回り始めているよ」
「お互い裏切り合ったことを忘れたの。あなたは私と同じ国の女性と同時進行中だったし、私もあなたを振って一回りも若い現地学生を自国に連れ帰った」
「不実という意味では二人ともまさにおあいこだったね。でも、弁解がましいけど、彼女の方が君より知り合うのが早かったんだ。彼女は真剣に結婚を望んでいたようだったけど、若かった僕にとんとその気はなく、うやむやにしていたところ、後年君が現れたってわけだよ」
「今だから明かせるけど、私、恋敵の彼女と挑むようにベンガル湾で泳ぎを競い合ったのよ。二人とも水着を持ってなかった。私の赤いTシャツはずぶ濡れになった。びしょ濡れのままホテルに戻ったとき、あなたはそんな私たちを見て、着衣のまま泳いだのかいと恥知らずにもどちらにともなく声をかけてきたものだったわね。あなたという一人の男を共有した二人のオリエントガールに。そのとき、階段を昇りながら、私は私の真紅のTシャツから滴り落ちる海水を、心臓からぽたぽたこぼれる鮮血のように感じていた。 
 結局、彼女がこの国古来の打楽器、タブラーを習うとの名目で隣州に留学したのも、すべては少しでもあなたのそばにいたいという切ない女心からだったのよ。そんな彼女の想いをあなたは泥靴で踏みにじってしまったのだから。あなたとの恋が破れた後の彼女ときたら、直視に耐えがたいほど落ち込んでいたわ。そう、今にも自殺するんじゃないかと思うくらい。私はそんな彼女に自分の想いを重ね合わせ、二重に傷ついたものだった」
「やけに昔の恋敵を弁護するんだな」
「二十代の五年間という貴重な青春の年月をあなたに費やしたのよ、彼女は」
「別の女の話はやめないか。僕が罪作りなら、君だって同罪、僕と、恋敵の学生を鉢合わせさせたりしてさ」
「故意にじゃないわ。偶然あなたが通りかかったのよ。でも、あなたのプライドを土足で踏みにじる羽目になったとしたら、ごめんなさい」
「耐え難い屈辱だったよ」
「でも、それを言うなら、あなただって、私にひどい屈辱を味わわせたじゃない。永住権が欲しいと遠回しに求愛する私に、冷酷で無慈悲極まりない一言を投げつけた」
「結局は、二人ともが若気の至りで、無用な傷つけあいをしてしまったということだよ」
「そうね。いまさら恨みがましいことを言っても始まらないわね。ごめんなさい。もういい加減終わりにしなきゃね。そのため、あなたとあえて逢ったんですもの。この狂気じみた妄執から離れないと。美しい夢を見させてくれてありがとう。あなたは最高の恋人だったわ。海辺の王宮ホテルでの甘美なラブアフェアをありがとう。本当に感謝しているのよ。そして、二十六年後の今もあなたの欲求に応えられない私を許してほしいの。もう行くわ」
「待って、もう一杯だけ、永遠の訣れの前に一番ふさわしいカクテルを飲まないか。チェリー・ブロッサム、君の国の桜をイメージしたカクテルを」
「桜のカクテル、いいわ、最後の一杯お付き合いするわ」

