1人暮らし ロングステイ in タイ

仕事でも、旅行でも、留学でもなく、ただ気の向くままに1人で生活したくなった。
な〜んにも決めないでいざ出発!

帰国 そして ご挨拶

2011年07月28日 18時07分45秒 | タイ!201107

目覚ましがなる前に起きた、午前4時半。
今日帰るのかぁ・・・、帰って会いたい人がいるから嬉しいけど、旅としては名残惜しいしちょっと寂しい、、、と思いつつ、準備しなくちゃと起きた

最終準備で全部詰めた、忘れ物はない。
6時になった、いつもの朝食へ一番乗り〜

一番乗りはいいのだが、、、料理がまだ全部でていない
あるものだけをとってきて、2回おかわりした(笑。

ゆっくりコーヒーを飲んで、さて、チェックアウト

    

山岳ガイドとSさんがホテルまで迎えにきてくれた。
荷物を運んでくれて、本当に助かった、ありがとう。
また、必ず来る、そして日本にも来て欲しい、という約束をして別れた。

チェンマイ空港はとにかく小さい、どのくらいだろう、、、仙台空港とか帯広空港のような感じかなぁ・・・。
29キロのスーツケースをそしらぬ顔で預けた、、、やはりデジタル計りで28.4キロ
リュックを重そうにかかえて、困った顔をし続けたら、『 ok! 』と。
やったぁー、ここを突破すれば、日本まで、というかお家までもう持たなくていい

     

で、乗り継いでやっと日本に帰国しました。
自宅到着時刻は25日深夜1時

ただいま

1ケ月、ブログを読んでもらったりメールやコメントを頂いたり、本当にありがとうございました。
帰国してから2日たちました、バタバタと寝ずに動いて、その後1日死んだように寝て、今はすっきりしてます(笑
ご心配おかけした足ですが、骨には異常はなく、右足の筋と筋肉損傷と両足首関節炎症、という事で、重度の打撲傷、全治2週間との診断でした(苦笑
まぁ、いつもの怪我程度です、早く治したいので毎日通院してます(笑。
そういえば昨年のこの時期に肋骨3本半折っていたので、それを考えると軽傷軽傷(笑
日常生活には問題なく、元気に歩いたりチャリに乗ってます、ジムトレーニングや激しい運動だけしばらく控える、という状態です、酒は飲めます、というか飲んでます

旅行中のメールやコメント、いっぱいいっぱいいただきました、正直、危険な事もありましたし困ったり寂しいこともありました、そんな時、とても嬉しかったです。

また、旅行途中、F社の数名から結婚の報告と、ご招待を受ける嬉しいメールをいただきました。帰国後のものはもちろん喜んで出席します!おめでとうございます!

さらに、旅行途中、O社からもメールや連絡を頂き、短い間にも関わらず、帰国後に元上司の送別会を会社で開催するから出席しないか、とのありがたい連絡も受け、嬉しく思っています。
もちろんこれも出席します!

いろんな事が少しづつ落ち着いてきたので、さて、気合入れて勉強と仕事!と思っています。
たぶん、新しいステージの開拓なので、苦難や困難、妥協も必要と思っていますが、すべて受け入れる覚悟で、今は前向きです。少し強くなった気がします(^^。
これ以上強くならなくていい、という声が聞こえてきそうですが・・・

いっぱいいっぱい時間を使わせてもらって、いっぱい大切なものを手に入れた。
本当に行ってよかった。

このブログはあと2週間くらいで閉じる予定です。
みなさま、本当にありがとうございました 

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やっぱりチェンマイのナイトバザールに行きたい!行った!(^^

2011年07月23日 20時57分28秒 | タイ!201107

爆睡しておきた(笑、朝8時、足は痛いが悪化はしてない現状維持・・・、おそるおそる歩いてみた。
引きずるけど、歩ける
無理しなかったおかげだと安堵
途端に腹が減った、朝食に行かねば(笑、ビュッフェへGO

2回おかわりして、満足満腹、ご機嫌でお部屋へ戻る

10時か、、、とりあえず荷物整理をしなければならない、1ケ月分の荷物だ。
その時にメイキングの女の子がきたので、水周りの掃除だけをお願いして、部屋はそのままでいいと伝え、お願いした。
同時にランドリーデリバリーも来た、昨夜だしたランドリーが戻ってきた
今日と明日の帰国時に着る服も入っているので助かった

帰国してからできるだけ整理に手間取りたくなかったので、まずは捨てられるものは捨てようと片っ端から捨てた、基準は 『 日本で買えるもの 』 日焼け止めやら薬やらスキンケア系、ほとんど使い切る寸前のものばかりだし、全部捨てた。
洋服も思い出のない服は全部捨てた、もちろん下着も靴下も。タイに着てから買ったものも多いが思い出ができてしまったTシャツや服は着て帰ることにした。
ムエタイトランクスとTシャツももちろん持って帰る(笑
スーツケースに詰め込んで、少しスペースがあいた(笑、ナイトバザールに行きたい・・・行きたい・・・、行く
まずはホテルの中を歩いてみた、ゆっくりなら歩けるし、往復ソンテオに乗れば少しなら行けそうだ。4時に出発することにした。
なので、それまでは写真整理とブログの下書きをして足を休めてすごすことに
1ケ月分の写真・・・見ていてちょっと感傷的になった、時間があっという間に過ぎた。

4時半、ちょっと早いが、ソンテオを捕まえて20バーツで連れていってもらう
着いた

        

まだ明るいし、店もまばらだが、結構広いしおもしろい
ゆっくりと歩いてみたり、休憩しつつ、半分くらいをまわった。
ドライフルーツをゲット、あとは、買いたいものがいっぱいあったが、、、
数個だけ選んで終了〜
何せ荷物がもてない、、、、今度着たときに買おうと思って、あきらめた。
暗くなってきた、18時半だ、明日も早いし足も心配なので、帰ることに
目の前のソンテオに狙いをつけ、ホテルまで20バーツ交渉でゲット

        

ナイトバザールの中に、屋台エリアがあるのだが、そこが19時からスタートらしく・・・
本当はそこに寄りたかった、、、本当に今度は絶対に行くと決めた。

ホテルに戻り、荷物を詰めて、フロントに荷物秤を持ってくるようにお願いして、
部屋で計ってみた、、、、あはは36キロ
パソコンやカメラや電子機器だよなぁ、、、わかっていた。
しょうがないからリュックを取り出してそれを手荷物にすることにした。スーツケースは29キロになった。
エコノミーだからMAX20キロだが、、、いけるだろう!と、開き直って終了〜

明日はチェンマイ9時55分発で、バンコクトランジットで、バンコク14時20分発で、日本着は時差込みで23時過ぎるから自宅に着くのは25日深夜になりそうだ。
とりあえず朝5時に起きて準備して朝食を食べて7時ホテルピックアップ、
早々にホテルでビールを飲んで、寝ることに

明日が最終おやすみなさい

 

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【 山岳部族へ 】 無念・・・チェンマイへ戻る・・・でも最高だった!

2011年07月22日 21時13分15秒 | タイ!201107

朝起きた。おはよう
お母さんとおばあちゃんがごはんの準備をしている音で起きた、6時ちょっと前、空はもう明るい。
うーん、、、やっぱり足の腫れと痛みは変わらない、しかし、ひどく悪化しているわけでもないく、歩ける状態、やはり骨には問題ない、バイクでおりる事は出来そうだ。
ふと横をみると、ヤモリがいた、枕の横(笑)、目が合ったらヤモリが逃げた(笑。
床には小さい蟻が行列後進している、柱には木と同化しているトカゲがぶら下がっている。
当然の事ながら虫はいっぱい(笑)、もう慣れた(笑。

朝の山頂はモヤがかかっているが、空気が澄んでいる。
森の木や草花の匂いがすごい、日本の山ももちろんマイナスイオンはいっぱいあるし気持ちよいが、全然違う匂いと風、こんなに自然の匂いを感じられる事に幸せを感じた。
標高がかなり高いので雲の上にいるような風景だった。
しばらくボーっとしていたらだんだん雲がとれてきた・・・。

まだみんなは寝ているようなので、先に顔を洗って歯を磨いた。

『 サワディッカー、お水もらうね 』 と声をかけると、足は大丈夫かい?と言ってくれてるようで、自分の足をぽんぽんたたいて聞いてくれる。
笑顔でうなずいて、大丈夫!バイクで降りる!というゼスチャーした、満面の笑顔で返してくれた。
しばし台所でごはんの支度をじっとみていた、手伝おうと思って手を出した。
じゃあ、果物を切ってくれと、言っているので、パインとスイカを切った(笑。
今日の朝ごはんは食パンのようなものを炭で焼いていて、おかずは裏庭の鶏が産んだ卵と村でとれた野菜をまぜたもののようだ。
やかんにはお茶が入っている、なんのお茶だろうと見ていると、コップをくれて、飲んでいいよ、と。タイのお茶だ、チャイティーと呼ばれるもので、バンコクではこれにミルクを入れて飲んでいたが、ここではこのまま飲むようだ、体が温まる。
ギターをひいてくれた息子さんも隣小屋から起きてきて、朝食の手伝いをしている。
みんなも起きはじめて、朝食が始まった。

   

2日前に街から買ってきたパンだそうだ。
気を使って外国人はパンとスクランブルエッグがいいだろうと用意してくれた。
パンは火の上に網をひいて焼いていた、卵はスクランブルエッグとはお世辞にも言えないが、気持ちが伝わって、本当に嬉しかったし美味しかった。
スクランブルエッグには何が入っているの?と聞いたら、トカゲと虫、と笑う、マジで!?と驚くと笑って、冗談だと言う。裏の鶏の肉と卵だそうだ(笑。
ケースに入ったものはバターとパイナップルジャム。これはここでお母さん達が作っているそうだ、美味しかった、ほんとうに、ありがとう。

