インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

追加の16ホテル封鎖に追い込まれる

2016-08-27 16:19:08 | 私・家族・我が安宿
ベンガル湾沿いのヒンドゥ教聖地プリーにわが宿ラブ&ライフはあるが、東の浜のホテル街が環境保護局とのいさかいですでに二十軒閉鎖に追い込まれたことは先にお伝えしたとおり。

第二陣の網に引っ掛かったのが16軒。うちは、先般息子が帰郷したときに、夫と連れ立って連日旧州都カタックや州都ブバネシュワール詣で、高等裁判所でステイオーダー(留保)をとったので、難を免れたが、放任していたホテルが犠牲になったようだ。

しかし、うちもステイオーダーをとらなかったら、危なかった。
ホテル業に従事する前司法書士だった夫は法律に強く、専属の弁護士もついてるため、すぐとれた利点があったのだ。

海に近いホテルだけでなく、街中も西の浜も、一時閉鎖に追い込まれるホテルが増えているそうな。

私ときたら、どこかのんきで、海に汚染を垂れ流してるホテルだけと思い込んでいたのだが、なんかプリー全体のホテル業界にとって抜き差しならない事態になってきたようだ。

この突発的事件で、夫の帰国同伴がおじゃんになったわけだが、やはりこういう状態では、オーナーが不在にすることもできないだろう。
緊急事態である。

でも、「ホテル・ラブ&ライフ」は健在です。
年中無休で28年、今後も出来るとこまで続けていきます。
インドに旅される予定の方は、ぜひお立ち寄りください!
HOTEL LOVE&LIFE ホームページ
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金星から来たミュージシャン?(宇宙動画ほか三曲紹介)

2016-08-26 17:07:04 | 音楽・スポーツほか娯楽
アルフィーという四十二年続いている日本一長命バンドに嵌って四ヶ月、来る帰国時はコンサートに行こうともくろんでいるが、動画で各地のツアーを見ただけの新米アル中とはいえ、これほどファンを大事にするファン思いのバンドもないと思う。

リーダーの高見沢俊彦は常にステージの端から端まで飛び回ってファンサービス、後部座席や立ち見の人も気にかけ、ギターのネックをその方角の客席に向けるように持ち上げ、「アルフィーには前も後ろもない」と呼びかけたり、コンサート後の客席に向けての三人のお辞儀が深々と背を折って上体がぴったし両下肢にくっつくほどの姿勢で延々長すぎるくらい保つのも、アルフィーらしい。

「どんなことがあっても、俺たちについてこいよー」のリーダーの呼びかけに応じて三十年フォローしたファンは、アルフィーについていって本当によかったというけど、それはそうだろう。私はすでにインドでミスしたが、現在まで続けてもらったことに感謝、遅ればせながら邂逅を果たせたことがうれしい。だから、自分にとっても「つらいこともあるかもしれないけど、俺たちはいつでもステージで待ってるから」の呼びかけはうれしい。

自らの音楽性を追及するあまり、ファンを置き去りにしてしまうアーチストが多い中で(なかにはファンをないがしろにする傲慢なアーチストもいるだろう)、全員が四十年以上続いたのは「ファンのおかげ」と謙虚さを忘れない。
音楽性のみならず、人間的にすばらしいバンドだと思う。

面食いの私は、待ってましたとばかり(理想のバンド、ギターのうまい美形ミュージシャンを捜すともなく捜してた)高見沢俊彦に飛びついたが、外見の美しさやゴージャスなファッションは確かに目の保養ながら、嵌ったのは天性ともいえるソングライター力、歌詞と曲のすばらしさである。それと、高度に進化した人間性。

荒唐無稽なことをいうようだけど、私には彼がなぜか地球人のように思えないのだ。
日本人離れした彫りの深い美白顔は、金星から愛の使命を持って舞い降りた宇宙人のよう、地球人の中には宇宙人が混じって進化の手助けをしているそうだから、彼もその一人ではないかと本気で疑っている(星や宇宙についての歌も多いしね)。
余談だけど、池澤夏樹が1988年芥川賞を受賞した「スティル・ライフ」も、地球人に混じった宇宙人がテーマだったっけ。
高見沢さんには、大物の守護天使がついて、彼をツールとして天使のプロパゴンダをしているように思えてならない(歌詞の端々に登場する天使や、オリジナルのエンジェルギターがその証拠?)。彼はつまり、メッセンジャーとしての役目を担っているのだ。

かかっているといわないでほしい。

守護天使で思い出すのは、昔スプーン曲げの超能力者、清田益明(1970~80年代にかけて超能力者としてマスメディアに取り上げられ、エスパー清田」と呼ばれて、スプーン曲げなどの念力や念写などを披露)をインタビューしたときのエピソード。彼は私にだけ、そっと打ち明けてくれたのだ。ガブリエル守護天使様が指導霊としてついていて、生き方指南をしていてくれることを。山下くんという透視能力者もインタビューしたが、やはり守護天使がついていると洩らしたものだ。