   五杯目のカクテル

「では、永遠の訣別に乾杯するとしよう」
「なんて美しい色なのかしら。緋桜、赤に近いピンクね」
「ヨコハマの名門バー・パリのオーナーが考案したものだよ。チェリーブランデー、ブランデー、オレンジキュラソー・レモンジュース・グレナデンシロップが絶妙にミックスされた鮮やかなカクテルさ」
「港町横浜の」
「かなり酔いが回ったようだね。君の体は危なっかしげに揺れてるよ」
「大丈夫よ」
「少し横になったほうがよくはないかい。君さえよければ、ファイブスターホテルのスイートをリザーヴしてあるんだけど」
「とんでもない。これ以上とどまれないわ。緋桜のカクテルを呑んだら、すぐ行くわ」
「一刻でも引き延ばしたいんだ。ゆっくり呑んで」
「引き延ばしても、結局は同じことよ。私たちは別れる運命にあったのよ。互いに伴侶としてふさわしい相手を得て、右と左に永遠に岐(わか)れるのよ」
「もう一度だけ、最後の一回だけ青春を取り戻すように熱く抱擁し合わないか。あの甘美な悦楽の一瞬、君は羽をもがれた小鳥のように僕の肩に取り縋って切ないあえぎを洩らしたものだった。僕は君の耳朶に、ユー・ビロング・トゥ・ミーと熱く囁き……。まさにあの瞬間君は僕に属していた、あの刹那君は僕のものだった」
「ユー・ビロングド・トゥ・ミー、お生憎様、過去の話よ。そろそろ時間切れよ。いろいろありがとう。今夜は二十六年ぶりにお逢いできて楽しかったわ。そして、往時のことはどうか許していただきたいの。素晴らしい恋をありがとう。これで終わりでも、あなたのことは永遠(とわ)のメモリーとして私の胸に刻まれるでしょう。サンクス・アゲイン・アンド・アイム・ソーリー」

 最後のカクテル

「まだ九時を回ったばかりで、夜は始まったばかりだよ。これがほんとに最後の最後だ、ラストの呑むためでなく見るためのカクテルをひとつ、君にプレゼントさせてくれないか、プースカフェだ」
「七色の美しい鑑賞用カクテルね。いいわ。一目見たら、行くわ」
「僕たちの恋の日々も、この虹色のカクテルのようにめくるめくきらびやかなものだった。ドラッグに溺れながら、夢うつつの官能の世界を彷徨った」
「最上カースト・ブラーミンの輝かしい鳶色の膚、ヘロイン常習の媚の翳、ピュアなパウダーが膚を蠱惑的なディープマルーンに焼くと初めて知ったわ。あなたはジーンズのポケットから小さな紙包みを取り出すと、ハードカバー書の上に雲母のようなひとかけらを落とし、ジャックナイフの先端で突き崩し、スノートした」
「君も僕の薦めに応じて手を出し、共に媚薬を分かち合った。甘美なセックスとドラッグの楽園……」
「ヘロインとはあなたにとって、グル(導師)のようなものだったかしら、ヘロインに溺れる美しい墜天使よ、如来という名を持つあなたはまさに、天使と悪魔の合いの子、蠱惑的な異郷のアマンだったわ。ヘロインに酔ってあなたが洩らしたコーティザンの伝説を覚えていて?」
「昔、ニルヴァーナホテルがZパレスの称号で呼ばれていたときの逸話だね」
「ええ」
「ベンガルの王は、並み居る恋敵を打ち倒して、当代随一のコーティザンをものにした。稀代の魔娼を海に臨む美しい館に囲った王は週末ごとに、四頭立ての馬車を駆って訪れた。が、半年後には寵愛が薄れ、パータリプトラの都で見初めた美妓に心を移す。王のお見限りを嘆き哀しんだ女はある日、気晴らしにバザールに出てふとしたことから知り合った町の若者と通じてしまう。背徳は程なく発覚し、姦淫の罪で城塔の牢に監禁される。そして、ある夜牢番の隙を突いて脱出、塔から真っ逆様に身を躍らせた……」
「そのコーティザンの悲劇に、現世のあなたとの叶わぬ恋を重ね合わせていたのよ。私の前世が彼女と思い込み、霊が取り憑いていると信じていたのよ」
「なんてロマンチックな幻想譚だろう。では、さしずめこの僕は、王の生まれ変わりだったとでもいうわけかい」
「その通りよ」
「古代の王は愛妾と睦み合う褥の傍らに、常時水ギセルを置いてオピウムを吸引しながら、事に臨んだって知ってたかい。性愛を昂めるためのなくてはならぬ媚薬、あの癖の強い甘やかな芳香は今も、僕の鼻孔にこびりついているようだよ」
「めくるめくカーマ(性愛)の饗宴、あなたは古代性典、カーマスートラの四十八手の秘儀、愛のアートを逐一私に教え込んだ。私の胸元には、愛咬の痕がコーラルネックレスのように架かって刻印されたものだった。男女交合神のように窮極の結合を知った私の肉は、未来永劫に別の男人ではあやされない重い罪の烙印を捺されたのよ」
「まさに、七色のカクテルにふさわしい夢物語だ。では、もう一度.僕と美しいロマンを夢見よう」
「いまさら、初老近いこんな年になって?」
「五十代の今だからこそ、男と女の酸いも甘いも噛み分けた今このときだからこそ、却ってマチュアな大人の恋愛ができると思わないか」
「いまさらハーレムの愛人の一人になるのはごめんよ。いい加減解放してもらえないかしら」
「そう言いながら、君はついさっき、前世での僕との窮極の睦み合いを熱をこめて語ったばかりじゃないか。君の躯が往時を蘇らせ、熱く燃えていることはわかっているよ。その滾(たぎ)るような熱情に応える贈り物がここにひとつある。君が受け取ったら、イエスということにしよう。オーキッド・イン、白蘭が刻み込まれた銀製の古めかしいキーだよ」
「オーキッド・インですって。昔、私たちの最後の逢引場所になるはずだったホテルの跡地に建った五つ星ホテルね」
「そうだ、同じ場所だ。あのときはすれ違ったけど、今度こそ」
「タイムマシンで過去には戻れないのよ」
「クールな顔を装っても、君の指先は今にも触れそうにキーに伸びているよ」
「私が本気でキーを受け取るとでも思っているの」
「自信はある、なぜって君は今でも僕のことを愛しているから」
「本当に残酷な男(ひと)ね。今になって私をこんな惑乱の中に投げ込んで、不要な苦しみを与えるなんて」
「君は迷っている、僕の目には君がこの鍵を摑みとって先に立って歩き出す姿が見えるようだよ。そのピンクのミディ丈のドレスの下に隠された、年齢の衰えを見せない若々しい裸身とともに」
「いまさら虹色の夢は見れないのよ」
「グレナデンシロップ、メロンリキュール、ヴァイオレット、ホワイトペパーミント、ブルーキュラソー、ブランデー、下から順にリキュールの比重の差を利用して注ぎ入れた赤、淡緑、紫、、白、ブルー、琥珀、なんてきれいなカクテルだろう。僕たちの再会の一夜を演出するに願ってもない、ラストカクテル、しかも大麻入りのとっておきのやつだ。さあ、ストローで啜り上げたら、鍵を摑みたまえ。僕と妖しい魔の楽園に旅発とう。息もつかせぬ奈落の連続を味わわせてあげるよ」