私と私のガイド以外は出発しなければならない。
荷物をまとめて、8時、出発した、私達はバイクもう1台くるまで村をゆっくり散歩することにした。小さい街だからぐるっとまわってもたいした距離ではないが、息子さんが、バイクの後ろに乗れという、案内してくれるそうだ、お願いすることにした。
ガイドに荷物を預けて、一眼レフカメラだけ持って、その子とでかけた。

  

言葉は通じないが、建物や道の途中で止まってくれる、そこで写真を何枚か撮った。
メイン道路付近で子供達に会った、あと牛乳を入れたドラム缶をかついだ首長さんに会った。
みんな笑顔、素敵な人達。

   

   

これは、いのしし、とゼステャーで教えてくれた。
いのししはうまい、と言っていた(笑。

これはお友達の家、と言って笑っていた。一番中のいいお友達だそうだ(笑。

   

この村の法律だそうだ、これは小屋に戻ってからガイドに訳してもらった。
1.村の中で喧嘩したら500バーツ
2.ドラッグをしたら1000バーツ
3.拳銃1発発射で1500バーツ
4.首長のいうことをきかなかったら800バーツ
5.物を盗んだら1000バーツ
6.村の外で喧嘩したら1000バーツ
というような内容が書かれているとのこと。
どう思う?と笑って聞かれたが、なんとコメントしていいのか、、、即答できなかった。
村の喧嘩が500バーツで拳銃が1500バーツという金銭基準とか、、、そもそも・・・というそもそも論が頭をかけめぐったが、それは日本人の感覚と考え方であって、何が正しくて間違っているというものはない、それに、この法律によって、今この人達はこんなに素敵な笑顔でいるんだからそれでいいじゃないか、と思い、これ以上考えるのはやめた(笑。

小屋に戻って、荷物整理をした。
昨夜泥まみれに濡れた衣類とスニーカー、乾くわけもなく、むしろ水分で重い。
捨てて帰りたい、、、本心だ。荷物を少しでも減らしたかった。
ガイドに相談したら、荷物を減らすのはいい事、バイクを降りてからも車がすぐくるとは限らないし、持ち歩くのはすすめない、そこのお母さんに相談してくれた。
お母さんがふっとんできた!
『 捨てるなんてもったいない!いらないなら貰っていいかい?使っていいかい? 』 と。
こんな状態で渡しちゃっていいの?汚いよ、と言うが、こんなにいい靴や洋服、まだまだ使えるし街でも買えない、ありがとう、タイ語で 『 コップンカー 』 と両手を合わせてくれた。
こっちが恐縮してしまう、、、帰国前にチェンマイで捨てて行く予定だった、着古しのユニクロヒートテックやZARAやGAPの安物、靴は、トレッキング用のナイキで日本円でも15000円くらいのものだった、バンコクのアユタヤやカンチャナブリーや郊外を歩き回る時や寺院でサンダル禁止の場合に履いていた、これも履きこんでいて結構痛んでいる。。。
でも、私の洋服や靴をはいてくれている人があの山の中にいる、と思ったら少し嬉しくなった。
たぶん、今日も誰かが着ているのだろう。
本当は今日トレッキングで河や滝を通る時に履く予定だったクロックスの定番サンダルに履き替えた。

バイクが到着した。
パっと見た感じは日本のヤンキーのような男の子(笑、でもまだ17歳、笑うとかわいい。
運転は絶対大丈夫だから、ちゃんとつかまっていきなさい、と。
私は写真右のバイクに乗れと、1番うまいからと(笑。
2人共ひざまでの長靴を履いている、今朝くる途中に何度もぬかるんだという。

『 心配と迷惑をかけてごめんなさい、でも、また来たい 』、とガイドを通して伝えてもらった。
首長さんが、笑顔で 『 待ってるよ、今度来るときには今回この村を撮った写真と日本の私の家族や友人、日本の風景の写真を持ってきてほしい、それを見て話をしよう 』 と、言ってくれた。 ありがとう。 握手をして別れた。首長さんの手はクシャクシャで小さくて分厚くて暖かい手だった。

一気に山をくだる、森と林の中だ、道はない。
滑ったり飛び上がったりする度に、ついつい、、『わっ!』、とか、『ぎゃっ!』、とか、口からでてしまう。。。その度に、『 だいじょうぶ! 』 と日本語で言ってくれる、どうやら今朝覚えたようだ(笑、なんでも返事は”だいじょうぶ”と(笑。
ゆっくり走って気を使ってくれているのが、本当によくわかる、走り始めて30分くらいで怖くなくなった、本当に運転が上手で、当たり前だが慣れている。
安心して乗ることができるようになった。スピードがでないこともあり、2時間くらい走ったところで、山道から道にでた、少し広い道路だが、この季節、傾斜とスコールで車は無理なのに無理に登ろうとしている車に出会った。

車の運転手が降りて助けをもとめてきて、私以外の3人はなにやら話しをしていたらしいが、
助けずに戻ってきた。
ガイドに、どうしたの?と聞くと、『 この先はもっと道も狭いし、車は入れない、ぬかるんでいるし、とにかく登れないから戻りなさいと言ったが言うことを聞かないから、放っていきましょう 』 と。いいの?と聞くと、いいんです、と笑った。
いいのかなぁ・・・・と思いつつ脇を通り抜けた。

そこから20分くらいで着いた。ガイドが、携帯の電波が通じるからもう大丈夫です、と。
100メートルくらい先にある小さなお店のようなものがみえるから、あそこまで行ってほしいとお願いした。ジュースを買いたかったのとお金を崩したかったのだ。

実は昨夜、タダで行ってもらうわけには行かないし値段もあるはずだから、ガイドから首長さんに聞いてもらっていた。1台200バーツ、と。日本円だと600円だが、タイのしかも山奥での物価を考えると高い、でも精一杯のふっかけた値段なのだろう(笑、首長さんの顔を見てわかった(笑、だけどそれもここでの生活の収入の一部、当たり前だと思った、急にお願いしているのだし、もちろん快諾。
むしろ私は1台500バーツを置いてくるつもりだった。

そこに降ろしてもらい、オレンジジュースを2本買って、さらに1000バーツ札を500バーツ札2枚にしてもらった。
ここに来るまでの2時間半近く、途中何度も止まったりしたが、私を降ろす事は一度もなかった。ガイドは数回降ろされて、少し歩け、と言われていたが、私が降りようとすると、ダメ!と乗せたまま行ってくれる、怪我をしているんだから乗ってて、と。
その気持ちが本当に嬉しくて暖かくて、いじらしくて、そして、ここまで無事に連れてきたことへの感謝の気持ちで、一人一人に500バーツとジュースを渡した。
日本人だからお金があるから、という意味でとられたくなかったので、それをガイドに通訳して伝えてもらった。お金があるからじゃなくて、本当にありがとう、という気持ちで渡すんだということを、首長さんや親に報告なんかしなくていいし、もし、今度誰か困った人がいてその人がお金を持っていなかったら、その分だと思ってほしい、と。
理解してくれた、泥だらけの手をずぼんで拭いて、向こうから握手、と、手を出してきた。
何か言っているがわからない、ガイドの通訳によると、『 このお金は今度きた時にまたバイクで迎えにくる時のお金だから、また来てくれ、僕が迎えにくるから 』と。

胸が詰まった、、、。嬉しくて嬉しくて涙がでた、ありがとう。

これから、もらった200バーツで買い物をして帰るようにいいつけられていて、2人で買出ししてから帰るという、残りの300バーツづつは、自分の為に使っていいんだよ、と伝えて、見えなくなるまで手を振った。
この子の母親は38歳だという、私の方が上かい(苦笑、と思いながら、胸がいっぱいになった。

ラフ族はカレン族、モン族、アカ族のように大きい民族ではない、数多くある民族の中でも少数派で、ツアーや観光化もされていない。
大昔、中国やラオスから流れてきたという説もあるが、詳細はわからない。
たった1ケ所の村しか行けなかったが、ここラフ族に行けてよかった。
これだけで充分、本当は電気とかガスとか冷蔵庫とかあるんじゃないの?なんて行く前は思ったりしたが、本当に何もなかった。行けてよかった、出会えてよかった、心からそう思った。

ただ、悲しい話が1つ、昨日山登りをしている途中にガイドから聞いた話だが、2年前にこの隣の山岳で、NGO団体の職員の日本人男性が、部族の14歳の女の子を強姦した事件があったそうだ。。。
どうしてそうなんだろう、、情けない気持ちとやり場のない怒りと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。そんな人ばっかりじゃないんだよ、と言いたかったが、タイ全土での日本人男性の素行振る舞いや事件を見聞きすると、そんな言い訳がましいことを口に出せなかった、何も、言わなかった、言えなかった。
ただ、だから、足に違和感を覚えたが、ラフ族まで絶対に行くんだ、という思いだけで頑張って登った。
タイにきてから何度、こういう思いをしただろう。。。
本当にありがとう、そしてごめんなさい、心の中で言った。

お昼をまわっていた、そこのお店の脇で食事もできるというので、北部のタイ風焼きそばを食べた。ガイドがあちこちに電話してる(笑、報告やここからの手配だろう。
それは任せて、ゆっくり食事をした。そういえばお腹もすいていたので、おかわりをしていっぱい食べた、おいしかった。

 

  

 

ガイドが、ソンテオが来るまで1時間半くらいかかるという。
しかも、それはチェンマイまでは行かない、まずはメーコンまで行きましょう、と。

なので、その辺を少し歩いてみた。

  

    

近くに河があった、麓まで降りてきたので静かな流れの河だった。
何河?とガイドに聞いたが、ガイドもわからないと(苦笑。
まぁ、いいや、としばらく橋の上で眺めていた。