話を戻すと、成功している人ほど謙虚というが、高見沢さんは本当にファンを大事にするし、アルフィー全員が控えめで謙虚。MCも深くて教えられるというファンの言どおり、「自分のことが好きですか」と問うミュージシャンはこれまでいただろうか。

詞にも人生への問いかけ、生き方指南が示唆される。

本も何冊か出しているようだが、以下一冊レビューとともに紹介したい。
「あきらめない夢は終わらない」(高見沢俊彦、2004)

内容紹介
初めて明かされる高見沢俊彦の真実。「自分の心と体に響くものに従順であれ」「メゲたときほど、出来そうもないことを約束する」——好きなことをあきらめたくない人へ、50のメッセージ。

内容(「BOOK」データベースより)
初めて明かされる、人間・高見沢俊彦の真実!文学とロックに傾倒した高校時代、デビューでの挫折、レコード発売中止事件、『メリーアン』誕生の裏側、10万人ライブに込めた決意、メンバーとの絆、派手な洋服を着ることの意味、TVで自分を露出することの真意…。なぜ、THE ALFEEは30年間、休むことなく走り続けることができたのか?「好きなこと」をあきらめたくない人へ、50のメッセージ。

トップカスタマーレビュー

5つ星のうち 5.0真理だと思う
投稿者 カスタマー 投稿日 2004/12/28
形式: 単行本
アルフィーファンではないけれど、「堂本兄弟」で高見沢さんを見ていて、奇想天外で自分らしくていいなあと思っていたので読んでみたら、ものすごい真理が山のように書いてあった。個人的にとても感動したのは、「成功しない(売れない)のは本当の自分じゃないからだ」と思いなおして、本当の自分を表現するために実にいろんなことを試したり、壁を打ち破ろうとする姿勢。アルフィーの高見沢さんとしてもそうですが、一人の大人としてとても敬意を持てます。励まされるので、たくさんの人に読んで欲しい。成功の秘訣というよりは、自分が自分らしい人生を生きるためのアドバイスです。

5つ星のうち 4.0無駄のない美しい本
投稿者 makutsu 投稿日 2004/10/8
形式: 単行本
特にアルフィーファンではないのですが、
新聞広告に引かれ買ってみました。
シンプルで上品な装丁。
押し付けがましくなく、素直に読める内容で
好感が持てました。
この王子様はナルシストどころか、すごく正直で謙虚な方ですね。
ファンでない人も楽しめると思います。
アルフィーの歴史や長命の分析、
メンバー同士の普段の接し方なども書かれて
いたのが面白かったです。

5つ星のうち 5.0見た目より、中身はもっとかっこいい高見沢さん
投稿者 どんべえ 投稿日 2008/3/2
形式: 単行本
ロックミュージシャン、アーティスト、製作者の高見沢さんの人生を通して書かれたエッセー。 無名人から有名人になった高見沢さん。 ブレイク直後、TVではあまり前に出ず、つねに寡黙だったあの頃の高見沢さん。 ぴちぴちスパッツとフライングVの時代の高見沢さん。 長谷川君と同じヘアースタイルだった頃やウェービーヘアの頃の高見沢さん。 それぞれの時代の流れと共に高見沢さんを考える事ができる本。 文章が綺麗で啓蒙的。 数ヵ月後、数年後に、また読みたくなる本だと思う。  

5つ星のうち 5.0自分の生き方を考える参考になる
投稿者 にょろにょろ 投稿日 2004/10/5
形式: 単行本
高見沢さんの経験を基に今まで感じてきたこと、考えてきたことが
書かれています。いわゆる自叙伝とは少し異なった趣旨の本です。
非常に読みやすく書かれており、ファンであるないに関わらず
同じように素直な気持ちで読めると思います。
もちろんミュージシャンとしての活動を通して書かれているのですが、
その内容はミュージシャンではない私たちにも通じるものがあり、
一つの事に打ち込んで生きていくうえで大切なものを考えさせられます。
私も現在、ある目標に向けて進んでおり、悩んだり苦しんだりした時に
高見沢さんが書くアルフィーの曲に励まされることが多いのですが、
この本を読むと、それらの曲に込められているメッセージと同じ位
励まされ、明日からまた頑張って生きていこうと思えます。
また逆に、自分の目標が見つからないという方にも、この本は
何かしらヒントを与えてくれるのではないかと思います。
この本を読んだ後でアルフィーの曲を聴いてみると、彼らの曲に込められた
メッセージを、よりダイレクトに感じるられるかもしれません。

5つ星のうち 5.0誠実な本
投稿者 とらお書店 投稿日 2004/10/11
形式: 単行本
自分を客観視できる冷静さと、夢をあきらめない情熱をもった高見沢さん。
きっと学生時代に桜井さんや坂崎さんに出会っていなくても、どこかで成功する人だと感じました。
本物の人生の充実感を知っている人が書ける内容です。
仕事のできる人の考え方、感じ方としてもとても参考になる本だと思います。
ファンでも、ファンでなくても必読の書ですよ~♪