 翌朝、時節外れの雷雨が吹き荒れて、バルコニーのアラマンダの花はあえなく散った。大理石のフロアに散乱する鮮やかな紅紫の花を捨てるに忍ばず、女は花瓶に活けた。
 晴れ上がったさらに次の日、萎れかかったアラマンダを花瓶の口から抜き取ると、海へ向かった。
 ベンガルの荒波に赤紫の花の一輪を浸すようにそっと乗せる。
 あでやかに海面を彩ったアラマンダは不意に押し寄せた大波にさらわれ、沖へと運ばれていった。矢継ぎ早に掌中から落とす。雨後のオリーヴ色に澱む海は、鮮やかなラッパ状の花を点々と貼り付かせ、目を射ったともなく、ひとときのちに波に呑まれ、色は跡形もなく失せた。

 若かりしころの恋の葬送、二十六年後の今、やっと弔いができたことに女は感慨に耽るあまり、身じろぎもせずその場に立ち尽くしていた。
 戻って、女は男からのメールに、白昼の悩ましい妄想であえなく男に堕ちたのとは裏腹に、
「あのころのことは今でも私の脳裏に甘美で鮮烈な記憶として焼きついています。でも、もう終わりにしなければなりません。来世まで、あなたへの想いを持ち越したくないからです。ありがとう、そして、今度も応えられない私を許してください。政治家として、人民に奉仕する使命を果たしてください。お元気で。アイム・ソーリー、サンクス・アゲイン、アンド・グッバイ・フォエヴァー」
 と簡略に綴り、送信ボタンをクリックした。
 人妻の甘く狂おしい、アメーバーのように触手を広げた日中の幻覚から、ドラッグから醒めるように正気が蘇っていた。
 二十六年ぶりの男の求愛に躯が熱く燃えた、一夜だった。五十代最後の発情でもあったろうか。六十の坂は目の前に見えていた(了)。
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アラマンダの追憶1(2015年度銀華賞佳作作品)