1時間くらいして、ソンテオがきた、それに乗って、さらに街まで行った。
そこから1時間半くらい乗ってメーコンに到着。
ここは舗装されている小さな町で車もあるので、道で拾って交渉してチェンマイまで行ってもらうことになった。
チェンマイまでは1〜2時間位、チェンマイ市内の渋滞の時間にぶつかるらしく、到着時刻はそれ次第との事。
疲れたんだろう、、、私は眠ってしまった、、、市内に入ったところで、あと30分くらいで着くと起こされた、到着したのは18時過ぎだった。

ホテルにチェックインをして、初日に預けていたスーツケースを運んでもらい、着てきた洋服を全部ランドリーサービスに出したくて、フロントに連絡をして、取りにきてもらい、明日朝仕上がりをオーダー。

そして、すぐに旦那さまへ国際電話・・・、途中、ガイドが連絡を入れていたので、メールが入っていた。『心配かけました、、、チェンマイへちゃんと戻ってきました』、、と。
予定を早めてチェンマイに戻ってきたので、明日は1日あいた、ちょうどいい、明日は足を休めて引きずってでも帰る、そもそもビザが切れる(汗)、タイのビザは最大30日、あと数日・・・、あはは・・・、笑い事じゃない、例の飯田橋のN定日も帰国日ぎりぎりに設定していたので、ヤバイ(笑。
ガイドやチェンマイのSさんが心配して、帰国日リムジンで空港まで送ると連絡が入っていたので、それも伝えた。
『 折れてないなら、残りの時間無理せずに、精一杯楽しんでこい。飛行機に乗ればあとはどうにでもなる、空港まで迎えにいくから心配するな 』 との事。
心配かけました、、、、ごめんなさい。

すぐにシャワーを浴びてやっとベッドにごろんとした。
ビールを1本飲んだ、どっと疲れが出た。



足に湿布をはって、痛み止めを飲んで、時刻は21時、寝るーーーー。

おやすみなさい

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【 山岳部族へ 】 スコールとトラブルと怪我 、 そして人と自然に感動

2011年07月21日 21時37分59秒 | タイ!201107

今日もさわやかな森の中で目覚めた、よし、今日も元気だ
昨日同様朝食を食べにでかけた、出発が早いから6時に朝食
昨日と違うのはタイ粥に今日は豚肉ミンチが入っている、これも美味しい、胃が元気になる


    

料理をしてくる2人に写真をとっていいか聞いてみた、朝からタイ語を覚えて暗記した(笑)。
笑顔でうなずいてくれた
笑顔だが恥ずかしがり屋さんでカメラを向けると笑顔が硬直する(笑)、でも本当に一生懸命な姿にこっちの気持ちが癒される、今日も朝早くからありがとう

荷物をまとめチェックアウト、リビングにスタッフがきてくれて、写真をとってくれた
本当に素敵はところで、素敵な子供達だった。絶対にまた来る。

日本語ガイドから連絡が入った、天気はまずまず、予定通り行きますので、チェンマイに8時集合です、と。
昨日お願いしていたタクシーが7時に到着、チェンマイへ

実は、昨日、今回相談に乗ってもらっているチェンマイのSさんより連絡が入り、同じ日程で、ほぼ私と同じルートを希望する方が2名いる、それぞれ単独でガイドを雇っているらしい。
ドイツ人とパキスタン人、山岳はある程度まとまった人数の方が有利、あとタイ北部の部族は部族語があり、タイ語が通じないところも多数ある、ドイツ人の専属ガイドから連絡が入り、英語と部族語がわかるガイド1名を3名でシェアしないか?クルーを組みたいと持ちかけがあったそうだ。スコールや何かあった時にその方がいいし、身元のしっかりした方達なので、そのほうがいいと言われ、急遽そうすることにした

私と私の日本語ガイドタイ人、ドイツ人37歳男性とガイドタイ人、パキスタン人35歳男性とガイドタイ人、そしてシェアする事になったタイ部族語のわかるタイ人ガイドを1人、計7名で行くことになった。

8時にチェンマイ最終に泊まる私のホテルロビーで集合、私はこの2日間の荷物とパソコンをフロントに預け、リュック1つで出発。
メイヤオ地区まではソンテオで向う、市内の渋滞も含め2時間くらいだ。

途中、雑貨市場で足りない荷物の補充を行うという、私は懐中電灯だけなかったので、それを購入、あとは水を1リットル。

そこからさらに山の麓まで走る。麓に到着した。
時間は11時、ここで昼食をとり、いよいよ歩く。ウォーミングアップで1キロ程度はまだなだらかな舗装されている道路を歩いていく、その後舗装はなくなっていく。
今日の予定は山岳部族でも一番標高の高い1000メートル超の 『 ラフ族 』へ行くことになった。途中メーコーンのカレン族の村から象で移動する1時間位象で上る、河を渡る方が早いのと、毎日のスコールでぬかるみがひどいから足をとられる為、また、象を降りてからその先は登りしかなく、かなりの急傾斜の為、明日以降の疲れも考えてとの事、それとせっかくカレン族を通るのだから乗りましょう、という事になった。

       

舗装道路から砂利になり、土になっていく、、、。
ただ、こここはまだ快適、ご機嫌で会話したり写真ととったりする余裕もあり、、、

  
この先に待っている過酷さを想像もしなかった・・・・

しばらく歩くと、カレン族のエレファントキャンプが見えてきた。
ここから森に入る、いわゆる近道だそうだ、、、

 

   

やはりタイ語は通じないらしい、部族語が話せるガイドが交渉していた。
カレン族はタイでも一番大きい民族だが、カレンの中にも色々な種類があり、カレンでも有名な首長族などは観光ルートとなっており、タイ語や、ある程度の英語も通じるらしいが、ここのエレファントキャンプは通じない。
本当の象使いの人達で、これで生計をたてている。このように外国人を乗せるのも収入の1つだが、本当に人と物を運ぶの為の象なのでもちろんお土産屋さんも何もない。この写真の象が私が乗る象だ。いきなり鼻がどーーんと足元にきて、びっくりしてカメラがブレた(笑。
かわいい!1時間近くも乗れるんだっと、きゃっきゃっ言ってられるのはその時だけだった。。

   

  

   

簡易的なイスしかついていない事と、道が、崖の隙間や川に入ったり、、、
さらに、象さんは急に立ち上がって草を食べたり岩に体やおしりをこすったりする。
その度にブルンブルン振り回される為、しっかりつかまっていないと、リアルに振り落とされる。姿勢をかがめて、と言われていたので上向きの写真はとれないし、もう写真どころじゃない(苦笑。
さらに、象に乗る前にガイドから虫除けスプレーをしてください、と言われた意味がわかった、、、森の中の湿地帯なので、とにかく無数の虫がいる、実際は虫どころじゃなくて必死でつかまっていたんだけど(笑。
虫除けスプレーのおかげで虫にはほとんど刺されなかった(^^。

象さんから降りて歩き始めて数分、数名のガイドが、『 スコールがくるからカッパを着て 』と。空を見るが降ってはいない、というか降る様子もない、、、言われるままにカッパを着始めた数分後、ポツポツじゃなくて、いきなり 『ザーーーーーーー』、と
呆然とした。。。しばらく木の下に入った。
そこし落ち着いたところで山登り開始、、、、地面が、、、、赤土がぐにょんぐにょんになってるし、ぬかるみで足がとられる。
1時間ほど登り、慣れてきたが、気温もピークで湿度もピーク、滝のような汗と急傾斜で足の疲労がかなりきている。
またガイドが、『 スコール 』 と。またかい、と思いながらまたカッパを着る。
また木の下で通り過ぎるのを待ちながら水分補給。
さらに歩くこと1時間、疲労もかなりきていた、想像以上の過酷さで、本音を言えば自信がなくなっていた・・・。
その矢先、スコールで道を斜めに河のようになっている場所があり、幅1.5メートルくらい、飛び越えるわけにもいかないし、ガイドが、『ゆっくりと泥水に流されないように足を埋め込むようにして進んでください』と。言われたようにしたつもりだったが、、、。
足をとられた、ガイドの手が離れた最後の1歩のところだった。。。
崖にすべり落ちた、下の沢に到達する前に枝に捕まって停止。
体中泥水だらけ(笑、それはいいのだが、、、右足に違和感を覚えた・・・、やばいかも。。
ただ、骨には異常はないのはわかった、打ち身だろう、、と、そう思う事にしてそのまま進んだ。
もうここからは写真も撮る余裕はない、さらに追い討ちをかけるように、三度目のスコール
息は切れる、ほとんど誰も話さなくなった、それほどきつかった。
スコールさえなければ、、、と思った。。

午後5時過ぎ、やっとついた、、、スコールもあがっていた。。。。
ラフ族に到着した。。。。

首長さんの隣の小屋に案内された。
デッキからの眺めは最高だった、、、本当にすごかったし、風を感じた。

    

とにかく、着替えたかった。泥まみれだ。
覚悟はしていたが、茶色い水貯を桶ですくって使ってくれと。
2つしかない、外国はレディーファーストが徹底している、とにかく最初に使っていい、と全員笑顔で言ってくれる、私は服のまま泥を洗い流し、手足を流して、トイレとは思えないトイレで着ている泥だらけのビチャビチャの洋服を全部脱いで、ビオレさらさらシートを20枚使って体中を拭いた。すっきりして持ってきた洋服に着替えた。

ここのお母さんが、私の顔に泥がついている、と言って、少し綺麗な水を汲みに行ってくれた。
そういえば鏡なんてもんはないから自分がどんな状態にいるのか全く検討がつかない。少し透明な水をくれた、それで顔を洗った。
ありがとう。。。気持ちがとっても嬉しかった。

ここの息子さん、ギターで歌を歌って迎えてくれた、いい声をしていた。

    

色とりどりのビニールは我々クルーのスコール用カッパ。
あとは部屋の様子、部屋といっても本当に小屋だ。

    

    

