障害児を育てる育児に巻き込まれ(?)早2年。
私なりに、いろんな思いを抱え、消化不良に苦しんだり、感動したり。。。
ピュアになったり、めっちゃぐれたり。。。
たくさんの人に出会い、相談し、励まされ、励まし、助け合ってきた。
最近、夫の母に相談したことがあり、返ってきたメールにあった言葉。
『Sometimes when personal disappointment and sadness strikes me or others, it is helpful to reach out and try and serve the greater good in the world.』
落ち込むことや悲しい時は、世の中の善良な活動に救いを求め奉仕してみることもありだよって。
そして教えてくれたボランティア活動。
フリーウィルチェアミッション。
最初のページのビデオは結構衝撃的。リアルで、胸がつまる。
世界中には生まれつき以外にも、戦争や紛争で身体不自由になる人も含め、1億人は、何の助けもなく地面を這いずり回ってる人達もいるんだって。
たった5000円程度の寄付で、ある人とその回りの人の人生をより豊かにしてあげられるという。
こうした活動を世界をまたにかけて1歩1歩築きあげてきた人たちが居るってことに感動する。
でもね、やっぱり生きていくためには、ある程度の知能と、ある程度の基本的生活能力がいるんだって思ってしまう。
発展途上国に生まれたら尚更生きていなかったであろう息子。
だから、こうした活動をすばらしいと思いつつも、心のどこかでまだ、結局は自立できるじゃんってひがんでしまう思いがある。
ごめんね。
弱気な発言は本当に今日で最後にします。。。
日本には、最重度障害者を守る会みたいなのがあるのを知っている。
命ある限り、どんな子もぜったい見捨てないという理念らしい。
私には、すべてを吹っ切るまで、もう少しだけ時間が必要かもです。
話はそれましたが、人は弱気になると何かにすがりたくなるものだって、心底思う。
人間は、古来から、神をあがめ、自然を讃え、信仰を持ったりして生きている。
それが人間の弱さであり、生きる知恵でもあったんでわないかな。
今、私自身が今何かを信仰したいと思うことはないけれど、自分の弱さと一番向き合っている時なのかなと思う。
生きる意味を問い続けてしまうから。
それは答えの出ないものなのか、答えがたくさんありすぎるものなのか、よくわからないけど、人と繋がって、行動を起し、模索しながらいけばいいのかな。
夫とこのフリーウィルチェアミッションの話をした。
そしたら意外な答えが返ってきた。
夫は社会人になってから卒業した高校に、年250ドルくらい寄付をしているのは知ってた。それは奨学金に使われたりするらしい。
更に最近はアメリカの脳神経疾患の会や、てんかんの会などにも寄付しているらしい。
自分達は日本政府から乳幼児医療券や税金控除を受け、十分援助を受けているから、余裕ある分寄付したいんだって。
今夜それは初めて聞いて、びっくりしたけど、尊敬した。
クールに仕事ばかりしてって思っていたけど、そういう心があるんだって、嬉しかった。
笑えたのは、円高の時にちょこちょこ寄付するんだって。
そんなわけで、私もこのフリーウィルチェアミッションに、少しだけ寄付してみようと思います。
小さな思いだけど、いろいろ考えた結果の一つの行動です。
こんな小さなきっかけだけど、チャリティーやボランティアにはこれからも関わることが多い気がするし、少しづつ、できることをしてみたい。
もうすぐクリスマスです。
キリスト教圏の人たちにとってのクリスマスって、日本人の想像以上に夢があって、温かいものなんです。
クリスマスに大切な人を喜ばせる贈り物を探すワクワク感、大切な人が喜んでくれた時の笑顔を思い浮かべて待つ、そんな心の温もりを与えあえるのが理想の家庭なんです。
夫の家庭からは毎年たっぷりの愛情が送られてくるのを感じます。
私もそれをまた自分の家族で温めたい。
できれば、このクリスマスという時期に寄付することで、心あったまる人が増えて欲しい。そんな願いもこめて、寄付しました。