5つ星のうち 4.0王子の実態。
投稿者 カスタマー 投稿日 2004/10/4
形式: 単行本
実に骨太な男である。
外見のなよっとしたイメージとは裏腹に実に体育会系な男の生き様を見せ付けられた感じです。
外見とのギャップもさることながら、言葉として50歳を迎えた彼の人生観を垣間見ることもできました。

5つ星のうち 4.050才って若い!!
投稿者 カスタマー 投稿日 2004/10/4
形式: 単行本
ファンの方はもちろん読むんでしょうが、是非彼と同世代の方々に読んで貰いたい本です。
とかく元気がない中高年が多い中、この本を読むと元気と勇気が湧くのではないでしょうか。
ビジュアルだけで彼を判断していた人!!是非読んでください。

5つ星のうち 5.0とっつきにくくなく読める好著。
投稿者 Nouvelle Vague 投稿日 2004/10/6
形式: 単行本
~高見沢さんといえば、もちろんアルフィーのイメージなんだけど、この本は「アルフィー」に特化した内容ではなく、いろいろな主題を抽象化、一般化して書かれているため、アルフィーに詳しくない人にもとっつきやすい本に、結果としてなっていると思う。
ひとりのミュージシャンの人生観に、どこか参考になる「光」のようなものを見つけられるかもしれない~~。一編がとても適当に整理された長さなので、疲れることなく読み通せます。~

*アルフィーファンでなくても教えられることの多い一冊のようで、帰国時紐解けたらと思っている。これから帰国のたびに地方公演の追っかけをしてついでに旅もたのしんでしまおうとプランしているが、高見沢さんをモデルにしたミュージシャンの生き様がテーマの長編小説を書いてみたい。そのための資料集めもかねての、コンサート見学、仕事と趣味をかねて楽しめるというのがサイコーだなあ。
これまでメントーは小説家か宗教家だった私、ギターに長ける美形ミュージシャン崇拝は初めて、コンサートでは還暦超えての若々しさとパワーのおすそ分け、勇気と希望をもらえればと思っている。

最後に歌を三曲どうぞ。
この愛を捧げて
♪星に命があるとしたならば君はその命を守りきれるのか 名もなく生まれし消えゆく運命よ 愛しき人の命…君は守れるのか 祈り続けよう 未来の子供達へ 闘い続けよう 愛する人のために この愛を捧げて君を守りたい 幾千億の星に誓う永遠の愛を♪

2009年12月16日にリリースされた、THE ALFEE通算59枚目のシングルで、アニメ映画『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』のエンディングテーマ曲。高見沢がライブで沢田研二の「ヤマトより愛をこめて」(映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』エンディングテーマ)を歌ったことがあるほどの大のヤマトシリーズファンであること、2009年がヤマトシリーズ第1作のテレビアニメ放映開始とTHE ALFEEのメジャーデビューから共に35周年を迎えることで、原作・監督を務める西崎義展と会った際に意気投合したことで実現したという。
宇宙スクリーンの背景が見ものの必見ビデオです。アルフィーが、この宇宙船に乗ってやってきたと想像すると楽しくなりませんか。何度もお辞儀して、スタンディングオヴェイションに応えるラストも感動物。

アルフィー 「TIME AND TIDE」 1996年 RED歌詞はこちら
ファンにはおなじみの人気ナンバーの美しいバラード曲。

終わりなきメッセージ歌詞はこちら
米軍キャンプでの戦火を思わせる特効がすごい。必見!
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新しいベッドとマットレス届く

2016-08-25 15:33:27 | 生活・慣習
先般下見したダブルベッドとマットレスがようやく届いた。

インドの物価は先進諸国に比べると安いのだが、インフレもあって、いまは物にもよるが、日本の物価の5-7分の1くらい。
しかし、衣類や家電は日本より高いくらいで、家具も古いデザインなのに、日本並みに高い。というわけで、日本円にして五万円も浪費、が、近年、坐骨神経痛、最近はヨガで背筋を痛める怪我に見舞われた私にはこれまでの柔らかいマットレスでは限界、固くて背骨にいいマットを選び、ついでにベッドも買い換えたのである。

お昼にちょっと仮眠したが、快適だった。
もっとも、一晩寝てみないと、背中への影響は定かにわからないのだけど。
四千円安いマットがやや柔らかめなので、何日かトライしてみて固すぎたら、変えてもらうつもりで、ナイロンの袋のラッピングはつけたまま。
ベッドシーツが滑るが、数日は様子をみるため致し方ない。

ホテルのフロアのタイル張替えも順調に進んでいる。
本当は昨年改装するはずだったのが、急遽金沢にマンション購入で、延びたのだ。
家族帰国旅行は頓挫したけど、浮いた旅費を有効にいかせれば願ってもない。