お母さんや近所の人達が食事を作ってくれるという、その間、ゆっくりしいて、といわれたので、
着替えて、ギターを聞いたり、夜の寝る準備をした。
本当に電気はない、ロウソクだけだ、よって、今のうちにできることはして、あとは懐中電灯がないと歩けないから首からぶらさげた。
山の上のため、気温が下がっている、ありったけの服を着た。
右は今日の寝床(笑)。一応女性ということで、端っこを独占し、穴だらけのカヤをお母さんがくれた、ありがとう。

  

ここのお母さんとおばあちゃんに、何か手作りのお土産はないの?と聞いたら、あるよ(^^、と持ってきてくれた、買ってくれるのかい?というので、欲しいと伝えてブレスレットを買った。
どうしてもここで買いたかった。

ここからは一気に写真をのせます。
説明がなくてもわかると思います、食事を作っている風景と食事。

    

三種類のご飯を用意してくれた、お野菜と鶏肉の炒め物?のようなものと、ココナッツととうもろこしを潰したスープに野菜と芋のようなものをいれたもの、あとはひき肉のようなものと何かを炒めた辛いものと、タイ米。
本当にロウソクしかなくてあまりきちんと写真がとれてなかった・・・、それだけじゃなく、おなかがすいていて、夢中で食べてた・・・あはは(笑。
本当はトカゲとかヘビとか、なんとかっていう虫も食べるらしいけど、今回は部族の人が気を使って、タイ料理に近いものを出してくれたらしい、一人のガイドが、ヘビ肉が入ってる、と言っていたが、私にはわからなかった(笑。
どれもこれもおいしかった、いっぱい食べた、食事が終わると焚き火で暖をとり、通訳を交えていろんな話をみんなでした。
すごくすごく、貴重で楽しくて、大切な思い出の時間となった。

それと、、、、昼間の足の怪我だが、どうやら筋を伸ばしてしまったらしく、さらに筋肉も損傷しているようだ、、、痛みと腫れがひどくなってきた。
自分の中ではわかっていた、、ヤバイ、、と(苦笑。
食事前に日本語ガイドには伝えた、明日からはモン族とアカ族へ行く予定で途中ラフティングも入れて河をくだる予定だった。。。
無理をするのはやめようと思った、ここで無理をすると帰国できなくなる可能性もあるし、周りにも迷惑をかける。あきらめて明日、戻る、と伝えた。
日本語ガイドが他のガイドとも相談し、足もみてくれたが、やはり全員、これ以上はやめたほうがいいという判断、たぶん明日朝は歩けないかもしれないと。

さて、、、、どうやって戻るか、、、この村は当然のことながら車がない。
バイクが1台だけある、首長さんが、村一番のバイクのうまい少年の後ろに乗っていけという言う、今日登った道だと歩かなければならない場所もあるから、別の細い山道を通り最短で2時間あれば車がくるところまで行けるという。
ノーヘル2人乗り、モトクロスのようなぬかるんだ急傾斜を道なき道を降りる・・・正直怖いが、そんなとこ言ってられない、、、乾季ならともかく雨季のこの山は街の買出し用のバイクしかないというのだから覚悟を決めた、、、お願いした。
スコールもあるから、時間は読めないが、それが最善という事で、明日おりることにした。
ただし、今日は1台しかない、日本語ガイドも同行しなければならない、バイクを降りてからの帰り方も言葉もわからないし、車も呼べない、そもそも携帯が通じない、現地の無線とガイド専用携帯しかない、、、。ガイドも1人で行かせるわけには行かないから、と、明日朝早朝に1台バイクが2時間かけてここまでくるという。
明日朝、日本人ガイドと私は戻ることとなった・・・。

食後のキャンプファイヤーでは、みんなが元気づけてくれようとして、日本の歌を歌ってくれたり、また来ればいいさ、と笑顔で話しかけてくれた。
自己不注意による断念で、迷惑をかけてしまい、、、痛さと無念さでちょっと元気がなかったが、みんなの気持ちが嬉しくて、すごく暖かい気持ちになれた。

正直不安になったし、痛いし、無念だし、自分の不注意さに腹がたったし、泣きたくなったが、、、それ以上の経験ができたと思っている。
また来ればいい、本当にそう思った。

夜、10時頃、おやすみなさい。

(※ 今、チェンマイのホテルでこれを書いてますが、回線状態が非常に悪いため、翌日の分はまた明日書きます。明日以降もいろいろありましたが、今こうしてチェンマイにいるので大丈夫です(^^、ちゃんと帰国できそうです) 

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天国のお家2日目、今日は1日ここにいる & 隣村ハンドン市場 & 子供達

2011年07月20日 21時00分21秒 | タイ!201107

鳥の鳴き声で5時に目が覚めた
夜明けだ、外のリビングにでた、空気がうまい(笑)
あちこち痒いなぁ、、、とボリボリかきつつ、歯磨きして顔だけ洗った
色んな虫がそこらじゅうにいる(笑)そりゃそうだろう、寝室は別棟とはいえ、
ドアはこの写真のように隙間だらけだし、網戸もあるところとないところがある(笑)。
リビングで寝ても一緒だが、一応寝室は動物の侵入は防げてるみたい(笑)。
猫がきた、昨日あげた豚の皮の揚げたものが欲しいらしい、残っていたのであげた(笑

   

    

朝食は頼めば出してくれるというので前日にお願いしていた。
ここの施設出身で義務教育を終えた子達が作ってくれるという。
8時に予約していたのだが、6時くらいから女の子と男の子が30メートル先くらいの食堂で
準備しているのが見えた。
プラプラ歩いていたら、サワッディーカー、と笑顔、同じくサワッディーカーと(笑)。
洗濯をしているようで、じっと見ていたら、使っていいよ、とタイ語で言っている。
日本語も英語もわからないが、身振り手振りでわかった。
ので、一緒に使わせてもらうことに。
リビングに紐をかけてくれた、ここに干すといい、との事。
一応屋根があるから、スコールがきても大丈夫、でもぬれるかもしれないけど、と(笑)

食事の用意ができた、というので行ってみた
本当に本当に一生懸命で、丁寧で、言葉がなくても心がこもっている、
というのはこういう事なんだというのがわかる食事だった。
素朴な食事だが、それが本当に伝わって、これも涙がでるほとおいしかった。
仕事として一生懸命やろうというのがすごく伝わる、教えてもらったことをちゃんと
やろうとしているのだろう、1つずつ武器用ながらテーブルに出してくれる。
食べ終わるとすぐにデザートを出すように言われているのだろう、食べるのをじっと見てる。
それが、かわいくて笑ってしまった
食べ物の説明もおかしな英語と日本語を混ぜてしてくれるが、これも丸暗記だとわかる(笑、
なぜなら、質問すると2人とも黙ってしまうからだ(笑
タイ語しかわからないとの事。それでいい、私も質問はしないで、おいしいよ、ありがとう、
という気持ちを笑顔と態度で一生懸命伝えた。
いじらしいほどかわいい笑顔だった、23歳と21歳。

子供達は学校でいないので、昼頃から近くのハンドン市場に行こうと思った。
自転車もあるのだが、今日は乗り合いのソンテオに乗ってみようと思った。
ここのところスコールが突然くる、今は雨季だから仕方がない。
とはいえ日本の梅雨のようにダラダラ降らない、一気にバケツをひっくり返したようにくる。
森なので雨宿りをする場所も車もないから、やめた(笑)。

その前にこの施設の陶芸や裁縫、家具を作っている場所を覗いてみた。
みんな笑顔でサワッディーカー、市場へ行く前にどんな物があるかを見ようと思った。
ここにないものを市場でみようと思ったからだ。
気に入った三つ折財布があった、日本の普段使いではなく海外旅行の時に使うものが欲しかった。
それとノートを一冊買った。全部で1900バーツ。宿泊代と同じくらいの値段だったが、これを買った。
値切る場所とそうではない場所は決めていた。気に入ったから買った。

今日は青いソンテオ
この村の隣村の中心部にあるそうだ、ハンドン市場という。市場はここだけしかない。
本当に小さい村、部族ではないので日常生活はチェンマイと同じだが、
何せ値段がいきなり安い、物価の差を感じた。
それとここは観光客がくる市場ではないので、値段交渉がないそうだ。

    

  

森を抜け、街らしきものが見えてきた、ソンテオで走る事20分、着いた。
ここが中心部、やはり都市とは違いかなり小さい。

市場へ行って、まずはお腹がすいたから、カオマンガイを食べようと思ったのだが、
チェンマイ独特の味つけと調味料があるらしく、さらにこの村独特、と聞いたのでそれを探して
みた、あった!が・・・全く英語が通じない。
タイ語のみ、100%。困った、、、手振り身振りで伝えた。伝わった
おいしいー!最近、本当にタイの飯はうまいと思う、毎日でも飽きない
ちなみに一番高いやつだったのだが、20バーツ。
タイ独特の調味料の使い方は覚えた(笑)。でもここはちょっと違った、見たことがないものが
あった、これか・・・、と、じーっと見てるとお店のおばちゃんが、作ってくれた、
日本の南蛮漬けのかなり辛い汁に似ている、これになんだかわからないが黒い甘苦い汁をまぜるそうだ。
食べてみた、お!いける薄味出汁チャーハン飯にかけて鶏肉とまぜて食べると絶妙にうまい

タイにきて、屋台めぐりをしていて覚えたのだが、タイでは右手にスプーン、左手にフォークを
持って、それで混ぜ合わせながら食べる。やっと慣れた。
外国人の行く店ややホテルだとナイフフォークや箸もありなんでもOKだが、地元の店だと違う。
さて、夜飯のつまみを買わなければ、と市場をウロウロ

   

