「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖に脅(おび)えることになってしまったのでしょうか。
自然への畏(おそ)れを忘れていなかったか、人間の制御力を過信していなかったか、未来への責任から目をそらしていなかったか……、私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし、選択をする時がきています。
たとえ長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です。
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福島の原発事故が起きるまで、多くの人たちが原子力発電所の安全神話をいつのまにか信じていました。
世界に2万発以上ある核兵器はどうでしょうか。
核兵器の抑止力により世界は安全だと信じていないでしょうか。核兵器が使われることはないと思い込んでいないでしょうか。1か所の原発の事故による放射線が社会にこれほど大きな混乱をひきおこしている今、核兵器で人びとを攻撃することが、いかに非人道的なことか、私たちははっきりと理解できるはずです。
世界の皆さん、考えてみてください。私たちが暮らす都市の上空でヒロシマ・ナガサキの数百倍も強大になった核兵器が炸裂(さくれつ)する恐ろしさを。
人もモノも溶かしてしまうほどの強烈な熱線。建物をも吹き飛ばし押しつぶす凄(すさ)まじい爆風。廃墟(はいきょ)には数え切れないほどの黒焦げの死体が散乱するでしょう。生死のさかいでさまよう人々。傷を負った人々。生存者がいたとしても、強い放射能のために助けに行くこともできません。放射性物質は風に乗り、遠くへ運ばれ、地球は広く汚染されます。そして数十年にもわたり後障害に苦しむ人々を生むことになります。
そんな苦しみを未来の人たちに経験させることは絶対にできません。核兵器はいらない。核兵器を人類が保有する理由はなにもありません。
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一昨年4月、アメリカのオバマ大統領は、チェコのプラハにおいて「核兵器のない世界」を目指すという演説をおこない、最強の核保有国が示した明確な目標に世界の期待は高まりました。アメリカとロシアの核兵器削減の条約成立など一定の成果はありましたが、その後大きな進展は見られず、新たな模擬核実験を実施するなど逆行する動きさえ見られます。
オバマ大統領、被爆地を、そして世界の人々を失望させることなく、「核兵器のない世界」の実現に向けたリーダーシップを発揮してください。
アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国など核保有国をはじめとする国際社会は、今こそ核兵器の全廃を目指す「核兵器禁止条約(NWC)」の締結に向けた努力を始める時です。日本政府には被爆国の政府として、こうした動きを強く推進していくことを求めます。
日本政府に憲法の不戦と平和の理念に基づく行動をとるよう繰り返し訴えます。「非核三原則」の法制化と、日本と韓国、北朝鮮を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の創設に取り組んでください。また、高齢化する被爆者の実態に即した援護の充実をはかってください。
長崎市は今年、国連や日本政府、広島市と連携して、ジュネーブの国連欧州本部に被爆の惨状を伝える資料を展示します。私たちは原子爆弾の破壊の凄まじさ、むごさを世界のたくさんの人々に知ってほしいと願っています。
「核兵器のない世界」を求める皆さん、あなたの街でも長崎市と協力して小さな原爆展を開催してください。世界の街角で被爆の写真パネルを展示してください。被爆地とともに手を取り合い、人間が人間らしく生きるために平和の輪をつなげていきましょう。
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1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾により長崎の街は壊滅しました。その廃墟から、私たちは平和都市として復興を遂げました。福島の皆さん、希望を失わないでください。東日本の被災地の皆さん、世界が皆さんを応援しています。一日も早い被災地の復興と原発事故の収束を心から願っています。
原子爆弾により犠牲になられた方々と、東日本大震災により亡くなられた方々に哀悼の意を表し、今後とも広島市と協力し、世界に向けて核兵器廃絶を訴え続けていくことをここに宣言します。
2011年(平成23年)8月9日
長崎市長 田上 富久
「原子力に代わる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です」
田上市長は、きっぱりそう言った。
「脱原発」という言葉は入っていないが、意味は同じだと私は思う。
単純な私にはそう見える。
その市長に苦言を呈した平和団体がある。
核禁会議という。
核禁会議とは、核兵器禁止平和建設国民会議の略で、
核兵器廃絶、被爆者支援、原子力の平和利用を柱に活動している団体で、
連合傘下の基幹労連などで構成されている。
今回の原発事故を受け、「徹底的な原因究明と事実確認、さらなる安全対策」を要求し、
「資源を諸外国に依存している日本の産業発展には原子力は重要」だという。
その核禁会議の副議長で日産労連会長の高倉氏は、7日の長崎集会で
「原発が稼働されないと製造業など海外への移転が加速し、日本の空洞化が進む」として、
来賓の田上市長の前で、脱原発の動きに苦言を呈したそうだ。
そして「原子力の平和利用」の「推進」を確認する集会アピールを採択した。
その翌日8日には、国内外から4500人の参加者を集めて開催された「2011平和ナガサキ大会」の、
共催団体として、「原水禁」や「連合」と名を連ねていた。
理解できない。
核兵器は廃絶されなければならない兵器だが、
核を利用した原発による被害は許されるのだろうか?
ふる里を失い避難生活を強いられる人々、県外に次々と転校していくこどもたち、
大切に育てた牛や豚や鶏をみな放置し死なせてしまった酪農家たち、
そんな被害者のことはどう考えているのだろうか?
その現状が平和な生活とでも位置づけているのだろうか?
彼らが、長崎で核兵器の無い平和な世界を!と訴えている頃、
国連の潘基文事務総長は福島の高校を訪れていた。
浪江町から福島氏に避難し福島南高校に通う女子学生が、潘氏に英語でスピーチした。
「普通に生きるのが一番の幸せ。辛くて泣いた日々を糧に、逆境に負けない人間になりたい」と。
潘氏はとても感動し、彼らを励ました。
核禁会議の皆さんは、普通に生きられない生活を強いた原発を、
それでもやはり必要と言い続け、推進し続けるのだろうか?
事故がなくても、核のゴミの恐怖におびえながら暮らす生活が、
平和だと、言い続けるのだろうか?
私は、核兵器はもちろん廃絶したいが、
それと同じくらい原発も廃絶したい。
どちらも地球にとっての悪だから。
人間の子どもたちだけではない。
すべての生き物を傷つけ、その未来を脅かす存在だから。。