これを機に、築17年になる私邸も徹底クリーン、インテリアなども変えたいと思っているが、それは日本から戻っての12月以降になりそう。

でも、ここ数年マットレスを買い換えたいとぼやきながら果たせなかったのが、やっと実現かなってうれしい。
というか、もう限界、必要に迫られての買い走りだったが。

ベッドも、二年位前にチェックしたときより、まあこれならオーケーかというシンプルなデザインが出ており(一般にごてごてした古臭いデザインを地元民は好む)、組み立ててみると、とてもよくて正解だったと思う。
夫も木が良質と至極気に入っている。
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文芸思潮エッセイ賞入選

2016-08-24 19:47:56 | 私の作品(小説・ノンフィクション)
本日、本年四月末締め切りの文芸思潮主宰のエッセイ賞に応募した原稿の入選通知が届いた。
まあ、獲るとしたら佳作か入選と思っていたので、妥当なところ。

「タラーク(離婚)、タラーク、タラーク」がタイトルで、インドのイスラム教徒間に蔓延している三言通告制度の理不尽さについて述べたものである。

夫が任意に妻の面前でタラークを三度リピートするだけで(証人不要)、離婚が成立してしまうという(近年はショートメッセージやメール通告も)、女性の人権を踏みにじったイスラム私法について、同性の立場から糾弾した、社会評論だった。
エッセイのテーマは、ほとんどの人がおのれのドラマチックな人生体験を選ぶため、受賞は期待してなかったが、選に洩れなくてうれしい。

エッセイ賞に関しては、過去五、六度応募しているが、毎回選内。小説賞の銀華賞(現在は文芸思潮賞)も一度落選しただけだが、まあ、なんにしても、私にとって最大の試練期に入選したことはうれしい。

帰国までひと月弱、目下来月中旬締めの短編の推敲に精出している。
ホテルも改装中で、何かとあわただしい昨今、ブログも途絶えがちになると思うが、ご容赦を!
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爆笑インドビデオ(動画)

2016-08-23 18:43:17 | 生活・慣習
面白ビデオを見つけたので、ご紹介。
It Happens Only In India 2016 Must Watch It

タイトルは「インドのみで起こること」、インド在住の私は思わず大口空けて笑ってしまった。サリー姿の肥満主婦がヘルメットをかぶってたまねぎ切ってるの、面白かったなあ。日本の常識はインドの非常識。
みなさん、楽しんでくださいね。
(私は在住者だから、実態は熟知、しかし、日本人が見たら、驚くことだらけかも)
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雨季の晴れ間の夕海(写真)

2016-08-22 16:25:42 | 私の作品(小説・ノンフィクション)
八月に入ってほとんど雨、晴れ間が覗くのは数日の悪天が続いているが、雨が止んだときとった浜の写真を久々に公開したい。
雲に覆われて入日は見えなかったが、日没後の夕焼けがきれいだった。
以下、どうぞ。




















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わがホテル名(ラブ&ライフ)に隠された真意

2016-08-20 16:04:20 | 私・家族・我が安宿
すでにお伝えしたように日本への家族旅行が頓挫、今回も単身帰国となるわけだが、まあそれはそれで家族サービスしなくてもいい分だけ気が楽なわけで、一人自由に飛びまわろうといろいろプランを練っている昨今、二人分の旅費が浮いたので、その分ホテルの改装に回すことにし、タイルの物色に行ったり、すでに工事は始まっている。

ホテルのことになると、夫は嬉々として動き出す。
決して有能なビジネスマンとはいえないのだが、40年近く営業しているため愛着ひとしおなのだ。本当にこの人からホテルをとったら、何も残らないだろうと思うくらい(私から書くことをとったら、存在意義がなくなるのと同様)。
どちらかというと、ホテル業者になる前の司法書士のほうが頭脳労働で向いているように思うのだが、一国一城のあるじというのが魅力なのだろう。

近年現地の気候(低気圧が発達しやすい海洋性気候)がしんどくなって、日本へのセツルメントもちらほら考え出している私だが、ネックは夫を同伴するかどうかということ、日本で何もすることがないと、夫にとっては酒びたりの日々(日本酒愛好家)になってよくないし、現地のホテルは出来るところまで続けたほうがいいように思うので、今は日本とインドを行ったり来たりに甘んじているが、ほんとわが亭主からホテルを取ったら、一気に老け込むと思うのである。
しかも、彼は人一倍愛郷精神が強い。プリーが大好きなのである。
日本に定住できるとは思えない。