ピンクの卵、、、なんだろうと思ったが、とにかく言葉が全く通じない。
質問もできないし、気になりながらスルー・・・、今日は無難に食べられそうなものを選んだ(笑。
豚を揚げたものと生クリームが少しのっかったパンケーキ、それぞれ5バーツ(日本円で15円)
今日は朝と昼に結構食べたから、夜のビールのつまみはこんなもんでよしとした。
お土産をみてみたが、欲しいものはなかったのでやめた。

その途中にちょっと奥まったお店?と思い入ってみたら、食肉解体と販売専門が並んでいた。
バンコクにはない光景だった。村の人の生活のための市場なので、当たり前だが、驚いた。
えっと、豚さん鳥さんがそのままの形で山積みになっていて、皮をはいで、バラバラにしていた。
UPできる写真はこれくらいかな・・・と。。。あとはやめとく(笑

2時間ほどウロウロしてまたソンテオで戻ってきた
スコールが2回くらいきた、今日は雨が多いらしい
開放リビングで自分でコーヒーを入れてみた、タイのコーヒーだそうだ
なかなかうまい。買ってきたパンケーキとコーヒーでブレイクタイム。
今日もインターネットはつながらない(笑)、なので、テキストで作成しようと打ちはじめたのだ。
雨もいいもんだ、とっても不思議な空間。大雨の中、壁のないリビングで本当に静かな時間。
何度も言うが、写真の景色はガラスじゃない、外だ(笑)。

    

施設のスタッフからやっぱり学校へ行くのは難しいとのこと、スコールの影響で学校が大変らしい。
ということで、帰宅を待つことに
ん?誰か来た?と思ったら今日は宿泊がいるらしい、どこの国の人なのか何人いるのかわからない。
隣といってもずっとずっと向こうなので、見えない(笑。
あ、スコールがあがった!緑がピカピカキラキラしている、本当に天国だ
子供達が帰ってきたようだ、施設へ向った

またスコールが始まったため、あまり写真はとれなかった。
それに、写真が目的ではないから、目に焼き付けてこようと思った、この時間を大事にしたかった。
だからいっぱいお話をした、タイ語しかわからないからスタッフの通訳が入った。
もどかしかった、帰国したらタイ語を勉強したいと思った。
元気いっぱい!本当にHIV感染してるんだろうか、と、目を疑う程かわいい子供達。

ほとんどの子がもっと北部の出身の子ばかり。
両親に捨てられて、本当の出身も国籍もわからない子も何人もいるとの事、
最近になって親がわかった子もいる。誕生日も年齢もおおよそとの事。
ここは12年前にアルマーニが資金を出して、日本人女性が運営を始めた施設だそうだ。
私の宿泊しているところは昨年立てられたばかりでこの子達が成長して仕事を覚えるために
設立されたもの。資金は日本や諸外国からの有志の援助金で建てられた。
現在3棟、1棟200万くらいで建つ。
まだまだ救うべき子供は無数にいるが、1人でも多くの子の笑顔を、と運営されている。
ボランティアや寄付、難しい問題であり、簡単にできるものではないのはわかっているが
ここでも自分ができるかもしれない課題をみつけることができた。
スラム同様、かわいそうだから、だけでは動けない。
現地に行って住んだり、金をだすことだけがボランティアではない。
タイや後進国だけでの問題でもないし日本には日本の問題もある。
えらそうな事を言うつもりはないが、本当に得るものが多かった。
というより、与えてもらう事の方が多かった、
ここは友達同士で観光に来る場所でもないしホテル感覚では泊まれない、
もし興味のある方がいたら、大事な人と行ってほしいと思う。
その宿泊代が一人でも救えるHIVの薬を買う大きな財源であることは、ここに来て実感した。
中途半端な営利目的の経営ではないことは、見てわかった。

明日は早朝にここをたつ、一度チェンマイに戻り、そこからいよいよ山岳の部族をまわる。
1泊2日なのか、2泊3日なのかわからないが、順調に行けばあさっての夜にはチェンマイに
戻る。という事で、今日もそろそろシャワーを浴びて、寝ます

スコールも上がり、今日も満点の星、本当に来てよかった
また来てね、ここでも言われた。また来る、と、笑顔で約束した。
お礼を言いたいのは私の方だ、本当に本当に来てよかった、心が洗われた。
おやすみなさい

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出発!午前中はチェンマイ & 午後はトゥンパートーン村のHIV孤児院とその宿へ!

2011年07月19日 22時09分28秒 | タイ!201107

まずは、、UPできなかったのは、こっちの回線がかなり不安定なことと、山だったので、
無理に繋げることは断念したという事。
テキストでは作成していたので、順番にUPします
チェンマイは回線が遅いので、一気にはあげられませんが、帰国までに必ず追いつきます
これは自分で決めた決め事なので(笑。
これをUPしているので、今はチャンマイのホテルに戻ったという事です
UPしてなかったので、いっぱいメールをもらってました。
ありがとうございます!いろいろありましたが元気です
いろいろ・・・の内容は順に見ていただけるとわかります。。。
日付順にUPします

朝食はホテルのビュッフェ
さすがに数も種類も多く、目移り。こんな感じ

         

9時にチェックアウトして、今日は人と会うことに、Sさんという女性。
チェンマイでの私の行動の相談に乗っていてくれた人だ。
30代半ばだろう。かわいらしい人でチェンマイが大好きな人。
5年前から移住しているそうでここでの暮らしや物価、危険やいいところ、いろんな話を聞いた
それと、2日後から山岳へ行く時のガイドさんともごあいさつ
タイ北部出身の26歳の男の子、ヌン君。日本名は『 はじめ君 』と呼ばれている。
”ヌン ”、というのは数字の ”1 ”という意味から、はじめ君というらしい(笑)。
彼はミャンマーとの国境付近の村で生まれたが、家が貧しく父親もいないため、
北のスラムの施設に入ったが、偶然の出会いで、タイ在住の日本人夫婦の養子になったそうだ。
だから、僕には母親が2人いるんです、と笑顔で話す。
養子にもらわれた家で、タイの大学まで行かせてもらった。
だから一生懸命働くんだ、と張り切っている。
いつか、本当の家族にも少しでもお金を送りたいと言っていた。
大学では文学部で日本語を勉強したという、完璧ではないが、会話はなりたつ(笑)。
英語はおぼつかないが(笑)意味は通じる、これは私もそうなのでお互い様(笑)。
タイ語でも北部はちょっとニュアンスが違うことと、なにより北部出身ということで、
今回は心強いガイド君だ。自己紹介をすませて、2日後に会う約束をして別れた

さて今日は夕飯がないから市場で何かを買って行くぞ、と近くの市場散策
いろいろあっておもしろい、1時間ほどぐるぐる見てまわった。

       

     

    

チェンマイ独自の食べ物・・・、バンコクにはなかったもの・・・、とガイドブックを見つつ探した
ガイドフックが必須、というのも、あまり英語が通じない、というかほとんどタイ語
ガイドブックの指差しで会話(笑)
豚の皮をあげたもの、何肉かわからないものとハーブを混ぜたソーセージ
バナナをどうにかしたお菓子とサトウキビで作ったお菓子。
豚の皮だけ15バーツ、あとは全部10バーツ、バンコクより物価が安い気がする

夜のおつまみをgetしたので、さて、昼食
絶対にチェンマイの郷土料理の『 カオソーイ 』を食べると決めていたので、
地元の人気店へ行った、屋台とお店の中間のような店。
人気店なので混んでる・・・、しかも注文は紙に書いて、釘に刺せと指差しで言われるが、
タイ語なんて書けない、、、どうしようと思っていたら、
客のおばちゃんがゼスチャーで、何が食べたい?と言うので、カオソーイ、、と答えると
笑顔で変わりに書いてくれた、それを見た店の人も、タイ語がわからないと気付いたらしく
両手を合わせてごめんね、と謝ってくれて、1品サービスしてくれた
これ、辛いけど、本当においしかった!!おいしい!と何度もガイドブックのタイ語を
指差したら、笑顔で返してくれた
35バーツだったのだが、50バーツおいてきた。うーん、満足。



さて、トゥンパートーン村までどうやっていくか
チェンマイは鉄道とタクシーがない。タクシーはあるのだが、空港とホテル間のみ。
鉄道は遠方からくる長距離列車のみでチェンマイ駅しかない、街は走らない。
タクシー代わりになるのが、ソンテオ、という乗り物。
これもいろいろあるのだが、真っ赤なソンテオをチャーターして行ってもらうしかない。
事前に距離と時間を調べていたので、交渉は300〜500バーツがチャーターの安全な相場。
1台見つけたので交渉開始、550バーツと言ってきた、それきた!と思い、300バーツと
言い返す。そこからUPDOWNを繰り返し、400バーツで交渉成立
タイ全部に言えることだが、めんどくさい、、、正規料金を明示しろ、、と言いたい。

    

とにもかくにも交通手段get!出発ー。
1時間ほど走る、風が気持ちよい、どんどん山というか森が近づいてきて、
何もない光景が広がっていく。どこまで行くんだろう、、と、ちょっと不安になりつつ・・・
着いたよかった・・・
無事ついたので、チップ20バーツをプラスして渡すと、ご機嫌で帰っていった(笑)
プッディーさんというらしい、1時間も乗ったから、めちゃくちゃなタイ語と英語で結構会話した。

施設でAさんという日本人女性とお話をした、歳は60歳くらいだろう。
素敵な笑顔で”遠くからよくきてくれました”と言ってくれた。
なんだろ、、、本当に優しい笑顔だった
今日はとにかくゆっくりしてください、明日、またお話しましょうと。
それと、子供達には今日は会えないとの事、学校まで1時間かかるのだが、
その学校の行事のトラブルで帰宅が遅くなるらしい。
あと、この一帯の電気が断線したり、ちょっと村のトラブルがあるので、明日も車が出せなかったら学校には行けないかもしれない、といわれたので、そんな事はかまわない。
生活の邪魔はしたくないので、全然平気ですっと答えた。
明日の予定に関しても、もし学校に行けなくても、施設の子供達も会いたがっていたので、
明日の夕方、学校から帰宅したら施設の中で会いましょうね、と言ってくれた。
もちろんそれだけで充分

