箕面三中 校長室だより

おもに保護者のみなさまに向けてのメッセージです。
教育と子育てについて、少しでも参考になればと考えています。

学ぶ教師から学ぶ子どもが生まれる

2016年10月14日 18時20分30秒 | 校長からのメッセージ



今日は朝礼がありました。

この時期は、衣替え調整期間であり、体育館に集まってきた生徒はさまざまな服装をしています。

冬服のセーラーの子、夏服のセーラーにカーディガンをはおっている子、半袖カッターシャツを着ている子、長袖カッターシャツにカーディガンを着ている子など、いろいろです。

朝礼での校長講話を紹介しておきます。

<H28(2016).10.14 朝礼講話>
「制限のある中で、ベストを尽くす」

みなさん、この着物を知っていますか。
これは十二単といいます。この着物にはたくさんの色が使われています。そしてその色は和色といいます。

和色とは、たとえばおなじ赤色も様々にあります。緋色とか茜色などたくさんあります。緑色にも、日本らしい名前があり、色は少しずつ違っています。萌葱色、若竹色など10種類以上あります。

青色にもいろいろな名前の色があります。群青色、それから2,3年生が1,2年生の時、合唱祭でうたった「いつか この海を越えて」に出てきた瑠璃色など様々にあります。

きょうは、和色を生みだした日本人のエピソードについてみなさんにお話しします。
そして、その話から「制限のあるなかで、ベストを尽くす」ことの大切さを、みなさんに伝えたいと思います。
 
江戸時代後半の話です。そのころわが国で強い力をもっていたのは商人でした。何しろ、ず~~と戦のない時代が続いていましたから、やることのない武士よりも、経済を動かす商人の方がお金持ちになっていました。

このことをおもしろく思わない江戸幕府は、「商人が生意気だ」という勢いで何度も「贅沢禁止令」を出しました。たんに「無駄遣いをするな」だけでなく、花火や花札などの遊びを禁止するなど、こまごまとしたことまで禁止しました。

そして、着物にも色についての禁止をしました。「着物の色は茶色、ねずみ色、藍色の三色のみとする」と決められました。おしゃれを楽しもうにも、この三色しか使えないのです。

そんなことで「はい、そうですか。わかりました」とだまって引き下がらないのが商人たちでした。限られた三色の中で、微妙な色の違いによって、無限とも言えるバリエーションを増やしていったのです。

茶色にしても江戸茶、利休茶、千歳茶などのカッコイイ名前をつけたのです。このようにして和色はどんどん広がってきたのです。

これがプロの仕事です。制限がある中で、ベストの仕事をするのがプロなのです。思えばみなさんは、さまざまな制限のある中で家庭生活や学校生活を送っています。「スマホは夜の10時まで」とか「友だちの家に泊まることは許しません」とか「提出物はいつまで」とか、いろいろな制限があります。

でも、どんな制限があっても、やりようはあるのです。たとえば、先日体育祭前の忙しい時期に3時間ほど時間が空きました。「よっしゃ、映画を見に行こう!」と、「4月は君の嘘」を観に行きました。すると三中の3年生も同じ映画を見に来てました。

部活があったり、勉強しなければならなかったり、塾へも行かなあかん子もいる中で、その子たちはうまく時間を使っているなと思いました。

みなさんも、中学生だからという理由で制限をかけられこともあるでしょうが、かえって「しばりがある方がやりやすい」くらいに考えてはどうでしょうか。制限のあるなかで楽しんだほうが勝ちなんです。
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また、今日は7日に引き続き、授業研究の日でした。

大阪樟蔭女子大から、共同研究者の先生に来てもらいました。

2限に吉岡先生担当の3年B・C組男子体育(ハンドボール)、4限に天岸先生担当の3年C組パソコン授業(グラフ作り)、5限に越智先生担当の2年C組音楽(歌のテスト)を参観してもらいました。

授業後には、各授業者はコメントをもらいました。授業の中での授業者と子どもの関係、子どもの学びある授業という視点で協議を進めました。

学ぶ教師のもとで、学ぶ子どもが生まれます。
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