ミーロの日記

日々の出来事をつれづれなるままに書き綴っています。

銭湯

2017-01-30 16:11:55 | 日記
もともと温泉などの大きなお風呂へ行くことが好きだったが、冬道を運転して遠くの温泉まで行くのは危険なので、最近はよく市内の大型銭湯などに行っている。

昨日も夫が住宅街で偶然みつけたと言う、昔ながらの銭湯へ行ってきた。

大型銭湯ではない銭湯へ行くなんて何年ぶりだろう。

まだ家にお風呂が無かった時代、私が小さな子供だった頃は銭湯へ行くことが当たり前だったが、家にお風呂がついてからはほとんど行くこともなくなり、さらに家庭のお風呂が普及するにしたがって町中からどんどん銭湯が消えて行った。

今では市内で昔ながらの銭湯を見つけるのは難しいと思う。

ところで銭湯と言うと、必ず思い出すことがある。

私が小学校5年生の時、学校の友達と「学校から帰ったら、みんなで銭湯に行こう」という約束をしたことがあった。

当時はすでに私の家にはお風呂があったが、家にお風呂が無い友達が何人かいて、その友だちがいつも通っている銭湯へ行くことになった。

家に帰って母親に銭湯へ行く了解をもらい、お風呂道具を持っていそいそと銭湯へ向かうと、集まっていた友だちの一人が小さな弟と妹を連れていた。

弟さんは小学校1年生、妹さんはまだ4歳だったが、その友だちのお母さんは毎日働きに出て忙しいので、いつもこうして彼女が小さな弟と妹を連れて銭湯へ行くのだと教えてくれた。

彼女は4歳の妹が服を脱ぐのを手伝い、弟と妹の服をきちんとかごに仕舞ってから、妹さんの手を引いて浴場へ入った。

さらに弟と妹の身体を洗ってやり、二人の髪の毛を洗ってやって、最後にようやく自分の身体を洗った。

弟や妹を連れずに行くことができる私にとって銭湯は「遊びの場」だったが、その友だちにとって銭湯へ行くことは自分がやるべき仕事の一つだったのだ。

小学校5年生と言えば、まだ11歳になったかならないかだったはずだが、「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ」じゃないけど、弟や妹の世話をしている友だちがとても偉くて大人に見えた記憶がある。

その時の記憶があまりにも鮮烈だったのか、銭湯を見るといつもその友だちのことを思い出してしまう。

その友だちだが、中学に入った頃から徐々にグレ始めた。

中学ではつき合いが無くなり、高校になってからはほとんど会うことも無かったのだが、一度だけ道で偶然会ったことがある。

その時の彼女は凄まじい姿をしていた。
セーラー服のスカートは引きずるほど長く、パーマをかけた長い髪は金髪に染め、怖いほどのキツイ化粧をしていた。

小学校で仲良くしていた友だちだったので、手を振って挨拶をすると、キツイ化粧の顔でニコッと笑顔を返してくれた。
その笑顔を見て、「あぁ、やっぱり銭湯で弟や妹の世話をしていた友だちだった。変わっていない」と思ったが、それが友人と会う最後になった。

それからまもなく彼女はある事件で亡くなってしまった。まだ17歳だった。

その友人については亡くなった後に非常に生々しい夢を見るのだが、それは今はまだ書くことができないでいる。

さて、なんだかまた話が逸れていってしまった。

本当は銭湯の良さを書こうと思っていたのだけど、友人の話になってしまった。

この友人については、まだまだ昇華できていない私の気持ちがあるのかもしれない。
供養をしよう・・・





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