    

 

ここは事務所。

今日泊まるところまで歩きながら話をして案内してもらった
今日ここは他に誰も宿泊はいません、1人きりです、そして、インターネットもつながりませんし
外部との連絡も無理でしょう。
『 万が一のためにこの広大な敷地の中で使える携帯電話をお渡ししておきます。
でも、たぶん使わないと思いますよ、神様が、今日はゆっくりしてください、という事だと思いますよ、自然のパワーとここの子供達の見えないパワーを感じますよ 』、と、微笑んだ。

その意味がわかった。

案内されたリビングは壁もなにもない、ここで作られたという家具やソファー等は全部あり、
最低限の設備は確保されているが、それだけ。
もちろん、TVも蛍光灯もない、少しの電気とロウソクだけ。
まわりは森、動物と虫と鳥の鳴き声しか聞こえない。

   

   



ことわっておくが、これは外、ガラスではない、壁がないのだ。
ここの家具も建物も全部ここの施設で作られたもの、外注ではない。
ここの施設で働く大工さんの手作りの家と家具、そして施設で作られる布やクッション。
風が吹き抜ける壮大なリビング。

そして、寝室と呼ばれるのは隣にあり、エアコンもなにもない、ベッドとシャワーとトイレだけの部屋。風が吹き抜ける。

ここはこの施設の子と現地スタッフで自立するために運営されている。
一生懸命おもてなしをしよう、という気持ちがせいいっぱいわかる掃除と準備がされていた。
どんなホテルよりも心がこもっているのが見てすぐにわかったし感じた。
見えない心が見えた気がして胸が熱くなった。

時間は15時、外のリビングのソファーに座って、1人、30分くらい動けなくなった。
天国かと思うような、空間と風と景色、誰もいない、文字で書けない開放感。
ここの飼い猫と飼い犬が勝手に入ってきて、そばに座った。

とりあえずリュックを置いて、ビールを飲み始めて昼間に市場で買ったおつまみを食べた。

    

4時間ほど、何もないところで、ずっと何もしないでいた。
初めての感覚だった。
なんていうのかな、、、悲しいわけでもないし寂しいわけでもないし、すごく気持ちがいいのに涙が止まらなかった。
心が疲れていたのかもしれない、という表現しか思い浮かばないが、何か大事なものを忘れていたのかもしれない、と思った。

なんだかすっきりして、寝室のシャワーに入って、また野外リビングへ。
猫がまだ待っていた、しばらく猫と話をしながら、唯一の電子機器、ipodで音楽を聞きながら
しばしボーっとしてた。
陽がおちてきたので、寝ることにした(笑)。
空を見上げたら満点の星、本当に本当にすごかった、『 わぁー 』 と声がでた。
また涙がでた、あまりに綺麗だったからかもしれない。

    

蚊取り線香だけ焚いた。動物と虫と鳥の鳴き声しかしない。。。
夜でも気温は26度はあるだろう、昼間は30度は越えてる、なのにエアコンがなくても全然平気でイヤな暑さを感じない、自然ってすごいと思った。

写真、一気にのせました、本当はもっといっぱいありますが、この程度にしときます。
写真では伝わらないかもしれない、もしチェンマイにくる機会があったら、
みんなにここに来て欲しいと思った。

ここは安全です、ただし、虫と動物が苦手な人は厳しいかも。。。。寝室も同様です(笑)
私は平気なようです(笑)。想像以上の虫や動物がいます、すべて自己責任です(笑)。
でも、それ以上のことが、ここからもらえると思います。

本当に来てよかった。おやすみなさい

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チェンマイ到着ー!& 観光!半日で制覇!(^^

2011年07月18日 20時54分55秒 | タイ!201107

朝4時に起きて荷物詰めて、5時半にコンドミニアムからタクシーで空港へ外はまだ暗い。
陽気な運転手と話しをしながら40分弱でスワナプーム空港に到着
eチケットの印刷をしてなかったので、PCのメール画面を見せてこれでチケットちょうだい、と(笑。
さらにスーツケースが重量オーバー・・・、27キロあるよ、と言われ、国内線なんだからいいじゃん、、、と、確信犯で困った顔をし続けて動かずにいたら、しょうがないOKと
出国手続きがないので、スイスイ〜っと、チェックイン。
早めに出ていたので、空港内のマックに入った、タイの朝マック

 

なんか味が違う気が・・・。
30分ほどゆっくりして、そろそろ搭乗がはじまるので、小さな国内線ゲートへ

 

機内食、めずらしくパウンドケーキがうまかった。1時間半のフライトで到着ーー
う、、、チェンマイも暑い、、、とりあえずスーツケースを置きたいので、ホテルへ

 

   

 

     

こんな感じのホテルとお部屋です。さて、PCもセッティング終わったので、おでかけ
チャリンコかバイクを借りようと思い店を見つけて入るが、相場が40バーツのところを100バーツとふっかけてきやがった
おかしいじゃん!と抗議すると、今日は安いチャリがないと言う、嘘つけ!外にあるじゃんか!と思ったが相手も譲らない、それどころか、チャンマイの乗り物のソンテオという軽トラの後ろがオープンになったやつかトゥクトゥクを400バーツでどう?と薦めてきた。
典型的な観光客相手のぼったくり
もういいや、と思って歩くことにした、別に歩きでもいいと思ってたし。
じゃあチャリを50バーツでいいよ、と言われたが、気が変わった、歩きたい、と笑顔で去った。

さっそくテクテク歩いて、まずは 『 ワットプラシン 』

   

これは向う途中のターペー門、チャンマイの旧市街は左写真のようにお堀で囲われていて、門があるのだ。その中にワットプラシンがある。 

   

チェンマイで最も格式が高い寺院だそうだ、とりあえず見てみた。
小さいけどとっても豪華で金がかかってるのはわかった(笑)。
ただ、金ぴかの仏像はいつもながら圧倒される、さすがに綺麗

で、次、『 ワットスワンドーク 』

   

  

  

これはタイでも珍しい白いチューディー(お墓)が林立していて綺麗だと聞いていたので、どうしても見たかった。確かに綺麗だった、ちょっと曇った空の下で真っ白だった。
下の写真はタイおなじみの金ぴか仏像、ここのは大きかったなぁ。。。

バンコクのような喧騒はなく、のんびりした地方都市といった感じ。
ただ、、、主要道路の混雑はここ数年すごいらしく、確かに混んでいた。
バンコク同様中心部だけらしいが。
街はこんな感じ。

  

くだもの屋さんの屋台

    

帰り道の近くの公園と道路。

バンコクと違う点は、山があること。露店はあるが少ない。繁華街はあるがバンコクのようなあからさまな歓楽街は1カ所程度だけ。
明日会う人にも詳しく聞いてみるが、危険はバンコクとは違い、むしろ昼夜問わず人の少ないところは歩かない、という事だそうだ。
今日は朝も早かったし疲れを残すのがイヤなので、早々に帰ることにした。

部屋について、腹が減った。今日はホテルと決めていたので、レストランへGO

    

ココナッツベースで鶏肉とお野菜とハーブが入ってるスープとタイ飯。
今日のはかなりかなり辛いのだが、これ、バンコクでも何度か食べていて、かなりお気に入り。
体が元気になる
ただ、今後は加減しようと思った、タイの北部はタイでも一番辛いところらしい・・・

お腹もいっぱいになり、お部屋に戻って明日の準備ー
バンコクみたいに日程に余裕があるわけじゃないから、見たいものを2つだけ決めていた。
それを見たから満足。あとは小さい寺院が3個くらいあるらしいが、、、もういい(笑)。
チェンマイ市内は今日と最終日の予定、最終日はチャンマイ最大のナイトバザールとお食事の予定

さて、今日は朝も早かったし、明日も忙しいから今日はこれからシャワーに入って寝るー

おやすみなさい

 

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バンコク最終日&明日からは北上の移動の旅

2011年07月17日 20時04分36秒 | タイ!201107

今日はバンコク最終日、これがロングステイのいいところ、今日は何もしない、余裕がある。
明日からの旅の準備だけに没頭する
80%くらいの準備が整ったので、現在16時初日に行ったコンドミニアムのオープンレストランにて最後のお食事&ビール

今日の行動

朝7時に起きて洗濯物を洗濯機にブチ込んで、朝食へ
今日はアメリカンブレックファースト

食べ終わって、デザートを別途注文して、そこからスラム街のブログを作成、UP。
洗濯を乾燥機にかけ、出来上がったので11時におでかけ

その前にフロントへ明日は朝が早い、7時45分の飛行機に乗らなければならないから4時おきで5時には出発。タクシーの手配とチェックアウト手続きを先にすませた。
滞在中ずっとお世話になったフロントの女の子、朝も帰りもどんなときも笑顔でドアをあけてくれるベルボーイさん。

1人で困っているときにいつも助けてくれた。
他にルームメイキングの女の子とアウトサイドの掃除の女の子。
みんなありがとうまた来てね、という言葉にちょっと感傷的になった。
また来る、絶対。

その後、いらない荷物を売ることにしてたので、それらを持って駅近くのお店へ
とにかく荷物を減らしたい、使わないものはもういらない。

前に散歩でみつけた店だ。日本人の持ち込むものならブランド、ノーブランド問わず何でも買うという。一度も使わなかった海外共用ドライヤーと、念のために持ってきた少しかかとのあるクロックスのヒールサンダル(今年の新モデル)、タイ語を話す変なたまごみたいな形の本とレコーダーのセット、Uさんが置いていった小説と私が持ってきた小説、バンコクの裏事情の雑誌。
日本円で全部で12000円くらいだろう。持ち込んだら260バーツだった
日本円に換算すると800円くらい。安っと思うが、何度も書いているように、一般の屋台の食事が35バーツの物価。私が今食べてる今日の夕飯代が400バーツくらいだろうから、まぁ、足しになった感じ(笑。どうせ捨てる予定だったものだから、よしとした。