さて、わが安宿の話題になったついでに、ホテル名(HOTEL LOVE&LIFE)の由来について触れておこう。
1978年に夫がベンガル湾沿いの聖地プリーの古い洋館を改築してオープン、当時東の浜にはホテルと名のつくものは数軒しかなく、欧米人に人気のロッジとして、「HOTEL LOVE N LIFE」は人気を博した。そうまだ二十代だった若かりし夫が当時経営していたホテルは、「LOVE & LIFE」でなく、「LOVE N LIFE」だったのである。
いかにも、ヒッピーに受けそうなネイミングではあった。
軽い気持ちでつけたのだと思うが、88年に私と結婚して諸般の事情で休業していたLOVE N LIFEをリバイバルオープンするにあたって、真ん中の「N」を「&」に変えたのである。

夫と知り合う前に、私自身この地にホテルを建てたいとの夢が芽生え、パートナーを捜していたわけだが、白羽の矢が当たったのが彼だったわけである。
当時夫は自家経営のホテルオーナーから雇われマネージャーに甘んじていたが、私は彼のホテル経営歴に目をつけたのである。インド人は信用できないと思っていたが、稀に見る実直さにも惹かれ、パートナーに向いていると思った(あくまでビジネスパートナーのつもりがライフパートナーにもなってしまうとは、予想外だったが)。

ホテル名をつけるにあたって、私は迷いなく、夫が以前経営していた名前を選んだ。ラブ・アンド・ライフというホテル名はインパクトが強かったし、ツーリスト受けすると思ったからだ。実際、国籍、信条、年齢問わず印象深い名前らしく、リキシャで通り過ぎていく旅行者たちが看板を見上げるたび、「ラブ・アンド・ライフ!」とびっくりしたように声にあげていくのだ。

日本人妻経営の宿というので、新LOVE&LIFEは日本人旅行者の巣窟と化したが、そのうちの一人のお客さんから「ホテル名はラジニーシからとったのか」と訊かれ、すこぶる驚いたことがある。
往時インドを目指す旅行者には、スピリチュアルに傾倒している人が多く、ラジニーシやクリシュナムルティの信者も多かったのだ。60年代のヒッピーブームの名残りがまだあった時代だった。

1977年に日本でも邦訳出版されたラジニーシの「存在の詩」(めるくまーる)を読んで強い影響を受けていた私だけに、ラブ・アンド・ライフという語がラジニーシの教えから来ていたとは、何か奇妙な符号を覚え、運命を感じたものだ。

夫がヒッピーブームに乗じて軽い気持ちでつけたネイミングは存外に深い意味を秘めていたのである。

で、改めてじっくり考えてみて、この世で大切なのは何よりラブ(男女の愛のみならず、一般的な人間愛まで含めたラブ)と、ライフ(かけがえのない命と人生の二重の意味)、本質をついたネイミングであることに気づいたのだ。

ただインパクトが強いからとの理由で選んだ名前だったけど、深い意味が隠されていたのである。

以来、わがホテル名を誇りに思うようになったが、日本人宿だった当初は、ラブホテルと混同されることもあって苦い顔、オーナー夫婦が劇的な恋愛をして国際結婚したからラブ&ライフとも誤解されていたようだ。

私自身若い頃からスピリチュアリズムに傾倒し、二十代のころ五反田にあったヨガ教室で瞑想体験したり、雑誌記者として超能力者にインタビューしたり、禅僧の脳波を測ってアルファ波が出る実験記事を書いたりしていたから、精神大国インドに惹かれていったのも、納得できる道筋だったが、まあ、八十年代後半当時、インドに来る旅行者には、「道を求めて」という修行目的の人が少なからずいたのである。1968年ビートルズが北インドの山間聖地リシケシでのマハリシ・マヘシ・ヨギのアシュラムでヨガ体験のインパクトの名残もあったかもしれない。

ビートルズは歌を通して、愛、平和、自由の尊さを訴えたスピリチュアルなバンドで、インパクトはなんといっても強かった(アルフィーなんかもそれに通じるところはあると思うのだけど)。

昨日、「夢」教のカルトーアルフィー=救世主論なるものを書いて、ラジニーシのことが出たのを契機に、思い出すままにわがホテル名の由来を綴ってみた。

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「夢」教のカルトーアルフィー=救世主論

2016-08-19 16:00:06 | 音楽・スポーツほか娯楽
最近はまっているアルフィーの極私的ソング論である。
アルフィー中毒の人を略してアル中というが、アディクトの魅力はどこにあるのかと、私なりに探ってみると。

三種三様の個性が楽しい(桜井賢の歌唱力とコミカルキャラ、坂崎幸之助のフォーク<アコギ>と話術の巧みさ、リーダーの高見沢俊彦のヴィジュアル度とエレキソロ)、コーラスが美しい、ロックからフォーク、演歌まで歌がバラエティに富んでいる、MCが愉快というのは一般に取りざたされている外面的な理由だが、実際はもっと内面的なもので、アルフィーファンというのは結局のところ、高見沢俊彦の楽曲に参っているのだと思う。
強いメッセージ性を含んだ歌詞のすばらしさ、それにマッチする卓抜なメロディライン、高見沢ソングあってのアルフィーで、ベースにこの歌がなければ、ファンはこれほど熱狂的にはならないだろう。