2017-02-28 17:40:32 | E全集(受賞作ほかの全小説作品、2017~)
アラマンダの追憶 (The Nostalgia of Allamanda)

                                 李耶シャンカール


 バルコニーの鉢に、鮮やかな紅紫の花が咲き乱れている。熱帯国の夏を彩るトロピカルフラワー、アラマンダだ。巻き上げたつる状の小枝の先にラッパ状の花を点々とつけた大輪のあでやかさに女は見とれる。
 二十六年前のあの炎暑の季節にも、アラマンダが咲き誇っていた。しかし、記憶にあるのは赤紫の品種ではない、鮮やかな黄色のアラマンダだ。
 あの輝かしいレモンイエローの花が咲き誇る傍らで、男と初めて出遇ったのだ。アラマンダの花言葉が、「恋に堕ちる前」と知ったのはずっと後になってからのことだった。
 そう、奇しくも、その花言葉どおり、女は男を一目見た途端、恋の予感におののいたものだった。
 海風に揺れて、開ききった花弁がはらりと二人の肩に舞い落ちた。
 女は男が経営する豪奢な王宮ホテルに足を踏み入れた。
 その日から、運命の恋が始まった。

 烈光が地を刺し貫く異郷の午後、女の元に舞い込んだ差出人不明のEメール、アラマンダの狂い咲きの予兆のように、女はかつて烈しく愛し合った男と、州都の場末のバーで再会することになった。