そして、その帰り道、寄りたい店があった。
初日かな、、、洋裁の露天があったとブログに書いたことがあるが、そのおばさんのお店に行こうと思っていた。
実は途中カオサンで購入した袋のバッグのボタンがとれていて、簡易裁縫セットは自分でも持っていたのだが、ここで直したいと思っていた。
露店をのぞいたら笑顔のおばさんとおばあちゃんがいた。
直してほしいと伝えたら、笑顔で手をだしてくれた。値段は聞かなかった。

  

    

ボタンは何がいい?と、中古だろうけどいろんなボタンを見せてくれて、黒いボタンを指差したら、つけ始めてくれた。
すぐに出来上がって、値段を聞いたら10バーツ。
すぐにつけてくれてありがとう、という気持ちで50バーツ置いてきた。

いつもの帰り道、写真を何枚かとった。

  

いつも通るスクンビットとsoi22の交差点と、soi22通り。

いつも利用したファミリーマート。

何度も利用したオープンレストラン。
あっという間の3週間だった、過ぎると短い、、、ちょっと名残りおしいが、、、
明日からはもっとハードになる
部屋へ戻って荷物を整理し、おきっぱなしのスーツケースに詰めていった。

明日からの予定はこっちに来てから交渉したりたてたもの。

明日はバンコク→チェンマイまで飛行機で向う、9時に着いてアーリーチェックインをお願いした。荷物を置いてすぐにチェンマイ市内をバイクか自転車を借りてまわる予定。
このホテルは結構いいホテル、ロイヤルオーキッド。

次の日はスーツケースをロイヤルオーキッドに預けてチェックアウト、帰国最終日もこのホテルに泊まるからだ。バンコクで買ったバッタもんのリュックに必要最低限のものを詰め込んで移動。午前中は人に会う。バンコクでお世話になったY氏の紹介でチェンマイの旅の計画の相談に乗ってもらっていたSさんという女性、日本人だ。
バンコク同様チェンマイと北部の現状を聞きたいと思っていた、挨拶を兼ねて会う約束をした。ご夫婦でチェンマイに滞在している女性で、どんな人なのかすごく楽しみだ。

その午後はチェンマイから車で1時間くらいのトゥンバートン村というところに行く。
ここは偶然知ったところなのだが、HIVの孤児院がある。
昨年、宿泊施設を建てたそうで、泊まることができる。
ここで2泊することにした、壁もない部屋で虫や動物がいっぱいいるがかまわない、星がすごく綺麗なんだそうだ
そこに宿泊とは別にお願いごとをしていた、孤児院の訪問とその子達の学校に行きたい。
日本人がいる所で、話が早かった事とS氏からも連絡を入れてもらって、トントン拍子に話が進んだ。ただ、、話がどんどん進みすぎてしまって、、、、実は次の日の午後に1時間授業をしてくれないか、ということになり、授業をすることに、、、あはは・・・教員免許は持っているものの、、、こんなところで教壇にたつとは思わなかった、、、と焦り、
バンコクにいる間に何をしようかいろいろ考えて日本の冬とスキーの話と日本の文化を少し話そうと思った。教育実習依頼の緊張・・・
基本的なタイ語を硬い頭にいくつか叩き込んだ

そこに2泊した後は、本当はさらに最北端のメーホーンソーンという街に飛行機で行く予定だったが、今は治安が悪く、ミャンマーとの国境でもあり、スラムの記事で書いた移民の問題があり、外国人女性が1人で行くことは進めないという回答が帰ってきた。
本当は山岳を渡り歩いて移民キャンプに行きたかった。。。
でも、あきらめる勇気も必要、、、と、メーホーンソーンはあきらめた。
じゃあどうする?山岳をまわりたい、どうしても、カレン族、アカ族、モン族、全部じゃなくてもいいから行きたい。
四方八方調べて相談して方法が見つかった。
メーホーンソーンを通らずに北上するルートがあった、ただし、これも女性1人では山岳は危険、ガイドを単独で雇いましょうという事になり、S氏にタイ語英語日本語のできる山岳に詳しいガイドを探してもらった。

3日前に連絡がきた。1泊2日か場合によって2泊3日になるが、絶対に安心できるガイドだから一緒に行ってください、と。
同時にアカ族とモン族の首長さんにも連絡をとり、泊めてくれる交渉をしていたのだがそれもOKとの返事がきた。
チェンマイから北ルートで山岳近くまで車をチャーター、山岳に降りたらそこからはトレッキング。リュックをしょって山を登り川を渡る、すべて徒歩か象での移動になった。
ホテルのような設備や食事はいっさいありませんからね、という忠告を承諾。
風呂に入らなくたって死なないし、食事だって火が通っていればOK.
帰国最終の飛行機にのれればいい、それで決定。

念のため、最終2日間は初日に止まるロイヤルオーキッドホテルを押さえている。
どでかいスーツケースを初日に預ける事と、宿なしにならないための保険。

以上、明日からの北上の予定です
安全は確保しましたのでご安心を

明日は早いのでそろそろ部屋に戻ってシャワー浴びて寝ますー。
おやすみなさい

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【 バンコク最大のスラム街 クロントゥーイ地区 】 ※7/14 PM−BackDate

2011年07月17日 14時16分21秒 | タイ!201107

今日は17日、バンコク最終日、明日早朝バンコクからチェンマイへ飛ぶので、最初から今日、スラム街はUPしようと思っていた。きちんと整理をして別立をしたかった。
ですので、日付がbackdateしてます。
あくまで自分の備忘録なので、このスレッドは楽しいものではありません、よって、すっ飛ばしてもらってかまいません(^^。

午後14時、コンドミニアムロビーにてpick up。
服装は長袖長ズボン、貴金属や化粧もなし、バッグも持たない、髪の毛はしばる、靴はスニーカー。当たり前の事だが、重要なこと。もともとタイにきてからは化粧はおろか貴金属もなにもしていない、半ズボン、タンクトップの毎日。なので、別途、 寺院用に用意していた長ズボンと薄手のシャツを羽織ってでかけた。

既に同行してくれる日本人同行者Y氏とタイ人ガイドBさんと運転手がワゴン車に乗っていた。
簡単な挨拶を車中行いながらクロントゥーイ地区へ向かう。
多少の渋滞はあったが40分ほどで入り口へ到着。
入り口のすぐそばにNGO団体の事務所があり、そこへ入るようにと。
入ると日本人スタッフが1名と日本語が話せる現地のスタッフが迎えてくれた。
ここで現地スタッフと警護が1名乗車するという。
現状の説明や注意事項を聞くこととなった。

いくつかのNGO、NPO団体はあるのだが、今回メインとなるのはSVAシーカーアジア財団と公益社団法人シャンティ国際ボランティア会の方達。
このクロントゥーイ地区を拠点に、タイ国内に100を超えるスラムを管轄しており、同時にミェンマーからの移民保護、教育活動もしている。

まずは入り口から入った印象を聞かれたので、率直に、想像よりははるかに整備されていてバンコク繁華街の路地と変わらない印象を受けた、と答えた。
M氏はにっこり笑って、ここ数年で表向きの整備はだいぶ進んだ、ただしこれはタイ政府による諸外国のアピールもあるし観光客誘致のために隠そうとしている思惑が強いという説明をしてくれた。『 よく見てください、このエリアは鉄線がはりめぐらされ、草木でおおわれているんです 』  と。 『 街の光景とは違うんですよ 』 と。
実際に暴動前まではここの入り口近辺は観光ルートになっていた時もあります。観光することでスラムの資金になったからです。タイのツアー会社が勝手にやっていたのですがトラブルが頻発して、今はやってるところはありません。ですが、入り口付近だけなら普通の観光客も入れるでしょう、と。
現状は、もちろん表向きだけではなく教育活動や就職や技術訓練など、成果もでているのも事実、日本をはじめ諸外国の援助のもと10年前と比べれば格段によくなっている、と。
その後1時間くらい説明や質問、疑問、相手の話、自分の話、いろんな話をした。

これから行くところはこの入り口から車で5分くらい中へ入ります。そこから降りて歩くことになります。注意事項としては、カメラは持参OKだが、撮る前に必ず許可をえてください。ほとんど撮るのは難しいかもしれません、勝手に撮るとトラブルが起きます、ヤバいなと思う人がいたら目を合わせず通り抜けますから話かけたり凝視しないでください。ヤバイな、というのは見ればすぐにわかりますので大丈夫です。会話は日本語にしてください、タイ語英語は意味が通じてしまいます。

外国には発信されないいろいろな事実を聞いた、返答に詰まり絶句することもあった。
スラム街だけではないが、拳銃やドラッグは無数にある。
売春の現状、子供の売買、HIV、ポリスとマフィアのボスがつながっているのも事実で、それは誰もが知ることだという。タイの警察は警察ではない、と言っていた。

数分走ると急に光景が変わった。なんだろう、街に色がない、グレーを中心とした汚いトタンと壁しかない、色があるのは中古のバイクの色だけ。
車が止まった。ここからはワゴン車は入れませんので歩いていきます、と。

ゴミの川の近くの湿地帯に無数の長屋のような建物が並ぶ、路地は1メートル強くらいしかない。数年前に配管が通ったらしいが、ほとんどが壊れたまま放置、汚水の中に無数のゴミ。
なんとも言えない異臭がただよう。
入り口で聞いた様々な話を現状を頭に叩き込んで歩いた。
写真はほとんどない、また、写真をとりにきたわけではないので、自分の目で事実をちゃんと見ようと思った。もちろん、、載せられない写真もあるので、可能なものだけのせます。
カラーで撮ったのですが、リアルなものもありはっきり出せないので、色をおとしました。

  