前に歌詞の分析を試みたが、あれからだいぶ日にちがたって、全328曲の三分の一弱を視聴した今思うのは、メッセージソングに限って言えば、ニューエイジ(神智学を淵源として1960年代にアメリカ合衆国西海岸を中心地とした霊<霊性・スピリチュアリティ>の進化論を唱えた思想)に通じるものがあるということだ。
「夢」が主テーマで、夢がモチーフの曲が多く、「夢」という一語はほとんどの曲にちりばめられているが、ほかに天使も歌詞の端にちらりと顔を覗かせたりする。オリジナルのエンジェルギター、ロザリオ、歌詞に散発するキリスト教の影響(ミッション系のスクールのせいだったらしいが、本人がキリスト教信者かどうかは不明)多数あるラブソングの一方で、メッセージ性の強い歌には、生き方への教唆(人生指南)、モラル観、スピリチュアル性が漂う。

自らのラジオ番組に美輪明宏をゲストとして招いたり、ほかの番組でも彼(彼女?)との対談を繰り広げていることから、高見沢本人がスピリチュアルに目覚めた人であることはおのずと窺える(三島由紀夫が16歳のときに書いたデビュー作「花ざかりの森」に感服した話題も出たが、三島と美輪<当時は丸山といった>の親交、脚本家と主役の関係を超えた親密さについては、知る人ぞ知るところ。それにしても、改めて高見沢さんは文学青年だと認識し、うれしかった。「花ざかりの森」は私も圧倒された小説で、16歳で同作をものにした三島の早熟な天才振りには舌を巻かせられる)。

本題から逸れたので、話を元に戻そう。
アルフィーファンにはまっとうな人が多いといわれるが、真面目に生き、迷い悩み苦しんでいる人には、この歌詞の魅力はたまらないだろう。
「なんのために生きるのか、誰のために生きるのか」という人生の問いかけを詞に書いた人はほかにもいるかもしれないが、その誰をも差し置いてリスナーの耳に届く強いメッセージ性、サジェスチョン、インスピレーション、ヒーリングパワーをイメンスに与える曲という意味において、高見沢は特異な位置を占めている。
アルフィーソングはかくしてアディクト性をもつ。やみつきになる歌詞の魔力である。

ちゃらちゃらした芸能業界にあって、彼は古舘一郎(アナウンサー)という友人をもち、業界人が話題にしないような宗教論(キリスト教⇔仏教)を闘わせたり、経済論議を酒場で繰り広げていたらしいが(いわゆる学生じみた青臭い議論ですね)、教師の両親のもとに育ち、厳格なしつけを受けた家庭で、いっときは英語の先生を目指そうと思ったこともあったらしいが、親にならって教壇に立つことはなかった。が、教師的遺伝は間違いなく受け継がれており、現に歌詞、歌という柔らかかつ最も効果的なツールでリスナーを教化しているのである。
ある意味、教科書よりもメッセージはずっと伝わりやすく、琴線にふれ胸に響いてしみこんで届く。

いわゆる、高見沢教祖論である。
ファンは彼の歌の熱狂的な信者なのだ。
歌詞の意味深さにマッチした秀逸な曲の虜になっているのだと思う。

動画のヴュー者のコメントに、「高見沢さんは私の師匠です」とあったり、「病気のとき助けてもらいました」、「精神的に病んでいたとき聞いて癒されました」とあるのが、アルフィーの歌の特異性を如実に示している。
つまり、心身を病んでいる人が聞けば、多大なヒーリングパワーを発揮する曲ということである。
かくいう私自身、闘病中に癒されはまった経緯を経ており、そういう意味では、私にとっても救世主なのである。過去、二度ほど大変な時期があって、一度は42歳のころ、今思えば悩むことでもなく、とりようによってはポジティヴともいえる出来事だったが、ネガティヴに取ってしまった私はひどく落ち込み、眠れなくなってしまった。そのとき、当駅のキオスクで何気なしに手に取った故ラジニーシ(60-80年代のインドの新興宗教の教祖でヒッピー志向の反権力の西洋人に人気を博す<米オレゴン州に巨大なコミューンを作るが追放され、西インドのプネーにアシュラム移転、90年に逝去後も愛弟子が運営継続、近代的な設備の瞑想センターは今も欧米人旅行者が押し寄せる人気スポットになっている>。精神世界の指導者的存在としてクリシュナムルティと人気を二分した巨匠で、一世を風靡した。七十年代日本でも「存在の詩(うた)」(めるくまーる、1977)が出版され話題になった<私も一読して強い影響を受けた>。今現在もオショー(後年改称)の精神世界書はこの種の本の翻訳第一人者山川紘矢・亜希子によって邦訳され、人気がある)の小冊子を読んで目から鱗、意識の変容を迫るような精神世界書は海綿のように頭脳にしみこんでいき、立て続けに何十冊と読むうちに、これらの書が睡眠薬となったように癒されて毎日、すやすやとよく眠れるようになった。