   一杯目のカクテル

「しばらくでした」
「本当にしばらくだったね。まさか、四半世紀を経て君とまたこうして巡り逢うことがあろうとは思ってもみなかったよ。ところで、飲み物はなんにする?」
「カクテルを戴きたいわ」
「僕はジンとドライベルモットの、カクテル中の最高傑作、伝説のマティーニにするけど、君は?」
「ジンをグレナデンシロップで割ったピンクレディにするわ」
「一九一二年ロンドンで大ヒットした舞台『ピンクレディ』の千秋楽の打ち上げパーティーで、女優のヘイルズ・ドーンに捧げられたカクテルだね」
「ピンク色の可憐な美しさが好きなのよ」
「君の今日のドレスの色とマッチしているね」
「ありがとう」
「では、乾杯しようか、僕たちの再会を祝して」
「チアーズ」
「長い歳月の後で、いきなりメールを送って申し訳なかった。迷惑じゃなかったかい」
「さすがにびっくりしたわ。でもなぜ」
「なぜ今頃になって……僕にもわからない、唯」
「唯、君がどうして僕の前から忽然と去ったのか、二十六年後の今になって不意に問い質したいやむにやまれぬ欲求に駆られてね。ソーシャルネットワークを当たって君を見つけだしたときは小躍りしたよ」
「でも、いまさら私が逃げだした理由なんか知って、どうするの」
「どうもしやしない。ただ、君が僕に一言も告げず消えたことで、君との関係はいまだ終わってないような気がして。ずっと心の奥に引っかかっていたんだよ。なぜ、あの最後のとき、君から誘っておきながら、州都のホテルに顔を見せなかったのかと」
「私は……怖かったのよ」
「怖かった、何が」
「あなたに抱かれることが」
「僕は君を取って食おうなんて、考えてなかったよ。それに僕たちは二年前既にそういう関係だったじゃないか」
「じゃあ、こう言えばわかってもらえるかしら。情事の置き土産とうそぶく、あなたのクロゼットに溢れる女物のパンティーの一枚になりたくなかっただけのことだと」
「不実な恋人に対する愛想尽かし、だったというわけかい」
「そんな生温いものじゃなくて、生木を引き裂かれるような選択よ。あのときの私の切実な想いがあなたにわかっていただけるとは到底思えないわ。あなたにとって私とは単なる刹那の情事の相手、いわばホテルを通過する外人女性客とのラブアフェアは日常茶飯だったんですもの。でも、私は少なくとも真剣だったわ。だから、弄ばれたくなかったのよ。その他大勢の外人女性の一人として、あなたの餌食になりたくなかっただけのことよ」
「で、君は今、誠実なパートナーを得て、幸せというわけだ」
「そうね、少なくとも彼は浮気はしないわ」
「二人で仲良く、ホテルを取り仕切っているということか」
「私がここにホテルを建てたのは、あなたに対抗するためだったと言ったら?」
「そうだったのかい」
「あなたとの恋が破れた後、ホテルをオープンできるような現地人パートナーを捜していたのよ。そうするうちにおあつらえ向きのビジネスパートナーが見つかったというわけ。まさか彼と結婚しようとは思ってもみなかったけど」
「そんないきさつは初めて知ったよ」
「私、ウィークデーは州都の地方新聞社で編集主幹(エグゼクティヴエディター)として勤め、週末は海辺のホテルでオーナー然と椅子に反り返ってサーバントに指示を下すあなたの優雅な二重生活に、理想の生活の体現を見出していたのよ」
「そういえば君も、フリーランスのジャーナリストだったっけ」
「私がどんなにか、ニルヴァーナホテルの女主人になることを焦がれたものだったか、あなたには到底わかっていただけないでしょうね」
「君が僕のホテルを並々ならぬ愛情で慈しんでいたことは知っていたよ」
「昔王族の離宮だったという、隅々まで趣向の凝らされたゴージャスなホテル、天井の高い広々した部屋は三面に瀟洒なフランス窓が穿たれ、磨き上げられた大理石のフロアには天蓋付きダブルベッド、籐のテーブル&チェアセット、クロゼット・ドレッサーなどの美しい調度類が艶やかな飴色の光沢を放っていた。ゆったりした白理石張りの清潔で明るいバスルーム、おまけに、南面に張り出した円形バルコニーからはベンガル海の眺望が見下ろせた。それよりも何よりも、極めつけはルーフ、東西に長々と横たわるアイボリーブルーの大海の壮麗さときたら。あの息を呑むパラダイス、天上の絶景を手中にしたいとの祈りにも似た悲願があったのよ。結局、涅槃宮は私にとって未来永劫に、禁断の園と化してしまったけど」
「一体、僕と僕のホテルと、どっちをより愛していたんだい」
「同じくらい狂おしく入れ揚げていたわ。あなたと結婚して永住権を取得して、ニルヴァーナホテルの女主人になりたいと、烈しく焦がれたものだったのよ」