スラムの中にある小さな線路、この地区は広いので歩けない年寄りや病気の人が乗ったり、街で拾ってきたゴミを使うために運ぶトロリーだそうだ。

数日前にこの奥に赤ん坊の死体があった。

その隣の家、ゴミ捨て場ではない、住んでいる。

  

  

路地に入る、これはスラムの中でも裕福な家だそうだ。

  

道路脇の機能しない排水溝と、家。
写真の中で探せないと思うが、注射器がおちている、使いまわしのドラッグ。

ここはHIV末期の老人が住んでいるとの事、ドラッグの常習でもあるため、出られないようになっている。

小さな植木があり、撮影可能といわれたが、路地からまずい感じの人がでてきた、スタッフに止められた、指が写っているのはそれ。トラブルにはならなかった。

突然のスコールで立ち往生、軒先をみつけて雨宿りをすると、この家のお母さんが、笑顔で 『 入りなさい 』 と言ってくれた。
ガイドが、ここは大丈夫なので少しスコールが落ち着くまでいさせてもらいましょう、と。
子供が3人いた。写真は恥ずかしがってとらせてくれなかったが、一番下の子が最後にでてきてじっとこっちをみていた。父親はドラッグ中毒で数年前に死亡。
雨は降っているが、小ぶりになったのと、路地の汚水が溢れるとまずいので、急ぎましょうとでることに。

この子が見送ってくれた一番下の子。

  

雨でところどころぬかるんできた。
ここの脇の下水にも無数の注射器があった。

  

ここの雨の中、路地を進む、クネクネしていてどこにいるのか、どのくらい歩いたのかもわからない、右の写真のトタン壁の奥は以前、人身売買で使われていた場所だという。

  

ここはスラムの13歳前後の子達が夜な夜な固まってたむろする場所。
言葉は適切ではないが、非行に走る直前の子達の溜まり場。
14歳をすぎると夜のバンコクの街に出てしまうそうだ。

1時間半くらい歩いて車へ戻った。
暑さと異臭とスコールと現実をみた直後だった為か黙ってしまっていたのだろう、
現地スタッフが笑顔で、『 次は学校と施設に行きますよ。子供達が待っています 』 と。

  

左が小学校のようなもの、右が施設。
小学校の軒下で子供達が待っていた。

この学校と施設も日本の援助で建てられたから東北大震災の時にお礼がしたくてみんな募金をしたという。通訳を通しての会話なのでもどかしさを覚えたが、くったくのない笑顔と現実に涙がでそうになった。
・日本ってどんなところ?家族はいるの?お仕事なにしてるの?
・日本にはテレビとゲームがいっぱいあるんだよね?
・あのね4年前まではねアジアの子供が集まって踊りを踊ってみせる会があったんだよ、でもねお金がなくてやらなくなっちゃったんだよ、一生懸命踊りの練習をみんなでしてたんだよ
・大地震でどのくらいの人が死んじゃったの?私達も助けたいんだけどどうやって行くの?
30分くらいだろうか、いろんな話をした。

そのまま隣の施設に行った。図書館を見せてもらった。日本の寄付金で運営されている。

恥ずかしがり屋さんで、あまり話しをしないが、ずっとついてきてくれた女の子、7歳。
親は母親だけだが病気で働けずにいるらしい。
その子のお気に入りの本がこれ。

『 象のボタン 』 という日本の絵本。こっちのNGOが翻訳してタイ語でシールを貼っている。

  

学校にいた子が数人ついてきたのだが、これから ”だるまさん転んだ” をして遊ぶのだという。日本のNGOが教えたらしい。
一緒に遊んだ、何年ぶりかのだるまさん転んだをしたが、停止できない自分の年齢に苦笑いした。それを見て、大笑いする子供達の笑顔に一瞬救われた気がした。

その後もこの子達は遊んでいたので、図書スペースに目をやると、小さい男の子が笑顔でこっちをみていた。とっても笑顔のかわいい子

3歳の女の子。どうみてもハーフのような気がしたので、スタッフに聞いてみた。
タイ人と日本人のハーフ。母親は18歳、バンコクの売春で日本人相手にできた子供との事。
相手の居所なんてもちろんわからない、今日も昼からバンコクの街角に立っているという。
どうにも出来ないもどかしさと腹立たしさを感じた、だからといってその母親から売春を奪えば収入がなくなる、需要と供給なのはわかっているが、日本人として申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

夕方、17時、夜は危険なので、そろそろ帰ることとなった。
最後に、もう1つだけ、日本の寄付で建てられた裁縫場がある、見て行ってほしいと言われ
歩いて行ってみた。

タイ北部の伝統の刺繍があるのだが、北部の山岳部で作られたものをここに持ってきて
ここで裁縫して製品にするのだという。すべて手作り。
ここで働く女性は、売春ができなくなった年齢の女性。
でも、こうやって技術を教えてもらって働くことができて、ありがとう、といわれた。
写真をとってもいい?と聞いたら恥ずかしそうに、いいよ、と答えてくれた。
救われるような笑顔だった。
横に積み上げられている袋があった、PCケースの用だった。
今回持ってきてるB5の大きさのもの、買って帰りたいとお願いして、その場で売ってもらった。



大事に使おうと思った。

いよいよ本当に帰る、車に向ったら子供達がきた。
先週の土曜日に、みんなで私のためにロウソクを作ったのだという。
日本人の女の人だからきっとこういうのが好きだろうって、スタッフに相談して作ったと。
5年前のアジア国際子供交流会で、日本の鎌倉の海に売られていたお土産をもらって、作り方を教えてもらったそうで、それ以来、手作りで子供達が工作で作っているそうだ。

そして、最後に顔をだしていいよ、と言ってくれた現地スタッフの女の子26歳。
彼女はこのスラム街出身、一生懸命勉強して、奨学金と日本の援助でタイの国立大学まで行って頑張った子。今はこの施設とNGOの職員として、スラムをよくしようと頑張っている。

このあと、車にのり、18時にコンドミニアムについた。
既にUPした14日のブログにも書いたが、私はこの夜、豪勢な夕食をとった。
気持ちを切り替えて。
言い訳かもしれないが、自分の置かれている立場をきちんと理解したうえで、考え、行動をしなければならないし、ただ単純にかわいそうだから、では何も変わらない。

文章で書くのは難しいからこれ以上は書かないが、日本に帰国してから、動いてみようと思う課題がいくつか見つけることができた。
この記事の最初に北部の移民の話も触れたが、これは後日また詳細を書きます。
理由はその時にわかります。

今日の1日、私にとって、忘れられない時間となった。
また来てね、という言葉に嘘はないと思った、だから、いつか必ずまた来ると本当に約束した。

現地で動いていただいたり協力していただいた皆様に心から感謝します。
日本に帰国したらあらためてお礼のメールをさせていただきます。
ありがとうございました。

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今日からまた1人&旅も終盤へ!

2011年07月16日 21時42分26秒 | タイ!201107

元気に7時に起きた2人
いつものように洗濯機にぶちこんで、コンドミニアムで朝食ー
私はインターナショナルブレックファースト。Uさんはタイ雑炊のブレックファーストを
ゆっくりと食事をして8時半にお部屋へ戻り、Uさんは帰国準備
楽しかっただけに、ちょっと寂しいなぁー、と思いながらも、明日からの後半戦に気持ちを切り替えることに

フライトは14時半なので、10時ごろにお部屋を出て、エアポートリンクの始発駅、パヤタイ駅までBTSでお見送り
エアポートリンクの改札で、私が帰国したらまた会おうという話をして、笑顔でばいばい

さてとちょっとブラブラして今日は部屋でこの3日間の写真整理とブログ整理でもする(笑。

ナショナルスタジアムかモーチットのチャトチャック公園に行こうかな、とボロボロになりつつある地図を広げて、しばしパヤタイの駅で考える。。。。
チャトチャック公園に行って屋台で昼飯 に決定

BTSで2つ先まで行っておりる。
屋台、見っけっ

ちょっと写真しくじった、、、が、データカードの移動をしていなかったので、満タンになることを恐れて、とりあえず1枚だけ
屋台で数度食べている、カオマンカイを注文(奥の店)。
おいしい食べすぎてはいけない、、、と思い、その後、公園を軽くぷらぷらして、急に思い出した、『 あ、フット&角質とり 』、行ってこよう。今日はこの店。

ワットポーマッサージといえば角質とり
Tちゃんのおすすめ店に行こうと思ったのだが予約がとれず、あ、そうだ!と、タイにきて翌日に会った人の経営するお店に行ってみよう、と思い、訪ねてみると入れた
1時間半たっぷりやってもらって300バーツ、またウトウト。。。。
毎日毎日、、、くせになってきた。。。
終わると足&かかとがツルツルに、すっげ・・と感動しながら、近くの雑貨屋に寄って雨具のカッパ上下を買った(なぜ必要かは後日のブログにて)。

14時をまわったので、お部屋に戻りpcを持ってオープン喫茶へ
のどが乾いたのでと注文したが、『 no 』、と、、、あ、忘れてた、、、タイでは飲酒の時間が決められていて、お店では絶対出さない、、、ん?祝日だからか?まぁ、、、どっちにしろ日本のような24時間酒、はここの国ではNG。
あはは・・・そうだった

じゃあ、バナナミルクセーキチャイジュースを注文、100バーツか、、、高いなぁ、、と思ったが、飲んでびっくり、想像をはるかに超える美味しさで感動

     

写真じゃわからないが、これが飲んだことがないくらいに美味しい
ご機嫌で、メールやブログupを開始。

昨日まで食べすぎたので、今日はおとなしく部屋に戻り、お部屋で
来週の予定の確認などしながら、まったりすごし、22時、さて今日は寝るか、と(笑。

コメントも写真も少ないですが、今日はこんな感じで(笑
シャワー浴びて、もうちょっと飲んで寝ますー

おやすみなさい

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