次の苦難期は更年期、このとき救いとなったのはヨガである。毎朝起きると嘔吐感とけだるさ、このままではいけない何とかしなければと、あるいはジムでエキササイズでもすればと、わらにもすがる思いで町中のセンターに出かけていき、そのジムでヨガ教室も開いていると知って、勿怪の幸いとばかりヨガに飛びついたのだ。健康を取り戻したい一心ではまった。娘のように若いインストラクターに精神的にどっぷり依存し、彼女がやめると知ったときは絶望のどん底に陥ったものだ。自分の健康のよしあしはひとえにこの若く有能なインストラクターにかかっていると思い込んでいたのだ。しかし、その絶望も乗り越えてまた新たなインストラクターについて、以後はインドで人気を二分するヨガのグル(導師)のコースに参加したりして、次第にオリジナルの行法を編み出して行き、独り立ちできるようになった。

そんな私にとって、アルフィーソングは、人生の第三試練期、それもある意味最大の苦境期に彗星のごとく舞い降りたSaviorなのである。どこかで誰かが見守り、助けてくれるという直感、その守護者が天から贈ってくれたプレゼント、それがアルフィーである。

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帰国便にまつわる思い出(航空会社品定め)

2016-08-19 14:58:54 | 
首都デリー発成田行きの全日空ANAのチケットが取れた。
来月下旬には金沢に入る予定。
チャージは日本円にして七万五千円弱。マレーシア航空の乗継だと、これより一万円以上安くなるはずだが、実は日本の航空会社を利用するのは初めてでわくわくしている。
それにストップオーバーで長い待ち時間がないのがいい。

八時間半ほどで午後早い時間に成田着、夜行バスのチケットがあれば、そのまま東京を通過し、翌朝には入金できる。

かれこれ四十年間に利用した航空会社をあげると、ルフトハンザ(学生時代のヨーロッパ一周時)、KLM(トルコツアー)、あとはインドー日本間やインドと近隣諸国との行き来でエジプト、パキスタン、ビーマンバングラデシュ、エアインディア、インディアンエアライン、ノースウエスト、シンガポール、タイ、ネパール、スリランカ、中国東方、キャセイパシフィック、ドラゴンと、アジア諸国のエアラインをほぼ網羅、アメリカの航空会社も一度使ったが、これは米航空業界でワーストとの悪評をとるエアラインだったため(ノースウエストで、「North Worst」とか「空飛ぶバス」といわれる悪名高さ)、ジャンボ機でサービスは最悪、飲み物は水しか出なかった。

なんといっても、ルフトハンザが快適さでは群を抜くが、穴場はスリランカ、コロンボでストップオーバーだが、帰途ネゴンボビーチのリゾートホテル泊と、同国の美しいビーチを堪能できるおまけつき。中級ホテルに落ち着いての夕食時、ウエイターにこの周辺の見所はと聞いたら、浜がすぐそこといわれ、驚喜したものだ。食後夜の浜を散策、しかし明かりが乏しいので三十分で退散、翌朝、出発時刻ぎりぎりまで壮大な浜(当地のベンガル湾とひとつながりのベンガル海)を端から端まで散策したり、最寄の土産物屋でショッピングも楽しめたのが思い出に残っている。次もまたスリランカで行こうと思ったが、チャージが跳ね上がってしまい果たせなかったのが残念。

昔は、カルカッタ発ダッカ経由成田というビーマンバングラ便があって、よく夫同伴で利用したものだが、こちらは行きも帰りもダッカに一泊、空港でのホテル手配まで延々待たされたあげくホテルも中の下でいまひとつだったが、街に出てショッピングを楽しめたのがよかった。でも、スリランカのビーチと違って、インドに似通ったバザールはあまり面白みがなかったけど。それでも、隣の国の空気をつかの間吸えるのは、旅好きにはたまらない。サイクルリキシャの型が丸型ほろタイプでインドと違うのが面白かったし、ダッカの茶屋でチャイ(甘ったるいミルクティー)も堪能した。

近年よく利用していたバンガロール発のキャセイも悪くない。アジアの航空会社を使うと、機内食はスパイスのきいたカレーと相場が決まっており、私は食べられず、パンやデザート、サラダのみで我慢しなければならないのが、キャセイはパスタとか、ざるそば、天丼風のも出ておいしいのだ。

さて、全日空ANAの評判をネットで調べてみると、サービスは快適らしいが、食事がまずいとあった。が、少なくともアジアの航空会社の定番カレーよりはましなはずである。
今回乗ってみて、よかったら次回も利用するつもりだ。バンガロール発だと息子と交歓を分かち合える利点があるが、来年は彼もアメリカに行ってしまうし、年も年だし、やはり直行便が楽。過去エアインディアの直行便にも何回か乗ったが、機内食はカレー一色、サービスもいまいちで、そのうち値段が跳ね上がってしまい、やみ沙汰となった。