「僕は、君のその夢を台無しにしてしまったというわけだ」
「所詮、あなたにとって私とは、刹那の情事の対象以外の何ものでもなかったんですものね。私の含みある求愛、パーマネントパーミッションをくれないという切羽詰まったプロポーズをあなたは冷酷極まりない、俺はイミグレオフィサーじゃないの一言で退けてしまったのだから。あのとき、私がどんなにか惨めな屈辱を嘗めたかわかってて」
「当時の僕は鈍感だったんだよ。君の真意を汲み取れなかっただけのことさ。額面どおりに受け取ってしまった、女心に疎かった若造ゆえの失態だ」
「でも、仮にこちらの意図が通じたとしても、あなたがイエスと答えたとは到底思えないわ」
「当時の僕に至らないところがあったとしたら、許してほしい」
「やめましょう、昔の取り返しの付かないことをいまさら、蒸し返すのは。五十代の分別盛りの大人がみっともなかったわ。そっくり同じ質問を返させてもらっていいかしら。あなたは今幸せ? いえ、訊かなくてもわかっているわ。二十も年下の若く美しい妻、一粒種の愛らしい息子、国会議員という名声と地位、あなたには何もかもがありますものね」
「そういう君だって、ひとり息子がいて、幸福な家庭生活を営んでいるじゃないか」
「そうね、おかげさまでとても平和で穏やかな結婚生活を送らせてもらっているわ」
「それだのに、なぜ僕と再会する気になったの」
「いまだに私が想っているなんてうぬぼれないで、唯……」
「唯?」
「私の中でも終わってなかったこの恋を終わらせるには絶好の機会と思ったまでのことよ」
「君の中でも終わってなかった?」
「そう、とっさの衝動で逃げ出して、中途半端に断ち切ったことで、あなたとのことがずっと宙ぶらりんに私の中に残っていたの」
「それはつまり……」
「あなたが引っかかっていた理由とは違うわ。あなたは、大勢の追いかける女の中で、私が唯一振った女だから、プライドが許せなくて、今でも私のことを忘れないでいたんでしょう、でも、私は」
「君は?」
「すべては、私の側の問題だったわ。結婚した後も、地方新聞にあなたの記事が載るたび、大事に切り抜いてとっておいたわ。あなたが、政敵と白昼の路上で、外人女性をめぐって
カーレースを繰り広げたことも、未成年の少女と恋に陥って少女の母から誘拐容疑で逮捕されそうになったいきさつも、初めて州議として出馬し勝利、以後下院議員に転じたことも、誘拐の濡れ衣を晴らすため少女と婚約したことも、にもかかわらず五年後には破局に至り、四十代に突入してまもなく二十も年下の若く美しい女優と電撃結婚したことも、元州首相のお母様が逝去された際たいまつの火を掲げて露天火葬を取り仕切った顛末も、みんなみんな知ってるわ。別れた後も、執拗にあなたの人生を追い続けてきたのよ。それが私の想い方、だったのよ」
「君はそこまで、僕を深く愛していたということか」
「うぬぼれないで。あなたが不幸になることを望んで、追い続けていたと言ったら」
「君の望むように、僕は政治家としての浮沈はいやというほど味わったよ」
「そうね。一度僅差(きんさ)で敗れたことがあったわね。でも、その後はまた復帰し、二期連続国会議員を務めている」
「担当地区の住民が僕のことを愛しているせいだよ」
「政治になんてちっとも興味がないとうそぶいた、ドラッグ・女三昧だった若かりしころのあなたも、つまるところ蛙の子は蛙だったというわけね」
「若気の至りでいろいろ過ちを犯したけど、今は人民のために奉仕したいと切実に思っているよ」
「昔のあなたとは到底考えられないくらい、いまやご立派な政治家、メンバー・オヴ・パーラメント、MPですもんね」
「それは皮肉かい」
「本心から褒めているのよ」
「君だって、重々承知だろう。この国がいまだに飢えているという現実は。経済繁栄なんて近年注目されているけど、実態は三食満足に口に入らない貧民がたくさんいるということだよ」
「二十六年ここに暮らした私には言わずもがなの、凄惨な現実よ」
「飢えを減らすことが、僕に課された政治家としての使命だとも思っている」
「もう一杯、カクテルを戴いてもいいかしら」
「ちょうど僕もお代わりをと思っていたところだ。僕はジンとライムのギムレットにするけど、君はなんにする?」
「ジンとアプリコットブランデー、オレンジジュースの甘口のパラダイスにするわ」
「ベンガル湾のサンセットの色に似た鮮やかなカクテルだね。僕のギムレットは、レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』の主人公、私立探偵のフィリップ・マーロウに、柔らかさと甘さと鋭さが一緒くたになっていると評しせしめたカクテルだよ」

