my ブログ

会った人、目にしたもの、思ったことなどを紹介します。

最後の国語の授業

2016-12-31 21:45:17 | 読書・映画

ドラマ「3年B組 金八先生」の最後の国語の授業を見た。

3年B組 金八先生8シリーズ 21回に茨木のり子の詩「わたしが一番きれいだったとき」の話を最後の国語の授業として行った。

「中学校生活最後の国語の授業です。やっぱり、この人の詩で締めくくります。」

「きらりと光るダイヤのような日」

世界に別れをつげる日、人は一生を振り返って、自分が本当に生きた日があまりに少なかったことに驚くだろう。

「自分の感受性くらい」

世の中には、たくさん愚かな割り切れないことがあります。でもね、人のせいにせずに、人のことを馬鹿と呼ばずに、自分のことをばか者しかりって、感受性を磨こう。 

「倚りかからず」

自分の二本の足のみで立って、何の不都合があるだろうか。倚りかかるとしたら、それは椅子の背もたれだけ、と詩人は言っている。

「廃屋」

人が家に住む。それはたえず何者かと果敢に闘っていること。人が住まなくなった家は、簡単に朽ち果ててしまう。人が人生から逃げてしまうと、その人の人生も朽ち果ててしまう。逃げずに一生懸命に二本の足で踏みとどまって闘うんだ。

「わたしが一番きれいだったとき」をクラス一人一人が読み上げたあと、金八先生は生徒に言った。

「青春とは、人生で一番きれいな季節です。その日々をダイヤのように輝かせ、自分の感受性を守りつつ、決して倚りかからず、踏み留まって逃げず、一生懸命に二本の足で踏ん張って、旅を続けてほしい。」

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 茨木のり子を歌う | トップ | 初日の出 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。