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アルフィーの2016福井公演(秋ツアー)

2016-08-17 14:26:48 | 音楽・スポーツほか娯楽
ほぼ来月中の帰国が決まってひと息、アルフィーの公演情報についてチェックしていたら、なんと11月13日の日曜、福井のフェニックスプラザでコンサートが催されることを知った。
前に調べたときは、福井公演はなかったと記憶していただけに、やったあ!ってなもんである。

わが郷里、お膝元での公演、金沢からも近いが、当日は片町辺りのホテル泊かな。なんてまだチケットがとれるかどうかわからないのだけど、日曜だし、帰郷してからとっても間に合うような気もする。
いやあ、うれしいですねえ。

11月5日のびわ湖ホールのチケットは、京都在住の友人が取ってくださることになったが、初日に即日完売もありうるので、もうひとつどこか東京辺りで取れればと再度チェックしてみたのだが、まさか福井公演が催されるとは、狂喜ひとしおである。

福井にお住まいの方、あるいは北陸近辺の方で興味があられたら、ぜひ行ってみてください!
一年半前に催された福井公演(2015.6.7)は、客席大爆発だったというから、期待できます!

うまいこと二つチケットが取れれば、二回いけるな。可能なら、二回ぐらい行きたいと思っていたため、チケットが取れることに期待したい。

最後に歌をどうぞ。

孤独の美学

歌詞が素敵。男の孤独とダンディさ、ジュリーの「サムライ」に通じるような…。
後奏のギターソロも、アーミングビブラート・ユニットを使用したエレクトリックギターの奏法。ビブラート・ユニットが登場した当初は、音に軽くビブラートをかける程度の使用法に止まっていたが、ジミ・ヘンドリックスが革命的かつ強烈に大胆な使用法を披露し、アーミングの概念を大幅に変えた。現在では他の楽器では不可能な、エレクトリックギターならではの奏法として、広く定着している)でわんわん、高見沢さんの演奏テクはアーミング多用がトレードマーク、ほかの曲では耳障りなこともあるが、この曲には極端なアームアップ・ダウンが生きている。

黒のレスポール(ギブソンが1952年から製造・販売を行っているエレキギターで、フェンダーのストラトキャスターと並び有名なモデル。アメリカ合衆国のギタリスト、レス・ポールのアーティスト・モデル。高見沢所有の1959年ヴィンテージ物は2000万円という高額)もシックでいいけど、このアンバー色のレスポールもいい。オリジナル(Takamizawa Customs)のエンジェルギター(渋谷のESPで200万ー600万円)は羽が邪魔して弾きにくそうだけど、コンパクトなレスポールは指の動きもスムーズでこなれている。
薄黄緑色の王子ファッションもロマンチック。

以下、アーミングのウイキを付記しておく。

アーム・ダウン
ビブラート・ユニットに付いているアームをボディに押し付ける(ダウン)ようにする。弦の張りが緩み、音程が下がる。
音程変化が大きいビブラート・ユニットを搭載したギターでは、思いきりアームダウンすることで、地鳴りのような音を出すことができる。ジミ・ヘンドリックスは大胆なアーム・ダウンにより、爆撃機が空爆を行う様子や爆弾が破裂する様子、さらには爆撃の下を逃げまどう民衆の悲鳴などまで音で再現してみせた。

アーム・アップ
ビブラート・ユニットに付いているアームをボディ面に対し引っ張る(アップ)ようにする。弦の張りが強くなり、音程が上がる。但し、ギターの構造上アームアップが不可能なギターもあるので、その場合は使用が制限される。一部では、アーム・ダウンした状態から音程を元に戻す過程もアーム・アップと呼ぶ場合がある。

アーム・ビブラート
ビブラートユニットのアームを連続して(ある程度)細かく動かし、音程を揺らす奏法。アーム・ダウンだけの場合、アーム・アップだけの場合、その両方向を併せて行う場合の計3種類がある。

クリケット奏法(frequency modulation)
ピッキングして音を出した後、トレモロ・ユニット本体やアームの先端を軽く叩くことでトレモロ・ユニットを微振動させ、音程が細かく乱れるような独特の音色を得る奏法。クリケットは、英語でコオロギの意味。ビブラート・ユニットではなく、ボディを叩くことでも同じ効果が得られる。この効果によって得られる音響がコオロギの声に似ていたため、この名がついた。'80年代にこの奏法を駆使したブラッド・ギルスの名をとってブラッド・ギルス奏法と呼ばれていたこともある。なお、この奏法(フレケンシー・モジュレーション)は'60年代以前から存在しており、識者の間ではフェンダー社のジャガーやジャズマスターなどが、この奏法に適していると認識されている。
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