   二杯目のカクテル

「僕たちがこうして再会したということ、往時の別れのいきさつが共に胸中に引っかかっていたということ、今こそすべてを水に流して和解のときが来たとは思わないかい」
「和解? どういう意味?」
「初老近い年齢になって再燃なんてありえないと、君は言うかもしれないけど」
「きれいな奥様に満足なさってないの」
「妻はよくやってくれてるよ」
「そうね。あなたはふさわしい伴侶ですものね。選挙キャンペーンに美しい妻は恰好のパブリシティよ。あなたの政治家としてのその礼装パンツスーツ、クルター・ピジャマも、愛妻のデザインになるものって聞いたけど」
「君はなんでも知ってるんだな。長い年月が経った今、なぜそこまで僕にこだわるの。それは愛情の裏返しではないかい」
「うぬぼれないでと何度言ったらわかるの。唯、テレビの政治討論会で、あなたの着ているサーモンピンクやモスグリーンの丈の長い上衣、クルターをとてもファッショナブルだと思っていたのよ。あなたの奥様は元女優だけあって、さすがにデザインセンスに優れているわ」
「色男もこの年になれば形無し、僕の髪はいまや半白だよ。君の髪はいまだに黒いね」
「奥様とは二十二歳も違うのよ。染めるのは女の身だしなみよ」
「しかし、君は相変わらず若々しく、魅力的でウイットに富んでいる」
「お世辞でもうれしいわ」
「お世辞なんかじゃないさ。僕よりずっと若々しいし、色恋沙汰だって、おかしくないルックスだ」
「あなたの奥様にはとてもかなわないわ。本当におきれいな方ね。亡きお母様が経営なさっていた地方新聞のエグゼクティヴエディターもなさっていると聞いたけど。あなたにはうってつけの伴侶ね」
「僕は政治一本やりで、ホテルもそうだが、地方紙まで手を回す余裕はとてもないからね。妻はよくサポートしてくれているよ」
「男の成功の陰に女あり、ね。そんな美しい愛妻を差し置いて、どうして今頃私にちょっかい出したりするの」
「君のことはなんと言うべきか、とにかく長年心に引っかかっていたんだよ。僕はね、ある意味家庭失格者なんだよ。政治家の常で家族と過ごす時間がなかなかとれない。妻には大変申し訳ないと思ってる。きっと、不満に思っているはずだ。しかし、家庭を犠牲にしてでも人民に奉仕することが政治家の務めと思っているし」
「だからといって、不仲というわけでもないんでしょう」
「妻には……若い愛人がいる」
「で、あなたも、女を作ろうというわけ」
「いや、僕はそもそもの初めから、彼女を縛る気はなかったから。嫉妬がないといったら、嘘になるけど、その代わり僕も婚外交渉を楽しませてもらっているし」
「それで、私も、その大勢の愛人の一人にしたいわけ」
「いや、長年関係のあった女性と最近別れてね」
「ああ、それで。そういう理由で連絡してきたのなら、こちらは大のお断りよ」
「君のことは本当にずっと気になってたんだ。今ここでよりを戻せるものなら」
「ご自分が何をおっしゃっているのか、ご存知? 正気とは思えないわ。二十六年後の今またしても、私を惑いと混乱の極みに陥らせて。プレーボーイで鳴らしたあなたを袖にしたたった一人の女への復讐を今頃になって図ろうとでもいうの」
「男は容易に堕ちない女の首っ丈になる。君はいまでも、手ごわいよ。男の狩猟本能を掻きたてる」
「私が振ったことで、あなたの心の襞に刻まれる女になったのなら、策略は成功したということね」
「戦略、だったのかい」
「恋の駆け引きよ。あなただって、散々駆け引きを使って、たくさんの女をものにしたくせに」
「では、もう一度、恋の闘いのお手合わせを願えるかい、今夜は帰したくない」
「もう一杯、カクテルを戴いていいかしら」
「君にとっておきのカクテルを勧めたいよ。ウオッカとオレンジジュースのスクリュードライバーはどうだい」
「女を落とすに常套のカクテルね。でも、私はスコーピオンを戴くわ」
「さそりの毒で僕を刺すつもりかい」
「ホワイトラム、ブランデー、オレンジジュース、レモンジュース、ライムジュースのカクテルは口当たりのよさに騙されて、気づいたら酔いが回っていたという危険極まりないお酒よ。危ないのは私のほうよ。目の前に今にも牙を剥き出して襲いかかろうとしている狼がいるんですもの」
「僕はもう若い狼じゃない、牙の折れかかった老ウルフさ」
「ロイヤルエンフィールド、優美でセクシーな女体にも似た単車を駆るあなたの原像は今も、私の網膜にくっきりと焼き付いているわ。エンジンの咆哮に栗色の長髪が獅子の鬣のように逆立って。すこぶるアトラクティヴだったあなた、一目見ただけで女は虜になったものよ」
「君も可愛かったよ。涙もろくて感受性が強くって。さて、何を頼もうか。君がスコーピオンなら、僕は毒消しとして、ウオッカとグレープフルーツジュースのソルティードッグか、ホワイトラムとライムジュースとクラッシュドアイスのフローズンダイキリといったところだな」
「ヘミングウエイがハバナのお気に入りのバー、フロリディータで朝から楽しんでいた砂糖の入っていないフローズンダイキリが、酷暑季の今はぴったりよ」
「それにしよう」

につづく)
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